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第7回 2018/08/10

中央外交工作会議の開催と習近平外交思想の実践

諏訪 一幸(静岡県立大学国際関係学部教授)

はじめに

 今年3月以降、国際政治経済情勢をめぐる人々の耳目が米朝首脳会談と米中貿易戦争に向けられている。言うまでもなく、この二つの重大事案に共通する当事者は米国である。一方、外交全般で対米外交を最も重視する中国は、米朝首脳会談ではサブプレーヤーであったが、中朝首脳会談を開催してメインプレーヤーの地位に上がる努力を続けた。そして米中貿易戦争では、プレーヤーそのものになっている。その中国では、米朝首脳会談開催直後、今後の中長期的な外交方針の大きな方向性を示すであろう中央外事工作会議が開かれた。それは米中貿易戦争開戦直前、すなわち、米国による対中追加関税措置と中国の報復措置が発動される直前でもあった。     本論では中央外事工作会議、中朝首脳会談、米中貿易戦争をキーワードに、対米関係を中心とした習近平外交の現状を明らかにしたい。

  

中央外事工作会議の開催

  

中央外事工作会議は6月22-23日の二日間開催された[1]。中央外事工作会議に筆者が注目するのは、当然のことながら理由がある。それは、2006年8月の同会議で、総書記(当時)の胡錦濤が「国家主権、安全保障、発展がもたらす利益の維持擁護」を従来になく強調して以降、中国の外交政策が鄧小平時代の「韜光養晦」政策に別れを告げ、強硬化し始めたという前例があるからだ。
    2014年11月の開催以来、現政権にとって二回目となる今回の会議では前回同様、総書記の習近平が「重要講話」を行い、総理の李克強が司会を担当し、残る常務委員全5名が出席した。しかし、前回の講話が総花的で具体性に欠けていたのに対し、今回のそれは、この3年半の間に外交面での習近平色が強まったことがわかるという点で、確かに「重要」だった。
    習近平はまず、「我が国は近代以降、最も素晴らしい発展の時期にあり、世界はこの百年来未曽有の大変革期にある」という現状認識を示した。自国は「最も素晴らしい発展の時期」にあり、世界は「未曽有の大変革期」にあるのだから、この現状認識の結論は必然的に「打って出る」となる。
    そして習近平は、「党の18大以降、我々は新時代における中国の特色ある社会主義外交思想を作り上げた」と自画自賛し、その成果を以下の「10の堅持」に概括した。
① 「党中央の権威擁護を第一の課題とし、対外工作に対する党の集中統一領導(指揮命令)を強化すること」を堅持、
② 「中華民族の偉大な復興の実現を使命として、中国の特色ある大国外交を推進すること」を堅持、
③ 「世界平和の護持と共同発展の促進を旨とし、人類運命共同体の構築を推進すること」を堅持、
④ 「中国の特色ある社会主義を根本に、戦略的自信を強化すること」を堅持、
⑤ 「共同協議、共同建設、共同享受を原則として、『一帯一路』の建設を推進すること」を堅持、
⑥ 「相互尊重、協力ウインウインを基礎として、平和的発展の道を歩むこと」を堅持、
⑦ 「外交的布石の深化を拠り所として、グローバルパートナーシップを構築すること」を堅持、
⑧ 「公正と正義を理念として、グローバルガバナンス・システムを改革すること」を堅持、
⑨ 「国家の核心的利益をボトムラインとして、国家主権、安全保障、発展がもたらす利益を擁護すること」を堅持、
⑩ 「対外工作における良き伝統と時代の特徴の結合を目指すべき方向として、中国外交の独特のスタイルを構築すること」を堅持(下線、筆者)。
    この「10の堅持」には二つの特徴がある。第一に、国家主義的色彩の強い「堅持」(党の集中統一領導。中国の特色ある大国外交。戦略的自信。国家主権、安全保障、発展がもたらす利益)と、グローバルな視野からの改革派的な「堅持」(人類運命共同体。平和的発展の道)という異なったベクトルが混在していることである。これをどう調和させるのかが今後の課題となる。第二に、政策面での具体性に乏しい点である。習近平自身が率先して推し進める「一帯一路」にしても、発想としては刺激的かつ戦略的だが、いまだ一つの地域協力の枠組提示段階にとどまる。抽象的概念にとどまらない具体的な方針や政策が、今後の中国外交においてどのように打ち出されていくのか注視したい。
    今回の会議では、もうひとつ注目点がある。それは、楊潔篪の総括スピーチである。楊は前回会議でも総括スピーチを行ったが、その際の肩書は政府高官の国務委員としてであった。だが今回は党の要職である「中央外事工作委員会弁公室主任」として行った。ここには外交政策は党がしっかりリードするとの姿勢が示されている。また、楊が「習近平外交思想」(の指導的地位確立)との表現を用いていることも重要だ。現在便宜上使用される「習近平思想」は、正確には「習近平の新たな時代における中国の特色をもつ社会主義思想」という冗長な表現である。これを次期党大会で「習近平思想」とするため、今後各分野で「習近平●●思想」との表現が用いられ[2]、その集大成としての「習近平思想」確立につなげる努力がなされるであろう。
  

