米国の大戦略の今後を考える

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~介入・関与主義から孤立主義までの振幅~


関根 大助,日本安全保障戦略研究所研究員

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はじめに

前ブッシュ政権から現オバマ政権になって、米国の大戦略(grand strategy)は徐々に方向性が変わり、結局まったく異なるものになった。前政権において米国は、その安全保障政策の姿勢について、「ぶっ放し好きの保安官」(trigger-happy sheriff)とまで揶揄されたが、現在のオバマ大統領は「米国はもはや世界の警察官ではない」と強調していることが好例である。2016年は米国では大統領選挙年であり、20171月には新政権が誕生する。現在、共和党の大統領候補指名が確実といわれているドナルド・トランプ(Donald Trump)の発言に関する最近の日本の報道に見られるように、現在米国国内においては、以前よりも同盟国に対してリスクとコストの負担を求める声が高まっている。新しい政権が発足した後、米大戦略がどのように変化し、米国の同盟国である日本はそれにどのように対応していくかが大きな課題である。このような時期に米国の大戦略について改めて考えることには意義があるだろう。

大まかにいえば、軍事戦略よりも上位に位置する大戦略は、国家が、その安全保障に関する政治的な目的を達成するために、軍事力だけでなく必要な国家資源を適切に用いる術と考えることができるだろう。一方で、海洋国家である米国の大戦略の場合は、政治・軍事においてどの程度海外に介入・関与するか、または距離をとるかに焦点を当てて議論されることが多い。そして、米国の大戦略に関して、その類型の数、名称、手段、方法、過去の事例の解釈といったものが、多くの場合、専門家ごとに異なることには気を付けなければならない。

米国はユーラシア大陸とは太平洋と大西洋の両洋を挟んで安全な地理・安全保障環境の影響にあり、従って、米国の大戦略の選択肢には孤立主義から介入主義まで大きな振幅がある。中国が行っている積極的な海洋進出に対してアジア・太平洋諸国が懸念を抱き、米国の国力のピークが過ぎたと一部では認識されている昨今、将来、米大戦略の「孤立主義」と「介入主義」という二面性のどちらが、どのように表に出るかは定かではない。このような状況下において、近年米大戦略の1つであるオフショア・バランシング(offshore balancing)の採用の是非が話題に上っている。この戦略には正にその二面性とそれによる方法の曖昧さが存在するため、理解しづらい面がある。現在の国際情勢における日本の立場として、米国の戦略に対応し戦略的柔軟性を確保するためには、そのような抽象的な議論を理解する必要がある。それと併せて、歴史における事象を参考にしながら、現在、そして不可知に変化する未来へと続いていく長期的な観点をもって状況に対応していくことが必要だろう。

本稿の主たる目的は、事象が不安定で不可知に推移するという特性をもつ戦略の領域である国家安全保障において、米大戦略の底流にある戦略思想を読み解き、米国が東アジアで実行する可能性がある大戦略を考察し、もって日本が状況に対応していくための識見を得ることにある。

本稿では、主に著名な米国のリアリストたちの見解を紹介することによって論を進めていく。最初に、米国の現在の大戦略の前提となる地域覇権と、地域覇権国に関係する「孤立」および「介入」について説明する(本稿ではその二面性の思想的な背景には基本的に踏み込まず、地理や勢力均衡を中心とした国益の面から考える)。次に、オフショア・バランシングについて、この戦略を支持する専門家の主張と現在のこの戦略に関する議論を紹介し、特に二面性を象徴するように大きな違いが見られる米国の国際政治学者であるジョン・ミアシャイマー(John Mearsheimer) とクリストファー・レイン(Christopher Layne)の2人の見解の比較を行う。その後、これらの議論が示唆するものとして、東アジアでの米国の戦略への日本による柔軟な対応の必要性、そして、日米の関係者が古典地政学と戦略文化による長期的な観点をもつことの重要性について論じる。

Ⅰ 地域覇権国の孤立と介入

1 地域覇権と孤立主義

(1)地域覇権の確立

地域覇権国であるという立場は、米大戦略についての議論の根幹といっても過言ではないだろう。一般的に覇権国とは、国力において圧倒的に優勢な国際政治に存在する唯一の大国といった意味をもつが、国際関係論におけるオフェンシブ・リアリズム(offensive realism)の代表的な提唱者であるミアシャイマーは、「覇権国と真正面から戦える軍事的手段を持つ国家は皆無」であり、覇権という概念は「全世界の支配を意味する『グローバル覇権国』(global hegemons)と、ある特定の地理的領域を支配する『地域覇権国』(regional hegemons)の二つに区別することができる」と述べている。

米国は19世紀を通じマニフェスト・デスティニー(Manifest Destiny)とモンロー・ドクトリン(Monroe Doctrine)にのっとって地域覇権の確立を狙った。米国の国際政治学者でネオリアリストであるスティーヴン・ウォルト(Stephen Walt)の解釈では、1775年から1900年の間に米国が行った大戦略は「地域覇権確立」(establishing regional hegemony)というものである。米国の米大陸における領土拡大は1840 年代後半の時点でほぼ完了し、それ以降は、安全保障上の理由からそれ以上の領土を必要としなくなり、手に入れた領土内に堅固な国内秩序を構築することに専念し始めた。米国と隣接するメキシコやカナダは米国のライバルになり得る国家ではなく、その国土の東西は広大な大西洋と太平洋に接していた。その国土面積は大陸規模を誇り、豊富な天然資源が存在した。米英戦争後の米国は、ヨーロッパの大国からの妨害をさほど受けずに国力を蓄え、ライバルとなる大国がいない西半球で地域覇権を確立した。 

ミアシャイマーの主張では、たとえば、歴史において、ナポレオン時代のフランス、皇帝時代のドイツ、ナチスドイツ、大日本帝国のすべてが地域覇権獲得に挑戦して失敗している。一方で、ローマ帝国、ムガール帝国、清国が成功しているという。彼によると、近現代史において米国は、自国の地域を征服しようとして成功した唯一の例である。米国はそれほどまでに国家として希少な立場にあるといえる。

(2)大戦略としての孤立主義

「孤立主義」という用語は思想的な面だけでなく米大戦略の名称としても使われる。孤立主義を理解することも米国の特異な地理・安全保障環境を考慮して米大戦略を議論するためには避けられない。米国の国際政治学者で、米大戦略に関する著名な本を書いたロバート・アート(Robert Art)は、1789年から1917年までが、米大戦略が孤立主義だった最初の期間だとしている。米国はこの時代に地域覇権を確立したが、戦略としての孤立主義の実行は地域覇権によってより確実になる。

