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第44回 2023/11/22

台湾統一に向けた成果を中国民衆に見せるために
―認知戦と武力行使の使い分けで離島を併合―

門間 理良(拓殖大学海外事情研究所教授)

はじめに

 習近平政権下の中国で、軍改革が急速に進んでいることはつとに知られている。習近平政権が中国人民解放軍(以下、解放軍)の近代化、戦力強化を急ぐ背景には、2035年までに近代化を完成し、今世紀中葉までに「世界一流の軍隊」にするというタイムスケジュールが提示されているからでもある。また、最近では2027年までの台湾侵攻の可能性が語られてもいる。2027年はいまだ明確に後継者を定めていない習近平が中国共産党総書記に4選される可能性が取りざたされている年であり、解放軍建軍100周年の年でもあることがその理由に挙げられる。

 習近平が順当に総書記再任を決めるにあたり、台湾統一を成しえていれば十分すぎる功績となり、異論なく再任を果たせると考えられる。ただし、現在の中台関係や国際情勢からして、中国共産党政権が掲げる「平和統一」を2027年までに達成するのはほぼ無理な状況である。では、中国は台湾に対して武力侵攻するのか。2027年までにそれが起こる可能性は極めて低いと筆者は判断しているが、その最大の理由は米国による強固な台湾支援である。台湾と米国の関係が緊密化している現下の情勢において、解放軍の台湾侵攻時に米軍が介入する可能性は高いと筆者は考えている。米軍の介入を排除しながら台湾本島を占領するために多くの犠牲と時間を要することを思えば、その決断を下すことは、習近平政権と中国共産党にとって、自らの政権転覆や統治体制崩壊の危険性を伴った賭けになる。

 一方で究極的に米国と対等の存在になるために、米軍に伍する「世界一流の軍隊」を建設する目標があるにせよ、1953年生まれの習近平が100歳近くまで政権を維持させることは常識的に不可能である。文化大革命の混乱を脱し、改革開放を実行し中国を経済大国に押し上げる基礎を作った鄧小平を超えて、抗日戦争と国共内戦を勝ち抜いて中華人民共和国を建国した毛沢東と並び立つ成果と言えば、台湾統一以外にない。習近平は、できるだけ危険を冒さずに、台湾統一に向けて大きく前進したと中国民衆に見せることを考えているのではないか。これが本稿の出発点である。

 台湾本島封鎖も含めて、台湾侵攻に時間をかけてしまえば、それだけ米軍が介入する可能性が高まる。台湾統一をできるだけ安全に実現するためには、米国政府が米軍の出動を決断する前に台湾政府を降伏させることをまず考えるだろう。その手段としては、「斬首作戦」の実行が考えられる。しかし、それを成功させるのは困難である[1]。ロシア=ウクライナ戦争の状況からも、それは明らかである[2]。

 次に考えられる手段は、台湾の実効支配領域を選んで奪取することである。その絶好の対象が台湾本島から離れた離島である。奪取にあたり、一般民衆のいない離島に対しては軍事侵攻を採用すると思われる。もう一つの米軍が介入しえない手段として、認知戦を実行して平和裏に台湾の離島住民に自ら中国への帰順を申し出させるようにすること考えられる。

 これを実行できれば、「鄧小平もなしえなかった領土回復」を行った偉大な指導者像を、習近平はそれ以後の国内宣伝によって作り上げることが可能である。

 本稿では離島奪取に関して武力行使と認知戦の二つの手段について考察を加えていくものとする。

民間人の居住しない離島へは軍事力行使

 解放軍にとって台湾の民間人が居住しない離島は、軍事侵攻を採用する場合において、最もハードルが低い対象となる。該当する島にはいくつかの候補がある。

離島侵攻の費用対効果

 太平島はスプラトリー諸島最大面積の島で0.51㎢ある。守備隊は海洋委員会海巡署の要員で、武器も貧弱である。民間人は居住していない。しかし、既に中国はこの周囲に7つの人工島を形成し、軍事基地化している。太平島に所在する台湾の兵力は、これら人工島にとって脅威でもなく、太平島はもはや中国が是が非でもほしい島ではないのである。

