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第35回 2021/06/01

米新政権に対抗する中国の世界観

井上一郎(関西学院大学総合政策学部教授)

1.はじめに

 米国は、バイデン政権成立後も引き続き厳しい対中姿勢をとり続けることが明らかになった。ブリンケン米国務長官は、3月に初の外国訪問先として日本、韓国を訪れ、オースティン国防長官とともに外務防衛当局間協議(2プラス2)を実施した。そして、帰途アンカレッジでサリバン国家安全保障担当補佐官と合流し、中国の楊潔篪政治局委員、王毅国務委員兼外交部長との間で米中外交当局のトップ会談を行った。オースティンは日韓訪問後インドを、ブリンケンはその後、欧州を訪問し、4月に入ると、バイデン大統領は最初の公式訪問客として日本の菅総理を受け入れた。米新政権は発足後直ちに、中国を意識して同盟国、友好国との関係強化に乗り出した。
 これに対し、中国外交も活発な動きを見せるようになった。アンカレッジでの米中外交トップ会談後、王毅はラブロフ・ロシア外相と桂林で会談、その後、中東6カ国を訪問し、イランとは経済や安全保障をめぐる25カ年協定を締結した。帰国後は東南アジア4カ国外相、そして韓国外相を中国に招き集中的に会談を実施し、米国の動きに対抗するように友好国、近隣国との関係強化に動き出している。
 この1年、習近平政権はいち早く新型コロナ封じ込めに成功し、国内での支持を高める一方で、対外的には、感染初期の不透明な対応や、「戦狼外交」による攻撃的な対外姿勢により自国のイメージ低下を招く結果となった。この間、香港国家安全維持法の導入や新疆ウイグル自治区における人権問題への国際的関心の高まりによって、中国に対する厳しい見方は米国のみならず欧州主要国にも広がった。これに対し、中国はマスクやワクチンの支援によって途上国との連携を強めようとしている。また、東アジア諸国を中心とするRCEP(地域的な包括的経済連携協定)やEUとの包括的投資協定の締結は、今日の厳しい米中対立の文脈においては、経済力をテコに米国の同盟網を切り崩そうと試みながら対抗しようとしているようにも見える。
 注目すべきは、最近の中国が、このような外交面における競争のみならず、イデオロギー面においても自国の政治体制の正当性を正面から主張し、これまでの欧米主導の価値観に支えられた国際秩序に異を唱える姿勢をこれまで以上にはっきりと示すようになってきていることである。本稿においては、3月の全国人民代表大会(全人代)における王毅国務委員兼外交部長の記者会見を中心に、その後のアンカレッジ会談における楊潔篪政治局員の発言など、最近の中国外交当局責任者の発言に着目しつつ、米国との対立が厳しくなるなかで、今日の中国がどのような世界観をもち、いかなる国際秩序を目指しているのか議論することとしたい。

2.外交問題に関する全人代記者会見

 毎年、全人代の機会に外交部長による内外記者会見が行われる。中国の対外政策全般についての外交当局の姿勢を理解する上では良い機会であり、本年は3月7日にオンラインで実施された[1]。近年の会見では、冒頭、外交部長が中国主要国営メディアの質問に答え、過去1年の中国外交を振り返り、今や大国となった自国の外交活動の積極的な成果を国民に向けアピールするというパターンが定着している。2018年の会見では、冒頭質問で、人民日報記者が、「中国は外交で前例のない重要な業績を残し、国民から賞賛された」と、当局への歯の浮くような賛辞ではじまる発言を行い、隣で聞いていた別の中国人記者ですら、さすがに露骨にうんざりした表情を浮かべるシーンが話題になったこともある[2]。当時は、そのような勝ち誇った雰囲気が中国国内で広がっているのを心配する良識派知識人の声もまだ聞くことができた[3]。
 今年の会見において印象的であったのは、王毅が会見の随所において「習近平主席のリーダーシップ」について、これまで以上に頻繁に言及したことである。加えて、外交における「党の領導」についても、あらかじめ準備された質問に答えるかたちでわざわざ取り上げた上で、「中国共産党は中国人民の大黒柱で、当然中国外交の基準でもある」「党の領導は中国外交の最大の政治的強みであり、中国の外交事業が絶えず勝利へと歩むための根本的な保障である」と強調した[4]。

