論考シリーズ ※無断転載禁止
SPF China Observer
ホームへ第85回 2026/05/25
自由諸国協調体制とCPTPP
― ポスト米国単独覇権時代の秩序構想 ―
はじめに ― 自由諸国協調体制とトランプ外交
トランプ米大統領による外交姿勢は、西側同盟諸国が長らく潜在的に抱いてきた「米国単独覇権への過度な依存」に対する不安を顕在化させる契機となった。とりわけ、同盟諸国に対する防衛負担の大幅増要求、「国際法など私には不要」「米国は世界の警察ではない」とする発言、さらには同盟関係を取引的観点から再評価する姿勢は、米国外交の構造的変化を象徴するものとして警戒感をもって受け止められた。
こうした米国の動きの背景には、中国の急速な台頭に対応する形での対中国戦略シフト、米国の相対的国力低下と国内政治の分断、さらには長期にわたる対外介入への疲弊感が存在している。したがって、トランプ外交は単なる個人的逸脱ではなく、米国内部に蓄積していた「過剰な国際負担への疲労」の政治的表出であり、冷戦後の米国一極体制そのものの持続の限界を反映しているものとして理解すべきである[1]。
米国単独覇権の相対的低下が進む中、中国・ロシアの現状変更志向と国際機関の機能不全が相まって、国際秩序は「大国による力の支配の時代」へ移行しつつあり、その中でその他の国々の利益や意思が軽視されるのではないかとの懸念を否定できなくなっている。
習近平は米国と同盟国の亀裂を多極化世界の中で米国の一極支配体制に挑戦し、中国中心の世界秩序に移行する戦略的契機と見ている可能性があり、プーチンも同様に米国の変化(=衰退)を戦略的契機を見ている可能性がある。しかし、逆説的であるが、米国の変化は同盟諸国に対し、「米国が常に無条件で安全保障を提供するとは限らない」という現実を深刻に直視させ、その結果、欧州における防衛力強化(EUの戦略的自律)、日本の防衛費増額、豪州の軍備拡張、日欧接近など、同盟国側の自立化傾向が加速し、自由諸国間の連携を従来になく強める結果となっている。
本稿では、米国外交の変化を背景として中堅国家(Middle Powers)を中心に形成されつつある秩序を、「自由諸国協調体制(Concert of Free Nations)」と呼ぶ[2]。
この概念は、米国単独覇権への全面依存でも中国中心秩序でもなく、自由貿易、民主主義、法の支配、海洋秩序といった基本原則を共有する国家群が、多層的かつ分散的に軍事安全保障・経済安全保障・技術協力を行う安定的なネットワーク型秩序の形成を意味する。
2 自由諸国協調体制への秩序再編
現在、民主主義・海洋国家・法の支配を共有する諸国間では、「横の連携」が着実に強化されつつある。
例えば、安全保障面では、その代表例として、日米豪印QUAD、英米豪AUKUS、日韓安全保障協力、NATOとインド太平洋諸国との連携、日欧防衛協力、円滑化協定に基づく各国との準同盟的関係などを挙げることができる。これは冷戦期以来の「米国を頂点とする二国間同盟の積み上げ型構造(hub and spokes)」から、同盟国同士が直接横断的に結びつく「ネットワーク型安全保障」への変化である。敢えて言えば、超大国アメリカ一極中心の「縦の帝国型秩序」からアメリカを核としつつも各国がより主体的に相互に協調する「横断分散型秩序」への移行の試みと言うことができる。
特に日本は、従来の「日米同盟中心」から、英国、豪州、フィリピン、NATO、インド、欧州諸国との安全保障協力を強化しつつある。日英伊グローバル戦闘航空プログラム(GCAP)に基づく第六世代戦闘機共同開発、豪・英・比との円滑化協定、英・仏・独・蘭などによる艦船のインド太平洋展開と合同演習、日本の武器輸出政策の変更などは、その具体例である。こうした多層的ネットワークは、仮に将来的に米国が内向き志向を強めた場合でも、一定の持続的抑止力を維持し得る点で、戦略的合理性を有している。
また、台湾有事を想定した場合においても、米国単独による対応より、日本、豪州、フィリピン、欧州諸国、さらにはNATOによる政治支援を含む「広域協調」の方が、より現実的で高い抑止力を持つ構図となる。中国にとって最も対処しやすく、望ましい国際環境は、交渉対象が単一国家に限定され、分断工作や国内政治変動を利用しやすい二極構造である。特に、交渉相手がワシントン一極に集中し、経済力、市場規模、政治工作を米国一国に対して重点投入できる状況は、中国にとって戦略を立てやすい環境となる。加えて、欧州、ASEAN、日本、韓国などを米国から部分的に切り離すことができれば、中国は個別の経済依存関係を通じて、より強い影響力を行使しやすくなる。