アートは、孤立主義を、安全保障問題を「予防する」ための戦略というより、それから「距離を置く」ための戦略だと考えている。孤立主義において武力行使は、きわめて重要な国益を守るためだけに行われ、そのための国益の定義は非常に狭い。よって、純粋な孤立主義は、①軍事力を用いる持続的な政治的コミットメントは放棄する、②平時における軍事同盟は避ける、③すべての海外の基地は解体、④すべての部隊は本国に戻す、⑤米国が軍事力を使用する際の決定に関する完全な行動の自由を保持する、⑥平時の軍事力の使用によって大規模な国際環境を形成するというすべての野心的な試みを却下する、⑦単に国家と市民を攻撃から守るという、最も抵抗しがたい理由のためにのみ戦争を行う、と規定する戦略としている。

アートによると、孤立主義は、武力行使を完全には排除しない、海外の出来事に実際には無関心ではない、アウタルキーを追求しないという大戦略である。そして、持続的な海外への政治的関与、広範な他国との経済交流、そして、折に触れての多国間による武力行使ですらも可能であるとしている。

米国による孤立主義の実行は現代の人々にとって想像しにくいかもしれないが、この国の地理的安全保障環境がそれを実行可能な選択肢にしていることは事実である。

2 地域覇権国による他地域への介入

(1)介入の根拠

地域覇権を確立し、他国に無理に武力行使を行わずに孤立主義を実行することも可能な米国のような国家が、他地域に介入を行う背景はどこにあるのか。

ミアシャイマーが主張するオフェンシブ・リアリズムにおいては、国際システムの中で覇権国の立場になることが国家の究極の目標である。しかし実際は海洋の防壁としての機能、水の制止力(stopping power of water)が存在し、その海洋によって各大陸・各地域が隔てられている。したがって、国家による世界覇権の達成は不可能であり、自国が存在する地域を支配して自国のみが世界で唯一の地域覇権国になることこそ、理想的な状態である。そのため、地域覇権国となった国家は、他の大国が自分の地域以外で覇権国にならないように介入・維持することが、結果として究極的な目標になるとしている。他国が地域覇権国にならない限り、自国の地域に影響を及ぼすことは非常に困難なことだからだ。

また、米国の国際政治学者ニコラス・スパイクマン(Nicholas Spykman)の分析による古典地政学(classical geopolitics)[1]の重要な点は、ヨーロッパとアジアのリムランド(rimland、歴史上大陸国家と海洋国家が衝突し、大きな紛争が発生してきたユーラシア大陸の周縁部)のコントロールをめぐる争いである。この二つの地域を敵対勢力がコントロールするようになると、将来的に米国が包囲されるといった危機が訪れるとスパイクマンは考え、米国の孤立主義を否定し、他地域へ積極的に関与する必要性を主張した。スパイクマンと親交があり、ジョンズ・ホプキンス大学総長で米政府の外交政策アドバイザーとして長年活躍した地理学者のイザヤ・ボウマン(Isaiah Bowman)は、ヨーロッパとアジアへ介入する必要性を訴えるスパイクマンの考えに同調し、彼の著作を称賛していた。また、ジョージ・ケナン(George Kennan)が書いた「X論文」を根拠とした冷戦期の封じ込め(containment)は、スパイクマンの主張が基盤になっていると一般的に考えられている。そのことから、スパイクマンは専門家の間で"godfather of containment"と呼ばれており、彼の考えに基づいたリムランドに介入する必要性は、米国の大戦略に少なからず影響を与えたと考えられる。

(2)シーパワーを基盤とした大戦略

2つの大洋に面する長い海岸線をもつ米国は、シーパワーを最大限に生かせる環境にあるといえる。1880年代から米国はその海軍の近代化を進めていたが、米海軍大佐(後の退役少将)アルフレッド・セイヤー・マハン(Alfred Thayer Mahan)がシーパワーという概念をその著書『海上権力史論』で初めて提唱した1890年に、ベンジャミン・トレーシー(Benjamin Tracy)海軍長官の下で遠洋海軍の構築が行われるようになり、急速にその海軍力は伸長していった。1890年の時点で米海軍のトン数は世界6位だったが、1914年までに英国、ドイツについで3位となった。そして米国議会は、1916年、米国の歴史において最大の軍事予算法案を通過させ、世界最大の海軍力の構築を公約した。

米国は、地域覇権を確立しつつ国力を増強して世界最大の海軍を築き、高いレベルでのシー・コントロール(sea control)を行う能力を確保した。このことによって、他国による米国への侵攻は非常に難しいものとなった。海洋国家の防壁となる強大な海軍と海洋の価値は、ミサイル技術や航空技術が発達した現代においても計り知れないほど大きい。その一方で、海洋の特性である物資運搬能力と機動力により、米国のような強大な海洋国家はグローバルな戦力投射能力をもち、世界の隅々までその影響力を及ぼすことができる。地域覇権により戦力を自国地域内に多く割く必要のない米国は、世界中にそれを展開することも可能である。防衛・侵攻、そして外交で重要な役割を担う他国を圧倒するシーパワーを獲得した米国は、他地域から孤立することも他地域へ介入することも可能な選択肢の幅広い大戦略を実行できる基礎を築き上げたのである。

Ⅱ オフショア・バランシングの二面性

米大戦略に見られる孤立と介入を象徴するともいえるのが、オフショア・バランシングである。かつての英国や現在の米国のような、強大なシーパワーをもつ国家がオフショア・バランサー(offshore balancer)になることができる。ここではオフショア・バランシングの提唱者を紹介し、そして、その中でも代表的で詳細なオフショア・バランシング論を、異なる見地で主張している前述のミアシャイマーとクリストファー・レインのものを比較する。

1 現在のオフショア・バランシングをめぐる議論

一般的にオフショア・バランシングという大戦略を大まかにいえば、ユーラシア大陸から海を隔てて離れた島大国が、ユーラシア大陸の重要な地域でその望ましい勢力均衡を崩そうとする国家が登場した場合に、①自国のリスクとコストを抑えて周辺国を利用してそれを抑制する、②しかし状況によってはオフショア・バランサーである自国が直接事態に乗り出して抑制する、それによってその勢力均衡を維持するという二面性のある戦略ということになる。

