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第34回 2021/05/24

党創設100周年 習近平の目に映るこの世界

諏訪 一幸 (静岡県立大学国際関係学部教授)

はじめに

 7月1日、中国共産党は党創設100周年を迎える。中国共産党員、とりわけ習近平指導部は今どのような心持ち、或いは内外情勢認識でこの日を迎えようとしているのだろうか。
 米中対立が深まる中、日本や欧米のメディアは、新疆ウイグル自治区での人権侵害や香港における自由の抑圧を理由に、中国を取り巻く「厳しい現実」を強調する。しかし中国では、党の宣伝部門がいつもながらの「素晴らしい局面」を大々的にアピールしている。
 「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想を深く学習し、貫徹しよう」。自らの名を冠した賛辞を耳にできた中国共産党の歴代指導者は、毛沢東しかいなかった。あの鄧小平ですら、生前に「鄧小平理論」を耳にすることはなかった。国内視察の時、動員された人々の中に涙する人民を目にする習近平。こうした演出の中、最高指導者はすでに裸の王様と化しているようにも見える。しかし、現時点でコロナ禍の克服に最も近いところにいる国と地域の一つが中国(2020年9月8日、習近平が事実上、コロナ終息を宣言)であることを同国の大衆は知っており、多くがそうした祖国と指導者を誇らしく思っている[1]。指導部と大衆は共鳴関係にあり、我々(主に西側先進国とその国民)がその強硬さを批判する内外政策も、実はかなりの程度、大衆の支持を得ている。「すごいぞ、わが国」[2]。
 指導者習近平の耳には、トランプ政権下でのペンス副大統領演説(2019年10月24日)やポンペオ国務長官演説(2020年7月23日)は、それまでの対中関与政策の失敗を認めた「敗北宣言」と聞こえたに違いない。また、米国などの反発にもかかわらず、国家安全維持法の施行(2020年6月30日)で、香港には「内地並みの安定」がもたらされた。「我々の正しさは証明された」のである。
 首脳会談などを経て、日米両国の当面の対中姿勢が明確になった今、習近平指導部は今後どのような対外認識で外交を展開しようとしているのか。本論考では、日米中の国家指導者と外交トップの言動、それに対する外交部報道官の発言などから考察してみたい。