これに対し、「自由諸国協調体制」は、中国に対して多層的かつ分散的な対抗構造を形成する。例えば、台湾、米国に加え日本、豪州、インド、欧州、ASEAN諸国が、それぞれ異なる分野で中国依存を分散しながら連携する場合、中国側は単一の圧力対象を見出しにくくなる。その意味で、多数の自由主義国による長期的かつ分散的な連携は、台湾有事に対する戦略的抑止力を一層効果的に高める側面を持つ。
ここで特に重要なのは、「包囲網」の形成ではなく、一部が機能低下しても全体として抑止力を維持できる「多重的ネットワーク構造(redundancy)」の構築である。すなわち、一国が政治変動や経済圧力によって後退した場合でも、ネットワーク全体としての機能が維持される、強靱かつ柔軟な構造を形成する点に、この体制の本質的意義がある。
3 制度化に向けた課題とCPTPP
もっとも、「自由諸国協調体制」は理念のみでは持続し難い。欧州とアジアの脅威認識差、対中経済依存度の違い、政権交代による政策変動の可能性、防衛負担格差、台湾問題への温度差など、自由諸国間にも多様な国益の差異が存在する。そのため、自由諸国間協調を実効的なものとするには、「理念共有」に加え、「利害調整メカニズム」の制度化が不可欠となる。特に重要なのは以下の諸点である。
(1)防衛負担の制度化
もとより防衛費増額のみでは十分な抑止力は成立しない。重要なのは、「誰がどこまで負担するのか」をあらかじめ明確化し、共同兵站、弾薬備蓄、共同演習、後方支援分担など「集団としての機能分担」を制度化することである。たとえば、台湾有事やインド太平洋有事を想定した場合でも、各国が完全に同一能力を持つ必要はない。相互に有機的な連携ができることが重要である。例えば,現実的には、米国は戦略核抑止・長距離打撃・宇宙・ISR(情報監視偵察)、日本は後方支援・海空防衛・兵站拠点の提供、豪州は南方後方基地・潜水艦・資源供給、フィリピンは地理的アクセス拠点(基地)提供、欧州諸国は制裁参加・海洋展開・政治支援、NATOは情報共有・サイバー支援などの「機能別役割分担」が期待される。これは冷戦期型の「単一集団防衛」ではなく、「分散型統合抑止(distributed integrated deterrence)」に近い構想である[3]。
この中で特に重要なのは、兵站・補給・弾薬備蓄の共同化である。近年のロシア・ウクライナ戦争では、現代戦が極めて大量の弾薬・ミサイル・無人機・補給能力を必要とすることが示された。得られた教訓は、単独国家のみで長期戦を維持することは困難ということであり、自由諸国間での武器・弾薬の生産分担・共同備蓄・相互融通体制が不可欠となる。例えば、ミサイル共同生産、弾薬共通規格化、燃料備蓄共有、港湾・空港共同使用、修理整備拠点共通化、サイバー防衛共同運営、カウンターインテリジェンス協力などが極めて重要となる。
具体的には、近年の日豪円滑化協定、日英伊GCAP共同開発、AUKUS、NATOとインド太平洋諸国の連携強化などは武器の「相互運用性(interoperability)」を高め、効率性を高める制度的準備として理解すべきである。
さらに、防衛負担制度化の本質は、「米国への依存の軽減」だけではない。より重要なのは、「一国が後退しても全体が崩壊しない構造」を作ることである。民主主義国では政権交代による政策変化が避けられない。そのため、条約化、多国間機構化、官僚・軍同士の常設協力、共同開発などを通じ、「特定指導者の意向だけで崩れない構造」(政治変動耐性)を形成する必要がある。つまり、自由諸国協調体制に必要なのは、「中央集権的同盟」ではなく、多数の国家が相互接続された変化に耐性のある“冗長型安全保障ネットワーク”である。この構造では、仮にある一国で政権交代や孤立主義が発生しても、ネットワーク全体は維持される。これは、冷戦後型の「米国単独保証モデル」とは異なる、ポスト米国覇権時代の新しい抑止構造である。その意味で、防衛負担の制度化とは、単なる軍事費分担論ではなく、「自由諸国協調体制」を持続可能にするための制度設計そのものと言える。
(2)経済安全保障の相互補完〜対中依存管理
自由諸国の多くは、現在、中国経済と深く結びついている。中国は世界最大級の製造拠点であると同時に、巨大市場、重要鉱物供給国、さらには中間財供給網の中核でもある。そのため、中国との全面的経済分離(decoupling)は、現実的にも経済合理性の面でも極めて困難である。
実際、米国は言うまでもなく、日本、欧州、韓国、台湾、ASEAN諸国はいずれも、中国との貿易・投資・製造ネットワークに深く組み込まれている。例えば、独の自動車産業、韓国の半導体輸出、豪の資源輸出、日本の工作機械・化学素材、ASEAN諸国の製造拠点などは、中国市場との結び付きなしには短期的に成立し難い。