(1)冷戦後の大戦略

長年のライバルであるソ連を崩壊させた勢いに乗り、冷戦後に米国が行った大戦略は、オフショア・バランシングとは異なる常に介入主義的で、勢力均衡を維持するよりもさらに貪欲に他地域のコントロールや支配を試みるものだった。それにより米国は他地域に頻繁に戦争や軍事介入を行った。それらの大戦略は、選択的関与(selective engagement[2]や、覇権的な大戦略(「覇権」や「優位」などと呼ばれる)[3]という類型で分類される(ただし、これらの戦略の内容の解釈、そして、冷戦後の各政権がどの時期にどの大戦略を実行していたかについては、専門家の見解は分かれることが多い)。

軍事力・経済力で相手を圧倒しているはずの超大国である米国が、軍事介入を行ったものの、対テロ戦や対反乱戦でもがき苦しみ続けていることがオフショア・バランシング論の呼び水となった。冷戦後の積極的な介入により、グローバルなテロや紛争に対応した結果、米国の国家財政が悪化し、そして、米国民の厭戦ムードも高まっていった。そして同時期に中国が勃興し、将来的にはそのパワーが米国の地位を脅かすとの予測まで散見されるようになった。そうした中で米国では、他地域への介入に比較的慎重なオフショア・バランシング的戦略の採用が議論されるようになった。冷戦での勝利により介入主義が勢いを増したが、冷戦後の安全保障問題で苦しんだ米国人の間では孤立主義の底流が表へ出るようになったのだろう。実際に、911同時多発テロ事件以降のブッシュ政権による過激な覇権的大戦略の後、オバマ政権はそれを徐々に後退させ、現在はオフショア・バランシング的な大戦略へ少しずつ移行しているように見える。現在の傾向が継続されれば、同盟国の安全保障問題に対処するための負担は、相対的に増えることになる。

(2)リアリストたちのオフショア・バランシング論

現在、米国がオフショア・バランシングを採用すべきである、と主張する国際関係論の専門家の多くはリアリストである。著名な論者として、たとえば、次の専門家たちが挙げられる。

前述のウォルトは、オフショア・バランシングについて、「この戦略でアメリカが自国のパワーを海外に展開するのは、国家の存続に関わる国益に直接的な脅威が迫った場合にのみ限定される」と述べている。この戦略が想定する重要な地域はヨーロッパ、アジアの工業国、ペルシャ湾岸地域としている。そして、この戦略ではライバルとなる大国に地域を渡さないようにするだけで十分であり、米国による地域の直接的なコントロールは不要としている。彼は、オフショア・バランサーは、主に当該地域の国々の勢力均衡に頼り、彼らだけでライバル大国に対処してもらうが、その国々が勢力均衡を支えきれなくなった場合にのみ米国が介入すると述べている。

シカゴ大学教授のロバート・ペイプ(Robert Pape)は、米国が苦しむイスラム過激派による自爆テロ攻撃を回避するために、海外の地上での米軍のプレゼンスを大幅に減らし、重要な地域では同盟国を頼るオフショア・バランシングの採用を10年以上前から主張している。ペイプは、この戦略は、1945年から1990年のペルシャ湾への米国のコミットメントと似ていると述べている。彼は、現在オバマ政権が中東でISISIslamic State in Iraq and Syria)に対抗するために、大規模な米軍を地上に展開せずに、エアパワーとシーパワーを「オーバー・ザ・ホライズン」(over the horizon、海岸線からの有視界外・レーダー射程外で開始する作戦構想)によって行使し、また、ISISと戦うローカル・グループに能力を与えることによってオフショア・バランシングを実行しているとしている。

マサチューセッツ工科大学教授のバリー・ポーゼン(Barry Posen)は、米国は「抑制戦略」(restraint)という戦略を採用すべきであると主張しているが、頻繁にオフショア・バランシング支持者として名前が挙げられる。彼の提唱する抑制戦略では、ユーラシア大陸の勢力均衡の維持、核拡散の管理および米国を標的にするテロリストの抑制を重要視する。そして、前方展開基地から多くの米軍を撤退させ、同盟国の自助を促すとポーゼンは述べている。彼は、米国は、海と自国の核兵器に守られており、ユーラシア大陸の国々は当該地域の地域覇権国の出現を阻止しようとするため、将来ユーラシア大陸から米国に挑戦する潜在覇権国が本当に出現するかどうか、また、どのようにそれを抑制するかを判断する余裕があると述べている。そして、大陸の均衡が維持できない場合は、米国は救いに向かう必要があるとしている。その例としてポーゼンは、二度の世界大戦におけるドイツ、また、冷戦におけるソ連に対する取り組みを挙げている。

リアリストによるオフショア・バランシング的な戦略をめぐる論争では、米軍の海外でのプレゼンスを大幅に縮小させるという主張が最大の焦点になる。これに対する反論としては、米国の対外関与が世界の安全保障や経済の安定に寄与し、それが結果として米国の利益につながるというものが一般的である。

(3)実行された時期の解釈

一部の専門家はオフショア・バランシングを「米国の伝統的な大戦略」と呼んでいる。それでは、実際に米国がこの戦略を行っていた時期はいつなのか。前述のアート(アートが採用すべきと主張している米大戦略は、前述の選択的関与である)は、米国は、孤立主義(1789年から1917年)、オフショア・バランシング(1917年から1921年)、孤立主義(1921年から1941年)、そして再びオフショア・バランシング(1941年から1945年)の順番で大戦略を行ったと述べている。1789年から1945年は、軍事同盟もユーラシア大陸への平時での軍隊の配備もなく、フリー・ハンド(free hand、自由に行動できる)のアプローチだったとしている。しかし、このような時期ごとの大戦略の解釈は専門家によって異なる。たとえば、ウォルトは、1900年から1945年の期間の米大戦略をオフショア・バランシングとしている。

冷戦期についてアートは、米国はオフショア・バランシングの中心的信条に従い、「ヨーロッパと東アジアでの十分な軍事プレゼンスによってソ連のユーラシア大陸の支配を防ぐために行動した」と述べている。しかし、この時期の米国のバランシング政策に関しては、「他国に対する広範に持続的な平時の軍事的コミットメントと高度に介入主義的なグローバルな軍事政策も採用していた」とし、「オフショア・バランシングはより大規模なグローバルな封じ込め戦略の一部だった」と述べている。他の例でいえば、ウォルトは、1945年から1991年までの米国の大戦略を「封じ込め(オンショア・バランシング)」(containment (onshore balancing))と呼び、その時期の中東・ペルシャ湾ではオフショア・バランシングだったとしている。

時期ごとに大戦略を分けても専門家によってその解釈が異なることが多く、グローバルな影響力をもつ米国の大戦略は、様々な地域や国家に対応するための多様な政策とそれらが合わさった複合性も特徴として挙げられるだろう。戦略を類型に大まかに分けて考えることも必要だが、そのイメージに単純に囚われることにも問題がある。

