論考

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2022/11/29

米国の対中戦略

池田 徳宏
(元海上自衛隊呉地方総監(海将)/富士通システム統合研究所 安全保障研究所所長/ハーバード大学アジアセンター シニアフェロー)

 去る10月12日米国バイデン政権は「中国を唯一の競争相手」とした国家安全保障戦略を発表した。そして、引き続き10月27日には核態勢レビューとミサイル防衛レビューと共に国家防衛戦略を発表した。本論考ではバイデン政権のこれら戦略が唯一の競争相手である中国とどのように対峙するのかについて考える。

1 バイデン政権の国家安全保障戦略の特徴

 バイデン政権の国家安全保障戦略は2021年3月に暫定版としてガイダンスが発表されて以降、ロシアのウクライナ侵攻を反映させた形でようやく公表された。この際、ロシアに対する脅威認識が下方修正され中国との競争をより意識したものとなった。

 国家安全保障戦略公表時にジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官は次のように発言している。[1] 「今回の国家安全保障戦略は地政学的競争と国境を越えた共通の脅威という二つの戦略的課題が絡み合っているという前提から生まれている。これからの10年は中国との競争条件を構築する10年であり、また地球規模の課題を先取りするための10年でもある。戦略的焦点は①国力への源泉に野心的に投資する。②集団的影響力を強化するために最も広範な国家連合を構築する。③21世紀の経済のルールを構築する。」である。

 10月12日付New York Timesは「バイデンの国家安全保障戦略は、中国、ロシア及び国内の民主主義に焦点を当てている。」との見出し[2]で注目点として「長期的には、衰退し荒廃したロシアよりも、権威主義的ガバナンスと修正主義的外交政策を重ねる中国をより心配していることを明らかにした上で、国内政策と外交政策の区別をなくしたこと。」をあげている。確かに今回の国家安全保障戦略では先のジェイク・サリバンの示した戦略的焦点達成のための第1に「強みへの投資」という国内政策に言及しこれに力点を置いていることを示している。そして「グローバルな優先事項」を示し、ここで「中国への対抗とロシアへの制圧」及び「共通の課題への協力」を具体的に示している。 すなわち中国との競争に打ち勝ち、世界的課題のルール作りをリードするためには、まず更なる国力の向上が必要だとの自覚から、国内政策と外交政策が切り離せなくなったということが明確に示されたことが特徴的である。

2 バイデン政権の対中戦略

 ブリンケン国務長官は今年5月の演説「中華人民共和国に対する政権のアプローチ」[3]において、バイデン政権の対中戦略は、投資(invest)、連携(align)、競争(compete)という3つの言葉に要約できると発言している。これは前項で紹介した国家安全保障戦略の戦略的焦点に合致している。バイデン政権発足当初の対中政策は3つの「C」協力(Cooperate)、競争(Compete)、対抗(Confront)と言われていたが、今回はこの表現はない。政権当初の「中国と協力・競争し、そして対抗する」という考えから、まず自らに投資し、同盟国等と連携し、そして中国と競争するという対中戦略となった。協力と対抗という政策が後退している。

(1) 紛争の回避

 中国との競争において同盟国やパートナーを重視する政策はトランプ政権との比較において顕著である。カート・キャンベル(国家安全保障会議インド太平洋調整官兼大統領副補佐官(国家安全保障担当)とジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官は2019年フォーリンアフェアーズへの寄稿文[4]において「大惨事のない競争(Competition Without Catastrophe)」をする方法を次のように説いている。「中国への関与政策に失敗したからといって、降伏や崩壊を強いるということは誤りであり、それぞれが大国として相手と共存する準備が必要だ。共存とは競争を解決するのではなく管理すべき条件として受け入れることである。軍事・経済・政治・グルーバルガバナンスの競争領域において中国と良好な共存条件を確立し、冷戦時の米ソのライバル関係のような脅威認識を引き起こすことなく、米国の利益を確保すべきだ。(競争的共存)」

 また、米中関係を取り巻く不確実性が高まった2015年に設立された米中政策タスクフォースは国家安全保障戦略が発表された翌日の10月13日に「台湾を巡る戦争の回避」を発表している。[5]その中で中国に対する効果的な抑止には、台湾への攻撃に対する強力な対応という信頼できる脅威だけでなく、中国が台湾への攻撃を控えれば中国にとっての利益が損なわれないという信頼できる保証も必要であるとしている。すなわち中国が容易に台湾に侵攻できないような軍事力を台湾に維持させ、台湾を巡る紛争に対する共同または協調的な軍事的対応を計画し準備するための同盟国との協力を強化すべきであるが、他方で米国は台湾海峡両岸の中国に平和的に意見の相違を解決するよう促す長年の政策を変更しておらず、米国は台湾の独立を支持していない。台湾海峡の一方的な現状変更に反対しているのだという保証をしなければならないと言っている。