しかし同時に、中国は近年、経済関係を純粋な商業関係としてではなく、政治的影響力行使の手段として用いる傾向を強めている。例えば、日本に対するレアアース輸出制限、豪州への経済制裁、リトアニアへの経済圧力、韓国に対するTHAAD配備報復、台湾産品への輸入制限などは、「経済的相互依存」が安全保障上の脆弱性へ転化し得ることを如実に示した。即ち、グローバル経済ネットワークへの依存そのものが、国家間圧力の手段となるという構造(「武器化された相互依存(Weaponized Interdependence)[4]」)である[5]。
そのため、自由諸国に求められるのは、中国経済の全面切断ではなく、「依存の戦略的管理(Strategic Dependency Management)」となる。
これは具体的には、重要物資の供給源多角化、サプライチェーンの再編成、友好国間での生産分担(friend-shoring)、戦略物資の共同備蓄、技術流出管理、中国報復時の相互支援、対中制裁ラインの事前協議などを通じて、中国への「単一点依存」を減少させる構想である。
特に重要なのは、「全面代替」ではなく「許容可能な依存水準」へ管理するという発想である。例えば、一般消費財レベルでは一定の中国依存を維持しつつ、半導体、AI、量子技術、通信、宇宙、防衛関連素材など、最先端高度技術、安全保障直結分野については依存度を大幅に引き下げるという“選択的デリスキング(de-risking)”が現実的アプローチとなる。実際、近年の米欧日の政策は、「デカップリング」ではなく「デリスキング」へと概念転換しつつある。これは、中国経済を排除するのではなく、「戦略的脆弱性」を認識した上で適切に管理するという方向性である。
さらに重要なのは、「自由諸国間の相互代替性」を高めることである。例えば、日本は半導体素材、台湾は先端半導体製造、米国は半導体設計・AI、オランダは半導体露光装置、豪州はレアアース・鉱物、カナダはエネルギー・資源、ASEANは分散型製造拠点というように自由諸国間の「相互補完型サプライチェーン」を形成できれば、中国依存を急激な経済混乱なしに低減できる。最近の動きとして、具体的にはレアアースの最低価格保証についての国際協力の動きなどがある。中国側から見れば、最も対処しやすいのは、各国が個別に中国市場へ依存している状態であるので、このような自由諸国間での経済的相互支援ネットワークの形成は、中国による「経済的威圧」の効果を大きく減殺することとなる。
したがって、「自由諸国協調体制」における対中依存管理とは、単なる経済政策ではなく、経済・技術・安全保障を一体化した長期的戦略構想として理解すべきであり、これは、いわば「経済版NATO」とも呼ぶべき構想である[6]。
(3)自由貿易秩序の制度化とCPTPP、台湾
安全保障のみでは同盟は持続しない。経済的利益を伴う制度的基盤が必要となる。その一つの中核として重要性が期待されるのが、「包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定」 (Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership: CPTPP)である。CPTPPは単なる多国間自由貿易協定ではなく、経済安全保障、サプライチェーン再編、デジタル貿易、投資保護、技術協力といった幅広い分野を包含する「自由諸国協調体制」の経済的インフラとして位置づけられる。
また、CPTPP参加国の多くは、海上交通路(Sea Lines of Communication: SLOC)によって結ばれた海洋国家である。日本、豪州、カナダ、シンガポール、ニュージーランド、ベトナムなどは、いずれも海洋貿易によって国家繁栄を維持している。その意味で、CPTPPは単なる関税協定ではなく、「海洋自由諸国圏」の制度化という側面をも持つ。これは歴史的には、大英帝国海洋秩序、あるいは戦後のパックス・アメリカーナ的海洋秩序を、より分散化・多国間化した21世紀版海洋協調体制とも言える。
台湾問題は、もはや単なる領土・主権問題ではない。台湾は現在、先端半導体供給網の中核を占めており、とりわけAI、高性能計算、軍事用電子機器に不可欠な最先端半導体製造能力を有している。特に 「台湾積体電路製造(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company : TSMC)は、世界最先端の半導体受託製造企業として、米国、日本、欧州のハイテク産業基盤と直結している。従来の安全保障概念が軍事から経済安全保障を縫合されたものへと拡張されつつあるいま、台湾の世界最高水準の半導体微細化量産技術は自由世界の核心利益中の核心的な存在であり、そのため台湾有事は、単なる東アジア地域紛争ではなく、世界的な技術秩序・経済秩序そのものに直結する問題となっている[7]。この観点から見れば、台湾のCPTPP参加は、単なる市場アクセス問題ではなく、「自由主義技術圏」への制度的統合という意味を持つ。CPTPPは単なる自由貿易協定ではなく、「自由諸国経済圏内部の供給網再編」を制度的に支える基盤ともなり得る。台湾のCPTPP参加は、単なる通商問題を超えた戦略的意味を有する。英国の参加、コスタリカの参加に向けてのWG設立などCPTPPが「拡大型組織」に移行した現在は、すでに参加の諸条件を整えた台湾加盟の歴史的条件が整い始めた時期であると言える。
