プーチンの歴史論文と対ウクライナ軍事侵攻①

笹川平和財団主任研究員 畔蒜泰助


2022年2月24日、ロシアはウクライナでのいわゆる「特別軍事作戦」の開始を宣言し、同国領土への全面的な軍事進攻を開始した。あれから2年が過ぎ、このロシア・ウクライナ戦争は3年目に突入しているが、依然として和平はおろか停戦の見通しさえ立っていない。
そんな中、笹川平和財団安全保障研究グループでは、ロシア関連情報専門サイト「ロシアと世界」(毎月一回更新)を立ち上げた。情報発信するに当たって2つの柱を立てた。一つは、公開情報をベースにロシアの国内情勢やロシアを取り巻く国際情勢に関する最新情勢を分析する。もう一つはプーチン政権下でこれまで発表されてきた公式文書など(プーチン大統領の演説や論文を含む)のうち「ロシアの論理」を理解する上で重要と考えるものを選んでその日本語版(仮訳)をアップし、それらの文書が発表された背景やその重要ポイントを手掛かりに、「ロシアの論理」を深掘りすることである。今回はプーチン大統領自身による以下の論文をアップした。


・2021年7月12日付け露大統領府ウェブサイト掲載「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」

本稿では、ロシアによる対ウクライナ軍事侵攻が開始される約5か月前に発表されたこの「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」と題したプーチン論文を読み解いていきたい。
なお、繰り返すが、これはあくまで「ロシアの論理」を理解するための営みであり、笹川平和財団安全保障研究グループ並びに筆者(畔蒜)個人がこれを無条件に共有している訳ではないことはあらかじめ付言しておく。

何故、ロシアは対ウクライナ軍事侵攻を行ったのか

2022年2月24日、ロシアはウクライナへの全面的な軍事侵攻を開始した。また、これに先立つ3日前の同年2月21日、ロシアはウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州の国家承認を宣言している。そして、この2月21日[1]と24日[2]の2度にわたって、プーチン大統領はロシア国民向けの演説を行っている。その中で、何故、これら一連の措置を取る必要があるのか、滔々と述べている。それは次のように要約できよう。

  • 歴史的にロシアとウクライナは一体不可分である。ウクライナ独立はロシア帝国以来の過去の全否定に繋がる。ウクライナはレーニンが作った人工国家であり、真の国家たり得たことは一度もない。
  • ウクライナで過激なナショナリズム・反ロシア主義・ネオナチ主義が高揚しており、2014年のウクライナでの政権交代はそんな過激なナショナリストとネオナチ主義者による違法な国家クーデターだった。NATOの主要国は自らの利害を達成するためにウクライナで過激なナショナリストとネオナチ主義者を支援している。
  • NATOの主要国はウクライナの軍事要塞化を進めている。将来的なウクライナのNATO加盟の可能性もあり、ロシアに本質的な脅威を与えている。
  • また、2014年にウクライナでの国家クーデターによって政権を握ったこれらの勢力は、(ドンバス地域を巡る内戦の停戦・和平に関する)ミンスク合意を履行する積りはない。むしろ、この国家クーデターに同意しない400万人の住民が大量虐殺(ジェノサイド)の対象となっている。
  • この「特別軍事作戦」の目的は、(2014年から)8年間、キエフ・レジームから大量虐殺(ジェノサイド)に遭ってきた人々の救済である。その為に、ウクライナの非武装化と非ナチ化を目指す。但し、ウクライナ領土の占領が目的ではない。

つまり、プーチンがウクライナでのいわゆる「特別軍事作戦」を開始した背景には大きく分けて次の3つの問題がある。
①    歴史的にロシアとウクライナは一体であるというロシアのアイデンティティに関わる問題
②    NATO東方拡大に象徴される冷戦終結後の欧州安全保障秩序に関わる問題
③    キエフ(キーウ)政権により大量虐殺(ジェノサイド)に遭っているウクライナ東部の人々の救済という人道に関わる問題
そして、「特別軍事作戦」の目的としてプーチンが直接的に言及しているのは③の問題だが、非ナチ化と非武装化に言及することで、①と②の問題も密接不可分な問題であることを示唆している。

「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」論文

さて、プーチンによる「ロシアとウクライナ人の歴史的一体性」論文は、この「特別軍事作戦」開始の約7か月前の2021年7月12日に露大統領府ウェブサイトに掲載されたものである。
その題名の通り、まず、ロシアが考える所のウクライナと密接不可分な自らのアイデンティティ問題をキエフ・ルーシの時代に遡って詳述している。それにもかかわらず、ソ連邦崩壊後、2004年末~2005年初頭のオレンジ革命、2014年のマイダン革命に象徴されるように、ウクライナがロシアとの一体性を否定し、ロシアから完全に独立した主権国家として生まれ変わろうとする背景には、ロシアを弱体化させる為にウクライナで「反ロシア」思想の拡散を仕掛ける西側勢力による陰謀が繰り返されている歴史がある。現在においても、ウクライナの過激なナショナリストとネオナチ主義者が西側勢力の代弁者として、ウクライナにNATOのインフラ配備を進めるなど、ウクライナを西側勢力の完全な影響下に置こうとしている。この事はロシアにとって大きな安全保障上の脅威となっている。更に、ウクライナ国内でこの「反ロシア」思想を拒否するクリミアやウクライナ南東部のロシア系住民に対する大量虐殺(ジェノサイド)が行われる可能性がある、と論じている。

