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第41回 2022/10/26

中国マクロ経済政策の動向

田中 修(拓殖大学大学院経済学研究科客員教授)

はじめに

 下表で見るとおり、1-2月の中国経済は比較的順調であったが、3月に入るとロシア・ウクライナ紛争の長期化によるエネルギー・食糧価格の上昇、上海等でのコロナのリバウンドと都市封鎖により、経済は後退した。

 この経済の下振れ傾向に対応したのは、国務院であり、李克強総理は、3月末から国務院常務会議等において、投資拡大、消費強化、物価・雇用の安定、貿易・外資の安定のための政策を次々に打ち出し、5月には経済の大基盤を安定させる包括的政策、8月には接続政策、9月には10-12月期の政策を相次いで決定した。6月以降経済は回復傾向にあるが、歩みは遅い。本稿では、主要な会議の概要を紹介しつつ、マクロ経済政策の変遷を解説したい。

表 主要経済指標の動向 (注)( )は、前年同月比の伸び。M2と社会資金調達規模残高は、各月末の数字。

1.当初のマクロ経済政策

 (1)2022年の成長率目標
 3月5日、全人代が開催され、李克強総理が政府活動報告を行った。

 報告は、中国経済が、①需要の収縮、②供給へのダメージ、③予想(市場の将来予測)の弱気化の三重の圧力に直面しているという厳しい認識を示した。

 この厳しい環境の中で、多くのエコノミストは22年のGDP成長率目標を5%前後と予想していたが、報告では5.5%前後と定められた。報告は、「これは、高いベースの上での中高速成長であり、主動的な姿勢を体現し、艱難辛苦の努力を払ってこそ実現できるものである」としている。

 (2)積極的財政政策
 積極的財政政策は、昨年の「効果を高め、精確性・持続可能性を更に重視しなければならない」と、より持続可能性を重視する方向になった。このため、22年の財政赤字の対GDP比率は、21年目標の3.2%前後から、2.8%前後に引き下げられた。財政部は、EUの財政健全基準を参考にしており、財政赤字の対GDP比率を3%以内に抑えることを健全の目安としている。2.8%に引き下げたのは、財政の追加出動の余地を確保するためであろう。他方で、財政支出の規模については、人民銀行からの納付金、予算安定調節基金からの繰入れ等により、21年度より2兆元増やした。

 公共投資については、中央の予算内投資を21年より300億元増やし、6400億元とした。地方のインフラ投資の財源となる地方政府特別債については、21年と同額の3.65兆元としている。

 また、22年の減税・費用引下げ政策の目玉は、仕入れ税額控除留保分の還付約1.5兆元である。これは、仕入れに係る増値税額が売上に係る増値税額を上回っている間は、増値税還付が発生するため、税還付を留保していたものを、企業のキャッシュフロー確保のため早めに還付するものである。これに製造業、小型・零細企業、個人事業者向けの減税を加え、税還付・減税の総額は約2.5兆元とされた。

 さらに、「政策の力発揮を適切に前倒す」とされたが、これは、地方政府特別債の発行・使用、中央予算内の投資を前倒してインフラ投資の量を確保し、増値税の仕入税額控除留保分の還付を前倒して企業のキャッシュフローを確保するとともに、中央から地方への移転支出を前倒して、末端政府の基本民生・賃金・運営を保障することを意味している。

 (3)穏健な金融政策
 穏健な金融政策は、「柔軟・適度とし、流動性の合理的な充足を維持しなければならない」とされた。

 具体的には、マネーサプライと社会資金調達規模の伸びを名目成長率と基本的に釣り合わせることを維持し、マクロレバレッジ率(政府・企業・家計の債務の総和の対GDP比率)の基本的安定を維持することで、マネーサプライと債務の水準をコントロールし、金融リスクの軽減を図る。そのうえで、小型・零細企業向けインクルーシブ(包摂的)ファイナンスと無担保貸出、これまで貸出を受けられなかった中小・零細企業への最初の貸出を推進し、コロナの影響が深刻な業種・企業に引き続き融資支援を与えるとしている。

 (4)雇用優先政策
 雇用政策は、「質を高め、力を加えなければならない」と、質を重視する方向になった。

 企業の経営を安定させるため、失業・労災保険料の一時引下げを引き続き執行し、リストラをせず、リストラが少ない企業に対し、失業保険料還付政策を引き続き実施し、中小・零細企業への還付割合を顕著に高めることとした。

