論考シリーズ

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第18回 2019/08/02

中国国防白書「新時代の中国の国防」

小原 凡司(笹川平和財団上席研究員)

はじめに

 2019年7月24日、中国国務院新聞弁公室が2019年版の国防白書『新時代の中国の国防』を発表した。2015年5月26日に、中国国防部が、『中国の軍事戦略』と題した2015年版の国防白書を発表してから4年が経過している。中国の国防白書は、1998年以降2010年まで2 年ごとに発表されてきた。2010年から2013年まで3年間の間が空いたが、その次の発表は2015年で、やはり2年間隔であった。
 2019年版国防白書『新時代の中国の国防』は、2017年10月に開かれた中国共産党第19回全国代表大会(19大)の主題であった「新時代」を主題として掲げている。習近平主席が19大において「新時代」を宣言して[1]以降、ほぼ3年を経て、改めて「新時代」を主題にしたことにも意味がある。
 2019年版国防白書は、緒言、1.国際安全保障情勢(国際安全形勢)、2.新時代における中国の防御的国防政策(新時代中国防御性国防政策)、3.新時代における軍隊の使命任務の履行(履行新時代軍隊使命任務)、4.改革の中にある中国の国防および軍隊(改革中的中国国防和軍隊)、5.合理的で適切な国防支出(合理適度的国防開支)、6.人類運命共同体構築への積極的取組(積極服務構建人類命運共同体)、結語、から構成されている[2]。
 2015年版国防白書の構成が、緒言、1.国家安全保障情勢(国家安全形勢)、2.軍隊の使命および戦略的任務(軍隊使命和戦略任務)、3.積極的防御戦略方針(積極防御戦略方針)、4.軍事力の建設および発展(軍事力量建設発展)、5.軍事闘争準備、6.軍事安全保障協力(軍事安全合作)、となっていることと比較すると、2019年版国防白書の軍事外交重視の特徴が見えてくる[3]。
 簡単に言えば、2015年版国防白書は戦略レベルの目標について述べているのに対し、2019年版国防白書は政策レベルの内容になっている。ボリュームも異なる。2015年版国防白書は1万字足らずであったが、2019年版国防白書がその2倍近い字数となっていることも、より具体的な政策を述べようとしたことの結果であろう。
 本稿は、2019年版国防白書の内容を分析し、2015年版国防白書と比較することによってその性格を明らかにし、なぜ、このタイミングでの発表になったのか、なぜ、このテーマが採用されたのかを考察する。

