論考シリーズ

SPF China Observer

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第21回 2019/09/24

米中関係の緊張と台湾問題

井上一郎(関西学院大学総合政策学部教授)

はじめに

 8月に入り、米トランプ政権は台湾へのF16戦闘機の売却を発表し議会に通知した。米国のF16台湾供与は、ブッシュ(父)政権の1992年に行って以来、これまで一貫して自制してきた経緯がある。また7月には、台湾の蔡英文総統が国交のあるカリブ4ヵ国を訪問する前後にニューヨークとデンバーに立ち寄った。台湾総統が、中米やカリブの友好国を訪問する際に、米国をトランジットするのは恒例となっている。しかし、今回はこの機会を利用して、国交のある国々の国連駐在大使の参加する歓迎式典に出席し、コロンビア大学で講演を行うなど、これまでにない表立った活動を行った[1]。これは、米国側の同意なしにはできないことである。

 米中間の緊張が高まるなかで、ともすれば貿易関税問題に焦点が当てられがちであるが、その一方で台湾をめぐる動きにも大きな変化が生じつつある。1971年のキッシンジャーの極秘訪中、そして1979年の米中国交正常化以来、中国側は常に、台湾問題は譲歩することのできない重要で敏感な問題であると主張し、米国側もこれを一定程度理解し慎重に扱ってきた。しかし、トランプ政権が誕生して以降の米国の対台湾政策は、これまでの慣行を大きく超えるものである。米国の対台湾政策は本質的に変化したのであろうか。これに対し、中国はどのように対抗しようとしているのか。本稿においては、台湾をめぐる最近の米国の政策の変化とこれに対する中国の姿勢の背景を探ることとしたい。

1. トランプ政権の対台湾政策

 まず、トランプ政権成立以降の、台湾をめぐる動きについて整理しておきたい。トランプが2016年の大統領選で当選した際に、蔡英文からの祝福の電話に応じたことにより、米新政権の対台湾政策に注目が集まった。その後2018年3月には、米台間の政府レベル交流の格上げを念頭においた台湾旅行法が成立し、さらに2019年に入り、一部の国際機関への台湾の参加を奨励する台湾保証法案が議会で審議されている[2]。
 安全保障の面では、2019年1月のDIA(米国防情報局)「中国の軍事力報告書」は、軍事力を拡充する中国に対する台湾の脆弱性を指摘した[3]。また、5月の国防総省「中国の軍事動向に関する年次報告書」においては、軍事バランスが中国側に大きく傾くなかで、台湾を引き続き支援することの重要性を強調している[4]。さらに、6月に発表された国防総省「インド太平洋戦略報告書」では、台湾を中国に対抗する民主主義勢力の一員と位置づけた。その上で、シンガポール、台湾、ニュージーランド、モンゴルについて「これら4ヵ国(“All four countries”)は、世界における米国の使命に貢献するとともに、自由で開かれた国際秩序を維持すべく積極的に行動している」と記述し、公文書において台湾を「国」の一つとして表現している[5]。
 2019年5月、台湾の国家安全会議の李大維秘書長がワシントンを訪問し、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)と会談したが、このレベルでの米台接触は79年の米台断交以来はじめてである。7月には22億ドル相当の対台湾武器供与、8月には冒頭に述べたF16戦闘機の売却が発表された。また、2019年に入り、米艦船の台湾海峡通過は、ほぼ毎月のように実施されている。

