中国の「一つの中国」原則をめぐる新戦略

 2016年以降、中国と台湾との間で「一つの中国」に関する妥協点を見出せない状況が続くなか、中国の国際社会における「一つの中国」原則の維持と強化は、「台湾独立」を防ぎ、「統一」を促進するための手段として、改めて重視されている。本稿は、習近平政権が外交政策において「一つの中国」原則を強化せねばならなくなった経緯を概観し、それと相反する諸国の「一つの中国」政策形骸化の動向をまとめる。その上で、近年展開されている中国外交における「一つの中国」原則強化の新戦略について分析する。

中国の「一つの中国」原則強化

 2008年から2016年の期間、中国は「一つの中国」に関する「92年コンセンサス」を受け入れる台湾の友党や有権者への「善意」を示すために、台湾との外交闘争を控えていた。馬英九・国民党政権も「外交休戦」を掲げたため、中台間で外交承認をめぐる争いや、国際機関への台湾の参加をめぐる争いが表面化することは殆どなかった。例えば、ガンビアは、中国との関係を強化するために2013年に台湾との関係を断絶したが、中国は2016年の台湾総統選挙で民進党が勝利するまでガンビアとの外交関係樹立を見送った[1]。ただし、中国の国際的な影響力が高まるなか、諸国や国際機関では「一つの中国」原則が事実上維持、ないしは強化された[2]。

 蔡英文が2016年1月の台湾総統選挙に当選すると、同年3月に中国はガンビアと外交関係を樹立し、「92年コンセンサス」を受け入れるよう蔡英文に揺さぶりをかけた。しかしその後、5月の総統就任式で蔡英文は「92年コンセンサス」に言及せず、その後の中国からの呼びかけにも応じなかった。これを受けて、中国は台湾が外交関係を持つ国に次々と攻勢をかけ、サントメ‧プリンシペ(2016年)、パナマ(2017年)、ドミニカ共和国、ブルキナ‧ファソ、エルサルバドル(2018年)、ソロモン諸島、キリバス(2019年)、ニカラグア(2021年)が中国との外交関係を樹立し、台湾が外交関係を持つ国は14か国にまで減少した。

 習近平政権はまた、中国が外交関係をもち、台湾が代表処などを設置する諸国においても、「一つの中国」原則を主張し、中華民国(台湾)籍の人々や代表機関に対する処遇の変更などを求めた。例えば、中国は2017年にナイジェリア、エクアドル、ヨルダン、アラブ首長国連邦、バーレーンに対して、代表処の名称にある「中華民国」を「台北」などへ変更するよう働きかけた。また、カンボジアやベトナムなど東南アジア諸国では、現地で逮捕された台湾籍の人々が中国へ移送される案件が相次いだ。さらに、カナダやスイスなどの先進諸国の行政機関に対して、台湾について扱う際に、「台湾—中国の一省」などと記載を追加するよう要求し、一部の機関はそれを受け入れた[3]。

 習近平政権は国際機関においても「一つの中国」原則を強化しようとした。2009年から2016年まで、中国は世界保健機構総会(WHA)に台湾が「中華台北(Chinese Taipei)」としてオブザーバー参加することを認め、2013年には国際民間航空機関(ICAO)の総会に議長のゲストとして参加することも認めた[4]。しかし、蔡英文が総統に就任する直前にWHAが開催された2016年、台湾への招請状は遅れ、そこには「国連総会第2758号決議(通称アルバニア決議)、WHA第25.1号決議およびそこに要求されている『一つの中国』原則に従って」台湾に参加を認める旨が記載されていた[5]。そして2017年以降、台湾はWHAに招請されなくなった。ICAO総会に関しても、台湾は2016年、2019年、2022年と参加を希望したが、招請されなかった。上記以外の国連関係機関や国際NGOなどにおいても、台湾からの会議参加者が妨害を受ける、台湾代表の扱いが格下げされるなどの事案が相次いだ[6]。

 2018年頃から、中国政府から民間企業に対する「一つの中国」原則への同意要求も活発化した。中国社会科学院が編集・出版する『中国インターネット法治発展報告』の2018年版には、多国籍企業の「一つの中国」原則の「遵守」状況に関する報告が掲載された[7]。それと前後して、企業が「一つの中国」原則への同意を明示したり、台湾に関する表記や扱いを変更したりすることを求められるようになった。例えば、中国・香港・台湾に展開するタピオカ・ミルクティー店は相次いで「中国は一つ」や「一国二制度支持」など、政治的態度の表明を迫られた[8]。また、2018年は各国の航空会社や旅行社、2019年はアパレル企業などより広範な多国籍企業が、台湾に関する表記を「中国台湾」や「中国台湾地区」へと改め、台湾を「国」と同列に扱わないよう迫られた[9]。