 また、2022年は大学卒業生が1000万人を超えるため、彼らに就業・起業への指導・政策支援と切れ目ないサポートを強化しなければならないとしている。

2.経済大基盤を安定させるための包括的政策の決定

 (1)国務院常務会議(5月23日)
 「現在、経済の下振れ圧力が引き続き増大し、多くの市場主体は相当困難である」という厳しい現状認識が示された。

 経済の下振れへの対応としては、疫病防御と経済社会の発展を効率高く統一し、中央経済工作会議と「政府活動報告」が確定した政策の実施を加速・強化して、包括的で的確性が強く、有力・有効な区間コントロール措置を採用し、経済の基盤をしっかり安定させなければならないとし、6方面、33項目の措置を実施が決定された(発表は5月31日)。

 財政政策としては、増値税の税還付を1400億元余り増やし、年間の税還付・減税総量を2.64兆元とし、22年の地方政府特別債は、8月末までに基本的に完全使用し、5G・AI等の新しいタイプのインフラ等に支援範囲を拡大することとされた。

 金融政策については、中小・零細企業、個人工商事業者、トラック運転手ローン、及びコロナの影響を受けた個人住宅・消費者ローン等について元本償還・利払い猶予を実施することとし、22年の小型・零細企業向けインクルーシブファイナンス支援手段の金額と支援割合を2倍にすることとされた。

 なお、6方面33項目の全容と、この常務会議で特に目玉として紹介された政策については、末尾に参考として示している。

 (2)全国経済大基盤安定テレビ電話会議(5月25日)
 国務院による単独開催であり、韓正副総理が主催し10万人が動員され、孫春蘭・胡春華・劉鶴副総理、魏風和・王勇・肖捷・趙克志国務委員が出席し、国家発展・改革委員会、財政部、人民銀行の責任者が発言した。

 李克強総理は重要講話において、「3月とりわけ4月以降、雇用・工業生産・電力使用・貨物輸送等の指標が顕著に低迷し、一部の方面と特定の範囲で2020年の疫病の深刻なダメージの時よりも困難が大きい」との認識を示した。

 そして、「発展はわが国の一切の問題を解決する基礎・カギであり、疫病の防止・コントロールには財力・物力の保障が必要であり、雇用・民生の保障とリスク防止は、いずれも発展のサポートが必要である。今は、年間の経済動向を決定づけるカギ・節目にあり、最適の時をしっかり捉え、経済の正常な軌道への再回復推進に努力しなければならない」と経済発展を重視する考えを示し、「4-6月期の経済の合理的成長の実現と失業率のできるだけ速やかな低下の確保に努力し、経済運営を合理的区間に維持しなければならない」とした。

3.接続政策の制定

 経済のテコ入れにより、4-6月期のGDP成長率は0.4%とかろうじてプラス成長を維持したが、1-6月でも2.5%にすぎず、年間成長目標5.5%前後を実現することは困難になった。7月以降も、李克強総理は精力的に諸会議を開催しているが、包括的政策の接続政策の決定までの重要会議の概要を紹介しておきたい。

 (1)世界経済フォーラムグローバル企業家オンライン特別対話会(7月19日)
 50余りの国家の400名近い企業家が出席した。李克強総理はこの会議で、経済の現状について、「5月の主要経済指標は下降の勢いが鈍化し、6月の経済は安定・上昇傾向となり、主要指標はかなり速く反転し、マイナスがプラスに転じ、都市調査失業率は顕著に下降し、4-6月期経済のプラス成長実現を牽引した」としながらも、「経済の回復の基礎はなお堅固ではなく、経済の大基盤をしっかり安定させるには艱難辛苦の努力を払う必要がある」とした。

 現在のマクロ政策については、「精確・有力で、合理的・適度」であるとし、「高すぎる成長目標のために超大規模な刺激措置を打ち出し、通貨を超過発行し、将来を先食いすることはしない」とし、成長率が減速しても、2008年のリーマン・ショック時のような大型経済対策を打ち出すことはしない旨を明らかにし、「年間の経済発展がかなり良い水準に達するよう努力する」と、5.5%の成長率目標の実現を事実上放棄することを示唆したのである。

