論考シリーズ ※無断転載禁止
SPF China Observer
ホームへ第50回 2024/04/03
台湾海峡危機における日台軍事協力のあり方について(後編)
― 台湾海峡危機における日台軍事協力の方向性 ―
台湾海峡危機に関して再考してみるといくつかの論点が浮き彫りになる。
○ 台湾海峡危機の重大な課題は日本にある(Ball in the Japan’s court)
台湾海峡危機は「力による現状変更」の意図を持つ中国の主導で生起する。その際、戦域が東シナ海、台湾周辺海空域に及ぶことから、日本は個別的自衛権を発動し、我が国有事の対処を行うことが基本となる。台湾海峡危機は米国の介入の程度は不明であるものの、米中対決の帰結として発生する。この際、米国と同盟関係にある日本は日米防衛協力の指針のとおり、米国に対して直接間接に軍事協力を行う義務がある。
中国は台湾への軍事侵攻に際し、ロシアのウクライナ侵攻時の周辺国に対する恫喝と同様に日本に対して「台湾統一は中国の国内問題である。台湾統一に関わる米国を含む諸外国のあらゆる軍事介入に日本が参加すれば、日本は中国の安全保障上の重大な脅威として核兵器の使用を含む攻撃対象となる」と強く恫喝するだろう。この中国による核の恫喝に対しては、日本には非核三原則があるなどの国内政策の説明は何ら意味を持たず、「中国に従うか、米国と一緒に中国と戦うか」の二者択一の政策決定が求められる。
国際標準の軍隊はもとより、核兵器を持っていない日本が単独で核兵器を保有する中国の軍事的な脅威に対処することは非現実的であり、米国と同盟関係のある日本は米国とともに戦うことによって同盟を機能させ、日本の安全保障を全うすることが妥当な選択となる。もとより、この選択は日本が中国による核の攻撃対象となる国家的危機を伴うことから、国民の支持が不可欠である。
日本では、国民、もちろん国民の一人である政治指導者も安全保障に関する基礎的な知識をほとんど持っていない。国民が国家的危機について考えるための安全保障に関わる基礎的な知識を持っていないのは、これまで国家安全保障を自らの問題として真剣に考える必要がなく、幅広い教育や研究が行われてこなかったためである。また、国家的危機において戦略、作戦の中核となる政治と軍事の関係はタブー視され、未だに正面から取り組まれていない。日本は、国家として、また、日本社会としても国家的危機に極めて脆弱であることは、東日本大震災対処、コロナ対処しかりである。国家的危機の際に国民を守るための国家の体制、法制、組織文化のあるべき姿などのガバナンスが決定的に欠如している。2022年の安保戦略三文書の策定に際しても、日本に決定的に不足している安全保障に関する基礎的な議論が国会を中心に広く行われたとは到底思えない。国家的危機について考えるための前提として、国家の概念や、何故、国防が必要か、国を守るためにはリスクを伴うなどの国家安全保障に関する基礎的な理論を全ての国民は承知する必要がある。
太平洋戦争の日本の敗戦の大きな教訓の一つは、1930年代、行政、軍隊、議会と国民の間で安全保障上の重大な問題がほとんど(オープンに)議論されず、行政、軍隊、議会と国民の間で認識の共有がなかったことだった。日本は負けると分かっているのに、一部の強硬派の意見に引きずられる形で開戦に向けて突き進んで行った。国民的な議論、つまり、議会や国民の間で日本の安全保障の基本的な方向性についての議論(例えば、中国の核の恫喝に具体的にどう対処するか)が行われていないのは現在もほとんど同様である。
台湾海峡危機についての国会での議論をみると、「台湾海峡危機が発生すると日本はもう終わりだ、台湾海峡危機を抑止することのみが重要」とのあるべき論、抽象的な議論に終始しているように思える。もしかしたら、米国は台湾海峡危機にあまり深く関与しないかも知れない。台湾海峡危機を経ても中国は存在し続けるし、米中関係も一時的に険悪になると思われるが、一定の国家関係は維持される。その場合、地政学的に中国に隣接し、中国の軍事的脅威を真正面から受ける日本はどう対処すべきか。政治指導者は、何故、中国と戦わなければならないのかについて国民の理解と支持を得るための重い説明責任を負っている。