1 情勢認識

 情勢認識の部分を見れば、中国の問題意識を理解することができる。2015年版国防白書は、「国家安全保障情勢」という項建てになっており、「中国の発展は、まだ大いに伸びる余地がある重要な戦略的時期にあり、外部の環境は総じて有利である」と述べるように、あくまで中国を中心に、特に「中国の発展」にとって有利か不利かという視点で、世界および地域の安全保障情勢を分析する形式をとっている。
 これに対し、2019年版国防白書は、「国際安全保障情勢」という項建てで、「国際社会における戦略的競争は激しさを増している」という主張が中心になっており、国際社会のシステム・レベルの問題に焦点を当てた、客観的な情勢分析の形をとろうとしている。
 このような視点で情勢を分析するのは、米国を、中国にとっての脅威とするのではなく、国際社会にとっての攪乱要因だと指弾するためだと考えられる。2015年版国防白書は、国際情勢は中国の発展に有利だとしているのに対し、2019年版国防白書は、国際的な安全保障環境が悪化していると情勢認識を変化させている。その原因が米国だというのだ。
 2019年版国防白書は、「国際戦略的競争が勢いを増している。米国が国家安全保障戦略と国防戦略を調整し、単独行動主義政策を展開し、大国間競争を惹起し激化させ、軍事費を大幅に増加し、核、宇宙、ネットワーク(サイバー空間)、ミサイル防衛等の領域における能力向上を加速し、グローバルな戦略的安定を損ねている」と述べ、米国を非難している。
 中国は、国防白書において米国との対決姿勢を示したことになるが、米国と中国の対決ではなく、国際社会と米国の対決だと主張しているのだ。これは、中国が、単独で米国と対決することを避けたいと考えていることを示唆する。中国が単独での対決を避けたいのは、米国との戦争に勝利できないという認識を含め、単独での対決が中国に不利だという認識があるからだと考えらえる。2019年版国防白書の情勢認識に関する記述は、米国との直接対決を避け、国際世論工作を主とする外交戦を展開するという中国の意図を反映したものだと言える。
 それでも、中国が国防白書で明確に米国を非難するのは初めてのことである。世界経済および戦略の重心は引き続きアジアにあるとし、米国がアジアにおける軍事同盟を強化しているとする。その文脈の中で、日本とオーストラリアの安全保障政策および軍事活動についても述べられているが、米国の同盟国としての位置付けで、安全保障環境悪化の根源は米国であるという印象を与える。
 そして、「国家が直面する危険と挑戦を座視することはできない」として第一に掲げるのが、台湾独立勢力である。続いて、陸上の境界紛争、島嶼領土問題および海上境界紛争を挙げ、域外国家の艦艇や航空機が幾度も中国の領海および島、岩礁付近の海空域に進入して中国の安全に危害を加えているとする。南シナ海における米海軍の「航行の自由作戦(FONOPs)」を念頭に置いた表現である。
 「国際軍事競争が激烈さを増している」理由として挙げるのが技術である。「新しい科学技術革命と産業革命が進む中、人工知能(AI)、量子情報、ビッグデータ、クラウドコンピューティング、IoT(Internet of Things)等、最先端の科学技術の軍事領域への応用が加速し、国際軍事競争の局面に歴史的な変化が発生している」という記述は、中国がこれら技術の軍事装備品への応用を急ぐ意思を示している。

