論考シリーズ

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第19回 2019/08/16

なぜ経済相互依存は米中の対立を止められないのか

関山 健(京都大学大学院総合生存学館准教授)

はじめに

 米中対立が止まらない。8月1日、 トランプ米国大統領は、つい一月前の大阪サミットで発動見送りを約束していたはずの対中関税第4弾を9月1日に発動すると表明した。その報復として中国商務省は6日、米国からの農産品の購入を一時停止すると発表した。

表1 米中の相互関税引き上げ措置 表1 米中の相互関税引き上げ措置(データ出所)日本経済新聞

 なぜ米国と中国は、経済相互依存を深めながらも対立を増しているのであろうか? 国際政治学では従来、多くの実証的な研究が経済相互依存の紛争対立抑止効果を肯定する結果を出してきた。この点、米国と中国は、昨年まで互いに最大の貿易相手国であった。米中貿易戦争の影響を受けた今年上半期は、中国側統計で前年同期比14%減となったが、それでも米国にとって中国は第3位、中国にとって米国は最大の貿易相手国である。こうした経済相互依存は、米中対立の抑止に役立たないのであろうか? 米中間の対立は今後どう展開するのか?
 経済相互依存下で対立が深まる因果関係について、そもそも経済に政治対立を抑止する効果などないとする立場以外に、下表のような6つの仮説が考えられる。

表2 経済相互依存下の対立に関する6つの仮説 表2 経済相互依存下の対立に関する6つの仮説

 このうち本稿では、特にトランプ米国大統領の対中政策について示唆に富むと思われる①、⑤、⑥の仮説に焦点を絞り、米中貿易戦争の背景と展望について考察してみたい。

1.トゥキディデスの罠

(1)新旧覇権争い
 第一の仮説は、既存の大国と新興大国とは不可避的に覇権争いをするという、いわゆる「トゥキディデスの罠」という説である。
 この説によれば、既存の大国は、新興大国の台頭に恐怖を覚え、自分を追い抜くことを阻止しようとする。一方、新興国は、そうした既存大国の妨害をはねのけようとするため、既存大国と新興大国との間では、必然的に緊張が高まるとされる。たしかに、今回の米中対立も、中国の経済的、技術的台頭に恐怖を抱く米国が、その台頭を阻止するために制裁を発動したという側面は否めない。
 こうした新旧大国の覇権争いについて、ハーバード大学のアリソン名誉教授は、著書『米中戦争前夜――新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』で、過去500年の間に新旧大国の覇権争いが16件あり、そのうち12件は戦争に発展した一方、16件のうち4件、つまり4分の1の新旧大国の覇権争いでは軍事衝突が回避されたとしている。

(2)戦争回避の条件
 そうした4つの事例に関して、アリソン教授は、
・ローマ法王など超国家的権威の仲介【15世紀末 スペインvs.ポルトガル】
・国連やEUなどの超国家的機構での協力【第二次世界大戦後 ドイツvs.英仏】
・文化的共通点【20世紀初頭 米英】
・核兵器による相互確証破壊の存在【冷戦期 米ソ】
といった要因が、新旧大国の軍事衝突を抑止したと指摘しているが、それとともに、経済相互依存の衝突抑止効果も指摘している。

(3)米中の相互確証経済破壊
 現在の米中は、深い経済相互依存関係で結ばれているため、軍事衝突による関係断絶となれば、お互いの経済に壊滅的なダメージを受ける可能性がある。これは、核兵器による相互抑止にも似た、いわば相互確証経済破壊の状況である。昨今の米中対立を「新冷戦」と呼ぶ向きがあるが、米ソ間の「旧冷戦」との最大の違いは、今回の大国間対立が深い経済相互依存の状況かで起きているという点である。
 実際、米国と中国は、あくまで一時的な関税引き上げの応酬をしているだけであって、決して経済関係を断絶しているわけではない。まして軍事衝突に至ることは、自らの経済を破壊する行為となり、核戦争のリスクすら伴うものとなる。そう考えれば、米中対立は、軍事衝突には至らない5番目の新旧覇権争いになる可能性が高いと筆者は考えている。

