論考

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2022/12/27

米陸軍統一太平洋ウォーゲーム・シリーズに見る「戦闘と思考の結合」

阿久津 博康
笹川平和財団特別研究員/平成国際大学法学部教授

はじめに

 本稿筆者は以前米国の太平洋抑止構想におけるウォーゲーミングの現況について紹介したが[1]、2022年に入り具体的なウォーゲームが次々と実施された。今回は米陸軍分析センター(The Center for Army Analysis)の開発・実施によるウォーゲームについて紹介する。但し、同ウォーゲームの具体的なシナリオについては現時点で非公開なので、公表されている範囲で同ウォーゲームの形式及び同ゲームを一部として包含している一連のプログラムの概要について記述する[2]。また、これらプログラムにウォーゲームと1セットで組み込まれているファシリテータが主導する討論及びその意義についても触れる。

米陸軍統一太平洋ウォーゲーム・シリーズ

 本稿で紹介するのは、米陸軍分析センターのウォーゲーミング促進システム[3]を利用した一連のウォーゲーム・プログラムから成る「陸軍統一太平洋ウォーゲーム・シリーズ(Unified Pacific Wargame Series)」である。このウォーゲーム・シリーズのスポンサーはチャールズ・フリン(Charles Flynn)米陸軍太平洋司令官であり、ウォーゲームを含むプログラムを主催したのはジェームス・マッコンヴィル(James C. McConville)米陸軍参謀長であった。

 まず、第1部は、「競争下の機動作戦(Maneuver in Competition)」というセミナー形式のファシリテータ主導による討論(Facilitated Discussion:FD、以下FDと記す)が中心である。このFDは2022年1月10日~14日にショフィールド・バラックス(Schofield Barracks)で実施され、76名の現役将校たちが参加した。ここでは、米太平洋陸軍が提案した43の具体的な作戦、活動、そして資源投資を現在から2030年を想定期間として検討することを主要な目的として、米陸軍の各所、戦域レベル、地域的観点に従って実行可能性、持続可能性、受容可能性に関する評価等に関してより広範かつ詳細な検討がなされた。最終的には、さらに詳細な項目について資源投資を考慮して検討がなされ、その中で様々なリスクや機会を明確にするための議論が行われた。

 第2部では、ウォーゲーム「第一戦闘を越えた戦い(Fight Beyond the First Battle)」が2022年4月4日~8日にハワイ・オワフ島の米陸軍基地ショフィールド・バラックス(Schofield Barracks)で実施された。ゲーム後の教訓内容等については公開されていないが、一連のプログラムの流れについては一部ではあるが報じられている。このウォーゲームは再現可能な形でコンピュータに支援されたものであり、透明度が高い審判制に基づく自由プレー型であり、青軍対赤軍形式の統合作戦ウォーゲームである。国防長官局(OSD)、陸軍諸機関、米インド太平洋軍及びその下部諸機関等から200名を超える参加があったと報じられている[4]。

 また、同ウォーゲームでは、青軍である統合軍プレーヤたちは2つの異なる対応策[5]を検討することが課題として付与された。プレーヤたちはそうした対応策を戦闘現場の司令官の立場からリスク及び機会を明らかにし、最終的に意思決定することが求められたと報じられている。勿論、対応策の範囲は陸、海、空、宇宙・サイバー・電磁波を含む領域、即ち日本でいう新領域を含めた全領域に及ぶ。

 最後の第3部は、「Fight in Conflict」と題する米陸軍分析センターのウォーゲーミング促進システム及びFDを組み合わせたプログラムであり、2022年5月9日~13日に同じくショフィールド・バラックスで実施され、200人以上が参加した[6]。シナリオを含むウォーゲームの内容については非公開で不明だが、戦域レベルで補給が逼迫した状況で敵との戦闘を数か月間継続するという演習だったようである。ここでは、米陸軍分析センターのウォーゲーミング促進システムによってプレーヤの行動が裁定されるとともに、2つの異なる対応策を比較検討することがプレーヤに課題として付与された。また、45名の将官級の参加者が統合(Joint及びCombined)相互運用、作戦の耐久性強化・維持、そして統合作戦を通じての統合抑止(integrated deterrence)の3つの観点から作戦的・戦略的リスクについて検討した。

 また、これら3つのプログラムの最後の週には、戦闘に焦点を当てた「ボードゲーム」及び戦闘から導出される教訓に焦点を当てた「戦略的討論」が実施された。

 米軍より明らかにされているのは以上であり、具体的なシナリオの中身や事後教訓については非公開である。しかし、約半年をかけて実施されたウォーゲーム及び集団討論から成るプログラムに、多数の将官や国務省等国防省・軍外の参加者を含む総勢500人近くのエリートたちが関与したことからも、米国のインド太平洋地域への強い軍事コミットメントが示唆される。

ファシリテータ主導による討論(Facilitated Discussion)

