石井 正子
2026.9.12
  • 石井 正子
  • フィリピン南部

「バンサモロ・ムスリム・ミンダナオ自治地域(BARMM)初議会選挙―武力紛争終焉への転換点となるか」

※本記事における見解は筆者個人のものであり、Asia Peacebuilding Initiatives(APBI)の公式見解ではありません。


■ 3回延期、4度目の正直の初議会選挙

 

 2026年9月14日、バンサモロ・ムスリム・ミンダナオ自治地域(Bangsamoro Autonomous Region in Muslim Mindanao: BARMM)で初の議会選挙が行われる。フィリピン南部では、1970年前後からムスリムを中心とした武力闘争が展開されてきた。フィリピン国家や民兵による少数派への差別と抑圧、暴力からの防衛から始まった武装化だったが、植民地期以降の歴史的不正義の是正を求める組織的な運動に発展した。当初は独立を目標に掲げていたが、フィリピン政府との和平交渉では自決権を行使できる自治政府の設立が主要な争点となってきた。

 まずは、モロ民族解放戦線(Moro National Liberation Front: MNLF)が1996年9月にフィリピン政府と最終和平合意を結び、2001年に既存のムスリム・ミンダナオ自治地域(ARMM)を再編した[1]。しかし、予算執行の権限を中央政府に握られるなど、ARMMは十分な自治権を持たなかった。こうした状況のなか、MNLFから分派したモロイスラム解放戦線(Moro Islamic Liberation Front: MILF)は、1997年から17年かけてねばりづよく交渉を続けた。その結果、2014年3月、ARMMを廃止し、新たにBARMMを設立することを定めた包括的和平合意(Comprehensive Agreement on the Bangsamoro: CAB)への署名にいたったのである。

 包括的和平合意(CAB)には、「政治トラック」と「正常化トラック」という二つの柱がある。政治トラックはBARMMの設立にむけた政治制度の構築、正常化トラックはMILF軍事基地の民事転用、MILF兵士の武装解除、移行期正義などを実現する過程である。この過程で、MILFは、武装集団から政党・市民社会組織へと転換するために、2013年に統一バンサモロ正義党(United Bangsamoro Justice Party: UBJP)を設立し、来るべきBARMMの初議会選挙へと備えてきた。

 2019年1~2月、包括的和平合意(CAB)にもとづくバンサモロ組織法(Bangsamoro Organic Law: BOL)が批准され、BARMM暫定政府が発足した。暫定政府はMILFが主導する(MILF-led)とされ、80名の議員定数のうち41名がMILF、39名がフィリピン政府の推薦により指名された。MILFが推薦する暫定首相を含め、これらの要職の任命権は大統領に付与された。暫定政府発足当初の首相にはアホド・バラワグ・イブラヒム(Ahod Balawag Ebrahim)MILF議長が就任した。

 当初は、3年後の2022年5月の全国総選挙と同時にBARMMの議会選挙を実施し、暫定期間を終了する予定であった。しかし、新型コロナウィルス感染症の影響が考慮され、2025年5月に延期となった。さらにその後、BARMMを構成していた6州8町のうちスル州が離脱を訴え、2024年9月に最高裁がこれを認めた。これにより、スルに割り当てられていた7議席の再配分が必要となった。これにともなう選挙法の改正のため、選挙は2025年10月13日に延期されたが、さらに再延期となり、四度目の正直で、ようやく2026年9月14日に実施の運びとなったのである[2]。


[1] ARMMはコラソン・アキノ政権下の1990年に設立されたが、MNLFもMILFも両者の合意なしに設立された自治政府に反対をしてきた。なお、2001年にARMMを再編する過程で、MNLFは初代議長のヌル・ミスアリ(Nur Misuari)派と、分派の議長のムスリミン・セマ(Muslimin Sema)派に分かれ、前者は2001年のARMM再編に賛成していない。

[2] 2025年10月13日に予定されていた選挙が延期になった直後に、選挙管理委員会(Comelec)は選挙予定日を2026年3月30日であると発表した。これを考慮するならば、4度延長、5度目の正直の初議会選挙ということになる。しかし現地では、この発表を信じる者はほとんどおらず、3月30日の選挙実施にむけた準備はほとんどなかった。