(4)現在のオフショア・バランシング的な戦略の特徴

現在行われている「オフショア・バランシング的」な大戦略に関する議論は、異なるオフショア・バランシング論の区別が明確ではない場合や、様々な論者の主張が組み合わさっている場合が少なくない。そのような議論の中でおおよそ共通している特徴は、①許容できる好ましい勢力均衡の維持に焦点を当てる、②脅威に対してはローカル・アクターに依存する、③恒久的なコミットメントや海外のプレゼンスを縮小する、④東アジアを重視する、⑤紛争にはできる限り海軍力と空軍力を利用し、大規模な陸軍を派遣することは極力避ける、⑥イデオロギーを他国に押し付けない、⑦中東ではイスラム過激派の反発を招かないようにする、といったことが挙げられる。

しかし、具体的な政策については識者の見解は一致していないことが多い。特に現在の中国に対するアプローチについて、次に説明するミアシャイマーとレインでは考えが大きく異なる。それは、オフショア・バランシングという戦略の二面性とそれに対する彼らの見解の違いによるものである。

2 ミアシャイマーとレインの比較

(1)ミアシャイマーのオフショア・バランシング論

オフショア・バランシング論で著名なミアシャイマーは、その代表的な著作である『大国政治の悲劇』で、米国はこの大戦略を採用すべきであると主張している。ミアシャイマーの主張では、冷戦が終了するまでの20世紀の大半において、米国はオフショア・バランサーだったとしている。

a. バランシングとバック・パッシング

ミアシャイマーは、オフショア・バランシングは「バランシング」(balancing)と「バック・パッシング」(buck-passing)を使い分ける大戦略として考えている。

ミアシャイマーはバランシングについて、「脅された側の国家がその敵国を抑止する重責を自ら背負ってコミットしていくこと」「自ら直接責任を持って、侵略的なライバルがバランス・オブ・パワーを覆そうとするのを防ぎに行く。大国の当初の目的は侵略者を抑止することだが、失敗した場合は戦争を行うはめになる」と述べている。歴史においては、ナポレオン時代のフランスに対してヨーロッパのライバル国が第六次まで対仏バランシング・コアリションを結成し 、また第一次世界大戦が起こるまでの25年間に、英国、フランスおよびロシアといった国々はドイツに対して度々バランシングを試みている。

一方、ミアシャイマーはバック・パッシングについて、「脅威を与えてくる相手に対して、ある国が他の国に抑止、もしくは打ち負かす仕事を代わりにやらせること」「バック・パッシングを『する側』、つまり『バック・パッサー』(責任転嫁する側の国:buck-passer)は、自国が脇で傍観している間に他国に侵略的な国家を抑止する重荷を背負わせ、時には他国と侵略者を直接対決させようと仕向ける」としている。これが一般的に、バランシングよりもコストとリスクを少なくできるために使われることが多いバック・パッシングであると彼は述べている。歴史においては、英国は大陸の強国に対抗するために頻繁にバック・パッサーになっている。また、ビスマルク時代のプロイセンは他国から脅威とみなされ、よくバック・パッシングによる抑止または打倒する標的にされていたが、その度にバック・キャッチャー(buck-catcher:責任転嫁をされる側の国)を撃破している。

米国のような地理的に安全な地域覇権国は、他地域の大国間のパワーが比較的均等に分布している場合は、その地域の争いに関わらずに傍観することができる。もし他地域に新しい覇権的な国が登場した場合、米国のようなその前から存在していた別地域の覇権国は、まず、新しく出現した覇権的な国の周囲の大国を使ってその脅威を抑えようと試みる。これが米国の立場で考えるバック・パッシングである。

b. 「潜在覇権国」とオンショアによる封じ込め

ミアシャイマーのオフショア・バランシング論を理解するにあたって重要なのは、「潜在覇権国」に対する認識である。ミアシャイマーは、潜在覇権国について、①潜在覇権国となるためには、当該地域で1国だけを相手にした場合に圧倒できるか、もしくは2国以上を相手に戦ってもなんとか勝利できるような実力をもっていなければならない、②鍵となるのが、潜在覇権国と地域の中で二番目に強力な国家との間のパワーの差であり、二つの国の国力の間には、明白な差がなければならないとしている。

ミアシャイマーは、多極システムにおいては、少なくとも1国はバック・キャッチャーになる大国が存在するため、バック・パッシングを行うことが常時可能であるとしている。このようなシステムにおいては、大国間のパワーが均等に分布されているため、侵略的な国家に対抗するためのバランシング・コアリションは結成されにくいとしている。しかし、潜在覇権国が支配する相対的なパワーが大きい「不安定な多極システム」の中では、脅威を感じた国々の間に、潜在覇権国の地域支配を協力して防ぐという意志が生まれるため、バック・パッシングが実行される回数が減り、バランシング・コアリション結成の傾向が強まる。そして、多極ではなく二極の状況になれば、バック・キャッチャーとなる第三の国が存在しないため、バック・パッシングではなく、脅威を感じた側の大国が自らバランシングを行わなければならないとしている。

こうした考えにより、ミアシャイマーは、周辺の大国が封じ込められない潜在覇権国が出現した場合には、オフショア・バランサーである米国は、大規模な米軍を海外に駐留させる実質的オンショアによるに封じ込めを行う必要に迫られるとしている。これは彼の考えるオフショア・バランシングの一環ということになる(わかりづらいが、ここでいうオフショア・バランサーの「オフショア」は大陸と海で隔てられた海洋国家のバランサーを意味し、オンショアの封じ込めの「オンショア」は軍事プレゼンスを意味すると考えるべきだろう)。そのような考えから、ミアシャイマーの解釈では、基本的に冷戦期に海外における大規模な軍事プレゼンスを維持した米国の大戦略は、オフショア・バランシングであるといえる。

(2)レインのオフショア・バランシング論

オフショア・バランシングの主張者として知名度の高いレインだが、その主張する内容はミアシャイマーのものとかなり異なっている。最初にオフショア・バランシングという用語を作り出したのが誰なのかについては明確ではないが、1990年代から現在に至るまでこの大戦略の採用を主張し続けているレインであると一部ではいわれている。レインが考えるオフショア・バランシングは、他国にバック・パッシングを仕掛けることによって反覇権的(counterhegemonic)なバランシングのリスクやコストを背負わせる。一方で、他地域のパワー・バランスが崩れて米国の安全保障の脅威となる場合、反覇権的に米国が軍事介入を行う必要も認識している戦略である。レインは、その著書である『幻想の平和』の中で、ミアシャイマーが述べたオフショア・バランシングとの考えの違いを強調した。

a. 覇権を目指す米国

レインは、ミアシャイマーと異なり、米国は地域覇権国だけでなく地域外覇権国でもあり、長きにわたり米国がグローバルな覇権を狙ってきたと考えている。レインによれば、1890年から第二次世界大戦までのカリブ海とラテンアメリカへの米国の門戸開放政策が、その大戦略のパターンを決めたということだ。

