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2023/12/26
エッセイ
日本の政策シンクタンクにおけるウォーゲーミングとは
―部内ウォーゲーミング研究会の前期活動を終えての所感―
阿久津 博康
笹川平和財団特別研究員
はじめに―政策シンクタンクにも広がるウォーゲーミング・ブーム―
2015年の米国の第3の相殺戦略に端を発するといわれるウォーゲーミングの新たな世界的ブームは、現在も続いている。そして、それは各国の軍・国防機関の枠を超え、政策シンクタンクによるウォーゲーミングをも活発にしている。当初は技術革新をテーマにしたものもあったが、今や現在進行中の宇露戦争はもとより、特に台湾有事をめぐるもの、しかも多様な形式のものが顕著である。我が国でも、自衛隊OBを中心としたシンクタンクや政府に近い研究機関を含む複数の研究集団が台湾有事について「政策シミュレーション」を実施した例が公開されている。SPFでも台湾有事をめぐる類似のプロジェクトをコロナ前から行っている。
また、我が国の民間シンクタンクの中には、ブームとはほぼ無関係に定期的に「政策シミュレーション」を実施しているものもある。目的を問わずウォーゲーミングを含む「政策シミュレーション」が我が国で行われていることは、こうした活動が世界的に見て必ずしも専門的に活発化しているとはいえない我が国の現状に鑑みれば、むしろ肯定的に評価すべきことかもしれない。
しかし、筆者が知る限り、現在のウォーゲーミングのブームはインド太平洋の民間・政策シンクタンク及び大学付属の研究機関にも広がりつつあり、我が国の状況を肯定的に捉えてばかりはいられない。特に安全保障分野において、国際情勢の急激な変化を踏まえ各国がウォーゲーミングを官民で一層活発化させている中、それを適切にフォローせずに安住していると、我が国はすぐに取り残されてしまう恐れがあるからである。我が国の同盟国である米国を含む北大西洋条約機構(NATO)は、既にウォーゲーミングの「規格化」の方向に動き出している程である[1]。より多くの民間の政策シンクタンクもウォーゲーミングを一層活性化しなければ、または少なくともそうなる努力を怠れば、我が国でNATO事務局開設云々しているのに、政策支援や助言を生業とする民間シンクタンクとしては、ミッション・インポッシブルとなりはしないか。
1. 笹川平和財団(SPF)ウォーゲーミング研究会の存在意義
このような問題意識、否、むしろ危機感から、有志から成るウォーゲーミング研究会をSPF内部で開始した。本研究会は参加者の本来業務の合間を縫って、計10回開催された。活動としては、筆者が専門の見地からウォーゲーミングについて歴史や技法について解説するとともに、主要形態の実演を行った。特に意識したのは、第1に、 ウォーゲーミングが欧米の民間政策シンクタンクでもより活発に行われるようになっているという現実であり、第2に、SPFのこれまでの実績や理念・目標を踏まえたSPFならではのウォーゲーミングのあり方であった。
2. 政策シンクタンクとしてのSPFならではのウォーゲーミング
SPFは、自らを “Think, Do, and Innovate-Tank”と認識している。
これらを踏まえれば、SPFが行うべきウォーゲーミングとは、
ということになる。そこで、年内には10回程度しか研究会を実施できない状況を踏まえ、「課題解決に取り組み行動するためのウォーゲーミング」及び「独自の調査研究・提言などを目的としたウォーゲーミング」へ向けた準備に焦点を絞った。そして、前者については英国で開発された既成の「マトリクス・ゲームHigh North」、後者については本稿筆者が独自にデザインした「マトリクス・ゲーム 第2のキューバ危機」及び「日本版キューバ危機」(マトリクス・ゲーム版及びセミナー・ゲーム版)を実演した。「マトリクス・ゲームHigh North」は気候変動・温暖化による北極の氷解の地政学的影響をめぐるゲームであり、将来の世界的課題解決に貢献しようとしているSPFが行うものとして適切である。また、「第2のキューバ危機」及び「日本版キューバ危機」については、特に安全保障分野における調査研究・提言に結びつくものとして構想した。特に「日本版キューバ危機」のセミナー・ゲーム版では、3回に亘り連続シナリオを創出し、希望する参加者には統裁部作業も体験してもらった。実演の詳細な経緯及び結果について本稿で紹介する用意はないが、筆者の個人ブログにおいて[2]、差し支えない範囲で実演状況を主に英語で紹介している。
3. 多様な専門家集団としての政策シンクタンクの強み
筆者が特に感銘を受けたのが、ウォーゲーミングに対し多くの研究者・職員が関心を示したことに加え、研究者・職員の皆さんが各自の専門知識を生かし、積極的かつ真摯に関与して下さったことである。特に、幸運なことに、本研究会では特定の専門分野において、少なくとも2人の専門家が参加してくれた回が幾つかあった。筆者の知る限り日本では政府系の一部の調査研究部門を除いて、同一分野または相互に近い分野の複数の研究者や専門家がいることは極めて稀である。SPFが方針として特定の分野に複数の研究者を従事させているか否かは別として、こうした状況が存在することはSPFの大きな強みである。こうした専門家の知見は、特に具体的なシナリオ作成において必要不可欠である。
また、こうした専門家は単なる情勢観察者や機能的分野の解説者ではなく、常に政策提言を念頭に調査研究活動に従事しているシンクタンカーである。よって、ウォーゲーミングを通じて集約された知見は、将来の政策提言にとって貴重な資産となる。
さらに、筆者が注目したのは、女性の参加が多かったことである。今、特に欧米のウォーゲーミング界では参加者の多様性が一層重視されており、女性によるウォーゲーミングのネットワークも構築されている[3]。今後、我が国がウォーゲーミングをめぐり諸外国との交流を深化・拡大させていけば、いずれは我が国のウォーゲーミングの参加者多様性に対してもこれら諸国の目が向けられることになろう。SPFでの本研究会の活動の中に、本稿筆者は日本における先駆的なものを感じた次第である。
おわりに―今後への期待―
本研究会では、ウォーゲーミングの歴史や基本に関する簡単なレクチャーの他、先に紹介したようなゲームを数回実演した。参加者の関心を高めるために、最新の地域情勢に合わせた北朝鮮の核・ミサイル問題をめぐるマトリクス・ゲームも行った。しかし、10回程度の研究会では甚だメニュー不足であり、浅薄な感を与えたのではないかと反省している。参加者の皆さんが、筆者が考案したプログラムに不満を感じたのであれば、批判は甘んじて受けたい。
望むべきは、本研究会に参加した多様なバックグランドを持つ多様な世代の有志の研究者・職員の皆さんが、事後も残っている(であろう)モーメンタムを維持し、今後もこの活動を継続して下さることである。その結果、SPFの特長及び強みを生かしたウォーゲーミングが恒常的な営みとなり、具体的なプロジェクトに結びつくようになれば幸いである。