 彭佳嶼は台湾北部の港、基隆から56kmの距離にある。民間人は居住しておらず、海巡署員が駐留する1.14㎢の島である。彭佳嶼を占領して、対艦ミサイルや対空ミサイルを設置できれば、台湾本島への圧力と東シナ海における海空の優勢を確保するのに大きな力となり得る。ただし、戦力の分厚い台湾本島北部から近いために、中華民国国軍(以下、台湾軍)の抵抗も相当大きくなると予想されリスクも高い。

 それらに対して、現時点で解放軍が侵攻する可能性があるのは東沙島である。東沙島は南シナ海北部海域に浮かぶ東沙(プラタス)諸島の島でバシー海峡の西端と台湾海峡の南端を見据える戦略的重要地点となっている。東沙島は中国大陸から200km、香港から330kmであるのに対し、台湾本島南部の高雄市から445 kmの距離にある面積1.74㎢の小島である。1949 年以降は高雄市に編入され、台湾政府の実効支配の下で現在に至っている 。1983年に東沙島指揮官(大佐)として赴任した季麟連元海軍陸戦隊大将は、金門島を参考に2年間にわたって東沙島の防備体制の充実に努め、全面的地下化、拠点化の整備を行った[3]。とはいえ、環礁の一部として形成された最高標高わずか7mの島に作られた陣地の防御力には限界がある。解放軍は台湾の守備要員(海洋委員会海巡署東沙分署・南沙分署の約200人と海軍陸戦隊の1個強化中隊。その他は、台湾空軍所属の気象観測要員や航空機の管制、メンテナンス要員程度)に対して短い猶予時間での降伏勧告、あるいは即時撤退勧告を実施した上で、通常弾頭を装備した弾道ミサイルや巡航ミサイルで基地を無力化すると考えられる。東沙島は台湾本島からの距離よりも中国からの方が近いため、航空優勢や海上優勢も中国側が確保できる。攻撃開始から占領に至るまで2、3日もあれば十分だと考えられる。既に解放軍は台湾防空識別圏南西空域を遮断するような飛行を繰り返している。台湾本島からの海空増援部隊を迎撃することは解放軍にとって容易なことである。事態は簡単に決着するし、台湾軍が動かない以上、米軍が動くこともない。

 解放軍が東沙島を占領した場合、中国はスプラトリー諸島で行ったような大規模埋め立て工事に着手するだろう。中国はスプラトリー諸島で埋め立て工事の経験を積んでいることと、中国本土から近いため、機材や良質の土砂の搬入がスプラトリー諸島の時よりも格段に楽であることにより、強力な基地を短期間で構築することになる。このようにして中国は、平時において南シナ海北部海域、バシー海峡、台湾海峡をコントロールする能力を得るであろう。海上民兵の基地としての利用も考えられる。

なぜ東沙島か

 国際社会から大きな非難を蒙ることが明らかであるにも関わらず、なぜ中国が東沙島に侵攻する可能性があると考えるのか。それは以下の理由による。

 第1に、東沙島であれば米軍が来援する可能性は極めて低い。米軍が守る台湾とは現在台湾が実効支配している領域全てを指すものではない。1954年に締結され1980年に失効した米華相互防衛条約に示された防衛範囲である台湾本島と澎湖諸島だが、基本的にこの考えは有効と思われる。台湾本島の生存にとって重要ではない島に、米軍が兵力を差し向ける理由はない。米軍の介入がなければ解放軍の侵攻作戦は成功率が急激に上昇する。

 第2に、習近平は鄧小平を超えて毛沢東に並ぶ実績を欲している。これまでのところ習近平は反腐敗闘争で一定の成果を上げて民衆の支持もある。しかし、それは建国の元勲である毛沢東や、改革開放を開始し進めた鄧小平の功績に遠く及ばない。しかし、東沙島を奪取することで、1950年代半ば以降変化のなかった中国と台湾の実効支配領域に変更を加えることで、「台湾統一に向けて具体的な先鞭をつけた偉大な一歩を習主席は記した。台湾から実効支配領域を奪うことは鄧小平同志もできなかった。今回の偉業は毛主席に匹敵する」と国内に宣伝をかけることができる。中国においてメディアは党の喉であり、舌であるという位置づけであり、それは実行が容易である。批判は無視するし、政権にとって都合の悪い放送やネット記事、SNSを遮断できるのは、2023年10月に李克強前総理が急死した際にも確認されている[4]。