1.あふれる自信

 外交は内政の延長である。習近平時代の中国外交を俯瞰すると、今更ながらこの言葉の妥当性に気付く。
 指導者習近平の究極の政策目標は中国共産党指導体制の半永久化であり、その実現のための自らへの権力集中である。中央政治局委員には総書記に対して書面での活動報告を毎年行うことが義務付けられ、党中央の各種会議の議題は総書記のみが決定できるとする党内規定がつくられた[3]。これこそが彼の目指す「安定」に他ならない。そして、経済力と軍事力を両輪とする物理的パワーにより、欧米の価値観ではなく中国の価値観による世界秩序の再構築を実現する。「社会主義」の実態は大きく変わったものの、中国共産党が依然として唯物史観を主張する以上、人類の発展プロセスに対するこうした信念は当然であろう。「総書記ポストについてからの8年半で、中国はこれまでの歴史のどの時代よりも世界の中心に近づいてきた」。これが彼の現状認識であろう。
 この「自信」は、以下のような政策と宣伝、そして実績によって支えられている。
 指導部は、共産党の領導[4]を柱とする「優れた制度」(「制度優勢」)をとりわけ喧伝している。党は2019年10月末の19期4中全会で、「中国の特色ある社会主義制度を堅持改善し、国家ガバナンス体系とガバナンス能力の現代化を進めることに関する若干の重要問題についての決定」を採択したが、決定の核心をなすのは「現体制への自信とその断固たる堅持」である。この決定は、2017年11月20日に開催された第19期中央全面深化改革領導小組第一回会議での以下の習近平発言に肉付けされたものだ。「何を改革し、どこまで改革するかにかかわらず、改革に対する党の集中的統一領導堅持の方針は変えてはならず、中国の特色ある社会主義制度を改善発展させ、国家ガバナンス体系とガバナンス能力の現代化を推進するという全体目標を変えてはならず、人民を中心とする改革価値観の堅持という方針を変えてはならない」[5]。
 一方で、まさにコロナ禍の影響もあり、「2020年までに、GDPと都市農村住民一人当たりの平均収入を2010年比でそれぞれ倍増する」(2012年11月8日、第18回党全国代表大会開幕式での胡錦濤報告)目標は実現できなかった。習近平指導部はこのマニフェスト不履行に言及することは一切ないが、その代わりに強調されるのが貧困撲滅実現の「奇跡」である。今年2月25日に開催された全国貧困脱出戦総括表彰大会で、習近平は次のように誇らしく宣言した。「本日、我々は大々的に大会を開催し、全党全国各族人民の共同努力により、中国共産党創設100周年を迎える重要な時に、我々は貧困脱出戦で全面的勝利を収め、(中略)歴史に再び新たなページを刻むというこの世の奇跡を創りあげたことを厳かに宣言する!」[6]。近頃の中国メディアには、共産党指導によってもたらされた奇跡を強調する傾向がうかがえる。
 こうした国内での成功神話の外交分野への反映が「東昇西降」(東(中国)の力が上がり、西(米国)の力が下がる)の一言に凝縮されている。東西冷戦下の1957年、毛沢東が口にした「東風圧倒西風」(東風が西風を圧倒する)の習近平バージョンとでも言うべきか。「東昇西降」の認識は2014年頃から散見されるようになったが[7]、習近平自身は2019年10月に開催された19期5中全会でのスピーチや、省長部長級幹部を前にした今年1月のスピーチで、「『西強東弱』は歴史だが、『東昇西降』は未来である」などと述べたとされる[8]。米中対立が深まる中、自らを鼓舞するかのような習近平のこうした対外認識は、例えば、王毅外交部長の精力的な外国訪問によって具体的な形として打ち出されている。2021年を迎えるや、同部長はアフリカ5か国(ナイジェリア、コンゴ、ボツワナ、タンザニア、セーシェル。1月4日~9日)とASEAN4か国(ミャンマー、インドネシア、ブルネイ、フィリピン。同11日~16日)を立て続けに歴訪。「人類運命共同体」、「一帯一路」、「多国間主義」といった「習近平外交思想」のエッセンスを強調し、ワクチン外交を展開したのである[9]。
 党創設100周年を前にした「素晴らしい」内外情勢の下、1月20日、対立の渦中にある米国に民主党のバイデン政権が誕生した。同大統領が各国首脳との電話会談を重ねる中で、米中会談がなかなか実現しなかったことを習近平は快く思っていなかったであろう。しかし、バイデンとの初の電話会談がセットされた2月11日は、中国の大晦日にあたった。米中首脳会談の実施が中国暦元旦のトップニュースになるという点で、習近平は対内的に威信を高める演出に成功したのである。国営新華社をはじめとする中国メディアは、「バイデン氏が中国人民に新年のお祝いを述べた」と、米中関係改善に向けた両首脳の協調ぶりを大いにアピールした。もっとも、友好的な雰囲気の中でも、習近平は「台湾、香港、新疆などに関する問題は中国の内政であり、中国の主権と領土保全に関するものである。米国側は中国の核心的利益を尊重し、慎重に行動すべきである」と釘を刺すことも忘れなかった[10]。

