論考シリーズ

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第26回 2020/04/10

データで見る武漢の新型コロナウイルス高致死率と医療崩壊

関山 健(京都大学大学院総合生存学館准教授)

   2019年12月に中国湖北省武漢市で新型コロナウイルス疾患(COVID-19)が確認されて以来、わずか半年もたたない間に、世界はその脅威に翻弄されている。
 中国では、2020年4月9日時点で合計81,907症例のCOVID-19が報告されている。そのうち、武漢では50,008症例(中国全体の61.1%)が発生しており、武漢を除く湖北省の症例も17,795例(同21.7%)に上る。さらに、COVID-19による中国の死者3,336人のうち、2,575人(同77.2%)が武漢での死亡例であり、武漢を除く湖北省での死者も641人(同19.2%)を数える(中国国家衛生健康委員会, 2020)。
 こうした累積数のみならず、武漢ではCOVID-19による死亡リスクが飛びぬけて高い。上述した中国国家衛生健康委員会の公表データをもとに計算すると、武漢の致死率(CFR:死者数/報告患者数)は5.1%に達する。これは、湖北省を除く中国全土の0.9%をはるかに上回る水準である。
 では、武漢では、中国他都市と比較して、なぜ致死率がそこまで高くなったのだろうか。本稿では、武漢と中国他都市との医療水準、COVID-19の患者数および死者数などのデータ比較を通じて、この問いを考察する。

仮説①:医療体制の不備?

 武漢だけが高致死率となった背景として、まず思いつく仮説は、医療水準の低さだろう。もし武漢の医療水準が中国他都市より低いのであれば、致死率が比較的高くなることに納得がいく。
 しかし、実は武漢の医療水準は中国国内では高い部類にあり、この仮説は成り立ちそうにない。
 武漢の医療水準を知るには、まず中国の病院等級制度について理解する必要がある。中国『医院分級管理辨法』によれば、中国のあらゆる病院(病床20以上の「医院」)は、その病床数、床面積、スタッフ数、技術水準、医療設備などの指標に基づく全国統一の基準により、一級、二級、三級に大別されている。各級は、さらに甲、乙、丙の等級に区分され、三級には最上位の特等もあることから、中国の病院は、医療水準によって三級十等級に区分されていることになる(表1)。

表1 中国の病院等級制度 表1 中国の病院等級制度
出所)『医院分級管理辨法』および『総合医院分級管理標準』に基づき筆者作成

 2018年末現在、中国には、三級病院(高度な専門的医療サービスの提供が可能な病床500以上の総合病院)が2548か所存在し、それら三級病院のうち1442か所がより質の高い三級甲等に指定されている。湖北省には130か所の三級病院があり、そのうち70か所が三級甲等に指定されている(国家衛生健康委員会, 2019)。
 武漢は湖北省の省都にして最大の都市であり、その医療水準も湖北省では随一である。湖北省の三級病院130か所のうち61か所は武漢にあり、そのうち27病院が三級甲等病院である(武漢市衛生健康委員会, 2019)。すなわち、湖北省にある三級病院のうち約半数の46.9%は武漢に集中しており、同省内の三級甲等病院の38.6%も武漢にある計算だ。
 武漢の医療水準は、全国的に見ても高い。人口規模に対する三級病院の数(2018年末)で見ると、武漢(人口1108万人)には、100万人あたり5.51の三級病院と2.44の三級甲等病院が存在している。これは、中国全体(人口13億9538万人)における100万人あたりの三級病院数1.83、三級甲等病院数1.03を大きく上回る水準である。湖北省全体(人口5917万人)の100万人あたり三級病院数2.20、三級甲等病院数1.18と比較しても、省内の中核的総合病院の多くが武漢市に集中していることが分かる。都市別の三級甲等病院数(2018年末)で比較してみても、武漢は、北京(55か所)、広州(38か所)、上海(32か所)、天津(31か所)に続く全国5位である。
 このように武漢の医療水準は、武漢を除く湖北省や全国平均と比べて相当高い部類にあることから、中国他都市と比べた武漢の高い致死率の原因を、その医療水準に求めることは難しい。

仮説②:医療崩壊?

 では、なぜ武漢のCOVID-19致死率は、他都市と比べて極端に高くなったのか。その答えは、患者数と死者数の推移を武漢と他都市とで比較してみると見えてくる。
 図1および図2は、武漢、武漢を除く湖北省、および湖北省を除く中国の報告患者と死者の累積数をグラフ化したものである。図3は、人口100万人あたりの累積報告患者数の推移である。期間は、3地域の比較可能なデータが入手可能な1月22日から2月11日を対象としている。

図1 COVID-19死者数の累積(2020年1月22日~2月11日) 図1 COVID-19死者数の累積(2020年1月22日~2月11日)
出所)関山(2020)より転載。中国国家衛生健康委員会(2020)および武漢市衛生健康委員会(2020)より筆者作成。
図2 COVID-19報告患者数の累積(2020年1月22日~2月11日) 図2 COVID-19報告患者数の累積(2020年1月22日~2月11日)
出所)関山(2020)より転載。中国国家衛生健康委員会(2020)および武漢市衛生健康委員会(2020)より筆者作成。
図3 人口100万人あたりCOVID-19報告患者数の累積(2020年1月22日~2月11日) 図3 人口100万人あたりCOVID-19報告患者数の累積(2020年1月22日~2月11日)
出所)中国国家衛生健康委員会(2020)および武漢市衛生健康委員会(2020)より筆者作成。