諸国の「一つの中国」政策形骸化

 2019年までは、国際社会において中国が「一つの中国」原則を推進しようとする攻勢が目立ったが、2020年の新型コロナウイルス流行はこうした潮流を大きく変えた。疫病の起源や対応方法をめぐり、米中競争は体制や価値をめぐる争いへと進展した。そのなかで、コロナへの初期対応を成功させた台湾の評価は、先進民主主義諸国を中心に高まった。その結果、関係諸国や国際機関に対して「一つの中国」原則を強制するような中国の外交行動に疑問を呈したり、批判したりする諸国が増えた。2020年5月と11月にオンライン開催されたWHAでは、米国の呼びかけに応じ、日本、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランドなど、例年より多くの先進民主主義諸国が、総会への台湾招請を要請した[10]。

 この頃、再選に向けた選挙を控えたトランプ(Donald Trump)米大統領は、アザー(Alex Azar)厚生長官ら現役高官を台湾へ派遣し、国連大使の派遣も計画した。また、ポンペオ(Michael R. Pompeo)国務長官が「台湾は中国の一部ではない」と発言するなど、「一つの中国」政策の否定だとも取れる言動を続けた[11] 。その後、2021年1月に発足したバイデン(Joseph Biden)政権は、「一つの中国」政策を否定しない姿勢を繰り返し示しつつ、台湾周辺における解放軍の活動に対する抑止行動、双方の実務機関を窓口とした関係強化、議会における台湾支援法案の制定など、トランプ政権期に加速した米台間の協力強化を継続している。これらに加え、バイデン政権は日本など同盟国や同志国と歩調を揃えて、中国による現状変更に対抗しようとしている[12]。

 新型コロナウイルス流行下において、米国以上に大きく変化したのが、欧州諸国の対中国・台湾政策である。習近平政権は「一帯一路」戦略を展開し、欧州諸国との関係を緊密化させていたが、中国の影響力拡大が警戒されはじめた時に新型コロナウイルスが流行し、欧州諸国の対中不信感は高まった。また、香港や新疆ウイグル自治区の人権問題をめぐっても、欧州諸国は中国に対する批判を強めた。これらに対して、新型コロナウイルスへの対応を通じて民主主義の成熟を世界に示し、半導体産業においても重要な地位を占める台湾の存在が注目され、コロナ禍のなかで欧州諸国の台湾に対する支援と接近が加速した。

 2020年夏以降、チェコ上院議長が率いる議員団(2020年8月)、欧州議会の代表団(2021年11月)、バルト三国議員団(2021年11月)、スウェーデン議会と欧州議会合同訪問団(2022年4月)、スロバキア国民議会副議長が率いる訪問団(2022年6月)、フランス上院議員団(2022年6月)、欧州議会副議長が率いる訪問団(2022年7月)など、欧州のハイレベルな議員訪問団が次々と訪台した[13]。また、これらの議会は、台湾のWHOなど国際機関への参加や、台湾との政治・経済協力に関する決議を可決したり、レポートを発表したりした[14]。こうした欧州諸国の動きは「一つの中国」政策に真っ向から挑戦するものではないので、中国は批判しにくい。それでも、「台湾」名義の代表処を設置するなど台湾と急接近したリトアニアに対して、中国は外交関係格下げや特定部門の取引停止などの制裁を行ったが、これはかえってEU諸国の反発を招いた[15]。

 2022年8月初旬、中国はペロシ米下院議長の台湾訪問に抗議し、台湾周辺での「特別軍事演習」を行った。人民解放軍東部戦区が公布した演習目的は、「米国の台湾問題における否定的な振る舞いが大きくレベルアップしたことに対する厳正な抑止と、『台湾独立』勢力が『独立』を企む行為に対する厳重な警告」であった。「米国の台湾問題における否定的な振る舞い」とは、「一つの中国」政策の形骸化に他ならない。習近平政権はペロシ訪台の機会を利用して、これまでの対米警告をエスカレートさせ、台湾との関係を強化する諸国にも警告を加えようとしたと考えられる。ところが、軍事演習を行っても、米国などによる「一つの中国」政策の形骸化に変化は見られなかった。むしろ、中国の軍事的な恫喝に屈さず、台湾を積極的に訪問すべきだという潮流さえ生まれ、米国、日本や欧州諸国からの要人訪台は途切れなく続いている[16]。