2.秋波拒否に反発

 3月に入ると、米新政権の対中姿勢が明確になる。しかし、それは習近平指導部の期待を裏切るものだった。本節以下では、バイデン政権の対外姿勢が明確になり始めた3月から4月にかけての中国側の対応や反応を、対米国、対日米同盟、そして対日本に分けて、考察する。
 3日、バイデン大統領は包括的な国家安全保障戦略策定に向けた暫定指針を発表し、ブリンケン国務長官は外交政策演説を行う。その中で、大統領は中国を国際システムに持続的に挑戦する能力がある「唯一の競争相手」と位置付け、国務長官は中国が「最大の地政学上の課題」とした。さらに、暫定指針は米軍配備の重点をインド太平洋と欧州に置き、同盟強化の対象として北大西洋条約機構(NATO)と日韓豪の三カ国を挙げた[11]。
 米国のこうした姿勢に対する中国側の当初の反応は、警戒心を示しつつも、総じて穏当なものだった。4日の外交部定例記者会見でブリンケン演説についてコメントを求められた報道官は、次のように従来からの対米方針を確認した。まず、国際秩序について、「覇権主義」と「冷戦思考」を批判する立場から、「中国が一貫して断固擁護するのは国連を核心とする国際体系と国際法を基礎とする国際秩序であり、特定の国が自らの覇権を維持するために定義した国際秩序ではない。グローバル化の時代においては、イデオロギーで線引きし、徒党を組んで特定国家を対象とした『小グループ』をつくることでは人心を得られず、出口はない」とした。次に、米中関係については、「双方が相互尊重、平等対応の方針を堅持しさえすれば、中米は相違を緩和し、コントロールできる方法を探し出すことができ、ウインウインを実現できる」と、良好な関係構築への期待を表明する。ただし、「新疆問題、香港問題、経済貿易問題」については「国家の主権、安全、発展がもたらす利益」に直結するとして、これらに関する従来からの立場を「引き続き断固維持する」としたのである[12]。
 しかし、18日と19日の両日、米アラスカで行われた米中外交トップ(米国側:ブリンケン国務長官、サリバン大統領補佐官。中国側:楊潔篪中央外事工作委員会弁公室主任、王毅外交部長)による初の会談は、険悪な雰囲気の中で始まった。それは、この会談に至るまでのブリンケン国務長官の一連の外交活動(次節参照)を通じ、米新政権の対中対決姿勢がより鮮明化したことによる。
 中国側の発言は対米非難に終始しているが、その対象は国際秩序観(「世界の圧倒的多数の国は米国の価値観が国際価値観だとは認識していない」)、紛争解決手段(「米国は何かにつけて武力に訴える」)、人権と民主(「米国こそ、国内に人権など多くの問題を抱えている」)、そして、内政干渉(「中国は、米国が台湾、香港、新疆といった内政問題への干渉行為に断固反対する」)の4点に集約できる[13]。もっとも、中国側は、強烈な批判を浴びせたにもかかわらず、今回の会談が「誠実、建設的、かつ有益で、相互理解増進に利益をもたらした」としている[14]。このことは、欧米の価値観に基づく既存の国際秩序やルールからも一定の利益が得られると中国が認識しており、したがって、米中関係を決定的な対立関係に陥れたくないと判断していることを意味する。また、感情的な中国側の反発は、習近平批判ともとれる米国側の発言を受けての、国内に向けた一種のパフォーマンスでもあった。
 4月17日の『人民日報』は、「米国による国際ルール破壊事例」と題する対米批判記事を掲載した[15]。この記事は現時点において、米国外交に対する最もまとまった批判だと言えよう。中国は多くの事例をあげつつ、「内政干渉」、「国際ルール無視」、「一方的制裁」、「アメリカ第一主義」、そして「人権問題でのダブルスタンダード」という観点から米国を批判しているが、その多くはトランプ前政権に対するものとなっている。バイデン政権誕生間もないということもあり、同政権に対する直接的批判でないところに、中国側の配慮がうかがわれた。

