山本 哲史
2026.3.27
  • 山本 哲史
  • ミャンマー

「2025‐2026年ミャンマー総選挙の意味を問う――民意なき選挙がミャンマー政治に残すもの」

【図表1】ヤンゴン チャウッダダー郡に設置された、国軍の翼賛政党である連邦団結発展党(USDP)の選挙ボード(知人による撮影)

【図表1】ヤンゴン チャウッダダー郡に設置された、国軍の翼賛政党である連邦団結発展党(USDP)の選挙ボード(知人による撮影)

本記事における見解は筆者個人のものであり、Asia Peacebuilding InitiativesAPBI)の公式見解ではありません。


サマリー

 

■ 2025‐2026年総選挙は、非常事態宣言解除後の「民政移管」の一環として実施されたが、民主派勢力が排除されたことや選挙の実施地域が限定的なことなどから、民意を十分に反映した選挙とは言い難い。

■ 1990年以降の選挙史を振り返ると、ミャンマー政治は、国民民主連盟(National League for Democracy:NLD)の参加と圧勝、そしてそれに対する国軍の巻き返しという循環構造の中で展開してきた。この過程で、NLDの参加そのものが事実上「民意の反映」と重ねて理解されるようになり、翻って、NLDの不在は選挙の正当性を大きく制約するようになった。

■ 今回の選挙も循環構造の延長線上に位置づけられ、政治的対立を選挙や議会といった公式の制度内に吸収できない状況が続く限り、政治の不安定性は解消されない。

はじめに

 

ミャンマーでは、2025年12月28日から2026年1月25日にかけ、3段階に分けて選挙が実施された。同選挙は、2021年2月のクーデター以降政治の実権を握ってきた、国軍を中心とする国家行政評議会(以下、軍政)のもとでの実施となる。軍政はこれまで、治安状況等を理由に非常事態宣言の延長を繰り返してきたが、2025年7月31日、7度の延長を経て、非常事態宣言を解除した。憲法の規定上、非常事態宣言解除後半年以内の選挙実施が義務付けられており、今回の選挙を経て、形式上の「民政移管」を目指す形となる。

今回の総選挙は国軍が自身の政治的正統性を主張するための道具に過ぎず、見せかけの選挙であるとの評価もある。[1] 他方、同選挙がミャンマー政治においてどのような意味を持つのかを整理しておくことには意義があると筆者は考える。特に重要なのは、今回の選挙結果はミャンマー国民の民意を反映したものではないということだ。それは、クーデター後の市民による抵抗運動を国軍が暴力的に弾圧したことや、現在も民主派勢力との間で対立が続いていることだけでなく、ミャンマーにおける選挙をめぐる歴史が関係している。そこで本稿では、1990年以降の、ミャンマーの選挙をめぐる歴史を、2015年から2020年の間に政権与党を担ったNLDを中心に振り返るなかで、ミャンマー政治において2025‐2026年総選挙が持つ意味を考察する[2]


[1]  United Nations[2026]。

[2] そもそも「民意」という言葉は定義の曖昧なものであるうえ、特定の政党の歴史をもって民意を論じることは困難である。他方、1988年のネーウィン体制崩壊以降のミャンマー政治において、国政政党として機能したのは、NLDと、国軍の翼賛政党である連邦団結発展党(Union Soridarity and Development Party:USDP)のみである。また、国際的な選挙監視団により自由で公正な選挙とされた2015年および2020年総選挙の双方で圧勝したのは、ほかでもないNLDである。よって、ミャンマーの選挙における民意の反映を考えるにあたり、NLDに着目することには一定の妥当性がある。  

1. 1990年‐2015年ミャンマー選挙史

■ 選挙から排除されてきたNLD
 

NLDは、1988年の結党から現在にいたるまでの大半の期間において、政党としてまともな活動を許されてこなかった。ミャンマーでは、1962年以降20年以上にわたり、国軍トップのネーウィンを頂点とする独裁体制が続いた。しかし、1988年の大規模な民主化運動をきっかけにネーウィン体制が崩壊すると、直後にクーデターによって実権を握った国軍のもとで、1990年に総選挙が実施された。同選挙は軍政下での実施ではあったが、直前の民主化運動の熱狂や、アウンサンスーチーのカリスマ性を背景に、民主化を目指すNLDが圧勝した。しかし、NLDの台頭による、自身の政治的影響力の低下を恐れた国軍が選挙結果を反故にしたために、NLDによる政権樹立は実現しなかった。

