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第5回 2018/06/11

「新時代」中国の中央集権化と法治

金野 純(学習院女子大学准教授)

 2018年、習近平政権2期目に入って初めての全国人民代表大会が開催された。憲法改正によって国家主席の任期を撤廃することが決まった今回の全人代は、世界中のメディアで大きな話題となった。
 思い返してみれば、去年の中国共産党第19回全国代表大会(19大)で、多くのメディアが注目したのは新たな中央政治局常務委員の顔ぶれであり、その人事を通して習近平による権力掌握の程度を測ろうとする記事が多かったように感じる。

 明確な後継者が常務委員入りしなかったことに加え、中国共産党規約に「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」が行動指針として明記されたことから、「習一強」や個人独裁化を強調する論評が目立った一方、共産党政権下の中国が目指す将来や政治全体の方向性についての分析は少なかったように感じられる。
 しかし今回は憲法改正が大きく報じられたことから、指導者間の権力闘争だけではなく、中国政治全体の行方そのものへの関心が高まっているように感じられる。そこで現在進行している中国の政治変動を中央集権化と法治の側面から読み解いてみたい。

 習近平の政治手法は、しばしば「慣例破り」と表現される。しかし、メディアで喧伝される派手な権力闘争のイメージとは裏腹に、習が描く将来ビジョンは過去の歩みの延長線上にあるもので、実は革新性よりもむしろ強い政治的経路依存性を特徴としている。そもそも「中国の特色ある社会主義」の概念自体、鄧小平が1984年頃から使い始めたものであり、習のオリジナルな思想ではない。また習政権下で社会主義建設の全体的配置として言及される「五位一体」(経済、政治、文化、社会、生態文明の建設)も同じように胡錦濤政権時代の考え方を継承した枠組みであり、習が提起した「四つの全面」(小康社会の全面的建設、改革の全面的深化、全面的な法による国家統治、全面的な厳しい党内統治)も実際には、過去に鄧小平、江沢民、胡錦濤らが提唱した政策内容をまとめたものである。さらに指導者個人の権限強化、それに伴う忠誠の集中、党権力の大幅な拡大といった動きには、毛沢東時代を彷彿とさせる要素も見いだすことができる。

急ピッチで進む中央集権化

 それでは「新時代」の政策的特徴はどのような点にあるのだろうか。
 近年で注目すべき点は、規律と法をテコとした中央政府の支配強化であり、中央集権化の流れである。規律に関しては、習政権下で周永康や令計劃のような大物政治家が次々と中央規律検査委員会によって拘束され、失脚したことは記憶に新しい。しかし実際には、彼ら以外にも、公安、検察、裁判所、軍隊も含む幅広い機関で多くの幹部や党員が調査対象となり、規律違反で処分されている。王岐山の報告によると、2015年に党紀・行政処分を受けたものは33万人以上に上る[1]。法に関しては、法治を政権の旗印として、反スパイ法、国家安全法、反テロ法、海外NGO国内活動管理法、サイバーセキュリティ法といった一連の法が矢継ぎ早に施行され、法を利用した統治強化がおこなわれている。
 こうした近年の中国動向について、メディアでは習近平の独裁者的個性から説明しようとする記事が多いように感じられる。しかし指導者個人の性格よりも重要なのは、中央集権化という中国政治の潮流である。社会経済における発展の不均衡を問題視する習政権下では、中央によるマクロコントロールが強化されている。たとえば2013年12月、党中央では習が自ら組長を務める中央全面深化改革領導小組を新設し、政治経済や司法だけでなく科学技術、環境問題、スポーツ振興にいたる幅広い領域への関与を深めている。2017年半ばまで30回を超える会議が召集され、大きな改革案だけで350件あまりが採択された。また中央による地方の綱紀粛正も強化されており、中央巡視組が地方を巡回して規律違反を調査する巡視制度も習政権下で大幅に強化された。第18回党大会(2012年11月)以降、中央規律検査委員会の審査案件について言えば、その60パーセント以上の手がかりが巡視で得られたものであった[2]。
 中央政府による規律検査や社会統制強化に関連する諸法規の施行は、改革開放以来進展してきた分権化による地方の「独立王国」化や腐敗蔓延を防ぐための重要な手段となっている。今回の憲法改正によって国家監察委員会が憲法の中に明記されたことで、党中央による統制強化の流れは習政権下の一時的なものではなくなった。現在の「反腐敗」闘争を習政権下の一時的な権力闘争と矮小化して捉えると、今後の中国政治の流れを読み誤る危険性がある。

