米国防長官が2022年に米議会に提出した「中国をめぐる軍事力と安全保障の進展に関する年次報告書(以下、「年次報告書」)」は、それ以前の年次報告書に比べ、中国人民解放軍(中国軍)の着上陸侵攻能力に関する評価について警戒感を高めた。数年にわたって固定化していた評価(用語の使用)に変化の兆しが現れたのは2021年版であったが、2022年版では行数は少ないものの、大きな変化を読み取ることができる。
本稿では中国の水陸両用作戦能力(両用戦能力)の最近の進化について、1990年代以降の中国海軍の艦隊編成の変化を軸に考察していく。
後に第3次台湾危機と呼ばれる1995年7月と1996年3月の中国軍による一連の軍事演習の後も、クリントン政権が中国への関与方針を維持した一方で[1]、米国議会は中国軍事力強化への関心を高めた。米国議会が国防長官に中国の大戦略、安全保障戦略、軍事戦略、軍事組織、作戦コンセプト、予想される展開について報告を求めたのは、米国2000会計年度国防授権法第1202条(1999年10月5日)である[2]。同法に基づく最初の報告書「中国の軍事力に関する年次報告」[3](2000年1月1日)は、2010年に「中国をめぐる軍事力と安全保障の進展に関する年次報告」と名称を変えて、現在まで毎年提出されている[4]。
2018年から2021年までの年次報告書は、用語に多少の違いはあるが「台湾に対する軍事作戦には航空・海上封鎖から台湾の一部または全部あるいはその沖合の島々を占領するための本格的な水陸両用侵攻までさまざまな選択肢がある(has a range of options)」[5]と、あくまで選択肢があることを記述していた。しかし、2022年の報告書はこの部分を「台湾に対する軍事作戦は、航空・海上封鎖から本格的な水陸両用侵攻までさまざまな選択肢があり、実現可能性やリスクはさまざまであるが、台湾の沖合の島々の一部または台湾全部を奪取・占領することができる(could conduct a range of options)」[6]と変更し、台湾への軍事的な侵攻は中国軍にとって単なる選択肢ではなく、能力的に可能であると評価を変えた(下線筆者)。
中国海軍の揚陸能力に関する記述は、2021年版から変化した。2018年版から2020年版までは、中国海軍の大規模な揚陸艦隊を必要とする着上陸作戦が計画中である可能性は「低い(less likely)」と否定的であった。その理由として、中国が大規模な地上軍を直接海岸に揚陸させるために必要な多数の揚陸艦と中型揚陸艇を保有しておらず、建造もしていないことが挙げられた。また、年間を通じて中国軍が大隊レベル以上の水陸両用演習を実施することがほとんどなかったこともこの評価に影響したと思われる[7]。
2021年版の報告書は、大規模な揚陸を必要とする従来型の着上陸侵攻の可能性を「低い」から「依然として非現実的(remain aspirational)である」に変更した。また、この記述に続き、中国軍が不足する着上陸能力を回転翼部隊の活用など他の作戦様相に投資することで急速に拡充するとともに、洋上から陸上への兵力移送手段を(中国軍が必要とした場合に)比較的短期間で製造できる中国造船業の巨大な能力を信頼している可能性を付け加えた[8]。これらは2020年版にはなかった記述である。さらに、2022年版になると「大規模な着上陸作戦計画の可能性」に関する評価部分を削除し、不足する移送能力を緩和するために民間揚陸船(civilian lift vessel)を使用する可能性を付け加えた[9]。中国海軍能力に関する記述の変化は、前述した侵攻作戦の評価と関連づけて考えるべきであり、米国防省は中国軍の台湾侵攻への警戒感を高めたと見ることが可能である。
