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第14回 2019/04/03

政府活動報告に見る2019年の中国のマクロ経済政策

田中 修(奈良県立大学特任教授)

はじめに

 3月5日、北京で全国人民代表大会が開催され、李克強総理が政府活動報告(以下「報告」)を行った。今回は経済減速と、米中経済交渉のさなかでの報告となった。本稿では、報告のうち、2019年のマクロ経済政策関連部分の主要なポイントを解説する。

1.経済情勢認識

 報告は、一方で現状についての厳しい認識を示し、「2019年、中国の発展が直面する環境はより複雑、より峻厳であり、予想できるリスクと試練と、予想し難いリスクと試練が、より多く、より大きくなっている」とした。しかし他方で、中国の発展はなお重要な戦略的チャンスの時期にあり、「我々は各種の困難や試練に戦勝する確固たる意志と能力があり、経済が長期に好い方へ向かう趨勢は変わっていないし、変わることはない」と、経済の先行きに強気の姿勢を示している。

2.経済政策の基本方針

 報告は、「5つの堅持」(①安定の中で前進を求めるという政策の総基調、②新発展理念、③質の高い発展の推進、④サプライサイド構造改革という主線、⑤市場化改革の深化とハイレベルの開放拡大)と、「6つの安定」(雇用、金融、対外貿易、外資、投資、予想)を政策の基本方針とすることを要求する。
 また、マクロ経済政策については、「積極的財政政策と穏健な金融政策を引き続き実施し、雇用優先政策を実施し、政策の協調や組合せを強化し、経済運営を合理的区間に確保し、経済社会の持続的で健全な発展を促進しなければならない」としている。
 建国70周年のように大きな政治イベントがある年は、「安定」とりわけ経済社会の安定が重視される。このため、マクロ政策に財政政策および金融政策と並ぶ項目として、「雇用優先政策」が新たに加わった。

3.2019年の経済目標

(1)経済成長:6%~6.5%(2018年の目標は6.5%前後、実績は6.6%)
 成長目標が下方修正されたが、国家発展改革委員会の経済報告は、①経済運営における不安定要因と不確定要因を十分推し量っており、②市場の予想の安定に資するもので、③現在の中国の経済成長の潜在力に合致している、と説明している。
(2)雇用

  1. 都市新規就業増:1100万人以上(2018年の目標は1100万人以上、実績は1361万人)
    ただ、後述のとおり、この目標は実質かさ上げされている。
  2. 都市調査失業率:5.5%前後(2018年の目標は5.5%以内、実績は12月末全国都市調査失業率4.9%、31大都市調査失業率4.7%)
  3. 都市登録失業率:4.5%以内(2018年の目標は4.5%以内、実績は12月末3.8%)

(3)消費者物価上昇率:3%前後(2018年は3%前後、実績は2.1%)

4.積極的財政政策

(1)財政赤字比率の拡大
 積極的財政政策については、報告は「力を強め効果を高めなければならない」とする。
 2019年度の財政赤字の対GDP比率は2.8%とされ、2018年度の2.6%より0.2ポイント高められた。
 報告は、財政赤字の対GDP比率を「適度に」引き上げた理由として、「財政収支や特別債券の発行等の要因を総合的に考慮するとともに、今後出現する可能性があるリスクに対応するため、政策余地を留保することをも考慮した」と説明している。特別地方債は、収益性のあるプロジェクトの資金に用いられるため、地方政府の債務にはカウントされない。このため、債務リスク軽減と両立が可能となる。財政赤字の対GDP比率を一気に3%に戻さなかったのは、今後の米中経済摩擦の行方しだいで、景気対策を発動できる余地を残そうとしたのであろう。
(2)大規模な減税
「包括的な減税と構造的な減税を併せ打ち出し、製造業と小型企業、零細企業の税負担を重点的に引き下げる」とする。

  1. 増値税改革の深化
    製造業の税率を16%から13%に、交通運輸業や建築業等の業種の税率を10%から9%に引き下げる。全ての業種の税負担を減らすのみで、増やさないようにする。
  2. 年初に打ち出した、小型企業と零細企業への包括的減税政策を実施する
    劉偉財政部副部長は、3月7日の記者会見において、この中身につき、1月1日から、1)小型企業、零細企業の認定基準を緩め、1798万社を新たに認定し、企業所得税の税率を引き下げ、小規模納税者の増値税課税最低限を引き上げたと説明している。

