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第78回 2025/12/01

「一つの中国」のとは

山上 信吾(笹川平和財団上席フェロー)

はじめに

 高市早苗総理大臣の国会での発言を巡って中国政府が猛反発し、日中両国が互いに大使を呼びつけては批判を応酬するなど、大きな外交問題に発展している。その中で中国側が声高に繰り広げている舌戦の最も大きな柱は、日本の総理大臣の発言が「一つの中国」の原則に反したとの指摘である。本当にそうなのか?

 この「一つの中国」を巡っては、中国側の手前勝手で奔放な解釈だけでなく、日本の国会や識者による議論にも誤解と混乱が見られる。この機会に過去の経緯に遡って検証し、今後の対応を検討するに当たっての一つの視座を提供することといたしたい。

事の経緯

 中国政府が問題にしているのは、2025年11月7日の衆議院予算委員会での高市総理答弁である。台湾問題について、「平和的解決を期待する立場だ」と述べ、どの事態が(集団的自衛権の行使が可能となる)存立危機事態に当たるかは状況に応じて判断すると説明。その上で、「中国が戦艦で海上封鎖を行い、米軍が来援して武力行使が生じる事態も想定される」とし、「最低・最悪の事態を想定することが重要だ。戦艦を使うなら存立危機事態になり得る」と述べた。[1]

 これに対して、在日中国大使館がまず反応し、12日、高市総理が台湾有事を「存立危機事態」と述べたことに対し、「露骨で挑発的な発言であり、中国の内政への乱暴な干渉で、核心的利益への挑戦だ」と批判する報道官コメントを発表。さらに、「台湾問題への外部勢力の干渉は許されず、介入すれば自らやけどを負う」と警告した。[2]

 その上で、翌13日、林剣中国外務省報道官は記者会見で次のように述べた。
「中国の内政への粗暴な干渉だ」
「悪辣な言論はただちに撤回しなければならない。さもないと一切の責任は日本側が負うことになる」
「『一つの中国』原則に深刻に背く」ものであり、「中国の核心的利益に戦いを挑み、主権を侵犯した」
「断固として反対し、決して許さない」[3]

 いつもながらとはいえ、隣国たる日本の最高政治指導者である総理への敬意も配慮も一切感じられない高圧的、威嚇的発言のオンパレードである。

歴史的経緯

 では、中国が主張する「一つの中国」の原則とは一体何なのか?台湾問題は「中国の内政」と言えるのか?過去の経緯を改めて辿ってみたい。

 日本と中国との基本的な関係を律してきたのが1972年の国交正常化の際に発出された日中共同声明だ。その第三項は次のように規定している[4]:
「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。」

 国交正常化に当たって中国側が拘ったのは、「台湾は中華人民共和国の領土の不可分の一部である」との立場だった。ところが、日本はそれに同意することも受け入れることもしなかった。だからこそ、第三項では「両国が合意する」という他項に見られる書き方ではなく、互いの立場を併記する書き方に落ち着いたのが実情である。

 では、なぜ日本が同意できなかったのか?そこには法的な理由と政治的な理由の双方があった。[5]

 法的には、日本は1952年に発効したサンフランシスコ平和条約で台湾に対する領有権を放棄していた事情がある。「サンフランシスコ平和条約によって放棄した台湾がどこに帰属するかはもっぱら連合国が決定すべき問題であり、日本は発言する立場にない」という控えめな立場である。

 上記の「十分理解し、尊重する」はアメリカが中国と合意した上海コミュニケ方式の文言である「認識する」(英語はacknowledge)より踏み込んだものであったが、中国側が受け入れるところとならず、最終的には「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」との文言を加えて決着がついたとされる。[6]

 ポツダム宣言第八項では、「カイロ宣言の条項は履行せらるべく」とあり、そのカイロ宣言は、「満洲、台湾及び澎湖島の如き日本国が中国人より盗取したる一切の地域を中華民国に返還することにあり」という規定がある。台湾の「中華民国への返還」を日本が認めたと中国側が解し得るようにしたと言えよう。日本側からすれば、既に受け入れていたポツダム宣言を繰り返しただけという説明が可能なのである。