 そもそも歴史的にみると、共産党統治下の中国政治は集権化(「収」)と分権化(「放」)の間を往復する循環的な経路を歩んできた。毛沢東時代に、第一次五カ年計画(集権)→大躍進(分権)→調整期(集権)→文化大革命(分権)という、繰り返された政策の転回が、政治を不安定化させたことはよく知られている。
 中央政府の政策を全国に徹底する上で集権化は必要であるものの、あまりに集権化が進むと組織的柔軟性や創意工夫の意欲が失われ、命令されたことだけを形式的にこなす官僚主義的な弊害が生ずる。そのため分権化の必要性が生じるのだが、そうすると逆に中央政府の統制が緩んでしまう、というわけである。広大な領土を抱える中国では、中央政府と地方政府の関係は日本人の想像する以上に微妙なバランスのうえに成り立っているのである。
 鄧小平時代以降、中国は新たな市場経済に柔軟に対応する必要に迫られていたため、集権化と分権化の波はあったが、大勢としてみれば基本的に各地方の独立性を高める分権化のプロセスを辿ってきた。
 そして一定の経済発展を成し遂げた今、中国は腐敗や格差のような経済発展の副作用に直面している。こうした情勢のなか、地方党組織における汚職の蔓延や地方保護主義、中央統制の弱体化が政治経済に与える悪影響を問題視する習政権は、江沢民政権や胡錦濤政権の時代よりも強く政治的引き締めの必要性を認識している[3]。そのため党中央は「中国共産党巡視工作条例」(2015年)[4]にみられるように、省、自治区、市に対する中央の巡視制度を大幅に強化し、法律違反や規律違反の取締りを通して睨みを利かせている。このような法と規律をテコとした集権化は「新時代」の政治的特徴のひとつと言える。

集権化と「法治」

 習政権による中央集権化の手段として特徴的なのが、法律や法規の利用である。もちろん法治の必要性自体は習政権以前からたびたび強調されてきた。しかし、2014年の中国共産党第18期中央委員会第4回全体会議(18期4中全会)では、中央委員会全体会議の歴史上初めて「法による国家統治の全面的深化」がテーマとなるなど、共産党史をみても習が法治へのこだわりの強い指導者であることは間違いない。
 それでは習の考える法治とはどのようなものなのだろうか。彼の法治と一党独裁の間には矛盾がないのだろうか。2014年1月中央政法工作会議で習は党の政策と国家の法律の関係について以下のように述べる。

「党の政策と国家の法律の関係を正確に処理しなければならない。われわれ党の政策と国家の法律はすべて人民の根本的意志の反映であり、本質的には一致しているものである。党の政策は国家の法律の先導と導き(指引)であり、立法の根拠と法執行の重要な導きである(中略)法律によって党の政策の有効な実施を保障し、党が全体を総攬することを確実に保障し、各方面の指導中核的役割を調整する。」[5]