2 新時代における中国の防御的国防政策

 「新時代」は、2019年版国防白書の主題である。そして、単に「国防政策」とせずに「防御的国防政策」とするのは、中国の軍備増強や軍の活動が中国防衛のためであるとする、国際社会に向けての主張であろう。
 白書が新時代の中国の国防政策として第一に挙げるのが、「侵略を抑止し抵抗し、国家の政治的安全、人民の安全および社会の安定を保護し、『台独(台湾独立)』に反対し抑制し、チベット独立および東トルキスタン等の分裂勢力を打撃し、国家の主権、統一、領土の完全性と安全を防衛する」ことである。単に「国家を防衛する」とせず、その前に「侵略を抑止し抵抗する」と加えているのは、米国の武力行使に対する警戒心の現れであるとも考えられる。
 一般的に、国家は領土、主権、国民の3つの要素から成り立つとされ、国家を防衛するとは、具体的にこの3要素を防衛することであるとされる。しかし、中国が他国と異なるのは、台湾の統一を果たして初めて中国の領土統一が完成すると認識していることだ。習近平主席が、「外部勢力の干渉や台独(台湾独立)分子」に対して武力行使を辞さない姿勢を示したのは、2019年1月2日に開かれた、「台湾同胞に告げる書」40周年記念式典でのことである。中国は、鄧小平氏が最高指導者であった1979年、台湾政策を武力解放から平和統一へ転換する「台湾同胞に告げる書」を発表した。
 「新時代」における中国の国防政策は、台湾問題については打撃という表現を用いず、「反対し抑制し」という表現に抑えられている一方、米国に配慮する必要がないと中国が考える国内の独立運動などに対しては強い姿勢を示すのである。武力行使も辞さないという意図とは裏腹に国防白書において抑制的な表現を用いるのは、中国が攻撃的であるという印象を与えるのを避けたかったからだと考えられる。
 続いて、「国家の海洋権益を維持し保護し、国家の宇宙、電磁波、サイバー空間等における安全を維持し保護し、国家の海外における利益を維持し保護し、国家の持続可能な発展を支える」と述べ、海洋に加え、宇宙、電磁波、サイバー空間といった新しい領域に対する軍事的関心を示している。これは、2018年12月に日本の新大綱が打ち出した「多次元統合防衛力」に通じるものだ。防衛大綱の中で、多次元統合防衛力は、統合運用による機動的かつ持続的な活動を行うとした前大綱で示された統合機動防衛力の方向性を深化させつつ、宇宙、サイバー空間、電磁波を含む全ての領域における能力を有機的に融合し、平時から有事までのあらゆる段階における柔軟かつ戦略的な活動の常時継続的な実施を可能とするものと定義されている[4]。
 日本の多次元統合防衛力も中国の政策も、すでに米軍が完成させようとしているマルチドメインバトル構想(多次元戦闘構想)という作戦構想に追随するものである。中国が米国の作戦構想に追随する限り、中国人民解放軍が目指す姿は米軍そのものになり、類似の装備体系を構築することになる。これでは、中国人民解放軍が米軍に対して圧倒的優位を獲得することは難しい。中国は、今世紀半ばに世界一流の軍隊にすると繰り返しているが[5]、この表現も、米軍に比肩する軍事力を構築するという意味であり、必ずしも米軍を凌駕するとしている訳ではない。
 そして白書は、中国は国家主権と領土の完全性を維持し保護すると述べる。ここで、南シナ海の(中国が主張する)諸島および尖閣諸島を中国固有の領土であると主張している。中国が南シナ海で人工島の軍事拠点化を進めることについては必要な防御能力の構築であるとし、東シナ海の尖閣諸島周辺海域でパトロールを行うことは法に則った国家主権の行使であるとしている。南シナ海および東シナ海における中国の権利の主張および行動の正当化に変化は見られない。
 続けて、白書は台湾問題の解決について述べるが、ここでは、台湾の独立は軍が必ず阻止するという強い決意を見せる。中国は、国家主権と領土の完全性を維持し保護する固い決意と強大な能力を有しているとし、いかなる人、いかなる組織、いかなる政党であろうと、いかなる時期、いかなる形式であっても、そしていかなる中国の領土の一部であっても中国から分裂させることを決して許容しないとする。その上で、「もしある者が台湾を中国から分裂させようとすれば、中国の軍隊は、一切の代価を惜しまず、敵に敗北を味わわせ、国家の統一を敢然と防衛する」というのだ。
 台湾問題に対する姿勢の記述は目新しいものではない。その後に述べられる、中国国防の戦略方針も、中国の特色のある強軍の路も、これまで述べられたことの繰り返しである。さらに、「人類運命共同体」についても述べられているが、これも、中国国務院が2011年に発表した『中国の平和発展』白書で示された「運命共同体」の視点が基になっており[6]、2012年11月の中国共産党第18回全国代表大会(18大)において明確に提示されたもので、これもまた新鮮味に欠ける。

3 新時代における軍隊の使命任務の履行

 2019年版国防白書は、新時代の人民解放軍が履行する使命と任務として、「国家の領土、主権および海洋権益を維持し保護する」、「常に準備を怠らない戦備状態を保持する」、「実戦化された軍事訓練を展開する」、「重大な安全保障領域における利益を維持し保護する」、「反テロ安定維持行動を遂行する」、「海外における利益を維持し保護する」、「緊急災害派遣に参加する」ことを挙げている。
 しかし、それぞれの内容も第2項と同様、これまで中国が表明してきたことの繰り返しであり、新たに提示されたものとは言えない。第2項「新時代における中国の防御的国防政策」と併せて、この第3項においても、「新時代」に人民解放軍がとるべき行動について、これまで中国共産党指導部が提示してきた方針を総括した形で示しているのだ。
 ただし、この項では、2019年版国防白書の一つの特徴である、データの提示が行われている。各項目を説明する中で、例えば、東シナ海、南シナ海および黄海等における行動について「2012年以来、艦艇による警戒パトロールを4600回あまり、権益維持のための法執行を7万2000回あまり実施した」等、ごく一部ではあっても、数字などのデータを示す努力が見られる。これは、自らの国防政策や軍事活動が透明性のあるものだと言いたいのであろう。

