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第81回 2026/03/17

「一帯一路」の源流と変容~地政学の誤用~

泉 裕泰(笹川平和財団上席フェロー)

1. はじめに

 1978年に始まる鄧小平の改革開放路線によって中国は大きく発展した。1989年の天安門事件後も鄧小平は「韜光養晦(爪を隠し、目立たぬように力を養う)」[1]を唱えて、市場を開放しつつ西側の資本と技術の取り込みに専念した。80年代、90年代、中国の力は経済的にも軍事的にもまだ弱く、アメリカの「関与政策」のもとで西側先進諸国の好意に包まれた。1979年の中越戦争、1989年の天安門事件、1996年の台湾海峡危機などもあったが、中国の周辺環境はそれでも基本的に平穏であったと一定程度評価できる。

 1991年の中ソ国境画定(東部国境)に続き、1994年、江沢民政権はロシアとの間で中国の西部国境を画定させ、更に、2004年、胡錦濤政権によって残る北部国境全てが画定され、これをもって中国とロシア[2]の関係は大きく変化した。中国の歴史の中で元朝と清朝の二つの時期を除いて西部辺疆が安定した時期はなかったが、ここに歴史上3度目の国境安定の時期を迎えたのである。(この頃から、日本の北方領土に対する中国の対応が「支持」から「曖昧」、「不支持」へと変化していった。)

 このような中、中国は2001年、念願のWTO加盟を果たし、2008年のリーマン・ショックを乗り越え、2010年に日本のGDPを追い越し、世界第2位の経済大国となった。中国は周辺環境に恵まれ、経済繁栄と発展の道を更に歩んでいくかに見えたが、習近平の主導する「一帯一路」[3]の進展の中で次第に中国はアメリカとの対立に向かっていった。

 本稿では、概略以上のような発展過程の中で、中国が「一帯一路」を通じて「中国の夢」の実現として志向する世界戦略をどのように構想し、それがどのように限界を迎え、変容していったのか、そして今後どこに向かおうとしているのかについて焦点を当てて考察する。

2. 「一帯一路」の源流

 ここでは「一帯一路」の源流からの形成過程を俯瞰し、それが当初から米中対立の萌芽を孕みつつ「経済統合型内陸開発」から「地政学的回廊構築」へと発展・変容した経緯を論証する。

 1990年代はじめ、経済発展を受けて輸送力が限界に達していた中国は国内鉄道網の複線化・電化を急速に進展させていった。1992年には中国の鉄道網が西部国境に至り、中央アジアとの連結が成立し、国際貨物鉄道輸送サービスが開始された。「新ユーラシア・ランドブリッジ」構想(連雲港〜カザフスタン〜モスクワ〜ロッテルダムを連結)が提起されるようになる。江沢民政権は、2000年、「西部大開発」計画を本格的に開始した。それは、鄧小平の「沿海部から豊かになる」政策がもたらした地域間の発展格差を是正するとともに、少数民族政策のバランスをとり安定化させること、鉄道建設等のインフラ整備によって中国内陸部を統合し国際経済と結ぶことにより、中国の内需拡大を狙ったいわば「内陸統合・民族安定」の経済発展戦略であった。

 中国は対外的にも、2001年のWTO加盟に続き、上海協力機構(SCO)を創設する。これは、中央アジアとの交通・エネルギー連携強化に加えて、中国・ロシアを中心に、この地域の安全保障と地域秩序を維持する目的があった。更に言えば、冷戦後のユーラシアで、NATOや米国の影響力拡大に対抗する意味合いを内包し、中国による経済を超えた戦略的枠組みの構築としての色彩が指摘されている[4]。

 2008年以降、ユーラシア横断国際定期鉄道貨物列車の欧州との連結(中欧班列)の実証・整備が具体化していく。同年のリーマン・ショックは中国にとって国際政治上の転換点となった。中国は大規模な経済刺激策を実施し、世界経済回復の牽引役として大いに自信を深めた。中国国内では西側モデルは既に万能ではなく、中国には中国モデルがあるとして、「東昇西降」論(中国の台頭と米の衰退が同時に進み、いずれ米中は逆転する)[5]が広まり、中国は「韜光養晦」からより積極的な対外姿勢[6]へと転換した。他方、米国内ではこれに呼応する形で、急速に対中警戒論が高まることとなった。

