論考シリーズ ※無断転載禁止
SPF China Observer
ホームへ第27回 2020/04/30
新型コロナウイルスへの中国政府官僚機構の対応
——2020年1月20-4月23日公表政策文書の整理——
コロナ危機への官僚機構の対応
新型コロナウイルスは、すでにグローバルな危機をもたらした。大恐慌期が比較対象となるような危機をもたらしたという意味で、世界史をすら変えつつある。中国に与えた影響も甚大で、「改革開放期」といったこれまで慣れ親しんできた時期区分も、2020年以降にはもはや通用しない可能性がある。
過去持続してきた中国経済の成長軌道が今後続くのかは、予断を許さない。経済への影響に限ってみても、2020年3月に発表された同年1-2月の経済指標はショッキングであった[1]。4月に発表された2020年第一四半期の成長率はマイナス6.8%となり、改革開放期以降には経験の無い事態となっている[2]。一方で、3月以降の経済復旧も進み、各指標の改善がみられるものの、第二波の感染拡大の可能性が否定できないことや、第二四半期に欧州、米国経済が大幅なマイナス成長となることが見込まれる中で、先行きを見通すことは困難だ[3]。3月末に発表された世界銀行の報告書での予測でも、2020年の中国経済の成長率はベースラインで2.3%、より深刻な低位シナリオでは0.1%となる予想が示された[4]。4月23日に実施された世界銀行のオンラインセミナーでは、同東アジア太平洋地域チーフエコノミストのAaditya Mattoo氏が、低位シナリオの可能性が高まっていると指摘した[5]。
中国政府の対応を巡っては、その脆弱性と強靭性をどう評価するか、議論が分かれている。1月前半までの初動の遅れが指摘された一方で、1月23日以降には都市封鎖を含む強力な政策執行へと舵を切った。主たる感染流行地域が中国国内でとどまっていた段階では、新型コロナウイルスの流行は中国の政治体制の脆弱性を示しているとの見方も目立った[6]。しかしながら、その後の封鎖的管理によるウイルス封じ込めによって、新規感染者が抑制されることで、2月後半以降には早くも湖北省や北京市を除く地域での生産復旧を推進してきた[7]。
1月23日の武漢市および周辺都市封鎖以降の中国政府の動きは迅速だった。一連の中国政府の対応を見る上では、言うまでもなく、中国における最高意思決定機関である共産党中央政治局常務委員会の会合、そして1月25日の同会議で設置が決定された中央新型コロナウイルス感染肺炎疫病対策領導小組(以下、領導小組)、そしてより実務レベルでは国務院常務会議での方針が重要である[8]。例えば1月26日に開催された領導小組の会議の内容は多岐にわたる。主要な内容を示しても、①各地域の党委員会と政府に、目下のウイルス流行が深刻であることの認識一致を求める、②湖北省、武漢市へ防護服、マスク等の医療物資を優先的に供給し、ホテルを改築して隔離区とする、③各地区にコロナウイルス対策の領導小組の設置を求める、④陽性患者の隔離を厳格に求める、⑤会議や大型のイベントを延期か減少させ、公共交通機関では検査を実施する、⑥旧正月期間の延長および学校再開時期の調整により、人々の流動を減少させる、⑦最大限度、死亡率を下げることを目指し、医師看護師のトレーニングを強化し、科学研究とワクチン研究を進める、⑧防疫情報を適宜公開する等、数多くの方針が示されている[9]。
こうした政府、共産党の最上層部で決定された方針をさらに具体化し、各部門の指揮系統を通して地方レベルに伝達していく仕組みなくして、政策は実効性を伴わない。新型コロナウイルスへの初動の対応の遅れという脆弱性、そして迅速な第一波の封じ込めという強靭性、その両面を明らかにするためには、官僚機構の機能(およびその機能不全)に注目することが必要だろう。
中国の官僚機構の政策執行過程を見る上で、筆者は今回の新型コロナウイルスの事例は重要な示唆を含むと考えている。未知のウイルス蔓延という危機が突発的であり、迅速な政策執行が求められた。いわば瞬発力を求められた。加えて、政策文書の表題として「新型コロナウイルス対策」と銘打つこともごく普通であった。つまり政策対応が可視化された。2018年以来激化してきた米中貿易摩擦も、同様に中国経済に多大な負荷をかけ、貿易政策、雇用政策、景気対策の各面で対策が動員されてきた。しかしながら米中貿易摩擦への対策と解釈される政策であっても、「米中貿易摩擦に対応するためにこの減税政策を実施する」と記載されることは通常ない。そのために、立案された時期や状況証拠からそのように位置づけていくことが必要となる。換言すれば、米中貿易対策への中国政府官僚機構の対応を把握することには、それが時期的にも集中しておらず、また可視化されていないために一定の困難が伴う。これに対して、今回の新型コロナウイルスがもたらした危機への中国の巨大な官僚機構の対応は、時期的に集中し、なおかつ政策文書を集計する作業を通じて観察可能である。
そこで本稿では、2020年1月から4月までの中国政府各部門および関連機関の対応策の動向およびその構成の変化を初歩的かつ量的に把握することを目指す[10]。用いたのは中国政府の政策文書のデータベース「北大法宝」(https://www.pkulaw.com/)である。のちに確認するように、本データベースは、政策文書を完全に補足しているわけではないものの、それでも有用である。なお、データベースの文書の捕捉率を高めるために今後さらに追加的な確認を行うため、ここに示す結果は、あくまでも暫定的なものである。
政策文書発表のピークはいつだったか?