2. 米国の対台湾政策の背景

 貿易問題をめぐり米国の対中姿勢が一段と厳しくなったのは、2018年6月の第1回米朝首脳会談以降であるが、この頃以降、安全保障の面においても、台湾をめぐる米国の姿勢がより一層積極的になってきている。米朝直接対話の開始により、米国は北朝鮮問題について、以前のようには中国の協力を頼む必要がなくなり、台湾の扱いについても、中国に対する配慮がそれほど必要ではなくなったといえる。
 では、米国の台湾政策はもはや根本的に変化したといえるのであろうか。これまでのところ、少なくともトランプ大統領本人の言動からは、台湾問題そのものに対し、大きな関心や、まして深い理解を有しているようには見受けられない。一方で、政権を固める対中強硬派からは、緊張が高まる米中関係において、中国に対する圧力の一環として台湾問題を扱おうという意図が垣間見える。これまで中国側が米中関係で最重要と位置づけ、かつて米国側も敏感な問題として一定程度配慮してきた台湾問題を、今日の米政権は、もはやそのようには扱わなくなっている。中国との関係において、貿易や安全保障面での対立が大きくなった結果、皮肉なことに台湾問題の優先順位は低下し、軽く扱われるようになった。
 このような変化の背景には、米国政府全体の対中国、対台湾政策のバランスを調整し、仕切る立場にある国務省自体の変化がある。国務省は米国の対外関係の責任部門として、あるときは強硬派の国防総省やNSC(国家安全保障会議)を押さえつつ、米政府全体として統一的でバランスのとれた対中国台湾政策の維持に努めてきたが、今日、そのような役割をもはや十分には果たさなくなっている。国務省内で長らく対中国政策を担ってきた伝統的なチャイナ・ハンドの代表格であったスーザン・ソーントン元国務次官補代行は、トランプ政権成立後、親中的と批判され、議会の承認手続きが進まず退職した。ソーントンが去った後も残っていた従来の中国専門家らも、今日では多くが入れ替わり、対中、対台政策における実務面での継続性にも変化が生じている。その結果、関係省庁とも調整しながら米国政府全体として台湾問題を慎重に管理するといったこれまでの国務省の姿勢が変化し、むしろ、米台関係を徐々に格上げしようとする方向に向かっている。
 一方で、安全保障政策の観点からは、国防総省やNSCなどは、個別にそれぞれの立場から、対中強硬策の一環として台湾を積極的に扱おうとする状況が生じている。現政権は中国をリビジョニスト・パワーと位置づけ、これに対抗する姿勢を打ち出しており、中国の軍事的台頭に伴う海洋活動の活発化、広域化への対抗策として、台湾を重要な戦略的資産と位置づけ、米国の「インド太平洋戦略」の一環として組み込もうとする意思が明確になっている。
 また、台湾において近年、国民党が次第に親中国姿勢を明らかにするにつれ、米政権は2020年1月の台湾総統選を念頭に、むしろ中国と距離を置く現政権の民進党への支持を強めているように見える[6]。その背景として、米国における民進党ロビーの活動がある。首都ワシントンでは台湾政府の事務所である駐米台北経済文化代表処とは別に、民進党は独自の事務所を有し活発に活動する一方で、国民党関係者の影は薄いといわれる[7]。
 このように、米現政権では米台関係格上げの動きがみられるものの、それでも中国との関係において引き続き一定程度の配慮はうかがわれる。2018年6月、台湾における事実上の米国大使館である米国在台湾協会(American Institute in Taiwan、略称AIT)の新規オフィスビル落成式の際には、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)訪台の観測も流れたが、実際には、ロイス国務次官補(教育・文化担当)の出席にとどまった[8]。2019年7月、大きな注目を集めることになった蔡英文総統のニューヨークおよびデンバー滞在の際にも、少なくとも米国政府ハイレベル関係者との接触は確認されていない。  