 このような中、北京大学の王緝思は新しい絹の道の構想を進言し、新しい絹の道によって中国の地政学上における東アジアや周辺海域問題の相対的な重要度を引き下げることができると考えた[7]。王は、「中国は、海洋(東方=太平洋)方向ばかりに外交的・軍事的に集中しすぎている。今後、米中衝突を回避しつつも、ユーラシア中心の大国戦略を構築すべき」という持論を長年にわたって展開してきた(「西進(Go West)」戦略の提言)[8]。王の主張は、中国は太平洋におけるアメリカとの衝突を避けて、西に向かって資源の供給ルートを確保し、健全な発展を目指すべきとの提言である。中央アジア、中東、ロシア、欧州といった「西方の大陸国家群」には、より安定的かつ戦略的余地がある。これらの地域に向けて、経済連携・インフラ整備・エネルギー協力を強化することは、アメリカの「アジア回帰戦略(リバランス)」に対する中国の戦略的回答でもあった。王はアメリカ研究の重鎮として、中国が太平洋に進出することによって、いずれ太平洋を挟んでアメリカと衝突する可能性を強く懸念した可能性が高い。しかし、その懸念にもかかわらず、軍の思惑は習近平政権下で海洋に向けて前進する。アメリカは従来中国を支援こそすれ、中国の領土を侵食したことはなかった。中国にとっては歴史的に北方のロシアが長期的な安全保障上の脅威であったはずである。それにもかかわらずアメリカを仮想敵国の第一に置いた理由は台湾問題にあった。中国が台湾との統一、とりわけ武力による統一を放棄しない限りアメリカとの対決は避けて通れない必然であった。

 既に2007年、キーティング米太平洋軍司令官の訪中時に中国海軍高官から「太平洋二分割論」[9]の提案があった[10](これは暗に台湾を中国の勢力圏と米国に認めさせることを意図していたことに注意)が、2013年、習近平国家主席が訪米時にオバマ大統領に対し「米中新型大国関係」を提起し、「広大な太平洋には米中両国を受け入れる十分な空間がある」と発言した[11]ことを、アメリカは「太平洋の二分」と受け止めて警戒心を一気に高めることになる[12]。

 実際、海のシルクロード構想は、2000年代後半から中国海軍内部で研究が進められていた[13]。中国は将来の台湾を巡る対立、米中戦争を想定した場合、マラッカ海峡を米軍によって封鎖されれば、中東と中国を結ぶ石油シーレーンが容易に遮断され得るという「マラッカ・ジレンマ」を強く意識した。その結果、この問題意識は、後に南シナ海における九段線の主張や人工島の造成・軍事拠点化といった政策と戦略的・相互補完的に位置づけられるようになった。海のシルクロード構想は、港湾整備、補給拠点、商業港の「軍民二重用途化」によって進められ、軍にとっては「平時は経済、非常時は軍事」の形をとった。

 中国の「一帯一路」構想は単なる経済圏構想としてではなく、いわば陸上の脅威の解消と海洋の脅威の増大という二つの要素の起結として成立した。「一帯一路」戦略は、中央アジアを経由して欧州と結ぶ陸のルートに加え、南シナ海からカンボジア(リアム海軍基地)、ミャンマー(チャウピウ港)、スリランカ(ハンバントタ港)、パキスタン(グワダル港)、ジブチ(人民解放軍駐ジブチ保障基地)を結ぶ「真珠の首飾り」並びにこれをケニア(モンバサ港)、ギリシャ(ピレウス港)、更には南太平洋諸国を経てアメリカが伝統的勢力圏と見なすパナマやベネズエラを含む中南米地域にまで拡張した海洋ルートからなる世界戦略として形成された[14]。

3. 「一帯一路」の構造

 ここでは、「一帯一路」が、①国内過剰資本の外部放出、②地政学的回廊構築、③軍事的前方展開の三層構造を持ついわば「国家資本主義的拡張戦略」[15]であることを論述する。

 2008年のリーマン・ショックを受けて、中国は2010年までに官民合わせて4兆元と言われる財政政策と2009年のみで9.59兆元に及ぶ金融政策という思い切った景気刺激対策を打った。その結果、大量の人民元が印刷され、国内インフラ投資が加速し、鉄・セメントなどの過剰生産能力が急速に拡大した。しかし、主として国内の所得分配の不均衡から国内消費が伸びず、インフレやバブル崩壊の懸念から固定資産投資も次第に抑制せざるをえなくなり、内需不振の中、輸出や海外投資によって外需を創出し着実な経済成長を図っていくべきとの考え方が定着する。この一環で、早くも2009年当時、全国政治協商会議委員の許善達を中心に「中国版マーシャルプラン」が提唱されている[16]。これはそれまでの輸出中心の重商主義路線から一歩進んで海外市場創出戦略に切り替えていくというものであった。中国は互恵・南南協力を強調して、公式にはこの中国版マーシャルプランと「一帯一路」との関連を述べてはいないが、中国の潤沢な外貨準備の一部を活用し、アジア、アフリカ、中南米等の途上国にインフラ資金を貸し付け、中国の過剰生産された鉄鋼やアルミ等の原材料の輸入や中国国有企業の海外進出(「走出去」)による工事請負を目指す点では考え方が共通していた。

 中国のインフラ資金の貸し付けはもっぱら中国国家開発銀行や中国輸出入銀行が主体となって行われた。欧米と比べ、中国のローンは、借りやすく、審査スピードが早いため成果が出やすい、契約内容は透明性が低く、対外非公開とされたなどの理由から、一部の開発途上国や独裁政権に歓迎された。注意すべきは、中国は国家ローンの利率を西側並に年利2%程度に設定しているが、往々にして他の中国工商銀行などからの商用ローン(5〜8%)との抱き合わせとなっており、実質金利は西側からのローンよりもかなり高くなりがちであることである[17]。更に、中国はこうした「一帯一路」のファイナンスを補完するために、2014年に外貨準備等を活用して400億米ドル規模の「シルクロード基金」を設立し、2016年には中国が30%を出資し、唯一の拒否権を持つ国際組織として「アジア・インフラ投資銀行(AIIB)」を設立している。

