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オーシャンニューズレター

第72号(2003.08.05発行)

第72号(2003.08.05 発行)

生物多様性と水族館の役割

江ノ島水族館代表取締役社長兼館長◆堀 由紀子

沿岸域が海洋に占める割合は10%程度であるが、全海洋生物の過半数を育む場として多様な生物発生の場でもある。地球規模で自然環境の重要性が問われる今、海洋に関して体系的に学ぶ場は、学校教育ではほとんどないのが現状であり、社会教育での自然系博物館や、水族館の専門領域で果たすべき役割がますます大きくなって来ている。

生物多様性の維持と教育の重要性

ビゼンクラゲ。江ノ島水族館はクラゲの展示でも有名。なお現在の水族館の営業は今年12月までで、来年4月に新江の島水族館として生まれ変わる予定。
●江ノ島水族館
神奈川県藤沢市片瀬海岸2-17-25
営業:年中無休AM9:30~PM5:30

海にかこまれた日本は有史以来海の恩恵を受け、海洋国家として国際的な交易においても優位な発展をとげて来ている。しかしながら、沿岸域の状況は、社会経済活動の発展、人口増大による開発行為や漁業資源の乱獲により、海洋汚染や生物激減状況が顕在化してきている。1992年ブラジルのリオデジャネイロで開催された「地球サミット」では、持続可能な開発と利用という提言の1つに「生物多様性の維持」があげられ、環境重視、自然との共生の重要性を再認識し、21世紀は環境の世紀、生命科学の時代と言われているほどである。生物を取り巻く環境を、自然条件と環境の視点でクローズアップし、生物多様性とは何かという基本姿勢を改めて問い、将来につなげる展望を示唆し、青少年教育や生涯学習として教育啓蒙していくことが大きな課題となって来ている。

江ノ島水族館が所在する目前に広がる相模湾に焦点を絞ってみても、沿岸域の開発、砂浜の減少、生物激減状況は顕著である。その反省に立って、昭和61年神奈川県では「湘南なぎさプラン」が策定され、豊かなみどりと美しいなぎさが生かされた「海岸文化の創造」を目的に15年間整備計画が実施されて来た。渚の陸域と海域とのはざまである海岸、沿岸域の再生回復を目的とするものである。それは、山林の豊かな川の源流から河口域の自然回復であり、ダム、堰、干拓が砂や豊富なミネラルを含む流水をせき止め、生物の遡上や降下を切断し、豊かな沿岸域を貧相な海岸域にしてしまった反省に基づくものである。

世界に分布する干潟、藻場、サンゴ礁、それに続く浅海の沿岸域は、海洋に占める割合は8%程度であるが、全海洋生物の過半数を育む場として多様な生物発生の場でもある。今日その認識が高められ、沿岸域は生物多様性の重要な役割を担う場と位置づけられている。

体験学習と博物館の役割



ネットワーク事業のひとつとして行われた、アートな標本づくり。子供たちは海で標本となるワカメの採集を行った
(写真すべて:江ノ島水族館)

さて、今日海洋に関して体系的に学ぶ場は、学校教育ではほとんどないのが現状であり、社会教育での自然系博物館や、水族館の専門領域での役割がますます大きくなって来ている。総合的学習が開始され、週5日制の完全実施により、ゆとり教育として子供たちの「生きる力」を育む地域社会の環境充実の方策が課題となっており、そのため教育基本法の見直しも行われている。文部科学省では、「社会の変化に対応した今後の社会教育行政のあり方」について大綱化・弾力化の方向で見直しが行われた。そこで全国組織である(財)日本博物館協会では、その「望ましいあり方」について歴史・芸術・自然・理工・動物・水族の各分野をカバ-する専門委員会を置き、平成12年11月「対話と連携」の博物館として再生し、「市民と共に創る新時代博物館」を提言した。特に自然教育分野では、教育の基本は楽しく学ぶ体験学習であり、五感を通して体感した感動体験や驚きや発見が子供たちの心の成長を育み、地球環境問題等大きな課題に積極的に取り組み、自立した人間像を育成する場として、博物館がその期待に応えようという姿勢を明らかにした。

水族館では、(1)レクリエーション(2)教育(3)研究(4)自然保護に資するという四つの役割がある。特に最近、水生生物の激減状況を踏まえ、生物の多様性の維持である「種の保存活動」を重視している。また、文部科学省では平成9年より13年までの5年間、青少年の科学に関する学習の場として、科学系博物館の機能の充実と有効活用を図るため、地域において拠点となる博物館を中心に、複数の博物館と学校、関係機関、団体が連携協力し、その成果を全国に普及する科学系博物館ネットワーク推進事業を実施し、これを全国的に展開した。

この推進事業は、全国8ケ所のブロックに区切られ、南関東ブロックとして当館は5ケ年この事業を継続した。その一例として、「海と生物」をテーマに日本周辺の海洋環境や生態系について青少年に理解し易い多様なプログラムを構築し、自然保護アクションを喚起するための青少年及び全人的生涯学習事業を行った。これは、沿岸・表層・中層・深海の生物を理解するために、神奈川県下の大学や研究機関やその関連機関と共に、特色あるそれぞれの海域の4つの水族館とのネットワークを組んで行った。内容は、五感を通して触れて、見て、観察し、参加体験を通して感動体験が得られるハンズ・オン方式や小、中、高や公民館へ標本貸し出しや出前授業を行うアウトリーチ方式の授業、映像やIT利用による知られざる海の世界を紹介等多様であった。協議会参加博物館と関連機関のテーマは別表の通りである。

参加者は、毎年1,000名余りであった。このことから、開放された中での自由な体験学習がいかに子供たちにとって自然や科学への理解や動機づけになるかを実感した。

2004年4月にオープンする新江の島水族館がめざすもの

さて私ども江ノ島水族館では、「湘南なぎさプラン」の最終事業である神奈川県特定事業として、新江の島水族館を建設中であり2004年4月にオープンを予定している。

本施設が開館する年は江ノ島水族館の50周年目にあたり、相模湾と太平洋を中心とする展示を通して、エコミュージアムとエンターテイメント性の共存を目指している。

「水の惑星といわれる地球」そしてその地球の未来を握る鍵として、「生命」や「自然」に対する科学的な興味を、「命」という身近なテーマで子供から大人まで存分に楽しみ、学び、憩える海洋科学の殿堂を実現していきたいと考えている。新しい展示は、相模湾大水槽の生物の群泳や、クラゲのファンタジー、「渚」がテーマの体験学習館、イルカ・クジラショーのエンターテイメント等多様である。また、海洋科学技術センターと日本大学との共同研究の場を設け、深海、海洋、生命科学・地球環境に及ぶ研究領域の探求も試みるなど、従来の水族館の枠組みを超えた活動を展開する予定である。

新しい水族館は、海と生物から地球を学び、生命を探ることを基本姿勢して、人と海との交流に夢と憩いを感じていただく感動体験の場となることを大切にしたいと思う。(了)

■協議会参加博物館と関連機関のテーマ (平成12、13年度)
参加博物館テーマ
1江ノ島水族館 「相模湾と太平洋の生物」
2上越市立水族博物館「日本海の生物」
3小樽水族館「北の海の生物」
4鳥羽水族館「南の海の生物

参加研究教育機関テーマ
1日本大学生物資源科学部「浅海域の生態」
2海洋科学技術センター「深海の生き物」
3財団法人熱帯海洋生態研究振興財団
沖縄阿嘉島臨海研究所
「サンゴ礁の生態」
4国際機関国際マングローブ生態系協会「マングローブの生態」

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