論考シリーズ ※無断転載禁止
SPF China Observer
ホームへ第84回 2026/04/30
第二次世界大戦における日英海軍の海上交通保護の相違
−台湾のレジリエンシーへの示唆−(第3部/全3部)
5.日英の通商破壊戦の準備と台湾有事へのインプリケーション
台湾が台湾有事を平時と同じ国内体制、通常の経済体制のままで戦い抜くことは不可能である。冷戦終結後の世界では戦争計画を長く支配してきた消耗戦の概念は時代遅れと考えられたが[41]、ウクライナ戦争の勃発とその後の経過は国家の総力を挙げた戦い(国家総力戦)が現代にも起こりうることを示した。とりわけ大国が中小国に仕掛ける戦争の場合、中小国の防衛戦争は国家総力戦とならざるを得ず、台湾有事も間違いなくそうなるであろう。
(1)国家総動員(産業動員: industrial mobilization)の体制作り
ウクライナ政府は、ロシアの全面侵攻を受けて総動員体制に移行し、防衛部隊(ウクライナ軍、国家警備隊、国境警備隊、警察)の兵力を約25万人の現役兵から、約70万~100万人の兵力へと増加した。軍事費をGDPの34%に増額し、国家の税収はすべて軍の必要経費に宛てた。このような人的・物的資源の動員は、経済への重荷にもかかわらず、長期にわたってウクライナが防衛能力を維持することを可能にしている。また、ウクライナ政府は、ロシアの全面侵攻に対し、国家機能の維持、財政の安定化、そして戦争遂行への支援を目的とした迅速な緊急経済措置を講じた。これらの政策は、流動性の維持、対外援助の確保、ビジネス環境の簡素化、そして防衛への資源の再配分に重点を置いた[42]。
科学技術の進歩によって、第一次世界大戦は軍人主体の戦争形態から国民が主体、産業が主体の戦争となった。戦後の主要国は将来勃発が予想される戦争は国民主体の戦争になるという認識に立って、産業が主体的役割を果たすような国家総動員(産業動員: industrial mobilization)の体制作りを目指した。同志社大学の森靖夫によれば、国家総動員は全体主義を意味せず、むしろ民主主義国が軍の主導性を抑制し、緻密に計算された資源供給量の許す範囲で軍事作戦を実施するように、軍需の充足と民需の確保を両立させる目的を持っていた[43]。したがって、国家総動員計画(industrial mobilization plan)は、民間事業者が戦争時に軍需に効率的に応えるとともに事業を継続して利益を生ませるためにあらかじめ準備させる意味があった。
戦争によりエネルギーや原材料の供給が滞る事態となれは、政府による市場や産業への介入、重要資源の統制が必要となる。それは、米国とイスラエルによるイラン攻撃(2026年3月)に端を発したエネルギー輸送の中断と原油価格の高騰に際して日本政府が実施した石油備蓄の切り崩し、ガソリン販売に補助金を拠出するなどエネルギーの市場調整のための軽微な措置から、ウクライナ政府が実施している、政府が直接介入する供給逼迫時の資源の優先配分や電力管制など様々な段階がある。
台湾は陸続きの友好国から支援が受けられない。検疫や封鎖による海外交易への遅滞や、先の大戦で日英両国が経験した通商破壊が予想されるならば、早い段階から電力や原材料の統制、防衛産業への優先配分、労働力の統制など、産業を動員することが望ましい。事態悪化によってなし崩し的に介入や統制を始めるよりも、あらかじめ民間事業者の参加を得て産業動員計画を準備し、手続きを制度化しておけば、効率的かつ混乱なく計画を発動でき、より長期にわたって戦い抜くことができるだろう。
米国政府の産業動員計画(1939年)は、価格統制、電力と燃料、輸送、労働、戦時貿易、施設、物品の動員を含んでいた[44]。重要物資の範囲や代替困難性の評価、供給構造とサプライチェーンは時代とともに変化する。台湾の半導体産業は世界経済と密接不可分の関係にあるため、計画には半導体製造を支える物資の輸入と配分、完成品の輸出も盛り込むことが望ましい。
(2)国民生活を支える物資の配給準備
ロシアは侵略当初から重要インフラへの攻撃を繰り返し、2022年から2023年にかけて、ウクライナの発電容量の約半分がロシア軍に占拠されるか攻撃によって損傷した。ウクライナが戦い続けるためにはエネルギー部門は極めて重要な戦略的意義を持つ[45]。厳格な電力の配給(rationing)が行われているが、それでも暖房シーズンや原子力発電所のメンテナンス期間中には、計画停電と突発的な停電の両方を通じて、電力供給を制限せざるを得ない状況にある[46]。食料については、2025年に人口の15%にあたる約500万人が食料不安に陥り、食料および生計支援を必要とすると推定されている。最も深刻な影響を受けている南部、東部、北部の10州では深刻な状況が続き、10州の合計で支援を必要とする人は約257万人に上るという[47]。ウクライナ政府は食料配給を行っておらず、代わって国連食糧計画などが支援を実施している。
隣国からの支援が難しい台湾にとって配給制度は死活的に重要であろう。
日英の場合、戦雲が高まるに連れ両国政府は軍需物資の国内備蓄を強化し、開戦とともに生活必需品の配給を発動した。日英とも軍需物資の最優先は燃料(艦船、航空機)だった。日本の場合、平時の国内保有量の80%を占める海軍は、長年にわたって燃料の備蓄を拡大し、開戦時(1941年)までには約730万キロリットルの重油タンクを整備し、貯油量は650万キロリットル、陸軍と民間を合わせれば840万キロリットルに達した。しかし、これでは最終的な年間消費見積もり(520万キロリットル)の1年7か月分に過ぎなかった[48]。