「一つの中国」原則強化の新戦略

 中国は今後、「一つの中国」政策の形骸化といかに戦うのか。習近平政権の今後の方針を占う手がかりは、軍事演習の終盤で中国政府が発表した対台湾政策に関する新たな白書『台湾問題と新時代の中国統一事業』のなかにある[17]。

 この白書は、現代の国際社会において「一つの中国」原則が幅広く受け入れられているという主張の根拠として、1971年の国連総会で採択された国連総会第2758号決議を挙げ、その説明に多くの紙幅を割いた。当時、同決議が採択されたことをもって、中華人民共和国は「中国の唯一の合法的な代表」として、安全保障理事国としての権利を回復した。また、同決議は「蔣介石の代表」を「追放」することも含み、これに抗議した中華民国政府代表は、議場から退出した。しかし、同決議のなかに、「一つの中国」原則の核心である「台湾は中華人民共和国の一部」という含意はない。

 それではなぜ、国連総会第2758号決議は「一つの中国」原則の論拠たりうるのか。この白書は、中国が国連において、同決議を根拠に、「台湾は中華人民共和国の一部」だという認識を広めるための活動を行った成果を強調する。例えとして引用されたのは、2010年に国連事務局が、「総会第2758号決議の採択以来、国連は『台湾』を独立した地位を持たない中国の一省とみなし、事務局はその責任を果たすためにこの決定を厳格に遵守している」という立場を示した覚書である[18]。これは、本来の決議の含意を超えた判断であるが、前述のように中国の国際的な影響力が高まるなか、近年の国連機関では、中国の主張を受け入れて、これに類似する判断や態度表明が複数回なされてきた。これに対し、例えば、2007年に潘基文(Ban Ki-moon)国連事務総長が「台湾」名義での国連加盟を退ける際に「国連総会第2758決議は台湾が中華人民共和国の一部であると主張している」ことを根拠とした時のように、欧米諸国や日本の国連代表部が抗議をした事例もある[19]。しかし、国連事務局や専門機関における個別の状況については把握しづらい状況が続く。

 中国がいま、国連総会第2758号決議とその後の国連での経緯を「一つの中国」原則の根拠として強調する理由は、大きく分けて2つあると考えられる。一つは、これまで「一つの中国」原則の主張を支えていた米国や日本など諸国との合意、つまりは諸国の「一つの中国」政策が形骸化していることへの危機感であろう。実際、新たな白書では、国連総会第2758号決議や国連諸機関における合意に関する叙述の増加と反比例するかたちで、米国や日本との「一つの中国」をめぐる合意に関する叙述は大幅に減少した。いま一つは、台湾のWHOへの参与の問題を契機に、バイデン政権が国際機関全般への台湾の参与を支持しはじめており、欧州諸国などでもこれに同調する動きがあることへの対抗であろう。

 このような状況下で中国外交がより力を入れるのは、先進民主主義諸国ではなく、アジア太平洋、中東、アフリカ、南米などの友好国との関係において「一つの中国」原則を強化することである。2022年8月に台湾海峡での特別軍事演習を行った際にも、中国外交部の報道官は、「国際社会の170あまりの諸国が中国の台湾問題における立場への支持を表明し、米国やそれを支持する少数の諸国と比べれば、圧倒的な優勢にある」と主張した[20]。また、習近平は9月に中央アジア諸国を歴訪し、カザフスタン、ウズベキスタン、ベラルーシなどとの共同声明において「一つの中国」原則や、それが国連総会第2758号決議の決定であることなどを謳った[21]。さらに、中国共産党第20回党大会後に習近平が行った東南アジア歴訪においても、先進民主主義諸国の首脳との会談記録には台湾問題に関する言及が僅かしかないのに対し、ブルネイ、フィリピン、タイ、インドネシアなどとの首脳会談では「一つの中国」政策の堅持を確認し、グテレス(Antonio Manuel Guterres)国連事務総⻑との会談では「一つの中国原則は触れてはならないレッドラインであるため必ず尊重されなければならない」と主張した[22]。こうした途上国や国際機関への働きかけは今後さらに強化され、これらの諸国が「一つの中国」原則に則った行動を求められることも増えることが予想される。