4 改革の中にある中国の国防および軍隊

 興味深いのが、第4項である。2015年11月26日に開催された中央軍事委員会改革工作会議において決定され開始された人民解放軍の改革[7]が未だ途上にあることを、特に項立てまでして自ら示しているからだ。中国の全ての武装力量を指揮する中央軍事委員会は、2016年1月1日に公表した『中央軍事委員会の国防及び軍隊改革を深化させることに関する意見』の中で、2016年中に大規模な構造および作戦能力システム、軍の教育機関、武装警察の改革を実施して段階的な改革を基本的に完成させ、2017年から2020年にかけて関係する改革領域において調整、優良化および改善を進め、各領域の改革推進を維持すると述べている[8]。組織の改編自体は2016年中に終えることができるが、新しい組織が習近平主席の意のままに機能するまでには4年間という時間が必要だと、指揮官自らが述べたことになる。
 この項の前半は、人民解放軍の指揮システム、編成および政策制度について、どのような改革がどのような目的で行われたのかを、習近平政権の成果として強調しているが、改革の途上にあることが明確に示されているのが武装警察である。
 武装警察は、2018年1月10日に、ようやく中央軍事委員会の基に編成替えされ、指揮の一本化が成立した[9]。武装警察の組織改編が2018年まで実施できなかったのは、中国国内の権力闘争の影響も考えられる。武装警察は、組織改編前は、組織上は国の組織である公安部(警察省)の下に配置されていた。中央軍事委員会の直接指揮も受けるとはされていたものの、組織上の指導組織である政法委の管理下にあった。この政法委に絶大な影響力を持っていたのが、江沢民元主席と関係が深い周永康氏である。
 2018年1月の組織改編によって、武装警察は政法委の管理を離れ、中央軍事委員会の指揮のみを受けることになったが、2019年版国防白書は、「強大で近代化された武装警察部隊の建設に努力する」として、改革が途上にあることを示唆している。また、組織改編後も、「武装警察の職能および属性に変化はなく、人民解放軍の序列には組み込まれない」とするのは、武装警察内に存在する、改革に対する抵抗への配慮であるとも考えられる。
 2019年版国防白書において、軍備増強について述べられているのは、「国防と軍隊の全面建設を推進する」とされた部分においてのみである。この部分でも、新たに述べられていることはほとんどないが、「標準化、系列下、通用化の水準を全面的に向上させる」と明言していることは興味深い。1990年後半以降の海軍艦艇の建造等の状況を見れば、中国人民解放軍が武器装備の標準化と系列化を図ろうとしてきたことは理解できたが、その方向性を明文化した格好である。
 15式主戦車、052D型駆逐艦、J-20戦闘機、DF-26中距離弾道ミサイルといった兵器を挙げるのは、これら兵器が今後の人民解放軍の主力として大量に配備されることを意味している。中でも、中距離弾道ミサイルを主力としていることには注意を要する。中国の中距離弾道ミサイル能力の向上は、米国の警戒感を高める結果を生んでおり、INF全廃条約撤退にも関連していることから、核抑止をめぐるルールの変更にもつながる可能性があるからである。