3.対米統一戦線の強化へ

 3月3日の対中方針表明を終えると、バイデン、ブリンケンの両氏は直ちにその具体化に向けて走り出す。バイデン大統領はQuad(日米豪印)首脳会議(3月12日。オンライン)に出席し、ブリンケン国務長官は東京(16日、外務、防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(「日米2+2」)出席)、ソウル(18日、「米韓2+2」出席)、ブリュッセル(23日、NATO外相理事会出席)を訪問する。また、同長官は「香港の選挙制度の変更に関するG7外相声明」発表(13日)をリードした。
 米側の一連の動きは、その動きが迅速であればあるほど、そして、メッセージが強硬であればあるほど、習近平指導部の「強国中国」政策の成功を意味した。なぜなら、こうした対応は、中国を「専制主義」と批判するバイデン政権の焦りを表しているからだ。しかし、中国は一方で、同盟国や友好国との関係強化を図る米国側の新たな政策への対抗策を迫られることとなった。対米統一戦線の強化である。
 かねてから周到に準備されていたのであろう。ブリンケンのカウンターパートである王毅外交部長による反撃が直ちに始まる。
 この幕は、中国が「史上最良の関係にある」とするロシアのラブロフ外相訪中で切って落とされた。3月22日と23日の両日、景勝地桂林で開催された会談で、王毅は「少数の国が言ういわゆる『ルールを基礎とする国際秩序』の意味ははっきりしない。そこで表明されているのは少数の国の規則に過ぎず、国際社会の意志を代表していない」と[16]、米国を念頭に批判した。さらに、米国をはじめとする先進国が「ジェノサイドが行われている」と批判する新疆での人権問題についても、「80余りの国々が共同或いは単独の発言で、新疆問題に関する中国の正当な立場を声援、支持している」と、数の有利という切り口で、米国の主張に反駁を加えた[17]。
 中露外相会談の翌24日から30日まで、王毅は、近年米国の影響力衰退が顕著な中東地域(サウジアラビア、トルコ、イラン、アラブ首長国連邦、バーレーン、オマーン)を訪問し、中国の支持を訴えた。訪問終了後のインタビューで、王毅は「大国による内政干渉」を次のように批判した。「中国は、(中東)地域の国々が大国による地政学的争奪の影から脱し、まさに当事者として、域内の矛盾と相違の緩和に努力し、関係国の合理的関心を網羅した安全保障の枠組み構築を支持する……我々は、イデオロギーの押し付けに抵抗し、人権の旗を掲げ、他国の内政に干渉することに反対すべきとの点で一致した」[18]。
 さらに翌31日から4月3日にかけて、王毅は中国南部福建省にシンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、そして韓国の外相を招き、それぞれ会談を行った。「周辺五か国」外相の接遇を終えての総括インタビューで、王毅は次のように、名指しで対米批判を展開した。「米国側は対中関係について競争、協力、対抗といういくつかの主張を繰り返しているが、中国側の立場は一貫しており、明確である」としたうえで、「協力は歓迎」、「競争は回避せず」、「対抗には泰然自若と対峙」との方針を示し、「中国内政への粗暴な干渉」と「違法な一方的制裁」に断固反対したのである[19]。
 単純な「線引き」は慎まねばならないが、中国が進める影響圏拡大強化の主たる対象がロシア、中東、ASEAN、そして韓国にあることが浮き上がる。また、毎年恒例の年初の外交部長訪問先であるアフリカ(前述)や中東欧(2月9日、習近平はオンライン方式での中国・中東欧サミットを主催)もそうした対象に含まれよう[20]。