 また、中国は同時並行的に各国との二国間自由貿易協定(FTA)の締結を進めていった。その結果、締結相手国の貿易構造が中国依存に大きく傾いた。例えば、中ASEAN自由貿易協定締結(2010年までに段階的に締結)の結果、中国・ASEAN貿易は急増し、2004年には8763億元だったのが、2023年には6兆4100億元へと伸び、ASEANの最大の貿易相手(構成比19.8%)となっている。更に習近平政権が2期目に入った2017年以降は、経済規模の小さな国々とのFTA締結が目立つ(ジョージア(2018)、モーリシャス(2021)、ニカラグア(2024)、セルビア(2024)、モルディブ(2025)など)。経済規模の小さな国は中国とFTAを締結すると、対中輸入が劇的に増大する一方、中国に対してはほとんど売るものがないために、対中輸出は増えず、往々にして国内市場が中国製品に席巻され、対中貿易依存度が増大し、その結果、経済依存が中国による政治的圧力の手段として機能したカンボジアやラオスなどの事例も存在する。

 また、中国は主としてアジア、アフリカ、中南米の開発途上国向けにインフラ・資源開発支援を積極的に行ったが、中国企業が元請・下請となり、原材料・中間材を中国から輸入し、労働者も中国から連れてくるフルセット(「一条龍」)の形をとり、地元への利益還元も技術移転も限定的に過ぎなかった。また、不十分なフィージビリティ・スタディの結果、不採算事業が続出した[18]。中国からのローンは、また、貸付時に人民元で決済し、返済時に米ドルで決済する方式が取られる場合もあり、中国にとっての外貨獲得手段ともなっていた。結果的に借金漬けとなり、返済不能に陥った国々の中には、資源鉱山の採掘権や港湾の独占使用権を中国側に譲渡することとなった例も散見される[19]。また、対中債務が領土交渉による国境画定に影響を及ぼしたのではないかとされるケースもある[20]。

 更に、「一帯一路」は国連における中国支持勢力の拡大(ウィグル人権問題や香港国家安全法などに対する非難決議否決など)や台湾承認国の減少(2008年23カ国→2025年12カ国)などにも作用した。

 以上のように「一帯一路」は中国の急成長した経済力を国際社会に投射し、中国中心の政治・経済・安全保障圏を創ろうとする試みであったが、不動産に象徴される国内経済のバブル崩壊とデフレの亢進、地方の隠れ債務と国有銀行の隠れ不良債権の増大、若年失業の増大と税収減、社会保障の不備による社会不満の増大などから中国自身が困難に直面していく中で、「一帯一路」がそれ自身重荷となっていく。国内的にもアフリカなどへの大盤振る舞いは、国内経済事情とのバランスを欠いているとの批判が生じた[21]。

 「一帯一路」の現状は、中国の国力低下を明確に映し出す鏡と言って良い。米American Enterprise Institute(AEI)の統計によれば、新規建設契約は2016年に967億ドルでピークとなって以降、「一帯一路」関係の大型案件は急減した[22]。筆者が勤務したバングラデシュでは、2016年の習近平主席の公式訪問の際、総額260億米ドルのインフラ投資と140億米ドルの共同事業投資が合意・公表されたが、その後多数の案件の実施が大幅に遅延したり、実現されなかった[23]。また、2017年のブダペスト首脳会議は李克強首相が出席し、中東欧16カ国首脳を一堂に集め、欧州の「一帯一路」拠点化を公式に宣言したが、鉄道・港湾・エネルギーなどのインフラ案件にかかる大規模投資と総額100億米ドル規模の融資枠が公約されたにも関わらず、いずれも当初の公表水準には達することなく、中東欧側の貿易赤字のみ拡大し、2021年以降バルト3国が「一帯一路」の枠組みから離脱する結果となった。また、アフリカ諸国に対しても、2018年アフリカ53カ国を北京に集めて行われたFOCAC首脳会議において総額600億ドルに及ぶ支援を公約したが、融資も投資もほとんど実施されず、アフリカ諸国の貿易赤字のみ拡大する結果となった。更に、2021年ダカールにおけるFOCACにおいて習近平主席は支援を縮小し、400億米ドルの貿易・民間投資を約束するが、約束倒れに終わった。中南米も例外ではなく、2015年北京における中国CELAC首脳会議において習近平主席は10年間2500億米ドルの投資目標、5000億米ドルの貿易目標を掲げたが、これも目標達成には至っていない。

 開発途上国に対するこれらの過大な支援表明は現在では次第に影を潜め、かつての大型インフラ案件は小規模・短期・回収可能案件へとシフトし、港湾・鉄道分野からデジタル・医療・再生エネルギーなどの分野への移行が見られるようになっている。