レインの主張では、1920年代と30年代は、米国が第二次世界大戦終了後に世界覇権を握るために準備を行っていた期間である。米国は第一次世界大戦後にヨーロッパ大陸における地域外覇権を追求していたわけではないが、その予兆は表れていたとしている。英国、フランス、ドイツ、日本が没落し、米国のパワーが増大して、第二次世界大戦中から一時期米国は世界覇権を獲得したが、戦後の世界覇権にとってソ連が唯一の邪魔になったというのが彼の見解である。しかし、米国は、経済的にも軍事的にもソ連よりも遥かに優位な状態であり、表向きは受動的な封じ込めを行っているが、実際は積極的にソ連の打倒を目指していたとしている。彼は、米政府は、西ヨーロッパ、ドイツおよび日本がソ連にバンドワゴンニング(勝ち馬に乗る)を実行することを恐れていたが、それより重要なのは、これらの潜在的なパワーを自国の影響下において米国の支配状態に挑戦することを防ぎ、自国の世界覇権を確保することにあったと述べている。レインは、冷戦後の米大戦略も覇権的なものと考えているため、彼の解釈では、米国は非常に長い期間にわたって積極的な対外関与を行ってきたことになる。

b. 孤立主義との類似性

レインのオフショア・バランシング論では、脅威と自国との明確な距離を常に保つように努める。彼にとってオフショア・バランシングは、「責任を分かち合う戦略」ではなく、あくまで「責任を転嫁する戦略」である。

レインは、「アメリカのオフショア・バランシングという大戦略は反覇権的なものであり、ユーラシア大陸に軍事的に介入するのはその地域のバランス・オブ・パワーによって潜在的な覇権国を封じ込めることができなくなった場合に限る」とする。しかし、彼の主張では、「孤立主義は、ユーラシア大陸のバランス・オブ・パワーは、アメリカの安全保障とは無関係であると想定する」が、孤立主義もオフショア・バランシングも「ユーラシアの大国間戦争は、そのほとんどの場合にアメリカの介入を必要とせずに、封じ込めたり閉じ込めておくことができる」と仮定する点では同じである。彼は、米国の重大な国益がからむためにユーラシア大陸に介入せざるを得ない状況が出てくることも認めているが、その際の議論は極めて慎重に行われるべきと強調している。レインは、ユーラシア大陸の覇権国が米本土を脅かすことの可能性は否定しないが、大抵の場合は脅かす状況にならないと考えており、米本土の安全に関して強い自信をもっている。彼にとって、ユーラシアの潜在覇権国による米国への脅威というのは誇張され過ぎているものである。

c. バック・パッシングと多極化

レインの主張するオフショア・バランシングで強調されるのは、「オフショア・バランシングというのは『バック・パッシング』を使う戦略であるために、多極的な国際システムの場合にのみ実行可能」であるという点だ。ミアシャイマーのオフショア・バランシング論では、バランシングとバック・パッシングを状況によって使い分けるが、レインの考えでは、オフショア・バランサーにとってバック・パッシングこそがほとんど唯一の方法であるように考えている。なぜなら前述のように、ユーラシア大陸に米国が直接的に介入する必要は非常に少ないと考えているからだ。

よって現在米国がオフショア・バランシングを実行する場合は、ヨーロッパ、日本、韓国の人々と慎重に相談を行いながら海外の米軍を段階と順序を踏まえて撤退させ、その一環として軍備売却や技術供給などを通じた彼らの軍事力獲得の支援を行う必要があるとレインは述べている。そして、たとえば、日本やドイツなどが核兵器を獲得することを容認し、支援を行うべきであると主張している。これがレインの考える多極化なのであり、この点を考慮すると、現状でいえばバック・パッシングは決して簡単な方法ではない。

一方で、米国は1945年以降、その経済に悪影響をもたらす危険がある多極的状態の競争による地域の不安定さを嫌がり、西ヨーロッパや東アジアに軍隊を駐留させたとレインは考えている。彼は、その行動はバランサーとしてではなく、覇権的な地域安定装置としてのものだとし、ミアシャイマーの主張とは異なり、あくまで冷戦期においても米国は域外の覇権を狙っていたとしている。

(3)中国に対する見解の違い

日米両国の安全保障上の主な懸念の1つは、中国の海洋進出であるが、ミアシャイマーとレインの見解の違いは中国に対するアプローチを考えた場合に如実に現れる。

ミアシャイマーは、以前から国力を増強させる中国を注視し、中国は平和的な台頭ができないと考えている。近年になって彼が提唱する中国に対する米国の戦略は、中国を抑え切るためには周辺国の国力が不足しているため、米国の主導により周辺国とのバランシング・コアリションを構築し、米国はオンショアによる封じ込めを行うというものである。

一方でレインは、中国の台頭と米国の衰退は不可避であり、中国がより積極的な役割を求めるのは自然なことだと考えている。そして、米中間の対立を起こさないように、中国を地域に適応させるために次のことを米国が行うべきとしている。①台湾への軍事協力や武器の売却を終わらせる、②尖閣諸島は日米同盟の対象から除外し、この島々をめぐる争いには介入しない、③北朝鮮に対する外交は中国と韓国に任せ、朝鮮半島が統一されたら米軍は撤退すると約束する、④AIIB(アジアインフラ投資銀行)を歓迎する、⑤中国を挑発するような航空機による偵察パトロールを止める、⑥商船の航行の自由が影響を受けないならば、中国と東南アジアの南シナ海での領有権問題では中立を保つ、⑦中国の国内事情に干渉しない、⑧中国との間で起こり得る紛争のためのエアシーバトルを放棄する。そしてレインは、同盟関係(特に日米同盟)によって米国が中国との争いに巻き込まれることを非常に警戒している。ミアシャイマーとは異なり、中国に対する封じ込めの役割を、あくまで中国の周辺国に移譲すべきというのが彼の姿勢である。

「オフショア・バランシング」を提唱するリアリストの専門家の間でもこのように中国に対する見解には大きな差異がある。下表は、ミアシャイマーとレインのオフショア・バランシング論を比較したものである。

