論考シリーズ

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第10回論考 2018/08/19

米国との対立に備える中国

井上 一郎(関西学院大学教授)

はじめに

 最近、中国をめぐる国際情勢の変化がめまぐるしい。米トランプ大統領が米朝首脳会談実施を決定後、それまで悪化していた中国と北朝鮮が急接近を見せた。一方で、トランプ政権は中国との貿易問題にますます厳しい姿勢をとり、事態はエスカレートしつつある。想定の範囲にとどまらないトランプ政権の行動に、中国外交は受け身に立たされている。本稿では、最近のこのような中国をとりまく国際環境の変化について、中国の政策決定者の視点に立った場合、それが彼らの目にどのように映るのか、そして、如何なる対応をとろうとしているのかを考えてみたい。

 

1.米朝首脳会談と中国

 

 米朝首脳会談が決定して以来、それまで冷え込んでいた中朝関係にはめざましい改善があった。3月と5月に金正恩が訪中、更に6月の米朝会談直後にも訪中するなど、短期間で三度の首脳会談は異例の頻度である。また、中国は、シンガポール会談に臨む金正恩にチャーター機を提供するなど、通常の国家関係では考えられないような配慮も示した。会談の結果、北朝鮮の核開発については、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」が明記されない一方で、会談後、トランプ大統領は米韓合同軍事演習を停止すると発表した。会談を受けて、王毅国務委員兼外交部長は、「中国側がこれまで期待し、努力してきた目標と一致し、中国として当然歓迎し、支持する」と評価した[1]。また、外交部スポークスマンは、北朝鮮の核開発と米韓軍事演習の相互停止を主張してきた中国としては、これまでの自らの主張が合理的で実行可能であることを証明できたと自賛している[2]。たしかに、今回の会談の結果のみを見れば、中国は歓迎しているともいえるが、ここに至る経緯を踏まえれば、今後の米朝関係の推移を未だ楽観することもできない。
 そもそも金正恩の時代になって、中朝両国の首脳は一度も会っておらず、両国の伝統的友好関係は、すでに、中国にとって大きな負担ともいえる存在になっていた[3]。エスカレートする核・ミサイル実験のみならず、それまで北朝鮮で中国とのパイプ役であった張成沢の処刑、過去中国が庇護を与えてきた金正男の毒殺などの事件を通じて、習近平自身の金正恩に対する信頼は、ほとんどなかったものと推察される。そのような中での今回の急速な中朝接近は、伝統的な友好関係の復活というよりも、それぞれの国益に基づいた、きわめて便宜的で実利的な意図から出発している。北朝鮮は米国との直接交渉を通じて関係を構築することにより、中国に対する依存度を相対的に下げることができる。同時に、中国と関係を改善することにより、圧倒的に劣勢である自国の米国に対するバーゲニングパワーを高めることもできる。一方、中国としては、自国が全く関与できないまま、朝鮮半島をめぐる新しい秩序が形成されることは受け入れがたい。特に、これまで信頼を置いていない金正恩が、単独で米国との交渉に乗り出し、重要な取引を進めてしまうことには大きな不安があった。中国からみれば、北朝鮮は、非核化へのコミットさえあれば、かつてのように自国の影響力の範囲内で生存を維持していくことがもっとも望ましいのであり[4]、性急にCVIDを強要する必要はない。
 このような米朝首脳会談に向けた中国の不安と焦燥を考えれば、会談の結果のみを見て、単純に中国は漁夫の利を得た勝者だと評することもできない。結局、今般の会談は新しい展開の始まりにすぎず、今後の交渉の推移を見なければ評価はできない。実際のところ、中国の公式メディアにおける米朝首脳会談直後の扱いは、諸外国の熱狂とは対照的に、極めて抑制されたものであり、そこに、中国当局の今後の展開への重大な関心と同時に不安も透けて見える。
 一方で、長期的視点からは、やはり今回の首脳会談を機に米朝の直接接触が本格的に始まったことの意義は、米中関係の文脈から言っても大きい。これまでは、東アジアにおいて台湾問題が米中両国間の最大の懸案となってきたのとは対照的に、北朝鮮問題は、むしろ米中両国を引きつける磁石のような役割を果たしてきた。すなわち、北朝鮮の核開発問題が進行すればするほど、アメリカは中国に一定の役割を期待するというかたちで、米中両国がコミュニケーションをとりながら同じ方向性を確認しあってきた。しかし、第2回目の大連での中朝首脳会談以降、米国から見れば、中国が北朝鮮の後ろ側に控え、米朝間の交渉に介入する、つまり、北朝鮮を挟んで米中が対峙するという位置づけに変わってしまった。もはや、北朝鮮問題をめぐり、米国は、かつてほどには中国を頼りとする構図とはなりにくい。

