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第45回 2023/12/04

中国から見た台湾の地政学的価値

トシ・ヨシハラ(戦略予算評価センター シニアフェロー)

 台湾は中国にとって重要な戦略的、軍事的価値を有している。多くの信望者により支えられるこの自明の理は、台湾を武力あるいは狡猾な手段で統一するという中国政府の断固たる政策を合理化する大きな構想に資するものである[1]。こうした地政学的教義は、なぜ習近平が中華民族の偉大な復興のための前提条件が「統一」であると信じているのか、という問いにも部分的に答えるものである。これは中国の指導者達が台湾を巡っていかに強固に戦うつもりであるのかを明らかにし、また、万が一台湾が共産主義の手に落ちた場合は、中国がどのように台湾を軍事化するかという示唆を含めた信念でもある。

 中国は台湾の民主主義に対する軍事的圧力を強め続けており、また、台湾海峡有事への懸念が増しつつあるため、台湾統治のための中国政府の追求を支える地理空間を理解することがきわめて重要である。これは米国政府やその他の同盟国政府の政策立案者が台湾の地理的重要性に関する中国の言説を再検討し、アジアの安全保障にとって中国政府の地政学的マインドセットが何を意味するのかを見極める必要がある。中国の一部戦略家から厳選された著作より抜粋した以下の内容が中国自身の意見を述べている[2]。

台湾の海洋地理

 アジア大陸の福建省の対岸に位置する台湾はおよそ36,000平方キロメートルと九州に近い大きさを持つ。第一列島線の中間にあり、国境を越えた列島は台湾を通じ日本からフィリピンに及ぶ。その西側には台湾海峡があり、島嶼部と本島の隔たりは最も近いところで70海里、最も遠いところで220海里になる。その南側にはバシー海峡とバリンタン海峡から構成されるルソン海峡があり、南シナ海と太平洋を結んでいる。その北東側には日本の南西諸島が一連の狭小な海域とチョークポイントを形成しており、太平洋の広い水域に到達するために船乗りはそこを通過しなければならない。台湾北東部の港湾都市蘇澳(すおう)は日本領土の最西端の与那国島からわずか60海里ほどの距離にある。

海の交差点

 台湾はグローバルな海洋貿易を促す重要な海上交通路にまたがる地点に位置している。台湾海峡は東シナ海と南シナ海を結び、さらに太平洋とインド洋に至る道となっている。台湾海峡は北東アジア経済と欧州市場及びそれら全ての地点を繋ぐ一大貿易ルートである。中国の専門家は台湾海峡を中国の貿易にとって極めて重要な海上交通の「十字路」(要冲)、「ハブ」(枢纽)あるいは「要衝」(要点)と様々な形で説明している[3]。その上、台湾は長江デルタ経済圏と珠江デルタ経済圏の間に位置しており、中国では最も生産性の高い製造業の中心地と、世界最大かつ最も過密な港湾システムが存在する。

 軍事的に、台湾海峡は中国海空軍が中国の「近海」(近海)を形成する3つの主要水域である黄海、東シナ海および南シナ海間を通過することを可能にする「戦略的通行路」(战略通道)である[4]。しかし、張文木は海峡両岸の膠着状態が近海をいくつかの構成水域に分断し、また、中国海軍を分断することで戦闘力を弱めていると見ている。彼によれば、中国が台湾を統治すれば、黄海、東シナ海と南シナ海が単一の統合海域に一体化されるという。そのようにすることで、中国海軍の北海、東海、南海艦隊は有事には海峡を自由に通行して戦力を集中させることができ、「中国の海上防衛戦力が相乗効果を発揮する」ことが可能になる[5]。

海洋バッファー

 中国の戦略家は台湾を、沿岸地域を外部の脅威から防護する「バリア」(屏障)と見なしている。彼らはそこから台湾を円弧状の緩衝地帯の中心に据える地理空間構造を生み出したのである。朱听昌によれば、舟山島、台湾、海南島は「海上防衛線」(海防线)を形成し、中国の戦略的縦深を海上方向に拡大するという[6]。同様に、黄秋允は山東半島、台湾、海南島を中国領土の海上方向への最大拡張領域であり、これらが西太平洋における中国の防衛境界を形成すると見なしている。注目すべきは、黄は台湾を支配すれば、台湾海峡は中国の「戦略的内湖」(战略内湖)へ変わると主張している点である[7]。

 逆に言えば、台湾が中国の手を離れている限り、中国本土の沿岸部の大都市、海上貿易交通、空軍と海軍の移動が台湾の敵対勢力に晒されることになる。事実、台湾はこれまで外部の脅威が中国本土に侵攻するための「踏み切り板」(跳板)として機能してきた。朱听昌は、台湾は1930年代末に大日本帝国が広東省、海南島に進撃する際に、「代替不能な役割」(不可替代的作用)を持っていたと回想している[8]。また、台湾の「優れた戦略的地位」(优越的战略地位)は台湾からフィリピンに対して行われた海空軍による壊滅的な攻撃を含めた、太平洋戦争中の東南アジアにおける日本軍の初期の作戦成功に貢献した。つまり、中国の台湾占領は他国にとってそうした攻撃可能性を否定することになる。

