認知領域の戦いにおける陰謀論の脅威
—海外における体制破壊事案から日本における陰謀論情勢を考える
- サイバー・軍事・地政学
笹川平和財団 研究員
長迫 智子
近年、安全保障のフィールドで陰謀論が一つの脅威として注目を集めている。本稿では、海外および日本の陰謀論の情勢を概観し、陰謀論がなぜわれわれの安全保障を脅かす運動とみなされているのか、なぜ対策を講じねばならないのかを認知戦の観点から分析する。
相次ぐ体制破壊的事案
2022年の末から2023年の年明けにかけて、陰謀論の影響を受けたと考えられる体制破壊的な事案がドイツとブラジルで連続して起こっている。
2022年12月7日、ドイツ連邦検察庁は、テロ組織のメンバー22名と支援者3名の容疑者を逮捕した。この組織は複合的なグループから構成されていたが、主に極右組織ライヒスビュルガー(Reichsbürger:ドイツ語で帝国臣民を意味する)や反コロナ政策運動グループのクエルデンカー(Querdenker:英訳するとLateral thinkerとなる。ドイツ語で、型にはまらない考え方をし、それによって社会を怒らせる危険を冒す人を意味する)といった陰謀論思想を基調とする団体のメンバーが所属していた[1]。
捜査当局によれば[2]、このグループは2021年11月からクーデターを計画しており、ドイツ国会議事堂の攻撃とドイツ連邦共和国の憲法秩序の転覆を目指していた。そして、ドイツ帝国を模した国家を樹立し、グループのリーダーであるハインリヒ13世王子率いる暫定政府を設置、極右政党「ドイツのための選択肢(Alternative für Deutschland、略称:AfD)」の元議員が法務大臣に就任する計画だったという。グループには軍人や警察官も所属しており、多くの武器を所有していた。このグループは、いわゆる「ディープ・ステート」のメンバーによって現在のドイツが支配されているという陰謀論を信じており、ライヒスビュルガーとQAnonイデオロギーが混淆したナラティブのもとで活動していた。そして、ロシア連邦を含む様々な国家の政府、情報機関、軍隊からなる技術的に優れた秘密同盟(“Allianz”)の介入で解放が約束されていると信じて、実際にロシア連邦関係者と接触していた[3]。
ドイツでは、2021年時点で約21,000人がライヒスビュルガーに属していると考えられており[4]、今回のクーデター首謀者が逮捕されたとしても、同様の流れが続くのではないかということが非常に懸念されている。