○ 人民解放軍が米軍と戦い勝利することができると過信をしないような強固な日米同盟の存在のアピール(Strengthen U.S.-Japan Allied Presence is only resolution)
日本国憲法の制約があり、自衛隊は国防機能を持つ軍隊(profession)として国家機構の中へ位置付けられていない。また、政治と軍事の関係についての基本的な概念も、政治指導者、自衛隊の指揮官及び国民の三者の間で共有されていない。当然、政治指導者と日本で唯一の実力組織である自衛隊の指揮官の間に、強固な信頼関係が構築され、国家的危機の政策決定過程において率直な意見交換が円滑に行われる状況にはない。中国は、日本の政軍関係について、また、国際標準の軍隊として機能しない自衛隊の状況を熟知している。
日本の政治指導者、国民には自衛隊による安全よりも自衛隊からの安全を重視する意識が根強い[2]。そのため、日本では自衛隊の諸活動を法的にも慣習的にも抑制することが政策の主眼とされてきた。さらに、第2次世界大戦後、日米同盟関係に基づく米国の庇護の下、自衛隊の大規模な作戦行動を伴う国家的危機を一度も経験することがなかったという幸運にも恵まれた。日本の政治指導者は、これまで自衛隊を適切に行動させるための政治と軍事の関係について真剣に考え、国民に説明し理解を得る必要がなかった。
冷戦時代の自衛隊の役割は、仮想敵ソ連の軍事的な脅威に対して、米軍と共同して抑止するために一定のプレゼンスを発揮することだった。非対称ではあったが、人と物の協力を中心とする日米同盟は有効に機能した。同時に冷戦時代の日米同盟がもたらした安定的な戦略環境は、国民に深刻な脅威認識を持たせることはなく、自衛隊の存在意義についての国民的な議論は深まらなかった。また、米ソの核抑止体制の下、日本が実際に戦争に巻き込まれる緊急事態の想定が現実的ではなかったことから、緊急事態における自衛権の発動に関する見直しについても政策的な緊急度も低いままだった。
1978年の日米防衛協力の指針により、日本有事への日米共同対処が初めて具体化(公式化)された。ただし、日本の国内政治的な配慮から極東有事には踏み込めなかった。冷戦後、特定の仮想敵に対抗する同盟から、1996年の「日米安保再定義」により、アジア・太平洋地域の秩序と安定を保つための同盟へと日米同盟はその役割を大きく変化させた。1997年の日米防衛協力の指針の改定では、極東有事の対応への道が開かれ、米軍に対する後方支援などができるようになったが、集団的自衛権の行使を前提とする取り決めには至らなかった。2015年の日米防衛協力の指針の改定で、東シナ海、南シナ海、朝鮮半島事態などへの対処が取り決められ、また、サイバー空間、宇宙空間といった新たな領域における課題への対応や防衛装備・技術協力を、日米共同の取り組みとして本格的に行うことが取り決められた。
2014年から2015年にかけての集団的自衛権の解釈変更及び関連法案の成立は、主として日米同盟における共同対処の欠陥を是正するための改革だった。これらの改革により、緊急事態において自衛隊が米軍と共同作戦を行うための法的な担保がようやく整い、非対称であった日米間の軍事協力の態様が著しく変化している。中国は、これらの変化を冷静に観察し、歓迎していないことを随所で表明している。
集団的自衛権の解釈変更及び関連法案の成立などによって、日米同盟を有効に機能させるための改革は行われたものの、日本の自らの防衛力を適切に発揮するための改革については、憲法改正を伴う緊急事態における自衛権の発動基準の見直しが行われていないなど道半ばではないか。強固な日米同盟の存在をアピールするために、日米間で共同作戦計画を練り、演習、訓練を重ねることはもとより、何より日本の防衛力を適切に発揮させるために自衛隊を国際標準の軍隊にするための憲法改正を伴う法制の根本的な改革は、中国が最も警戒しているところであり、日本がなし得る最も有効な抑止と対処の手段である。