■ 初議員の任期は2031年まで

 

 フィリピンの国政が大統領制であるのに対し、BARMMは議院内閣制を採用した。議会の定数は80名で、40名を政党代表、32名を1人区から選出する。残る8議席は、非モロ先住民(2議席)、入植民(2議席)、女性(1議席)、ウラマー(イスラム学者)(1議席)、伝統的指導者(1議席)、若者(1議席)の各セクターに割り当てられている。このうち、非モロ先住民の2議席は選挙ではなく、6つの民族集団がそれぞれの伝統的政治制度と慣習法にもとづいて候補者を選び、最終的には合議によって男性1名、女性1名を選ぶ。9月14日の選挙に先立ち、8月25日に6集団の代表が集まる地域部族間会議(Regional Inter-Tribal Convention)が開催され、ティドゥライ人の女性とランバギャン人の男性が選ばれた。次期政権には、エルマノン・ヌ・マノボ人とドゥラガン・マノボ人、次々期政権ではビラアン人とヒガオノン人が就任するローテーションも決定された。

 政党代表選では、40議席を13もの政党が競うこととなった[3]。各政党は最大40名の候補者名簿を作成し、得票数に応じて議席が配分される。選挙区は南ラナオ州9区、北マギンダナオ州5区、南マギンダナオ州5区、コタバト市3区、特別地理的区域2区[4]、バシラン州4区、タウィタウィ州4区に分けられた。

 BARMMでは議院内閣制が採用されたため、首相は80名の選出議員の過半数の支持を得て選出される。首相は、行政権を行使し、閣僚をはじめ高官の任命権をもつ。通常、議員の任期は3年であるが、選挙の延期によって国政選挙との時期がずれたため、初回の選挙で選出された議員の任期は2026年10月30日 ~ 2031年6月30日までである。議員の3分の2以上が不信任決議を可決した場合には議会の解散もありうるが、初回の議会については、最初のBARMM議会選挙から18か月間、この解散権を行使することができない。つまり今回の選挙は、約4年8カ月もの長期にわたって政権を託す可能性のある議員の選挙という意味合いも帯びることとなった。


[3] ただし、選挙管理委員会(Comelec)は、モロ・アコ党(Moro Ako Party)については、地域政党としての要件を十分に満たしていないという訴えをうけて、8月4日に認定を取り消した。モロ・アコ党は最高裁に訴えてこれを争っている。Sampang, Dianne (2026) Comelec cancels Moro Ako Party registration for 2026 BARMM polls. Inquirer.net. August 4. https://www.inquirer.net/483432/comelec-cancels-moro-ako-party-registration-for-2026-barmm-polls/ (Accessed on September 12, 2026).

[4] 2019年1月から2月にかけて実施されたバンサモロ組織法(BOL)の批准を問う住民投票の結果、北コタバト州の63村がBARMMに加わることとなった。これら63村は特別地理的区域(Special Geographic Area: SGA)と呼ばれ、現在は8つの町に再編されている。

■ 突然の暫定首相交代

 

 初の議会選挙に参加する主要政党は、MILFの政党であるUBJPと、そしてバンサモロ連邦主義党(Bangsamoro Federalist Party:BFP)である。BFP側には、州・市町村の首長の約9割が加わったといわれている。UBJPの党首はMILF議長のイブラヒムである。一方のBFPの党首には2025年3月以降の暫定政府の首相であり、MILF軍事部門の元参謀長でもあるアブドゥルラオフ・マカクア(Abdulraof Macacua)が就任した。MILFの指導者が二つの政党に分かれるにいたった背景には、次のような経緯がある。