4.日米同盟への反撃

 バイデン政権は、「唯一の競争相手」とする中国との外交戦を有利に展開すべく、日本との同盟関係強化に着手した。
 3月16日、日米両国政府は東京で日米「2+2」を開催。日米四閣僚は総論として、「中国による、既存の国際秩序と合致しない行動は、日米同盟及び国際社会に対する政治的、経済的、軍事的及び技術的な課題を提起しているとの認識で一致した。また、ルールに基づく国際体制を損なう、地域の他者に対する威圧や安定を損なう行動に反対することを確認した」と、中国を名指し批判した。また、各論では東シナ海、南シナ海、台湾海峡、香港、ウイグルなど、中国が「核心的利益」などと位置付け、激しく反発することが予想される問題についても、懸念や反対を表明した[21]。
 予想通り、外交部報道官は翌17日の定例記者会見で、両国に対し、以下のように不満を表明している。総論部分では、「米日共同声明は中国の対外政策に対する悪意に満ちた攻撃であり、中国の内政に著しく干渉し、中国側の利益を傷つけようと妄想するもので、中国側は強烈に不満であり、断固反対する……米日両国に、一方的に国際体系を定義する資格はなく、ましてや、自身の基準を他人に押し付ける資格などない」と批判する。さらに、日米同盟については、「米日両国は冷戦思考に固執し、集団的対抗措置をとるという下心を持ち、反中『包囲網』を構築しようとしているが、これは時代の潮流に完全に逆行するものであり、平和を求め、発展を望み、協力を促進するという、地域と世界の絶対的多数の国々の共通の期待に背くものである」などとした[22]。
 それからちょうど一か月後の4月16日、今度は菅総理とバイデン大統領による初の日米首脳会談がワシントンで開催され、共同声明「新たな時代における日米グローバル・パートナーシップ」が発表された。そこでは総じて厳しい対中姿勢がうかがわれたが、同時に、いたずらに中国を刺激しない配慮も示された。例えば、台湾問題について、先の「2+2」同様、中国の立場からは許しがたい内政干渉と映る「台湾」の表現を避け、「台湾海峡」という言葉を使った。そしてそれに加え、「両岸問題の平和的解決を促す」ことが表明された。また、香港と新疆での人権問題については「中国との率直な対話の重要性」が表明された。
 「2+2」以降の日米両国の対中姿勢にさらなる強硬さが見て取れないと判断したからか、中国側の反発も想定内にとどまったと言えよう。まず、在米中国大使館報道官が以下のような談話を発表する。「米日の主張は二国間関係の正常な発展という範囲をすでに完全に超えており、第三者の利益を損ない、地域国家の相互理解と信頼を損ない、アジア太平洋の平和と安定を損なっている。両国は明らかにアジア太平洋地域を分裂させ、他国を対象とした『小グループ』をつくろうとしているのに、『自由で開かれた』と称しているのはこの上ない皮肉である。時代の逆行を目論み、地域国家の民心に背く米日の行いは、他者を傷つけることを目的とするもので、必ずや自らを傷つける結果に終わるであろう」[23]。さらに、外交部報道官も、以下のような談話を出した。「我々は、米日両国が中国側の関心に厳粛に対応し、一つの中国原則を守り、中国に対する内政干渉を直ちにやめ、中国の利益を損なう行為を直ちにやめるよう求める。中国側はあらゆる必要な措置を取り、国家主権、安全、発展がもたらす利益を断固守るであろう」[24]。日米同盟という枠組みに対する中国の最大の懸念が台湾問題にあることがわかる。
 バイデン大統領が初の対面会談の相手として菅総理を選び、日本「重視」の姿勢を示したことは、当然のことながら、それに見合った「対価」の支払い要求、すなわち、より厳しい対中政策を打ち出すことへの期待表明でもあった。

