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[ワークショップ全文⑥]「地域社会の多様性とムスリムコミュニティーに関するワークショップ」
~ミャンマーでの調査結果を事例に~(2017年3月28日開催)【日下部尚徳氏コメント】

2000.04.01

(堀場) 斎藤先生、ありがとうございました。続きまして、ミャンマーのイスラームを語る上で無視できないながらも、そこにフォーカスした調査をしていないために、ミャンマーの事例としては取り上げることができない、国際社会が「ロヒンギャ」と呼んでいるムスリムの人々に関して、今回はバングラデシュにおけるロヒンギャ難民について日下部先生に、そして東南アジアのロヒンギャ問題については岡本主任研究員に、コメントとしてそれぞれ10分程度で報告していただけたらと思っております。  日下部先生は、今回のロヒンギャ難民のキャンプ移設先として、先日この問題を大きく取り上げておりましたニューズウィークの表現を借りると、「未開発の災害島」と呼ばれている地域で約2年にわたって現地調査をしてきてこられた経験がある方ですので、その辺りのことにも触れていただけると思います。それでは、日下部先生、よろしくお願いいたします。



日下部尚徳氏コメント



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(日下部) 東京外国語大学の日下部尚徳と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

ロヒンギャの難民問題についてお話しするのは、極めて政治的なイシューで、非常に難しいところではあります。また、私が最後にロヒンギャ難民キャンプを訪れたのが2005年、約10年前になりますので、現地報道における公開情報、それから現地の友人や援助関係者からの情報を合わせた形での発表になるかと思います。

まず、簡単にバングラデシュの基礎統計を見ていきたいのですが、約1億6000万人の人口があります。そのうちの89%がムスリムで、10%がヒンドゥー教徒、その他0.9%となっています。1%にとどきませんが、仏教徒、キリスト教徒、土着の宗教などがこのカテゴリーに入ります。隣国ミャンマーでは少数派のムスリムが、バングラデシュでは圧倒的な多数派であるということがご理解いただけるかと思います。また、実数で言えば、インドネシア、パキスタン、それからインドに次ぐ、1億4000万人以上のイスラーム教徒が暮らす国ということになります。  皆さん御存じのとおり、ミャンマーにおける10月の武力衝突に伴う治安の悪化から、このバングラデシュに非常に多くのロヒンギャ難民が流入してきております。バングラデシュ政府の対応としては、外務次官がミャンマー大使を呼びつけ、無国籍状態にあるロヒンギャ難民が流入していることへの深い懸念を表明しています。これが昨年末の出来事です。現地報道によると6万5000人、現地からの最新の情報ですと6万9000人ぐらいのロヒンギャが10月以降新たに流入しています。

それに対してバングラデシュ政府は、これ以上入ってきてもらっては困るということで、国境警備を強化し、数千人がミャンマー側に強制送還されたとの情報もあります。ハシナ首相も1月の段階で、ミャンマー政府に対して、バングラデシュ側に流入したロヒンギャを「戻す」ように要請しています。この表現からも分かるように、バングラデシュ政府にとってロヒンギャは、ベンガル語を話すムスリムではあっても、バングラデシュ人ではなく、前向きに難民として受け入れるつもりはないということが理解できます。ただ、一時的に難民を受け入れるため、イスラーム協力機構やドイツに対して支援を要請しています。

ロヒンギャ難民への対応は非常に難しいところで、ロヒンギャはやはりムスリムですので、ムスリム同胞に対する同情の念を示すという態度も政治的には重要になってきます。そのため、政権基盤を安定させるという意味では、全く支援しないという方針もとれない。かといって、全員来てもらっても困るため、政権与党からすると非常に微妙な駆け引きがあるわけです。  過去に、大規模な難民流入は2回ありました。1978年と1991年です。78年の時も20万人の難民がバングラデシュ側に入国しているのですが、ミャンマー政府との話し合いで、ほぼ全員が1年以内に帰国したとされています。91年から92年が過去最大で、約27万人がバングラデシュの側に来て、21か所の難民キャンプに収容されるという事態となりました。 当初、ムスリム同胞への支持を表明して、バングラデシュ政府は難民を受け入れていたのですが、大量の流入に対応しきれなくなり、二国間交渉を通じて、早期送還の途を模索しました。また、当時インドのトリプラ州にはバングラデシュのチャクマ難民6万人が流入していたため、そちらを留保しておきながら、ロヒンギャを受け入れることは、対インド外交上も好ましくなかったことも、送還に踏み切る要因となりました。