2.相互依存の外交的対立助長効果

(1)米中、日中、日韓に共通する「遠慮の欠如
 他方、相互依存にある国同士では、互いに「対立が軍事衝突には発展しない」と予測し合うからこそ、より軽度な外交的対立や経済摩擦の発生には抑止がきかないという結果を生む可能性がある。
 いわば、付き合い始めたばかりの男女は互いに遠慮して相手に優しいのに、結婚して長年連れ添い、もう互いに切っても切れない関係になると、相手に遠慮しなくなって口喧嘩が絶えなくなるようなものである。
 こうした相互依存の外交的対立助長効果は、近年の日中関係、日韓関係、そして米中関係に共通する特徴であると筆者は見ている。

(2)対中関税による追加財政収入
 特にトランプ米国大統領から見て、今回の対立が決定的な関係断絶には至らないとなれば、対中関税引き上げによる追加財政収入のメリットは小さくない。表1の対中関税対象金額に追加関税率をかけ合わせてみると、第1弾から第3弾の対中関税引き上げによって、米国の国庫には年額にして推定300億ドル程度の追加財政収入が入ってきている計算になる。第4弾が完全に発動されれば、単純計算でさらに年額300億ドル程度、合計で年額600億ドル程度の追加収入となる。
 しかも、この追加関税は決して米国民が全て負担しているわけではない。実際、米国消費者物価は対中関税引き上げの影響をほとんど受けていない。対中関税引き上げが米国消費者物価に反映されない背景として、3つの相互に関係する要因を指摘できる。

(3)関税引き上げコストの回避
 一つ目は、これまでの対象物品が比較的対中依存度の低い物品だったことから、米国消費者物価全体への影響が限定的だったことである。米国市場の対中依存度は、産業機械などが主な対象だった追加関税第1弾では6.2%、集積回路などの第2弾では12.5%、食料品や家具などの第3弾でも20.5%であって、第1弾から第3弾の合計で15.7%にとどまる(内閣府2019)。
 二つ目に、追加関税負担の多くを中国側輸出者が飲み込んできたと見られる。対中関税引き上げ以降、米国消費者物価は安定的に推移している一方、中国生産者物価は伸びが落ちてきた。ここから見て取れるのは、中国企業が対米輸出価格を引き下げている可能性である。
 三つ目は、人民元安の影響だ。2018年3月に米国が、中国を含む多くの国を対象に鉄鋼およびアルミニウム製品の追加関税を発動した当時、人民元の対米ドルレートは6.26ドルであった。しかし、その後すぐさま人民元は対ドルで下落に転じ、2019年8月5日には7元を超え、2018年3月比で約12%の人民元安となっている。
 関税引き上げ第4弾は、米国市場の対中依存度が42.0%にも達し(前掲)、携帯電話やノートパソコンなど、中国製品に代わる調達先を探しにくく、かつ米国消費者に直結しやすい対象品目に10%の追加関税が課されるが、その値上げ圧力は人民元安によって相殺されうる。

3.比較劣位産業からの突き上げ

(1)自由貿易の敗者
 もう一つ指摘しておかなければならない点として、自国内の比較劣位産業からの突き上げという要因がある。
 経済学の標準的な教科書では、各国が比較優位のある産業に特化し、自由貿易をすれば互いに利益を得ることができると説明される。しかし、この理論どおり、皆が自由貿易から利益を得るためには、労働力や資本などが、輸入品との競争に敗れた産業から別の産業へと速やかに移動することが大前提になる。

(2)チャイナ・ショック
 ところが現実には、労働力の産業間移動はそれほど容易ではない。実際、MITの研究者たちが行った調査によれば、1990年から2007年までの間に、中国との貿易競争によって米国の製造業では150万人以上の雇用が失われたが、そうした労働者の約1/4が失業者として街にあふれるとともに、残りの3/4は職探しすらしなくなったという(Autor, Dorn & Hanson 2013)。
 こうした比較劣位産業の関係者や元労働者は、選挙やロビーイングなどを通じて、自分たちに憂き目を遭わせた相手国への報復を主張する。また、そうした元労働者の票を期待する政治家の側が、報復的な政策を自らアピールすることもある。

(3)自由貿易と国内政治経済の矛盾
 こうして生まれたのがトランプ大統領であり、その結果としての米中対立だという事を考えると、今回の米中貿易戦争は、単なる米中間の覇権争いではなく、むしろ、世界経済の行き過ぎた自由化と、国内政治経済の安定(つまり失業と財政金融の安定)との間の矛盾が露呈した典型的なケースだと言えよう。同様の矛盾は、イギリスはじめEU諸国でも目立ってきている。矛盾が大きくなれば、第一次大戦前の欧州のように、国内政治がポピュリズムに流されて、経済相互依存の抑止力は機能しなくなり、対立を激化させる恐れがある。