中国海軍は中華民国海軍から鹵獲した揚陸艦艇等を1980年代から90年代にかけて国産艦艇に置き換えた。1999年5月には、揚陸艦(LST)をユィティン級(満載排水量4,800トン)とユィカン級(同4,170トン)の2艦種13隻、中型揚陸艦(LSM)はユィリアン級(同1,100トン)など3艦種42隻保有し、236隻の上陸用舟艇(LCU)を保有していた[10]。1999年当時の米国防省は、中国軍は約1個歩兵師団を輸送するのに十分な揚陸能力を保有するが、着上陸侵攻作戦が不可避的に伴う間断のない長距離輸送支援、後方支援、航空支援など総合的な両用作戦能力が不足していると評価していた。したがって、台湾への着上陸侵攻は非常にリスクが高く、最もあり得ない選択肢(most unlikely option)であり、台湾の全面降伏を強いる最後の手段としてのみ選択されるとみなしていた[11]。
中国海軍は21世紀に入って急速に両用戦能力を強化した。2010年までに、ドック型揚陸艦(LPD)ユィジャオ級1隻(基準排水量19,855トン)、回転翼機が発着できる揚陸艦(LSTH)ユィティンI級とユィティンII級(満載排水量4,800トン)を合計20隻、中型揚陸艦(LSM)はユンシュウ級(同1,850トン)10隻とユィハイ級(同800トン)11隻の2艦種、揚陸艇(LCU)ユィベイ級(同800トン)10隻を艦隊編成に加えた[12]。
2008年版の年次報告書は、中国軍の着上陸侵攻は十分な準備期間がなくても東沙諸島や太平島など南シナ海の島嶼への侵攻を開始できると評価し、2009年版からは金門島と馬祖島のような中型で防衛力の強い離島へ侵攻も中国軍の能力の範囲内であるとの評価を加えた[13]。この背景には前述の両用戦能力の急速な強化があったものと思われ、2022年版まで13年間一貫してこの評価が続いている。
しかし、中国は今もって島嶼や離島への軍事侵攻はしていない。年次報告書は、軍事侵攻が中国政府にとって大きな政治的リスクがあることを理由とするが[14]、2019年6月まで台湾軍の参謀総長であった李喜明上将は、中国と台湾の双方にとって離島が戦略的な価値を失っていると見ている。その主だった理由は、以下のとおりである。(1)中国が離島へ軍事侵攻すれば武力紛争法などの国際条約に違反するため、国際的な非難や経済制裁を誘発する可能性がある。(2)台湾における反中国感情を煽り、日本、ベトナム、フィリピンなど中国からの威圧を受けている国々が警戒心を高める可能性がある。(3)台湾にとっては、台湾本島から遠く離れた離島の帰属は実質的に台湾の存続との因果関係はなく、(4)時間と空間の進化が離島の戦略的価値を失わせている[15]。時間と空間の進化とは、軍事科学技術の進歩によって装備体系が近代化した結果、侵攻手段が高速化・多様化したことで台湾海峡の作戦空間と作戦時間が相対的に狭まって、金門島など最前線の離島が持っていた本島防衛ための価値が急速に失われているということであろう。また、李上将が言うように、中国が離島を奪取しても台湾に政治的な妥協を強いることができないなら、中国の政治リスクを高めるだけで、台湾政府の実質的な防衛負担軽減にもつながりかねない[16]。
以上から考えれば、中国軍が現在も継続している両用戦能力の物的目標は、島嶼や金門・馬祖といった離島の占拠ではなく、台湾本島への直接侵攻であると考えるのが妥当であろう。その手段や作戦はどのようなものになるだろうか。
中国海軍は2005年以降、海岸に直接着岸し兵員や戦車等を揚陸する揚陸艦(LST)を建造していない。2021年7月までに建造した水陸両用艦はドック型揚陸艦(LPD)ユィジャオ級8隻、ヘリコプターを推定で30機を搭載するヘリコプター強襲揚陸艦(LHDM)ユィシェン級(基準排水量31,000トン推定)を3隻(進水済みの2隻を含む。ほかに5隻が計画中)である[17]。
