論考シリーズ

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第6回論考 2018/06/12

習近平政権下の強硬な都市再開発事業は成功するのか
-「城中村」(都市の中の農村)=「市民」不在の無法地帯の行方-

阿古 智子(東京大学大学院総合文化研究科准教授)

ゴミ山の中で生きてきた安家楼の人たち

 「安家楼も一斉点検と再開発の対象になるようだよ」
 廃品回収業などで生計を立てる出稼ぎ労働者が集住する、北京市朝陽区将台地区の安家楼。ここには私も度々訪れているのだが、北京の友人によると、2017年11月19日、同市南部の大興区西紅門で生じた大火災の後、市内の出稼ぎ労働者などが集住するエリアの一斉点検が行われており、安家楼もその対象になるのだという。
 違法な増改築が増え、道が狭くなっていた西紅門では、消防車がスムーズに火元に近づけなかったこともあり、19人が死亡する大惨事になった。この大火災の後、海淀区、朝陽区、通州区、昌平区、順義区、豊台区、大興区などで強制的な立ち退きが実行された。一部地域では、黒ずくめの服装の人たちが勝手に建物内に入って手当たり次第に窓ガラスや家具などを壊し、商店や住宅の水、電気、ガス燃料、暖房を止め、そこで働き、暮らしていた人たちを着の身着のままで寒空の下に追い出した[1]。安家楼でそこまでの横暴な振る舞いが行われたという情報は伝わってこない。だが、燕沙友誼商城やケンピンスキーホテル(地下鉄の亮馬橋駅からすぐ)から東に1キロほど、日本大使館から徒歩15分ほどという大都会の真ん中にある安家楼は、遅かれ早かれ、再開発の対象になると見られていた。
 私が安家楼を訪れたのは2016年が最後だが、その時には、あちらこちらに廃品の山が積み上げられており、金属、プラスチック、紙、ガラス、鉄くずなど、廃品をせっせと分別する人たちが見えた。中国では、日本のような行政によるリサイクル事業は広くは行われていない。だが、自ら廃品を拾って分別し、それを販売する人たちがいたるところに存在する。香港のネットメディア『端』によると、北京には10数カ所の大型廃品処理場があるが、営業許可などの手続きを取っているところはほとんどなく、劣悪な環境でゴミの分類が行われているという[2]。こうした場所で廃品回収に関わる人たちは十数万人に上るが、これによって、行政はゴミ処理の費用を年間数億元節約しているとの試算もある[3]。しかし、廃品には有毒物質が含まれていることもあり、分別作業にかかわる人たちの健康への影響が懸念される。それに、北京有数の不動産価格の高いエリアにある安家楼に、ゴミの分別場所を確保する必要があるのだろうか。だが、地価が高いからこそ再開発が容易ではなかったのだろう。他所におけるゴミ処理場の建設が度々地元住民の反対に遭っており、行政によるゴミ処理事業が順調に進まないことも、安家楼の廃品回収業を存続させた原因だと考えられる。