ソ連が崩壊したとき、ロシアとウクライナの両国の多くの人々は、文化的、精神的、経済的な緊密な結びつきは確実に保たれ、核心において常に一体であると感じている人々の共通性も保たれるとまだ心から信じていた。しかし、最初はゆっくりと、そして次第に急速に異なる方向に事態は進展し始めた。(中略)
ウクライナは欧州とロシアの間の障壁となり、対ロシアの踏み台となることを狙った危険な地政学的ゲームに一歩一歩と引き込まれていった。必然的に、「ウクライナはロシアではない」という概念だけでは満足できなくなる時が来た。彼らは「反ロシア」を必要としたが、それは我々にとっては決して受け入れられるものではない。
このプロジェクトの顧客は、「反モスクワ・ルーシ」の創造というポーランドとオーストリアのイデオローグたちの古くからある思想をベースにしている。そして、これがウクライナの人々のために行われているなどという冗談はやめてほしい。ポーランド・リトアニア共和国はウクライナの文化を必要としなかったし、コサックの自治権など、なおさら必要なかった。オーストリア=ハンガリーでは、歴史的なロシアの土地は容赦なく搾取され、最も貧しい地域のままだった。ナチスはウクライナ民族主義組織(OUN)並びにウクライナ蜂起軍(UPA) の共謀者たちの支援を受けたが、彼らはウクライナなど必要とせず、単にアーリア人支配者たちのための生活圏と奴隷が欲しかっただけである。
2014年2月にも、ウクライナ国民の利益など考えられていなかった。深刻な社会経済問題、当時のウクライナ政府による過ちや、一貫性のない行動によって引き起こされた国民の正当な不満は、単に冷笑的に利用されただけだった。西側諸国はウクライナの内政に直接干渉し、クーデターを支援した。急進的な民族主義者グループは、その切り札として機能した。彼らのスローガン、イデオロギー、露骨な攻撃的ロシア恐怖症(ルソフォビア)は、多くの点でウクライナの国家政策を左右するようになった。
(中略)
「反ロシア」計画は、ウクライナの何百万人もの住民によって拒否されてきた。クリミアとセヴァストポリの人々は歴史的な選択(ロシアへの編入)をし、南東部の人々は平和的に自分たちの立場を守ろうとした。しかし、子どもたちを含む全員が分離主義者やテロリストのレッテルを貼られた。彼らは民族浄化と軍事力の行使を脅し始めた。そしてドネツクとルガンスクの住民は、自分たちの家、自分たちの言語、自分たちの生活を守るために武器を取った。2014年5月2日にオデッサでウクライナのネオナチが人々を生きたまま焼き殺し、新たなカティンの森事件を引き起こした後、彼らに何か他の選択肢が残されていたのだろうか?バンデラ派の信奉者たちは、クリミア、セヴァストポリ、ドネツク、ルガンスクで同じような大虐殺を実行する準備ができていた。彼らは今もその計画を諦めていない。彼らはその時を待っているのである。しかし、我々がいる限り、その時が来ることはないだろう。
(中略)
ウクライナは、社会に恐怖の雰囲気を作り出し、攻撃的なレトリックを用い、ネオナチを甘やかし、国を軍事化している。これに伴い、外国人アドバイザーによるウクライナ当局、特殊部隊、そして軍隊に対する監督、ウクライナ領土の軍事的な「開発」、NATOインフラの配備など、完全な依存というのみならず、直接的な外部統制が行われている。

このように、前述したプーチンによるウクライナでの「特別軍事作戦」開始の①~③の背景は、既に本論文の中から明確に読み取れる。また、「ロシアの弱体化を狙う西側勢力によるウクライナでの「反ロシア思想」の拡散」という論理を通じて、①のロシアのアイデンティティ問題と②の安全保障問題は繋がり、「特別軍事作戦」開始の目的としてウクライナ東部のロシア系住民の救済と共にウクライナの非ナチ化(=ロシアとウクライナの一体性の回復)と非武装化(=ウクライナのNATOからの中立化)が密接不可分なものとして浮かび上がってくる。
なお、本論文の中の「ウクライナの真の主権はロシアとの協力関係においてのみ実現可能」という一節には、プーチンが歴史の表舞台に登場するずっと前のソ連邦崩壊直前には既に示されていたウクライナとの関係に関する「ロシアの論理」が込められている。これについては、次回詳述する。(了)


  1. http://en.kremlin.ru/events/president/news/67828/
  2. http://en.kremlin.ru/events/president/news/67843

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