 より根源的な事情としては、中国が主張するとおり台湾が中国の領土の不可分の一部であると端的に認めてしまえば、台湾を武力で解放する最終的な権利を有しているという中国の立場の正当性を認めることにつながるという危惧があったのである。[7]

 もう一つの事情はアメリカとの政治的なものであった。
1972年当時の日本政府の大きな外交課題は、沖縄返還の実現だった。米側の大きな懸念は、日本に返還された後の沖縄において、米国の施政権下にあった時と同じように沖縄の基地を自由に使用することができなくなるのではないかというものであった。より具体的には、北朝鮮による武力攻撃や中国による台湾武力統一といった事態において、沖縄に存在する米軍基地を使用するに当たっての制約が生じないようにしたいとの問題意識に基づいている。

 これを受けて、1969年11月の佐藤・ニクソン共同声明で、「大統領は、米国の中華民国に対する条約上の義務に言及し、米国はこれを遵守するものであると述べた」とする一方で、「台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとって極めて重要な要素である」との佐藤総理大臣の認識が述べられている。こうした政治状況こそが、「十分理解し尊重する」云々でまとまった背景にある。[8]自由主義圏である台湾を守る米国の立場を損なうような合意はできなかったのである。

 であるからこそ、1973年の衆議院予算員会で当時の大平外務大臣が述べた政府統一見解、すなわち「中華人民共和国と台湾との間の対立の問題は、基本的には中国の国内問題であると考えます。」というくだりの「基本的には」に重要な意味が含まれているとの指摘には深い含蓄がある。[9]

 「台湾の問題は、台湾海峡を挟む両当事者の間で話し合いで解決されるべきものであり、日本政府はこれに一切介入する意思はなく、(中略)しかし、万万が一中国が武力によって台湾を統一する、いわゆる武力解放という手段に訴えるようになった場合には、これは国内問題というわけにはいかないと言うことが、この『基本的に』という言葉の意味である。」とまで当時の条約責任者の栗山尚一は喝破している。この指摘は、今も変わらずしっかりと心に留めておくべきだろう。

今日的意義

 以上から明らかなとおり、「一つの中国」というのは中国側の独自の主張であって、日本政府としてはこれを受け入れると言ったことなど一度もない。むしろ、中国による「武力統一」を認めることが無いよう、注意深く文言を選んで対応して来たのが実態である。

 しかし、これに対して中国は、習近平体制にあっては武力の行使を辞さないとの姿勢を繰り返し明らかにしてきている。今まで当然の前提であった台湾問題の平和的解決へのコミットメントが中国の軍事的力増強とともに消失してしまい、現状変更の貪欲な姿勢が前面に出てきている状況にある。

 既に1972年の日中国交正常化から半世紀も経過した。その間、台頭する中国によってやがて台湾は併呑されるであろうとの一部の見立ては全くの誤りであったことが明確となった。台湾は、約2300万人もの人口を擁する確固とした民主主義体制として国際社会に認知され、半導体などの重要分野で世界経済にとって不可欠なサプライ・チェーンを構築するまでになった。翻って戦狼外交の中国共産党は、台湾人のマインドもハートも勝ちとるには程遠い状況にある。

 現状変更への貪欲な姿勢が明らかになり、半世紀前の国交正常化の頃とは明らかに状況が編子している今、かつての「日中友好」というスローガンと同様に、「十分理解し尊重する」の賞味期限も切れてきたのではないか?
台湾問題から目が離せない日々が続く。

1 『産経新聞』2025年11月8日。

2 『産経新聞』2025年11月13日。

3 『産経新聞』2025年11月13日。

4 外務省「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」[https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/nc_seimei.html]

5 栗山尚一による論文「日中国交正常化」『早稲田法学』第74巻第4号。栗山は日中国交正常化交渉当時の条約課長で、後に駐米大使、最高裁判事を歴任した。

6 栗山「日中国交正常化」48頁。

7 前掲栗山論文44-45頁

8 前掲栗山論文45頁

9 前掲栗山論文50頁

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