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SPF China Observer
ホームへ第61回 2024/08/21
「聯合利剣2024A」演習にみる中国の台湾周辺軍事活動の三つのトレンド
―(その2)演習内容の実戦化―
杉浦 康之(防衛省防衛研究所 地域研究部中国研究室主任研究官)
2.演習内容の実戦化
今回の演習の規模は2022年9月の演習や2023年4月の「聯合利剣」と比較すれば小さいものと指摘されている[1]。しかし、その演習内容は、将来の台湾有事を想定したものであり、実戦化を志向していた。かかる演習内容の注目点としては以下の点が指摘できる。
(1)「システム体系作戦」構想と「一体化統合作戦」構想に基づく演習の実施
東部戦区報道官は、今回の演習の重点は「海・空における戦備パトロール」、「包括的な戦場統制権の総合的な奪取」、「重要目標への統合精密誘導攻撃」であり、戦区部隊の統合作戦能力を検証すると説明した[2]。5月23日の演習では、台湾本島北部、南部の空海域で、「対海突撃」「対陸打撃」「防空・対潜水艦」などの演習を行ったほか、陸軍とロケット軍の部隊が所定地域に展開し、海・空の戦力と協同した統合打撃等の実戦能力を検証した。5月24日の演習では、①実弾を装填した陸軍部隊の車両の所定地域への展開、②高速且つ隠密裏に敵に接近した海軍部隊による、戦区統合作戦指揮センターの統一指揮下での海上目標へのシミュレーション攻撃及び対潜訓練、③実弾を装填した多種類の空軍戦闘機の目標空域への展開、戦闘機の援護を受けた爆撃機による台湾東部海域での海軍艦艇・沿岸ミサイル部隊と協同した重要目標へのシミュレーション攻撃、空中給油機による戦闘機への補給、などの訓練が行われた。また一連の演習では各軍種間で迅速な情報共有が行われている様子も報じられた[3]。
国防大学の研究者は、戦場統制権は「システム体系[4]破壊能力」を体現するものであり、制海権、制空権、制情報権から構成されると説明した。そして、今回の演習では陸・海・空・ロケットの四大軍種の連携は高く、これらの四大軍種が新領域・新性質の戦力と結合し、一体化した統合行動をとったと強調した。また陸海空による統合精密打撃の重要性も指摘した[5]。こうした説明を踏まえれば、今回の演習内容は、習近平が中央軍事委員会主席に就任した2012年以降、中国人民解放軍が一貫して強化を目指している「システム体系作戦」構想と「一体化統合作戦」構想に基づくものであったといえる。
「システム体系作戦」構想は、米軍におけるC4ISRの発展を踏まえて考案された作戦構想であり、胡錦濤時代に提唱された[6]。その主たる特徴は、①戦場状況を同時に感知し、リアルタイムの情報共有を行う、②各軍種を融合し、効率の高い作戦を実施する、③各軍兵種が協調してシンクロし、一つの纏まりとして連動する、④敵を一つの完成された作戦体系としてとらえ、その枢要な箇所を発見・攻撃することで、敵の全体構造を破壊する、⑤作戦の指揮統制において分散と集中を同時に実現する、⑥情報保障やロジスティクスなどの後方支援活動において各種能力を集約し、正確な保障を実現する、ことにあるとされている[7]。
また「システム体系作戦」構想は、①情報主導:「制情報権」の最重視、②統合制権の獲得:制情報権、制空権、制海権、制宇宙権、制陸権の総合的奪取、③連動行動:情報ネットワークを基礎とし、指揮統制を核心とし、情報伝達を懸け橋とした、作戦ユニット・作戦要素・作戦システムの融合による各軍兵種の一体化、④正確な統制:総合電子情報システムに依拠し、敵の作戦体系における重要目標の急所への攻撃、⑤システム体系破壊:敵の作戦体系の枢要部分(政治指導者、国家及び軍の指揮中枢、エネルギー施設、交通網、民心、軍事力)の発見・攻撃、⑥効率的な作戦の実施:精密誘導攻撃・ステルス技術の活用、軍事力と外交などの非軍事能力の総合的運用による非対称優勢の確保、敵の抵抗意志の破砕、⑦最短且つ最小被害の実現:発見・意思決定・攻撃の展開における先制確保、⑨非対称戦の実施:敵の戦場感知システムの遮断、精密誘導攻撃・斬首作戦・サイバー攻撃による敵指揮システムの麻痺、敵の測位航法能力の脆弱化、⑨リアルタイム且つ主動的な調整:総合電子情報システムに依拠した、上級から指示された作戦意図と目標に関する一定の協同規則の重視と戦場の情報・状況に基づいた作戦行動、⑩各種謀略活動の遂行:総合電子情報システムに依拠し、主観能動性と情報技術優勢の活用、を重視する[8]。