5.「属国日本」への圧力による日米離間の試み

 尖閣「国有化」問題で国交正常化以降最悪の状況にあった日中関係は、2014年11月の北京APEC以降、改善基調にあった。それは、中国としては、主として経済発展上の必要性によるものであり、また、トランプ政権誕生以降は、同政権との戦いを有利に進めるためのものだった。しかし、「民主主義対専制主義」の旗を掲げ、同盟関係を重視するバイデン政権と日本との関係強化が明確になるにつれ、中国側の対日警戒心は高まり、改善の流れに微妙な、しかし確実な変化が生じ始めた。日本がバイデン政権の対中政策の最前線に位置づけられたことで、日中関係は現在、大きな調整期に入っている。
 この間、日中間の懸案に対する日本政府要人の発言が相次いだ。最大の懸案である尖閣諸島や東シナ海、さらに南シナ海をめぐる中国側の姿勢について、菅総理は「一方的な現状変更の試みに強く反対」し(3月12日、Quad首脳会議)、茂木外相は「深刻な懸念」を表明した(4月5日、日中外相電話会談)。海警法については、菅総理、茂木外相ともに「深刻な懸念」を表明している。また、香港情勢について、菅総理は「重大な懸念を強めている」とし、茂木外相は「深刻な懸念」を表明し、新疆の人権状況についても、菅総理、茂木外相ともに「深刻な懸念」を表明した。
 中国側は当然のことながらこれらに対する反論を展開しているが、そうした発言からは中国側の強い苛立ちが伝わってくる。
 例えば、茂木外相との電話会談で王毅外交部長は、「中国側は、日本が独立自主国家として、客観的かつ理性的に中国の発展に向き合い、中国に対して偏見をもつ一部の国に『のせられない』よう希望する。日米には同盟関係があるが、中日も平和友好条約を締結しており、日本には日米同様、条約を履行する義務がある」と述べている[25]。ちなみに、それに先立つ3月17日、外交部報道官は、より厳しい表現で日本を批判していた。「日本は、中国の復興を阻止したいという己の利益を満足させるため、他人のご機嫌取りに甘んじ、米国の戦略的属国になりさがり、惜しむことなく信義を放棄し、中日関係を破壊し、オオカミを部屋に引き入れ、地域の全体的利益を売り渡した。こうしたやり方は人々に無視され、人心を得ることができない」(下線部筆者)[26]。さらに、4月16日の日米首脳会談を受け、在日中国大使館報道官は記者の質問に答える形で、次のように述べている。「近頃、日本側は中国に関する問題で次々と消極的行動をとっており、双方の政治的相互信頼を著しく損ない、関係発展のための双方の努力を妨害している。我々は、中日間の4つの政治文書の原則と関連する約束を守り、中日関係が混乱せず、停滞せず、後退しないことを確保し、大国間の対立に巻き込まれないよう、日本側に忠告する」(下線部筆者)[27]。
 こうした流れの中で、新たな懸案としてにわかに浮上してきたのが原発汚染処理水排出問題である。日本政府が東京電力福島第一原発の処理水を海洋放出する処分方針を決定したことに対し、外交部報道官は4月13日、「日本側が、安全措置を十分とっていない状況で、国内外の疑問や反対を顧みず、周辺国家、国際社会と十分協議することなく、海洋放出方法で処理することを一方的に決めたことは、極めて無責任なやり方であり、国際公共衛生安全と周辺国家と人民の切実な利益を著しく損なうであろう」と強く批判したのである[28]。その後、「戦狼外交官」として知られるこの報道官は4月26日、葛飾北斎の浮世絵「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を改ざんした挿絵(富士山を原発に描き換え。防護服を着た人物が船からバケツで処理水と思しき液体を海に流す。背景にはそれによって死者が出ることを暗示させる十字架)を自らのツイッタートップに固定し、「北斎が生きていたなら非常に心配しているだろう」との一節とともに、日本を揶揄したのである[29]。
 日米の離間という目的のために、前のめりになりすぎたということなのだろうか。国家間関係の発展に腐心すべき立場にある人物のこうした心ない対応(同報道官によると、これは「中国の公的スタンス」)に心を痛めた日本側関係者は少なくなかろう。