その後のNLDは、合法的な政党でありながら、軍政による監視や締め付けによってフォーマルな活動を許されない、事実上の非合法組織として存続した[中西 2022:44–48]。その後は国軍主導で「民主化」に向けた手続きが進められ、2008年に憲法が制定されると、同憲法に基づき2010年に総選挙が実施された。しかし、2008年憲法が国軍の政治的関与を保証する内容であったこと、政党登録法の内容にNLD排除が目的と見られる条項が含まれたことなどから、NLDをはじめとした民主派の政党はボイコットを選択した。

結果として、国軍を母体とする連邦団結発展党(Union Solidarity and Development Party:USDP)が大勝したが[根本 2014:351]、NLDが圧勝した1990年総選挙結果が反故にされたこともあり、NLD不参加の選挙は、民意を欠いた選挙と捉えられた。2010年総選挙の実施は軍政に正統性を与えるどころか、むしろ国軍への不信を拡大させたと言える。

■ 民政移管後の選挙(2012年補欠選挙~2015年総選挙)-NLDによる政権樹立へ-
 

2011年、退役軍人の政治家らを中心とする「文民」政府への民政移管がなされたが、国内外の予想に反し、USDP政権は国軍出身のテインセイン大統領を中心に、言論の自由の拡大、国内和平の推進、対外関係の正常化等、政治的自由化を進めた。選挙と民意という文脈で特に重要だったのは、政権発足直後に、テインセイン大統領自らアウンサンスーチーとの政治対話を行い、一定の和解を実現したことである。この和解を機に、2012 年補欠選挙ではNLDが約20年ぶりに国政選挙に参加し、アウンサンスーチーら数十名の政治家が当選した[中西 2022:107–108]。続く2015年総選挙にもNLDが参加し、1990年総選挙同様に、圧勝を収めた。同選挙は、民意を映し出す希少な機会として捉えられ[3]、NLDの圧勝が伝えられると、国民は熱狂した。国民の間では、国軍が政権移譲を拒むのではないかとの不安もあったが、2016年に無事、NLD政権が成立した。  

 


[3] 根本[2025]は、①選挙実施時の憲法の性質が権力者を縛る「法の支配」の概念とどの程度親和性を有するか、②「有権者」と「被選挙権者」の範囲、③「投票総数」「投票率」「各政党の当選者数と得票率」、④「秘密投票の保障の有無」と「選挙結果に対する政府や軍の介入の有無」の4つの観点から、英領植民地時代から2025年現在までの計17回の総選挙における、「民意の反映」について分析している。根本によれば、「民意の反映」がなされたと言える選挙は4回であり、2015年総選挙と2020年総選挙も含まれる。他方、根本も指摘しているように、2015年総選挙および2020年総選挙についても、2008年憲法で定められた連邦議会25%の軍人議席の存在や、ロヒンギャの選挙権および被選挙権がはく奪されていたこと等、「法の支配」の観点から軽視できない欠陥もあった。

2. クーデターから2025‐2026年選挙へ

 2020年総選挙と翌年のクーデター

 

2015年総選挙で圧勝し、無事に政権樹立を果たしたNLDであったが、政権発足時から国軍との関係は常に不安定なものであった。NLD政権の国軍に対する基本姿勢は、事を荒立てないために対話もしなければ対立もしないという受身のものであったが[中西 2021:194-196]、政権発足直後から国軍はNLDやアウンサンスーチーに対し不満を抱くとともに、自身の政治的影響力低下に危機感を覚えるようになったという。例えば、国軍主導で制定された2008年憲法では、大統領となるには家族に外国籍の者がいないことが「資格」として定められており、英国籍の夫と息子を持つアウンサンスーチーの大統領就任阻止を目的としたと考えられる項目が存在した。しかし、アウンサンスーチーは国家顧問という役職を新たに創設し自身が就任することで、事実上、大統領の上に立つ国家元首となった。他にも、2019年にアウンサンスーチーは、国際司法裁判所(ICJ)でロヒンギャ問題に関する答弁を行っている。このとき彼女は、国軍による軍事作戦は国際法上のジェノサイドにはあたらないとしつつも、国軍による残虐行為については認めたために、一方では国際社会からは非難されつつ、国軍との間でも溝を深めることになった[中西 2021:135-208]。[4]