城中村という空間

 北京で次々に再開発の対象となっている安家楼のような地区は、中国では「城中村」と呼ばれている。「城中村」は文字通り翻訳すると、「都市の中の農村」という意味であり、なんとも矛盾に満ちた言葉である。急速な都市化の進展に伴い、すべて、あるいは部分的に耕地が収用された結果、市街地に囲まれる形で取り残されたかつての農村地域や都市の再開発事業から取り残された「市民」ではない外来人口(当該居住地の戸籍を持たない人)が集住する地域であり、そこにはスラムと呼んでも差し支えないような劣悪な環境が広がっている。
 「市民」と「非市民」の区分は、中国特有の戸籍制度に基づいてなされている。戸籍制度は1958年に導入されたが、当時、中国政府は重工業分野での資本蓄積を加速するため、農産物価格を抑え、都市住民の福利厚生を優遇する必要があると考えていた。戸籍制度は、農民と都市住民の身分を分け、農村から都市への人口移動を厳しく規制した。しかし1980年代に各地で人民公社が解体し、その後、都市部における労働力の需要が高まるにつれ、移動の制限は事実上なくなった。しかし、都市戸籍(非農業戸籍)と農村戸籍(農業戸籍)の枠組は依然残っており、農村戸籍を持ちながら都市で働く人たちは「農民工」と呼ばれるようになった。農民工は都市では「市民」ではなく、「市民」が享受する多くの社会サービスを受けることができない。
 中国政府が戸籍制度を完全に廃止できないのは、社会保障の地域格差が大きいこと、都市と農村で土地の所有形態や登記方法が異なることが主な原因であろう。中国は社会主義の建前上、土地の公有制を崩していないが、『土地管理法』(1986年制定)によると、都市部では土地の所有権は国が持つものの、使用権は市場で流通し、地権者はそれらを自由に売買できる。使用権とは有期(住宅地は70年など)で契約する日本の定期借地権のようなもので、契約更新によって継続できるし、転売も出来る。つまり、都市部の土地は使用権を自由に取引できるという意味で実質的に私有化している。一方、農村部は村などの集団(中国語では「集体」という)が土地を所有しており、農民は土地経営請負権を持つが、それを自らの意思で売却したり、抵当に入れたりはできず、農地の転用も厳しく規制されている。ただし、「公共の目的」があれば政府が収用し、集団所有から国有にする手続きを取った上で、非農業用地として開発できるのだが、「公共の目的」の定義が曖昧であるため、多くの地域で乱開発が進んだ[4]。
 戸籍は社会保障ともつながっている。戸籍は親から子に引き継がれる。国民がどの地域の、どの種類の社会保障を受けるかは、生まれながらにして決まっているのである。社会保障の地域格差は非常に大きい。例えば、2017年現在上海市では、所有する財産(現金や預貯金)が3人家族なら1人当たり3万元以下、2人以下の家族なら3万3000元以下で、住宅以外の不動産や車を所有せず[5]、家族1人当たりの月収が同市の同時期の最低生活保障水準より低ければ、同水準である970元を受給できる。一方、私が2016年に訪れた湖南省の農村で話を聞いた、塵肺病で苦しむ元炭鉱労働者たちには、炭鉱を運営する会社から数千元の見舞金が支給されただけで、政府の生活保護は1ヶ月たった90元だった。
 戸籍の転出入の手続きは、就職した企業などを通してできるが、多くの都市が学歴、社会保険への加入状況、社会貢献、住宅の所有、投資、納税などの指標に基づくポイント制を導入し、都市戸籍人口の増加を抑制している。現在、過密化が進む都市への転入は、高学歴のホワイトカラーでも難しい状況になっている。

奇妙な富裕層と貧困層の「連携」

 さて、大都会の真ん中に取り残された城中村、安家楼だが、私が訪れた時には、バラックのような簡易住宅や今にも崩れそうな家屋が立ち並び、老朽化したマンションやアパートには、監視カメラが多数取り付けられていた。屋台で生計を立てている人もいるのだろうか。屋台を取り付けられるオートバイやリヤカーがたくさん停まっていた。公衆トイレが所々にあったが、それはトイレがない家が多いことを表している。公衆トイレの横のごみ置場からは異臭が漂っていた。城中村には北京市の戸籍がない人が主に暮らしているため、ごみや汚水の処理といった公共サービスが十分に行われていないのだ。
 安家楼の空き地には乗用車が多数停まっている。持ち主はいったい誰なのかと考えていたら、「院内に停車すると一日あたり十元」という看板にぶつかった。安家楼の先には、オフィスや高級マンション、高級ホテルなどの高層ビルが並んでいる。高層ビルの駐車代はここの何倍もするだろう。このような、富裕層と貧困層が不思議な形で手を結ぶ光景が、この城中村には広がっているのである。
 安家楼は日本大使館のすぐ近くにあるが、私が付き合いのある大使館員は、誰一人として安家楼を知らなかった。大使館から安家楼に行くには、大通りから一本細い道に入らなければならないのだが、それでもこれほど近くにあり、昼食を食べに外出する時などに、この付近を歩くこともあるだろうから、気づいてもよいはずである。しかし、気づいていないというのは、安家楼の周囲は高い塀で囲われており、外からは見えないようになっていたからだ。村の何箇所かの入口には鉄の門が設置してあり門は大抵開いているが、特に用事がなければ門の中に入ろうとは思わないだろう。それに、高い塀の向こうにゴミ山が連なる風景が広がっているなんて、誰が想像するだろうか。
 小さな食堂で鶏肉や野菜がセットになった鍋料理が48元と、安家楼の物価はとても安かった。それに比べて、私が安家楼から徒歩10分ほどの喫茶店で頼んだコーヒーは45元と、日本より高かった。安家楼の通りには、「長い髪の毛を高額で買い取ります」というような貼り紙が貼ってある。私は農村で調査中に、このような貼り紙を頻繁に見かけたが、北京では初めてだった。生活費の足しにするために髪を伸ばして売ろうというような人は、都市部にはそうそういない。この一枚の貼り紙からも、ここには低所得者が集まっていることがわかる。