米海軍の見積もりでは、中国海軍は2040年頃までにドック型揚陸艦を14隻(2020年から7隻増)、ヘリコプター強襲揚陸艦を6隻(同、6隻増)に増加する一方で、揚陸艦は30隻から15隻に減少する。単純に計算すれば、2040年における兵員輸送可能数は2020年時点より約8,000名増加した約32,000名となる[18]。
米軍の統合ドクトリン(Joint Publication 3-02)は、水陸両用作戦を奇襲(raids)、示威(demonstrations)、強襲揚陸(assaults)、撤退(withdrawals) の4種類に区分する。台湾本島侵攻に用いられる作戦は強襲揚陸と考えられ、初期の大規模な兵力投射によって橋頭堡を確保したのち、波状的な兵力投射によって占領地域を拡大していく作戦形態になる。必要とされる能力は「戦力投射能力」と間断のない「後方支援能力」である。
米陸軍で中国情報の専門家であったブラスコ(Dennis J. Blasko)は、中国陸軍の水陸両用兵力に関する論考(2022年4月)で、中国陸軍は水陸両用作戦に必要な技術のほとんどを保有しているが、作戦に適した部隊が6個混成旅団(combined arms brigade)約3万人と不足し(全83個混成旅団の7%)、6個旅団約3万人の兵員と2,400両以上の車両を収容する揚陸能力も不足しているため、海軍に依存せず自走で上陸可能な装備を使用して金門島や馬祖島に対する作戦が実施できるにとどまると結論付けている[19]。
ブラスコの論考は、2022年版の年次報告書が水陸揚陸能力の評価を変更した点を反映していないが、米海軍の2040年の見積もりデータをもってしても揚陸ニーズには不十分なことは明らかである。中国陸軍の水陸両用戦能力は、2017年の改革以降、陸軍航空機動部隊と特殊作戦旅団を新たに加え、また長射程ロケットやミサイルなど新たな装備も導入されて大幅に増強されているが[20]、こうした大型で重量のある装備は洋上輸送に頼らざるを得ない。したがって、2022年版年次報告書が指摘しているように、海軍の揚陸能力の不足を民間揚陸船(RO-RO船など)の活用によって緩和する可能性が高く、民間輸送力は作戦の成否を握る重要な要素になると考えられる。
そこで、民間輸送力によって揚陸能力の不足を補う具体的な方策について検討してみたい。まず、民間船による戦力投射能力の補完については、米海軍大学のケネディ(Conor Kennedy)の一連の論考が参考になる。ケネディは国軍が強襲的な戦力投射の強化にあたり、海軍揚陸艦の建造の形を取らずに、民間RO-RO船(フェリー)の船尾ランプの油圧シリンダーと支持アームを補強し、水陸両用車を洋上で進水・収容できるようにしていることに注目している[21]。また、渤海フェリーグループ(渤海輪渡集団)はフェリー船隊を拡大し中国軍との協力関係を強化しているほか、2010年から新造船には国防基準を導入している[22]。RO-RO船のランプ改造は岸壁や埠頭に着岸する通常の車両輸送には不要であり、上陸作戦における水陸両用戦闘部隊の洋上運用という唯一の目的を持っている。また、中国陸軍は揚陸艦と民間R0-RO船を使った大規模な共同訓練を継続し、水陸両用能力を拡大していることから[23]、民間RO-RO船団の強襲揚陸作戦への参加はすでに実用化に向けた段階に入っていることが窺える[24]。
次に、後方支援能力の強化にはコンテナ船や重量物運搬船の活用が可能である。防衛研究所(当時)の山本勝也の分析によれば、中国の専門家は中国軍が台湾海峡を横断して大規模な輸送をするためには国防動員法等に規定された戦略投射力量(部隊)が不可欠と考え、実際に軍民融合政策に基づいて海軍に不足する海上輸送力を民間船舶が補完する体制を強化している。さらに山本は、中国軍が動員し直接利用できる船舶量は今後確実に増加すると予測している[25]。
