中国の対外経済支援等データ分析

ホームへ 2020/10/15

中国の港湾建設・経営の意図とその課題
−タンザニア・バガモヨ港建設停止を事例として−

川島真

1. なぜインド洋沿岸に港湾を求めるのか

 中国の港湾建設、経営参画が世界各地で進んでいる。それは南シナ海からインド洋、そこから紅海、地中海方面に抜けるルートと、インド洋から大西洋に抜けるルートへと広がっている。これは一帯一路とされる空間とも重なるし、また中国が海底ケーブルなどの国際公共財を提供する場とも重なっている。
 中国が港湾に関心を持つのは、海洋のコネクティビティを高めることにあるが、それは単なる港湾を整備して相手国に提供するだけでなく、中国自身が一定の経営、使用権を保持する意図も含まれていると思われる。なぜそれほどのことが必要となるのか。この点は一帯市路の意図にも関わることである。第一に、港湾の整備、経営権の確保は、まさに海のシルクロードの根幹となる海上コネクティビティである。陸上のコネクティビティと結合することにより、物流の支えともなり、経済活動の基点ともなるだろう。第二に、シーレーンの確保という点が考えられる。中国は原油や天然ガスの大半を海外から輸入する。日本よりも中東依存度は低いが中東が最大の輸入先であり、この他にアフリカ、中南米、CIS、欧州、アジアなどと輸入先は多角化している。その多くはインド洋から南シナ海を通って中国に輸入される。このシーレーンはまさに中国の社会生活、あるいは軍事にとっても生命線である。まして、東シナ海、南シナ海には領土問題があり、日米同盟など西太平洋に展開するアメリカの同盟国ネットワークがある。もし、東シナ海、南シナ海有事となれば、このシーレーンは大きな打撃を受ける。
 そのため、中国はミャンマーのチャウッピュー港の深海港建設を支援し、さらに雲南省に石油、ガスパイプラインを敷設した。またロシアからの天然ガスのパイプラインも敷設している。そして、種々問題が指摘される、パキスタンのグワダル港から北へと伸びる経済回廊プロジェクトにもパイプライン敷設が含まれる。これらのパイプラインが完成することで、東シナ海、南シナ海有事に備えられよう。だが、パイプラインだけでなく、どのような事態においても港湾を維持しなければならない。港湾建設、合同建設などに中国が乗り出し、ハンバントゥタ港の例にあるように長期の経営権を確保した目的の一つは、港湾維持があったのだろう。そして、港湾を結びつけるネットワークの安全保障の面で、ジブチに建設された軍事基地が大きな役割を果たすことが期待されていると思われる。

2. タンザニア・バガモヨ港建設計画

 バガモヨはザンジバルの対岸にあり、大都市のダルエルサラームの北側75キロに位置する。もともと、タンザニアは北のタンガ港、中部のダルエルサラーム港、南のムトワラ港があった。これら三港が国際港として発展されることが期待されていたが、2009年に世界銀行がバガモヨの新港開発を提案し、タンザニア側も2010年に独自にフィージビリティ・スタディーズを行ったりしていた。その案件が最終的に中国に担われることになったのだ。
 他方、タンザニアは中国にとって伝統的友好国だが、2013年3月習近平がタンザニアを訪問してキクウェテ大統領と会見し、両国関係を全面的協力パートナー関係と位置付け、両国は16もの様々な協力協定、覚書に調印した。中でも、バガモヨ港総合開発プロジェクト協力備忘録が巨大インフラ事業として注目された。このプロジェクトにはバガモヨと歴史的に深い関係を有するオマーンのファンド(State General Reserve Fund , SGRF)も加わることになった。これは100億米ドルの開発計画で、香港招商局国際有限公司が請け負った。このプロジェクトには、ムベガニ経済特区や周辺国との道路整備など、同港を東アフリカの物流ハブとする様々な内容が含まれていたが、その核心は港湾建設それ事態であった。中国から見れば、パキスタンのグワダル港に次ぐ重要なインド洋の拠点港湾になることが期待されていた。そして、2015年には起工式が行われてた[1]。
 バガモヨ港を招商局傘下の香港招商局国際有限公司が請け負った背景には、同じく港湾、コンテナ建設大手の中国遠洋海運集団有限公司(COSCO)との地域的役割分担があると思われる。コスコが関わっているのは、アントワープ港、ロッテルダム港、バド港などの欧州の港湾のほか、スエズ運河、アンバルリ港、ピレウス港、シンガポール港などであるのに対し、招商局国際有限公司はインド洋の西部を中心として、コロンボ港、ジブチ港、ハンバントゥタ港などに関与したほか、ラゴス港、ロメ港などの西アフリカでもプロジェクトを実施している[2]。招商局国際有限公司自身、深圳西側港湾の再編事業に関わり、そこを拠点とすることに成功、その後中国沿岸部の港湾事業に乗り出し、港湾ネットワークを形成するに至った。そして、2010年代には習近平開始前から海外港湾へと進出したのだった[3]。
 招商局国際有限公司の深圳西側港湾事業はタンザニアとの関係を築くきっかけともなった。習近平政権成立以前の2011年11月末にタンザニアの交通部長率いる代表団が深圳を訪問し、招商局国際の深圳西部港を訪問して、招商局国際との間で協力に関する備忘録を締結したという。そして、翌2012年初頭には招商局国際董事長胡建華がタンザニアを訪問して実地調査を行なっている。こうした基礎の上に、2013年3月の習近平の訪問があり、その際に正式契約に至ったということである。2014年1月10日、胡建華が再びダルエルサラームを訪問してタンザニア政府との正式な契約を締結した[4]。実のところ、この港湾建設については、ジブチ基地建設以前のことでもあり、当初から中国の軍事的な目的を疑う見方があった。無論、中国国防部はそれを否定していた[5]。2015年に入ると、いくつかのプロジェクトの起工式が行われ、またキクウェテ大統領の任期内にプロジェクトが起動し、三年以内の完成目指されることになった。

