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第13回 2019/01/07

習近平の大国外交をめぐる中国国内の議論

井上 一郎(関西学院大学総合政策学部教授)

1.習近平の大国外交

 習近平政権が推し進める中国の積極的な大国外交について、これまでにも中国国内において国際政治学者を中心に慎重な意見は存在したが、最近の米中間の対立の高まりを契機とて、アカデミックな議論の枠を超えて批判が広がりつつある。大国を志向する中国外交の姿勢はすでに胡錦濤政権末期には見られたが、習近平政権になって、より鮮明に打ち出されるようになった。アジア・インフラ投資銀行(AIIB)の設立や「一帯一路」構想の積極的な推進は、このような中国の大国外交、積極的なグローバル戦略を体現したものといえる。政権二期目への節目となる2017年10月の中国共産党第十九回全国代表大会(党大会)における講話において習近平は、「大国」、「強国」といった言葉を繰り返し、「新時代の中国」を強調した[1]。
 一方で、国際社会における中国の影響力の増大は、近年急速に、米国のみならず豪州や西欧などでも警戒感や反発を高めつつある。これは、しばしば指摘されるように中国外交の姿勢がより強硬になったということもある。だがむしろ、中国の国際社会に占める存在感が近年急速に高まった結果、政治体制を異にする発展途上国として、従来からあった国際慣行とは相容れない中国の行動が、ついには国際社会から問題視されるに至った側面も強い。権威主義国家として自国内を統制しながら、欧米の自由で開かれた体制を利用して国力の増大を図ろうとする姿勢は、ロシアとともに既存の国際秩序に対抗する「シャープ・パワー」であるとして警戒を呼び起こした[2]。改革開放期以降、米中の対立がここまで深刻化したのは1989年の天安門事件以来であり[3]、今日の中国は、もはや今世紀に入って最大の外交的困難に直面しているともいえる。但し、米中対立が今日のように激しくなる以前から、近年の大国志向の積極的な対外姿勢に関し、冷静に自らの国力に鑑みてふるまうべきだとの中国人研究者の慎重な意見は存在した。

 

2.中国の「過剰拡張」をめぐる国際政治学者の議論

 

 一部の国際政治学者は、習近平の大国外交を「過剰拡張」という概念に関連づけて議論している。歴史家のポール・ケネディによって示された「帝国の過剰拡張(Imperial Overstretch)」とは、歴史上、帝国は過剰に拡張し、やがて国力を弱体化させるに至る傾向があることを指す[4]。すなわち、実際の国力を超える過剰な対外コミットメントを行えば、その長期的な経済的コストに耐えきれなくなり、やがて衰退する状況を意味する。領土を拡張しすぎた結果、維持しきれず、ついには衰退、滅亡に至ったローマ帝国が代表的な事例であり、今世紀に入ってからの米国の対外政策に関しても、国力が徐々に低下するなかでの世界に対するオーバー・コミットメントへの懸念、というかたちでしばしば「過剰拡張」という概念が取り上げられてきた。ここでは、中国を代表する国際政治学者3人の議論を紹介したい。
 先ず、現実主義者の論客として知られる中国人民大学の時殷弘は、中国が国外に対して新たに戦線を拡大しすぎれば、これまでの「貯金」が減り続ける一方で持ち出しが増え、「戦略的な支出過多」のリスクを招くおそれがあると指摘する。よって、中国としては、引き続き国内の発展が最も優先的かつ困難な課題であることを踏まえて、対外姿勢は「おだやかな調整をともなう節度のある伸張」の限度内であるべきとする 。また、「一帯一路」についても、中国は一方的に自国の西側方向のみに外交資源を投入するのではなく、米国、日本、カナダ、豪州など、中国が必要とする広範な技術を有する自国の東側方向にある先進諸国との関係も重視し、中国の対外戦略の方向性における東西のバランスを考慮すべきと主張する[6]。
 また、国際政治における「力(パワー)」の信奉者で強硬派と見られる清華大学の閻学通も、国際的なコミットメントが多すぎ、戦線が伸びて追加投入の多くなった米国を教訓として、国家の実力に見合った戦略目標を対外政策の重要な基礎とすべきであると指摘する。一方で、米中関係の本質が競争関係にあるという観点から、「一帯一路」については、周辺国との関係を強化する、米国に対するカウンター・パワーとして積極的に位置づける。よって、中国は自己の国力を実際の実力よりも高く認識する過ちを避けつつ、近隣諸国との関係強化に努めるべきと主張する[7]。
 最後に、中国を代表する米中関係の専門家で、中国外交に関するリベラルな立場で知られる北京大学の王緝思は、中国国内では、大国外交について一般大衆向けにあたかも勝ち誇ったような公式報道がしばしば見られる一方で、実際のところ、北京の政策責任者や研究者らの関係者は冷めた目で現状を見ていると指摘する。中国は発展途上国であり、多くの面で米国にキャッチアップしなければならず、よって、引き続き鄧小平の提唱した「韜光養晦(とうこうようかい)」、すなわち、諸外国との摩擦を避け、経済発展優先の政策を維持し、自国資源の過剰拡張を避けるべきだと主張する[8]。
 これらの論者は中国を代表する国際政治学者であり、それぞれ立場が異なるものの、今や大国となった中国であっても、現状を冷静に踏まえ、過剰拡張を避け、国力に応じた合理的な外交を展開すべきであると主張する点で共通している[9]。ただし、そこにおける慎重な外交とは、あくまで米国との関係を念頭においた文脈においてである点にも留意する必要がある。