おわりに

 中国は世界第二の経済大国であり、中国共産党は唯物史観を掲げる前衛政党だ。したがって、今ある国際秩序は、やがては大国中国が領導する社会主義的価値観、歴史観に基づく秩序にとって代わられねばならない。しかし、現在は価値観の異なる米国の国力が勝っており、既存の国際秩序から得られるメリットも無視できない。また、来るべき「中国の時代」を迎えるための時間稼ぎもできる。ここに対米関係改善の必要性がある。
 米中両国は4月15日と16日の両日、気候変動問題担当特使による協議を上海で開催し、「気候危機に対応するための米中共同声明」を発表した[30]。これは、ワシントンで同時並行的に行われた日米首脳会談で示された「民心に背く行い」にもかかわらず、米国との決定的対立は避け、協力できる分野では協力するという、中国の外交方針を象徴している。米中関係改善に大きく舵を切るきっかけとなった「ピンポン外交」50周年を記念する論評の中で、楊潔篪主任が「中米による平和共存と協力ウインウインの実現を目指すべきであり、またこれは完全に可能である」としていることも[31]、そうした文脈から理解できよう。
 党創設100年、そして来年の冬季北京五輪開催に向け、中国の「自信に満ちた」対外姿勢はより強化されるだろう。中国は「権威主義、消費主義、グローバルな野心、テクノロジーの集合体で形作られる多面的でダイナミック」なパワーを武器に[32]、習近平が敷いた既定路線を迷うことなく歩み続けるに違いない。
 米国の対中外交に占める重要性が高まった日本に対し、中国はこれからも揺さぶりをかけてくるだろう。対コロナ戦勝利の見通しが立たない日本ではある。しかし、新たな対中外交構築は待ったなしの課題だ。中国の強硬姿勢には民主主義的価値観、経済面や安全保障面での利益を同じくする国や地域との協力関係強化でしっかり対峙する。そして、これと並行して、気候変動問題での共同取り組みや、第三国市場での相互補完的協力関係構築を進めるなどして協働領域を拡大する。対峙と協働を通じた相互作用の積み重ねに、日中関係の新たな地平を展望したい。

(脱稿日 2021年5月16日)

1 感染発生直後の対応の遅れとパンデミックをもたらした責任についてはここでは論じない。

2 原題「厲害了、我的国」は2018年3月に中国で上映された、習近平政権を称賛する国策のドキュメンタリー映画。

3 「中央政治局全体同志要毎年向党中央和総書記書面述職」[http://news.cjn.cn/gnxw/201710/t3096180.htm]、「中共中央印発《中国共産党中央委員会工作条例》」[https://baike.baidu.com/reference/53915177/7d97DOCLOg48tmAEZGQ213TYlR3kziwk3f0cj8JsT_DxkWyVd6c1jDFGbtuEOVmVMRSGQ2E2YQX57A8sCzMmVGG7EPkBZm3G2X7vOkixu7nbrhOyk1z6](いずれも2021年5月15日最終アクセス)。

4 「領導」とは、前衛政党である中国共産党特有の言い回しで、「特定の政策目標実現のため、人民や非共産党組織などを力強く牽引する」の意。

5 「学習習近平総書記在十九届中央深改組第一次会議重要講話」[https://www.chinanews.com/gn/2017/11-21/8382230.shtml](2021年4月30日最終アクセス)。

6 「在全国脱貧攻堅総結表彰大会上的講話」『人民日報』2021年2月26日。なお、「貧困脱出が実現した」のは、その対象が全国ではなく農村に限定され、さらに個人ではなく地域単位となっていることに大きくよる。「中共中央政治局常務委員会招開会議 聴取脱貧攻堅総結評估匯報 中共中央総書記習近平主持会議」『人民日報』2020年12月4日。

7 「書評:国際格局“東昇西降”的時代」[https://opinion.huanqiu.com/article/9CaKrnJEJMP](2021年5月4日最終アクセス)。

8 「陳一新伝達研討班精神:“東昇西降”是趨勢 発展態勢対我有利」[http://finance.sina.com.cn/china/2021-01-15/doc-ikftssan6460145.shtml]、「楊威:県委書記洩漏習近平反美談話内容」[https://www.epochtimes.com/b5/21/3/5/n12792892.htm](いずれも2021年4月30日最終アクセス)。