海上の入り口

 中国の有識者は台湾の中国本土との統一は、これまでに手に入れられなかった戦略的展望を中国政府に与えることになると見ている。現時点では、第一列島線が中国を「半封鎖状態」(半封锁状)に閉じ込めている[9]。その上、第一列島線上に位置する国家は、中国の海洋に関する野望をくじく意思と手段とを持つ唯一の大国である米国と正式な同盟関係にあるか、あるいは緊密に連携している。中国政府は米国が主導する台湾を巡る戦争で中国の海へのアクセスを停止させようとする海洋同盟を長期的に恐れてきた。従って、中国による台湾支配は「中国の海洋地域における半ば封鎖された窮地を打破」すると同時に、第一列島線の中心をなす台湾をバリアから太平洋への「扉」(门户)に変えることになるだろう[10]。

 台湾の祖国への復帰は海上で包囲している国々に対し、中国政府が自国の意思を押し付けることを後押しすることになる。張文木は「台湾は西太平洋におけるシーパワーにとって決定的なリンクであり、中国が海峡両岸の統一を達成した場合、制海権は台湾東部の深海域にまで及び、台湾の北方に位置する宮古海峡や南側にあるバシー海峡にも影響力を行使することになる」と主張する[11]。言い換えれば、台湾上の中国軍は第一列島線沿いとそれを超えた地域にその戦力を投射することができるようになる。張はさらに、台湾の東海岸沖の深海の海底盆地へ直接アクセスできるようになれば、「中国最大の抑止力を持つ海洋戦略部隊」すなわち戦略弾道ミサイル搭載潜水艦が最大限増強されることになると説明している[12]。中国の戦略弾道ミサイル搭載潜水艦は第一列島線に沿ったチョークポイントを通過せずとも、抑止パトロールのために太平洋の深海に直接潜り込むことができるようになる。

 劉新華は台湾を中国海空軍の戦力を投射するための価値ある発射台であり、高雄、基隆〔キールン〕、台中、花蓮、蘇澳、左営を含めた多くの海軍基地、港湾は、中国海軍の多くの平時と有事における需要を満たすだろう見ている。台湾の空軍基地と空港から、戦闘行動半径2000キロの中国軍機が、黄海と東シナ海、北は渤海から南はバシーまでの各海峡、そして琉球、九州、四国、フィリピン群島の大部分をカバーできるようになる。劉は、「台湾島を拠点とする近代的な艦隊は、優れた航空戦力によって補完され、近代的な海上指揮を達成するための物質的な基礎となるであろう」と結論づけている[13]。

インプリケーション

 以上のような中国の言説は、経済的、防衛的、攻撃的な観点から、台湾の地政学的価値が不変であることを深く理解していることを示している。胡波が簡潔に述べているように、「中国にとって、台湾は大陸沿岸を守る天然の障壁であり、海上交通を守る理想的な支点であり、中国海軍が島嶼封鎖を突破して太平洋やインド洋に到達するための鍵である[14]。」 要するに、"統一 "は中国の防衛境界線における大きなギャップを埋め、北京に重要なシーレーンの司令塔としての地位を与え、中国軍に平時にも戦時にも力を発揮できる前方拠点を与えることになる。

 中国にとってのこうした利益は、単に抽象的なものではない。この地域と日米同盟に現実の軍事的リスクをもたらし得る。ブレンダン・グリーンとケイトリン・タルマッジによる深く研究された研究では、中国が台湾を領有すれば、フィリピン海(第一列島線と第二列島線に囲まれた海域)における米海軍の作戦が危険にさらされることはないにせよ、複雑化し、長期的には中国の海運妨害能力と水中核抑止力が強化されると説得力を持って論じている[15]。

 グリーンとタルマッジはさらに、このような危険は、米国の通常戦力、米国の拡大抑止力、日本のシーレーン安全保障に対する懸念を日本政府にもたらすだろうと主張する。上記の中国の著作は、そのような懸念が正当化されることを示唆している。例えば、丁雲宝や辛方坤は、日中対立が激化する中、中国が日本の「海上生命線」(海上生命线)を脅かす手段を開発し、日本に対する強圧的な影響力を獲得するよう求めている[16]。 台湾の中国への陥落は、おそらく中国がそのような脅威を実行するのをさらに後押しするだろう。

 台湾の地政学的価値、特にその攻撃的多様性に関する中国の見解は、慎重に分析しなければならない。台湾の地政学的価値は中国の無責任な人々による机上の空論や胸騒ぎとして片付けてはならない。むしろ、こうした見方や、仮に台湾が中国の手に落ちた場合の中国の戦略に与えるであろう影響は、台湾防衛に関する同盟国の考え方や計画に反映されるべきである[17]。日米両国は日本の南側に友好国を保持して現状維持しているという高い価値を強化していくべきだ。また、日米同盟は、中国の平時の威圧に対抗して台湾の民主主義を支援し、中国が台湾に対する武力行使を選択した場合に中国の軍事的勝利を拒否するための信頼できる作戦構想の開発を急ぐべきである。