表2にまとめたように、生活必需品の配給品目は、日英両国の社会生活の違いはあるが、ガソリンから始まり、戦争が長期化するに連れて食料品、燃料、衣料品へと拡大した。
以上に学べば、台湾政府は、台湾有事に臨んで、まず長期貯蔵が可能な石油や石炭などエネルギー資源の国内備蓄を増やすとともに、原子力発電所を再起動するなどエネルギー自給率を向上すべきである。第2に、台湾の実情に合致した配給品目をあらかじめ準備しておき、安定した輸入が損なわれる事態が予想されるならば、逐次配給制を発動することが望ましい。たとえば、エネルギー資源は、危機が顕在化する前の段階から、消費量を抑えるための行政指導、ガソリンの消費規制、電力管制、計画停電など、段階的な規制や配給を強化する。
民主主義国にとって、配給制は国民の理解と支持がなければ実施できない。実施時の混乱を緩和するためには、今の段階から、国民への啓発活動や、国民が参加した演習を繰り返し実施しておく必要がある。
表2.日英の配給制の導入時期と配給物資
| 英国 | 日本 | ||
|---|---|---|---|
| シナ事変1937.2 | |||
| 1937.10 | ガソリン等の消費規制[49] | ||
| 1940 | マッチ、砂糖 | ||
|
1941.6 1941.5 1941.11 |
米穀、小麦粉、酒類 木炭、練炭 魚類 |
||
| 対独開戦1939.9 | ガソリン | 太平洋戦争1941.12 | |
| 1940 .1 | ベーコン、バター、砂糖 |
1942.2 1942.5 1942.11 |
衣料品、味噌、醤油 パン 青果物 |
| 1941 | 肉、調理用油脂、チーズ、茶、衣料 | 終戦1945.8まで | 食用油・飲用牛乳・正月用もち米・正月用肉・家庭用綿・地下足袋・家庭用タオル・手拭・毛布類・馬鈴薯・菓子・豆腐・油揚げ・海苔・鶏卵・塵紙・石鹸・洋傘・水に至るまで拡大された。(35品目) |
| 1942年までに | 石けん、卵、缶詰や乾燥果物、シリアル、ビスケットなど | ||
| 1946 | パン | ||
出所:Stephen Wilson, “Rationing in World War Two”, Historic UK, https://www.historic-uk.com/CultureUK/Rationing-in-World-War-Two/?utm_source=copilot.com. (Accessed on April 7, 2026); 「配給の品目と実態」『歴史のまとめMEMO』https://rekishi-memo.net/showajidai/haikyu.html?utm_source=copilot.com. (Accessed on April 7, 2026)を基に筆者作成
(3)脆弱性を緩和する資源の最適配分
一般的に言えば、平和な時代に保有する防衛力は、想定されるあらゆる脅威に対応できる基盤的で核心的なものにとどまる。冷戦後、大規模で長期的な戦争の脅威が遠のくと、西側諸国の国防予算は常に抑制的で、危機の発生を見込んで、あるいは発生するとともに軍備を拡大して対応することが普通になった。
対独開戦を控え、英国海軍は主力艦の建造を中止し、対潜水艦戦に適した艦種を優先的に建造した。これは島国という地政学的な脆弱性とドイツ海軍の脅威を評価した結果であった。日本海軍の場合、限られた資源を主力艦建造への投入を続け、対潜艦艇の強化に本腰を入れたのは、米海軍の無制限潜水艦戦の脅威が現実になってからだった。そのため、年来想定してきた作戦海域が蘭印の資源を押さえるため南方に拡大し、長途となった海上交通保護に十分な手立てができなかった。
軍備について台湾が日英海軍の教訓から学ぶとすれば、(1)自国の脆弱性と脅威の正しい評価、(2)戦争が予測されたならば脆弱性を緩和する装備へと思い切った資源配分の転換であろう。投入できる資源も時間も制約があるとすれば、英海軍のように、動き出しているプログラムを止め、浮いた資源を緊要な装備へと再配分することも考慮すべきである。
台湾は大陸からの侵略に対抗するよう重層的な防衛体制を固めてきた。その一方で、台湾海軍の兵力組成を見る限り、戦争継続と社会生活維持に関する「双子の脆弱性」を緩和する海上交通保護能力は十分ではない。台湾有事が差し迫ったとき、優先して強化する能力は、海上交通保護能力であり、特に在来型だけで50隻を擁する中国潜水艦への対応能力であろう。たとえば、新型潜水艦など開発終了まで長期間を要する大型プログラムをいったん停止し、浮いた資源をコルベットなど小型対潜艦艇の多数建造に回す。英海軍に倣い、大型漁船を徴用して対潜装備を施し、港湾防備に使用することも検討する価値がある。
(4)防衛体制を補完する多国間協力
法執行による隔離であっても、台湾が独力で長期間にわたり中国と対抗することは難しく、周辺国はその影響を免れないのであれば、台湾と周辺国は早い段階から海上交通の保護について協力すべきであろう。
台湾有事に国連が集団安全保障を発動する可能性はない。中国は台湾有事を国内問題と主張するだろうが、台湾は国家として国際社会から遇される資格条件を持っている。したがって、台湾有事を律する国家関係は、紛争当事国と非紛争当事国の関係となり、ウクライナ戦争に対する各国の対応に見るように、台湾有事への周辺国の関与はそれぞれの判断に委ねられることになる。過去2回の世界大戦でドイツの通商破壊戦は、高い費用対効果を狙って無制限潜水艦戦へとエスカレートし、米国など中立国の参戦を招いた。台湾の抵抗によって、中国がドイツと同じ道を辿るのであれば、台湾は台湾有事から直接影響を受ける周辺国と密接に協力し、重要船舶の共同護衛の構想を併せて共有しておくことが望ましい。
