衛星画像分析 2024/09/03
ウクライナによる越境攻撃と原発の安全確保
1. ウクライナによるロシアへの越境攻撃
ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始してから、8月24日で2年半を迎えた。戦況が膠着する中、ウクライナ軍が8月上旬、ロシア領土への越境攻撃を開始し、戦争は新たな局面に入った。ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシア・クルスク州の90を超える集落と、東京都の面積の半分超に相当する1,250平方キロメートルを支配下に置いたと発表している[1]。欧州に天然ガスを送るための中継地点があり、ロシアにとって重要拠点の一つであるスジャを支配下に置いたほか(図1参照)、ロシア軍の補給を妨害するため、同州にあるセイム川の主要な橋をすべて破壊した[2]。
図 1:クルスク州の地図

ロシアが外国の正規軍に領土を占領されるのは第2次世界大戦以来85年ぶりである。また、非核保有国が核保有国の領土を占領するのは初めてであり、核抑止の効用について様々な議論が提起されている[3]。
今回の越境攻撃に関し、留意すべきことの一つとして、ウクライナ南東部にあり、現在ロシアが占拠するザポリージャ原子力発電所と同様に、原発の安全確保がある。図1にあるように、ウクライナ軍が現在展開する戦線から数10 キロメートル先にクルスク原発があり、今も運転している。ウクライナが越境攻撃に派兵している部隊の規模から考えて、すぐに原発の占領に至る可能性は高くないが、楽観はできない。両軍の戦闘激化のあおりで、原発の施設が破損すれば、放射性物質の漏洩で周辺環境に大きな影響を与えるおそれがある。さらに、クルスク原発で運転中の原子炉がザポリージャ原発の原子炉と比べ、外部からの衝撃に弱い構造であることから、国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は原発近辺での戦闘行為の自制を呼びかける緊急声明を出した[4]。さらに、8月26日には、事務局長自らIAEAの調査団を率いてクルスク原発を視察した[5]。
笹川平和財団は新たに入手した衛星画像やIAEAのデータから、クルスク州の原発の現状を検証した。
2. クルスク原発の概要
IAEAの公式データによると、クルスク州のやや西寄りに位置するクルチャトフにあるクルスク原発(図1参照)は、計6基の原子炉を有し、各原子炉の概要は表1の通りである。
表 1:クルスク原子力発電所の概要
原子炉 | 型式 | 発電能力 (メガワット) |
運転開始 (年/月/日) |
現況 |
---|---|---|---|---|
クルスク第1 | ||||
1号機 | 黒鉛炉 | 1,000 | 1976/12/19 | 運転終了 |
2号機 | 黒鉛炉 | 1,000 | 1979/01/28 | 運転終了 |
3号機 | 黒鉛炉 | 1,000 | 1983/10/17 | 運転中 |
4号機 | 黒鉛炉 | 1,000 | 1985/12/02 | 運転中 |
クルスク第2 | ||||
1号機 | 軽水炉 | 1,255 | 建設中 | |
2号機 | 軽水炉 | 1,255 | 建設中 |
出典)IAEA「PRIS Country details-Russian Federation」を参照に筆者作成
原子炉は核燃料の分裂反応を効率よく起こすため、中性子の放出速度を落とす素材(減速材)に何を使用するかによって炉の名称が変わる。黒鉛炉とは、減速材に黒鉛(鉛筆の芯の素材)を使用する原子炉で、燃料の熱で沸騰させた水の蒸気をタービンに送って発電する。旧ソ連が開発し、上記3、4号機は正式には黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉(RBMK)と呼ばれる。RBMKは世界で最初に原発で採用された型式だが、1986年4月にウクライナ(当時はソ連)で大事故を起こしたチョルノービル原発の炉の型式としても知られる。
一方、クルスク第2原発に建設中の軽水炉とは、炉内を普通の水(比重が大きい重水と区別するため軽水と呼ばれる)で満たし、水が減速材の役割を果たしつつ、核燃料の熱で大量の蒸気を発生させてタービンを回し発電する。現在、世界の80%以上の原子炉が軽水炉である。日本においても運転中の原子炉はすべて軽水炉であり、2011年3月11日にメルトダウン事故を起こした福島第一原発も軽水炉だった。
衛星画像1:クルスク原発(2024年8月18日撮影)

出典)Maxer 原子力資料情報室・松久保肇事務局長提供
衛星画像1を見ると、黒鉛炉を有する原発によく見られる冷却塔が2基(赤い囲み)存在していることが分かる。炉の廃熱を送り、外へ逃がすための施設である。
3. 黒鉛炉のぜい弱性
先に紹介したように、黒鉛炉、軽水炉ともに大事故を起こしているが、外部からの衝撃に対する弱さを含め、黒鉛炉の方が軽水炉に比べ、安全に関してぜい弱性を抱えている、と指摘されている。現在、RBMK はロシア以外では運転されていない[6]。
軽水炉は原子炉を鋼鉄製の格納容器が覆い、それらを鉄筋コンクリート製の建屋に収容する。核燃料の溶融(メルトダウン)など炉に異常があり、放射性物質が炉から漏洩しても、格納容器がそれを「閉じ込める」役割を果たす。逆に、黒鉛炉には格納容器がないのが通例で、炉に異常が発生した際に、放射性物質を「閉じ込める」機能が弱い。
チョルノービル原発事故は黒鉛炉1基のメルトダウンだった。一方、福島第一原発事故は3基の軽水炉がメルトダウンし、うち2基は、燃料の溶融に伴い大量に発生した水素が外に漏れ出して引火し、原子炉、格納容器を収容する建屋の天井や外壁が吹き飛ばされるほどの爆発を引き起こした。さらに、別の場所にあった使用済み燃料を貯蔵するプールも水素爆発に見舞われた。一見すると、福島第一原発事故の方が深刻に見える。しかし、福島第一原発事故は、チョルノービル原発事故に比べ、放射性物質の一つであるセシウム137による汚染地域の面積は約6%、放出距離は1/10程度になっている[7]。水素爆発にもかかわらず、格納容器が健全性を保ち、放射性物質を「閉じ込める」機能を一定程度果たしたことが分かる。一方、格納容器がなく、「閉じ込める」機能がぜい弱だったチョルノービル原発事故では、放射性物質が欧州の広範囲に飛散した。
こうした黒鉛炉の弱点については、IAEAのグロッシ事務局長も懸念を示している。8月26日のクルスク原発視察時に「原子炉が稼働しているという事実が、事態をより深刻にしている。この種の炉は外部からの衝撃に弱い。軍事戦線のすぐ近くにあることは、極めて深刻な事実だ」と述べた[8]。ロシアもぜい弱性を意識したとみられ、クルスク原発周辺の衛星画像を見ると、この1か月で有意な変化が観察される。下記の三つの衛星画像を見ていただきたい。
衛星画像2:クルスク原発手前の指定地点