 

3.広がる習近平外交への国内からの批判

 

 最近の中国国内での言論においては、より権威主義的色彩を強める習近平路線そのものへの反発の一環として、その大国外交、強硬外交に対しても異議申し立てがなされるようになってきている。そして、今や国際政治学者によるアカデミックな議論の枠組みを超えて、批判が広がりつつある。
   なかでも注目されるのは、鄧小平の長男、鄧樸方による習近平路線への批判である。鄧樸方は、9月に開催された中国身体障害者連合会の大会で、名誉主席として、習近平以下政治局常務委員全員が出席するなかで講話を行った。そこで、「実事求是の精神と冷静な頭脳を保持しなければならない。むやみに尊大ぶらず、やたらに卑下せず、国情に則って社会主義の初級段階という現実を基礎として全ての活動を計画しなければならない」と述べた[10]。国内の経済発展を重視し、穏健な外交による安定した国際環境の確保を目指した父、鄧小平の「韜光養晦」の思想に戻れと主張する内容であり、それは、大国外交、強国路線を推し進め、勝ち誇ったような国内宣伝を続ける一方で、対米関係を緊張に至らしめた習近平路線への間接的な批判とも受け取れる。鄧樸方のスピーチは、直後に障害者連合会の公式サイトから削除されたが[11]、鄧小平の改革開放に基づく外交路線から逸脱しつつある習近平の強国路線に対する異議申し立てとして注目されることになった[12]。
 また、1990年代後半、中国のWTO加入交渉の首席代表を務めた龍永図元対外経済貿易合作部(現商務部)副部長は、11月、対米貿易摩擦に関する中国政府の対応を公開の場で批判したと伝えられる[13]。改革開放政策により中国の市場経済化を進めた当時の改革派エリートらが、今日の習近平の対外姿勢を批判的に見ていることがうかがえる。
 また、国際政治の専門家ではないリベラル派知識人の間でも、習近平の大国路線に対して反発が広がる。7月に公表され注目を集めた政治学者の許章潤清華大学教授は、公開文書における一連の政権批判のなかで対外政策にも触れつつ、米国を代表とする西側世界との争いが硬直化していること、更に、国内問題が山積するなかで発展途上国に多額の対外援助をつぎ込み、また、虚栄心から大げさな国際会議を次々と開催することにも批判を向けている[14]。
 このように、今や広い範囲で習近平政権とリベラル・エリート層との分岐が深まっているともいえるが、習近平政権の対外姿勢に対する反発が特に高まりだしたのは政権二期目に入ってからである。トランプ政権のみならず、米国全体の中国に対する姿勢がここまで大きく悪化したのは、国家主席の任期制撤廃など、習近平政権が歴史の流れを逆方向に戻すような政策を推し進めたことに対して、広く米国内で中国に対する見方が変化したためであると指摘するリベラル派の中国人もいる[15]。

 

4.大国外交の見直しにつながるのか

 