そうした中で行われた2020年総選挙の結果は、再びNLDの圧勝であったが、これに対し国軍は「選挙不正」を訴え、選挙管理委員会メンバーの交代、議会招集の延期、票の再集計等を求めた。政府と国軍の間で水面下での交渉も行われていたが、アウンサンスーチーは予定通り議会招集のアナウンスを行った[中西 2022:170-171]。そして周知の通り、議会招集日の2021年2月1日早朝、国軍はクーデターを実行し、アウンサンスーチーやウィンミン大統領をはじめとする政府トップのほか、NLD幹部らを次々に拘束した。国軍は非常事態宣言を発し、立法・行政・司法の権限を国軍最高司令官であるミンアウンフラインが掌握した。国軍は、あくまでクーデターではなく、問題は「不正な選挙」の結果に基づき政権を樹立しようとした政府やNLDの側にあるという主張を行ったが、選挙不正に関する主張は客観的証拠に乏しく、国軍の政治的影響力回復を企図したクーデターであったことは否定しようがない。  

■ 「民意なき選挙」としての、2025‐2026年総選挙

 

2021年のクーデター後、軍政は、治安状況等が安定し次第、非常事態宣言を解除し、選挙を再実施する予定だった。しかし、クーデターに対する国民の反発は強く、抵抗勢力側が「自衛のため」の武装闘争路線に舵を切って以降、戦線が拡大し、ミャンマーは内戦状況に陥った。軍政は、治安状況等を理由に非常事態宣言の延長を繰り返したが、2025年7月31日、7度の延長を経て、非常事態宣言を解除し、その後、総選挙の実施を発表した。

そして、2025年12月28日から2026年1月25日にかけ、3段階に分けて総選挙が実施され、国軍の翼賛政党であるUSDPが圧勝した(※図表2)。選挙管理委員会の発表によれば、人民院と民族院で構成される連邦議会、および地方議会(管区議会と州議会)合わせて1025議席が争われ、約72%の739議席をUSDPが獲得したほか、ネーウィン体制時代唯一の合法政党であったビルマ社会主義計画党の流れを汲む国民統一党(National Unity Party:NUP)が68議席を獲得した[5]。少数民族・シャン民族の政党でありながら国軍と協調してきたシャン民族民主党(Shan and Nationalities Democratic Party:SNDP)、1988年民主化運動における著名な活動家であったココジー率いる人民党(People’s Party:PP)等も一定数の議席を獲得しているが、総じて言えば、USDPの圧勝であった。そもそも軍政下の選挙であったことに加え、2023年に改正された政党登録法[6]により、NLDをはじめとした民主派の政党が軒並み排除されていたことなどから、USDPの勝利は選挙前からの既定路線だったと言える。

【図表2】主要政党(10議席以上獲得)の獲得議席数と得票率 (ミャンマー国営紙Myanmar Alinより筆者作成)

【図表2】主要政党(10議席以上獲得)の獲得議席数と得票率(ミャンマー国営紙Myanmar Alinより筆者作成)

民意の反映という観点において、今回の選挙が、様々な点で問題含みであったことも指摘しておく必要がある。国軍有利な選挙管理委員会人事[7]、選挙への批判を封じる法律の制定[8]、軍の組織力等を使った投票の強制等[9]、制度的・非制度的な選挙操作が行われた。体制移行期の選挙でありながら、国際社会による選挙監視も十分に行われていない[10]。軍政は選挙の実施に際し、有権者名簿作成のために国勢調査を行っているが、紛争の影響で実施できなかった地域も多く[11]、選挙自体も、国軍の統治が及ぶ限られた地域でしか実施できていない(※図表3)。国民の政治的無力感も強く、これまで以上に、民意から離れた選挙として見られていることだろう。

【図表3】各段階において選挙が実施された地域、治安等の理由で実施を見送った地域、および選挙期間に戦闘や暴力事件が確認された地域を図示。Myanmar Witness作成。