大国関係としての米中関係(三回の中朝首脳会談と米中貿易戦争)

  

米朝首脳会談開催に象徴されるコペルニクス的転回のきっかけは、2017年5月10日、対北融和派である文在寅(ムン・ジェイン)の韓国大統領就任にある。今年1月の南北高官協議、2月のピョンチャン五輪を経た3月8日、トランプ大統領は、韓国大統領特使として北朝鮮を訪れた直後に訪米した鄭義溶(チョン・ウィヨン)韓国大統領府国家安全保障室長に対し、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長からの米朝首脳会談開催要請受け入れを表明した。これ以降、国際社会の関心は初の米朝首脳会談開催に集中する。
    北朝鮮の安定は中国自身にとって死活問題である。北朝鮮問題に真剣に取り組むのは、その理由だけで十分だ。しかし、今年上半期はそれに加え、中国はトランプから貿易戦争を「売られる」ことになる。そこで、中国はこれ以降、米朝首脳会談と米中貿易戦争をリンクさせつつ、対米外交を展開していく[3]。

  

第一ラウンド

  

3月22日、トランプは、中国による知的財産の侵害への制裁措置を命ずる大統領令に署名した。これは、500-600億ドル(約5.2-6.3兆円)相当の中国からの輸入品約1300品目を対象に25%の追加関税をかけるというもので、中国側は直ちに報復措置を採る旨発表した[4]。
    その直後(3月25-28日)、習近平の招きを受けた金正恩が中国を初めて訪問する[5]。中国側はこれを「非公式訪問」と位置付けているが、北の最高指導者が北京を訪問したのは2011年5月の金正日総書記以来約7年ぶりということもあってか、李克強、王滬寧(政治局常務委員)、王岐山(国家副主席)らの指導部構成メンバーが関連活動に参加し、大々的にもてなした。一方で、金正恩自らが認めているように、北朝鮮側も今回が「電撃訪問」としていることは、「非公式」との位置づけとともに、今次訪中が慌ただしく決定されたことを物語っている。
    中朝関係は、核・ミサイル開発問題や習近平が北朝鮮に先んじて2014年7月に韓国を訪問したことで悪化した。とりわけ2017年に至っては、双方メディアによる非難合戦が展開されるという険悪なムードが両国関係全体を覆っていた[6]。
    そこで、二人の最高指導者は、双方のわだかまりを払拭するための努力を会談で示している。習近平はまず、総書記や国家主席などのポスト再選(前者は昨年11月、後者は今年3月)に対する金正恩からの祝電に謝意を表明した。そしてこれを受け、金正恩は、「朝中友好の伝統に習い、中国を訪問し、直接お祝いするのは当然のことである。また、朝鮮半島情勢は急速に前進しており、重要な変化が少なくない。人情的、道義的に、習近平総書記同志に現下の状況を速やかに通報するのも当然だ」と返している。習近平は26日の夕食会スピーチでは、「血で結ばれた親善」という近年耳にすることが少なくなった表現で、中朝関係を「世界で唯一無二のもの」と重要視する姿勢も示した[7]。
    続いて焦点の半島情勢について、習近平は、「今年に入り、朝鮮半島情勢には積極的変化がみられる」、「半島問題では、我々は半島の非核化目標実現、半島の平和的安定維持、対話と協議を通じた問題解決を目指すことを堅持する」と、圧力重視の米政権とは異なる、従来からの北朝鮮寄りのスタンスを明らかにする。これを受けて金正恩は、「我々は米側と対話し、朝米首脳会談を行うことを願っている。南朝鮮と米国が善意をもって我々の努力に応え、平和で安定した雰囲気を作り出し、平和実現のために段階的、同時並行的措置をとるのであれば、半島の非核化問題は解決できる」とした。これは、米朝会談を見据えて繰り出された先制のジャブ攻撃であろう。米朝首脳会談開催に向けた初動段階での関係改善を演出することで、中国は半島情勢安定化プロセスにおける主導権を握るとともに、貿易戦争突入回避のための対米圧力行使に打って出た。一方、北朝鮮側は、中国の後ろ盾を得ることで、来る対米、対韓交渉を有利に展開するとともに、米朝首脳会談決裂をも想定して受け皿の確保に努めた。     それから約1か月後の4月27日、文在寅と金正恩の南北両首脳による会談が行われ、二人は、「完全な非核化を通じた核なき朝鮮半島を実現する」などの文言を盛り込んだ「板門店宣言」に署名した。同宣言では非核化の具体的道筋や方法は示されなかったが、一時的であるとしても、半島の緊張緩和をもたらすとの点で意義あるものだった。ただ、宣言には「南と北は、休戦協定締結65年となる今年、終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制を構築するため、南北米3者、または南北米中4者会談の開催を積極的に推進していくことにした」という一文が記された[8]。中国はこれに対して、「チャイナ・パッシング」の危機感を覚えたのかもしれない。

