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第52回 2024/05/20

全人代王毅外交部長記者会見から見る「人類運命共同体」のかたち

井上 一郎(関西学院大学総合政策学部教授)

はじめに

 3月7日に全国人民代表大会(全人代)において王毅外交部長(政治局委員)が内外記者会見を行った[1]。習近平が政権についた2012年当時と較べれば、その後の米中対立の深刻化のみならず、最近では国内経済にも変調がみられ、中国をとりまく内外環境は厳しさを増している。一方で、中国は近年、国際連合(国連)による国際秩序を主張し、グローバルサウスとの連携をより一層鮮明にしつつある。本稿では、全人代における王毅外交部長記者会見を手掛かりに、習近平政権のめざす「人類運命共同体」に焦点を当て、今日の中国が如何なる世界を目指そうとしているのか読み解くこととしたい。

1.王毅外交部長の全人代記者会見

 2023年末の12月27、28日、中国共産党指導部が参加して今後の外交方針を議論する中央外事工作会議が開催された[2]。王毅外交部長による記者会見は中央外事工作会議での報告を踏まえた内容で、より具体的かつ詳細に中国外交に関する考え方を訴えたものといえる。「人類運命共同体」という概念は、すでに習近平第1期政権時に打ち出されていた。当初はあいまいな概念であったが、その後、中国の目指す国際秩序は徐々に明らかになってきた。以下、「人類運命共同体」に着目しつつ、王毅外交部長の発言を見ていくこととする。

 先ず、昨年1年間の中国外交に関する質問に対しては、「人類運命共同体の構築は中央アジア地域とインドシナ半島を全面的にカバーすることを実現し、中国とアフリカ、中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)、中国とアラブ諸国、中国と中南米との運命共同体の構築は新たな成果を収めた」と評価する。そして、「習近平外交思想を指針とし、人類運命共同体の構築の推進を主軸」として新たな局面を切り開くと述べている。更に、「人類運命共同体の構築は、習近平外交思想の中心的理念で、どのような世界をつくり、この世界をどのように建設するかについて示した中国プランである」「人類運命共同体はすでに国連総会決議や上海協力機構(SCO)、BRICSなど多国間メカニズムの決議や宣言に盛り込まれている」と指摘する。

 また、国連との関連では、「国連を中心とする1つの国際体制しかない」、そして、「途上国の代表性と発言権の向上を図らなければならない」と強調する。グローバル・ガバナンスについても、「対等な多極化とは、各国は権利が平等であり、機会が平等であり、ルールが平等であることを体現することで、個別、あるいは少数の大国が国際実務を独占することをこれ以上許してはならなない」と述べる。

 更に、近隣諸国とのいわゆる「周辺外交」に関しては、「習近平主席が『親、誠、恵、容((親しみ、誠実、恩恵、寛容))』の周辺外交理念を打ち出してから、中国は周辺国と善隣友好の新たな局面を切り開き」「アジア・人類の運命共同体の構築へと向かう」と述べている。グローバルサウスについての質問に対しては、「BRICSのメンバー拡大は『グローバルサウス』の集団的台頭であり、世界の多極化プロセスの推進加速を体現している」とした上で[3]、「『グローバルサウス』はもはや『サイレント・マジョリティ』ではなく、既に国際秩序の変革の鍵となる勢力」「中国は過去、現在、将来いずれも『グローバルサウス』の一員」であるとの認識を示している。

 なお、会見の最後には「中国の物語」の質問に答え、「中国の物語の第1は中国共産党の物語である」と強調した上で、「中国の物語が私達にもたらす教訓は、各国が自身の国情に立脚して自主的に現代化の道を模索しさえすれば、必ず百花斉放の世界の現代化のビジョンが描かれる」「中国と各国の人民が手を携えて『人類運命共同体』を構築する物語を語ることを歓迎する」と力説した[4]。

2.「人類運命共同体」とグローバルサウス

 王毅外交部長の発言には予想外の内容はない。しかし、2012年の習近平政権発足から今日に至るまでの時間軸で見れば、中国外交の目指す方向性は明確になりつつある。グローバルサウスの支持を集めつつ、欧米中心から国連中心の国際秩序に変革し、中国が中心となった「人類運命共同体」を構築しようとする姿勢がはっきりと見えてきた。