ミアシャイマーとレインのオフショア・バランシング論の比較

ミアシャイマー

レイン

米国の過去の大戦略

冷戦終結までの20世紀の大半で米国はオフショア・バランサーだった。

米国は1920年代から世界覇権を獲得するための準備を行い、戦後以降一貫して地域外の覇権を追求する大戦略を行っている。

米国によるオフショア・バランシング戦略の実行

ユーラシア大陸で望ましい勢力均衡を崩そうとする国家に対しては多極システムによるバック・パッシングを行う。しかし、「潜在覇権国」が出現してそれを周辺国が抑えられない場合、米国は自らバランシングを行う必要がある。

ユーラシア大陸で望ましい勢力均衡を崩そうとする国家に対しては多極システムによるバック・パッシングを行う。そのために米国は当該地域の多極化を推進し、直接的な介入は極めて慎重に行う必要がある。(要すれば、米戦略の枠内で、日本やドイツなどの核兵器の取得も容認)

米国がとるべき中国に対するアプローチ

台頭する中国との対立は不可避。従って、米国主導で周辺国とのバランシング・コアリションを構築し、自らはオンショアによる封じ込めを行う。

中国の台頭を受け入れ、中国が地域に適応するように努めつつ、米国が地域の紛争に巻き込まれるような挑発的な行為は避ける。バラシングの役割は周辺の国々に移譲する。

Ⅲ 米国の大戦略が示唆するもの

1 柔軟な対応の必要性

オフショア・バランシングをめぐる議論は、専門家の間でも見解が分かれて曖昧な部分が多いため、正確な議論がしづらい面がある。そして、日本人にとって重要なのは、その曖昧さが米大戦略の選択肢の多さによってもたらされるという事実である。

よく議論されるオフショア・バランシングの特徴は、リスクとコストを軽減することである。それは、米国が国力のピークを過ぎたという認識からこの戦略が注目されているので自然なことなのだろう。その一方で、レインの主張を考えると、米国の負担を軽減するこの戦略は、多極システムにおけるバック・パッシングが前提である。よって、現在の情勢下では、時間をかけた米軍の段階的な撤退だけでなく、極となる国々への支援が必要になる。オフショア・バランシングの議論において、この点について言及されることが少ないことは、日本の立場からすると気がかりである。単に目先のリスクとコストを避けて他国に負担を求めるだけでは、オフショア・バランシングは成立しない。バランシングという言葉が何を意味するかを忘れるべきではない。

また、レインは、日本が地政学的な独立したアクターとして再登場するならば、日本の軍備増強は良いことだと述べている。しかしそれは、仮に日本が当事国となって中国との紛争が起きた場合に、米国がそれとは直接的に関与しないで済むよう、日米間の関係に一線を引いた場合である。たとえばレインは、日本が米イージス・システムに依存せず、米軍が中国封じ込めのために前線には残らないという状況を挙げている。それが彼にとっての米国が紛争に巻き込まれないための多極化によるバック・パッシングということになる。

またミアシャイマーのオフショア・バランシング論を考えた場合、重要なのは、どの程度のバランシングやバック・パッシングを仕掛ければ好ましい勢力均衡を維持できるかという見通しや判断である。仮に米国の潜在覇権国に対する認識が甘く、極になれない国に対してバック・パッシングを行ったり、適切なバランシングが行われなかったりすると、結果として勢力均衡は維持できなくなる。また、潜在覇権国に対峙するために大規模な米軍が同盟国に駐留し、軍事的なオンショアによる封じ込めを実行しているように見えても、紛争勃発の際に機動力のある米軍が激しい戦闘を巧みに回避し、逃げ場のない同盟国が大きな責任を背負う可能性もある。そのまま戦闘が終結し、結果として均衡が維持できなければ、それもミアシャイマー式のオフショア・バランシングとはいえない。

もし米国が、均衡を維持するためのコストとリスクに悲観的になれば、ミアシャイマー式のオフショア・バランシングよりもさらに脅威から遠ざかるための方針が採用され、現在の勢力均衡が過去のものとなる可能性も否定できない。東アジアにおいて、国力が衰退するにもかかわらず米国は前に出過ぎていると考えているレインの主張は、すでにこれに当てはまるのだろう。彼は、米国が東アジアの現状を維持できず、中国を地域の最も優勢な力(dominant force)として適応させるべきだとしている。

同盟国である日本にとっては、米国によるオフショア・バランシング的戦略は、ミアシャイマー式でもレイン式でも大きな危険が孕んでいる。日本が危険にさらされても、海に守られ強大な核抑止力をもつ米国は、実際にそれが実行できる立場にある。

現在日本は、方向性が比較的に明確であった冷戦期や冷戦直後よりも、多くの可能性が考えられる米国の大戦略に対応しなければならない。そして米国の大戦略は、はっきりとは分類できない複合的または曖昧な部分も多い。無数に存在する要因が将来の状況を激しく変化させるという特性をもつ戦略の領域においては、最悪の事態や思いがけない事態を考慮することが、戦略を策定する際の基本である。各戦略レベルにおいて戦略的柔軟性を確保するためにも、外交・安全保障に関する法的制約の問題や戦力資源の不足を解消することが日本にとって急務であろう。

2 長期的な観点の重要性

国家・共同体が、短期的な視点や浅薄な思い込みに基づいて安全保障問題に対応しようとしても、中長期的には不規則かつ不可知な事態に直面し、混乱させられる可能性が高い。そういったものがただでさえ選択肢の多い米国の政策・方向性を不安定にし、ひいてはその同盟国を翻弄する可能性がある。そのような状況を防ぎ、望ましい勢力均衡を維持しようとするならば、より慎重な長期的・本質的な観点が求められるだろう。それは、海洋国家の盟主として現在の中国と向き合う必要がある米国、そのような米中の影響を強く受ける立場にある日本にとって必要なことだろう。

(1) 古典地政学に対する感覚

a. 古典地政学の対立構図

今現在遠洋海軍の構築を目指しつつ海洋進出を強める中国だが、その長い歴史において水軍は主に河川での戦闘を担当しており、中華圏外の国家との海戦は少なく、歴代王朝の多くは内陸への関心が強かった。そのような中国は、基本的に伝統的な大陸国家に分類されるが、それと比較して日米は一般的に海洋国家として分類される。現在の国際情勢の構図は、自国領域の拡大に対する積極的な姿勢が特徴に挙げられる大陸国家の海洋進出に、海外市場と海運のコントロールに対する積極的な姿勢が特徴に挙げられる海洋国家が対峙する、古典地政学的な対立構図といえる。大陸国家と海洋国家では互いに圧力をかけづらいため、このライバル関係は容易に決着がつかない。

b. 現在の南シナ海と冷戦期

水陸両生国家を目指す中国は、現在南シナ海の支配を狙っている。水深がありチョークポイントであるこの海域を支配すれば、大陸国家にとって悲願となる海洋からの利便性のある戦力投射能力、そして世界経済への多大な影響力を手にすることができる。