さらに同作戦構想は、「総体作戦、非対称打撃、体制の麻痺による敵の制圧」をその基本指導思想とする。これらの概念の基本的内容は、戦略的意図に関し、軍事闘争と政治・外交・経済領域の闘争を融合し、諸軍兵種の作戦戦力とその他支援戦力を総合的に運用し、一体化した作戦体系を構築し、総体的な力の結集を形成し、敵の作戦体系の総体的な構造を破壊し、様々な作戦手段・方式を臨機応変に運用することで、自己の長所により敵の短所を攻撃し、作戦の全ての縦深と各領域を協調させることで敵の作戦体系の枢要部分と脆弱な部分を攻撃し、素早い勝利と精確な打撃での敵の制圧により、敵の全体的な作戦体系を迅速に麻痺させ、敵の作戦意志を効果的に震撼させることで、作戦目的を実現することにある、とされている[9]。
「一体化統合作戦」は胡錦濤時代に提唱された作戦構想である[10]。同構想は、「ネットワーク化した情報システムに基づき、情報化された武器・装備と作戦方法を使用し、陸・海・空・宇宙・サイバー電磁波空間および認知領域において総体的な連動を遂行する作戦。情報化戦争に呼応する基本的な作成形式」と定義される[11]。この概念は、「情報主導」、「精密な作戦(空間・時間・目標・手段・効果の精査による、最小・最短で目的を達成する作戦)」、「重点攻撃(ソフトキルとハードキルを組み合わせた精密攻撃による敵中枢の作戦システム体系の破壊・麻痺)」、「総体作戦による勝利(軍事・政治・経済・外交を融合し、陸・海・空・宇宙・情報・心理・認知などの領域で、様々な手段の結合による勝利の実現)」を重視するものである[12]。
中国人民解放軍による今回の演習内容は、上記の二つの作戦構想の重点と一致するものであり、台湾侵攻作戦に不可欠な能力の涵養に繋がるものであった。そうしたことに鑑みれば、中国人民解放軍はこれらの二つの作戦構想を単なるアイデアのレベルに留めることなく、それに基づく作戦行動を実施し得る能力を確実に強化しつつあると判断できる。
(2)台湾封鎖作戦を想定した演習の実施
第二に、中国人民解放軍は今回の演習において、台湾有事を念頭においた台湾封鎖作戦を想定していることを顕示した。東部戦区は演習地点を公開したが、2022年9月の演習に比べ、今回の演習は演習地点が拡大している(図-1)[13]。
演習内容を解説した中国人民解放軍国防大学の研究者は、台湾本島の北部周辺での演習を台北にある政治・軍事の重要目標への威嚇と民進党当局への打撃、南部周辺での演習を「台湾独立」勢力への政治的打撃と高雄港を封鎖することによる経済・貿易への打撃、東部周辺での演習を台湾のエネルギー輸入、「台湾独立」勢力の逃亡、米国及びその同盟国からの支援を断つものだと説明した[14]。他の国防大学の研究者は、今回の演習は「台湾独立派」が逃げることもできず、「台湾独立」を支援しようする外部勢力も来援することができないことを示したと指摘した[15]。軍事科学院の研究者も今回の演習では台湾本島のみならず、金門、馬祖、烏丘諸島、東引島も対象にしており、こうした本島と周辺島嶼を一体にした戦備パトロールにより台湾の防御空間に有効な圧力を加えられると説明した[16]。
図-1 2022年9月の台湾周辺海域での演習と聯合利剣2024Aにおける演習地点の比較
ウクライナ戦争の趨勢を踏まえれば、中国人民解放軍は台湾有事で海・空での封鎖作戦の実施する必要があると指摘される[17s]。また直接の台湾侵攻作戦に比べれば、台湾封鎖作戦は少ないコストで米国の関与を減じられるため、台湾と米国にとっては対応が難しい作戦になると指摘されている[18]。
実際、中国人民解放軍は「一体化統合作戦」構想で海・空での封鎖作戦の実施を検討している。人民解放軍の教範は、大型島嶼封鎖戦役を海上封鎖、空中封鎖、通常ミサイル攻撃などによる戦役であり、統合指揮機構の下で海軍・空軍・陸軍・第二砲兵(現ロケット軍)を主体とし、人民武装警察部隊・民兵も動員して実施すると定義する。その主要な任務は島嶼と外界の経済・軍事の連携を切断し、その作戦能力と戦争遂行能力を弱めることにあるとしている[19]。今回の演習は、まさにこうした構想のなかで実施されたものと指摘できる。