(3)企業の社会保障費用負担引下げ
 都市従業員基本年金保険の単位保険料を16%まで引き下げ、2019年は、企業とりわけ小型企業と零細企業の社会保険料負担を実質的に引き下げる。
(4)財源の捻出
 減税と費用引下げの規模は、2018年度の1.3兆元から2兆元へと、大幅に拡大した。この財源捻出のため、中央財政は、特定国有金融機関と中央企業からの利潤上納を増やし、一般支出を5%以上圧縮し、「公費接待、公費海外出張、公用車の購入維持」経費を3%前後圧縮し、長期遊休資金を一律に回収して、赤字規模の拡大を防ごうとしている。
(5)地方債の活用
 2019年度は、特別地方債を2.15兆元計上(前年度比8000億元増)し、重点プロジェクト建設のために資金を提供するとともに、特別地方債の使用範囲を合理的に拡大するとしており、インフラ投資の財源として、特別地方債の役割が重視されている。

5.穏健な金融政策

(1)適度な緩和と引締め
 報告は、「穏健な金融政策は、緩和と引締めを適度にしなければならない」とする。
 金融政策の表現から「(景気)中立性維持」が落とされた。また、2018年の流動性の合理的な「安定」が「充足」に置き換えられている。これからすれば、2018年より金融政策が緩和気味に運営されることは明らかであるが、それは「バラマキ」ではなく、重点は民営、小型企業及び零細企業の資金確保にある。さらに、従来M2と社会資金調達規模の目標は具体的数値が定められることが多かったが、今回は名目成長率に合わせることとされた。
 人民銀行の易綱行長は3月10日の記者会見において、「中立性」が落ちたことにつき、「実際上、穏健な金融政策の中身に変化はない」とし、「緩和と引締めを適度」の意味は、M2と社会資金調達規模の伸びを大体名目成長率に一致させることである、と説明している。
(2)企業の資金調達難と資金調達コスト高の問題緩和
 適時預金準備率や金利等の手段を運用して、金融機関の貸出拡大を誘導し、貸出コストを引き下げる。特に、中小銀行への方向を定めた預金準備率引下げを強化し、解放された資金を全部民営、小型企業及び零細企業への貸出に用いる。
 また、2019年は、国有大型商業銀行の小型企業と零細企業向け貸出を、30%以上増やさなければならないとしているが、これは不良債権比率の増大をもたらし、資本を棄損する可能性がある。このため、大型商業銀行が多くのルートで自己資本を充実させることを支援する。
(3)為替レートの安定
 「為替レート形成メカニズムを整備し、合理的均衡水準における人民元レートの基本的安定を維持する」とする。人民元レートについては、従来の表現が復活したが、これは為替レートを安定させる(人民元レートを切り下げない)ことにつき米中間のコンセンサスが進んだことを反映しているのであろう。

6.雇用優先政策

(1)雇用目標の実質的引上げ
 報告は、「雇用優先政策:全面的に力を発揮しなければならない」とする。そして「2019年は、初めて雇用優先政策をマクロ政策のレベルに置いたが、その趣旨は、各方面が雇用を重視し、雇用を支援する方針を強化することにある」と説明している。
 報告は当面の雇用情勢につき、「当面及び今後一時期、中国の雇用総量圧力は減らず、構造的矛盾は際立ち、新たな影響要因も増加しており、雇用をより際立てて位置づけなければならない」とし、2019年、新規就業者増については、予期目標を実現する基礎の上で、ここ数年の実際規模に達するよう要求している。
 経済指標の中で、李克強総理は雇用指標を最も重視している。これまで新規就業増目標は例年超過達成されていたので、1100万人を達成するだけでは実質減となる。雇用圧力を緩和するためにも、新規就業増目標は超過達成が必要とされているのである。
(2)雇用の安定と拡大
 雇用の重点層が、これまでの大学新卒者及び出稼ぎ農民に加え、新たに退役軍人と一時帰休者が加わった。これらの雇用問題が深刻化していることが分かる。
 具体的対策としては、農村貧困人口と都市登録失業半年以上の者を雇った各種企業に対し、3年以内で定額税と費用の減免を行うとともに、失業保険基金残高から1000億元を抽出し、延べ1500万人以上の従業員の技能向上と転職転業訓練に用いる。また、高等職業学校の入学募集定員を100万人増やし、より多くの高校卒業生、退役軍人、一時帰休者、そして出稼ぎ農民等の吸収を図っている。