(4)技術秩序の戦略的重要性
21世紀の国際秩序において、技術は単なる経済競争力ではなく、国家安全保障そのものとなりつつある。半導体、AI、量子技術、宇宙、通信、サイバー能力は、軍事力・経済力・情報支配力を左右する基盤である。そのため現在進行しているのは、単なる貿易摩擦ではなく、「技術秩序」の形成競争との一面があることを忘れてはならない。米国による対中半導体輸出規制、日本・オランダとの半導体製造装置規制協調、5G通信網をめぐる対華為政策、レアアースを巡る戦略産業同盟などは、その典型例である。この観点から見れば、自由諸国協調体制とは、単なる軍事同盟ではなく、「自由諸国技術圏」の形成過程でもある[8]。
4 自由諸国協調体制を担う「結節点国家」としての日本
日本は米国の同盟国であると同時に、欧州との協調が可能であり、さらにASEANとの長期的信頼関係を有している。また、海洋国家として台湾海峡に近接し、中国への深い理解と大規模経済力を併せ持つ点で、独特の地政学的位置を占めている。そのため日本は、欧州とアジア、米国とASEAN、台湾と西側諸国を接続する「結節点国家(nodal state)」として機能し得る。実際、米国離脱後もCPTPPを維持した日本の役割は、「自由主義国ネットワークを制度によって支える国家」としての実績であった。
日本は軍事超大国ではない。しかし、制度形成・ルール調整・長期的信頼構築において独特の強みを有している。今後、日本に求められるのは、単なる理念外交ではなく、経済、防衛、技術、エネルギー、サプライチェーン、外交を結びつけた「現実的自由圏インフラ」の構築である。実際、日本は、CPTPP維持、日EU EPA、FOIP、インフラ支援、ASEAN外交などを通じ、「制度を通じて秩序を支える国家」として機能してきた。これは、軍事力単独による覇権国家とは異なる日本の特徴と言える。本稿ではこれを既存のルール形成や制度構築に関する議論も踏まえつつ、「制度設計国家(institution-shaping state)」と呼ぶ。
5 高市外交との親和性
高市総理が示してきた外交・安全保障構想は、防衛力強化、経済安全保障、自由主義国連携、対中抑止の4点を重視する点で、本稿で論じる「自由諸国協調体制」と一定の親和性を有している。特に、QUAD重視、台湾海峡の安定重視、NATOとの連携、半導体・AI・量子技術保護、サプライチェーン安全保障などへの関心は、「自由諸国間の横連携」という潮流と重なる部分が大きい。
また、高市外交は従来の「安全保障は米国依存、経済は中国依存」という二重依存構造からの脱却を志向する一類型であるとも解釈できる。高市外交には、「日本自身が主体的能力を持たなければ、自由主義陣営の中で発言力を持ち得ない」という認識が比較的強く見られる。これらは高市総理が訪越時に表明したアップグレード版「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想によく現れている[9]。
6 結論
ポスト米国単独覇権時代において、国際秩序はもはや単純な一極支配構造では維持し得ず、自由・民主主義・法の支配を共有する諸国が、経済・安全保障・技術供給網を通じて重層的に結びつく「ネットワーク型秩序」へと急速に移行しつつある。その中で、CPTPPは単なる自由貿易協定ではなく、自由主義圏の経済秩序・供給網・戦略的相互依存を制度化する中核基盤として、極めて重要な意味を持つ。
したがって、台湾のCPTPP参加問題も、単なる通商交渉や市場アクセスの問題としてではなく、「自由諸国協調体制」が現実に制度的統合能力を持ち得るのかを問う、戦略的試金石として位置づけられるべきである。台湾参加の成否は、自由主義国が中国による政治的圧力を乗り越え、法とルールに基づく国際秩序を維持できるかを測る象徴的意味を持つ。