5 合理的で適切な国防支出

 2019年版国防白書の主要な目的の一つだと考えられるのが、中国の軍備増強及び軍事活動の正当化と透明性の演出である。これを示しているのが、第5項の国防支出に関する内容である。
 ここでは、中国の国防予算がGDPに占める割合についての数字を時系列で示し、最近の30年は一貫して2%以内に収まっているとして、中国は軍備増強のために過大な支出をしていないと主張している。また、国防費の国家財政支出に占める割合も示し、この数字が下降傾向にあることを示して、中国が過度の軍備層強を進めているというイメージの払拭に努めている。
 この項で目を引くのは、中国の武器装備品の研究開発費も、公表される国防費に含まれると主張していることである。これまで一般的に、中国の国防予算には武器装備品の研究開発費等が含まれておらず、実際の中国の国防予算は公表される金額よりはるかに大きいと言われてきた。2019年版国防白書は、こうした分析を否定して中国の国防費に関する透明性を主張し、急速に軍備増強しているというイメージを否定しようとしているのだ。
 そして、中国の国防費は合理的な理由に基づいているとし、各国国防費のGDPに占める割合および財政支出に占める割合と比較して、中国の国防費が決して突出して大きい訳ではないと主張している。こうした主張は、中国に対する軍備増強についての国際社会の批判をかわすために行われていると考えられる。

6 人類運命共同体構築への積極的取

 そして、2019年版国防白書は、最後の第6項で、中国は各国人民の期待を反映して人類運命共同体の構築を目指しているのだと主張する。先に述べたとおり、中国は、2012年の18大から人類運命共同体という考え方を提示しており、新しい概念とは言えないが、ここでは、「人類運命共同体の理念を実践し、大国の軍隊としての責任を積極的に履行する」と述べて、大国としての責任を果たすと主張している。
 最近の中国は「大国の責任」を強調し始めた。例えば、2018年12月、各中国メディアはアデン湾海賊対処活動派遣10周年を特集し、これら記事の中で、繰り返し「大国の責任」という表現が使用されている[10]。
 中国の大国としてのステータスを支えるものの一つが、国連安全保障理事会常任理事国という地位である。「断固として国連憲章の主旨と原則を維持し保護する」と題した部分の中で、「国連創始メンバーおよび安保理常任理事国として、中国は国際的な取組における国連の中核的役割を断固として維持し保護する」と述べる。
 中国がこうした国連に関する発言を繰り返すのは、国連が中国にとって都合の良い枠組みだからだと考えられる。中国が嫌うG7の枠組みとは異なり、先進国だけが国際的な問題解決に取り組むのではなく、国連では参加国全てが投票権を持ち、発展途上国の意向も反映される枠組みとなっている。中国は経済支援および投資等を通じて、自らの支持者として発展途上国を取り込もうとしてきた。中国は、国連を、自らの意向を反映させやすい枠組みだと考えているとも言える。さらに中国は、安保理常任理事国として拒否権も持っている。
 中国は、自らが大国として国際社会における問題解決のために主導的な役割を果たすと主張し始めた。中国はこれまでも、協力とウィンウィンを中核とした「新型国際関係」を構築すると宣言してきた。例えば習近平主席は、2015年9月3日に実施した軍事パレードの際に行った講話の中で「各国は国連憲章の主旨と原則を中核とする国際秩序と国際システムを共同で維持し保護しなければならず、協力とウィンウィンを中核とする新型国際関係を積極的に構築しなければならない」と主張している[11]。
 2019年版国防白書は、続いて、「平等、相互信頼、協力、ウィンウィンの新型安全保障パートナー関係の構築を推進する」という項目を建てる。ここでは、最初に中国の軍事交流の状況を説明した後、ロシアとの軍事協力について述べている。国家との軍事協力で名前が挙げられているのはロシアだけである。ロシアとの協力は、グローバルな戦略的安定を維持するために重要な意義を有するとして、中国が今後、ロシアとの軍事協力を米国に対抗するための主要な手段とすることを示唆している。
 ロシアに続いて欧州との軍事協力について述べるのは、トランプ政権の政策に警戒感を持つ欧州各国が「戦略的自立」を模索し始め[12]、米国と距離を置こうとしている欧州を取り込む好機だという中国の認識を反映したものだと考えられる。次に、アフリカ、南米、カリブ、南太平洋の発展途上国との軍事協力に言及する。これら、中国が軍事協力の対象とする国や地域に関する記述は、中国の軍事外交の重点を示すものだとも言える。