 中国が改革・開放政策によって国際社会に参入した当初は、欧米により形成された既存の国際秩序に対する居心地の悪さを感じながらもそれに適応する努力も行ってきた。しかし、今世紀に入り国力が急速に向上、更に、2008年の米国発の金融危機を契機として、中国は自己主張を強めるようになった[5]。但し、これまで中国が申し立ててきたのは欧米中心の国際秩序に対する不満であって、中国が自らそれに代わる独自の世界観を提示したことはなかった。その意味では、「人類運命共同体」は、中国がはじめて国際システムレベルにおいて提案する新しい国際秩序のビジョンのようにも見える。

 2012年に習近平が政権に就いた当時の内外環境に対する認識は楽観的で、その前提として、好調な経済に加えて、比較的良好な米国との関係があった。前任の胡錦濤時代の中国外交の優先順位は、「大国関係が鍵で、周辺国は最重要(中国語:首要)、発展途上国は基礎、多国間は舞台」として、先ずは米国との関係、そしてアジアの近隣諸国や他の途上国との関係などが位置付けられていた。しかし、習近平政権発足後、外交の優先順位は、周辺国、途上国が大国関係より前に置かれるようになっていった[6]。今日では、対立する米中関係に当面の間大きな改善は見込まれないという前提のもと、中国ははっきりとグローバルサウス重視の姿勢を前面に出すようになった。国連中心の世界秩序という中国の言説は、グローバルサウス重視と一体である。数の上で多数を占める途上国の声を反映して、国連の場を中心にこれまでの欧米中心の国際秩序を変革すべしとの立場である。習近平自らにより提示された3つのイニシアティブ(「グローバル発展イニシアティブ」「グローバル安全保障イニシアティブ」「グローバル文明イニシアティブ」)は、中国のリーダーシップによって「人類運命共同体」に意味をもたせようとする試みと見ることができる。

 中国が目指す「人類運命共同体」においてイメージされるのは、突出した大国中国と今後経済発展が見込まれるアジア諸国を中心とする中小規模の発展途上国の組み合わせによる国際秩序である。歴史的に同規模の国々が紛争と協調を繰り返し、水平的な国際関係を生み出した欧州とは異なり、近代に至るまで他に同等の国力をもって対抗できる国が存在しない東アジアの国際環境のなかで、中国においては垂直的な対外観が育まれた。中国が主張する平等な国際関係は、あくまでアメリカに対する平等な関係である。一方で、これまでの中国の現実の行動を見れば、中国とその他中小の国々との関係においては平等で多極的な国際関係は想像しにくい。近隣のアジア諸国を指す中国語の「周辺」という表現自体に中国中心の垂直的世界観がにじみ出ている。中国の主張する国連や国際法による秩序も、本来その背後にある欧米で形成されたリベラルな規範には目をつむり、あくまで中国が受け入れられる側面のみを切り取った概念として使われている。

 では、「人類運命共同体」は、今後、これまでの欧米主導による「自由で開かれた国際秩序」にとって代わる新たな中国主導の国際秩序として受け入れられていくのであろうか。たしかに今日、国連その他の専門機関においても中国がますます指導的な地位を占めるようになっており、一定の自信を深めているようにも見える。「一帯一路」構想による二国間ベースでの対外援助額は一時期に比べると減少しているものの[7]、多くのグローバルサウスの国々において中国に代わって経済的存在感を示せる国は他にいないのも現実である。目下の経済的苦境はあるものの、当面の中国の対外姿勢に大きな変化が生じているようには見えない。

 中国が主導する「人類運命共同体」は、ますますイデオロギー色を強める習近平の中国共産党によって率いられた中国を中心とする国際秩序でもある。欧米による被植民地化を経験している多くの途上国は、西側の価値観の押し付けに対する反発もあり、欧米主導による国際秩序への共感はそれほどない。一方で、現実にはグローバルサウスは一つのまとまった実体として存在するわけでもない。グローバルサウスの国々が中国側につくか欧米側につくかは、イデオロギーよりむしろ実利主義といえる[8]。