「非首都核心機能」の分散と調整

 11月の北京市の強硬策は大火災をきっかけに突如行われたように見えるが、実際には「首都核心機能」を強化する一連の政策の延長線上にある。2014年、習近平国家主席は北京市を視察した際、政治、文化、国際交流、科学技術とイノベーションの中心としての首都の核心的機能を強化し、それ以外の機能は他に分散させるように指示している。2015年2月10日、習主席が主催した中央財経領導小組(中央財政経済指導小グループ)第9回会議では、「京津冀一体化協同発展計画」(北京市、天津市、河北省一体化共同発展計画)についても協議している。これは、三つの地域で産業、経済、都市化の連携と調整を行い、同時に地域格差や環境問題の解消も図るというプランである。それが急務としているのは、「調整疏解非首都核心効能」(非首都核心機能の分散と調整)であり、過度な人口集中、治安の悪化、低収益産業の集積といった問題の改善である[6]。
 「非首都核心機能」の分散と調整のため、北京市は2017年に入り、強力な措置を取り始めた。悠長に構えていては目標を達成することができないため、「開墻打洞」(壁を取っ払い、穴を掘る)といったスローガンが掲げられ、違法建築物などの強制撤去やそこに住む人たちの強制退去を断行したのである。2017年6月9日付の『人民日報』によると、北京市は同年4月末までに12,255箇所(1640.9万平米、2016年同期の3.8倍)で「開墻打洞」を実施し、今年度の計画の76.1%を完成させたのだという[7]。
 「棚戸区改造(棚改)」(スクウォッター地区の再開発)も本格化している。先の『人民日報』は、2017年3月8日までに延べ人数で9,960人の法律相談を受け付け、439件のトラブルの解消、調整を行ったと報じている[8]。北京の情報を伝える『千龍網』によると、東城区望壇(南二環路永外地区、約46ヘクタール)は、1992年に再開発エリアに指定されていたが、伝統保護地区との関係や資金調達の困難などが原因で、再開発が進まなかった。そうしている間に、未登記の家屋や違法な増改築が増え、道は狭くなり、障害者のいる家庭(1,259戸、22.6%)、病人がいる家庭(769戸、13.81%)、低所得家庭(237戸、4.25%)などが集まるエリアになった。4,922戸(86%)が未登記の家屋で、一戸あたりの建築面積は22.19平米、平均の居住人数は3.61人、1人あたりの面積は6平米と住環境は劣悪である。当初、立ち退き、移転の交渉の時間を見込んで「100日以内」と作業開始までの目標を設定していたようだが、当該記事によると、このエリアには、北京市の戸籍を持つ家庭が6,413戸(戸籍人口は2万人あまり)、賃貸契約などを通して居住する家庭が5,700戸暮らしていた。再開発によって5,693戸が転居することになり、75%以上の住民との契約がたった8日で完了したのだという[9]。
 このように政府系メディアは、短期間のうちに、長年懸案となっていた建物の撤去や住民の移転を完成させたと報じている。だが、情報統制が厳しくなる状況において、こうした前向きな報道を鵜呑みにすることは危険であろう。実際に、大火災の後の強制的な撤去や移転は深刻な人権侵害であり、中国政府が2012年に施行した「行政強制法」の規定にも違反している。同法の第5条は、「非強制的な手段で行政管理目的が達成できる場合は、行政が強行してはならない」としている。そして第43条は、「行政機関は住民が生活において必要とする水、電気、暖房、燃料などの提供を停止することによって、当該住民に関連する行政上の決定に従うよう迫ってはならない」と規定している。本来ならば、専門家による論証、各方面のリスク評価、法律面の確認作業、公聴会の実施など、一連のプロセスを経た上で、移転先の確保や移転者への補償の決定などが行われるべきだが、非首都機能の分散を強化する政策は、こうした手続きを省き、目標達成のためにさまざまな作業をスピードアップさせている可能性が高い。また、大半の補償金の支払いや移転のための支援は、土地や不動産の権利を持つ都市戸籍を持つ人たちに対して行われるのであり、家主と賃貸契約を結んで城中村で暮らしていたほとんどの外来人口は、そこには含まれない。