4. 古典的地政学と「一帯一路」

 ここでは、「一帯一路」が古典的地政学に発想を得た影響空間の拡張を目的とする覇権戦略として解釈されるものの、その攻勢的姿勢が却って周辺国の警戒を反作用として誘発し、中国にとっての安全保障環境を悪化させることにつながった旨を論ずる。

 中国では地政学(地縁政治)と「一帯一路」を直結させて説明する議論は見られないが、その実行は古典的な地政学を充分意識していた。例えば、「中国海軍の父」とも言われる劉華清は1980年代末に「近代海軍戦略三段階論」を提唱し[24]、中国海軍の建設に乗り出したが、劉の戦略は後に海上シルクロード構想の軍略的基盤となった。彼は、明らかにアメリカの海軍戦略家アルフレッド・マハンの影響を受け、「制海権を握る国が世界を制す」「中国の大国化には海軍の強化が不可欠」「海軍は国家戦略の中軸に位置づけるべき」という海洋覇権思想を強く中国軍内に植えつけた[25]。他方、中国以外の学者にはむしろ「一帯一路」をマッキンダーのハートランドやスパイクマンのリムランドを結びつけた覇権戦略と見なす傾向がある。例えば、台湾の政治学者の吳玉山は、中国本土をハートランドと置き、これを中心とした同心円上に、経済・人流・情報の依存度が極端に高い「高度非対称依存圏」(香港・マカオ・台湾)、自主性はあるが、中国市場を切れない「経済引力圏」(ASEAN、韓国、一部中央アジア)、中国が代替不能な資金提供者となる「間接影響圏」(アフリカ、中東、南太平洋諸国)を置くことにより、中国が中心となり、周辺国が選択の余地を失っていく空間とする拡張戦略と見る。彼は、日本を「ハートランド秩序を外側から無力化できる数少ない国」と見る[26]。また、同じく台湾の楊英明は、中国はチベット・新疆・内モンゴルからなる「内陸ハートランド」を有しているが、東シナ海・南シナ海の沿岸・近海を失えば直ちに弱体化となり、その外側の外洋(西太平洋・インド洋)は米国・同盟国が支配しており、中国は閉じ込められているという強迫観念から外側への膨張を図ろうとすると見る。従って、日本は「中国の海洋進出を構造的に阻む最大の地政学的障害物」となる[27]。しかし、シンガポールの鄭永年は、海上交通の安全保障・経済回廊としての南シナ海・マラッカ海峡の地政学的重要性を理論化しつつ、「中国は外で勝つ前に、内で耐えられる国家でなければならない。それを無視した覇権志向は、必ず体制崩壊を招く」という警告を唱える。日本は「刺激すべきでない安定因子」 であり、中国にとって最もコストが高く、得るものが少ない対立相手となる[28]。欧米もはじめはユーラシアの東西を連結する「一帯一路」をマッキンダー理論の焼き直しと見たし、その後のリムランドへの展開にスパイクマンとの連結を見た(例えば、ロバート・D・カプラン[29])が、いずれも「一帯一路」は野心的ではあるが、地政学の応用の失敗と見ている。

 中国はどこで誤用したのであろうか?「一帯一路」は点と線を結ぶ日本帝国陸軍の戦略的発想と似ている[30]。帝国陸軍は、拠点(点)を確保し、鉄道・補給路(線)で連結することにより、広大な地域を支配しようとした。これに対し、海軍的発想は一般に「面」で制海権を考えるが、帝国海軍もまた陸軍的発想に引きずられ、西太平洋において島と島を結んだ戦略に偏った。同様に大陸国家中国は「一帯一路」により都市や港湾を連結し、経済的・軍事的影響力の拡大を目指した。この点において、英米が拠点を中心とした「面」で戦略を考えるのとは対照的と言える。

 中国は欧米の学者の考えた地政学を戦略的に単純化して応用したとの批判がある[31]。地政学を覇権国家への「設計図」と考え、「Heartlandを押さえれば世界を支配できる」としてユーラシア横断鉄道や上海協力機構を整備し、「Rimlandを切り崩せば米国を弱体化できる」として「海のシルクロード」や「真珠の首飾り」を構想し、「線を引けば勢力圏ができる」として南シナ海を九段線で囲い込み、グレーゾーンを攻めるサラミ戦術を取った。地政学を意識しなかった時代、少なくとも中国はより「安全」であったのではなかったか。改革開放政策は欧米や日本の好意を勝ち得た。経済は急速に発展し、台湾海峡、南シナ海は海上交通の要として栄えた。この時代、1996年の台湾海峡危機を除いて、中国が現在ほど軍事的圧力を感じることはなかったはずである。しかし、中国が台湾海峡を「内海」と言い、9段線の主張を強めて南シナ海における管轄権を主張し、軍事拠点化を進めることによって地域の不安定要因は増大した。本来の地政学の基本的な考え方として「国家が対外的にある攻勢的行動を取れば、それに対する反作用(他国の警戒・対抗行動・同盟形成)が必ず生じる」というものがある[32]。すなわち、ある一国の軍拡は周辺国の警戒を生み、周辺国はそれぞれ国防予算を増額させ、また団結することによって軍拡に対抗しようとする。その結果、更なる軍拡を重ね、地域の安定は失われる(安全保障のジレンマ)。従って、力の均衡を見定めて、維持することが安定に向けて不可欠になる。行動の反作用を過小評価せず、力の行使だけでなく、外交・信頼醸成・経済的依存関係など多様な手段で反作用を和らげる努力を行わないと、地政学のリアルな力学はエスカレーションの連鎖になりかねない。