まず2020年1月20日から4月23日までの94日間に発表された中央政府部門、党中央、関連機関が発表した新型肺炎対策関連文書として706件の文書を集計した[11]。単純計算で、94日間の平均で1日7.4件の政策文書が公表されてきた計算になる。
発表日時の記載のある691件のデータを用いて、1日ごとの発表件数を示したものが図表1である。1月20日に国家衛生健康委員会が新型コロナウイルスを法定伝染病と指定した通知(「中華人民共和国国家衛生健康委員会公告2020年第1号——関于新型冠状病毒感染的肺炎納入法定伝染病管理的公告」)を皮切りに、2月3日から8日までをピークとして多数の政策文書が発表された。より具体的には、武漢市の都市封鎖(1月23日木曜日)からちょうど2週間後の2月6日木曜日に、1日で合計29件の中央政府文書が発表されてピークを迎えた。このうち、24件は国務院各部門が政策の方向性を示す「部門規範性文書」であった。その後、2月後半から3月4日頃までの第二のピークが現れている。発表数が減少する2月9日、16日、23日はいずれも日曜日であり、逆に言えば1月26日、2月2日には多くの部門で旧正月返上での業務が続いていたことがわかる(今年の旧暦元日は1月25日)。なお、1月20日から4月4日まで76日間連続で少なくとも1件の文書が発表されている。
注: 2020年1月20日から4月23日まで発表された中央政府部門および党中央発表の感染症対策公的文書の706件の文書を集計し、日付が記載されていない15件を除いた691件を示した。
出所:「北大法宝」(https://www.pkulaw.com/)の「戦疫必勝 疫情防控(战疫必胜 疫情防控・中央)」特集欄より筆者集計(2020年4月26日ダウンロード)。
どの部門が多数の対策・指示を出したか?
次に政策文書の発表部門の構成を見てみよう。図表2は文書発表件数で上位10の部門および機関を示している。合計706件の文書で、連名を含めて118の部門、機関、団体が登場している。主要な部門を見ると、第一位は国家衛生健康委員会の110件、第二位は減税や控除等の政策を打ち出した財政部の56件、第三位が春節期間の物資輸送や移動時の感染対策を実施した交通運輸部の52件、そして第四位は「新型コロナウイルス肺炎流行の予防と管理のための共同対策業務メカニズム」(「応対新型冠状病毒感染的肺炎疫情聯防聯控工作機制」、以下では「新型肺炎対策メカニズム」と略す)の49件であった。
第一位の国家衛生健康委員会は、新型コロナウイルスの感染者データを公表する感染症対策の中心的な官僚機構であるといえる。第四位に入った「新型肺炎対策メカニズム」は、1月21日に国家衛生委員会を筆頭に新設され、合計32部門が参加する省庁横断連絡機構である[12]。本データ上では49件の文書となっているが、「新型肺炎対策メカニズム」の文書は実際にはより多く、危機対応のなかで設置された新組織として注目される。本データベースに登録される「新型肺炎対策メカニズム」の最初の文書は2020年1月23日に発表されたものだが、文書番号に「肺炎機制発〔2020〕2号」と記載されており、「新型肺炎対策メカニズム」が作成した二番目の文書であることがわかる(補足図表1参照)。しかし中国政府国務院のウェブサイト上から、「新型肺炎対策メカニズム」の文書を検索しても、1号文書は掲載されておらず、データベースの方が文書の捕捉率は高いと考えられる[13]。
出所: 図表1に同じ。
コロナ対策の担当部門はどう転換してきたか?