東アジアや日本の安全保障の専門家である米国のマイケル・オースリン(Michael Auslin)は、20162月に所属するシンクタンクのサイトに寄稿した論説の中で、南シナ海での中国の積極的な振る舞いに対する米国の姿勢について論じている。その中で、現代地政学の祖といわれる英国の地理学者ハルフォード・マッキンダー(Halford Mackinder)や、前述のスパイクマンの主張に基づいた古典地政学的な、より広く長期的な観点をもつことの重要性について論じている。それは、彼らのアイデアである、大陸国家と海洋国家が衝突する陸と海の境目となる地域、つまりリムランドおよびその周りにある「外側の三日月地帯」(outer crescent)の重要性を指している。オースリンは、リムランドを制するものが支配者であり、そのためにはリムランドに接する縁海が重要であると指摘し、南シナ海での中国の問題に対するそのような広い地政学的視野での認識が、米国の関係者には足らないことを懸念している。それが原因で、米国は東アジア海洋圏を統合された戦略空間として捉えることができず、個別の事象が起こるたびに米国が振り回されていると彼は考えている。

米国にとってより明確なライバルがいた冷戦期ではどうだったのか。現代における数少ない古典地政学の専門家で、レーガン政権の軍備管理・軍縮に関する諮問委員会で委員を務めていた英国のコリン・グレイ(Colin Gray)は、冷戦期の米国によるソ連に対する封じ込めに見られた不安定要素について述べている。彼によると、当時米国の国防コミュニティは、多国間同盟構造の維持に取り組んでいたが、リムランド周辺の同盟国に対する政策は「無意識状態」(automatic pilot)で行われていたとしている。そしてグレイは、米国の政治的な指導者たちや国防コミュニティが、地政学的な分析に関して理解が足りなかったことを強調している。したがって、政治方針に揺らぎがあり、関係者にはコアリションによる安全保障政策に疑問を抱く人々と、聡明な議論を行うための適切な用意が整っておらず、ソ連のパワーを封じ込める政策路線は危険にさらされる可能性があったと述べている。

そして、こうした対ソ封じ込め政策に見る不安定要素の背景について、グレイがより重要視したのは、英国と比較した場合の米国の伝統の問題である。英国の外交政策には、400年の間、最も強力で攻撃的、そして支配的な大陸の強国と対峙するための無意識的な伝統がある。しかし、米国には英国のような経験に基づく伝統はなく、グレイによると、米国の無意識的伝統の1つとして挙げられるのは、「旧世界」(Old World)における道徳的意識とは関係のない争いから距離を置いてきたという遺産によって作り上げられてきた価値観である。そういった地理的な影響と独自の価値観による姿勢の違いから、米国には保守派と進歩派のそれぞれに孤立主義者と介入主義者がいるのである。しかし、その英国でさえもナチスドイツへの宥和政策の是非について議論があった。したがって、リムランド周辺地域のコントロールを失っても即座に致命的な安全保障上の問題にはならない「新世界」(New World)に位置する米国においては、様々な主義主張が錯綜することは想像に難くない。オフショア・バランサーとして、かつての英国と異なり、地域覇権を確立してユーラシア大陸から遠く離れている米国は、世界史上でも稀な立場にあり、それが彼らの特別な意識を生み出したといえるかもしれない。

そして、現在の米中関係はグローバルな規模で対立しているわけではなく、経済関係については非常に密接で人々の交流も活発である。そのような中国は、冷戦期のソ連と比較して、米国にとって戦略論議の対象として敵対国かどうかの見極めが難しい曖昧な存在である。そういった点が、オースリンのような保守派が指摘するように、米国人の古典地政学的な観点やリムランド周辺地域への注意感覚を鈍らせているという可能性はあるだろう。

c. 古典地政学の扱い

古典地政学に対しては、地理環境が国家の政策目標や戦略を決定するという誤ったイメージがあるが、前述のグレイは、地理環境はそれらを決定するものではなくチャンスを与えるものであるとし、それを生かすも殺すも政府や政策立案者の決断次第であることを述べている。古典地政学の基礎を築いたマハンやマッキンダーも、政治目標や実行される政策に対して、政府や国民、そしてそれらを形作る歴史と伝統が大きく作用することを強調している。

したがって、地理的・地政学的な考え方は、国際システムにおけるパワーの分布に加えて、関係諸国の国内に存在する「戦略文化」(strategic culture)のような要素を考慮するネオクラシカル・リアリズム(neoclassical realism)的な考え方を補完するものとして考えるのが良いだろう。

(2) 各国の戦略文化への理解

「戦略文化」は、核兵器の使用に関するソ連の戦略思考について説明することを試みた米国の国際政治学者であるジャック・スナイダー(Jack Snyder)が、1977年に初めて使用した用語である。中国の戦略文化はそのソ連と同じように、歴史経験の影響が強いといわれている。中国の戦略文化に関連する文献として、たとえば、米政府内で親中派の中国専門家だったマイケル・ピルズベリー(Michael Pillsbury)によって昨年出版された『China2049』が日本でも話題になった。この本の内容には、孫子の『兵法』や劉向が編集した『戦国策』といった古典に基づく、米国を追い抜くための長期的でしたたかな中国の戦略の意図とその戦略観を、著者が長年の間見抜けなかったことが書かれている。この本は、中国の戦略文化を認識していない関係者への警鐘として書かれたと考えることもできるだろう。

戦略研究(Strategic Studies)の世界的権威である米国のエドワード・ルトワック(Edward Luttwak)によって、中国の戦略文化が大きく扱われた書籍が近年日本でも出版されている(2013年の『自滅する中国』と今年の『中国4.0』)。しかし、「戦略」という言葉を安全保障分野において使用することが戦後長い期間にわたって躊躇われていた日本においては、戦略文化という概念に対して人々のなじみは薄いといえる。

また、本稿では文化的・思想的側面を扱わなかったが、日本人は、中国の戦略文化に加え、人工的な国家であり特殊な地理・安全保障環境から影響を受けている米国の戦略文化についてもよく理解する必要がある。米中をはじめとした関係各国の人間が思う「恐怖」「名誉」「利益」を理解し、その行動原理を探ることは、現在米国と中国が起こす波間で不安定に漂う日本が状況に対応していくためには不可欠であろう。