  

第2ラウンド


  

5月3-4日の両日、貿易戦争回避に向けた初の米中協議がムニューシン財務長官と劉鶴副首相をそれぞれのトップとする両国代表団の間で行われた[9]。開催を受けて中国側は、一方において、「議論は率直で、効率が高く、建設性に富むもの」であり、「双方のサービス貿易、双方の投資、知財保護、関税と非関税措置問題解決などについて十分な意見交換を行い、いくつかの領域では一定のコンセンサスを得た」と高く評価した。しかし他方では、「双方は、一部の問題ではいまだ比較的大きな見解の相違が存在しており、引き続き作業を加速化し、さらなる進展を得る必要があることを認識した」と、問題の継続を認めた。中国側が期待する合意には未だ達していない以上、米国に対して引き続き圧力をかける必要性が残されたことになる。
    そうしたなか、5月7-8日にかけて、習近平は、前回の訪問からわずか1か月余りで再度訪中した金正恩と東北部の大都市大連で会見した[10]。
今回の会談で習近平は、「中国側は朝鮮側が半島の非核化を堅持していることを支持し、朝米対話と協議で半島問題が解決されることを支持する」と、従来からの立場を再度表明した。これに対して金正恩は、「朝鮮半島の非核化実現は朝鮮側の終始一貫した明確な立場である。関連各国が朝鮮に対する敵視政策と安全保障への脅威を取り除きさえすれば、朝鮮側に核兵器を保持する必要性はなくなり、非核化は実現できる。朝米対話を通じて相互信頼関係を構築し、関連各国が責任をもって、段階的、同時並行的措置をとり、半島問題の政治的解決プロセスを全面的に推進し、最終的には半島の非核化と末永い平和を実現させることを希望する」と述べた。通常、習近平の会談相手の発言内容は総じて淡泊かつ簡略に扱う傾向が強い中国の公式メディアが、今回は極めて詳細に金発言を報道した。半島の非核化問題に関する「段階的、同時並行的」という北側の立場をホスト国としてプレイアップすることにより、自らの北朝鮮支持姿勢を一層強調しようとしたのだろう。また、習近平は、「朝鮮側が戦略的重点を経済建設に転換したことを支持する」と、経済改革という北朝鮮の国内的課題についても支持する姿勢を示した。
    金正恩が帰国の途に就くや、習近平はその日のうちに、米側の「求めに応じ」てトランプと電話会談を行う[11]。習近平はそこでも、北朝鮮が米国に求める「段階的行動」を中国は支持すると表明し、「朝鮮側の合理的な安全保障要求」を考慮するようトランプに求めた。
    その後、北朝鮮外務省高官の発言をめぐり、米朝首脳会談は一度流れかかるが、最終的には当初予定通り、6月12日に開催される。開催地シンガポールに中国党政府高官の影はなかったようだが、中国は、金正恩の特別機として、自らのフラッグキャリアーである中国国際航空のジャンボ旅客機を提供することで、最後の最後まで、北朝鮮との良好な関係を米国に見せつけた。
    注目の米朝首脳会談で、両国首脳は「4つの合意」などからなる共同声明に署名した。その合意とは、①「米国と北朝鮮は、両国民が平和と繁栄を切望していることに応じ、新たな米朝関係を樹立することを約束する」、②「米国と北朝鮮は朝鮮半島において持続的で安定した平和体制を構築するために共に努力する」、③「2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けて努力することを約束する」、④「米国と北朝鮮は(朝鮮戦争における米国人の)身元特定済みの遺骨の即時送還を含め、捕虜や行方不明兵の遺骨収集を約束する」というものだった[12]。「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化」(CVID)への言及がないことに象徴されるように、協議結果は北朝鮮に軍配が上がるものとなった。中国側は直ちに、会談では「積極的な成果が得られた」として、これを「歓迎し、支持する」外交部声明を発表した[13]。中国にとって今回の会談は北朝鮮に対して十分恩を売ったとするに足るものだったのではなかろうか。

