Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第484号(2020.10.05発行)

海技者のレベル維持と長期的確保に向けて

[KEYWORDS]外国人船員/人材育成/海技者
福知山公立大学特命教授、海事研究協議会理事◆篠原正人

日本外航海運に乗り組む船員のほとんどがアジアの外国人となっている。
船舶運航の質的要件を満足する船員の長期的確保と、多様な海事産業を支える陸上での業務の継承者の確保のためには、「日本的価値観とはたらき方」そして日本語の習得を教育訓練に取り入れるべきである。

日本海運と日本人船員

国際海上運送業(以下、外航海運)は「海運自由の原則」に基づき、どこの国の船でも世界中で自由に貨物の輸送契約を結ぶことができることから、非常に激しい競争下にあるビジネスである。その中で日本人船員が果たしてきた役割は多大である。しかし近年コスト削減のために、日本人船員を徐々に低コストの外国人船員に置き換える動きが定着してきている。現在、日本人外航船員の数は1980年のわずか20分の1、すなわち2,000名強にまで減少している(表1参照)。つまり、日本海運の外航船約2,500隻は、1隻あたり0.8人の日本人船員となり、ほとんど外国人船員が乗り組んでいることになる。そのため、乗組員のレベル低下による海難事故や、知識・技術の伝承困難といった問題が発生している。また、日本人船員が果たしてきた幅広い陸上業務の継承も難しくなっている。これらひずみの存在をわが国海事社会の課題として再認識し、長期的観点に立って有能な船員(海技者)※ 確保のために改革をする必要がある。

日本人船員の「暗黙知」

日本人船員はほとんどの場合が企業の社員であり、長期雇用を前提にキャリア開発がなされてきた。そのため表2のような特性がある。これらの特性には、日本特有の社会環境に沿った日本の海技者の働き方が見て取れる。しかも、船舶に乗り組むことに加えて、陸上業務も含めた他の関連業務を経験し多様な知識経験を持った海事プロフェッショナル(海技者)として存在している。これは日本の海事社会特有のパラダイムであり、日本人船員の間で長く「暗黙知」として共有されている。

増えない日本人船員と外国人船員育成

このような高い知識と技術を継承するために、これまで日本人船員増加策として様々な施策が打ち出されてきたが、ほとんど効を奏していない。単に船員の人件費の問題ではなく、国民の職業選択が時代と共に大きく変化したためと思われる。もはや十分な日本人船員数を確保することは、困難であると言わざるを得ない。このままでは海難事故を防止し、海運市場で競争優位を保つことは困難である。すなわち、取り組むべき方向性としては、外国人船員が、日本人船員と同等に近いレベルまで知識・技術を向上させることこそ将来の課題を解決すると考える。そのためには、西洋的なルールとマニュアルによるガバナンスだけでは不十分である。むしろその行間に潜む微妙なリスクの所在を感知し、陸側との連携の下、適切な予備的措置を講じることに長けた船員の養成が必要である。それは「暗黙知」を共有できる自律的な船員の姿である。その具体的な方法としては、以下のものが考えられる。
1)外国人船員を長期雇用の下に育成する
マンニング会社(船員配乗業者)経由の派遣契約ではなく、長期雇用を前提とした外国人船員のキャリア開発を目指すべきである。彼らが日本の海技の特性を体得し、後輩を指導できるようにする必要がある。
2)陸上勤務を含めて幅広い経験の場を提供する
陸上勤務を併用することにより、幅広い経験と視座を養うことが可能である。共通体験を通じて価値観の共有を図る必要がある。
3)技術のみならず「日本的経営論」「日本的働き方」などをカリキュラムに入れる
外国人船員は派遣契約の下、船舶に乗り組むことに専念してきたため、日本的な経営および働き方を体系的に習得する機会が与えられていなかった。技術と法令教育に偏重することを改めるべきである。

陸上における海技者の役割

昨今、船員は海技者という専門的立場で、陸上で行う業務が増えている。船員教育、安全対策、営業支援、革新的新造船開発、水先業務、港湾運営、港湾整備、行政への助言、国家プロジェクトへの参画などは、今なお日本人海技者(船員OBを含む)が担っている。わが国の日本人外航船員2,000 余名で今後もそれを賄うことは不可能である。今後は外国からの人材を海運における陸上業務で受け入れる体制を整える必要がある。しかしながら、これらの業務には国内のみで遂行される業務があり、外航海運業務と同様に英語を共通語として遂行することはできない。海運以外の分野の人々と連携しながらの業務は、当然日本語による意思疎通を要し、日本の働き方を熟知している必要がある。すなわち、その業務をこなす資格要件として、日本語による意思疎通/日本的働き方の習得/日本の歴史・文化・価値観の認識/日本の経営手法の習得などの点が重要となる。最近の社会情勢を見ると、日本語が堪能で日本の文化や働き方を十分に熟知している外国人が多数いることに感嘆する。彼らは幼少期から日本のサブカルチャーに馴染み、徐々に日本文化に深い知識を持つと同時に、日本的な価値観をよく理解できるようになった人材である。
海技の世界においても、就業機会の提供を通じて広報を工夫すれば、海技免状を保持し十分な乗船経験を備えた外国人の中に、日本でのキャリア形成を望むものが多く出現するはずである。外国人海技者は、2019年4月に改正施行された「出入国管理及び難民認定法」において「高度な技能を持つ労働者(特定技能2号)」の範疇に入る。日本語および日本文化に精通し、日本人の価値観を共有できる外国人海技者は、日本の海事業務を次の次元へと発展させ、海事産業をさらに進化させる原動力となるに違いない。

施策への展開と世界標準への貢献

わが国の海事産業に属する企業および政府は、日本の海技者が果たしてきた役割を再認識し、今後海事社会にどのような海技が必要であるか、長期的展望の下に具体的方策を講じていくべきである。ここに示した海技者養成方法は、世界の海運国に多くの示唆を与えるだろう。日本でしか通用しない論理から、海技の世界標準の向上に貢献する「日本の知」へのステップアップとなるはずである。(了)

  1. 船舶に乗り組むことに加え、陸上で海技的業務を行う場合を総称して「海技者」と呼ぶことにする。
  2. 本稿は、海事研究協議会『わが国海運を支える海技のあり方と制度改革』研究グループ報告書(2019年4月)の要約であり、詳細はhttps://rcmi.jp/page_contents/pdf/20190630.pdfを参照ください。

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