 先に述べた通り、暫定政府の議員の任命権は大統領にある。ちょうど任期2期目が終了しようとする2025年2月22日、MILFはマルコスJr.大統領に対し、40名の推薦議員の承認、イブラヒム議長の暫定首相の再任などを求めた決議書を採択した。しかし、マルコスJr.大統領が暫定首相に任命したのは、イブラヒム議長ではなく、MILF参謀長のマカクアであった。しかも、40名のMILF推薦議員のうち7名が認められず、代わりの7名のうち2名はMILFではないため、MILF所属の議員は35名に限られることとなった。イブラヒム議長は3月15日に大統領府で行われた任命式の数時間前に、議員就任を辞退した。翌日MILFは本部ダラパナン・キャンプで、マカクアを除くすべての軍事部門のコマンダーを集めて、イブラヒム議長に忠誠を誓う集会を開き、これに対抗した。

■ MILF指導者層の分裂にともなう重苦しい空気

 

 この当時、私は現地にいて、突然の暫定首相交代による動揺の渦のなかにいた。マカクアの暫定首相任命は2025年3月3日だったが、その情報がSNSなどを通じて拡散したのは9日だった。突然の出来事を人々はすぐには受け入れられず、MILFの友人たちは「MILFの指導者層が分裂するはずはない」「政府を欺くためのパフォーマンスではないか」といった楽観的な憶測を口にし、不安を打ち消そうとしていた。MILF指導者層も、マカクアへの就任祝いを表明し、彼の就任を歓迎しないのではなく、MILFの中央委員会の審議をまたずして決定を下した政府を批判し、指導者層の分裂に対する内外の懸念を払拭しようとしていた。

 しかし、その後も事態が改善されないまま時が流れた。7月19日、MILFは正常化トラックについて、武装解除された26,145名のMILF兵士の社会復帰に向けた支援が不十分であるとし、翌8月16日には新たな武装解除に応じない方針を示した。このころまでにMILF・イブラヒム議長派のあいだでは、和平・和解・統一担当大統領顧問室(Office of the Presidential Adviser on Peace, Reconciliation and Unity: OPAPRU)のガルベス長官がMILFを分断支配する筋書きを描いたとする見方が広がった。ガルベス長官の辞任を要求するデモも展開されるようになった。

 MILFでイブラヒム議長に次ぐ第一副議長を務め、MILFの和平交渉・実施パネルの議長および基礎・高等・技術教育省の大臣をつとめるモハゲル・イクバル(Mohagher Iqbal)に対しては、厳しい措置が取られた。2025年8月11日、会計検査院はマカクア暫定首相に対し、イクバルが大臣を務める基礎・高等・技術教育省の不正支出の告発に妥当性が認められるとして、特別監査を行うと通知した。翌月の9月5日午前7時30分、重武装のフィリピン警察、国軍、海兵隊が特別監査チームを補佐するとして、予告なしに同省の建物に入り、関連書類を押収した。イクバル大臣は法にもとづく執行を求めてこれに抗議した。2026年5月11日、マカクア暫定首相は特別監査で約22.5億ペソの支出が不透明と指摘されたとして、イクバルに辞任を要求した[5]。イクバルは監査に協力し、会計検査院からは違法行為を指摘されていないと弁明したが、聞き入れられず、辞任に追い込まれた。

 MILFがマイノリティとなった暫定政府の議会では、選挙法の改定においても、選挙区区割り法の改定においても、MILF議員が提出した法案は通らなかった。当初の選挙法では、非モロ先住民、ウラマー(イスラム学者)、伝統的指導者はそれぞれの団体の合議によって選出することとなっていた。しかし、非モロ先住民以外は、直接多数決によって選ぶことと改定された。そのため改定法では、無党派で道徳的な立場をとるはずのウラマー代表も、非ムスリムの入植民や先住民からも票を集め、選挙によって競って選出されるという本来の理念とは矛盾した現象が生じている。また、選挙区区割り法の改定に対しては、特定の候補者に有利になるような区割り操作(gerrymandering)が行われたとの批判もある。このように、MILFが議会で少数派となった結果、MILF議員の意向が反映されないまま選挙関連法が改定されることとなった。MILF議長派からすれば、納得がいかない法律のもとで、初の議会選挙を迎えることになったのである。