  

第3ラウンド


  

米朝会談が「成功裏」に終わり、中国の力を借りる、中国の影響力を心配する必要はなくなった、ということなのだろうか。さらには、予測不可能性を「強み」とするトランプの真骨頂とでも言うべきか。米朝首脳会談終了からわずか3日後の6月15日、トランプ政権は、「知的財産権の侵害」を理由に中国に対する追加関税措置を発動すると発表した。それは、概ね3月の発表通り、1102の輸入品目に対し25%の関税を上乗せするというもので、対象総額は約500億ドル(約5.5兆円)に上った。そして、このうちの340億ドル分にあたる818項目について、7月6日から段階的に関税措置をとるとした[14]。これに対し、中国外交部報道官は、「同等の規模、同等の強さ」の対抗措置をとるとする談話を直ちに発表した。なお、談話にある「(貿易戦争を挑んできた米国の行いは)世界の貿易秩序を破壊するもので、中国側はこれに断固反対する」や、「我々は各国に対し、共に行動をとり、(米国の)こうした時代遅れの後戻り行為を断固制止し、人類の共同利益を断固守るよう呼びかける」などの文言は[15]、中央外事工作会議で間もなく表明されることになる「10の堅持」の体現でもあった。
    6月19日と20日にわたり、金正恩が米朝首脳会談後初めて訪中するが、これはわずか3か月間で三度目のものだった。今回の訪中に関し、中国国営新華社は慣習を破り、金正恩の帰国後ではなく中国滞在中に訪問の事実を発表した[16]。これは、金正恩の中国滞在を伝えても中朝両国内に治安上の不安がないこと、両国、とりわけ北朝鮮が体制的に安定していることを国際社会にアピールするとともに、世界のメディアを通じて中朝両国の良好な関係を大々的アピールしようとしたものであると考えられる。     習近平は会談で、米朝首脳会談について、「半島の非核化実現、半島の長期にわたる平和システム構築をめぐり、原則的コンセンサスに達し、積極的成果を得たことを中国側は高く評価する」と述べた。また、「中国の社会主義朝鮮に対する支持は変わらない」と、「社会主義朝鮮」という明確な表現で、北の体制を擁護する姿勢を鮮明にした。一方、金正恩は、習近平をはじめとする中国側の支持に謝意を表した上で、「朝米双方が一歩一歩着実に首脳会談でのコンセンサスを実行に移せるのなら、朝鮮半島の非核化には新たな重大な局面が切り開かれる」と、半島の非核化はあくまでも段階的なものだとの立場を改て表明した。
    ちなみに、金正恩は今回の北京滞在中、中国農業科学院国家農業科学技術開発パークと北京市都市交通指揮センターを視察した。習近平は今回の会談でも、「朝鮮が工作の重心を経済建設に向けるという重大な決定を下したことを我々はうれしく思う」と述べている。中国は、北朝鮮の経済的安定が自らの政治経済両面での安全保障につながると判断し、経済改革への意欲を示す金の姿勢と中国の支援方針を大々的に対外公表するという演出を行ったのだろう。国連安保理理事国に対し、北朝鮮への制裁緩和を求める声明案をロシアと共同で配布するなど、中国が対北制裁緩和に向けた国際環境整備に努めているのは[17]、こうした文脈の延長線上に位置するものと考えられよう。
    その後の展開については、周知のとおり、トランプは中国製品に対する関税上乗せ措置を宣言通り7月6日に発動する。これは「特定の分野だけではなく、事実上国家を標的とする(中略)きわめて異例の措置」と言うべきものであった[18]。首脳会談での「合意」にもかかわらず、米国側が期待した非核化を進める動きが北朝鮮側に見られないことを受けた、後ろ盾中国に対する不満表明でもあろう[19]。当然のことながら、中国も直ちに報復措置を実行に移したが[20]、習近平をはじめとする中国指導部全体の米中関係を覆う現在の心理状態は第一に怒り、第二に無力感と徒労感であろう。政策的には対米外交の調整が従来にも増して大きな課題に浮上してきていると考えられる。というのも、中国共産党は経済の持続的発展を統治における正当性の最大根拠としているからだ。習近平としては、米中貿易戦争の影響で経済の先行きに人々が不安を覚えるような事態の発生は何としてでも阻止したいところだろう[21]。
    米国という最も重要な大国を相手とする外交を有利に展開するため、中国は中朝関係を一つの重要な「駒」としてコントロールしつつ、「中華民族の偉大な復興実現を使命とした、中国の特色ある大国外交」を進めていくことになる。