 地政学は国際政治を理解する有力な「分析の道具」であるが、国家の生存を規定する唯一の原理ではない。戦後の日本、コスタリカ、アイスランドのように国際法や経済外交、国際制度への依拠を通じて安全と繁栄を追求してきた例もある。文化力・制度・技術・理念といったソフトパワーも国家戦略の重要な資源となり得る。すなわち国家の生存戦略は、地政学的条件のみならず、制度、経済的相互依存、そして国際規範によっても形成される。現代は核兵器の存在により全面戦争が極めて高リスクであることを前提とすれば、力の論理だけでは成り立たない新しい秩序こそ模索されなければならない。「現実に立脚しない理想主義」も「理想を忘れた現実主義」もともに不可(E.H.カー)である[33]ことは過去の二度にわたる世界大戦のもたらした重要な教訓である。ただし、同時に地政学を完全に無視するのも危険であって、地政学を拒否した国家ほど、地政学を信じる国家に敗れるという側面も存在する[34]。なぜなら、世界の大国(アメリカ・中国・ロシア)は、依然として地政学を基盤に行動しており、日本のような海洋国家・資源輸入国はシーレーンの安全確保など地理的制約を受けるからである。地政学的リスクを無視した国家は、危機に直面した際に相手の意図を理解できず、対応力を失うことにもなりかねない。地政学が国際情勢を分析する一つの道具に過ぎないことを十分にわきまえて、国の運命を地政学にまるまる依存させてしまうことの危険性を改めて認識すべきであろう。

5. おわりに〜「一帯一路」の限界

 本稿で論じてきたように、「一帯一路」は中国の経済的台頭を背景に構想された影響力の対外拡張戦略であった。「一帯一路」政策の遂行は、近年の成長減速に直面する国内経済を背景に、中国の外交力・資金余力を削ぎ落とした面が強い。具体的には、①債務国救済のための財政負担増(“貸金が返ってこない“状態が広く発生→中国側の救済コストが膨張→国有銀行の与信余力が低下)、②「債務の罠外交」という批判を受けての国際的イメージの悪化(「一帯一路」参加国の熱意の低下、プロジェクト凍結の多数発生)、③外交カードとしての 「一帯一路」の効力低下(新規融資を大幅に縮小、開発援助を「小型・低リスク型」へ転換、“質の一帯一路”と称して路線変更[35])に直面しており、過剰な拡大の反動として、対外融資の持続可能性が制約され、攻勢的外交が難しくなった。また、港を作っても、鉄道を引いても、中国は同盟ネットワークが弱く、また海外派兵にも慎重であることから守る能力がなく、紛争時には結局資産だけが残るという「安全保障資産化できないインフラ投資」のケースもいくつか見られる[36]。報道によれば、中国の途上国向け新規融資は過去10年で急減し、中国への返済額が増え続けている[37]。特にアフリカの低・中所得国の多くでは、中国から新規融資で受け取る額より、返済する額の方が多くなっている。このような中、中国による「政府癒着型」の経済的関与は多くの参加国において、透明性の低い契約、過剰な債務の発生、そして中国企業や労働者の優遇といった問題を引き起こし、現地の雇用創出や技術移転にほとんど貢献せず、むしろ地元の資源を中国が一方的に獲得する結果となっているとの認識を広げる結果となっている。最近では中国の経済支配への恐怖心から「反一帯一路」を掲げる政治運動が生じており、一部では暴力的事案に発展したケースも報告されている[38]。今後、中国の開発途上国支援には資金融通だけではなく真にその国の発展に資する援助の理念[39]が重要であろう。「一帯一路」を巡る推移は、経済的台頭から対外的関与の拡大を経て、過剰伸長と調整局面に至り、金融・経済的対外負債の管理コストが制約要因となるという過剰伸長の理論的枠組み[40]と構造的な類似性を示した。

(補論)氷上のシルクロードについて

 中国は陸のシルクロード、海のシルクロードに加えて、第3のルートとして氷上のシルクロード(北極海ルート)を提唱するに至っている。「一帯一路」を論ずるにあたってこの点にも言及しておくべきであろう。何故ならば、北極は核抑止構造上重要な地域であり、この概念こそが中国が「シルクロード」の美名に隠れて軍事的・戦略的意図を併せ持っている可能性を示しているからである。