 「党の政策は法律の先導」であり、「法律によって党の政策の有効な実施を保証する」という習にとって、法治とは共産党の独裁と統制を強化する有効な手段であり、「法の支配」ではなく「法を利用した(党による)支配」を意味しているのである。
 19大で習近平がおこなった報告内容をみると、今後も中央集権化の流れと絡みあいながら「中国の特色ある」法治が展開していくことは確実な情勢といえよう。党中央主導の法治建設の流れを固めたい習は、2017年10月、中国共産党第19回全国代表大会において法治建設に対する党中央の指導力強化のため中央全面依法治国領導小組の成立に言及した。それは2018年改革方案ではさらに中央全面依法治国委員会へと格上げされたかたちで構想された[6]。今後も党中央による法の支配強化と、その法を通した社会規制の動きが加速するだろう。
 習近平が強調している憲法の実施強化について言えば、これは一般的に日本で想像されるような市民の憲法上の権利保護といった話ではなく、むしろ共産党の権威強化を目的とした議論であることには注意が必要である。習は「我が国の憲法は、根本法というかたちで、党が人民を率いて革命、建設、改革を行って得た成果を反映しており、歴史と人民の選択において形成された中国共産党の指導的地位を確立している」[7]と述べており、憲法面からも共産党の正統性を強化しようとしている。
 また習、劉雲山、王岐山、張高麗も編者となっている19大解説書の「なぜ全面的な依法治国を堅持しなければならないのか?」という項目のなかに、以下のような解説が添えられていることにも注意が必要である。

「近年、西側の敵対勢力と社会の一部の下心のある者が、法治を『武器』とし、法治を『名分』として、勝手気ままに西側の法治理念や法治モデルを大げさに話している。目的はすなわち法治問題から突破口を開いて中国共産党の指導と我が国の社会主義制度を否定することである。」[8]

 この説明から考えると、党中央主導の法治建設は、中国国内で一時盛り上がりを見せた新公民運動(共産党統治を否定せず、むしろ現在の憲法で「公民の基本的な権利と義務」として規定された条文を根拠としておこなう社会運動)への対応も視野に入れた動きという側面もある。

 もうひとつの重要な動きとして国家監察委員会の設立も挙げられる。今回、国家主席の任期撤廃ばかりがクローズアップされた憲法改正であるが、実際には国家監察委員会を憲法的に位置付けるための改正が大半であった。
 この組織は腐敗の取締りの統一的指揮を目指した組織であり、共産党員に加えてすべての公務員を対象としているところに特徴がある(これは「党内監督と国家監督の有機統一」と表現されている)。中央を頂点としたピラミッド型の組織であり、国家−省−市−県レベルに監察委員会を組織し、同じレベルの規律検査委員会と「合署弁公」(複数の組織がある政策課題について共同業務をおこなうこと)することが想定されている[9]。
 さらに2018年3月、国家監察法が全国人民代表大会で採決され、汚職や腐敗の取締り対象は共産党機関から国有企業管理職、さらには公立の教育機関なども含むすべての公的職員にまで拡大する[10]。これは党のコントロール領域の拡大を意味するだけではない。この監察制度は習政権下で強化された中央の巡視制度と結びついており、今後、規律と法を通した中央統制はさらに強化されることになるだろう[11]。