7.強大な国内市場の形成

(1)消費
 まずは、改正個人所得税法をしっかり執行し、減税政策に合致する約8000万人の納税者に恩恵を与えることが重点となる。
 新たなサービスとしては、老人介護とりわけコミュニティの老人介護サービス業の発展に力を入れるとともに、多様な形式の幼児保育サービスの発展を加速する。このほか観光業を大いに発展させ、新エネルギー自動車購入の優遇政策を引き続き執行する。
(2)投資
 鉄道投資8000億元、道路及び水運投資1.8兆元の完成がメインとなる。このほか、いくらかの重大水利プロジェクト、都市間交通、物流、地方都市インフラ、災害防止、民間航空及び一般航空(地形測量や農薬散布など貨物と旅客輸送以外のもの)等のインフラ施設の投資を強化し、新世代情報インフラの建設を加速する。また、より多くの民間資本を重点プロジェクト建設に参加させる。

おわりに

 報告は、マクロ経済政策の留意点として、次の3点を示している。

  1. 国内と国際の関係を統一的に企画する
    「試練に大胆に対応し、危機をうまくチャンスに変えなければならない」とし、経済の減速と米中経済摩擦を契機として、改革・開放を進める姿勢を示している。
  2. 安定成長とリスク防止の関係をうまくバランスさせる
    リスクは、発展の中で徐々に解消しなければならず、「当面の経済下振れ圧力が増大する情況の下、政策、施策、そして措置を打ち出す際には、引締め効果が相乗作用をもたらすことを防止し、決して経済を合理的区間から滑り落としてはならない」とする。これは、2018年前半、金融当局が債務比率削減に拘泥するあまり、シャドーバンキング及び銀行の理財業務を厳しく規制した結果、民営企業、小型企業及び零細企業の資金調達難をもたらし、経済の減速を加速させたことへの反省である。
    しかし他方で、「目の前にだけとらわれ、長期の発展に損害を与える短期の強い刺激政策を採用し、新たなリスクと隠れた弊害を生み出してはならない」と、2009-10年のような大型景気刺激策の発動には慎重な姿勢を示している。
  3. 政府と市場の関係をうまく処理し、改革・開放により市場主体の活力を奮い立たせる
    報告は、「市場主体に活力があってこそ、内生的発展動力を増強し、経済の下振れ圧力を耐え抜くことができる」とし、改革・開放を大いに推進し、統一し開放され、競争が秩序立った現代市場システムの確立を加速し、市場参入を緩和し、公正な監督管理を強化し、法治化、国際化、円滑化されたビジネス環境を作り上げる。これは、市場化改革を一層進めることの意思表示である。
    報告は、「市場による資源配分は、最も効率的な形式である」「政府は断固として管理すべきでない事項は市場に譲り渡し、最大限度資源に対する直接配分を減らさなければならない」とも述べており、「資源配分における市場の決定的役割を発揮させる」という考え方が復活している。

このように、経済の減速、米中経済摩擦の激化に対し、中国指導部は、大規模な景気対策や政府、国有企業の役割を拡大するのではなく、雇用の安定を第一としながら、市場化改革とハイレベルの開放を一層進めることにより、経済の持続的で健全な発展と社会の大局の安定を維持しようとしている。これは2009―10年の大型景気対策への反省とともに、米中経済摩擦を緩和するには、改革・開放を一層進めるしかない、という改革派の見解が優勢に立っていることを示している。ただ、2月の全国都市調査失業率は5.3%(12月4.9%)、31大都市調査失業率は5.0%(12月4.7%)と、いずれも12月より悪化している。もし、失業率がこれ以上悪化し、1-3月期のGDP成長率が大きく減速すれば、再び「改革先送り、大規模景気対策」を求める声が強まる可能性があり、今後の景気と政策の動向には、注意を要する。

(脱稿日 2019年3月29日)

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