 ところで、通常ウォーゲーミングにおいては、各チーム内またはチーム間のプレーヤが議論したり、ウォーゲーム後に振り返りの機会(After Action Review(AAR)などと呼ばれる)で討論する。そうした議論にはそれを支援したり司会の役割を担う人がいる。それを一般的にはファシリテータ(facilitator)と呼ぶ[7]。ファシリテータとは、一定の集団内の討論を円滑に促進することを目的に、決して討論者になることなくあくまでも討論を活性化すべく参加者を側面支援する専門家である。軍のウォーゲーミングでも、各チームの議論を側面支援したり、事後討論(After Action Review: AAR)の司会役として議論を主導する専門のファシリテータがいる。ファシリテータの司会による討論を、“Facilitated Discussion (FD)”[8]と呼ぶ。今回、統一太平洋ウォーゲーム・シリーズで実施された一連のプログラムは、ウォーゲームとFDを組み合わせた3部構成のものである。

 以上3つの一連のプログラムのうち、2部及び3部については明確にウォーゲームとFDを組み合わせた形となっている。ウォーゲームの後でプレーを振り返って簡単に意見交換する、という流れはごく一般的なものであり、ウォーゲームを1度でも経験したことがある人なら知っているであろう。

 しかし、ここで重要なことは、ウォーゲームとFDの組み合わせというプログラムの形式そのものではなく、ウォーゲームの質に加え、FDを主導するファシリテータの能力である。米軍ではウォーゲーム専門のファシリテータを課程教育で育成したり、特別な場合は経験豊富なファシリテータが米軍及び同盟諸国の軍に出張する。つまり、単に討論の司会やまとめ役というレベルを越え、ファシリテータとして一般的技能及びより専門的技能を有した、極めて高レベルの人材が求められるのである。この点は、日本の政府・自衛隊でウォーゲーミングの専門家を育成する場合、留意しておくべき点であるといえよう。適切なレッド・ティーミングを行ったり、特定のウォーゲームからより一般的な学習事項・教訓等を導出する際に、有能なファシリテータの存在は必要不可欠だからである。

統一太平洋ウォーゲームに対する関係者たちの見解

 最後にここで紹介した統一太平洋ウォーゲーム・シリーズに対する米陸軍司令官及び関係者たちの見解を紹介したい。まず、このプログラム全体のスポンサーであるフリン米陸軍太平洋司令官は、「このプログラムは統合軍にとって価値あるものとなろう。ウォーゲーミングは計画をテストし、新たなコンセプトを検討し、そして能力ギャップを明確にするための一手段である。コンセプト、能力、そして明確化されたギャップから新たなアイデアが創出され、戦闘優位に至る道筋が得られるのである」と述べている。

 また、統一太平洋ウォーゲーム・シリーズの企画方として中心的役割を担ったティム・ドイル(Tim Doyle)中佐は、「(今回のウォーゲームの)目的は、参加した上層のリーダーたちが学習を経験できる環境を与え、戦略的・作戦的諸問題に対しより良く理解してもらうことであった」と述べている[9]。

 他方、今回のウォーゲームに参加したザビエル・ブランソン(Xavier Brunson)米陸軍第1軍団司令官は、「戦域の司令官はインド太平洋の各種作戦戦闘司令部に依存しており、得られた教訓やこれら司令部がいかに戦って勝利するかについて理解することは極めて重要である…。価値あることは、統合及び多領域(joint and multi-domain)紛争の状況について少しでも良く理解することである。即ち、我々の態勢について異なる思考をし、いかに戦域部隊を支援してインド太平洋で優位な態勢を達成するかと言うことである。」と述べている[10]。

 最後に、フリン司令官は、今回の一連のプログラムでユニークな点は、ウォーゲーミングの部分とFDが両輪として機能したということである、と総括している。同司令官の発言を以下に要訳する。

(今回のプログラムの)第1の営みは、同司令全領域(ドメイン)で展開する作戦を構成する戦隊及び能力の動きを見るウォーゲーミングである。そこには、行動(action)、反応(reaction)、対反応(counteraction)から成る基本的なダイナミズムがあり、そして一連の結果(outcomes)が創出された。典型的なウォーゲーミングの営みならそこまでだが、今回のプログラムでは第2の営みとして上層のリーダーたちがセミナーに参加し、学者・研究者も加わり相互運用、統合相互運用(joint and combined interoperability)、作戦的耐久性及びその諸課題、統合抑止(integrated deterrence)、統合作戦等が検討された。即ち、ウォーゲームにおける戦闘要素及び思考要素という2つの営みを併行させたのである。これはウォーゲームを構想する上で非常に革新的かつ創造的な方法であり、価値あるアイデアであった。戦闘要素及び思考要素から得られる知見(insights)を融合すれば、最終分析は極めて豊富なものとなるだろう[11]。