 中国国務院新聞弁公室は 2018年1月に『中国の北極政策(中国的北極政策白書)』を公表し、この文書で初めて「一帯一路の枠組みの中で“氷上のシルクロード”を共同建設する」と表明した[41]。中国は地理的に北極圏から約1,500km離れ、北極圏に領土を持たない「非北極圏国」にもかかわらず、一方的に自らを「準北極国家(Near-Arctic State)」と規定し、北極問題におけるステークホルダーを名乗り、北極のルール形成への関与に加わろうとしている。中国は早くからそのための長期的努力を行い、既に2013年には北極評議会[42]のオブザーバー資格を取得している[43]。

 氷上のシルクロード構想は、地球温暖化による氷床後退により、北極航路の実用性が上昇したことを利用し、欧州―東アジア間を短絡する北極航路を戦略回廊化しようとするものである。経済的には、①距離短縮:北極海航路を通じた物流で上海―ロッテルダム間で最大約30~40%短縮、②時間・燃料削減:航海日数減=コスト低下、③資源調査・採掘の推進等を目的としているが、より大きく戦略的理由が存在する。その第一は、物資・エネルギーの輸送ルートにおける米国主導の海上覇権からの脱出であり、南の海上ルートがマラッカ海峡及びスエズ運河というチョークポイントで抑えられていることからの回避を目的としている。しかし、第二に、中国が北極に関与しようとする隠された理由として、北極中心の核抑止戦略への参加という安全保障上の側面が存在することを見落とすことはできない。すなわち、① 北極は核戦略面から見て第二撃能力の核心である。北極海域下に潜む核搭載戦略潜水艦は探知困難であり、その生存性は著しく高く、抑止の向上に貢献する。また、②北極は米露に近接しており、極軌道衛星や高緯度レーダーを通じて、相手国の弾道ミサイル発射を速やかに探知する早期警戒・追跡の要衝である。さらに、③北極上空が弾道ミサイルの最短軌道であり、確実に相手国中枢へと届く報復到達性を有している。北極はこれら3点すべてを有する主要な地理空間の一つである。

 グリーンランド問題はこのような観点から理解される。グリーンランドは中国の北極航路の西側出口にあたり、中国にとってこの地に足場を確保することを試みることは、海洋封鎖リスクを回避し、北極海から北大西洋への戦略的脱出口を確保することにつながる。加えて、グリーンランドにはレアアース、ウラン、鉄鉱石など未開発資源が豊富に存在すると見られ、高緯度レーダーなどの設置にも最適である。このようにグリーンランド問題は北極の「核・航路・資源」の結節点を巡る米中間の争奪と言える。他方、ロシアはウクライナ問題で欧米の制裁を受ける中、北極圏における核搭載潜水艦の活動海域に経済名目で接近する中国を公然と非難することはしないまでも、内心一定の警戒感を抱いている可能性がある[44]。

1 「冷静観察、穏住陣脚、沈着応付、韜光養晦、有所作為、善於守拙、決不当頭」の28文字方針。1989年の天安門事件後の国際的孤立、ソ連崩壊後の国際情勢の激変の中で、鄧小平が中国の取るべき戦略として述べたもの。

2 国境画定は旧ソ連の中央アジア諸国とのものも含む。

3 陸の「シルクロード経済ベルト」(一帯)と海の「21世紀海上シルクロード」(一路)の総称。英語ではBelt and Road Initiative (BRI)など。

4 上海協力機構は、2021年のドゥシャンベ宣言において多極的国際秩序の支持と一国主義への反対を明確に打ち出しており、SCOが単なる経済協力機構ではなく、米国・NATO中心の国際秩序に対抗する政治・安全保障的枠組みとしての性格を有することを公式に示している。

5 2020年中央経済工作会議習近平内部講話で言及。本来は鄧小平が1980年代末の国際情勢について、世界は多極化へ向かい、国際力量の対比は社会主義に有利な方向へ変化しつつあるとの認識を示していた(『鄧小平文選』第三巻 pp.353-355)が、習近平は 2021年1月の演説で将来の趨勢判断として「東昇西降」に言及している。

6 2009年の中央外事工作会議の頃から「韜光養晦、有所作為(然るべき時に行動し成果をあげる)」のセットで用いられるようになった。この時を中国外交が「静」から「動」へ転換したと評される。また、2013年の中央周辺外交工作座談会において、「奮発有為、主動作為、中国特色大国外交」が唱えられ、「韜光養晦」の語は姿を消した。

7 マテュー・デュシャテル 『中国の地政学』白水社、2024年 、pp.75-76。

8 王緝思「中国のグローバル戦略は西へ向かうべきだ(China’s Global Strategy Should Head West)」論文(2012年10月17日付環球時報論説)。

9 東太平洋 (米本土・ハワイ・日本・韓国・豪州など同盟圏)をアメリカ主導の勢力圏とし、西太平洋(第一列島線内、南シナ海、台湾海峡など)を中国主導の勢力圏とするとの意図と思われる。