  

おわりに

  

ここ2-3年の中国外交の現場は、「10の堅持」の中で唯一具体性を帯びる「一帯一路」を中心に展開している。もっとも、これが習近平外交の看板政策だからといって、すべてが順風満帆というわけではない。例えば、6月9-10日、青島市で上海協力機構首脳会議が開催されたが、中国としては同じタイミングで開催されたG7サミットと開催目前の米朝首脳会談をにらみ、自らに近い国々との団結を示すことで、トランプ政権に圧力をかけたいところであった。しかし、閉会日に発表されたプレスコミュニケでの「一帯一路」への支持表明国の中に、中国の働きかけも空しくインドの名前がなかったことは中国にとって大きな失点となった[22]。また、返り咲きのマハティール氏を首相に戴くマレーシア政府は7月5日、同国とシンガポールを結ぶ中国主導の高速鉄道建設事業を中止すると発表した[23]。経済合理性という観点から、陸路輸送に対する需要の低さを指摘する識者もいる[24]。
    しかし、「一帯一路」に対する中国の強気の姿勢は変わらないだろう。今年1月21-22日にチリのサンチャゴで開催された「第二回中国ラテンアメリカカリブ海諸国大臣級会合」では「一帯一路」に関する共同声明が発表された。それによると、中国側はラテンアメリカとカリブ海諸国が自らの判断で「一帯一路」の呼びかけに加わるよう求め、各国は歓迎と支持を表明した[25]。また、9月には北京で「中国アフリカ協力フォーラム」が開催される。「一帯一路、中国アフリカ運命共同体の構築」が主要テーマとされているので、ここでも大々的な協力姿勢が打ち出されるだろう。以上に加え、トランプの自国第一主義的、予測不能的発言や政策が繰り返されることで、習近平や中国に対するある種の期待感が国際社会に広まり、それが中国に自信を与えていることも否定できない。
    中央外事工作会議で習近平自身が成果としてあげた「10の堅持」方針は、今後「習近平外交思想」の中核を構成するものとなるだろう。もちろん、これらが果たして成果であり堅持されてきたかは、我々自身が判断を下すべきものである。そして、10の成果をすべて矛盾なく堅持し、発展させようというのであれば、中国は「寛容と誠実さ」という要素を「10の堅持」方針の中に浸透させ、その国家主義的色彩を薄めねばなるまい。
    朝鮮半島の非核化実現と米中貿易戦争終結にはいましばらく時間がかかりそうである。そして、それらの帰趨は、良きにつけ悪しきにつけ、世界の繁栄と安定に間違いなく大きな影響を与える。その意味で、対北朝鮮外交と対米外交は、習近平外交、或いは習近平外交思想を評価するための格好のケーススタディーである。引き続き動向を注視する必要がある所以だ。