出典)Sentinel2 原子力資料情報室・松久保肇事務局長提供
衛星画像2に示した、クルスク原発から、現在ウクライナ軍が展開する方角に向かって約15キロ付近の田園は様変わりしている。
衛星画像3:クルスク原発手前の指定地点(2024年7月9日)

出典)Sentinel2 原子力資料情報室・松久保肇事務局長提供
衛星画像3にあるように、2024年7月9日時点では、普通の田園風景である。
衛星画像4:クルスク原発手前の指定地点(2024年8月18日)

出典)Sentinel2 原子力資料情報室・松久保肇事務局長提供
同じ地点が2024年8月18日になると、長い距離を掘った跡がくっきりと映っている(衛星画像4、赤い囲み参照)。ロシアはウクライナ軍の進撃に備え、クルスク州の各地で塹壕を構築していると伝えれており[9]、その一環とみられる。
4. 戦時下の原子力施設の安全確保
ザポリージャ原発に続き、クルスク原発についても、IAEA事務局長が声明を出し、現地を視察するに至った事実は、今回の戦争における一つの特徴を描き出している。それは、戦闘行為により原子力施設が損傷し、放射性物質の大規模な漏洩を誘発する可能性が現実味を帯びたことである。原発に対する武力攻撃はジュネーヴ条約第一追加議定書において原則禁止されている[10]。その趣旨は、原発のような危険な力を内蔵する施設が破壊された場合、非戦闘員に甚大な被害を与えるため、攻撃を禁止しようというものである。
日本は原子力民生利用国の一つとして、また福島第一原発事故を経験し、原子力施設の事故が人体と環境に多大な影響を与えることを熟知する国として、戦時下における原子力施設の安全確保について、国際的な議論を提起するべきである。
(了)
1 「ロシア報復の脅しは「はったり」、越境攻撃巡りゼレンスキー氏」『ロイター』2024年8月20日。[https://jp.reuters.com/world/ukraine/OONZG7NI4NL7HAGPEDOYNFGZXE-2024-08-20/]
2 「ウクライナ、クルスク州で3本目の橋破壊 ロシア調査委が確認」『ロイター』2024年8月19日。[https://jp.reuters.com/world/ukraine/DS37XZTUTNIRDNHKQHUFSS3PPY-2024-08-19/]
3 例えば 「ロシアの「核の脅し」利かず ウクライナ、訓練偽装し越境 保有国に初の大規模侵攻 核抑止巡る議論に一石」『日本経済新聞』2024年8月17日(会員限定)。
4 “IAEA Director General Statement on Developments in the Russian Federation” 9 August 2024.[https://www.iaea.org/newscenter/statements/iaea-director-general-statement-on-developments-in-the-russian-federation]
5 “IAEA Director General Statement on Kursk Nuclear Power Plant” 26 August 2024.[https://www.iaea.org/newscenter/pressreleases/iaea-director-general-statement-on-kursk-nuclear-power-plant]
6 ATOMICA 「チェルノブイリ原子力発電所事故の概要」2007年1月。[https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_02-07-04-11.html]
7 環境省「チェルノブイリ原子力発電所事故と東京電力福島第一原子力発電所事故の規模の比較」[https://www.env.go.jp/chemi/rhm/h30kisoshiryo/h30kiso-02-02-06.html#:~:text=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%9B%BB%E5%8A%9B%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E4%BA%8B%E6%95%85%E3%81%AF,%E8%A6%8F%E6%A8%A1%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82]
8 Bloomberg「ロシアのクルスク原発、稼働継続でリスク高まる-IAEAが警告」2024年8月28日[https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-08-28/SIVSY0DWX2PS00]
9 BBC「ウクライナが越境攻撃で前進、ロシアは塹壕を設置 衛星画像や動画でわかること」2024年8月15日。[https://www.bbc.com/japanese/articles/c39kv2vz72zo]
10 ジュネーヴ条約第一追加議定書第56条第1項「危険な力を内蔵する工作物及び施設、すなわち、ダム、堤防及び原子力発電所は、これらの物が軍事目標である場合であっても、これらを攻撃することが危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらすときは、攻撃の対象としてはならない。これらの工作物又は施設の場所又は近傍に位置する他の軍事目標は、当該他の軍事目標に対する攻撃がこれらの工作物又は施設からの危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらす場合には、攻撃の対象としてはならない」