3.既存の国際秩序と中国の国連中心主義

 国連に関する質問に対し、王毅は「中国は国連を中心とする国際システムを揺るぎなく擁護し、国際法を基礎とする国際秩序をしっかり擁護している」として、「『国連憲章』の趣旨と原則を堅持し……国際システムにおける国連の中心的地位を堅持し……対等な協議という国連の基本的ルールを堅持する」と答えている[5]。また、中国の多国間主義への姿勢に関して、「真の多国間主義は『国連憲章』の趣旨と原則を厳守し、国連を中心とする国際体制を擁護し、国際関係の民主化を推進するべきと考える」とも述べている[6]。王毅はさらに「国連は大国クラブではなく、ましてや金持ちクラブではない。各国の主権は平等であり、いかなる国にも国際問題を一手に引き受ける力はない。国連における発展途上国の代表制と発言権を高め、大多数の国の共通の意向をもっと体現すべきである」と強調した。
 これに関連して、後のアンカレッジにおける米中外交トップレベル会談では、楊潔篪はさらにはっきりと「中国と国際社会が従い、支持しているのは、国連を中心とする国際システムと国際法に裏付けられた国際秩序であり、一部の国が提唱する『ルールに基づく』国際秩序ではない……米国や西側諸国が国際世論を代表することはできない。人口規模であろうと世界の潮流であろうと、西側諸国は国際世論を代表することはできない……米国が代表するのは米政府についてだけである。世界の圧倒的多数の国々は、米国が提唱する普遍的な価値観や米国の意見が国際世論を代表すると認識していないだろう。また、それらの国々は、少数の人々によって形成されたルールが国際秩序の基礎をなすとは思わないだろう」とまで言い切っている[7]。
 一方で王毅は、全人代記者会見において、欧州との関係については、「中国、EUの二大文明は対話することができ、我々は制度的ライバルではない……双方の関係は……第三国を念頭に置いたものではなく、第三国の制約を受けることもないと考えている。そのため、中国側が米国と欧州との関係分離を望んでいるという問題は存在しない」と述べている。そして、中国の台頭と西側のイデオロギー、制度面での競争に関する質問について、「モデルが1つしかないようなことがあってはならない……自分達と異なる制度を中傷し、圧力をかけ、唯我独尊だと吹聴することは、ある意味で『制度的覇権』である」として、米国を中心に高まる中国の体制そのものへの否定的見方を批判する[8]。
 また、王毅は、中国とともに西側と対抗する立場であるロシアとの関係については、「中ロは堅く団結し……『カラー革命』に反対」だと述べている[9]。さらに、エジプトの記者からの質問に対しては、冒頭、「中国とアフリカ双方は(植民地解放闘争の)戦友であり、兄弟でもある」と述べ、「兄弟」という表現も使っている[10]。そこにはアフリカ諸国とは親密な関係にあるという意味だけでなく、これら「一帯一路」構想の対象となる中小の途上国と中国との関係は本来対等ではなく、中国は「兄」であるという中国の本音も垣間見ることができる。
 王毅は更に、4月に行われた米外交問題評議会(CFR: Council on Foreign Relations)のオンライン会議において、中国には中国の国情に沿った民主主義があり、民主の形が米国と異なるだけで、中国に権威主義や専制主義のレッテルを貼るのは民主的な態度ではないと主張した[11]。「中国式民主」という表現はこれまでも中国には存在するものの、かつての中国は、民主や人権を中国に押しつけるのは内政干渉であるとして、政治体制をめぐる問題については防御的な姿勢をとってきた。しかし、最近は、そもそも民主主義とは何を意味するのかという問題はさておきながらも、「中国式民主」も民主主義であるとして、自分たちの体制の正当性も正面から主張しはじめている。その背景には、近年の中国外交における、発言力を強化しようとする姿勢、すなわち、国際言論空間において中国の言説の影響力(中国語では「話語権」)を高めようとする意図もあると考えられる。