おわりに

 安家楼では奇妙な富裕層と貧困層の「連携」が見られたが、実際に、北京の人々は出稼ぎ労働者の助けを頼りに生活してきた。高齢化が進む都市部において、誰が高齢者の世話をするのか。誰が、働く親に代わって子どもの学校の送り迎えや食事の準備をするのか。疲れた体にマッサージを施してくれるのも、出稼ぎ労働者である。屋台で食べる朝食も、果物やお菓子を買うのも彼らからだ。建設現場や工場も出稼ぎ労働者なしには立ち行かない。しかし、北京市政府が積極的に、出稼ぎ労働者のために公共住宅や学校を整備することはないだろう。
 戸籍は親から引き継ぐものであり、条件のよい地域の戸籍を持つ者と、悪い地域の戸籍を持つ者では、その後の人生が大きく異なる。地域間の経済格差は広がり続け、不平等が解消されるめどは全く立たないままだ。本来ならば、出稼ぎ労働者にもっと多くの公的な援助がなされてもよいはずだ。だが、彼らは安価な労働力として都合よく使われ、人口増加を抑えたり、景観や衛生状況を改善したりしなければならない時には、強制的に排除される。このように、彼らを収奪する構造が定着してしまった。
 城中村が違法行為を横行させる形で発展してしまったのはなぜか。それは、既得権益層とそれ以外の人々の間の格差が容易に解消されないという現実を前に、「法を犯してでも豊かになってみせる」という人たちが後を絶たないからだ。中国社会の格差が大幅に縮小しない限り、「市民」不在の無法地帯=城中村は、強制的に排除されても、また雨後の竹の子のように生まれてくるのではないだろうか。

1「北京「切除」:11張図帯你看懂「低端人口」清退行動」『端伝媒』2017年12月1日
[https://theinitium.com/article/20171201-mainland-Beijing-uprooted/](最終検索日:2018年6月3日)

2趙晗「北京拾荒20年:你的京城、我的廃都」『端』2016年9月14日
[https://theinitium.com/article/20160914-mainland-scanvengers/?utm_content=buffer9a397&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer](最終検索日:2018年6月3日)

3同上

4企業や個人が収用された土地の権利を取得する場合、土地使用権譲渡金や各種税金を地方政府に支払うことになっている。中央と地方の税源配分を明確化した「分税制」の施行(1994年)に従って、これらの大半が地方財政に組み入れられると、地方政府は大量の農業用地を非農業用地に転用した。

5住宅なら1物件だけか、2物件でも、合計面積が同市住民の平均居住面積以下であれば所有できる。「2017上海低保毎月多少銭」『中金網』[http://www.cngold.com.cn/newtopic/20170113/2017sgdgdsfwq.html](最終検索日:2017年12月2日)を参照

6 2015年、北京市は2020年の北京市の人口を2,300万人以内に抑える計画を発表し、2017年にも、厳格に都市の規模をコントロールする旨が明記された『北京城市総体規画(2016-2035年)』を提示している。2017年の北京市の人口は約2,170万人(前年比で0.1%減)で、過去20年で初めて落ち込んだ(北京市統計局による統計データを参照[http://www.bjstats.gov.cn/tjsj/yjdsj/rk/2017/201801/t20180119_391224.html])

7賀勇「北京動員社会参与“疏解整治促提昇”専項行動整治开墻打洞 拆除違法建築」2017年6月9日『人民日報』

8賀勇、前掲記事

9「【“人勤春来早”系列報道】両万余望壇居民下月可簽約選房」『千龍網』2017年2月22日
[http://interview.qianlong.com/2017/0222/1425407.shtml]

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