 第3に、中国は内政をきわめて重視する国である。国際社会からの評価よりも、国内での評価を重視する。そのため前掲のような東沙島侵攻は国際社会から非難をされても、国内的に評価されるならば、習近平政権にとっては大きな問題にならない。「戦狼外交」が成立したロジックと同じである。

有人の離島に対しては認知作戦により無血開城

 台湾が実効支配する島の中では、澎湖島や金門島あるいは馬祖列島の北竿島・南竿島のように、ある程度の面積があり民間人が多数居住しているものもある。

表 台湾の民間人が居住する主要離島

県名 面積 人口 軍隊 備考
澎湖県
(澎湖列島)
126.9㎢ 10万7701人 第一作戦区 台湾海峡上
金門県
(金門群島)
150.46㎢ 14万3964人 金門防衛指揮部 アモイ外港から約10㎞
連江県
(馬祖列島)
29.6㎢ 1万4049人 馬祖防衛指揮部 福州市海岸から約20㎞

注:面積、人口は内政部資料(2023年9月現在)に基づく。人口は民間人のみ。 出所:筆者作成

 澎湖島は台湾海峡の中間地点やや台湾寄りの南出入口にある。澎湖島を確保できれば、海軍基地と空軍基地も利用して台湾海峡の制御が格段に楽になる。また、澎湖島の位置は台湾本島の北部から南部まで、出撃地点としては大変優れている。ただし、多数の民間人が居住しているため、攻撃占領の際に多くの死傷者がでることで、解放軍が大きな非難を被る可能性がある。また、台湾本島から近いため、台湾本島からの援軍急派があると解放軍としてはやや面倒であろう。

 金門島や馬祖列島の北竿島・南竿島は中国沿岸から至近であり、解放軍の戦力投射の面で非常に有利である。しかし、台湾軍の守備兵力もおそらくは数千人規模であること、民間人も多数居住していること、指揮部も堅固に構築され、武器、弾薬、燃料、食糧などの備蓄もそれなりにあるはずだ。解放軍もある程度の損耗を覚悟する必要がある。また、苦労して占領したとしても、台湾本島をその後奪取する場合に、金門を占領したことの軍事的意義は澎湖島と比較すれば小さくなる。多数の台湾軍が駐留している大規模な島は、また、攻撃占領の過程で民間人を死傷させた場合、中国に対する国際的非難は東沙島占領の時よりも高まる危険性がある。これらの戦闘では米軍が介入する可能性もある。

 米軍の介入を避け、国際世論の反発をできるだけ低く抑えながら台湾統一の道筋をつけるために、中国が金門島、馬祖列島といった民間人が居住する離島に対して認知戦を仕掛ける可能性がある。

認知戦を仕掛けやすい金門・馬祖

 これらの島には中国が認知戦を仕掛けやすい条件がそろっている。第1に、住民の文化や心性が中国大陸に近い。金門・馬祖は日本の植民統治を受けておらず、歴史的にも清朝から中華民国への統治を維持してきた。中国側に親戚が居住しているケースもある。第2に、台湾本島よりも中国大陸の方が近く、生活圏として一体感が生まれやすい。金門島は既に海底パイプラインを通じて水の供給を受けている。このような状況は、香港と中国の関係やクリミア半島とロシアの関係に近いものがある[5]。

 中国にとって有利になるよう離島住民の思考を誘導することも認知戦の一環である。2023年2月に台湾本島と馬祖列島を結ぶ2本の海底ケーブルが1週間のうちに切断された。その結果、馬祖列島では1か月以上インターネットに接続しづらい状況が続いた。この事案を中国側の意図的な行為の結果と決めつけるのは早計だが、サイバー作戦を担当している解放軍戦略支援部隊は、馬祖列島の住民が当時どのサイトにアクセスし情報を得ようとし、どのような情報を発信していたか、株式サイトや金融機関サイトへのアクセス状況、人心の動揺程度などに注目し、光海底ケーブル切断による情報操作と心理誘導の可能性について評価分析したと考えられる[6]。