 これら3地域の累積死者数の推移(図1)を見比べてみると、やはり武漢で死者が急増したことが見て取れる。一方で、累積患者数の推移(図2)を見比べてみると、武漢、武漢を除く湖北省、湖北省を除く中国の3地域間で累積数の伸び方にそれほど大きな違いは見られない。
 つまり、武漢では累積患者数の増加に伴い累積死者数も急増したが、中国の他都市では患者数こそ増えたものの、COVID-19による死者数は患者の増加ほどは伸びずに済んだという事である。
 なぜ武漢だけ累積死者数が急増したのか。その謎を解く鍵は、医療崩壊である。ここで医療崩壊とは、医療需要の急増によって医療サービスの受給バランスが崩壊し、医療を必要とする人に適切な医療サービスを供給できなくなる状況を指す。
 周知のとおり、武漢においては、COVID-19に感染した人のみならず、その不安を抱く大勢の人が病院に押し寄せた。診察待ちで夜中まで病院に長蛇の列ができ、それでも診察を受けられない人が街にあふれ出した。まさに医療崩壊である。一方、武漢を除く湖北省や中国の他都市では、武漢のような医療崩壊の発生は見られなかった。
 問題は、なぜ武漢だけで医療崩壊が起こったのかである。上述のとおり、武漢の医療は、武漢を除く湖北省や中国各地と比べて、かなり高い水準にあり、決して医療サービスのキャパシティが小さかったわけではない。それにも関わらず、映像で伝わってきたような医療崩壊が武漢だけで生じたのは、なぜだろうか。
 その答えは、人口100万人あたりの報告患者数を比較するとわかる。武漢、武漢を除く湖北省、および湖北省を除く中国の累積報告患者数は、その絶対値の推移だけを比較すると、図2のとおり3地域に大差はない。しかし、図3から明らかなとおり、その人口規模に対する割合で見た場合には、武漢だけ人口100万人あたりの累積報告患者数が激増したことがわかる。  つまり、中国においては、武漢においてのみ人口比で見てCOVID-19患者が急増してしまい、その患者や感染を疑う診療希望者が病院へ殺到した結果、中国国内有数のキャパシティを誇る武漢の医療サービスも需給崩壊を起こしたのである。
 こうした医療崩壊の結果、武漢では、押し寄せる受診希望者のために医療機関がパンクし、適切な処置さえ行えば重症化や死亡を避けられたであろう症例を初期段階で多く見落としたと考えられる。

日本への示唆

 以上のとおり、急激な感染爆発は、たとえ医療の水準が高くキャパシティが大きな街でも医療崩壊を招く。そして医療崩壊は、リスクの高い患者の見落としと無用な感染拡大によって、高い致死率につながる。
 ひるがえって、東京や大阪が武漢のような高致死率の発生を防ぐには、どうしたらよいのであろうか。鍵は医療崩壊を回避するための感染爆発の防止である。そのためには、徹底して人と人との接触を減らすことが欠かせない。
 この点、中国当局は1月23日に武漢市を事実上封鎖し、同市と中国他都市とを結ぶ航空路線、高速鉄道、高速道路の運行通行を禁止、市内の地下鉄やバスなど公共交通機関の運行もストップした。新型コロナウイルスの感染者を武漢から外部に出さないようにし、併せて武漢市内でも人と人との接触を断ったのである。
 これについては、初動の遅れによる封じ込めの失敗を批判する向きもある。周先旺・武漢市長も、1月26日の時点で「春節や新型肺炎の影響により、現在までに500万人余りが武漢を離れた」と記者会見で明らかにした。これが、今日に至る世界的な感染拡大の一因となったことは否めない。
 しかし、前掲の3つの図から明らかなとおり、武漢の都市封鎖は、初動の遅れがあったとはいえ、その後の中国全土への医療崩壊の連鎖と死者増大の流れを食い止める効果があったと言える。そして、市内移動を制限された武漢も、今や新規の感染者増加の食い止めに成功している。
 日本においても、4月7日の緊急事態宣言の発動により、なんとか感染爆発と医療崩壊の回避を図ろうとしている。同日夜の記者会見冒頭で安倍総理は、医療従事者へ感謝の意を表したうえで、「医療現場を守るためあらゆる手を尽くす」と述べた。医療崩壊の回避を緊急事態宣言の目的として明確に位置付けたのである。
 安倍政権の決定は遅きに過ぎたとの批判がある。ただ、同様に初動の失敗を指摘される中国ですら、都市封鎖や医療体制の拡充によって、医療崩壊の連鎖と死者増大の流れを回避できたとすれば、今の日本には希望を与える。
 日本も、この緊急事態宣言によって、本当に人と人との接触を7割、8割減らすことができれば、医療崩壊による東京・大阪での死者増大や国内他地域への感染拡大を抑え、武漢のような事態を回避することができるだろう。その成否は我々一人ひとりの行動にかかっている。

(脱稿日 2020年4月9日)

【参考文献】

  • 関山健(2020)「新型コロナの武漢の致死率、中国他都市の5倍以上の教訓」,『論座』, 朝日新聞社, 2020年4月9日.
  • 中国国家衛生健康委員会.(2019). 『2019中国健康統計年鑑』.
  • -----. (2020).『新型冠状病毒肺炎疫情最新情况』.
  • 武漢市衛生健康委員会.(2019).『2018年武漢市衛生健康事業発展簡報』.
  • -----. (2020).『武漢市衛生健康委員会関于新型冠状病毒感染的肺炎状況通報』.
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