10 2008年3月12日付共同「太平洋の分割管理”提案” 中国海軍が米司令官に」参照。

11 2013年6月8日カリフォルニア州パームスプリングス近郊のランチョ・ミラージュにあるサニーランズ・アネンバーグ・リトリートにおける米中首脳会談。

12 「週刊ダイヤモンド」2013年6月22日号「中国の太平洋進出の野望と焦りが明らかになった米中首脳会談」参照。

13 2004年、米コンサルティングBooz Allen Hamiltonが国防省向けの報告書(Energy Futures in Asia)で中国の「真珠の首飾り(String of Pearls)」構想を指摘している。2008年の中国海軍のアデン湾派遣以降、海洋補給拠点、港湾ネットワーク、インド洋持続展開が中国海軍内部で現実的議論となり、当時の呉勝利海軍司令員は2009年以降の講話(例えば2009年海軍創設60周年記念講話)で「近海防御と遠海護衛」について幾度も言及。

14 これらの一部は軍事的にも利用できる拠点として整備されているとも言われている。

15 本稿では「国家アイデンティティ・歴史的使命・民族復興を正統性の源泉として地政学的影響圏の拡大を正当化する戦略」と定義。

16 《用中国的外匯儲備帮助企業走出去》『人民政協網』2009年3月6日付。

17 例えば、モルディブの対中債務は次の3種類が混在している。①政府優遇借款(利率2~3%)、②政策銀行・国有銀行融資(推定利率5~8%程度、為替はドル建て、政府保証付き、プロジェクト収益が伴わないケースも多い)、③最も問題のある「隠れた高金利部分」(中国国有企業(SOE)が建設、前払い・立替・遅延ペナルティ、手數料・保険料・管理費、為替ヘッジなし、契約非公開)これら全てを含めた実効金利(effective interest rate)は10%前後(場合によってはそれ以上になる)と、IMF・AidData・欧米シンクタンクは分析している。

18 例えば、インドネシアのジャカルタ・バンドン間の高速鉄道は需要予測調査などの点で不十分だった。

19 スリランカのハンバントタ港(99年リース)、コンゴ民主共和国の銅・コバルト鉱山等。

20 2011年、タジキスタン政府はパミール高原の未画定地域(約1,000平方キロメートル)を中国に譲渡する形で国境画定条約に合意した。この地域は1881年のイリ条約後の未解決領土問題である。交渉の背景には、中国からの融資や経済支援が影響した可能性が指摘される。タジキスタン国内では、一部で「借金の影響で領土を譲ったのではないか」と反発する声もあった。

21 Christopher Balding, ”Why Democracies Are Turning Against Belt and Road”, Foreign Affairs, October 24, 2018.

22 米AEIの China Global Investment Tracker によれば、中国の海外建設契約額は2016年に約970億ドルとピークに達した後、明確な減少傾向に転じている。この趨勢は、いわゆる「一帯一路」構想が量的拡張局面を終え、中国の対外経済影響力が構造的制約に直面していることを示唆している。

23 中国の過去10年間での実施額は44.5億ドル程度("Belt and Road Initiative: China releases $4.45b in 10 years for Bangladesh” The Business Standard, Sep. 21, 2023)。

24 中国海軍が「沿岸防御」から「近海防御」、そして「遠海防御」へと発展すべきというロードマップをいう。

25 Xiaobing Li, China’s Mahan: Admiral Liu Huaqing and the Rise of the Modern Chinese Navy (Naval Institute Press, 2026)は、劉華清の生涯と経歴を軸に、中国人民解放軍海軍の近代化と戦略思想の形成過程を描いている。また、劉明福『中国「軍事強国」への夢』(文芸春秋社、2023年)は、マハンが「海上権力史論」のなかで「帝国の盛衰にとっての決定的な要素は、海洋を支配したかどうかにかかっている」と指摘した旨を特記し、「海洋に向かうことで、中華は初めて復興する」旨述べている(pp.246-247)。

26 吳玉山編『中國的崛起與亞洲的戰略調整』(台北:中央研究院政治學研究所関連出版、2017年)、『中國再起:歷史與國關的對話』臺灣大學人文社會高等研究院東亞儒學研究中心(2018年)など。

27 楊英明「中国的海洋心智与国家安全:従歴史到現実」『海洋戦略研究』第12巻(2015)、「従地縁政治看中国的海洋戦略演変」 『国際関係研究』第28巻(2017)、「中日海洋格局与共同安全挑戦」『亜太安全評論』,第14期(2019)。

28 Zheng, Yongnian, Globalization and State Transformation in China (Cambridge University Press 2006); “The China Model: Can It Replace the Western Model of Modernization? “(Wiley, 2010).

29 Kaplan, Robert D. “The Revenge of Geography: What the Map Tells Us About Coming Conflicts and the Battle Against Fate”(New York: Random House, 2012) “Asia’s Cauldron: The South China Sea and the End of a Stable Pacific”(Random House 2014).