バングラデシュは、難民条約を批准していません。国内法も未整備ですので、バングラデシュにおいてロヒンギャは不法移民として扱われます。現在、32万人以上のロヒンギャが暮らしているとされています。この多くが91年の時に流入し、その後帰還することなくバングラデシュの社会に定住していった人々です。非公式の難民キャンプにいる場合と、バングラデシュ人に混じって暮らしている人とがいます。ロヒンギャは、チッタゴンで話される方言にそっくりなベンガル語を話すため、現地の人でも、この人がロヒンギャでこの人がバングラデシュ人だと見分けるのは非常に難しいといった状況にあります。

現在、正式な難民キャンプが2か所ありますが、そこに登録されているのは3万4000人程度です。正式な難民キャンプでは、UNHCRやWFP、バングラデシュ赤新月社などが支援を実施していますが、非公式の難民キャンプに対しては、ほとんど支援がなされていないのが現状です。



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この地図に示した2か所(クトゥパロン、ナラパヤ)が正式な難民キャンプですが、ミャンマー国境に非常に近いことがおわかりいただけるかと思います。バングラデシュ政府は、ここに難民キャンプがあることが難民流入を加速させていると考えています。また、難民キャンプの近くには、バングラデシュ政府が観光開発を推し進めているコックスバザールがあります。その周辺に難民が集まってくるというのは観光地としては好ましくないため、難民キャンプをコックスバザール周辺からハティア島近くのテンガール・チョール島に移す計画を正式に発表しています。

この地域は河川浸食が多く起きる場所です。そのため、それにともなう堆積作用によって島の形が変わる、もしくは堆積によって新しい島ができたり、浸食によって消えたりしているような地域です。今回急に名前がでたテンガール・チョールは、堆積作用によって新しくできた島です。そのため、社会インフラが全くと言ってよいほど整えられていません。また、湿地帯のため、土壌が粘土質で弱く、かつ海抜ゼロメートル地帯となっています。さらに、サイクロンの通り道に位置していますので、サイクロンに伴う高潮が発生した場合にはひとたまりもありません。これをニューズウィーク誌は災害の島というふうに表現しているわけです。

このような地域に、ある意味で押し込まれることになるわけですが、バングラデシュの国民の中には、ロヒンギャは経済移民だと主張する人も少なからず存在します。経済的な豊かさを求めてバングラデシュに来ていると公然と発言する政治家もいます。しかしながら一方で、バングラデシュでの生活に困窮して、船に乗って東南アジアに出ていくようなロヒンギャ難民も非常に多くいます。バングラデシュに来ても、公式の難民キャンプは2か所しかありませんので、入れる見込みもない。かといって、バングラデシュ国籍が与えられるわけではありませんので、ここに来てどれだけのビジネスチャンスが掴めるかというと、よほどのビジネスの才がない限りには難しい。実際は多くのロヒンギャが、暮らしていくのがやっとの状態です。そう考えると、やはりバングラデシュへ来ているロヒンギャ難民の大多数は、経済難民とは言えない。10月の混乱以降、6万9000人が来ているということからも、やはり政治難民として考えるのが妥当だと思われます。

多くの難民が現状では公式キャンプには入れず、その周辺に仮住まいを建てて暮らしています。大きな道沿いに掘っ建て小屋を建て、物乞いでなんとか暮らしている人も多い状況です。彼らにはNGOの支援もなかなか届きません。政府は、これ以上難民が来ては困りますので、NGOに対しても支援の認可をほとんど出していないからです。バングラデシュ政府にしてみれば、更なる流入要因となるため国内のロヒンギャ難民に対して支援を手厚くすることは困る。だけどれども、人道的には支援をしているというポーズは見せなくてはいけないということで、限られたNGOにだけ政府が許可を与えている状況で、実態としての支援の量は全く足りていません。

政治的な難しさで言うと、現在の政権与党であるアワミ連盟がロヒンギャ難民に対応するのは今回が初めてです。1978年、91年に難民が流入した際には、現在の最大野党であるBNPが政権の座にいましたので、アワミ連盟がこれからどのような対応を取るのかを国際社会は注視する必要があります。

BNPの場合には、イスラーム保守層を票田に抱えていましたので、政治的には、ある程度イスラームに配慮した対応が求められてきました。同じムスリムの同胞として、ロヒンギャに同情の念を示すというのは、政治的ポーズとしても必要だったわけです。しかし、アワミ連盟はもともとイスラーム保守層を大きな票田とはしていません。また、昨年7月1日のテロ事件以降、イスラーム過激派に対してはかなり高圧的な態度に出ています。そんな中、イスラーム武装主義勢力がロヒンギャを取り込もうとしているとの情報も現地報道ではなされています。その辺りの政治情勢が非常に複雑に絡みあうことによって、ロヒンギャ難民への対応が、政治問題化する恐れがあることから、アワミ連盟は非常に慎重に舵をとっているという印象があります。ただ、これはあくまでも政治の問題ですので、生まれ育った地域を追われ、バングラデシュに逃げて来ざるを得なかった人々に対する人道支援を国際社会は何らかの形で考えていく必要があります。



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