 こうした過程を経て、MILFは2026年6月3日、マカクア参謀長と軍事部門の10名のコマンダーの地位を無期限停止とした。そして、8月15日にマカクアがBFPの党首に就任すると、9月3日にはマカクアと約40名のコマンダーをその地位から解任した。ただし、これらの措置によっても、彼らはMILFから除籍されたわけではない。

 2025年3月の暫定首相交代から選挙当日を迎えるまでは、MILFでは指導者層の分裂が次第に否定できないものとなり、重苦しい感情が日を追うごとに積み重なっていった。MILF指導者層こそが、この事態を痛恨の極みと受け止めていたことは察せられた。彼らは、マカクアを公の場やSNSで非難するはなかった。それどころか、マカクアを「ブラザー」と呼び、袂を分かった後も仲間であることを強調した。このように指導者層が振る舞うなかで、下から湧き上がる痛恨の感情は抑えられている。

 この間、多くの市民社会や知識人がフィリピン政府とMILF対して、指導者層の分裂の危機を回避し、正常化トラックの遅延を解決するよう訴え、活発に動いた。そこには、過去に失敗に終わった和平合意の轍を二度と踏まず、今度こそ平和を実現したいという切実な思いが感じられた。MILFの軍事コマンダーが悔し涙をこらえきれない場面もあった。このように、重苦しい感情が水面下に渦巻くなかで、9月14日の選挙を迎えるのである。

 一方この間、MILFにはもう一つの冷徹な現実が突きつけられた。それは、和平合意の実施過程による中央政府の干渉とその影響力の大きさである。MILFの異議申し立てにもかかわらず、マルコスJr.政権はマカクアへの首相交代を一方的に進めた[6]。このことは、17年間の和平交渉を通じて徐々に築いてきたフィリピン政府とMILFとの信頼関係にくさびを打ち込むことになった。こうした中央政府による干渉を避け、自治政府の人事を自ら決定できる体制を築くには、選挙を実施して新たな自治政府を発足させる必要がある。暫定首相の突然の交代は、有権者にもそのことを強く意識させる契機となった。


[5] Cabrera, Ferdinandh B. (2026) Macacua asks Iqbal to resign over ₱2.2-B questionable transactions; Iqbal declines. MindaNews. May 18. https://mindanews.com/top-stories/2026/05/macacua-asks-iqbal-to-resign-over-%e2%82%b12-2-b-questionable-transactions-iqbal-declines/ (Accessed on September 12, 2026).

[6] Cf. Cabrera, Ferdinandh B. (2024) In leaked audio, SoCot governor says Malacañang dipping hands in BARMM affairs. MindaNews. July 3. https://mindanews.com/top-stories/2024/07/in-leaked-audio-socot-governor-says-malacanang-dipping-hands-in-barmm-affairs/?utm_source=chatgpt.com (Accessed on September 12, 2026) ただし、OPAPRU側は、本件に関し、イブラヒム議長とイクバル第一副議長には相談をしたと主張している(OPAPRU次官に対する筆者インタビュー、2025年12月12日)

■ 選挙の争点

 

 BFPには、BARMMの州・市町村の首長の9割が支持を表明しているとされる。BFPは、マルコスJr.大統領が率いる全国政党のフィリピン連邦主義党(Partido Federal ng Pilipinas: PFP)と連携しており、大統領のバックアップを得ている。こうした中央政府との結びつきが、知事や市長をはじめ、その下の町長や村長をBFPに引き寄せる大きな誘因となった。BFPを支持しないことが、地方自治体にとって不利益につながるとの懸念も生じている。例えば、地方自治体支援基金(Local Government Support Fund: LGSF)をめぐっては、BFPへの支持と資金配分との関係を指摘する声もある。そもそもフィリピンの選挙では、現職にあること自体が、行政資源や人事、さらには選挙マシーンを動員するうえで優位性をもつことが知られている。

