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オーシャンニューズレター

第216号(2009.08.05発行)

第216号(2009.08.05 発行)

カナリア諸島の特別敏感海域に学ぶ

[KEYWORDS] 特別敏感海域(PSSA)/海洋管理/離島施策
スペイン王国海難救助安全公社派遣 人事院行政官短期在外研究員◆浅野敬広

カナリア諸島における特別敏感海域(PSSA)は、海洋環境の保全に留まらず、漁業資源や観光資源の保全、離島の陸域と海域の一体的な管理の推進、海難救助体制や海上保安体制の充実強化につながっており、わが国にとっても重要な政策的示唆を与えてくれる。
海洋環境の保全を橋頭堡にして、PSSAの設定により達成する目的をどこに置くのか。
PSSAを戦略的な海洋管理の実現手段として見直す必要がある。

2008年3月、海洋基本法に基づき閣議決定された海洋基本計画において、海洋環境の保全のための流出油等の防除体制の充実や海洋管理の観点からの新たな離島の保全・管理施策が政府の講ずべき海洋施策として位置付けられた。また、2008年7月にカナダで開催されたユネスコの第32回世界遺産委員会において、わが国の世界自然遺産「知床」において、特別敏感海域(PSSA)※の指定についての検討に重点的に取り組むよう要請され、2012年2月1日までに対応状況を報告するよう求められている。
そこで、わが国でのPSSAの導入に関する政策面での検討に寄与するため、2009年3月から、スペインの海難救助安全公社において、カナリア諸島におけるPSSAに関する調査研究を行ったものである。

海洋環境の保全のための施策としてのPSSA

カナリア諸島は、スペイン本土から約1,100km、アフリカ大陸から約115km離れ、サハラ沖(北緯27~29度、西経13度~18度)に位置し、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカの三大陸を結ぶ海上交通の結節点となっている。カナリア諸島やマデイラ諸島等の島々から構成されるマカロネシア地方は、常緑広葉樹林(ローレル)等、固有種が豊かで、2001年12月には欧州委員会よりEUの生息地指令(92/43/EEC)に基づく生息地域保全地区に指定された。一方、2002年にはスペイン沖を航行中の「プレスティージ号」が悪天候のため座礁・沈没し、この事故に起因する重油流出に伴い、多くの野生生物が被害を受けた。
こうしたことから、2003年10月24日、スペインは国際海事機関(IMO)に対し、カナリア諸島の最も外側の点を結んだ直線基線から領海12海里の範囲内の海域をPSSAとして申請し、2005年7月22日、カナリア諸島の海域がPSSAに認定され、強制通報(通行する船舶に対する当局への通報の義務付け)等の関連保護手段(APM)の導入が認められた。海洋管理のための離島施策として評価

PSSAの設定により沿岸国にもたらされる効果

スペインはIMOの海洋環境保護委員会(MEPC)等の審議に対応するため、国家行政機関から振興省、環境省、教育科学省、内務省、農林水産省、税関、カナリア諸島の地方行政機関から環境、国土管理、交通、治安・危機管理の各担当部で構成されたワーキング・グループを設置して技術的な検討を行ったところである。つまり、PSSAは海上輸送と海洋環境保全のほか、治安、観光、水産等の分野にも影響を及ぼすと理解されており、PSSAにおけるAPMには、船舶起因の海洋汚染の防止以外の効果も認められている。
特にカナリア諸島の主要な産業である観光業や漁業は、海水浴場や漁場の良好な海洋環境の保全と密接な関係にあり、スペインとしては、PSSAの設定によって多大な経済的利益がもたらされていると考えている。

海洋管理のための離島施策として評価

カナリア諸島は群島国家のような群島水域を保有できない。また、スペインは近隣諸国との間で排他的経済水域の境界画定を行っていない。そのため、スペインは陸域と海域の一体的な管理(領土的一体性)を可能とする国際法上の根拠として、また、将来の排他的経済水域の境界画定交渉を有利に進めるため、PSSAの設定を活用し、海洋管理の充実強化を図っていると考えられる。
また、2001年12月、スペインは同国の石油資源開発企業レプソルに対して、カナリア諸島の最東端のランサローテ島およびフェルテベントゥーラ島と近隣国との間の海域における石油・天然ガス資源探査に関する権利を付与している。この海域は、同国がその排他的経済水域に属するとみなしている海域の範囲内となっており、これも将来の排他的経済水域の境界画定交渉を有利にすることにつながっていると考えられる。

PSSAの設定を契機とした海上保安体制の充実強化

スペインの海難救助安全公社は、カナリア諸島のPSSAにおける航行規制の履行確保のため、船舶動静を監視している。そこで、PSSAの設定に基づく船舶への航行規制に加え、2006年5月の閣僚会議において了承された「海難救助国家計画2006-2009」に従って、カナリア諸島における船艇・航空機の配備や活動拠点の整備等の海上保安体制の充実強化を図っている。
カナリア諸島は船舶による不法移民の経由ルートの一つであり、このことから海難により年間数千人の人命が失われているため、スペインは、PSSAで認められている船舶動静の把握システムも活用しながら、カナリア諸島の周辺海域における最短時間での海難救助活動や密航者対策に取り組んでいる。

スペインの海難救助安全公社ではカナリア諸島のPSSAにおける船舶動静を監視している。
スペインの海難救助安全公社ではカナリア諸島のPSSAにおける船舶動静を監視している。

スペインの海難救助安全公社ではカナリア諸島のPSSAにおける船舶動静を監視している。

わが国におけるPSSA導入に向けて

PSSAは海洋環境の保全を目的とする施策であるが、その本質は当該海域を航行する船舶の管理を通じた海域の管理であり、当該海域において、強制通報、分離通航帯や航行回避水域の設定等のAPMの導入が可能となる。
スペインは、カナリア諸島周辺海域において、PSSAの設定を通じた陸域と海域の一体的な管理を進めつつ、海底資源開発に関する権利の付与を進め、海洋開発と海洋環境の保全の両面からの国家実行を対外的に認知させながら、海洋管理の充実強化を図っている。また、PSSAの設定を契機とした海上保安体制の充実強化が必要であり、それを迅速な海難救助や密航者対策にも活用するなど、カナリア諸島の周辺海域の保全・管理に戦略的に取り組んでいる。
わが国周辺にはカナリア諸島と類似する状況の海域も存在するため、PSSAの設定については、海洋環境の保全を橋頭堡にして、海運、海難救助、治安、観光、水産等、様々な観点から、戦略的な海洋管理の実現につながるよう、検討を進めることが非常に重要である。(了)

※  特別敏感海域(PSSA; Particular Sensitive Sea Area)=沿岸国が自国の排他的経済水域の特定の水域において、船舶からの汚染を防止するため、拘束力を有する特別の措置をとることができる水域。IMO(国際海事機関)の決議に基づき沿岸国が指定できる。

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