他方、中国人民解放軍が封鎖できる能力を保持しているかは不明である。しかし、こうした姿勢を見せることで中国は台湾、米国及びその同盟国に圧力をかけることを企図しているものと考えられる。
(3)中国海警局による法執行演習の実施
第三に今回の演習には中国海警局の艦艇も参加し、法執行演習を行った。2022年9月のナンシー・ペロシ米国下院議長の台湾訪問時の演習や、2023年4月の「聯合利剣」には中国海警局の艦艇は参加していないことから、こうした動向は注目された[20]。
中国海警局による法執行訓練のなかで以下の点が特に注目に値する。第一に中国海警局艦艇が、台湾が実効支配する烏坵諸島と東引島の「制限水域」に初めて進出したことである。これらの島嶼では台湾が「対上陸作戦」演習や「対海上実弾」演習を行っており、その軍事的重要性は高いと言われている。中国メディアは、今回中国海警局が中国人民解放軍の戦備パトロールと連動してこれらの島嶼で活動したことは、「台湾独立派」への牽制になると報じている[21]。第二に中国海警局が台湾本島東部での活動を初めて公に認めたことである。中国海警局の艦艇が台湾東部で活動していることは2024年3月に台湾側の発表により確認されているが、中国メディアは中国海警局自身がその活動を公に認めたことは今後台湾本島に対し法執行を行う意思があることを示していると報じた[22]。第三に、中国メディアや中国海警局の関係者が、今回の演習で「金門モデル」という説明を行っていることである。「金門モデル」とは2024年2月、金門島海域において台湾当局の取締りにより中国漁民 2 名が死亡したことを受け、中国海警局がアモイ・金門島海域で常態的な法執行パトロールを実施すると発表したことを指すものである[23]。中国海警局の関係者は今回の演習における中国メディアのインタビューにおいて、台湾当局が頑なな態度を崩さない場合、台湾船舶への乗り込み検査や、「制限水域」への立ち入りなどの懲罰的措置を強化するという「金門モデル」を再現すると語った[24]。
こうした中国海警局の一連の活動は、中国人民解放軍との連携の下で行われたと報じられている 。2018年3月、全国人民代表大会(全人代)開幕後に発表された国家機構改革で、国家海洋局の傘下の中国海警局の部隊は、同年1月に中央軍事委員会直属組織として指揮命令系統が一元化された人民武装警察部隊の指揮下に置かれた[26]。中国海警局の部隊は、「人民武装警察部隊海警総隊」として再編され、通称として引き続き「中国海警局」を用いることとなった[27]。これにより「中央軍事委員会―武警―海警」という、新たな海上国境警備管理体制が構築されたが、この動きは、2013年11月の軍改革発表時に提唱された、海・空での国境警備管理体制メカニズムの調整と合理化という方針に沿うものだった[28]。
改編後の中国海警局は、中国の「武装力」の一部という面と、国内の法執行機関という面の、2つのアイデンティティを有しているといわれている。そして中国海警局は、海軍出身者が海警局局長および北海・東海・南海の各分局局長に就任するなど、海軍との連携を強化していった[29]。
組織改編後に公刊された中国人民解放軍国防大学が編集した『戦略学』2020年版は、中国海警局に求められる課題として、①遠海での法執行活動能力の強化、②中国人民解放軍・武警のネットワーク情報システム体系への編入を目的とするネットワーク情報能力の大幅な強化、③海軍との統合警戒監視・統合指揮・統合行動の制度的メカニズムの整備を含む状況統制能力の大幅な向上、④海上法執行を規定する法体系の整備、が求められると指摘していた[30]。今回の演習における中国海警局と中国人民解放軍の密接な連携は、こうした課題が徐々にではあるが克服されつつあることを示唆している。実際、④に関して、2021年2月に施行された『中華人民共和国海警法』第83条により、中国海警局は「中華人民共和国国防法」、「中華人民共和国人民武装警察報」などの関連法規、軍事法規および中央軍事委員会の命令に基づき、防衛作戦などの任務を実施することになった[31]。2024年5月、中国海警局は、「海警法」を貫徹するため「海警機構行政執行法手続き規定」を公布し、6月15日より施行すると発表した[32]。
(続く)
