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現地調査報告①「ミャンマー現地調査報告」

2017.04.13

調査実施者:上智大学アジア文化研究所 客員研究所員 斎藤紋子
実施期間:第1回2016年8月29日~9月4日/第2回2017年1月21日~29日


第一回目:

ヤンゴン市のみでの調査を実施した。話を聞かせてもらったのは11人で、そのうちの一人は以前からの調査協力者である。今回の調査でもアポイント取得含め、数回以外は同行してもらった。軍政下からの変遷も含め継続して聞き取り調査を行っているが、第一回目、第二回目ともに、調査時に特に話題となっていたものをいくつか報告したい。

1.調査の時期、ムスリムらの間で大きな話題となっていたのは、NVCと呼ばれる新しい身分証明書をめぐる問題であった。NVCはIdentity Card for National Verificationのことである。これまでは、身分証明書を持たない(国籍がはっきりしないがミャンマー国内に暮らしている)人々に「臨時身分証明書」が発行されていた。これは臨時であるにもかかわらず期限を設けておらず、長い人では20年以上臨時の身分のままであった。新憲法草案に対する国民投票や民主化に向けた総選挙などの際には、臨時身分証明書にもかかわらず投票可能であったなど、民主化とともに様々な問題が指摘され始め、2015年5月末までに証明書返却を政府が決定した。NVCはこの臨時身分証明書を返却した人たちに対して発行した「国籍未審査者向けの身分証明書」である。現実問題として、臨時身分証明書を持っていたのはヤカイン州に暮らすムスリム(自称ロヒンギャ、ミャンマー国内ではロヒンギャを土着民族と認めないため、ベンガル人とされる)が86%以上で、NVCは彼らに対して発行されるということだったのだが、いつの間にかNVCは今後身分証明書を申請するムスリム(通常、身分証明書は10歳で最初の申請、18歳で正規の証明書発行)全体に対して発行されるという話が広まっていた。NVCはミャンマー国籍の審査に関わるため、これまで長期にわたって国籍を持って暮らしていたムスリムらは、自分たちの子供や孫が国籍を失うのではないかと非常に困惑していた。

2.テインセイン大統領からティンチョー大統領(アウンサンスーチー国家顧問)に政権が移行した前後での変化については特に語られることはなかった。ただ、政権に任命された文化宗教大臣(テインセイン政権で与党だったUSDP出身)が、就任間もなく、ムスリムに対して事実と違う発言をしたのは非常に残念だったとのことであった。また、ヤンゴン管区域首席大臣が、反ムスリム運動を展開するマバタ(民族宗教保護団体という僧伽組織)は必要ないと明言したことは、ムスリムにとっても久しぶりに良いニュースとなったという人が多かった。

3.国勢調査の宗教別統計発表がようやくなされ、全人口に対するイスラーム教徒の割合はこれまでとほぼ変わらず(1983年3.9%、2014年4.3%)であった。ムスリム人口が増えている、仏教が呑み込まれると騒がれていたが、この数字が本当であればもっと早くに発表しても問題なかったのではないか、とのことであった。これまで30年ほど国勢調査も行われておらず、また1983年のムスリム人口も実際より少ないと言われていたので、今回の4.3%というのが本当だと思うか、と聞くと、政府発表で国連機関も調査協力しているのだから多少違っても本当だろう、現状はこの数字なら問題も起こらず良かったのでは、という人がいた一方、どう考えても違う、管区域・州レベルまでの宗教別人口しか明らかにせずそれ以下の行政区は公表しないということでおそらく調整されているのだろう、との意見も少なくなかった。


第二回目:
ヤンゴン市およびマンダレー市で聞き取り調査等を実施した。話を聞かせてもらったのはヤンゴン市5人、マンダレー市14人である。マンダレー市は3年ぶりの訪問であった。

1.これまではイスラーム関連の行事にほとんど関わることもなく関心を寄せることもなかった一般の仏教徒や僧侶の一部が、モハメッド生誕記念日などの行事開催にあたって、開催地区の行政組織や会場提供者に抗議文を送ったり脅迫したりということが2017年1月初めにヤンゴン市、ピィ市など数か所で見られた。実際に開催中止に追い込まれたものもある。1月8日、ヤンゴン市内のYMCAホールで開催のモハメッド生誕記念式典で、当日招待を受けていなかった仏教徒や僧侶が会場を訪れ、トラブル回避もあって30分程度で終了となった件は新聞でも報道された。ただし、この後、ちょうど調査でヤンゴンに入った1月21日に、ヤンゴン市で開催されたイスラーム評議会主催のイスラーム評議会初代会長ガーズィー生誕100周年記念式典、翌日22日ヤンゴン市内で開催されたモハメッド生誕記念式典は、同様に抗議文や脅迫があったものの大きな騒ぎにならず無事開催されたとのことであった。1月初めのものも含め、これら式典ではムスリムコミュニティの関係者のみならず、政府関係者やイスラーム以外の団体などからの招待客もおり閉鎖的なものではないが、反ムスリム運動が形を少しずつ変えつつ継続していることがわかる出来事であった。 なお、マンダレーにおいてもモハメッド生誕記念式典は延期しているとのことであった。

2.第一回目の出張時に話題になっていたNVCの件は、政府見解も明らかにされないまま不安が継続していた。1月21日に労働・移民・人口省の大臣がアウンサンスーチー国家顧問の指示でNVCの件をムスリムと話し合う場を設けたとのことであった。ムスリムの抱える不安を聞いてもらい、すでに身分証明書を正規に発行してもらっている場合はNVC発行対象にはならない、親が身分証明書を持っているのに子供にNVC発行はおかしい、といった意見を受け止めてもらえた、という出席者の話を聞いて、喜んでいるムスリムが多かった。88世代オープンソサエティ(1988年民主化運動を中心となって率いていた学生指導者らが運営する組織)からミャエー氏(ムスリム)も参加していたので、話だけ聞いて終わりにはならないだろうという期待もあったようだ。しかし、「話し合いの場はあったし、国家顧問の指示だとも言っていたが、このあと省として、あるいは国としてなにか正式な発表があるかどうかの方が重要だ」と冷静に見ているムスリムもいた。なお、この報告書を書いている3月中旬においても、このNVCに関する政府関連の発表は特になされていない。

3.以前からの調査で、マンダレー市のほうがヤンゴン市よりも反ムスリム運動の緊張度がやや低いということであった。前述のマバタという団体のなかで著名な僧侶はマンダレーの僧院に所属しているのだが、それでも、マンダレーの人たちによれば「王朝時代からずっと住んできたから、近隣の人たちを知らないわけではない」ということで緊張はそれほど高まらないとのことであった。個別に話を聞くといろいろであるが、全体的に政治に関心のある人たちも少なく、マンダレーで反ムスリム運動が、ということではなく地方での反ムスリム運動などの影響がマンダレーで出ることはあるという。また、数年にわたって反ムスリム運動が継続していると、ムスリムが怪しい、危ない、という意識がどこからともなく芽生えるといい、私立学校を経営しているあるムスリムは、「ムスリムが経営するような学校に子供を通学させるな」という嫌がらせを受けて一時期生徒が減ったという。

​以上の報告に書ききれなかった分もたくさんあるが、そちらは書籍にまわしたい。最後になったが、時期を二回に分けて調査に行かせてくださった笹川平和財団に深く感謝申し上げる。




女性の金曜礼拝(ヤンゴン市)
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ムスリムの子供たち 緑色のズボンに白いシャツは制服(ヤンゴン市)
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