3. プロジェクトの頓挫

 キクウェテ大統領の後任は同じくタンザニア革命党のマグフリ大統領で、2015年11月に就任した。だが、ガバモヨ港開発は一向に進まなかった。これはマグフリ大統領が前大統領の故郷であるガバモヨよりも、ダルエルサラーム港の開発を優先したためだとも言われる。だが、客観的に見て、ダルエルサラーム港から75キロしか離れておらず、期待される天然ガス産出地からも離れていると言った要素もあったようである。ただ、これも十分な経済効果などが考慮されておらず、政治指導者が自らの故郷に案件を持っていったとうことへの批判の根拠にもなっている。
 だが、2016年には継続していた中国、オマーン、タンザニア三者間の事務レベル協議の内容や、早々に計画が遂行されるとか[6]、また2018年春にも、中国側はプロジェクトの変更を認めておらず、引き続き交渉する姿勢を見せていたことも伝えられていた[7]。だが、重要であったのはオーナーシップの問題であったのかもしれない。このプロジェクトでは、タンザニア政府も独自資金を提供する必要があったが、それが準備できず、オーナーシップの喪失の危機が報じられていた[8]。
 2018年9月、FOCAC(中国・アフリカ協力フォーラム)が北京で開催された。ここで習近平は10大協力計画を発表し、金額としては600億ドルを支援すると表明したのだった。タンザニアもこの会議に参加して備忘録を締結するなど、バガモヨ港プロジェクトのために両国関係が悪化するというところまでは行かなかった。だが、2019年に入っても、タンザニアと中国、オマーンとの調整は進まず、タンザニア政府もそれを認めるほどになった[9]。しかし、2019年6月24日に中国とタンザニアの外相会談が行われていたのにも関わらず(会談記録にはバガモヨのことは記されていない)[10]、マグフリ大統領がプロジェクト停止の意向を表明したのだった。大統領は、このプロジェクトの重要性を指摘しつつも、”This project has very difficult conditions. They are exploitative and awkward. We can’t allow it.”などと述べ、中国から提示された条件が、プロジェクト停止の原因であることを示唆した。そして、港湾開発は世界銀行の支援の下で、ダルエルサラーム、ムトワラなどを対象としていくことも述べていた[11]。この搾取的な、という部分の内容については、99年の経営権であるとか、関税その他の優遇などの多様な内容だったということも伝えられている[12]。他方、2019年は中国が従来のような貸付の「大盤振る舞い」をやめて、「質の高いインフラ」などを掲げながら、様々な条件設定を始めた年でもあった。