 また、2023年10月には、連江県選出の国民党籍立法委員(元連江県長)が、馬祖と中国との間を橋で繋ぎ、あわせて水道、ガス、電気の供給を中国から受ける「新四通」の推進を主張しつつ「中国は祖国と呼んで過言ではない」旨を立法院で発言して話題を呼んだ[7]。

 現状で「新四通」に具体的計画があるわけではないが、2024年1月に投開票される総統選挙の結果によっては進展する可能性も否定できない。

おわりに

 2022年2月に開始されたロシアによるウクライナ侵攻は成功を収めているとは言い難いが、それ以前のクリミア半島の奪取と支配については成功していたと言ってもよいだろう。中国はロシアによるクリミア半島併合の戦史とその後の統治の手法を教訓にしつつ、金門県や連江県の政府や議会、住民に対して認知戦を仕掛ける可能性は否定できない。

 認知戦は台湾民衆の思考を誘導していくことで、「戦わずして勝つ」を体現する最も有効な手段である。金門や馬祖の地方政府や議会、住民が中国と戦火を交えずに統一に合意した場合、台湾の中央政府が強く反発しても日米がそれを妨げることは難しく、それが成功すれば、台湾本島への認知戦遂行の足掛かりにもなり得る。

 他方で、中国が実際に軍事力を行使しない保証はどこにも存在しない。また、ウクライナに侵攻したロシアに対して行っている経済制裁は「強力」だと考えられていたが、ロシアは協力的な国と図って抜け道を作り、制裁効果を大幅に減じることに成功した。民間人の居住しない離島侵攻であれば、経済制裁のレベルが低くなることも考えられる。中国にとって離島侵攻リスクは高くないとの判断を習近平政権は下すかもしれない。よって、台湾は十分に軍事力を整えて、備蓄を増やしておく必要がある。台湾と日米による平時からの意見交換や、国際社会との連携も重要である。台湾が自主建造した潜水艦「海鯤」は、日米韓や欧州が協力したことを中国に見せつけた良い事例となった[8]。

 解放軍による離島への武力侵攻、解放軍や中国各機関が実行する台湾への認知戦への取り組みに対して、台湾と日米、オーストラリア、欧州各国は今まで以上に注視し分析を進める必要がある。

 ※ 本稿は「現実味を増す中国の離島奪取作戦」『CISTEC ジャーナル』№194(2021年7月号)に大幅な加除修正を加え、再構成したものである。

1 門間理良「台湾海峡有事における課題と方策」『在外邦人の保護・救出 朝鮮半島と台湾海峡有事への対応 』(東信堂、2021年)参照。

2 小泉悠「ロシアの対ウクライナ戦争 ―核抑止下での通常戦争―」『総論 ロシアのウクライナ侵攻 不可解で残酷な戦争は何を意味するか』(NIRA総合研究開発機構、2022年12月20日)参照。

3 「國防秘辛》東沙『立體陣地化』 季麟連上將:除了沙其他都要船運」『自由時報(ウェブ版)』2023年7月5日。[https://def.ltn.com.tw/article/breakingnews/4354186]

4 「李克強前首相死去伝えるNHKニュース遮断、TV画面に『信号異常』表示…当局が検閲か」『読売新聞(ウェブ版)』2023年10月27日。

5 門間理良「中国による武力侵攻と認知作戦に対処すべき台湾と日米」『The News Lens』2023年3月3日。[https://japan.thenewslens.com/article/3402]

6 門間理良「『台湾有事』の主戦場は宇宙と海底か 通信インフラこそ軍事の最重要分野」『The News Lens』2023年9月4日。[https://japan.thenewslens.com/article/4502]

7 「陳雪生促政府談兩岸『新四通』陳建仁︰沒必要也沒迫切性」『自由時報(ウェブ版)』2023年10月7日。

8 河崎真澄「『政権生命八年のジンクス』破れるか」『正論』2023年12月号、72頁。

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