 

2.厳しくなる米国の対中姿勢

 

 その意味では、6月の米朝首脳会談終了後に、米国の対中姿勢が一段と厳しくなったことは興味深い。もっとも、トランプ大統領の対中貿易赤字へのこだわりは、すでに大統領選挙期間中からのものである。しかし、当初、中国側からみれば、すでに厳しい対中観が伝えられる対立候補のクリントン元国務長官よりも、ビジネスマン出身で貿易問題のみに関心を示すトランプ大統領の方がむしろ、くみしやすいとも受け止められていた。「ディール」を得意とするトランプ大統領に対して、中国側としても取引の引き出しは数多くあり、対応可能な範囲だと当初は楽観していたようにも見える。そもそも、貿易問題のようなローポリティクス分野での対立は、安全保障のようなゼロサムの関係ではなく、相互依存の状況下で最終的にはどちらも損害を被ることになる。この問題については、本年5月頃までは、中国側は習近平が信頼する劉鶴副総理、米国はムニューシン財務長官が交渉の前面に立っていた。ムニューシン財務長官の出身母体は投資銀行のゴールドマンサックスで、中国に権益を有する金融界出身ということで、ブッシュ政権時のポールソン財務長官同様、対中協調姿勢に傾く人物だとみられていた。
 しかし、トランプ政権の対中姿勢は6月に入り、急激に厳しくなった。中国も報復関税で対抗しようとしているが、この問題への対応は簡単ではない。国内的には米国に対して弱いところを見せられない。一方で、米国の経済が目下比較的好調なのに対して、中国経済は構造的な脆弱性をかかえ、今後、米中の対立が更に激化した場合には、中国の方が大きな損害を被る可能性が大きい。トランプ政権の貿易問題に関する強い態度は、今秋に予定される中間選挙に向けた国内対策にすぎないとの見方がある。また、トランプの手法として、対北朝鮮で見せたように、あえて強硬な姿勢を示すことにより、後々の取引を有利に運ぼうとする交渉術もしばしば使われる。但し中国としては、更に直視したくない現実として、中国の台頭そのものへの米国の警戒感の高まり、貿易摩擦の体裁をとった覇権争いの側面も顔をのぞかせている。
 米国はすでに、今年1月に発表された国防戦略(National Defense Strategy)レポートにおいて、もはや、中国の不公正な経済慣行を我慢することはないと強い調子で警告している[5]。また最近、7月末から8月にかけて、米国政府はインド太平洋地域のインフラ支援のため1億1300万ドルの投資を決定し、次いで、ASEANとの安保協力に3億ドルを提供すると発表した[6]。これらは、明らかに中国を念頭においた政策とみられる。特に、AI分野など自国の安全保障にも直結する産業技術面で、中国の急速なキャッチアップを警戒する議論が高まっており、中国をよく知るキッシンジャーも、AIの飛躍的発展が国際関係に及ぼす破壊的影響力の可能性について言及している。栄華を誇ったインカ帝国は、スペインと天然痘という全く異質の敵との出会いにより、瞬く間に滅亡したことを例にとり、人道に基づく規範とは無縁のAIの発展は、これまでのリベラルな西洋文明に対する大きなチャレンジとなり得ると指摘する。そして、中国こそ名指しはしないものの、AIの発展に対して国家的な取り組みをしている国がある一方で、米国も手遅れにならないように対策をとるべきだと警鐘を鳴らしている[7]。
 これまで米国は、中国の繁栄と安定は米国の国益に合致するとして関与政策をとってきた。その結果、米国も含む西洋諸国が意図したとおりに、中国は国際社会における重要なプレーヤーとしての地位を確立し、世界に大きな影響を与える存在となった。ところが皮肉なことに、今や米国は、強力な中国が戦略的脅威になるのではないかと考え始めている[8]。中国の目には、米国を中心とする西洋諸国が自国の都合により中国の発展をもはや歓迎しなくなり、政策を転換しはじめたと映り、中国の封じ込めそのものが目的であるかのような米国の姿勢は当然受け入れられるものではない。
 中国としては当面、トランプ政権の保護貿易に絞って、国際的な連携も模索しつつ対抗したい構えであるが、その一方で自由貿易を強調すればするほど、自国の不公正な経済慣行にも光が当てられることにもなる。中国はこれまで、自由貿易システムから恩恵を受ける一方で、外国企業の中国進出に際しての技術移転の強要、セクターごとの出資比率規制、更には外国企業による参入そのものの規制、知的財産権の侵害、自由な市場を歪める補助金の供与など、不公正な経済慣行を存続させてきた事実がある。
 着地点が見えそうにない米国の強硬な態度に対して、中国政府は、当面は抑制された姿勢で対応しようとしているように見受けられる。しかし、中国国内においても、研究者レベルではすでに比較的自由で活発な議論が行われており、様々な見方を垣間見ることができる。たとえば、米国内では、今やトランプ政権だけではなく、議会、メディア、シンクタンク等においても中国に対する警戒感が高まっており、更には、米国以外でも、かつては比較的関係が良好であったオーストラリアやドイツなどで、近年中国に対する見方が厳しくなっている点を指摘し、西洋諸国全体の姿勢が変わりつつあることを警戒する議論も出始めている[9]。また、国際政治学者としての視点から、中国人民大学の時殷弘は、目下の問題は、これまで国際経済貿易秩序において、中国のみが大きな利益を上げ続けてきた結果、富の分配をめぐり、中国と、米国を含む他の世界との間で、深刻な矛盾が生じていたにもかかわらず、これまで、中国自身が認識不足であったことこそが問題であると指摘する。よって、そのような観点からは、問題となっている米国との貿易問題についても、中国は一定の譲歩をする必要があると主張する[10]。