中国型「独裁と法治の融合」という新たな実験

 鄧小平時代以降、中国共産党は一党独裁による社会主義と市場経済の融合という壮大な実験に挑戦してきた。この試みには否定的な論者も多く、巷では中国崩壊論が広がった時期もあるが、結果をみてみれば共産党の独裁体制は継続しており、また経済も大きく発展したことは疑いようのない事実である。
 そして大きな発展を遂げた今、習政権下の中国では、「独裁と法治の融合」という新たな実験が進行している。今回の憲法改正は、我々にそうした動きをまざまざと見せつけることになった。
 かつて鄧小平は政治改革において党の機能や組織を政府の機能と分離することを重視した。そして「窓を開ければハエは入って来る」として、ある程度の腐敗は覚悟の上で分権化と改革開放を推し進めた。現政権はそうした鄧小平時代とは逆に、腐敗を許さずにむしろ法と規律をテコに党中央のコントロール強化を図っている。そのため民主的政治改革の可能性はこれまでになく縮小している。
 また劉少奇や林彪の死に至る過酷な権力闘争を経験した鄧小平は、一党独裁体制下における権力継承の難しさを痛感しており、そのため国家主席の任期制といった世代交代のメカニズムを構築した。しかし今回、国家主席の任期制限が撤廃されたように、習政権下でこれまでの政治システムは大きな転換期にさしかかっている。そういう意味で「中国の特色ある社会主義」はまさに「新時代」へ突入している。今回の憲法改正をみてもわかるように、法や規律によって集権化を推し進め、共産党の独裁体制を強化する方向性は今後も長期にわたって継続するだろう。
 しかし、法と規範によってがんじがらめになった党と政府内において、取り締まりを恐れて萎縮し、上から指示されたことだけを形式的に実行するような官僚主義的風潮が生み出される可能性は高い。それは結果として、中国共産党の生命力の重要な源であった政治的柔軟性や政策修正能力が失われることを意味している。
 過去を振り返ってみれば、中国における改革開放の成功は、単に鄧小平の力だけで実現できたものではない。当時の中国には、改革派の胡耀邦や慎重で保守的な陳雲といった個性的リーダーが存在しており、異なる意見のせめぎ合いのなかで共産党はある程度バランスのとれた政策的な落しどころを見つけてきたのである。
 鄧小平は指導部内の個性のぶつかり合いのなかで権力を維持し、改革開放政策を推し進めるだけの威信とバランス感覚を有していたが、今のところ習政権の内部において異なる政策的意見を闘わせるだけの自由な空間が存在しているようには見えない。すなわち、19大以降、我々が目の当たりにしてきた習近平の強さは、同時に現政権の弱さでもあるのである。
 たしかに集権化で意思決定のスピードは加速し、党中央が決定した政策に問題があっても表立って反対されることは少なくなるだろう。しかし、このような状況下では、逆に政策的バランスをとることが難しくなるかもしれない。集団指導体制の弱体化は習近平に政策的な自由裁量権を与えるかもしれないが、それが失敗した時、指導者に対する風当たりはより強まるだろう。腐敗取締りの法的制度化によって汚職は減少するだろうが、逆に規律検査を利用した政治闘争が末端の党組織を混乱させる可能性は否定できない(すでに革命期の根拠地で共産党はこうした組織的混乱を経験している)。これらの問題を巧みに回避しながら、いかにして政治的柔軟性を維持し、かつ中央統制を強化してゆくのか。習政権には今後も微妙な舵取りが要求されているのである。

(脱稿日 2018年4月23日)

1王岐山「全面従厳治党 把紀律挺在前面 忠誠履行党章賦与的神聖職責」(2016年1月12日)
『党的一八大以来 中央紀委歴次全会工作報告匯編』北京・法律出版社、2016年、135頁

2『党的一九大報告学習補導百問』北京・学習出版社・党建読物出版社、2017年、6頁

3習近平「関於《中共中央関於全面推進依法治国若干重大問題的決定》的説明」(2014年10月20日)『十八大以来重要文献選編』北京・中央文献出版社、2016年、140〜154頁

4中共中央印発『中国共産党巡視工作条例』(2015年8月13日)中共中央規律検査委員会・中華人民共和国監察部ウェブサイト
[http://www.ccdi.gov.cn/special/xstl/yw_xstl/201508/t20150814_60554.html](最終検索日:2018年6月3日)

5佟麗華『十八大以来的法治変革』北京・人民出版社、2015年、23頁

6「中共中央印発『深化党和国家機構改革法案』」(2018年3月21日)新華網
[http://www.xinhuanet.com/2018-03/21/c_1122570517.htm](最終検索日:2018年5月19日)

7同上資料

8前掲『党的一九大報告学習補導百問』、47〜48頁

9『十九大報告 関鍵詞』編写組『十九大報告 関鍵詞』北京・党建読物出版社、2017年、170〜171頁

10「中華人民共和国監察法」(2018年3月20日第13届全国人民代表大会第一次会議通過)中国人大網
[http://www.npc.gov.cn/npc/xinwen/2018-03/21/content_2052362.htm](最終検索日:2018年5月19日)

11中共中央規律検査委員会と国家監察委員会による巡視については同委員会ウェブサイトを参照
[http://www.ccdi.gov.cn]

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