【図表3】各段階において選挙が実施された地域、治安等の理由で実施を見送った地域、および選挙期間に戦闘や暴力事件が確認された地域を図示。Myanmar Witness作成(許可を得て転載)。


[4] このほかに、2018年に、末端行政や治安維持を司っていた総務局の管轄が、内務省から大統領府へと移されたことも国軍の反感を買った。歴史的経緯や2008年憲法の規定等により、内務省は国軍の強い影響下にあったため、上記の組織再編は、NLD政権が国軍の影響力低下を狙ったものだと捉えられた[伊野 2025:297-299]。
[5] Myanmar Alin[2026]。
[6] Human Rights Watch[2023]。
[7] The Irrawaddy[2021]。国軍はクーデター後まもなく、選挙管理委員会メンバーを新たに任命した。議長に2010年総選挙でも議長を務めたテインソー(2024年に解任)を任命するなど、国軍に有利に働く人事を行ったことは明白である。
[8] 朝日新聞[2025]。
[9] Mizzima[2025]。
[10] 日本貿易振興機構[2026]によれば、国として選挙監視団を派遣したのは、中国、ロシア、ベラルーシ、カンボジア、インドネシア、ベトナム、ニカラグア、ネパールなど数カ国にとどまった。
[11] Reuters[2025]。

3. 2025‐2026年総選挙はミャンマー政治の景色を変えるのか

■ ミャンマー現代政治における負のスパイラル

 

1990年以降のミャンマー政治における選挙をめぐる歴史の中に2025‐2026年総選挙を位置づけた場合、重要なのは、国軍によるNLDをはじめとした民主派勢力の排除が続いてきたために、「適切に民意が反映される自由で公正な選挙」であることと、選挙へのNLDの参加がほぼ同義で捉えられるようになっていたことである。

このことは、NLDが与党として臨んだ2020年総選挙における投票や、選挙キャンペーンにおけるNLDの自己定義のありようにも表れている。筆者が行った2020年総選挙におけるNLDの選挙キャンペーン分析によれば、NLDは、与党でありながら政権担当能力をアピールするというよりも、国軍に対抗する民主化運動の担い手として自身を位置づけることで支持を得ようとした[山本 2025]。また実際の投票においても、ミャンマーの有権者、とりわけビルマ民族の有権者は、投票の際にNLD政権の経済面でのパフォーマンスをあまり考慮せず、国軍の政治関与に対する抵抗からNLDに投票したとも言われている[Kai-Ping Huang 2022]。NLDが選挙に参加する度に大勝を収める理由はここにある。NLD不参加の選挙は、むしろ国軍への反感を強め、NLDの正統性を強化するために、ひとたびNLDが選挙に参加すれば地滑り的な勝利を収める。しかし、NLDの圧勝により、国軍は自身の政治的影響力低下を恐れるために、強硬策、すなわちクーデターを実行するのである。こうした負のスパイラルこそが、現代ミャンマー政治の構造を規定してきたのであり、今回の選挙もまた、その構造の内に収まると考えられる。

■ 不可視化する民意-新政権の不安定要因-

 

NLDをはじめとした民主派勢力が排除されたまま、軍政により一方的に選挙が実施された後のミャンマーにおいて、民意が反映される余地はあるのだろうか。全くないとは言えないが、極めて限定的だと筆者は考える。

2020年総選挙で当選した議員のうち、国軍への抵抗を継続している人々を中心に組織された対抗政府である国民統一政府(National Unity Government:NUG)は、国際社会に対して政府としての承認を求めているが、NUGの実行支配地域は限定されており、オンラインや海外での活動を主としている。行政府としての体をなしているとは言い難く、民意を政治に反映するには心もとない。また、PPのような、民主化推進を志向しつつも選挙への参加を選択した政党は少数議席しか獲得できていない。NLDが不参加の中で、国軍に反感を抱く層(それは国民の大半かもしれないが)の受け皿になることも期待されたが、あえなく失敗に終わった。

少数民族政党の獲得議席も伸び悩んだ。そもそも、少数民族が多く居住する地域の中には、民主派の武装組織と少数民族武装勢力が連携し、国軍と戦闘を継続している地域も多く、選挙が実施されていないケースも多い。