おわりに
第二次世界大戦に臨んで、英国はいち早く海上交通保護体制を強化したが、英国と連合国にとって海上輸送の問題は戦略上のアキレス腱であり続けた。米国が参戦し輸送船の建造を開始しても、戦争遂行、経済、そして食糧供給に必要な量を輸送できず、輸送船の損失トン数が建造トン数を上回ったのは、1942年8月だった[50]。英国が日本のように通商破壊戦への準備を怠ったとすれば、早い段階で国民が窮乏するか、米国が参戦する前にドイツに降伏していた可能性がある。
台湾の頼清徳政権は全社会強靱化計画に本格的に取り組んでいる。一歩進んで、台湾有事は国家総力戦になるとの視点から、先の大戦における日英両国の教訓に学び、重要物資の備蓄拡大、産業動員計画の策定など、国家の抵抗力を強化に努める必要がある。
41 オバマ政権で国防次官を務めたミシェル・フロノイは2021年の論考で、米国の作戦計画を長く支配しきた消耗戦の概念は時遅れであると述べている。Michèle A. Flournoy, “America’s Military Risks Losing Its Edge”, Foreign Affairs, May/June 2021, April 20, 2021, p.77. (Accessed on April 7, 2026)
42 Ukrainian Institute of Politics, “Economics of the Russian-Ukrainian War (2022–2024): Analytical Review”. [https://uiamp.org/en/economics-russian-ukrainian-war-2022-2024-analytical-review?utm_source=copilot.com](Accessed on April 7, 2026)
43 森靖夫『「国家総動員」の時代−比較の視座から−』名古屋大学出版会、2020年、321-330頁。
44 同上書、36−38頁。
45 “Ukraine’s energy system under attack”, Ukraine’s Energy Security and the Coming Winter- An energy action plan for Ukraine and its partners, International Energy Agency, September 2024, p.6. [https://iea.blob.core.windows.net/assets/cec49dc2-7d04-442f-92aa-54c18e6f51d6/UkrainesEnergySecurityandtheComingWinter.pdf](Accessed on April 7, 2026)
46 Carr, Mikhnych, Uebele, Zachmann, “Managing Load Shedding in Ukraine: Rationing Rules, Imports and Demand Response”, Green deal Ukraine, November 2025.[https://greendealukraina.org/products/analytical-reports/managing-load-shedding-in-ukraine-rationing-rules-imports-and-demand-response](Accessed on April 7, 2026)
47 “3.4 Food Security and Livelihoods”, Humanitarian Action, July 1, 2025.[https://humanitarianaction.info/plan/1271/document/ukraine-humanitarian-needs-and-response-plan-2025/article/34-food-security-and-livelihoods-1#:~:text=In%202025%2C%20nearly%205%20million,2.57%20million%20people%20in%20need](Accessed on April 7, 2026)
48 海軍歴史保存会『日本海軍史』第5巻部門史上通史上、1995年11月30日、251−283頁。
49 「石油産業の歴史 第2章第3節 戦時統制時代」『ENEOS石油便覧』[https://www.eneos.co.jp/binran/document/part01/chapter02/section03.html](Accessed on April 7, 2026)
50 Bruce A Elleman, “Chinese Neutrality and Russian Commerce Raiding during the Russo-Japanese War, 1904–1905”, pp. 197−198.(Accessed on March 12, 2026)