次の論点は、時期によってどのように対策の中身と担い手が変化してきたかである。政策の要点は常務委員会や領導小組の発表文書に記載されており、そこから主要な傾向を読み取ることができる。すでに新聞報道でも指摘されてきたように、中国政府は感染症対策から徐々に生産復旧へと転換してきた。図表3は、官僚機構の対応を確認するために、集計期間を6つの時期に分け、発表文書に対する各部門の参画比率を示したものである。
中国政府の新型コロナウイルス対策を時期区分する場合、都市封鎖決定の前後(1月23日または25日)、延長された旧正月休暇期間(2月9日)、習近平国家主席武漢訪問(3月10日)等を区分とするアイデアも考えられる。ここでは初歩的な分析として、より単純に①1月31日まで、②2月1日から15日、③2月16日から29日、④3月1日から15日、⑤3月16日から31日、⑥4月1日以降、以上の6つの期間に区分して集計した。
それによれば国家衛生健康委員会は1月20日から4月23日までの期間、一貫して対策の中心にいた。他の機関の役割を見ると、2月には財政部、商務部の相対的比率が高まり、3月には民政部、教育部の比率が、そして4月に入ると再び「新型肺炎対策メカニズム」と交通運輸部の比率が高まっている。一つ指摘できるのは、中国政府官僚部門のなかで、大型の構造改革を主導してきた国家発展改革委員会の参画率は通期合計で10位となっており、一貫して目立たないことである(なお、週別に集計した場合のデータは補足図表2に示した)。危機対応のなかで、新たな改革を推進するよりも、眼前の防疫対策、生産復旧、雇用維持、景気対策が優先されているかもしれない。
出所: 図表1に同じ。
官僚機構の横の連携は深まったのか?
最後に、官僚機構間の横の連携についても若干の検討を加えておこう。すでに言及したように、「新型肺炎対策メカニズム」は省庁間の横の連携を図るものである。加えて、個別の文書においては横断的な政策を実施する際には連名での発表となる。図表4には、各時期の発表文書の平均参画部門数の推移を示したものである[14]。1月下旬の時点では1文書当たりの平均参画機関数は1.21であり、多くが単一の機関による発表であった。この値は3月後半に1.67、4月に1.61へと若干の上昇を見せている。最大で15の部門が連名で政策文書を策定しているものもある(補足図表3)。また、より細かく検討すると、週によって変化も大きい (週別データの集計値は補足図表4を参照)。4月以降に6機関以上が参画するような政策が増えているが、これは省庁間でより横断的な対策が求められるような課題が浮上しているためかもしれない。補足図表3に示した連名政策文書の対象は、生産復旧、雇用対策、愛国・公衆衛生運動等、多岐にわたっている。
出所: 図表1に同じ。
分析の限定性と小括
本稿では中国政府各部門における新型コロナウイルス対策に注目し、1月20日以降の官僚機構の動員過程を検討した。初歩的な整理から示唆されたのは次の点である。
第一に、中央政府の政策文書発表のピークは武漢市の閉鎖から2週間後の2月6日だった。
第二に、検討した期間を通じて国家衛生健康委員会および「新型肺炎対策メカニズム」が具体的対策の中心にあった。
第三に、それぞれの時期の政策的課題に応じて、財政部、商務部、民政部、教育部、交通運輸部の相対的な比率が高まった。2月後半の人的資本と社会保障部、教育部、民政部の比率の高まりは、感染症の防疫対策から民政、教育、雇用、社会保障へと論点が転換し始めたことを反映している。
第四に、官僚機構の横の連携を見るために1文書当たりの参画部門数を見ると、3月後半に若干の上昇が確認できる。中国の官僚機構がより横断的な調整と課題に取り組んでいる可能性がある。
しかしながら、本分析には限界がある。第一に、本稿では、党の文書と政府の文書の関係については検討できていない。言うまでもなく、中国政治の政策決定・執行を考える上では中国共産党の役割が大きく、党側の文書も検討すべきだろう。また官僚機構に注目した場合にも、文書の数が多ければ重要な機関とは限らないし、文書の数は政策効果を保証するものでもない。
さらに言えば、文章が長ければ重要だというわけでもない。武漢市民に都市封鎖を通知した文章は下記のように短文だった。
武漢市における新型コロナウイルス感染症に関する肺炎発生予防管理指令通達 第1号
新型コロナウイルス感染症の肺炎流行の予防と制御を全力で実施するために、効果的にウイルスの伝達経路を遮断し、断固として流行の勢いを抑制し、国民の安全と健康を確保するために、関連する事項を次のように通知する。
2020年1月23日10時から、市内の市バス、地下鉄、フェリー、長距離旅客輸送が停止される。特殊な理由がなければ、市民は武漢を離れることはできず、空港と鉄道駅は暫定的に閉鎖される。再開時期は別途通知する。
一般の方や観光客の方の理解と支持を懇請する!武漢市新型コロナウイルス感染症肺炎発生予防制御指令部 2020年1月23日[15]
地方政府の対応を含め巨大な官僚機構がいかに反応、機能したのか、あるいはどのような齟齬や足並みのずれがあったのか。これらの点は別稿で検討したい。
(2020年4月27日脱稿)
出所: 図表1に同じ。
出所: 図表1に同じ。
注:複数の省庁にまたがる「新型肺炎対策メカニズム」はここでは集計から除外した。
出所: 図表1に同じ。
注:複数の省庁にまたがる「新型肺炎対策メカニズム」も1機関として集計した。
出所: 図表1に同じ。
(脱稿日 2020年4月27日)
1 筆者はこの点について次の文書を執筆している。伊藤亜聖(2020)「新型肺炎がもたらした中国経済のジレンマ 武漢発のグローバル危機」『中央公論』2020年5月号。
2 中国国家統計局「2020年一季度国内生産総値(GDP)初步核算结果」、2020年4月18日. http://www.stats.gov.cn/tjsj/zxfb/202004/t20200417_1739602.html。
3 丸川知雄(2020a)「中国経済のV字回復は始まっている」ニューズウィーク2020年4月19日記事 (https://www.newsweekjapan.jp/marukawa/2020/04/v_1.php)。
4 World Bank (2020) East Asia and Pacific in the Time of COVID-19, World Bank East Asia Pacific Economic Update (April 2020), World Bank, Washington, DC.