○ 中国との戦いを短期間に終わらせず、如何に長期的に戦い続けるか(Long term war is only way to win)
ロシアがウクライナに侵攻し、国際社会は明らかに国際法違反である戦争を核保有国が起こすと言う現実を知った。ウクライナでは、大国ロシアに対して、国家主権を守るための戦いを多くの国民が支持し、ウクライナ軍は善戦している。日本は、第2次世界大戦後、6年間の米軍の占領を経て、1951年の日本占領の終結と日米安保条約の締結を機に70年以上にわたって、自国の安全保障を米国に委ね、自由で豊かで安全な国家を作り上げてきた。ただし、如何に緊密な同盟関係があっても、国家的危機が発生した際には、国民の理解と支持の下で適切な自助努力ができなければ国家政策は失敗することを、欧米の歴史的経験が強く示唆している。国家的危機に際して独立(主権)と平和を守るために自ら戦う覚悟を国民が持つこと、つまり、自助努力に対する国民的な理解と支持を得ることが重要である。
現実に台湾海峡危機が起きた場合、国民に戦う覚悟があるかどうかは極めて重要である。ギャラップ・インターナショナル社の最近の世論調査によると「あなたの国(日本)が戦争に巻き込まれたら、あなたは国(日本)のために戦いますか」と言う問いに対して、ほとんどの諸外国では過半数の国民が「はい」と答えているのに対して、日本では諸外国と比較して極端に少ない13.2%のみが「はい」と答えている。2000年以降、この世論調査の結果は常に10%程度でほとんど変化はない。日本と同様に第二次世界大戦で手痛い敗戦をしたドイツでは、EUのリーダー国としての国家意識が高まり、2020年の世論調査で44.8%になり、ロシアのウクライナ侵攻でさらにその割合が高くなっている。
もちろん、日本では有事に武器をとって戦うのは自衛官であり、自衛隊での訓練経験を持ち戦場で戦える日本人はごく少数である。この世論調査は、国(日本)のために戦うかと言う覚悟を問う質問であることから、ほとんど国民は武器を持つ必要はなく、精神的支援を含めてできる範囲で協力、支援をするかどうかが問われている。太平洋戦争敗戦の苦い経験から、戦争はもうこりごりだ、兵士にはなりたくない、させたくないと言う気持ちが大勢を占めるのはよく分かる。また、自衛隊、自衛官の社会的地位が低く、自衛隊の仕事を批判的に見ている人が多いことも事実である。さらに、日本の公教育のみならず、高等教育の世界は未だに国家意識の醸成とは程遠く軍事と距離をおく教育、研究環境にある。
国家的危機に際して国民が戦う覚悟を持ち、実力組織である自衛隊を深く信頼するか否かは、自衛隊のあらゆる作戦行動の成否に直結する。一般的に実力組織に対する国民の信頼度は、実力組織の実際の軍事行動(Performance)、戦場の英雄を通じて知る軍事専門性(Professionalism)及び説明責任と同義の説得(Persuasion)の3点で高まる。この中で最も重要な要素は、実際の作戦行動に伴う軍事的な勝利である。そもそも国家意識が極めて脆弱な日本のほとんどの国民は、国家的な危機に際して為すすべがないと諦めている。前述の戦う覚悟を問われた世論調査の結果で特に注目すべきところは、諸外国と違い日本では「分からない」と回答している割合が半数以上を占めていることである。圧倒的な力に対して、自衛隊がしたたかに反撃し、対処することができれば国民の国家意識は大きく変わり、戦う覚悟を固め、自衛隊への信頼度が高くなることが想像される。
