論考シリーズ ※無断転載禁止
SPF China Observer
ホームへ第59回 2024/08/05
厳しさを増す中国の頼清徳政権への圧力
1. はじめに
台湾では2024年1月13日に実施された8回目の総統民選を経て、5月20日に頼清徳政権が発足した。筆者は頼清徳副総統(当時)当選の趨勢が明らかになってきた頃より当選直後までは、中台関係の将来について、中国が頼政権との対話を徐々に再開させていくと見立てていた。
しかし、筆者の予測は完全に外れた。後付けではあるが、外れた大きな要因として、頼副総統が40.01%という総統民選史上下から2番目という低得票率(投票率も総統民選史上で下から2番目の71.86%)での当選だったことに加えて、立法委員選挙でも民進党が凋落し、国民党52議席の後塵を拝する51議席にとどまり、少数与党政権に転落したことが挙げられる。この情勢を見た中国が、台湾民衆の頼政権への支持はさほど高くないと解釈し、頼政権への攻撃と野党陣営へのテコ入れに本腰を入れたのである。
本稿では、頼政権の発足が確定した2024年1月以降の中国による台湾への各種圧力を紹介したうえで、今後の中国の台湾への対応への予測を試みている。
2. 伝統的分野における台湾への圧力 ―外交、経済・貿易、軍事―
(1) 常套手段である外交面での圧力
総統選挙が終わった僅か2日後の1月15日、ナウルが台湾との断交と中国との国交樹立を宣言した。ナウル当局は台湾と中国の双方に財政支援をもちかけ、提示額を比較していたようである。ナウルとの断交により台湾が外交関係を有する国は蔡政権開始当初の22か国から12か国に減少した。
台湾は2019年9月にソロモン諸島およびキリバスとも断交している。両国はナウルと同様に、台湾の能力を超える財政支援や融資の要請を持ち掛けて、断られると中国に乗り換えている。3か国の対台湾断交は、断交時期も含めて中国との裏交渉で完成したシナリオに沿ったものと考えてよいだろう。
(2) ECFAを利用した経済・貿易での圧力
中国は2024年1月1日から石油化学12品目、6月15日から石油化学品、紡績、鉄鋼、金属、輸送機器部品など134品目について、それぞれ関税引き下げ措置を停止した。また、台湾産パイナップルのように、中国が輸入を差し止めたケースもある。
ただし、台湾の総輸出額に占める対中輸出の割合は低下傾向にあり、中国の台湾への圧力強化が台湾の中国離れを促進している面がある。これは台湾の対中投資額・件数の低下にも表れている。頼政権もこの方針を維持していくのは明白である。
(3) 人民解放軍による軍事演習
頼政権成立直後の5月23日と24日に中国人民解放軍東部戦区が台湾周辺での大規模な統合演習「聯合利剣-2024A」を実施した。台湾本島を取り囲む演習海空域を設定したのは2022年8月の軍事演習と同様だが、今回は金門(烏坵を含む)、馬祖列島(東引島を含む)、澎湖諸島をも取り囲む演習海空域を設定した。
ただし今回は、大規模なサイバー攻撃や、台湾本島上空を通過するミサイル発射は実施されず、演習期間も2日間に限定されていた。これらの点を考えると、軍事演習の規模としては2022年には及ばないことがわかる。また、台湾有事で先制攻撃を担う戦略支援部隊が解体されたり、ロケット軍の最高幹部が汚職で摘発を受けたりしていることは注目される。
常識的に考えれば、解体され再編されたばかりの部隊や、上層部が軒並み摘発された部隊が、すぐに戦力化されるとは考えにくい。ロケット軍関連で出世してきた魏鳳和元国防部長、李尚福前国防部長や李玉超前司令員は2024年6月の政治局会議で党籍と軍籍が剥奪され、7月15日から18日まで開催された中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議(第20期3中全会)で、李尚福前国防部長や李玉超前司令員に対する措置は追認された。他方、魏元国防部長については、コミュニケに名前が出ていない。中央軍事委員会での審査が続いている可能性がある。
3. グレーゾーン事態や「三戦」を利用した圧力
(1) 海警公船を利用した台湾への圧力
「聯合利剣-2024A」では、海警局の公船が4月23日に16隻、24日に7隻出動していたことが明らかになっている。これは、海上法執行機関である海警を使ったグレーゾーン事態の出現を企図していると考えるべきだろう。