3.「中国の物語」としての「人類運命共同体」

 習近平政権の目指す「人類運命共同体」は、少しずつそのかたちが浮かび上がってきたようにも見える。にもかかわらず、そもそも、それは実体をともなった新しい国際秩序といえるのかという疑問は残る。新しい秩序を支えていくには、むき出しのハード・パワーのみならず、グローバル・ガバナンスの各領域において広く国際社会から支持される実践の積み重ねが必要となる。しかしながら、トランプ政権時に米国が国際社会へのコミットメントを引き上げた時期は、その空白を埋め存在感を示す絶好の機会であったにもかかわらず、中国による効果的な行動はほとんど見られなかった[9]。「人類運命共同体」は新しい国際秩序構築の試みと見るよりも、むしろ、現時点においては、中国共産党による言説を通じた国際的影響力の向上を目指す「話語権」主張の一環、すなわち「中国の物語」とみた方がよさそうである[10]。

 今回の王毅記者会見にもあるとおり「習近平同志を核心とする党中央の強固な指導」や「習近平外交思想」といった表現が近年ますます頻繁に強調されるようになってきている。習近平が権力を固めた今日の中国の政策決定過程から推察すれば、「人類運命共同体」などの習近平が推す政策については、忠誠を誓う政権幹部らの間で閉じた部屋で同じ音がこだまするエコー・チェンバー現象が起きている[11]。この政権が続く限り、内外の変化にかかわりなく、これからも繰り返し「人類運命共同体」がこだまし続けることになるであろう。一方では、これまでほどには楽観的とはいえない内外環境のもと、現実には、今後の中国の対外行動は整合性のとれた世界戦略というよりも、できるところから推し進める機会主義的なものとならざるを得ないと予想される。「人類運命共同体」の今後を見る上で重要なのは、中国の言説よりも中国の能力と実際の行動にある。

1 「十四届全国人大二次会議外交主題記者会」『人民網』2024年3月7日 2024年5月2日最終アクセス。

2 「中央外事工作会議在北京挙行 習近平発表重要講話」『新華網』2023年12月28日 2024年5月2日最終アクセス。なお、中央外事工作会議は江沢民時代の1991年にも開催されているが、今日のように政治局常務委員会のメンバー全員が参加して高いレベルで開催されるようになったのは胡錦濤政権の2006年以来である。習近平政権になって開催されるのは、政権第1期の2014年11月、第2期の2018年6月に続き、今回が3回目となる。

3 ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの新興国5か国で構成されるBRICSは、2023年8月のBRICS首脳会議で、新たにアラブ首長国連邦(UAE)、イラン、エジプト、サウジアラビアの加入が承認され、2024年1月から加盟国は10か国となった。

4 以上 「十四届全国人大二次会議外交主題記者会」。なお、日本語訳については、以下を参考とした。「王毅外交部長の第14期全人代第2回会議での記者会見」『中国内外動向』2024年第48巻8号、No.1545、ラヂオプレス、5.-24頁。

5 中国の国際秩序認識については多くの議論があるが、代表的なものとして、山口信治「中国の国際秩序観−選択的受容からルール設定をめぐる競争へー」『国際安全保障』、2018年45巻4号48−67頁。

6 諏訪一幸「全人代後の中国外交」『Views on China』東京財団政策研究所、2014年5月22日 2024年5月2日最終確認。

7 北野尚宏「中国の対外援助:現状と課題」国際協力機構緒方貞子平和開発研究所、2018年10月 2024年5月2日最終確認。

8 Yu Jie, “Global South is moving toward the center of Chinese Foreign Policy,” NIKKEI Asia, March 19, 2024, accessed on May 2, 2024.

9 Elizabeth Economy, The World According to China (MA: Polity Press, 2022), p.173.

10 中国の提唱する「話語権」については以下を参照。高木誠一郎「中国外交の新局面:国際『話語権』の追求」青山国際政経論集85号、2011年。江藤名保子「習近平政権の『話語体系建設』が目指すもの:普遍的価値への挑戦となるか」『Views on China』東京財団政策研究所、2017年 2024年5月2日最終確認。

11 Steve Tsang SOAS ロンドン大学アジア・アフリカ学院教授のコメント。The Political Thought of Xi Jinping, CSIS China Power Project, March 28, 2024, Accessed on May 2,2024.

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