9 「携手鋳就更加緊密的中非命運共同体」『人民日報』2021年1月11日、「合力推進周辺団結抗疫、発展合作新篇章」同18日。

10 「習近平同美国総統拝登通電話」『人民日報』2021年2月12日。

11 RENEWING AMERICA’S ADVANTAGES Interim National Security Strategic Guidance [https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2021/03/NSC-1v2.pdf],A Foreign Policy for the American People [https://www.state.gov/a-foreign-policy-for-the-american-people](いずれも2021年4月20日最終アクセス)。

12 「2021年3月4日外交部発言人汪文斌主持例行記者会」[https://www.fmprc.gov.cn/web/fyrbt_673021/jzhsl_673025/t1858527.shtml](2021年3月10日最終アクセス)。

13 「楊潔篪在中美高層戦略対話開場白中闡明中方有関立場」『人民日報』2021年3月20日。

14 「中方談中美高層戦略対話」『人民日報』2021年3月21日。

15 「美国破壊国際規則事例」『人民日報』2021年4月17日。

16 「王毅同俄羅斯外長拉夫羅夫挙行会談」[https://www.fmprc.gov.cn/web/wjbzhd/t1863351.shtml](2021年5月1日最終アクセス)。

17 「王毅:編個故事、造個謊言就能肆意干渉中国内政的時代早已一去復返了」[https://www.fmprc.gov.cn/web/wjbzhd/t1863291.shtml](2021年5月2日最終アクセス)。

18 「中国是中東国家長期可靠的戦略伙伴」[https://www.fmprc.gov.cn/web/wjbzhd/t1865544.shtml](2021年4月22日最終アクセス)。

19 「王毅国務委員兼外長接待周辺五国外長訪華后接受媒体採訪」[https://www.fmprc.gov.cn/web/wjbzhd/t1866842.shtml](2021年4月28日最終アクセス)。

20 米中双方との外相会談を行った韓国、NATOと中国・中東欧サミットの双方に属する15か国(ボスニア・ヘルツェゴビナとセルビアはNATO非加盟)は、今後米中双方に対し、より難しい対応が迫られよう。なお、中国・中東欧関係にみられる最近の変化については『日本経済新聞』2021年2月11日参照。また、菅総理が昨年10月に訪問したベトナムとインドネシア(インドネシアについては今年3月末、日本との間で「2+2」開催)が加わるASEANも日米中の間での綱引き対象である。

21 「日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)」[https://www.mofa.go.jp/mofaj/na/st/page1_000942.html](2021年4月29日最終アクセス)。

22 「2021年3月17日外交部発言人趙立堅主持例行記者会」[https://www.fmprc.gov.cn/web/fyrbt_673021/jzhsl_673025/t1861952.shtml](2021年3月20日最終アクセス)。

23 「駐美使館発言人就美日領導人聯合声明渉華内容答記者問」[http://www.china-embassy.org/chn/zmgx/t1869603.htm](2021年4月19日最終アクセス)。

24 「外交部発言人就美日領導人聯合声明渉華消極内容答記者問」[https://www.fmprc.gov.cn/web/fyrbt_673021/t1869624.shtml](2021年4月20日最終アクセス)。

25 「王毅同日本外相茂木敏充通電話」『人民日報』2021年4月6日。

26 前出、「2021年3月17日外交部発言人趙立堅主持例行記者会」。

27 前出、[http://www.china-embassy.or.jp/chn/sgxxs/t1869618.htm]。

28 「2021年4月13日外交部発言人趙立堅主持例行記者会」[https://www.fmprc.gov.cn/web/fyrbt_673021/jzhsl_673025/t1868614.shtml](2021年4月18日最終アクセス)。

29 「処理水放出 皮肉るツイート」『朝日新聞』2021年4月28日。

30 『人民日報』2021年4月19日。その後、バイデン大統領主催の気候変動会議(4月22日、オンライン)に習近平国家主席が参加。

31 「以史鑑今、面向未来、把握中米関係正確方向」『人民日報』2021年4月29日。

32 ラナ・ミッター「中国が望む世界-そのパワーと野心を検証する」『フォーリン・アフェアーズ・リポート』2021,NO.1、pp58-71。

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