ただし、古典地政学と同じように強調しておく必要があるが、戦略文化は国家の行動を決定づけるものではなく、国益とパワーの分布を中心として説明する理論を補完する追加的説明手段、もしくはある程度の戦略的な行動様式を説明することができる概念的手掛かりとして考えるべきである。戦略文化による分析そのものが浅薄な思い込みにならないように、その扱いには慎重さが必要となる。

(3) 過去・現在・未来にわたる長期的な観点

先の大戦で拡張主義に利用されたという印象が強い古典地政学的(主に大陸系地政学が原因だが)な観点や文化的な違いを強調することを、嫌悪または軽視する人々はどの国でも少なからず存在するだろう。そして、地理も文化も複雑に絡み合う戦略の側面の1つであり、それのみで国家・共同体の行動のすべてが決まるわけではない。しかし、人は地理の影響からも文化の影響からも逃れることはできず、場合によってそれらは国家戦略に大きく作用する。日米の関係者は、今後このような観点をより注視するべきではないだろうか。

目先の事象にばかりに囚われていては、長期的には大きな過ちを犯す可能性があることを、オースリンの主張もピルズベリーの主張も示唆している。それを踏まえて、現在、そして未来の安全保障環境に対応するために、歴史を紐解いて関係する事例を精査し、短期的な視野が後の危険をもたらす可能性があることを理解する必要がある。ここでいう「長期的」とは、単に将来的に考えることではなく、過去・現在・未来にわたるものを指すことに注意したい。そして、ほとんど変化しないもの(地理そのもの、いくつかの伝統的な戦略文化による影響、人間の本質など)と変化する可能性があるもの(地理のもつ意味、現今の戦略文化、国内外の情勢など)を見極め配慮しつつ、新たな状況に適応するために、常に最適な戦略を追求して検討を重ねていくことが、戦略の策定・実行を担当する実務者には欠かせないだろう。

おわりに

米国の大戦略を考える上で基本となるのは、改めて繰り返すが、米国が地域覇権を確立している大洋に挟まれた安全な海洋国家であるという点である。米国の地域覇権と孤立主義により国力が蓄えられ、増強されて圧倒的となったシーパワーと戦力投射能力は、米国の大戦略に多くの選択肢を与える。そのような条件の下、米国は巨大な影響力を世界中に行き渡らせることが可能になると同時に、自国内に引きこもることも可能になった。よって米国の大戦略の類型には、純粋な孤立主義的なものから極端に介入主義的なものまで存在する。

冷戦後の米国の頻繁な海外への軍事介入は、その国家財政をひっ迫させたため、より抑制された大戦略であるオフショア・バランシングの採用について近年専門家の間で議論されるようになった。この戦略については、中国のような潜在覇権国に対して積極的なバランシングを行おうとするミアシャイマーと、あくまでバック・パッシングにこだわるレインの主張の違いに代表されるように、政策の幅が広い二面性のある戦略である。このような振幅の広い戦略を実行することが可能な超大国の行動によって、他国は翻弄されることを避けられない。しかし米国のリアリストたちは、この自国の立場を、自分たちで獲得した当然の権利だと考えるだろう。

冒頭に言及した共和党の大統領候補指名が確実なトランプの発言に見られるように、現在米国国内においては、以前にも増して同盟国に対してリスクとコストの負担を求める声が高まっている。事実として、その歴史において米国は、アートが述べているように、建国から第二次世界大戦終了までは、平時において他国に大規模な軍隊を駐留させず、その外交方針が他国によって縛られにくいフリー・ハンドの戦略を行っていた。他の世界(地域)から物理的にも精神的にも分離しているという米国人の意識は、彼らのアイデンティティの根幹を形成する要素の1つであることを、関係各国は考慮すべきであろう。

中国が軍事力を増強し海洋への進出を強める最中、日米同盟を堅持しつつ、地域覇権国でありオフショア・バランサーであるという稀有な立場によってもたらされる米大戦略の多様な選択肢に日本が適応していくためには、細心の注意を払わなくてはならない。このような振幅の幅が大きい不可知な状況に対応していくために、日本は、不測・最悪な事態をも想定していく必要がある。

日本は、戦後一貫して安全保障に関する能力を米国に大きく依存してきた。しかし、現在の情勢を考えると、そうした対米依存心を持ち続けることは大きな代償を払うことになりそうだ。既に述べたように、米国には保守派にも、そして進歩派にも、それぞれに孤立主義者と介入主義者がいるのである。米国の大戦略の底流にある、振幅の大きい揺れに振り回されないためにも、自分たちのことは自分たちで守るという覚悟と姿勢こそが安全保障の大前提であることを自覚するよう、日本人の心構えを改めていく必要がある。

(2016年5月30日記。なお、本稿で引用した参考文献の詳細は、紙幅の都合で割愛した。)


[1] 一般的に、古典地政学とは、ドイツのフリードリッヒ・ラッツェル(Friedrich Ratzel)、米国のアルフレッド・マハン、英国のハルフォード・マッキンダー、スウェーデンのルドルフ・チェーレン(Rudolf Kjellen)、ドイツのカール・ハウスホーファー(Karl Haushofer)、米国のイザヤ・ボウマン(Isaiah Bowman)、そして米国のニコラス・スパイクマンの主張によって築かれたものを指す。

[2] 比較的によく言及される選択的関与の特徴は、①ヨーロッパ、中東、アジアに大規模な米軍を駐留させる、②安全保障に関する国家間の競争の激化を防ぎ、平和を維持するために軍事介入を行う、③同盟国を重要視しその意見に耳を傾ける、④大量破壊兵器の拡散は厳重に管理する、といったものである。基本的にこれらは慎重に行われる。アートの考える選択的関与は、石油への安定したアクセスや自由な国際経済を守る、民主主義と法の支配を広める、人権を守る、内戦などによる大量殺戮を防ぐ、激しい気候変動を防ぐということが、重要な国益であるとしてその目標に含む。

[3] 比較的によく言及される覇権的な大戦略の特徴は、①米国と対等な大国や、敵対的地域大国の出現を自ら積極的に防ぐ、②地域のバランスを常に米国に有利な方へとコントロールするよう試みる、③大規模な軍隊をユーラシア大陸に駐留させる、④米国のイデオロギーや政治経済システムを積極的に他国に輸出し、そのためにはレジーム・チェンジも選択肢に含める、⑤大量破壊兵器の拡散は阻止しようとする、⑥予防戦争を選択肢に含むということである。