 (2)国務院常務会議(7月21日)
 年後半の有効需要拡大策の重点内容を議論した。会議は、「わが国経済は安定・上昇にむかうカギとなる最適の時期にあり、7-9月期が極めて重要である」とし、マクロ経済政策では「雇用・物価安定の保障の目標実現を優先しなければならない」と、成長率目標にはこだわらない旨を明らかにした。投資・消費の拡大には、次の政策が盛り込まれた。

  1. ①有効な投資の拡大
     プロジェクトは、当面に利するだけでなく長期に恩恵を与え、経済社会の発展基盤を支える能力の増強に有益でなければならず、第14次5ヵ年計画に合致し、経済効果があり、できるだけ早く着工できるものを優先して選別する。
     プロジェクトの資本金不足については、開発銀行・農業発展銀行・輸出入銀行の出資と地方政府特別債により補充を行い、さらにこれらの政策性銀行と商業銀行の融資で資金を確保し、プロジェクトの進度を加速して、7-9月期に更に多くの実物成果量を形成する。
  2. ②消費の拡大
     農村から都市に移った出稼ぎ農民やその家族等(「新市民」と呼ばれる)と大学卒業生のハードな住宅需要を保障し、住宅の住み替えのニーズを合理的に支援する。雇用を創造し、消費を促進するプラットフォーム経済の規範的で健全な発展を支援する具体的措置を打ち出す。

 (3)党中央政治局会議(7月28日)
 「疫病をしっかり防ぎ、経済をしっかり安定させ、発展を安全にしなければならない」という要求を全面実施し、「経済の回復・上昇・好転の趨勢を強固にし、雇用・物価の安定に力を入れ、経済運営を合理的区間に維持し、最良の結果の実現に努めなければならない」とされ、年間成長率目標の実現は事実上放棄された。年後半の経済政策については、6つの基本方針が決定された。

  1. ①動態的ゼロコロナを堅持し、疫病が出現すれば直ちに厳格に防止・コントロールして、管理すべきものは断固しっかり管理しなければならず、決して緩みや厭戦気分があってはならない。
  2. ②財政金融政策は社会の需要不足を有効に補い、地方政府が特別債務限度額を十分にうまく用いるよう支援し、金融政策は流動性の合理的充足を維持し、企業への貸出支援を増やさなければならない。
  3. ③食糧安全保障を強化し、エネルギー・資源供給保障能力を高め、不動産市場を安定させ、金融市場の総体の安定を維持しなければならない。
  4. ④プラットフォーム経済の規範的健全で持続的な発展を推進し、いくらかの「ゴーサイン」の投資案件を集中的に打ち出さなければならない。
  5. ⑤困窮大衆の基本生活保障に力を入れ、大学卒業生等の重点層の雇用政策をしっかり実施しなければならない。
  6. ⑥経済大省は大黒柱の役割を果たし、条件の整った省は経済社会発展の予期目標の達成に努力しなければならない。

 国務院は、動態的ゼロコロナ政策について言及していないが、党中央政治局会議は動態的ゼロコロナ政策堅持を筆頭に掲げている。プラットフォーム経済については、20年12月の政治局会議で「信号灯」を設置して監督管理・取締りを厳しくする方針が打ち出され、反独占等の取締り・罰金の徴収が厳しく実施されていたが、22年4月の政治局会議で取締りの手仕舞いが決定され、今回は「ゴーサイン」の投資案件を積極的に打ち出すこととされた。また、比較的コロナのダメージが少ない経済大省による経済牽引が要請されている。

 (4)国務院常務会議(7月29日)
 28日の党中央政治局会議を受け、「経済安定に重要なことは、雇用・物価を安定させることである」とし、「施策を総合して有効需要を拡大しなければならない」とした。

  1. ①有効な投資のカギとなる役割を発揮
     主として交通・エネルギー・物流・農業農村等のインフラと新しいタイプのインフラに投下し、プロジェクトは条件が成熟し、効率が高く、できるだけ速やかに作用を発揮できるものでなければならず、7-9月期にできるだけ速やかに更に多くの実物成果量を形成しなければならない。
  2. ②消費を推進
     新エネルギー自動車の購入税を免除する政策を継続し、新市民・大学卒業生のハードな住宅需要と住み替えの住宅需要を支援し、地方がグリーン・スマート家電、グリーン建材等に適度な補助あるいは貸出利子補給を与えることを奨励する。飲食・小売・観光・交通輸送等の困難業種への支援政策を深く実施し、サービス業への増値税割増控除を全面的に継続する。