3. 台湾の動き

 台湾には米中の対立を歓迎する立場もあり、蔡英文政権は、この機会を利用しての米台関係の更なる進展に積極的である。自由と民主主義を強調し、より権威主義的な色彩を強める習近平の中国との違いを際立たせることによって、国際社会からの共感を集め、同時に、台湾内での支持も高めようとの意図がうかがえる。一方で、米台関係の急速な進展は、台湾に対する中国側の厳しい報復措置を招く心配もある。また、米国の対中貿易関税大幅引上げは、中国大陸において、米国市場へ輸出する工業製品を製造する多くの台湾企業にとっては深刻な問題となる。
 政権1期目においては、台湾経済の低調なパフォーマンスもあり、蔡英文への支持率は低下し、当初、2020年1月に予定される総統選での勝利は危ぶまれていた。しかし、2019年1月、習近平が「台湾同胞に告ぐる書」発表40周年記念式典において、10年前の胡錦濤演説では触れられなかった「武力行使」にまで言及したことにより[9]、その強硬姿勢がかえって逆効果となり、それ以降は蔡英文に対する支持率が高まる傾向にある。さらに、香港の「逃亡犯条例」改正案に端を発する6月以降の民衆デモの拡大は、台湾においても中国の提案する「一国二制度」への信頼性を大きく低下させることとなり、中国と距離をおく民進党への支持につながっている。
 蔡英文政権は、目下の好機をとらえ、さらに米台関係の突破を試みようとしている。一方で、これまで見てきたとおり、米国現政権の台湾に対する姿勢は、基本的には安全保障政策を中心に、緊張が高まる米中関係における対中対抗策の一環としての位置づけである。将来、米中関係が一定程度緩和に向かうようなことになれば、台湾が置き去りにされる可能性も否定できない。台湾が中国けん制のための単なる駒にされないようにとの心配は消え去ってはいない。

4. 中国の反応とその背景

 このような米台の動きに対する中国側の反応は、これまでのところかなり抑制的に見える。今回のF16戦闘機の台湾供与は、もはや中台の軍事バランスを大きく変えるものではないものの、それでも従来の中国側の立場から見れば、すでにレッドラインを超えているものと考えられる。華春瑩中国外交部報道局長は「中国の主権と安全保障上の利益を害する。売却をやめなければ強く反応する。責任はすべて米国が負うことになる」と反発しているものの[10]、本稿執筆の9月上旬の時点では、中国側は口頭での反発にとどまっている。また、7月の蔡英文ニューヨーク滞在との比較では、1995年の李登輝総統訪米の際には、中国は、米国、台湾双方に対するきわめて激しい非難とともに、中国駐米大使を一時召還するなどの対抗措置をとっている。米国への単独訪問であった李登輝訪米とは異なり、今回の蔡英文訪米はこれまでどおりトランジットの形をとっており、単純に比べることはできないものの、米国のみならず、台湾への批判すら抑制されているように見える。
 米国との関係では、もちろん目下の米中貿易関税問題をめぐる両国関係の緊張の高まりがあり、より強硬な対米姿勢は現時点で逆効果を生むとの判断があると考えられる。米国のF16供与に先立つ7月の台湾への武器供与パッケージの発表に対しては、中国政府はこれまでの慣例に従い、関連する米国企業に対する制裁を発表したものの[11]、米国政府自体への批判は控えめである。また、台湾との関係においても、中国による強硬な批判や報復措置は、すでに述べた通り、2020年1月に総統選を控えた台湾において、かえって蔡英文に有利に働くことになり、中国としては大きなジレンマを抱えている。1月の習近平演説以来、それまで低支持率にあえいできた蔡英文への支持は高まる傾向にあり、昨今の香港をめぐる情勢はさらに追い風となっている。
 しかしながら、中国としては何らかの行動をとらないわけにもいかず、7月31日には、中国から台湾への個人旅行の制限を打ち出した[12]。中国からの旅行者が減り台湾の観光業が打撃を受けることによって、台湾での民進党に対する支持が低下することを目的としたものと考えられる。しかし、中国は、民進党の蔡英文政権成立以降、これまでにも旅行制限を幾度も実施し、すでに中国大陸からの訪台客は大幅に減っていることから、台湾側にすれば、その痛みに耐えられないほどでもない[13]。また、台湾の民衆もこうした中国のやり方にはうんざりしており、今回の制裁措置が一方的に民進党に不利に働くとも限らない[14]。