 上記でいう知見、更には教訓の導出には、先に紹介したウォーゲーミング専門のファシリテータの役割が重要であることを付言しておきたい。(図1参照)

1 ウォーゲーミングにおける戦闘要素と思考要素の結合

戦闘要素 ウォーゲーム + 思考要素 ファシリテータ主導による討論 →※適切なファシリテーション技能の適用 教訓導出

(出所:筆者作成による)

 なお、米英軍のウォーゲーミングにおいてはファシリテータが専門的技能を有していることは当然のことであり、よって統一太平洋ウォーゲーム・シリーズの報告等でもそれが特記されることは殆どないと思われる。

おわりに

 本稿は2022年1月に開始した米陸軍による統一太平洋ウォーゲーム・シリーズの概要について紹介した。特に、このプログラムが米軍の戦闘をシミュレートするウォーゲームのみならず、FDというファシリテータが側面支援する検討会を通じて思考する機会が豊富に与えられていることを強調した。フリン司令官が指摘するように、ウォーゲームにおける戦闘要素及びFDにおける思考要素をうまく組み合わせることにより、有意義な学びや教訓が得られるのである。日本でこうしたプログラムを構想する場合、単発のウォーゲームをやりっ放しにしたり、事後に講師等による「講評」だけで終わったり、AARや「ホットウォッシュ」と呼ばれるような事後反省会・討論も表面的な感想会レベルのものに留めておくのではなく、参加者各人がきちんと自分のプレーをより整序された形で反省できるとともに、ゲームから得られたデータや知見が後で教訓のレベルにまで編集できるように、計画の段階でFDの部分についても十分に配慮しておくことが望まれる。

 また、本稿では筆者自身の経験からファシリテータの重要性を強調したが、日本でもFDの質を上げるべくファシリテーション技能向上及び人材育成について検討される必要がある。特にウォーゲーミングについては、英米で当然視されていることも日本では基本的な部分から根気強く構築していくことが肝要であろう。

 なお、今回の統一太平洋ウォーゲーム・シリーズには米陸軍第1軍団司令官の参加もあったようなので、現行の太平洋抑止構想を踏まえて考えれば、今回のウォーゲームで使用されたシナリオは日本の安全保障と密接に関連するものであったことは想像に難くない。これまで公開されている報道では、日本からの参加について何ら言及はないが、もし参加者がいたとすれば、参加の成果を是非日本の自衛隊のウォーゲーミング発展に活かしてもらいたい。ちなみに、米軍事オペレーションズ・リサーチ学会(MORS)は2023年2月27日~3月1日に「太平洋パートナーたちとのウォーゲーミング特別会合(Wargaming with Pacific Partners Special Meeting)」をハワイで開催する予定であり、日本からの参加も募集中である[12]。多くの参加を期待したい。

1 阿久津博康「米国の太平洋抑止構想に見るウォーゲーミングの新展開―日本もこの意思決定ツールを大いに活用すべし―」(2022年9月22日)

2 Steven A. Stoddard, “Wargaming the Army’s Role in the Indo-Pacific,” Phalanx, Military Operations Research Society (MORS), Fall 2022, pp. 40-42; and Craig Childs, “Unified Pacific Offers Critical Insights into The Theater Army’s Contribution to Joint Warfighting Concepts in the Indo-Pacific,” United States Army News, May 19, 2022.

3 英原語はCAA Accelerated Wargaming System(CAAAWS)である。

4 Childs, op. cit.

5 この場合の対応策は英原語のCourse of Action(COA)を指す。

6 一部には、米国務省からの参加もあったとも報じられている。

7 日本でも今では能力開発等において「ファシリテーション(facilitation)」技法が知られているようだが、本稿筆者がかつて参加した米国のファシリテーション研修は、多くの分野で一般的に適用できる技能を取得することを目的とし、研修後はEffective Facilitatorとして認定されるというものであった。その場合の技能には、討論参加者を文字通り促したり、議論が混乱したり焦点がぼやけるのを防いだり、討論が時間内に収まるように注意喚起したりする基本的な管理に関するものの他、議論の交通整理を行いながら一定の合意形成に導く能力が含まれる。また、中には戦略企画(strategic planning)、シナリオ・プランニング(scenario planning)、交渉、紛争解決(conflict resolution)等の特定の分野でのファシリテーション技能を育成する研修課程もある。軍の教育機関では、ウォーゲーミング専門のファシリテータ育成の課程がある。これについては、例えば、Jeff Appleget, Robert Burks, Fred Cameron, The Craft of Wargaming: A Detailed Planning Guide for Defense Planners and Analysts (Annapolis, Maryland: Naval Institute Press, 2020)が参考になると思われる。

8 FDは卓上または机上で行うことから机上演習(TTX)とされる場合もある。

9 Childs, op. cit.

10 Ibid.

11 Ibid.

12 詳細についてはMORSのウェブサイトを参照されたい。

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