 

3.中国外交の戦術的調整

 

 このような状況下で、6月22~23日に北京で中央外事工作会議が開催され、習近平が重要演説を行った。そこで習近平は、「大国関係について、しっかり計画し、全体的に安定し、均衡発展する大国関係の枠組みの構築を推し進めなければならない」、そして「周辺外交工作をしっかり行い、周辺環境が一層友好的で一層有利になるよう推し進めなければならない」と述べている[11]。会議で公表された文面のみからは、実際の本音での議論までを読み取るのは容易ではないものの、中国をとりまく国際環境、特に米トランプ政権の対中政策が、大きな振幅をともないその将来が予測しがたい中での中国の認識がにじみ出ているようにも見える。と同時に、このような対米関係を前提として、近隣諸国との関係をより一層安定化させたいとの姿勢がうかがえる。
 最近の南シナ海問題をめぐる中国とASEANとの関係については、中国が、長年消極的であった「法的拘束力をともなう行動規範(COC)」の早期締結に同意し、関係国の間で、昨年5月に枠組み草案が作成、本年3月に条文作成協議が開始されたことにより、限定的ながら一定程度の進展が見られる[12]。6月25~27日には、中国とASEAN諸国との間で、「南シナ海行動宣言(DOC)」の実行に関する第15回高官会議が湖南省長沙市で開催されたが、翌28日の外交部記者会見では、「会議が前向きな成果を収めた」として、関係国との協調姿勢を前面に出している[13]。また、同時期の6月27日に訪中したマティス米国防長官との会談で、習近平は、領土問題について従来の立場を表明しつつも、「太平洋は米中とその他の国を受け入れることができる」と述べ、従来の米中太平洋二分割論に、新たに「その他の国」を加え、関係国に配慮したような表現をしている[14]。
 このような構造のもとで、中国の対日政策についても、関係を良好に発展させようとする姿勢が続いている。5月の李克強総理来日以来、すでに両国政府間の実務協議や与野党の国会議員の訪中、あるいは中国側閣僚級要人の来日などの交流は、かなり頻繁に行われつつある。今後のロードマップとしては、年内の安倍総理訪中を実現した上で、来年6月末の大阪G20への習近平出席を機に、国賓としての来日を実現するというシナリオが描かれている。但し、中国側の対日政策が改善に向かったのは、トランプ政権の対中政策が硬化する以前からであった点にも注意する必要がある。極度に悪化した対日関係を安定させることは中国にとっても重要な外交の優先順位であり、昨年6月の「一帯一路」に対する日本政府の支持表明以来、中国としても対日関係を前に進めやすくなっていた。また、それ以前の、一昨年の南シナ海の領有権に関する国際仲裁法廷の判決における中国側主張のほぼ全面的な否定は、それまでの中国政府の強硬な外交政策の見直しの契機となり、全般的に、より穏健な外交路線へと戦術的な調整が始まっていた。
 一方で、中国外交は守勢に回るだけではなく、6月9~10日に青島で上海協力機構首脳会議を開催し、また7月27日には習近平がヨハネスブルクでのBRICS首脳会議に参加した。更に9月には、北京で中国アフリカ協力フォーラム第7回閣僚会議が予定されている。対米関係が厳しい一方で、中国は今やグローバルな視点から、活発な外交を展開する能力を身につけている点にも注目すべきである。

