Ocean Newsletter

【Ocean Newsletter】バックナンバー

第434号(2018.09.05 発行)

海洋科学者から政策者へ ~グローバル「指標」を通じたコミュニケーション~

[KEYWORDS]国連持続可能な開発目標(SDGs)/愛知目標/海洋観測
(国研)海洋研究開発機構主任研究員、国連環境計画世界自然保護モニタリングセンターシニアプログラムオフィサー◆千葉早苗

ここ数年海洋生態系保全に対する社会の関心が、世界的に高まっている。
海洋科学者は、社会との連携を深め、科学的知見に基づく効果的な政策の実現に貢献する責任がある。
観測データを活用して国連持続可能な開発目標(SDGs)や愛知目標のグローバル指標を開発するのは、一つの有効な手段である。

海洋科学の10年に向けて

「One Ocean=かけがえのない海」を旗印に、ここ数年で国際社会の海洋に対する関心は、これまでになく高まっている。2017年6月に世界初の国連海洋会議が開催され、加盟国は持続可能な開発目標(SDGs)の目標14「海洋環境と資源の持続的利用と保全」(SDG14)の達成に向けて努力する決意を表明した。これを受け、国連は同年12月に2021-30年を「持続可能な発展のための海洋科学の10年」と宣言し、国連環境計画(UNEP)は海洋プラスチック汚染軽減を目標に世界的キャンペーンを開始した。英国国営放送BBCの海洋科学番組『ブループラネット II』は、年間の最高視聴率を叩き出し、人類が受ける海の恵みと海洋生態系が直面する危機に関して、一般市民の意識を大きく向上させた。今、政治、経済、科学の専門家と市民が手を組んで、トップダウン、ボトムアップ両面から、海洋の保全に向けて行動を起こすことが求められている。とはいえ上記のような国連の枠組みやキャンペーンは、どちらかというと政策面主導であり、必ずしもその過程で科学者の声が十分生かされているわけではない。限られた時間と予算で、広い海や生態系を保全にするには、何をどうやって管理すれば効果的なのか優先順位をつける必要があり、それを可能にするのが科学的知見である。いま海洋科学者は社会への貢献を一層意識して研究することが求められている。研究成果をわかりやすく非科学者に伝えることは、多くの科学者が苦手とするところであるが、そのことが科学的知見に基づく効果的な海洋の利用/保全政策実現の妨げになってはいけない。解決策として有効なのは、科学的情報を一般に理解しやすい「指標」に置き換えて示す手法である。

国連プロジェクトのグローバル「指標」

海洋科学の個々の成果は、生態系の変化をたとえば次のように伝える。「この10年間で生物A種の生物量はX%減少し、その変化は水温と負の相関があった」。これでは一般の人々にはピンとこないので、たとえばある特徴を持つ多数の生物種の変化を総合して解析することにより指標(例:海洋絶滅危惧種)を作り分かりやすい名前を付ける。水温等の環境要因も合わせれば、生態系のレジリエンスを示す指標もできる。よく知られているのが、多くの自然科学/社会科学的情報を統合して開発した、海洋の健全度指数※1である。このような指標は、欧米を中心に近年盛んに開発され、地域的な海域管理などに生かされているが、今回はとくに国連が主導するプロジェクトにおけるグローバル指標について紹介し、その開発における海洋観測コミュニティの貢献を促したい。
国連生物多様性条約(CBD)は2020年までに生物多様性の保全のために国際社会が達成すべき20のターゲット「愛知目標」を設定しており、各目標が生物多様性の状態変化や適応策の達成度合を評価するための指標を設置している※2。それらの評価結果はCBDを通じて加盟国政府に報告され、各国および国際社会のさらなる対応を促すというように、科学と政策を繋ぐ体制ができている。しかしターゲットの多くが陸海両方に適応するにもかかわらず、提案・開発された指標はサンゴ礁生態系などの例を除けば大半が陸域環境とその生態系に特化したものである。海洋科学コミュニティは国際観測網を作って、またハイテクを駆使し海洋環境および生態系の変動を地球規模でモニタリングしており、その時空間範囲は、同グローバル指標の基準を十分クリアする。このように質量ともに優れた海洋観測データがこれまで愛知目標に活用されていなかったのは、ユネスコの政府間海洋学委員会(IOC)の全球海洋観測システム(GOOS)がリードする海洋観測コミュニティと、国連環境計画(UNEP)やCBDがリードする保全生物学コミュニティの間に、十分な連携がなかったことが一因であろう。
一方、SDG14は明確に海洋環境と生態系の持続可能な利用と保全を目標に掲げ、それを受けてグローバル指標としては、沿岸富栄養化、海中プラスチックごみ量、海洋酸性化指標(pH)、持続可能な水産資源量などが指定されており※3、ここではUNEPやIOCを含む複数の国連機関が協力して開発に当たる体制になっているが、具体的な手法に関してはほとんど決まっていない。よって、いま海洋科学コミュニティがその強固な全球観測網をもって貢献することが期待されている。とはいえ、開発した指標が愛知目標やSDGsの公式グローバル指標として正式に認定されるまでには、かなり複雑なプロセスがある。その仲介をしている組織が、Biodiversity Indicator Programme (BIP)である。指標を開発予定の国際海洋観測プログラムはそれぞれBIPと連絡をとり、まずパートナー組織として名乗りをあげることが推奨される。

■グローバル指標を通じた海洋観測コミュニティと国際海洋政策のリンク

日本の海洋科学者へ

このように、海洋科学を取り巻く国際情勢は劇的に変化しつつある。私は現在英国のUNEP関連機関に派遣されており、そうした動きを肌で感じているが、自国の状況を振り返ってみると、残念ながら日本の顔はほとんど見えてこない。日本政府は海洋立国を宣言し、海洋科学においては技術面でも、インフラ面でも世界の先端にある。それにもかかわらず、先の国連海洋会議においては日本財団の貢献以外に目立った動きがなく、一般にSDG14の認知度も高いとはいえない。海洋科学者のあいだですら「海洋科学の10年」が知られていないことに驚く。気になるのは、政府や海洋科学コミュニティに時折みられる、海洋の未来に関する内向きのビジョンである。もちろん、日本の海洋科学と科学政策は、まず日本国民の幸せを願って進めなければいけない。しかし日本の海は世界の海につながっている。世界と協力して全球規模で海洋を知り、保全することこそがすなわち日本社会の幸せにつながるのだという理論があまり聞こえないことを懸念する。
日本は海洋科学のガラパゴスになってはいけない。海洋科学者は、視野をひろく持ち "One Ocean" の理念を日本社会に向けて発信するときである。(了)

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