コスコシッピングラインズ(COSCO Shipping Line、中遠海運集装箱運輸)は全長400m 全幅60mの巨大船7隻をはじめ、合計360隻以上のコンテナ船団を保有している[26]。それらの船籍は、数隻を除いて全て香港か中国である。米統合ドクトリンによれば、初期の強襲部隊に続く強襲後続部隊は、強襲作戦を継続するための装備や資材を搬入する任務を受け持ち、資材は可能な限りコンテナ化される[27]。運送経路を問わず資材の迅速で効率的な仕分けや揚搭と卸下にはコンテナが最適であり、特に奇襲攻撃によって相手国の港湾施設を獲得できた場合、大型コンテナ船の利用価値は高い。
中国軍の水陸両用能力は、軍民融合による民間輸送力の強化によって新たな段階に入った。共同する水陸両用部隊との有機的な連携という大きな課題を残しているものの、特にRO-RO船については強襲揚陸作戦の初期段階で投入される可能性が高まってきた。強襲揚陸は幾重にも守られた海岸を文字どおり強襲する作戦であって、軍艦と同じく交戦権を行使することになる。
1907年の「商船ヲ軍艦ニ変更スルコトニ関スル条約」(ハーグ第7条約)は商船を軍艦に変更する手続きを定めている。軍艦に変更した商船は掲げる国旗の所属国の直接の管轄下に置かれ(第1条)その国の海軍の使用する特殊徽章を付し(第2条)、将校名簿に記載された指揮官が指揮し(第3条)、戦争の法規慣例を遵守すべきこと(第5条)、またなるべく速やかに変更したことを軍艦の表中に記載する(第6条)ことが定められている[28]。たとえば中国が他国と戦争になり、RO-RO船を動員して強襲着上陸作戦に従事させるならば、軍艦と同じ交戦権の行使となるため「商船ヲ軍艦ニ変更スルコトニ関スル条約」を遵守する義務が生じる。
しかし、中国が台湾に着上陸侵攻する場合、複雑な状況が生まれる可能性が高い。まず、中国政府は台湾を中国の一部であると主張し、独立した国とは認めていないため、中国政府は軍事力の使用を含め、あくまで内政問題として処理しようとするであろう。したがって、中国はこの条約に従う義務はなく、RO-RO船は中国海軍旗の掲揚も必要なく、動員後も民間人の船長がそのまま操船できる。この結果、台湾軍はRO-RO船が民間業務と軍事任務のどちらに従事しているかを船舶の外観から判別できず、文民の保護を定めたサンレモ・マニュアルに代表される海戦法規の目標区別原則への抵触をおそれ、AAVを発進するなど明らかに交戦権を行使していると確信できるまで当該RO-RO船への攻撃を躊躇う可能性がある。米国などが台湾の防衛に参加する場合にも、軍艦と商船の見極めが難しくなることに変わりはない。
米国国防省は2021年版の年次報告書から中国軍の水陸両用戦能力への警戒感を高めた。中国海軍が水陸両用作戦のための艦隊編成を大きく変更していることに加え、中国軍が軍民両用政策に基づいて民間輸送力に両用戦に必要な機能を付加し、船団を増強していることがひとつの理由であろう。
その一方で、中国の商船隊は水陸両用上陸能力、あるいはストレスのある環境下で十分な後方支援を提供できる能力を獲得するまでに至っていないとの見方もある[29]。大規模な水陸両用侵攻は、最も複雑で困難な軍事作戦の一つであり、海上・航空優勢の獲得、間断のない後方支援の実施など複雑かつ大規模な統合作戦が必要であるため、中国にとって重大な政治・軍事リスクとなっていることは事実であろう。しかし、資源も時間も自由に利用できる中国軍の変化は早い。民間輸送力を使用した中国の水陸両用戦能力が確実な脅威となって現れる前に、台湾海峡情勢に大きな影響を受ける国々は対策を考えておく必要がある。
(2023/7/11)
脚注