4.中国式「価値観外交」

 これまで中国は、改革・開放政策以来、欧米中心に形成されたリベラルで開かれた国際秩序のうち、自由貿易システムなど自国に有利な部分を十分に活用しながら発展してきた。その意味では、現行の国際秩序の最大の受益者の一つであったといえる。胡錦濤時代には、中国の台頭が世界から警戒感をもたれることのないよう「平和発展」を提唱している[12]。近年においても中国の国際政治学者の多くは、中国が近い将来、既存の国際秩序に正面から挑戦し、米国にとって代わるような存在になるとは見て来なかった[13]。
 しかし、習近平時代になって提唱されるようになった「新型国際関係」や「人類運命共同体」といった概念の背後には、徐々に中国を中心とする国際秩序を形成しようとの意図も見える。元中国駐英大使の傅瑩は、すでに2016年の時点で、今日の国際秩序は、欧米の価値観、アメリカによる軍事ネットワーク、そして国連その他国際機関の三つの柱からなるが、中国が強く帰属意識を持つのはこのうち国連による秩序のみであると述べている[14]。先のアンカレッジでの楊潔篪発言は、厳しい米中対立下で中国国内のオーディエンスを強く意識したものであるとは言え、よりはっきりと米国による国際秩序を否定している。楊潔篪や王毅が述べたとおり、国連の場では、米国を中心とする欧米先進諸国は少数であり、数の上では途上国が多数を占める。これら国々の多くは非植民地化の経験もあり、歴史的に欧米主導で形成された価値観を無批判に受け入れているわけではない。今日、米バイデン政権が強く主張する人権問題のみならず、法の支配、ひいては欧米中心の国際秩序に対する共感が強くはないことも事実である。
 一方で、そもそも国連の理念とは、その設立の基礎となったルーズベルト・チャーチル会談による大西洋憲章において、民族自決や海洋の自由などが盛り込まれているとおり、米英のリベラルな考えや規範がその根本にある。楊潔篪は、「中国が支持するのは国連システムであり、一部の国が提唱する『ルールに基づく』国際秩序ではない」とまで述べているが、本来、国連システムこそが、ルールに基づいた国際秩序を目指すものである。傅瑩は、中国は国連の原加盟国であるとして国連への帰属意識を強調するが[15]、国連原加盟国は当時の「中華民国」であって、「中華人民共和国」は1971年になってようやく国連に参加したのである。また国連は、その主要な目的として、「世界の平和と安全の維持」のみならず「人権および基本的自由の尊重」を掲げている[16]。昨年11月にウイグル問題に関して、欧米中心の39カ国が共同声明を出したのに対し[17]、中国は反論するだけでなく他の途上国にも働き掛け、70カ国以上が中国の立場を支持していると強調したのは象徴的である[18]。国連の場において中国が影響力を高める結果、国連設立時からのこのような基本理念が徐々に浸食されてしまうのではという懸念が生じている[19]。
 中国が国連中心の国際秩序を支持するという場合、それは、本来の国連の理念そのものを理解し共感した上での支持というよりも、むしろ、途上国が多数を占める国連の構成を自国に有利に利用しようとしているにすぎないものと考えられる。たしかに、痛みをともなう政治改革を行わずに短期間に経済成長を遂げた中国式発展モデルは、権威主義体制の多くの途上国には魅力的に映るであろう。しかし、中国経済の発展は中国独特の要因、背景によって可能になった側面もあり、他の途上国が簡単にまねのできるものでもない。中国の提示する「新型国際関係」や「人類運命共同体」は曖昧な概念で、現時点では、非欧米の途上国からの積極的、かつ広範な共感を得るに至ってはいない[20]。むしろ、その巨大な経済力こそが途上国からの支持を得る原動力となっているといえよう。先に述べた国際言論空間における中国式言説の強化についても、本来のパブリック・ディプロマシーが目指す、相手国の国民、ひいては国際社会の共感は得られていない[21]。

5.おわりに

 中国の政策決定者の間で、今日自国を取り巻く国際環境とこれに対する中国の対外戦略についてどのような見方、分析がなされているのか、外から本音を窺い知ることは難しい。中国から見れば、米国の国力が長期的には低下しつつあるという認識に加えて、トランプ政権で顕在化した民主主義の混乱と、その対比における自国の体制に対する一定の自信もあろう。一方で、バイデン政権の対中政策が、前政権の厳しい姿勢を引き継いだのみならず、予想以上に、早く、活発に同盟国、友好国との間で協調的、包括的な政策を形作ろうとしていることに対する焦りもあると考えられる。そうした状況の下、中国はイデオロギー面での対抗姿勢まで高めて、正面から米国に立ち向かおうとしているようにも見える。しかし、このような政策が自国の国益にかなうという冷静な分析と判断が、中国の外交責任者の間でなされているのであろうか。
 これまでも中国は、国際環境が変化し、あるいは外交が行き詰まった際に、表面上、強気の言葉や姿勢は保ちつつも、現実の行動においては静かに巧みに方向転換を行うことがしばしばあり、国益を合理的に追求するリアリストの顔を見せることがあった。しかし、今日の中国については、ますます国内要因から来る束縛が強くなり、柔軟な外交を展開しにくくなっている可能性も考えられる。習近平はこれまでも、香港、新疆など自国の主権に関わると見なす問題については強気の姿勢を崩さなかった。加えて、今年7月の共産党創立100周年、来年秋には第二十回共産党大会を迎える今後の国内の政治日程において、習自身が対外的な譲歩を行うことがより難しくなると考えられるのである。
 また、習近平が強い権力を固め、その名のもとに党主導の外交を推し進めた結果、外交当局自体がそれに制約されるのみならず、迎合姿勢を強めていることも考えられる。イデオロギーを重視し、外交の現場に疎い党サイドが外交当局への介入を強めれば、外交活動の感度が低下し、現場から党中央への報告などにも影響を与える。すなわち、習近平への「耳の痛い」報告は届きにくくなり、中国を取り巻く国際環境と自身の認識にますます大きな乖離が生じることになる。さらに、これまで習近平政権が民衆からの支持獲得のために育んできた国内のナショナリズムが高まりすぎ、逆に外交の手足が縛られる状況が生じていることも考えられる。アンカレッジ会談においても、楊潔篪の発言は国内の一般大衆に歓迎される一方で、結果として、今後中国が柔軟な対米外交を展開するためのハードルを上げてしまった側面もある。ある日気がついたら、もはや後戻りできなくなっていたというのは、歴史上の外交の失敗にまま見られることである。