4. バガモヨ案件から何を読み取るか

 バガモヨの案件は、中国から見れば、たとえ相手国から持ち込まれた案件であっても、現地国の指導者の指導者の意向に寄り添いすぎた場合には、その指導者の交代によってプロジェクトが頓挫する可能性があるということを示している。だが、そうしたリスクがあることを、また前大統領の退任過程で新大統領との間での調整を行うべきことなどが認識できなかったわけではなかろう。この点では、中国側の調整上の問題があるようにも思われるが、2017年に赴任した王克大使が離任するような事態にはなっていない。
 また、2019年には世界的に中国の「債務の罠」が指摘されるようになり、中国への批判も高まったこと、また中国自身が従来の無条件貸付ではなく、様々な自らに有利な条件を設定し出したことが影響している、とも言えるだろう。
 そして、興味深いのは、このように案件が頓挫した場合には誰が責任を負うのかということである。この案件は習近平肝いりの案件ではあるが、もともとはタンザニア政府が招商局国際に働きかけたところから始まっている。それだけに、この案件はその後も招商局が事態の収拾を担当しているようにも見える。このような頓挫した案件における、事態を収束させるアクターについても今後考察する必要があろう。
 最後に、この案件が頓挫したことによる中国の一帯一路構想への影響を指摘しておかねばならない。東部アフリカの物流の拠点と位置付けていたガバモヨプロジェクトが頓挫したことで、中国の戦略は一定程度再考を迫られるし、また何よりもアフリカ諸国からプロジェクトの進め方や理念が批判されたダメージは大きい。中国が対外援助や投資のスタイルを新たな理念の下に調整、変更させながら、いかにアフリカ諸国などのとの関係を再編するのか、引き続き考察が必要である。

(脱稿日 2020年3月23日)

1 「中、阿、担三方合作的巴加莫約港口項目奠基」(中国商務部ウェブサイト、2015年10月19日、https://baike.baidu.com/reference/12587597/809e8qAo6Xe8zshMUtvBOkzfv0eoOECQOIFghR9SjHuwcaTgtsu7KNW26mDWmxDSGqXe41C4EIWQGtr-1wrdytBMRB6RXYAjD5DqoEIbMam34ozzYO6bR77CUhLD-7JJDvM)。

2 本図宏子「一帯一路構想」下における中国海運業の動向-「海運強国」に向けた政策・企業動向-」(『運輸政策研究』19巻3号、2016年秋)。

3 姜天勇「香港港の現状と香港系 GTO の戦略的動向」(池上寬編『アジアにおける海上輸送と主要港湾の現状』調査研究報告書、アジア経済研究所、2012年所収)。

4 「中坦簽署巴加莫約港開発協議」(2014年1月11日、中央人民政府ウェブサイト、http://www.gov.cn/jrzg/2014-01/11/content_2564637.htm)。

5 「国防部否認将在坦桑尼亜建立軍民両用港口」(2013年3月28日、新浪軍事、http://mil.news.sina.com.cn/2013-03-28/1528719957.html)。

6 “Construction of new $ 100 mn(sic) Bagamoyo port to kick off next year”, Dec 25th, 2016, IPP media, Guardian.
https://www.ippmedia.com/en/news/construction-new-100-mn-bagamoyo-port-kick-next-year

7 “China pushes for conclusion of $ 10 billion Bagamoyo port negotiations”, May 20th, 2018, IPP media, Guardian.
https://www.ippmedia.com/en/news/china-pushes-conclusion-10-billion-bagamoyo-port-negotiations

8 “Tanzania surrenders Bagamoyo port project to Chinese firm”, The East African, Oct. 3rd, 2017.
https://www.theeastafrican.co.ke/business/Tanzania-Bagamoyo-port-project-to-Chinese/2560-4122244-rxa9wtz/index.html?fbclid=IwAR0q_SsvMu_skgfHfB4mpQwKuXKiDZBzpPwpXdqgDFjk64ENLzg4NowUDH0

9 “No progress on Bagamoyo port project, govt admits”, The Citizen, Apr.19th, 2019.
https://www.thecitizen.co.tz/news/No-progress-on-Bagamoyo-port-project--govt-admits/1840340-5078834-thg3xhz/index.html

10 「王毅:中坦伝統友誼与時俱進,煥発新的生機活力」(2019年6月24日、外交部ウェブサイト、https://www.fmprc.gov.cn/web/gjhdq_676201/gj_676203/fz_677316/1206_678574/xgxw_678580/t1674897.shtml)。

11 “How the dream for a port in Bagamoyo became elusive”, The Citizen, Jun.6th, 2019.
https://www.thecitizen.co.tz/news/1840340-5150328-8r5ggd/index.html

12 のちに、招商局国際は99カ年を33カ年へと期間を減らして再提案したが、タンザニア政府に拒否されている。“Tanzania gives Chinese firm conditions for Bagamoyo port”, The East African, Oct.21, 2019.
https://www.theeastafrican.co.ke/business/Tanzania-gives-chinese-firm-conditions-for-bagamoyo-port-/2560-5318790-10s5do7/index.html