5 世界銀行モーニングセミナー(第59回)「東アジア・大洋州地域 半期経済報告書:新型コロナウイルス感染症と戦う東アジア・大洋州地域」(2020年4月23日開催)より。
6 Haass, Richard (2020) “Why the coronavirus should change the way we think about China,” The Washington Post, Feb 11, 2020. https://www.washingtonpost.com/opinions/2020/02/11/how-coronavirus-could-change-china/.
7 百度の移動データから見た復興については次を参照。丸川知雄(2020b)「コロナショックと中国経済」オンラインセミナー発言原稿(https://utokyoccrb.wordpress.com/2020/04/12/%e3%82%b3%e3%83%ad%e3%83%8a%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%82%af%e3%81%a8%e4%b8%ad%e5%9b%bd%e7%b5%8c%e6%b8%88%e3%80%80%e4%b8%b8%e5%b7%9d%e7%9f%a5%e9%9b%84/)。Fang, Hanming, Long Wang, Yang Yang (2020) Human Mobility Restrictions and the Spread of the Novel Coronavirus (2019-nCoV) in China, NBER Working Paper No. 26906, Issued in March 2020 (https://www.nber.org/papers/w26906).
8 一連の中国政府の経済対策については田中修「新型肺炎とマクロ政策(1)」日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所「中国経済レポート」2020年2月17日(https://www.ide.go.jp/Japanese/Researchers/tanaka_osamu/China_report/2020/20200217.html)の一連のレポートや、露口洋介「新型コロナウイルスに対処する金融政策(その2)」サイエンスポータルチャイナ2020年3月30日(https://spc.jst.go.jp/experiences/tsuyuguchi/tsuyuguchi_2003.html)、関志雄「新型肺炎の感染拡大で試練を迎えた中国経済」独立行政法人経済産業研究所「中国経済新論:実事求是」2020年3月12日(https://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/ssqs/200312ssqs.html)等を参照されたい。
9 新華社2020年1月26日記事「李克強主持召開中央応対新型冠状病毒感染肺炎疫情工作領導小組会議 (http://www.xinhuanet.com/politics/leaders/2020-01/26/c_1125504004.htm)。
10 本稿で用いている政策文書整理に似たアプローチとしては、イノベーション政策の立案機構の構成を検討した次のものがある。Liu, Fengchao, Yutao Sun, and Cong Cao. (2011). “China’s innovation policies: Evolution, institution structure, and trajectory,” Research Policy, 40(7), pp.917–931.
11 「北大法宝」上の新型コロナウイルス対策の特集ページに掲載される文書を集計した。別途、同データベースを用いて「疫情」(疫病発生状況)あるいは「新冠肺炎」(新型コロナウイルス)というキーワードを含む政策文書を集計した結果、特集ページでは集計数がより多く、また検索ベースの集計と発表単位等に大きなバイアスはみられなかったため、特集ページの集計文書を用いた。
12 人民健康網2020年1月22日記事「全力応対新型冠状病毒感染肺炎疫情 32個部門建立聯防聯控機制」(http://health.people.com.cn/n1/2020/0122/c14739-31559678.html)。
13 国務院HP聯防聯控機制文件(http://www.gov.cn/zhengce/gwylflkjzwj.htm)を参照。
14 ここでは「新型肺炎対策メカニズム」も単一の組織とみなして集計した結果を示している。
15 武漢市人民政府HP「市新型冠状病毒感染的肺炎疫情防控指揮部通告」(http://www.wh.gov.cn/zwgk/tzgg/202003/t20200316_972434.shtml)より。