 今回の国家安全保障戦略においても、「中国を唯一の競争相手」としつつも、「台湾海峡の平和と安定を維持することに常に関心を持ち、いずれの側からの一方的な現状変更にも反対し、台湾の独立を支持しない。」としている。バイデン政権の対中戦略は「対抗」という政策が後退しているように、まず紛争のリスクを回避しようとしているのだ。

(2) 中国との競争

 中国は「国際秩序を再構築して、世界をリードする大国となる」との非リベラルなビジョンを持っている。それに対して米国は「自由で開かれ繁栄し、そして安全な国際秩序を確立する」というビジョンを有している。そのため米国は「自国への投資」と「同盟国等との連携」によって「政治」「軍事」「技術」「経済」「情報」及び「グローバルガバナンス」の領域等で中国と責任をもって競争し国益を守り将来のビジョンを構築しようとしている。「政治」では、中国は自由主義とは相反するビジョンを推進し、国際秩序を再形成する意図と能力を持つ。そして世界人権宣言の核心的な協議に反している。「軍事」では、中国は軍事力を増強し続けるとともに核兵器を米国並みに増強する意図を有する。「技術」「経済」では、中国は柔軟にグローバル経済システムに参画しつつ、経済の開放性を利用してスパイ、ハッキングなどにより技術とノウハウを搾取するなどルールを無視した行為を行っている。他方、「グローバルガバナンス」では気候変動、パンデミック、軍備管理・軍縮、違法麻薬の取り締まり、食料危機への対応等での協力が不可欠である。

3 中国との競争への対応

(1) 軍事的対応

 前節において示したように、米国は中国との紛争のリスクを回避したいと考えている。10月末に発表された国家防衛戦略においても、「中国は国際秩序を再構築する意図とそのための経済、外交、軍事、技術力を備えた唯一の国であり、最も重要な戦略的競争相手とし、中国が侵略の愚かさを理解できるように米国政府全体と同盟国及びパートナーと緊密に協力する。」そして、これを可能とするツールを活用する統合抑止戦略を提唱している。

 また、核態勢レビューでは、オバマ政権が提唱した「核兵器の役割を減らす」に加えて、中露との軍備管理においては「核兵器への依存を減らす」という表現も使用している。また、「唯一の目的」政策(自国とその同盟国およびパートナーに対する核兵器の使用を抑止する)では許容できないリスクをもたらすとしてこれを採用しなかった。中国は核力の近代化、多様化、拡大を目指し、2030年までに少なくとも1,000発の核弾頭を保有すると見込まれていることから[6]、中国に対する核抑止が示されたものである。軍備管理・軍縮の観点からすれば一歩後退ともみられるが、これも中国との紛争を回避するための不安定であるが必要な政策である。

(2) 経済・技術的対応

 ブリンケン国務長官は今年5月の演説[3]において、民主主義を中心的な源として強みに投資することにより、中国共産党主導の中央集権的システムよりも民主主義が優れていることを示し、同盟国やパートナーと協力して将来ビジョンを共有すると述べた。そして日本を含む同盟国との連携の他IPEF(インド太平洋経済枠組み: Indo-Pacific Economic Framework)、QUAD、ASEAN, AUKUS及びインド太平洋諸国のパートナーと連携して共通の目標に向けて協調的に取り組むことを表明した。また米-EU貿易技術評議会(U.S.-EU Trade Technology Council)の立ち上げに触れ大西洋を横断した連携にも言及した。これらの連携は全ての国に利益をもたらすルールに基づく秩序を守り、必要に応じて改革する。そしてより多くの国々と連携してテクノロジー、気候、インフラ、グローバルヘルス及び経済成長で競争をリードしていくと述べている。

 また、このような強固な連携により「国際秩序を無視した中国の行動」「人権」及び「技術競争力」に対応すると述べている。特に技術的競争力の保護については重要な技術革新が中国に渡らないようにするため、①新たな輸出規制の強化、②学術研究の保護強化、③サイバー防御の強化、④投資審査措置を行う等と具体的に示されている。

 米国商務省は10月7日に中国向けの先端コンピューター及び半導体製造品目に対する新たな輸出規制を発表したが、これは中国との競争の始まりを象徴する対応である。

 ジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官は特別競争研究プロジェクト(SCSP: Special Competitive Studies Project)が最初のレポート[7]を発表した際のグローバル新興技術サミットでの発言[8]において、産業及びイノベーション戦略の「4つの柱」を以下のように示した。