おわりに

 2019年版国防白書の第一の特徴は、米国が国際社会の不安定要因であると名指しし、批判したことである。2019年7月まで中国が国防白書を発表できなかったのは、米国に対する評価について、中国国内のコンセンサスがとれていなかったことが一因だと考えられる。しかし、米国の対中強硬姿勢が、トランプ大統領だけではなく、米国議会やそれを後押しする米国経済界に共通したものだということが明らかになるにつれ、中国は、譲歩するだけでは米国の圧力をかわすことができないと考え始めたのだろう。
 報道によれば、2019年5月、中国政府は米中貿易交渉の合意文書案の全7章に修正を加えて米国側に提示した。米国は、「(中国側は)通商合意の核となる構造の土台を壊してしまった」と認識している[13]。中国国内にも、対米姿勢の変化が確認できる。米国メディアによれば、中国指導部は、米国との貿易紛争巡る対応の一つとして、国営メディアに「貿易戦争」という言葉の使用を禁じていた。だが、トランプ米大統領が追加関税賦課を再び発表したことでこれが変わり、2019年5月頃には再びこの表現が多用されるようになったのだという[14]。一方、政府と共産党の公式メディアは、結束して外圧に抵抗するよう国民に呼び掛ける論説記事を盛んに配信し始めた。同年5月13日、共産党系メディアは、ウェブサイトに掲載した論説で、米中貿易紛争は「人民戦争」であり、中国全体への脅威だと論じた[15]。
 また、習近平指導部は、米国との貿易戦争を長征になぞらえて、国内に持久戦への備えを呼びかけている[16]。習近平主席は、江西省にある長征記念公園で「いま再び新たな長い道のり(を進む戦い)が始まった」と語ったのだ。国民党軍に敗れた共産党軍が拠点の江西省瑞金を放棄し、1934年から1万2500キロメートルを歩いたのが長征である。
 このような中国国内の状況および対米姿勢の変化を見ると、中国共産党内では、米国に対抗するという、ある程度のコンセンサスがとれたのではないかと考えられる。そのため、米国を名指し批判する国防白書を発表したのではないだろうか。
 しかし、2019年版国防白書が述べるのは、米国と中国の対立ではない。中国は、国際社会と米国との対立という構図を描こうとしている。その構図を国際情勢認識に明確に示す一方で、中国は国際社会のために大国としての責任を果たすとし、中国の軍備増強が透明性を担保した合理的で適正なものであると主張している。これらの主張は、国際社会の支持を得るためのものだと考えられる。こうした記述は、中国が、直接の軍事衝突ではなく、当面は外交的手段を用いて米国に対抗するという意図を表明したものとも理解できる。
 そして、中国が提示する主要な具体的手段が、ロシアとの軍事協力である。ロシア側の発表によれば、2019年7月23日、竹島周辺で「領空侵犯」したとして韓国軍の警告射撃を受けたロシア軍機は、中国軍機と合同パトロールを実施中であった。翌24日、記者会見した中国国防省報道官も「中ロ両空軍は北東アジア地域で初めて共同で戦略的な巡航を実施した」と述べている[17]。哨戒飛行にしても情報収集飛行にしても、複数機が編隊を組んだり近傍を飛行したりする軍事的合理性はなく、合同パトロールには、中ロの軍事協力を誇示するという政治的メッセージを発信する目的があると考えられる。
 北朝鮮の短距離ミサイル発射も、明確になった中国とロシアの対米姿勢を見て、この趨勢に便乗したとも考えられる。2019年版国防白書で明らかにされた中国の対米姿勢は、日本周辺および西太平洋地域全般における安全保障環境に変化をもたらす可能性がある。