その中で日本は、米国とアジア、欧州とインド太平洋、経済安全保障と自由貿易体制を結節する「結節点国家(nodal state)」として、極めて重要な役割を担う可能性を有している。すなわち日本は、単なる地域国家ではなく、経済・安全保障・制度調整を統合的に媒介し、自由主義圏ネットワークの制度的中核を形成し得る戦略的国家として、その歴史的役割を問われているのである。
冷戦後の世界は、「市場統合が政治的収斂を生む」という楽観的前提に立って、経済のグローバル化、中国の国際社会への包摂、市場統合を重視した。しかし、中国の台頭、ロシアの再軍備、サプライチェーン危機、経済的威圧の頻発は、この前提を大きく揺るがせた。その結果、現在、経済安全保障、技術競争管理、サプライチェーン再構築、海洋秩序の重視、民主主義防衛、制度協調を一体的に設計しなければならない時代に移行しつつある。即ち、「自由貿易至上主義」から、「戦略的自由主義(Strategic Liberalism)」への転換である。具体的には、例えば、戦略物資の共同備蓄機構、半導体供給安定協定、EUの「Anti-Coercion Instrument(ACI)」類似の経済的威圧対抗基金、CPTPP内デジタル標準、有事物流支援協定、AI・量子技術輸出管理協議体などが、今後、自由諸国協調体制の下で、軍事的安全保障に関する調整機構の構築とともに整備されるべき課題としてある。
トランプ外交は、意図したか否かにかかわらず、このような国際秩序再編を加速させた一因であった。そのような中で今後の新秩序形成を媒介する日本の役割は一層重要なものになると予想される。
1 Charles A. Kupchan “No One’s World” Oxford University Press 2012 は、冷戦後の国際秩序がいずれ単一の覇権国家によらず複数の勢力が共存する「誰のものでもない世界」へ移行すると論じた。
2 “Concert of Free Nations”(自由諸国協調体制)という用語は、特にJ.William Fulbright米国上院議員の著作(”For a Concert of Free Nations", Foreign Affairs, Vol.40, No1(1961), pp.1-18)に見られる冷戦期の大西洋主義的思想に歴史的先例を有する。しかし本稿では、それを多極化するインド太平洋秩序の文脈において現代的に再解釈する。
3 米国国防総省の 2022年版 National Defense Strategy(NDS) における「Integrated Deterrence(統合抑止)」は、現在の米国安全保障戦略の中核概念であるが、ここで定義される統合抑止とは、軍事・経済・技術・情報・外交・同盟ネットワークを統合した抑止体系を意味する。
4 Weaponized Interdependence: How Global Economic Networks Shape State Coercion” Henry Farrell&Abraham L. Newman (International Security Vol.44, No.1, pp.42–79、2019年
5 中国の戦術は、特定分野に対して政府補助金などを用いた安値攻勢(ダンピング)を仕掛け、市場シェアを急速に拡大した後、その支配的地位を「経済的武器」として利用するというものである。こうした戦術は、ロシア、ヴェネズエラ、イランなどから供給される安価な原油によって製造コストを低く抑えられたことも、大きな背景となって成立していた。
6 Shlomo Weber & Hans Wiesmesh, “Economic Models of NATO”, Journal of Public Economics, Vol.46, No.2, 1991は、同盟を公共財を共同供給する経済システムとしつつ、各国の能力や利益に応じて、合理的に負担を配分する仕組について論じており、経済安全保障について考えるときに示唆的。
7 もとより台湾問題はこれだけではない。より重要な核戦略上のインプリケーションもある。
8 2025年に日本成長戦略本部で決定された高市政権の17の戦略分野は、① AI・半導体、② 量子技術、③ デジタル・サイバーセキュリティ、④ 情報通信、⑤ 造船、⑥ 航空・宇宙、⑦ 資源・エネルギー安全保障・GX、⑧ フュージョンエネルギー(核融合)、⑨ 防衛産業、⑩ 海洋、⑪ マテリアル(重要鉱物・部素材)、⑫ 創薬・先端医療、⑬ 合成生物学・バイオ、⑭ フードテック、⑮ 港湾ロジスティクス、⑯ 防災・国土強靱化、⑰ コンテンツをいう。
9 アップグレード版FOIPとは、従来のFOIPが海洋における法の支配、航行の自由、海洋安全保障を中心としていたのに対し、安全保障・経済・技術供給網を一体化した「自由主義圏の連携構想」へと発展・拡張したものと言える。