 ① 技術革新への投資
今後10年間に特に3つの技術分野が重要と考えているとして、「マイクロエレクトロニクス、量子情報システム、人工知能などのコンピューティング関連技術」「バイオ製造を含むバイオ技術」「クリーンエネルギー技術」に投資するとした。これには「CHIPS法」、「科学法」、「バイオテクノロジー及びバイオ製造革新推進に関する大統領令」及び「インフレ削減法」などのソフト面も含まれる。

 ② 優秀な人材の育成
世界最高のSTEM(Science Technology Engineering Math)人材を世界中から引き付けて維持する。移民プロセスの合理化を実施。

 ③ 技術優位性の保護
中国は米国の機密性の高い技術、情報、ノウハウを不正に取得している。これに対して輸出管理を見直して徹底するとともに、CFIUS(The Committee on Foreign Investment in the United States: 対米外国投資委員会)への追加的措置やCHIPS法により投資スクリーニングシステムを近代化する。また強力なサイバーセキュリティ―保護を推進し、加えて知的財産の保護にも注力する。

 ④ 同盟国及びパートナーとの協力の深化
志を同じくする経済圏の国々と共通の目的に向けて能力を結集する統合戦略を推進。例えばG7を制裁やエネルギー安全保障の問題に関する自由世界の運営委員会にするとともに、サイバー及び量子に関して新たな取り組みを開始する。AUKUSのような高度な能力に関する革新的で広範囲な安全保障パートナーシップを立ち上げる。米-EU貿易技術評議会などにより新興技術に関するルール形成を支援する等である。

(3) グローバルガバナンスでの協力

 サリバン大統領補佐官の国家安全保障戦略の説明[1]にあったように、これからの10年は中国との競争条件を構築するだけではなく、地球規模の課題を先取りするための10年でもある。そのためグローバルガバナンスでの中国との協力も重要である。しかしながら、米国は共通の課題に対する協力を条件に他の問題を結びつけることを支持していないが、中国は関係のない問題を前提条件として考慮すべきだと明確に示している。このような状況においても、米国は国際機関や全ての国との問題解決に全面的に関与するとともに、同盟国及びパートナーと協力を深めるという2つのトラックで国際的な取り組みを強力に推進していくとしている。今回の国家安全保障戦略では中国との「協力」という政策が後退していると考えると、中国との協力というよりは、「経済・技術」等の競争を強力に推進し優越することにより、中国をグローバルガバナンスでの課題に関与させるという方針のように思える。

おわりに

 これまで国家安全保障戦略等の米国の戦略とそれに関連する政府中枢の発言及び論考を分析した。米国の対中戦略は「中国との紛争を回避しつつ、民主主義が優れていることを示し、経済を発展させ、世界の変革を支える技術分野に多大な投資(資金・人材・法律・連携)を行うとともに、同盟国及びパートナーとの連携を強化することにより中国との競争に優越して国際ルールを主導する。またグローバルガバナンスの課題においてもこれを主導して中国を関与させる」と分析した。日本はこのような米国の対中戦略を理解した上で、中国との紛争回避に注力し、各競争において米国と協調していく必要がある。また米国の対中戦略では「連携」が不可欠であるところ、米国の対中競争と連携することによって経済的に苦しい状況に陥り連携から脱落する米国の同盟国及びパートナーが出てくる可能性がある。日本は米国の同盟国において第1の経済大国であり、これらの国に対する支援についても米国と協調する必要がある。

1 The White House
Remarks by National Security Advisor Jake Sullivan on the Biden-Harris Administration’s National Security Strategy
October 12, 2022

2 New York Times
“Baide’s National Security Strategy Focuses on China, Russia and Democracy at Home”
By David E. Saner
October 12, 2022

3 U.S. Department of State
“The Administration’s Approach to the People’s Republic of China”
SPEECH
ANTONY J. BLINKEN, SECRETARY OF STATE
THE GEORGE WASHINGTON UNIVERSITY
WASHINGTON, D.C.
MAY 26, 2022

4 Foreign Affairs
“Competition Without Catastrophe”
How America Can Both Challenge and Coexist With China
By Kurt M Campbell and Jake Sullivan
September/October 2019.

5 ASIA SOCIETY Center on U.S.-China Relations (UC San Diego)
Avoiding War Over Taiwan
By The Task Force on U.S.-China Policy
October 12, 2022

6 Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2021
Annual Report to Congress Office of the Secretary of Defense

7 Special Competitive Studies Project (SCSP)
Mid-Decade Challenges to National Competitiveness
September 2022
SPSCは議会から委任された「人工知能に関する国家安全保障委員会(NSCAI)」の作業終了を受け、2021年10月に設立された民間機関

8 The White House
Remarks by National Security Advisor Jake Sullivan at the Special Competitive Studies Project Global Emerging Technologies Summit
SEPTEMBER 16, 2022

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