30 高橋浩祐「日本が『太平洋正面』の防衛力強化に踏み出す理由、中国軍が研究する旧日本軍戦略と強まる太平洋進出」(東洋経済オンライン 2026年2月1日)は、「中国が旧日本海軍の島嶼防衛や太平洋戦争期の作戦を研究している点も警戒されている。中国の軍事研究機関や学術誌では、太平洋島嶼国を拠点化してアメリカ軍の補給や増援を妨害する旧日本軍の作戦構想が、作戦・補給・情報の各側面から分析されている」と述べている。

31 John Agnew, Geopolitics:Re-visioning World Politics(London: Routledge 1998)において、Agnewは、中国の第一列島線は複雑な海洋空間を「内」と「外」に二分化し、米同盟網を「包囲網」と見ているが、これは中国のgeopolitical imaginationの産物と批判している。

32 「その大小にかかわらず、戦略のもつ逆説的な論理は常に同じである。すなわち、ある行動ーこの場合には国力の増大だがーは反作用を引き起こし、この反作用は元の行動を止めるわけではないのだが、それでも単純かつ線的なベクトルの物事の進行を阻止するのだ」(エドワード・ルトワック『自滅する中国』奥山真司監訳(芙蓉書房出版、2014年)p.21。

33 E .H.カー『危機の20年〜理想と現実』原彬久訳(岩波書店、2013年)。

34 例えば、Jo Inge Bekkevold, ”The Cost of Ignoring Geopolitics”, Foreign Policy (March 14, 2025)。欧州が直面する”戦略的盲目(Strategic Blindness)”とその代償を分析。

35 ヨハネスブルク発2026年1月21日付ロイターは、中国のアフリカ向け融資は2024年に21億ドルと、2016年に記録したピークの288億ドルの10分の1未満にとどまった旨報じている。中国は「一帯一路」構想に象徴される米ドル建ての巨大プロジェクトから、人民元建てのより小規模で商業的に採算の取れるプロジェクトへと方針転換している。

36 例えば、ミャンマーのチャウピュウ港から雲南省に引いたガスパイプラインは、2024年から2025年頃にかけて、アラカン軍がパイプラインの制御ステーションを掌握しているとの報道(2025年1月8日付Myanmar NOW)がある。また、2026年1月3日、米国は大規模な対ベネズエラ軍事作戦を実施し、マドゥロ大統領を拘束・国外移送した。この結果、中国が長年ベネズエラに対して石油担保貸付等で蓄積していた数十億ドル規模の債権(2025年時点の推定残債はおよそ100億~200億ドル前後)の回収可能性が大きく低下する恐れが指摘されている。また、2026年2月28日に始まった米・イスラエルによる対イラン軍事作戦の結果、ホルムズ海峡が実質封鎖され、中国の原油輸入が滞る事態が生じた。

37 ヨハネスブルク発2026年1月27日付ロイターによれば、ONEデータが公表した分析によると、中国の途上国向け新規融資は過去10年で急減し、同国への返済額が増え続けている。特にアフリカ諸国など、低・中所得国の多くでは、中国から新規融資で受け取る額より、同国に返済する額の方が多くなっている。一方、世銀等国際開発金融機関の純融資額は急増しており、債務返済分を考慮すると、現在は国際開発金融機関が、開発資金の主な融資元になっている。国際開発金融機関による純融資額は過去10年間で124%増加し、現在は純流入額の56%を占める。‌2020年から2024年の融資額は3790億ドル相当だった。

38 和田大樹「反中テロへ変質 シノフォビアを醸成 新たな火種はらむ『反一帯一路』運動は最も重要な地政学リスク」NEWS.jp(2025年10月21日)。

39 「開発協力大綱」(2015年2月)によれば、日本の経済協力(政府開発援助:ODA)は、「非軍事的協力による平和と繁栄への貢献」「人間の安全保障」「自助努力支援」を理念の柱とし、途上国の自立を目標に、対話・協働を通じた「共創」を重視し、質の高い成長と持続可能で強靭な国際社会の構築を目指している。

40 ポール・ケネディ「大国の興亡:1500年から2000年までの経済の変遷と軍事闘争」上・下(草思社)1988年。

41 2018年、中国が「準北極国家」概念を提示したところ、米国・NATOは、実際は中国が「経済の仮面を被った安全保障アクター」であると認識を急変させ、警戒感が高まった。

42 北極評議会は、北極圏に領土を有する8か国(米国、カナダ、ロシア、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、アイスランド)によって構成される政府間フォーラム(安全保障・軍事問題を扱わない)である。米国・欧州及び日本などは中国の「準北極国家」という主張を認めていない。北極のガバナンスは、「北極圏8カ国(Arctic Eight)」と既存の国際法(UNCLOS 等)が基礎との立場。

43 中国は、2013年、スウェーデン・キルナ閣僚会合で、以下を正式に受諾した上でオブザーバー資格を承認された。①北極国家の主権・主導権を尊重、②先住民団体の地位を侵害しない、③決定権を持たない、④北極評議会の枠組みを変更しない。

44 例えば、Adam Lajeunesse, et al. ”Friction Points in the Sino-Russian Arctic Partnership”, Joint Force Quarterly, National Defense University Press(Oct.30, 2023)。

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