(脱稿日 2021年5月10日)

1 「国務委員兼外交部長王毅就中国外交政策和対外関係回答中外記者提問(2021-03-07)」中国外交部ホームページ。 [https://www.fmprc.gov.cn/web/wjbz_673089/zyhd_673091/t1859110.shtml]

2 “China’s National People’s Congress: Eye rolls and tame questions,” BBC NEWS, March 13, 2018. [https://www.bbc.com/news/blogs-china-blog-43382141]

3 Wang Jisi, “The Views from China”, Foreign Affairs 97:4, 2018, p.184.

4 上記2021年全人代記者会見での人民日報記者の質問への回答。

5 同上、中国広播電視台中国国際電視台(CGTN)記者の質問への回答。

6 同上、新華社記者の質問への回答。

7 「米中外交トップ冒頭発言要旨」『日経新聞』2021年3月20日。 [https://www.nikkei.com/article/DGKKZO70169690Z10C21A3FF8000/]

8 上記2021年王毅全人代内外記者会見、シンガポール聯合早報記者の質問への回答。

9 同上、ロシア・タス通信記者の質問への回答。

10 同上、エジプト中東通信(MENA)記者の質問への回答。

11 「王毅同美国対外関係委員会視頻交流(2021-04-24)」中国外交部ホームページ。 [https://www.fmprc.gov.cn/web/wjbz_673089/zyhd_673091/t1871233.shtml]

12 胡錦濤政権のブレーンとして「平和発展」を提唱した鄭必堅による対外的説明として、Zheng Bijian “China’s Peaceful Rise to Great Power,” Foreign Affairs, September/October 2005. [https://www.foreignaffairs.com/articles/asia/2005-09-01/chinas-peaceful-rise-great-power-status]

13 Huiyun Feng, Hai He, Xiaojun Li, How China Sees the World: Insights from China’s International Relations Scholars, Palgrave Macmillan, Singapore, 2019, pp.21- 40.

14 英シンクタンクにおける講演。Fu Ying, “China and the Future of International Order,” CHATHAM HOUSE, The Royal Institute of International Affairs, July 6, 2016.

15 同上。

16 「国連の目的と原則」国際連合広報センター [https://www.unic.or.jp/info/un/charter/purposes_principles/]

17 Permanent Mission of the Federal Republic of Germany to the United Nations, “Statement by Ambassador Christoph Heusgen on behalf of 39 Countries in the Third Committee General Debate, October 6, 2020”. [https://new-york-un.diplo.de/un-en/news-corner/201006-heusgen-china/2402648]

18 Permanent Mission of the People’s Republic of China to the United Nations Office at Geneva and Other International Organizations in Switzerland, “Foreign Ministry Spokesperson Hua Chunying’s Remarks on Friendly Countries’ Joint Statements in Support of China at the Third Committee of the UN General Assembly,” October 10, 2020”. [http://www.china-un.ch/eng/zgyw/t1822255.htm]

19 Jeffery Feltman, “China’s expanding influence at the United Nations – and how the United States should react,” September, 2020, Brookings Institution [https://www.brookings.edu/research/chinas-expanding-influence-at-the-united-nations-and-how-the-united-states-should-react/]

20 たとえば東南アジア諸国を対象にした調査では、中国への信頼感は米国と較べ全般に低く、日本への信頼が高い傾向がある。ASEAN Studies Center, ISEAS - Yusof-Ishak Institute, The State of East Asia:2021 Survey Report, February 2021. [https://www.iseas.edu.sg/frontpage-publications/the-state-of-southeast-asia-2021-survey-report-2/]

21 中国外交においてもパブリック・ディプロマシー(中国語では「公共外交」)が強調されることもあったが、そこでは、パブリック・ディプロマシーが本来目的とする相手国や国際社会からの共感の獲得みならず、国内世論の理解を得ることに特色がある。

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