 (5)経済大省政府主要責任者座談会(8月16日)
 党中央政治局会議が経済大省に経済牽引を要請したことを受け、李克強総理が深圳で開催し、広東省書記・省長、江蘇省・浙江省・山東省・河南省・四川省の省長が発言した。

 李克強総理は、「7月の経済は回復・発展の態勢を継続しているが、なお小幅な変動がみられた。勢いを盛り上げ、落としてはならない。現在、経済の回復・安定は最も緊要な節目にあり、『時は待ってくれない』という緊迫感をもって、経済の回復・発展の基礎を強固にしなければならない」とし、「6の経済大省の経済総量は全国の45%を占め、国家経済発展の大黒柱である。経済大省は大黒柱の役割を果たし、経済を安定させるカギとなる支えの役割を発揮しなければならない」とハッパをかけ、経済・財源・雇用・貿易・外資の安定、市場主体(企業・個人事業者)の保障、自動車等の大口消費の拡大、プロジェクトの建設加速で、重要な役割を発揮するよう要請した。

 (6)国務院常務会議(8月18日)
 実体経済への財政・金融支援策と基本民生保障が議論された。

  1. ①実体経済への財政・金融支援
     法に基づき地方特別債限度額の余地を活用する。市場化した金利の形成・伝達メカニズムを整備し、貸出プライムレートの指導作用を発揮させ、貸出への有効需要の反転上昇を支援し、企業の総合資金調達コストと個人消費者ローンのコストの低下を推進する。
     これに基づき、人民銀行は8月22日、貸出プライムレートの1年物を今年1月以来7カ月ぶりに0.05%引き下げ、3.65%とし、住宅ローンの目安となる5年物を今年5月以来3カ月ぶりに0.15%引き下げ、4.30%とした。
  2. ②基本民生の保障
     最低生活保障の範囲を拡大し、困窮大衆の救済を強化し、22年9月から23年3月まで、最低生活保障基準を物価上昇に連動させて調整するメカニズムの対象者を拡大する。この措置により増加した地方の支出について、中央財政は一定割合の資金補助を与える。
  3. ③新エネルギー自動車購入支援
     今年末に期限が到来する新エネルギー自動車購入税免除政策の実施を、更に来年末まで延長し、新規に1000億元の免税を見込む。

 (7)国務院常務会議(8月24日)
 「現在、経済は6月の回復・発展の態勢を継続しているが、小幅な変動がみられ、回復の基礎は牢固ではない」とし、「適時果断に施策を行い、合理的な政策規模を維持し、道具箱の中で用いることができる道具をうまく用い、経済回復・発展の基礎を強固にしなければならない」としながらも、「バラマキを行わず、将来を先食いしてはならない」とする。

 具体的には、これまでの経済を安定させる包括的政策をしっかり実施すると同時に、さらに19項目の接続政策を実施し、組合せの効果を形成して、「経済の安定・好転を推進し、運営を合理的区間に維持し、最良の結果を勝ち取るよう努力する」ことを決定した。

政策は、主として、次のものが含まれる。

  1. ①開発銀行・農業発展銀行・輸出入銀行によるプロジェクト資本金補充を、現行の3000億元に加え、さらに3000億元以上増やす。
  2. ②5000億元余りの地方政府特別債の残余枠をうまく用いて、10月末までに発行を終える。
  3. ③貸出プライムレートを利用して、企業の資金調達と個人消費者ローンのコストを引き下げる。
  4. ④条件が成熟したいくらかのインフラ等のプロジェクトの着工を認可する。
  5. ⑤民営企業の発展・投資を支援し、プラットフォーム経済の健全で持続的な発展を促進する。
  6. ⑥新市民・大学卒業生や住み替えのための住宅需要を合理的に支援する。
  7. ⑦いくらかの行政事業の料金徴収を1四半期猶予する。
  8. ⑧地方が中小・零細企業と個人工商事業者向け貸出リスク補償基金を設立することを奨励する。
  9. ⑨中央発電企業等が2000億元のエネルギー供給保障特別債を発行することを支援する。
  10. ⑩今年既に交付した300億元の農業資材補助金に加え、さらに100億元を交付する。