台湾海峡危機に長期的に対処するためには、自衛隊の緒戦(初め)の戦いの結果が極めて重要である。国民は雄々しく戦う自衛隊の姿を見て、初めて国家的危機について深刻に認識し、戦う覚悟を持つことができるかも知れない。(これまで述べてきたように、自衛隊が国際標準の軍隊として戦う準備が整っていないことは百も承知の上で、)自衛隊には、国民の眼に見える戦いを一方的な負け戦ではなく、中国に勝利を短期的に獲得させず、そこそこに反撃してその存在感をしっかり示すことが課せられている。見通し得る将来、同盟国米国はオール・マイティではなく「あまり強くない」国になるが、日本とともに戦う強大な力は十分に持っている。ただし、如何なる場合でも米国は米国の国益の追求を前提として国際紛争に介入し、軍隊の投入を決定する。日米同盟を有効に機能させて台湾海峡危機に米国を関与させること、そのために米国の同盟国として、先ずは日本が自ら戦う覚悟を持ち自助努力をすることこそ長期的に戦い抜くための鍵となる。
○ 日本と台湾の軍事協力は現実的か(Japan-Taiwan military cooperation is unrealistic, but should be realistic in contingency)
平時、グレーゾーン及び有事に日米同盟を有効に機能させるためには、自衛隊の作戦行動が軍事的な効果を十分に上げることが必要になる。同盟国である米国が日本に最も期待し、また、日本を深く信頼するポイントは、日本が自衛隊の防衛力を、必要に応じて適切に発揮することである。台湾海峡危機における日米同盟の機能発揮にかかる課題については前述のとおりであるが、ポイントは台湾海峡危機を中国の国内問題と捉えず、中国対日米及び同志国との対決と明確に認識することである。
現時点で公式な外交関係にない当事国台湾に対し、また、実力組織・自衛隊の行動に厳しい国内的な制約を課している日本が、人道的支援を除いて積極的に軍事協力をすることは考えにくい。しかしながら、台湾海峡危機が発生した場合、台湾は全世界に向けて民主主義国家・台湾の救済を訴えるだろう。日本は地政学的な観点から、この危機に巻き込まれることは必然であり、ロシアのウクライナ侵攻時の欧州諸国(NATO)と同様の立場におかれる。当然、台湾はあらゆるチャネルで日本の軍事協力を求めてくると予想される。
NATOは総じてロシアのウクライナ侵攻に際し、ロシアによる「力による現状変更」として明らかな国際法違反と批判し、戦闘の即時停止を求めてウクライナへの武器弾薬の直接供与などを通じて物心両面で支援している。論理的には、台湾海峡危機が発生した場合、日本は関係国となり、台湾に対してはウクライナに対する武器弾薬や警戒監視情報の提供などNATOのウクライナ支援以上の軍事支援が求められる。有事ACSAの締結も急ぐ必要がある。もちろん、核保有国との間で戦端が開かれるため米国の拡大核抑止に強く期待しつつ、日本本土に対する直接攻撃があれば中国本土の攻撃起点への長距離ミサイルなどによる反撃も視野に入れる必要がある。
具体的には、緒戦の中国によるサイバー戦やミサイル飽和攻撃を耐え抜いた後に、日米共同作戦計画に基づいて、中国の台湾占領のための陸上部隊の渡洋攻撃を阻止するために地上、海上、航空部隊による攻撃作戦が主体となる。東シナ海における制海権、制空権獲得のための武力行使が自助努力の焦点となるが、同時並行的に米軍の諸行動にかかる後方支援活動や米軍基地の直接防護などの軍事協力も継続的に行わなければならない。
その際、日本と台湾の間の軍事情報の共有は、中国に対する日米台の情報の優越の観点から極めて有効である。政治レベルのホット・ラインの構築も大切であるが、実際に紛争が生起した場合には、自衛隊統合司令部と台湾軍統合参謀本部の間で早期に通信連絡手段を構築し、情報の共有を図る必要がある。台湾への軍事協力の第一歩は情報の共有のための手段とルールの構築である。台湾海峡危機が発生すると、非現実的である日台の軍事協力は自ずから現実的なものになることを認識しなければならない。
2 折木良一、「国を守る責任–自衛隊元最高幹部は語る」PHP研究所(2015)p.163-164