(脱稿日 2018年7月18日)

1「堅持以新時代中国特色社会主義外交思想為指導 努力開創中国特色大国外交新局面」『人民日報』2018年6月24日

2そのような動きは実際すでに始まっている。「習近平新聞思想理論研討会発言摘編」『人民日報』2018年6月15日。「『習思想』体系化進む」『読売新聞』2018年7月15日

3昨年から今年初めにかけての中国の対北朝鮮外交については、青山瑠妙「中朝の『伝統的友好』は復活するか」『外交』Vol.49、50-55ページ。

4「米、対中制裁5-6兆円」『日本経済新聞』2018年3月23日夕刊。「商務部発布中止減譲産品清単」『人民日報』2018年3月24日。

5「習近平同金正恩挙行会談」『人民日報』2018年3月29日。

6 例えば、「朝鮮半島需要負責任行動」『人民日報』2017年4月30日、「北朝鮮 中国を直接批判」『朝日新聞』2017年5月4日。

7「習氏『血で結ばれた親善』」『読売新聞』2018年3月29日。

8「板門店宣言の全文」『日本経済新聞』2018年4月28日。

9「中美経貿磋商就部分問題達成共識」『人民日報』2018年5月5日。

10「習近平同朝鮮労働党委員長金正恩在大連挙行会唔」『人民日報』2018年5月9日。

11「習近平応約同美国総統特朗普通電話」『人民日報』2018年5月9日。

12「米朝共同声明全文」『毎日新聞』2018年6月13日。

13「外交部声明」http://www.fmprc.gov.cn/web/zyxw/t1568110.shtml、2018年7月10日最終アクセス。

14「米、対中制裁関税発動へ」『日本経済新聞』2018年6月16日。

15「外交部発言人、商務部新聞発言人分別就美方公布対華貿易措施答記者問和発表談話」『人民日報』2018年6月16日。

16「習近平同朝鮮労働党委員長金正恩挙行会談」『人民日報』2018年6月20日。「習近平会見朝鮮労働党委員長金正恩」『人民日報』2018年6月21日。

17「北朝鮮制裁緩和へ 中国が報道声明案」『朝日新聞』2018年6月30日。

18「米中、貿易戦争に」『日本経済新聞』2018年7月7日。

19「ポンペオ氏『重要分野で進展』 北朝鮮外務省『米の態度、遺憾』」『朝日新聞』2018年7月8日。

20「中国対美関税反制措施正式実施」『人民日報』2018年7月7日。

21その意味で、7月以降伝えられる「習近平(或いは習近平崇拝)批判」の動きとそれに対する当局の対応が今後の中国政治に与える影響等については大いに注目する必要がある。例えば、「習氏崇拝 批判が噴出」『朝日新聞』2018年8月5日。

22「上海合作組織成員国元首理事会会議新聞公報」『人民日報』2018年6月11日。

23「中国主導の鉄道中止」『日本経済新聞』2018年7月6日。中国主導の開発事業縮小の動きはミャンマーでも見られるようだ。「『一帯一路』に芽吹く懸念」『日本経済新聞』2018年7月5日。

24廣瀬陽子『ロシアと中国 反米の戦略』ちくま新書、2018年、84ページ、100ページ。

25「中国-拉共体論壇第二届部長級会議聖地亜哥宣言」
[http://www.chinacelacforum.org/chn/zyxw/t1531606.htm](最終検索日:2018年7月1日)
「中国-拉共体論壇第二届部長級会議関於“一帯一路”唱議的特別声明」
[http://www.chinacelacforum.org/chn/zyxw/t1531607.htm](最終検索日:2018年6月28日)

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