おわりに――展望

 以上、経済相互依存状況の下での米中対立構造について私見を述べてきたが、最後に、それを踏まえて今後の米中関係についての展望を述べて本稿を終えたい。

(1)短期:
 向こう1年程度の展望について、第3項で述べたとおり、今回の米中貿易戦争がトランプ大統領の国内向け政治アピールという要素が強いという点から考えれば、中国がよほどの譲歩をしない限り、米国側が早々に決着を図ることは考えられない。
 特に、第2項で述べたとおり、米国の国庫には対中追加関税のおかげで推定300億ドル以上の追加財政収入がある。この追加関税収入で、大統領選に向けた支持獲得を狙ってバラマキ政策も可能になる。実際、トランプ大統領は5月に、対中貿易戦争で不利益を受けている農家に補助金145億ドルを支給すると発表した。追加財政収入を使って、さらには中間所得者向けの減税やインフラ投資なども可能となろう。
 この追加関税収入を手放してまで、年内早い段階で米中協議をまとめるインセンティブは、中国がよほどの譲歩をしない限り、トランプ大統領にとってはほとんどないと筆者は考える。4月、5月ごろは、そのよほどの譲歩をする姿勢を中国側が一瞬見せたのだろうが、そんな譲歩は中国国内で理解が得られず流れたのだろう。
 トランプ大統領としては、このまま対中強硬姿勢を維持し、選挙が近づく年明けの適当な時期に合意すればよいと考えているのではないかと想像される。対中貿易戦争の勝利を声高に主張することで、米国株式市場の値も上がり、大統領選への大きなアピール材料となるだろう。

(2)中長期
 中期的な展望として心配されるのは、米中貿易戦争の結果として、米中経済のディカップリングが進むことである。ディカップリングが進んでしまうと、経済相互依存の抑止効果が弱くなるため、第1項で指摘したのとは逆に、紛争の危険が増してしまうからだ。
 他方、今の国際経済ルールをそのまま放置しておくと、第3項で指摘した世界経済の行き過ぎた自由化と国内政治経済の安定との間の矛盾が解消されず、これも対立激化、紛争への発展が危惧される道となる。
 したがって、米中が手を取り合って、国際経済の新しいルール、すなわち自由化の程度を少し抑え、国内の雇用や財政金融の安定との両立を志向する、かつてのブレトウッズ体制のようなルールの再構築を目指す必要があろう。日本にも、そうした国際経済秩序の新たなルール作りの可能性を想定した戦略の準備を期待したい。

(脱稿日 2019年8月6日)

【参考文献】

  • 内閣府『世界経済の潮流』2019年7月26日。
  • Allison, G. 2017. Destined for War: Can America and China Escape Thucydides's Trap? Boston: Houghton Mifflin Harcourt.(藤原朝子訳『米中戦争前夜――新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』ダイヤモンド社)
  • Autor, D., Dorn, D., & Hanson, G. H. 2013. The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States. American Economic Review 103(6): 2121-2168.
  • Copeland, D. 2014. Economic Interdependence and War. Princeton: Princeton University Press.
  • Doyle, M. 1983. Kant, Liberal Legacies, and Foreign Affairs. Philosophy and Public Affairs 205: 207-208.
  • Gartzke, E. 1998. Kant We All Just Get Along? American Journal of Political Science 42: 1-27.
  • Papayoanou, P. A. 1996. Interdependence, Institutions, and the Balance of Power. International Security 20: 42–76.
  • Rodrick, D. 2011. The Globalization Paradox: Democracy and the Future of the World Economy. New York: W. W. Norton & Co.
  • Russett, B. 1993. Grasping the Democratic Peace: Principle for a Post-Cold War World. Princeton.
  • Princeton University Press.(鴨武彦訳 『パクス ・デモクラティア - 冷戦後世界へ の原理』東京大学出版会)
  • Sekiyama, T. 2019. An Outlook for the US-China Trade War: What makes the two economically interdependent superpowers confront each other? Security Studies, 1, 1, 38-49.
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