おわりに

 本稿が論じたように、中国が主張する「一つの中国」原則と、諸国の「一つの中国」政策の間では摩擦が強まっている。そのなかで争点化しつつあるのが、国連および関連諸機関における台湾の扱いである。中国は、1990年代から国連と関連諸機関において、台湾の参加のみならず、その呼称などについても、「一つの中国」原則の観点から監視と関与を続けてきた。その結果、台湾のWHA参加問題が如実に示すように、先進民主主義諸国が台湾の参加を求めても、現状は容易に変わらない。それにとどまらず、中国の新白書に見られるように、近年の中国は、こうした現状を国際社会全体における「一つの中国」原則の根拠として強調しつつある。加えて、中国は友好諸国との外交関係において「一つの中国」原則を確認し、強化する傾向を強めている。こうした中国の「一つの中国」原則強化は、台湾との「統一」の正統性を保持するにとどまらず、対台湾武力行使を正当化する意味合いも持ち得るため、その動向と戦略を注視していく必要があろう。

(本論考は、拙稿「『一つの中国』原則と諸国の『一つの中国』政策のせめぎ合い―歴史的背景と現状」『CISTECジャーナル』No.202(2022年11月)111-122頁の一部に加筆修正したものである。)

(2023/1/18)

脚注

  1. 1 「陸委会針対大陸與甘比亜復交乙事深感遺憾、並表達強烈不満(2016年3月17日)」行政院大陸委員会HP(すべて2022年12月11日確認)。
  2. 2 Jessica Drun and Bonnie Glaser, “The Distortion of UN Resolution 2758 to Limit Taiwan’s Access to the United Nations,” The German Marshall Fund of the United States, March, 2022, p.19.
  3. 3 「中国阻撓我国際空間事例」中華民国外交部HP。
  4. 4 山本彩佳「台湾の国連機関参加に向けた取り組み」『国立国会図書館 調査と情報』第1164号(2021年12月)7-8頁。
  5. 5 Jessica Drun and Bonnie Glaser, “The Distortion of UN Resolution 2758 to Limit Taiwan’s Access to the United Nations,” pp.19-20.本文書の原文(コピー画像)は「WHA連結一中」『自由時報(電子版)』2016年5月10日などに掲載された。
  6. 6 「中国阻撓我国際空間事例」前掲。
  7. 7 外企遵守「一個中国原則」状況観察課題組「跨国企業遵守『一個中国』原則状況観察(2018)」載李林ほか編『中国網路法治発展報告(2018)』(社会科学文献出版社、2018年)243-261頁。
  8. 8 「一国両制 茶飲業 陥両難 蔡呼陸收手」『聯合報』2019年8月11日。
  9. 9 中華民国外交部「中国阻撓我国際空間事例」。
  10. 10 「WHA復会国際挺台声量創高峰」台湾好新聞、2020年11月14日。
  11. 11 トランプ政権末期の米台関係については、佐橋亮「アメリカと中国(10)トランプ政権末期の中国政策を振り返る」東京財団政策研究所に詳しい。
  12. 12 福田円「バイデン政権の『一つの中国』政策と台湾海峡情勢」日本国際フォーラムコメンタリー、2021年8月20日。
  13. 13 「国会外交」立法院HP。
  14. 14 例えば、“EU-Taiwan political relations and cooperation,” European Parliament, Oct.21, 2021.
  15. 15 東野篤子「EU・中国・台湾関係の新展開(前編)」日本国際問題研究所研究レポート 2-3頁。
  16. 16 特別軍事演習を行った習近平政権の意図とその背景、軍事演習がもたらした結果などについては、福田円「迫る党大会、中国が抱える『三つの問題』」『Voice』2022年11月号、76-83頁にて詳述した。
  17. 17 「台湾問題与新時代中国統一事業」中華人民共和国中央人民政府HP。
  18. 18 “Interoffice memorandum to the Chief, Human Rights Council Branch, Office of the High Commissioner for Human Rights (OHCHR), concerning the publication of the national report of [State 1] with reference to “Republic of China (Taiwan)” in the report ,”United Nations, United Nations Juridical Yearbook 2010, (United Nations Publications, 2011) p.516.
  19. 19 J. Michael Cole, “UN told to drop ‘Taiwan is part of China’: cable,” Taipei Times, September 6, 2011.
  20. 20 「2022年8月8日外交部発言人汪文斌主持例行記者会」中華人民共和国外交部HP。
  21. 21 「中華人民共和国和烏兹別克斯坦共和国聯合声明」中華人民共和国外交部HP「中華人民共和国和哈薩克斯坦共和国建交30周年聯合声明」中華人民共和国外交部HP「中華人民共和国和白俄羅斯共和国関於建立全天候全面戦略夥伴関係的聯合声明」中華人民共和国外交部HP。
  22. 22 福田円「せめぎ合う中国と台湾・米国」『e-World Premium』Vol.107(2022/12)。

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