 この接続政策は、プロジェクトの資本金不足・資金不足をさらに補充するとともに、地方政府特別債の元本償還により、特別地方債残高と22年の残高限度額の間にできた余裕枠を利用して、地方政府特別債をさらに5000億元追加発行し、地方のプロジェクト建設を加速させることとしたものである。

4.経済大基盤安定10-12月期政策推進会議(9月28日)

 経済大基盤を安定させるための包括的政策と接続政策は主として7-9月期を対象としていたため、10-12月期の政策についてさらに手配が行われた。

 李克強総理は、これまでに包括的政策と接続政策を打ち出し、「ここ数年ストックしてきた政策手段で用いることができるものは全て用い、政策は有力で、規模は合理的であり」、「艱難辛苦の努力を経て、経済の下降の態勢を反転させ、7-9月期の経済は総体として回復し、安定を取り戻した」としながらも、「10-12月期経済は年間で分量が最も重く、少なからぬ政策は10-12月期に最大の効果を発揮する」とし、政策措置の全面実施を推進し、十分効果を現し、経済運営を合理的区間に確保しなければならないとした。

 決定された10-12月期の主な政策は、以下のとおりである。

  1. ①開発銀行・農業発展銀行・輸出入銀行のプロジェクト資本金補充により、資金使用とインフラプロジェクトの建設を加速し、10-12月期に更に多くの実物成果量を形成する。
  2. ②特別再貸出・財政による利子補給等の政策をうまく用い、製造業・サービス業・社会サービス等の分野の設備の更新・改造を加速し、できるだけ早く現実の需要を形成する。
  3. ③23年の地方政府特別債の一部の限度額を前倒しで下達する。
  4. ④新市民・大学卒業生のハードな住宅需要と住み替え住宅需要を支援し、マンション引渡しを保障する政策をしっかり実施する。
  5. ⑤物流の円滑さをしっかり保障する。
  6. ⑥石炭・電力等のエネルギーの安定供給を保障する。
  7. ⑦経済大省は経済を安定させる大黒柱の役割を果たさなければならない。
  8. ⑧10-12月期、最低生活保障のカバー範囲を段階的に拡大し、中央財政は地方の新規支出に対し70%の補助を与える。
  9. ⑨失業保障の範囲を拡大する政策を実施・整備する。
  10. ⑩安全生産を強化する。

 この10-12月の政策では、新たに製造業・サービス業等の設備の更新・改造支援が盛り込まれた。

おわりに

 以上、マクロ経済政策の流れを見てきたが、ここで何点か2022年のマクロ経済政策の特徴を指摘しておきたい。

 第1に、財政の持続可能性・マクロレバレッジ率の基本的安定の維持という、マクロ経済政策の基本方針に変わりはないということである。

 李克強総理は、繰り返し「バラマキはせず、将来の先食いはしない」と述べており、7月19日の世界経済フォーラムグローバル企業家オンライン特別対話会では「高すぎる成長目標のために超大規模な刺激措置を打ち出し、通貨を超過発行し、将来を先食いすることはしない」と明言し、9月28日の会議でも、これまで打ち出した経済対策について、「ここ数年ストックしてきた政策手段で用いることができるものは全て用い、政策は有力で、規模は合理的であった」としている。

 今回の経済対策の打ち出し方は、5月・8月・9月と段階的に行っている。また、対策の中身も、国債・地方債の追加発行やマネーサプライの大幅増加を実施せず、増値税の還付・政策減税、地方政府特別債発行・使用の大幅前倒しと23年の地方政府特別債枠の前倒し発行、政策性銀行の資本金補充、人民銀行の特別再貸出、財政による利子補給の活用で対応しようとしている。これを「兵力の逐次投入」と批判する向きもあろうが、リーマン・ショック時の大型経済対策が、結果的に国有企業の生産能力過剰・住宅価格の高騰・地方政府の債務増大・シャドーバンキングの拡大・インフレ、という副作用を生んだことへの強い反省があるのであろう。

 第2に、7-9月期に焦点をあて、経済を浮揚させようとしたことである。

 李克強総理は、毎回の国務院常務会議で、投資の拡大、消費の強化、中小・零細企業と個人事業者の困難緩和、コロナで打撃を受けた業種・貧困大衆の救済、雇用・物価・物流輸送・貿易・外資の安定のための個別政策を切れ目なく打ち出し、5月・8月には経済大基盤を安定させるための包括的政策・接続政策と2回の経済対策を打ち出した。