さらに、5月29日には、中国陸軍所属の旧型補給船2艇が金門島南側の「制限水域」を航行した。同水域では2月19日から中国海警局の船の航行が常態化していたが、軍の船が確認されるのは初めてだった[1]。今回補給船が航行した海域付近には中国陸軍が補給活動を行う離島がないため、海巡署へのハラスメントを企図したものと判断される。海軍の戦闘用艦艇を出さなかったのは、今後徐々に新しく重武装の海軍艦艇を出すための小手調べという意味があると考えられる。
7月2日には金門島周辺の海域で操業中だった台湾の漁船が、中国海警局の巡視船に拿捕された[2]。この時、海警局は現場海域に計7隻差し向けたのに対して、海巡署は計3隻で対応した。しかも、海警局は500トン以上の船も出してきたのに対して、海巡署の船は100トンクラス と35トンクラスだったので、海巡署は現場海域で主導権を握れなかったと推定できる。もし、尖閣海域で今回と同様の状況となった場合、海警公船が日本漁船や海上保安庁巡視船に強圧的になる可能性を示唆した事件と言えよう。
(2) 法律戦を展開し台湾の民意を圧迫
6月21日、中国政府は台湾の独立を目指す動きに対する刑罰のガイドラインとして、最高人民法院などが通達した意見書を公表した。意見書は、「台独」組織の創設や綱領策定、住民投票などを通じた台湾の法的地位変更、対外的な公式の往来や軍事交流などを刑法に基づく「国家分裂罪」の処罰対象と定め、最高刑は死刑に処すことができるとしている[3]。
この動きは2005年の「反国家分裂法」施行と同様に、中国が追求している「三戦」の中の法律戦に位置付けられる。その一方で、中国は政治的な圧迫とともに、歴史的に特異としている統一戦線工作を用いて、台湾側に揺さぶりをかけてくることも忘れていない。4月に訪中した馬英九元総統に習近平国家主席が北京で会ったことや、当選間もない国民党の立法委員団17人の訪中受入れは、国民党への期待の表れと解釈できる。
4. おわりに
習近平政権は、頼総統の政治的立ち位置が蔡前総統より遥かに「台湾独立」寄りだと判断している[4]。それは頼氏の総統就任演説からもあながち根拠のないものではない[5]。少なくとも、中国で習近平政権が続き、台湾で民進党政権が続く限り、胡錦濤政権の時のように中国が融和的な台湾政策に振れていく可能性は存在しない。そして、これまで検証した各種の台湾への対応は、これまでの圧力手法をさらに強化しただけで、新機軸と呼べるようなものはない。
習近平政権の政治的な硬直性は先般の第20期3中全会でも見て取れた。3中全会は主として経済政策の方向性を打ち出す重要会議と位置づけられており、本来であれば昨年開催されるはずだった。開催が遅れた理由は、現在中国が直面している個人消費の低迷や人口減少を打開する方向性について議論がまとまらなかったためであるように思われる。
結局のところ、全体コミュニケは「改革の全面的深化」や「中国式現代化の推進」を強調しているが、問題の打開策の糸口となる方針を示すことができなかったばかりか、反って「総体的国家安全保障観の全面的貫徹」や「公共安全ガバナンスの仕組みの整備」、「ソーシャル・ガバナンス体系の整備」などに代表されるように、「改革・開放」よりも社会の厳格な管理を志向していることを露呈しているのである。
思考的にも政策的にも柔軟性が失われている習近平政権が、今後ますます台湾に厳しく対応することを前提にして、台湾や日本、米国、オーストラリアなどは政策を立案・執行していかなければならない。(了)
1 千綿るり子「中国軍東部戦区の対台湾演習『聯合利剣-2024A』―海警船の参加状況を中心に」航空研究センター『JASIリサーチメモ』(R6-02号、2024年6月14日);「中国軍の補給船2隻、金門周辺の制限水域に進入 海巡署が退去要求/台湾」『フォーカス台湾』2024年6月1日。
2 「中国海警が台湾漁船を拿捕 金門島周辺から本土へ連行 中台当局発表」『朝日新聞デジタル』2024年7月3日、宮崎紀秀「台湾の漁船拿捕は中国によるグレーゾーン戦略の一環か」『ヤフーニュース』2024年7月6日。
3 「中国、『台湾独立』の動きに刑罰 ガイドライン公表、最高刑は死刑」『朝日新聞デジタル』2024年6月21日。
4 門間理良「台湾の動向 顧立雄国防部長下で国軍改革を開始」『東亜』2024年7月号。
5 頼清徳総統就任演説全文は、総統府ホームページで全文閲覧が可能。総統就任演説に関する解説については、YouTube解説動画、spfnews「『SPF China Observer対談』総統就任演説を読む~どうなる中台関係~」
(https://www.youtube.com/watch?v=lMJdO4GmLko)を参照。