1 CSIS, “How Is China Responding to the Inauguration of Taiwan’s President William Lai?”.
2 『解放軍報』2024年5月24日。
3 『環球網』2024年5月23日。『解放軍報』2024年5月24日、5月25日。
4 中國人民解放軍には、システムに関して「系統」と「体系」という二つの用語がある。「系統」は情報支援システム、指揮統制システム、火力打撃システムなど、個別の軍事システムに使われる。「体系」は「系統」の高度の段階であり、多くの「系統」から構成される大系統であり、米軍の使用する「システム・オブ・システムズ(System of systems)の訳語として使用される。王勇男『体系作戦制勝探要』(北京:国防大学出版社 2015年)、2-4頁。Jeffrey Engstrom, Systems Confrontation and System Destruction Warfare: How the Chinese People's Liberation Army Seeks to Wage Modern Warfare, RAND Corporation, 2018, pp.2-5.
日本において「体系」の訳語は定着しておらず、「システム」「体系」などと訳される例がある。しかし「体系」を単に「システム」と訳してしまうと、個別の軍事システムとの差異が不明となる。一方、「体系」と訳すことは、この概念で重視される指揮(Command)、統制(Control)、通信(Communication)、コンピューター(Computer)、情報(Intelligence)、監視(Surveillance)、偵察(Reconnaissance)というC4ISRの重要性が理解されない。そこで本稿はC4ISRの重要性を意識した際の「体系」を「システム体系」と訳することとする。
5 「“聯合利剣-2024A”演習距距台島很近有何深意?専家解析」
6 王勇男『体系作戦制勝探要』(北京:国防大学出版社 2015年)、Jeffrey Engstrom, Systems Confrontation and System Destruction Warfare: How the Chinese People's Liberation Army Seeks to Wage Modern Warfare, RAND Corporation, 2018, pp.10-11.
7 王勇男『体系作戦制勝探要』(北京:国防大学出版社 2015年)、19-24頁。
8 王勇男『体系作戦制勝探要』(北京:国防大学出版社 2015年)、28-66頁。
9 王勇男『体系作戦制勝探要』(北京:国防大学出版社 2015年)、67頁。
10 譚亜東主編『聯合作戦教程』(北京:軍事科学出版社、2012年)、11頁;Joel Wuthnow, “A Brave New World for Chinese Joint Operations,” Journal of Strategic Studies, Vol.40, No.1-2, 2017, p.176. 「一体化統合作戦」構想の詳細に関しては、杉浦康之『中国安全保障レポート2022 統合作戦能力の深化を目指す中国人民解放軍』(防衛研究所 2021年)、11-13頁を参照。
11 全軍軍事術語管理委員会・軍事科学院編『中国人民解放軍軍語(全本)』(北京:軍事科学出版社、2011年)、68頁。
12 譚亜東主編『聯合作戦教程』(北京:軍事科学出版社、2012年)、14、68-84頁。
13 「東部戦区発布“聯合利剣-2004A”演習区域示意図」
15 「“聯合利剣-2024A”演習距距台島很近有何深意?専家解析」。
16 「“毁、困、阻”一体設計!解放軍解在台島周辺開展聯合演訓 専家:已具備対全島全方位無死角打撃能力」。
17 Ying-Yu Lin, “What the PLA Is Learning From Russia’s Ukraine Invasion”, Diplomats, 20 April, 2022.
18 SCMP, May 23, 2024.
19 張培高主編『聯合戦役指揮教程』(北京:軍事科学出版社 2012年)、199-202頁。
20 千綿るり子「中国軍東部戦区の対台湾演習「聯合利剣-2024A」-海警船の参加状況を中心に」『JASIリサーチメモ』(2024年6月)、7-9頁。
21 GT, May 23, 2024.
22 GT, May 24, 2024.SCMP, May 24, 2024. 「玉渊谭天:海警台島東部行動的三個突破」。
23 2024年2月以降の金門島海域における中国海警局の活動に関しては、千綿るり子「中国海警局の金門島海域での「常態的」な法執行パトロール」『JASIリサーチメモ』(2024年4月)を参照。
24 GT, May 23, 2024.「“金門”模式下一步来了!军警協同位烏丘嶼、東引島演練解読」
25 GT, May 24, 2024.
26 『解放軍報』2018年3月22日。
27 『解放軍報』2018年6月23日。
28 『解放軍報』2013年11月16日、『人民日報』2013年11月21日。
29 Ryan D. Martinson, “Introducing the ‘New, New’ China Coast Guard,” China Brief, Vol. 21 Issue 2Vol21 Issue2, February 4, 2021, pp. 8pp8-11.
30 肖天亮主編『戦略学(2020年修訂版)』(北京:国防大学出版社 2020年)、430頁。
31 『解放軍報』2021年1月23日。