 国家統計局によれば、7-9月期のGDP成長率は10月18日の予定であり、これは第20回党大会の真っただ中となる。習近平総書記の3選を審議する重要な会議のさなかに、低い成長率が公表されることは指導部の責任問題に発展しかねず、何としても避けたかったのであろう。

 第3に、経済大省の大黒柱としての役割が強調されていることである。

 今年李克強総理は、省の責任者を集めた会議を頻繁に開催している。主なものは、次のとおりである。

 4月11日 一部地方主要責任者座談会:江西省で開催。江西省・遼寧省・浙江省・広東省・四川省が参加。

 5月18日 省政府責任者座談会:雲南省で開催。雲南省・遼寧省・江蘇省・浙江省・安徽省・福建省・山東省・河南省・湖北省・湖南省・広東省・四川省が参加。

 7月7日 東南沿海省主要責任者座談会:福建省で開催。福建省・上海市・江蘇省・浙江省・広東省が参加。

 8月16日 経済大省政府主要責任者座談会:広東省で開催。広東省・江蘇省・浙江省・山東省・河南省・四川省が参加。

 国務院は、これらの省に作業チームを派遣し、包括的政策・接続政策の全面実施について、監督指導・サポートを行っている。経済規模が大きく、コロナのダメージの比較的小さい省に対し、年間経済目標の達成を強く働き掛けて、経済全体の浮揚を図ろうというのである。

 第4に、経済政策を国務院・李克強総理が主導しているということである。

 2020年のコロナ拡大の際は、2月23日に党中央政治局常務委員が全員出席して「コロナ対策と経済社会発展政策の統一推進会議」が開催され経済政策を議論し、3月27日の党中央政治局会議で包括的経済対策の策定を決定、4月17日の党中央政治局会議で包括的経済対策の内容を決定と、全てが党主導で進んでいた。

 またそれ以前にも2008年に、経済成長が鈍化する中で5月に四川大地震が発生したため、6月13日に中央・地方の責任者が招集され、四川大地震の復興対策とマクロ経済政策の見直しを検討する大会議が開催されたが、これは党・国務院共催であった。現在でも、翌年の経済政策の基本方針を決定する中央経済工作会議は、党中央・国務院の共催である。

 ところが、今回は、上海で都市封鎖が開始された3月下旬以降、国務院・李克強総理による経済政策の主導が半年間続いている。李克強総理は毎回の国務院常務会議で景気てこ入れ策を次々に決定し、経済関連の座談会を積極的に開催している。5月23日には国務院常務会議で包括的政策を決定し、25日には国務院単独開催で、10万人規模の地方指導者を大動員したテレビ電話会議を開催した。また、接続政策、10-12月期の政策も、それぞれ8月24日、9月28日の国務院常務会議で決定している。

 他方で、公表された党中央政治局常務委員会ではコロナ対策を専ら議論しており、経済政策は国務院主導、コロナ対策は党中央主導と、完全にデマケが分かれた形となっている。またそれぞれの会議では、党中央が動態的ゼロコロナ政策の堅持を専ら強調し、国務院は経済の安定回復・向上を重視しているように見える。これも単なるデマケなのか、政策の重点の考え方に温度差があるのか、はっきりしない。

 第20回党大会後、経済政策の主導・重点のあり方に変化が生じるかどうか、十分注意を払う必要があろう。

(参考)経済安定包括的政策措置の全体像と主要政策

(1)財政政策
1)増値税の控除留保分税還付を一層強化する。
 更に多くの業種で既存・新規増加分の仕入控除留保分を全額税還付し、税還付を1400億元余り増やし、年間の税還付・減税総量を2.64兆元とする。
2)財政支出の進度を加速する。
3)地方政府特別債の発行・使用を加速して支援範囲を拡大する。
 今年の特別債は、8月末までに基本的に完全使用し、新しいタイプのインフラ等に支援範囲を拡大する。
4)政府融資信用保証等の政策をうまく用いる。
 国家融資信用保証基金の再保証提携業務を新たに1兆元以上増やす。
5)政府調達による中小企業支援を強化する。
6)社会保険料の納付を猶予する政策の実施を拡大する。
 中小・零細企業、個人工商事業者、5つの特殊困難業種の年金等3項目の社会保険料納付猶予政策を年末まで延長し、範囲をその他特殊困難業種に拡大して、今年3200億元の納付猶予を見込む。
7)事業安定支援を強化する。
 失業保険の雇用継続研修補助を全ての困難保険加入企業に拡大する。
 中小・零細企業が大学卒業生を受け入れた場合は、事業拡大補助等の支援を増やす。