 

おわりに

 

 歴代の米国大統領は、選挙期間中には中国に対して厳しい物言いをしていても、就任後1〜2年もたてば、対中政策を現実路線に収斂させるということを繰り返してきた。米中両国は、潜在的なライバル関係ではあるものの、一方で強い経済相互依存関係にもあり、これまでにも、首脳往来の際に中国側が多額の米国産品買い付けパッケージを提示して、当面の関係を保つ場面がしばしば見られた。同様のアプローチは、昨年11月のトランプ訪中の際にも試みられた。しかし、中国は、もうすでにトランプ政権に対しては、これまでの米中関係を支えた構造が変化しつつある可能性も感じはじめている。中国の視点に立った場合、悩ましい問題は、目下の厳しい対中姿勢は、トランプ政権だからなのか、あるいは、米国の対中姿勢そのものが根本的に変化しており、トランプ後も続くものなのかということであろう。中国政府は、トランプ政権の保護主義的政策に対して、自由貿易を掲げて他の諸国との連携を図ろうとしているが、先にも述べたとおり、権威主義体制を利用しつつ、開放的な国際システムから一方的に利益を得てきた中国に対しては、他の西洋諸国においても近年警戒感が一気に高まっている。このような状況下で、中国は、米国との更なる対立に備えつつ、慎重な外交の舵取りを行いながら、引き続き経済力をテコに近隣諸国や他の途上国との連携を深めようとしている。そして、今後の中国をとりまく国際環境を少しでも有利な方向に導くべく、当面は戦術的に穏健な姿勢を続けるものと考えられる。

1「王毅:希望朝美領導人会晤実現半島無核化、建立半島和平機制邁出実質性歩伐」『中国外交部ホームページ』
[http://www.fmprc.gov.cn/web/wjbz_673089/zyhd_673091/t1567989.shtml]、2018年8月5日最終アクセス

2「2018年6月13日外交部発言人耿爽主持例行記者会」『中国外交部ホームページ』
[http://www.fmprc.gov.cn/web/wjdt_674879/fyrbt_674889/t1568499.shtml]、2018年8月5日最終アクセス

3中朝関係の代表的研究者である沈志華は、毛沢東と金日成時代の時期においてさえ、それが「血で固められた同盟」と神話化されてきたのは大いなる虚構であると主張する。『最後の「天朝」―毛沢東・金日成時代の中国と北朝鮮(上・下)』岩波書店、2016年。

4木宮正史「南北首脳会談から米朝首脳会談へ:東アジアの構造変容と日本外交の可能性」『東亜』No.613、25頁。

5“Summary of the 2018 National Defense Strategy of the United States of America: Sharpening the American Military’s Competitive Edge,” Office of the Secretary of Defense, 2018,(https://www.defense.gov/Portals/1/Documents/pubs/2018-National-Defense-Strategy-Summary.pdf, /accessed on Aug.8.2018)

6“Press Availability at the 51st ASEAN Foreign Minister’s Meetings and Related Meetings,” U.S. Department of State, Remarks by Secretary of State: August 2018,
[https://www.state.gov/secretary/remarks/2018/08/284924.htm]/ accessed on Aug.5. 2018

7Henry A Kissinger, “How the Enlightenment Ends,” The Atlantic, June 2018 Issue,
[https://www.theatlantic.com/magazine/archive/2018/06/henry-kissinger-ai-could-mean-the-end-of-human-history/559124]

8アンドリュー・J・ネイサン/アンドリュー・スコベル『中国安全保障全史――万里の長城と無人の要塞』(河野純治訳)みすず書房、2016年、序章xiv。

9趙明昊「従新冷戦論看中美関係面臨的主要挑戦」『現代国際関係』2018年6月、現代国際関係研究院、19頁。

10時殷弘「中国的周辺戦略与対美関係」同上、4-5頁。

11「習近平在中央外事工作会議上強調堅持以新時代中国特色社会主義外交思想為指導努力開創中国特色大国外交新局面」『人民日報』2018年6月24日、1面。

12福田保「ASEAN・中国『蜜月』の理由」『外交』Vol.50、95-96頁。

13「2018年6月28日外交部発言人陸慷主持例行記者会」『中国外交部ホームページ』
[http://www.fmprc.gov.cn/web/wjdt_674879/fyrbt_674889/t1572535.shtml]

14「習近平会見美国国防部長馬蒂斯(新華社6月27日電)」『人民日報』2018年6月28日、1面。

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