では、USDPが受け皿になれるかと言えば、それも現実的ではない。USDPは、2010年総選挙の実施にあたり、国軍によってトップダウンかつ即席で組織された政党であり[Ye Htut 2019]、議会を通じて政治に民意を反映する経験に乏しい[12]。USDPと国軍を同一視することで、USDPを、意見を政治に反映するチャネルとしてよりも、自らを抑圧する主体としてみなす国民も少なくないだろう。2021年クーデター後の、国軍による市民への弾圧や言論統制もあり、政治について公の場で意見することそのものが憚られる雰囲気すらある[13]。民主派勢力による武装闘争や、散発的なデモを除き、国民の政治に対する意見が表に出ることはほぼないと言っていい。

国軍による民主派への暴力的・非暴力的な弾圧は、反対意見を封じることで自らの地位を安定させることを企図したものだと言える一方で、民意が不可視化されることは、新政権の不安定要因にもなりうる点も指摘しておく必要がある。一般に、権威主義体制における選挙では、選挙操作等により民意がゆがめられがちだが、それでも、民衆の支持分布に関する情報源としても機能し得る[東島 2023:42-43]。裏を返せば、現在のミャンマーのように、民意が不可視化されている状況では、今後反政府運動が再活性化するリスクを事前に把握することが困難になる[14]。現状ミャンマーでは、市民に対する国軍の暴力的な弾圧に対する恐怖心が強く、2024年2月以降の徴兵制開始[15]に伴う混乱や、コロナ禍以降低迷している経済状況への不安などもあり、少なくとも国軍が実効支配している地域においては、反政府運動が沈静化している。しかし、新政権による失政が続いたり、民主派武装勢力との戦闘において戦況が劣勢に傾いたりすれば、いつ再燃するかわからない状況にある。

 


[12] 当然のことだが、USDPの議員が皆、民意を無視した政治を行ってきたわけではない。2011年民政移管以降の、USDPも含めたミャンマーの政党の議員による議会等での民意の反映については、[Egreteau 2022:134-170]に詳しい。
[13] 朝日新聞[2026]。
[14] そもそも、国軍や過去の軍事政権は、民意を把握することそのものに関心を払ってこなかったと言える。1988年から2010年まで続いた軍事政権下では、民意を無視した政治を行っても、アウンサンスーチーという民主化運動のリーダーを自宅軟禁下に置くことで反政府運動を抑え込むことに成功していたために、政権はある意味で「安定」していた。しかし、2021年クーデター後においては、アウンサンスーチーというカリスマを拘束しても国軍への抵抗は継続しており[中西 2022:200-202]、民意を無視したまま安定的に政権を運営することは以前より困難になっていると言える。
[15] 自宅からの連行や恣意的拘束等、召集令状なしの強制徴兵も各地で報告されている。 [Center for Dokumentation og Indsats mod Ekstremisme 2025]。

まとめ

2025‐2026年総選挙は、軍政にとっては統治の正統性を内外に示す試みであった。しかし本稿が示した通り、その制度設計と実施過程は民主派勢力を排除することを前提としており、民意の反映という観点からは重大な制約を抱えている。1990年以降の選挙史を振り返れば、ミャンマーでは自由で公正な選挙の実現と、国軍の政治的後退が常に緊張関係に置かれてきた。NLDの参加と圧勝、そしてそれに対する国軍の巻き返しという循環は、今回も断ち切られていない。結果として成立した新政権は、制度上の安定を装いつつも、社会の分断と武力紛争を抱え込んだままである。選挙という政治的装置が本来果たすべき「対立の制度化」という機能が十分に働かない限り、ミャンマー政治は構造的停滞から抜け出すことは難しい。今回の選挙は、変化の契機というよりも、未解決の課題を改めて浮き彫りにした出来事であったと言えよう。

参考文献

〈日本語文献〉

朝日新聞. 2025. 「総選挙の批判ポスターで拘禁刑49年 ミャンマー国軍「妨害」弾圧」https://www.asahi.com/articles/ASTCT10GPTCTUHBI021M.html

朝日新聞. 2026.「ミャンマー、奪われた自由 特派員がみた弾圧下の日常 動画リポート」https://www.asahi.com/articles/ASV1X2R8FV1XUHBI01GM.html

伊野憲治. 2025.「ミャンマーにおけるガバナンス改革と軍政」岩坂将充・小山田英治・外山文子編著『猛威を振るうストロングマン‐ガバナンス改革と権威主義の再興隆‐』明石書店.