おわりに

 台湾は中国にとり全く妥協が許されない重要で敏感な問題、と位置づけられてきた。今日の状況は、これまでの中国側の基準から見れば、すでに忍耐の限界に近づいていると考えられる。このような状況を、中国が今後も座視し続けられるか否かについては、中国の国内要因とも関連してくる。習近平は、経済の停滞により、すでに相当な国内的圧力を受けていると考えられる。さらに軍などは、台湾をめぐる現状に不満をため込んでいると推察される。最も敏感な問題とされる台湾について、弱腰とみられる態度をとり続けることは、習近平自身への批判材料ともされかねない。一方で、今日の米国政権は、中台関係に関するこれまでのレッドラインについて、十分な理解や尊重をもって行動しているとは言えず、相手方の反応への読み違いが生じる可能性もある。なんらかのはずみで台湾をめぐる緊張が急激に高まるようなリスクを、今日の米中関係はすでに抱え込んでいるといえる。

(脱稿日 2019年9月10日)

1 コロンビア大学での講演自体はクローズドで実施された。

2 Sherry Hsiao, “US House passes Taiwan Assurance Act,” Taipei Times, May 9, 2019
(http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2019/05/09/2003714812, accessed on Aug. 30, 2019).

3 “China Military Power: Modernizing a Force to Fight and Win,” Defense and Intelligence Agency, January 3, 2019, pp.33.
(https://www.dia.mil/Portals/27/Documents/News/Military%20Power%20Publications/China_Military_Power_FINAL_5MB_20190103.pdf, accessed on Aug. 30, 2019).

4 “Annual Report to Congress: Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2019,” Department of Defense, May 2, 2019, pp.91.
(https://media.defense.gov/2019/May/02/2002127082/-1/-1/1/2019_CHINA_MILITARY_POWER_REPORT.pdf, accessed on Aug. 30, 2019).

5 “Indo-Pacific Strategy Report,” Department of Defense, June 1, 2019, pp.30.
(https://media.defense.gov/2019/Jul/01/2002152311/-1/-1/1/DEPARTMENT-OF-DEFENSE-INDO-PACIFIC-STRATEGY-REPORT-2019.PDF, accessed on Aug. 30, 2019).

6 2019年7月の蔡英文ニューヨーク・トランジットの際の厚遇はその一環といえる。

7 ワシントン在住の台湾人研究者のコメントによる。

8 翌2019年4月の正式な開所式には共和党のライアン元下院議長が出席している。

9 「《告台湾同胞書》発表40周年記念会在北京隆重挙行」『人民日報』2019年1月3日1面。

10 「2019年8月16日外交部発言人華春瑩答記者問」『中国外交部HP』
https://www.fmprc.gov.cn/web/wjdt_674879/fyrbt_674889/t1689436.shtml、2019年9月2日最終アクセス)。

11 なお、米国企業に対する中国政府の制裁措置についても、過去の実践においては、対象となる企業は中国での事業展開が限られていたり、また、取引を行っている企業についても、その有する技術や製品は中国にとって代替することのできないものであったりして、現実には効果ある制裁はほとんど行われてこなかったとの分析もある。Yun Sun, “Taiwan Arms Sales: Chinese Sanctions on US Firms,” PACNET 39, Pacific Forum, Honolulu, July 15, 2019. (https://www.pacforum.org/analysis/pacnet-39-%E2%80%93-taiwan-arms-sales-chinese-sanctions-us-firms, accessed on Sep.4, 2019).

12 「大陸居民赴台個人遊試点8月1日起暫停」『新華網』2019年7月31日。
(http://www.xinhuanet.com/2019-07/31/c_1124820658.htm、2019年9月4日アクセス)。

13 門間理良「柯文哲氏が台湾民衆党を結成」『東亜』No.627, 2019年9月、58-59頁。

14 ワシントン在住の台湾人研究者のコメントによる。

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