(脱稿日 2019年7月30日)

1「十九大報告、習近平宣示“新時代”」『新華網』、2017年10月22日(http://www.xinhuanet.com//politics/2017-10/22/c_1121837239.htm、2019年7月24日確認)。

2「新时代的中国国防」『新華社』、2019年7月24日(http://www.xinhuanet.com/politics/2019-07/24/c_1124792450.htm、2019年7月24日確認)。

3「中国的軍事戦略(全文)」『中国国防部』、2015年5月26日(http://www.mod.gov.cn/auth/2015-05/26/content_4586723.htm、2015年5月27日確認)。

4「平成 31 年度以降に係る防衛計画の大綱について」『防衛省』、2018年12月18日(https://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/guideline/2019/pdf/20181218.pdf、2019年7月27日確認)。

5例えば、「決勝全面建成小康社会 奪取新時代中国特色社会主義偉大勝利―在中国共産党第十九次全国代表大会上的報告」『中華人民共和国中央人民政府』2017年10月18日(http://www.gov.cn/zhuanti/2017-10/27/content_5234876.htm、2017年10月19日確認)など。

6「国務院新聞弁発表≪中国的和平発展≫白皮書(全文)」『中華人民共和国』、2011年9月6日(http://www.gov.cn/jrzg/2011-09/06/content_1941204.htm、2019年7月27日確認)。

7「習近平出席中央軍委改革工作会議」『中国軍網』2015年11月26日(http://www.81.cn/sydbt/2015-11/26/content_6787613.htm、2015年11月28日確認)。

8「中央軍委関于深化国防和軍隊改革的意見」『新華社』、2016年1月1日(http://news.xinhuanet.com/mil/2016-01/01/c_1117646695.htm、2016年1月9日確認)。

9「中央軍委向武警部隊授旗儀式在北京挙行 習近平向武警部隊授旗併致訓詞」『新華社』、2018年1月10日(http://www.xinhuanet.com/2018-01/10/c_1122240239.htm、2018年2月11日確認)

10「護航10年、中国海軍亜丁湾上奏響平安楽章」『解放軍報』2018年12月27日(http://www.mod.gov.cn/action/2018-12/27/content_4832952.htm、2019年3月9日確認)。

11「習近平在紀念中国人民抗日戦争曁世界反法西斯戦争勝利70周年大会上的講話」『新華社』2015年9月3日(http://news.xinhuanet.com/2015-09/03/c_1116456504.htm、2016年11月3日確認)。

12例えば、2019年7月9日からブラティスラバで開催されたGLOBSEC2019の複数のセッションにおいて、欧州各国から参加した政治家、官僚、研究者等のパネリストたちが、米国と適正な距離を置く「戦略的自立」を主張した。

13 「米中貿易交渉、中国が合意文書案に大幅な修正=関係筋」『REUTERS』2019年5月8日(https://jp.reuters.com/article/usa-trade-china-backtracking-idJPKCN1SE15O、2019年6月7日確認)。

14「対米貿易紛争、「人民戦争」に変化-メディアの言葉遣い統制する中国」『Bloomberg』2019年5月15日(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-05-15/PRIWRL6JIJUP01、2019年5月15日確認)。

15「社評:美方不断囂張喊話、実為自我打気」『環球時報』2019年5月13日(http://opinion.huanqiu.com/editorial/2019-05/14888043.html?agt=16379、2019年5月16日確認)。

16「中国、対米持久戦の構え 「長征」主張も、国内に異論」『日本経済新聞』2019年5月24日(https://www.nikkei.com/article/DGKKZO45198190T20C19A5FF1000/、2019年6月21日確認)。

17「中露、日米韓を試す 竹島・東シナ海、空軍共同飛行」『毎日新聞』2019年7月25日(https://mainichi.jp/articles/20190725/ddm/012/030/051000c、2019年7月28日確認)。

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