中西嘉宏.2021.『ロヒンギャ危機』中央公論新社.

中西嘉宏.2022.『ミャンマー現代史』岩波書店.

日本貿易振興機構.2026.「ミャンマーで政変後初の総選挙開催、軍系政党が過半数獲得」https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2026/c212001fc11a5fd2.html

根本敬.2014.『物語ビルマの歴史』中央公論新社.

根本敬.2025.「ビルマ(ミャンマー)における総選挙と『民意』-英領植民地期から2020年総選挙まで―」『難民研究ジャーナル』2024(14):13-33.

東島雅昌. 2023.「民主主義を装う権威主義‐世界化する選挙独裁とその論理‐」千倉書房.

山本哲史.2025.「2020年ミャンマー総選挙にみる国民民主連盟-『反体制』運動を担う政権与党」『アジア・アフリカ言語文化研究』2025(110):5-29.

渡邊康太.2025.「2025‐2026年ミャンマー総選挙―正当性なき国軍主導の民政移管へ―」http://ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Eyes/2025/ISQ202520_036.html

 

〈英語文献〉

Center for Dokumentation og Indsats mod Ekstremisme. 2025.“Myanmar Military Service, Exit, Return and Rohingya” chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://us.dk/media/2f2h0pks/report-myanmar-military-service-exit-return-and-rohingya-07112025.pdf

Egreteau, Renaud. 2022. Crafting Parliament in Myanmar’s Disciplined Democracy(2011-2021). New York: Oxford University Press.

Huang, Kai-Ping. 2022. “Myanmar’s 2020 Election: Explaining the Strong Performance of the NLD and Some Ethnic Party.” Journal of East Asian Studies 22: 309-331.

Human Rights Watch. 2023. “Myanmar: Political Parties Law Shackles Opposition” https://www.hrw.org/news/2023/02/14/myanmar-political-parties-law-shackles-opposition

Mizzima. 2025. “University students forced to give advance votes in regime election in southern and eastern Shan State” https://eng.mizzima.com/2025/12/01/28711

Myanmar Witness. 2026. “Myanmar military-led election Phase 3: Delayed voting does not mean safer elections” https://www.info-res.org/myanmar-witness/articles/myanmar-military-led-election-phase-3-delayed-voting-does-not-mean-safer-elections/

Reuters. 2025. “Risk of violence escalates in Myanmar's civil war as junta flags elections” https://www.reuters.com/world/asia-pacific/risk-violence-escalates-myanmars-civil-war-junta-flags-elections-2025-01-30/

The Irrawaddy. 2021. “Myanmar’s Coup Leaders Name a New Union Election Commission” https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmars-coup-leaders-name-new-union-election-commission.html

The Irrawaddy. 2024. “Myanmar Junta Replaces Election Body Chief” https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-junta-replaces-election-body-chief.html

United Nations. 2026. “UN expert: First round of voting in Myanmar exposes junta -orchestrated election as illegitimate” https://www.ohchr.org/en/press-releases/2026/01/un-expert-first-round-voting-myanmar-exposes-junta-orchestrated-election

Ye Htut. 2019. Myanmar’s Political Transition and Lost Opportunities(2010-2016). Singapore:ISEAS Publishing.

 

〈ビルマ語文献〉

Myanmar Alin, 10, February, 2026.

ပြည်ထောင်စုသမ္မတ မြန်မာနိုင်ငံတော် ပြန်ကြားရေးဝန်ကြီးဌာန “ပြည်ထောင်စုရွေးကောက်ပွဲကော်မရှင်၏ ၁၄ နှစ်တာခရီး” (ミャンマー連邦共和国情報省「連邦選挙管理委員会14年の歩み」) https://www.moi.gov.mm/article/53349

SATOSHI YAMAMOTO 山本 哲史

東京外国語大学大学院博士前期課程修了(国際学修士)。現在は、コンサルティング企業にて、「ビジネスと人権」に関する企業向けのコンサルティングや、官公庁より受託した、日本の外国人労働者に関する調査研究業務等に従事。

関連記事