 実はMILFは、2025年5月の中間選挙では、PFPと連携していた。その結果、知事選や市長選では、UBJPまたはPFPから出馬した地方有力政治家が勝利した。2025年10月に予定されていたBARMMの議会選挙においては、候補者届出の時点ではBFPはまだ結成されておらず、MILF指導者層の分裂のゆくえも不透明だったこともあり、有力政治家数名がUBJPの候補者として届け出た。しかし、その後のMILF指導者層の分裂とBFPの結成によって状況は一変した。当時UBJPから立候補を届け出ていた有力政治家の多くが、2026年9月14日の議会選挙ではBFPに鞍替えしたのである。その結果、UBJPは当選確率の高い有力政治家に頼ることができなくなり、候補者をMILFの構成員で補うこととなった。

 こうしたことから、2026年9月14日のBARMM議会選挙の対立軸は、MILF議長派・UBJP+少数の有力政治家対、MILF元参謀長派・BFPと多数の有力政治家という構図がより鮮明になっている。MNLFのヌル・ミスアリ初代議長派とムスリミン・セマ派は、それぞれマハールディカ(Mahardika)党とバンサモロ党(Bangsamoro Party: BaPa)を結成して出馬しているが、いずれもBFPと連携している。UBJPはBARMM設立はMILFの闘争のたまものであり、UBJPこそがその闘争の正統な継承者であることを主張し、支持を訴える。一方のBFPもマカクアをはじめとするMILFの党員が長年闘ってきた実績を前面に出すとともに、多くの地方首長から支持を得ていることによる政治的安定性をアピールする。そして、7年間の暫定期間中に生活や地域社会に変化を感じられないと不満をもつ層に訴える。

■ 不正が常態化した選挙での勝負のゆくえ

 

 しかし実は、候補者が選挙を戦う以前に、そもそも選挙そのものが抱える問題がある。フィリピンでは、票の買収、投票所における有権者への圧力、投票用紙の不正操作、開票・集計時の不正が、長年にわたって指摘されてきた。こうした不正が常態化した選挙は、有権者の投票行動にも大きな影響を及ぼしてきた。金権政治が根強く残る状況では、政策を基準に候補者を選ぶよりも、当選後に自分や家族のために口利きをしてくれそうな候補者を選んだほうが得策だと考える有権者もいる。また、顔がみえる関係性でむすばれた地方社会では、誰に投票したかを周囲から監視されることもあり、自由な意思にもとづいて投票することが難しい場合もある。UBJPの支持者からは、次のような声も聞かれる。「もし、人びとが自由に投票できるのであれば、UBJPが勝つのは間違いない」と。さらに、議院内閣制を採用したBARMMの選挙制度そのものに馴染みのない有権者も少なくない。なかには、なぜ首相を直接選ぶことができないのかを理解していないなど、今回の選挙の仕組みについて十分な知識を持たない有権者もいる。

 選挙に臨むにあたっては、UBJP側もBFP側も、民主的に行われた選挙であれば、敗北を受け入れると表明している。仮に選挙不正があったとしても、これまでと同様、一定程度は受容される可能性がある。しかし今回の選挙は、暫定首相交代以降に積み重なってきた重苦しい感情が渦巻くなかで実施される。もし度を越した選挙不正が明るみに出れば、これまで抑え込まれてきた不満が噴き出し、暴力に発展する可能性も否定できない。

■ 武力紛争終焉への転換点になるのか?

 

 BARMMの設立を規定したバンサモロ組織法(BOL)が成立した時点では、新自治政府の設立とともに、政治トラックと正常化トラックを完了させ、フィリピン政府とMILFが出口合意書(Exit Agreement)に署名することで和平プロセスを完了し、武力紛争を終結することが想定されていた。しかし、政治トラックでは、新自治政府の財源を多様化・安定化するための歳入法(Revenue Code)を暫定期間中に成立させることができなかった。正常化トラックについても、先に述べた各項目で遅れが生じている。

 BARMMの議会選挙によって、有権者に選ばれた議員が自治政府を運営することになるという点で、フィリピン南部の武力紛争は確かに一つの転換点を迎える。しかし、和平合意の実現という観点からみれば、多くの課題を残したまま、新たな自治政府が発足することになる。

MASAKO ISHII 石井 正子

立教大学

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