 では、このような中国の大国外交に対する懸念や批判は、どの程度、現実の対外政策の見直しに影響を与えることになるのであろうか。研究者の意見は、それが冷静でアカデミックな議論である以上、これまで一定の範囲内で許容されてきた。また、有力な国際政治学者のなかには政策当局とも一定の関係を有している者もいる。近年、中国においては、有力研究者やシンクタンクの意見を政策に吸収するシステムが模索され、知的コミュニティと実際の政策決定部門との関係はより制度化が進んでいるといえる。とはいえ、研究者の議論は、あくまで外部の意見で、立場も様々であり、直接政策に影響を与え、採用される性質のものではない。
 これまでも研究者の間で、中国をめぐる国際環境や中国外交のあり方について議論が高まったことがあった。たとえば、1999年のNATOのコソボ空爆によるいわゆる「人道的介入」の際には、鄧小平の韜光養晦の前提となる「平和と発展」というテーマが本当に正しいのかといった議論が巻き起こった。但し、最近の米中間の緊張の高まりのなかで、研究者が対米関係や中国外交のあり方を自由闊達に議論することは抑制されているという[16]。それほどまでに、当局は外交の手足を縛るような国内世論の高まりに神経質になっているともいえる。
 特に、最近はアカデミックな議論とは別に、習近平路線への反発という形で大国外交に対しても批判が出されるようになってきている。加えて、ファーウェイ(HUAWEI)問題にも見られるような米中対立の先鋭化、中国国内での米国への反発の高まりは、習近平自ら先頭になって推し進めてきた大国外交に対する見直し、穏健な外交への回帰をより困難にしているといえる。一方で、政権内部の外交エリート官僚層から、対外政策の見直しが提案されることもありそうにない。中国では、最高指導者が最終決定しなければならないようなむずかしい判断については、官僚は慎重になり、創造的な助言を行うことには消極的となりがちである[17]。
 最近の中国外交において政策調整の一環として見られる変化は、10月の安倍総理の訪中や、11月の習近平によるフィリピン訪問など、近隣諸国との関係改善の動きにおいて表れている。但し、これらは外交方針の大きな変更というよりも戦術的な調整とみるべきであり、これによって中国が得られるものも限定的である[18]。12月に行われた改革開放40周年記念式典における習近平講話では、大国や強国といった表現は比較的少なくなり、また、中国は覇権主義や強権政治に反対し、国際秩序の維持者となると強調している。一方で、これまでの大国路線を見直し、より穏健な外交に回帰する兆しをその内容からはうかがうことはできない[19]。
 また、仮に水面下で何らかの外交政策の見直しが検討されているとしても、中国の場合には、これまでにも国際環境の大きな変化に対して、現実に政策変更の決定や実施に移されるまでの間、かなりのタイムラグが生じるのが常である。このようななかで、習近平政権発足後、最大の外交的困難に直面しているにもかかわらず、現時点において大幅な対外政策の見直しは難しく、当面は、可能な範囲内での問題の棚上げ、あるいは、時間を稼ぎながらの戦術的な対応が続くと見られる。

(脱稿日 2018年12月23日)

1「決勝全面建成小康社会、奪取新時代中国特色社会主義偉大勝利」『人民日報』2017年10月19日第2版。

2Christopher Walker and Jessica Ludwig, Sharp Power: Rising Authoritarian Influence, National Endowment of Democracy, Washington D.C. 2017.

31999年のNATO米軍によるユーゴスラビア中国大使館爆撃事件とこれに続く2001年の海南島沖米中軍用機接触事件(EP-3事件)の際にも米中の緊張は高まったが、これらは突発事件の処理をめぐる危機管理の側面が強く、今日のような構造的対立とは性格の異なるものである。

4Paul Kennedy, The Rise and Fall of the Great Powers: Economic Change and Military Conflict from 1500-2000, Vintage Books, New York, 1987.

5時殷弘「伝統中国経験与当今中国実践:戦略調整、戦略透支和偉大復興問題」『外交評論』2015年第6期、64-65頁。

6同上論文、60-61頁。

7閻学通「外交転型、利益排序与大国崛起」『戦略決策研究』2017年03期、4-12頁

8Wang Jisi, “The Views from China”, Foreign Affairs 97:4, 2018, p.184.

9中国の台頭と大国化に関しての最近の中国国内の国際政治学者の議論については、以下に詳しい。Xiaoyu Pu and ChengLi Wang, “Rethinking China’s Rise: Chinese scholars debate strategic overstretch”, International Affairs 94:5 (2018) pp.1019-1035.

10高橋博「濃霧に包まれた中共中央」『東亜』No.618、2018年12月、84頁。

11同上論文、83頁。

12Minxin Pei, “Xi Jinping’s Dilemma: Back Down or Double Down”, China Leadership Monitor, Winter 2018 Issue, p.7.
[https://www.prcleader.org/xi-s-dilemma]

13“China’s former chief trade negotiator criticizes Beijing’s unwise tactics in US tariff
war”, South China Morning Post, 18 Nov. 2018
[https://www.scmp.com/economy/china-economy/article/2173779/chinas-former-chief-trade-negotiator-criticises-beijings]

14許章潤「我们当下的恐惧与期待」『天則観点』天則経済研究所ホームページ2018年7月24日掲載
[http://www.unirule.cloud/index.php?c=article&id=4625]

15中国人研究者より10月筆者聴取。

16 同上。

17リチャード・C・ブッシュ、森山尚美、西恭之(訳)『日中危機はなぜ起こるのか』柏書房2012年、161頁。
(原著Richard Bush, The Perils of Proximity: China-Japan Security Relations, The Brookings Institution Press, 2010)

18Minxin Pei, op.cit, p.7

19習近平「在慶祝改革開放40周年大会上講話」『人民日報』2018年12月19日第2版。

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