 トシ・ヨシハラは戦略予算評価センター(CSBA)シニアフェロー。彼は『毛沢東の兵、海へ行く:島嶼作戦と中国海軍創設の歩み』の著者。

1 例えば、以下の文献がある。Alan M. Wachman, Why Taiwan? Geostrategic Rationales for China’s Territorial Integrity (Stanford, CA: Stanford University Press, 2007), pp. 118-152 and James R. Holmes and Toshi Yoshihara, Chinese Naval Strategy in the 21st Century: The Turn to Mahan (London: Routledge, 2008), pp. 54-62.

2 中国人著者の所属は、各新記引用文献の後の巻末に記載されている。

3 靳怀鹏 刘政 李卫东 [Jin Huaipeng, Liu Zheng, and Li Weidong], 世界海洋军事地理 [World Oceanic Military Geography] (Beijing: National Defense University, 2001), p. 132. 著者3名はこの本の出版当時の中国国防大学の教官。

4 刘宝银 杨晓梅 [Liu Baoyin and Yang Xiaomei], 西太平洋海上通道: 航天遥感融合信息战略区位 [Maritime Thoroughfares of the Western Pacific: The Strategic Location of Aerospace Remote-Sensing Information Fusion] (Beijing: Ocean Tide Press, 2017), p. 20. 劉は天然資源部第一海洋研究所の研究員。楊は中国科学院地理科学・天然資源研究所の研究員。

5 张文木 [Zhang Wenmu], 中国地缘政治论 [On China’s Geopolitics] (Beijing: Ocean Press, 2015), p. 123. 張は北京航空航天大学戦略研究センター教授。

6 朱听昌 [Zhu Tinchang], “中国台湾地缘战略地位的历史和现实 [The History and Reality of Taiwan’s Geostrategic Standing for China],” in 强国之路: 地缘战略卷 [The Road to Great Power: Volume of Geostrategy], 刘晓宝 主编 [Liu Xiaobao, ed.], (Beijing: Liberation Army Press, 2015), p. 313. 軍人である朱は、2017年に国防技術大学に統合された当時の人民解放軍(PLA)国際関係研究所教授。

7 黄秋允 [Huang Qiuyun], “论台湾的地缘政治重要性 [On Taiwan’s Geopolitical Importance],” 中国领导科学 [China Leadership Science], no. 1, 2016, p. 167. 黄は当時のPLA外国語大学の出身で、同大学は2017年に戦略支援部隊傘下のPLA情報工学大学に統合された。同誌は中央党校傘下の中国指導科学研究所が発行している。

8 Zhu Tinchang, p. 308.

9 Liu Baoyin and Yang Xiaomei, p. 12.

10 Zhu Tinchang, p. 313.

11 Zhang Wenmu, p. 123.

12 Zhang Wenmu, p. 137.

13 刘新华 [Liu Xinhua], 中国发展海权战略研究 [Research on China’s Seapower Strategy Development] (Beijing: People’s Press, 2015), p. 314. 劉は中南経済法大学の教授で、海事問題の研究者。

14 胡波 [Hu Bo], 后马汉时代的中国海权 [Chinese Sea Power in the Post-Mahanian Era] (Beijing: Ocean Press, 2018), p. 72. 胡は北京大学海洋戦略研究センター長。

15 Brendan Rittenhouse Green, Caitlin Talmadge, “Then What? Assessing the Military Implications of Chinese Control of Taiwan,” International Security, 47:1 (Summer 2022), pp. 7-45. 著者は、島の東海岸を拠点とする戦略弾道ミサイル潜水艦が中国の核抑止力を強化するだろうという張文木の見解に同意しているが、そのような開発は長期的な展望であると見ている。

16 丁云宝 辛方坤 [Ding Yunbao and Xin Fangkun], “日本海权战略及其对中国的影响 [Japan’s Sea Power Strategy and Its Influence Upon China],” in 周边国家海权战略态势研究 [Research on Sea Power Strategies and Postures of Surrounding Nations], 倪乐雄 主编 [Ni Lexiong, ed.] (Shanghai: Shanghai Jiao Tong University Press, 2015), pp. 39-40. 丁と辛は上海政法大学の教授。

17 心強いことに、ある日本の学者は、日本の戦略家への広範なインタビューに基づき、台湾が中国の支配下に置かれた場合の日本の戦略的リスクを評価する予備的な研究を行った。Matake Kamiya, “China’s Takeover of Taiwan Would Have a Negative Impact on Japan,” in The World After Taiwan’s Fall, David Santoro and Ralph Cossa, eds. (Honolulu: Pacific Forum, 2023), pp. 29-38.

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