(2)マネー・金融政策
8)中小・零細企業、個人工商事業者、トラック運転手ローン、及びコロナの影響を受けた個人住宅・消費者ローン等について元本償還・利払い猶予を実施する。
 自動車中央(管轄)企業が実行した900億元の商用トラックローンについては、銀行・企業が連携して半年元本償還・利払いを延期しなければならない。
9)小型・零細企業向けインクルーシブファイナンス支援を強化する。
 今年の小型・零細企業向けインクルーシブファイナンス支援手段の金額と支援割合を2倍にする。
 商業為替手形の支払期限を1年から6ヵ月に短縮する。
10)実質貸出金利の安定の中での引下げを引き続き推進する。
11)資本市場での資金調達の効率を高める。
 プラットフォーム企業の法・ルールに則った国内外での上場を推進する。
12)インフラ建設・重大プロジェクトへの金融機関の支援を強化する。

(3)投資安定・消費促進等の政策
13)論証が成熟したいくらかの水利プロジェクトを早急に推進する。
14)交通インフラ投資を早急に推進する。
 3000億元の鉄道建設債の発行を支援する。
 新たな農村道路の建設・改造を始動する。
15)土地の事情に応じて都市共同溝建設を引き続き推進する。
16)民間投資を安定・拡大する。
17)プラットフォーム経済の規範的で健全な発展を促進する。
18)自動車・家電等の大口消費を安定的に増やす。
 自動車の購入制限を緩和し、一部の乗用車の購入税徴収を一時的に600億元削減する。

(4)食糧・エネルギーの安全保障政策
19)健全な食糧収益保障等の政策を整備する。
20)安全・クリーン・効率の高い利用を確保する前提の下で、石炭の質の優れた生産能力を秩序立てて稼働する。
 地方の石炭生産量の責任を徹底させ、炭鉱の生産能力増加の審査政策を調整し、供給保障のための指定炭鉱の申請手続の処理を加速する。
21)いくらかのエネルギープロジェクトの実施を早急に推進する。
 いくらかの水力発電・石炭火力発電等のエネルギープロジェクトを再着工する。
22)石炭備蓄の能力・水準を高める。
23)原油等のエネルギー・資源備蓄能力を強化する。

(5)産業チェーン・サプライチェーンの安定保障政策
24)市場主体の水道・電気・ネット等の使用コストを引き下げる。
25)市場主体の家屋家賃の一時減免を推進する。
26)民間航空等のコロナの影響がかなり大きい業種・企業の困難緩和への支援を強化する。
 民間航空向け緊急貸出を1500億元増やし、航空業の2000億元の債券発行を支援する。
 旅客の国内線・国際線の便数を秩序立てて増やし、外国企業従職員の往来に便宜を図る措置を制定する。
27)企業の操業再開・フル生産政策を最適化する。
 「ホワイトリスト」の企業へのサービスを整備する。
28)交通・物流の円滑保障政策を整備する。
 貨物輸送の円滑を保障し、コロナのリスクが低い地域の通行制限を廃止し、不合理な高さ制限の規定・料金徴収を一律廃止する。
 旅客・貨物輸送の運転手等の異なる土地でのPCR検査について、地元と同待遇の無料政策を享受させる。
29)物流中枢・物流企業への支援を統一的に強化する。
30)重大外資プロジェクトを早急に推進し、外資を積極的に吸収する。

(6)基本民生保障政策
31)住宅公的積立金への一時支援政策を実施する。
32)農業からの移転人口と農村労働力の就業・起業支援政策を整備する。
 仕事を与えて金銭援助に代える施策を強化する。
33)社会民生の最低ライン保障措置を整備する。
 情況を見ながら適時、社会救済・保障基準を物価上昇とリンク・連動させるメカニズムを始動する。
 失業保障、最低生活保障、困窮大衆の救済等の政策をしっかり行う。

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