海洋情報旬報 2015年5月11日~20日

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5月11日「中国の軍事目的と能力―米海大、エリクソン論評」(The New York Times.com, May 11, 2015)

米国防省は5月8日、中国の軍事力の動向に関する年次報告書、Annual Report to Congress: Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2015を公表した。5月11日付の米紙、The New York Timesとのインタビューで、米海軍大学の中国専門家、Andrew S. Erickson准教授は、今年度の報告書について、要旨以下のように語った。

Q:報告書は、慎重でバランスがとれており、アラーミングなものではないように思われる。特にこれまでの報告書と比較して、何か特徴があるか。

A:全く同感である。報告書は、中国が言うところの「実事求是」を表している。毎年の恒例として、中国の報道官は報告書を非難するが、その細目について反論することは言うまでもなく、その内容について言及することもめったにない。特に目に付いたことは、国防省が人民解放軍の活動について、東アジアを越えて拡大し始めたと強調していることである。報告書は、中国が2013年から2014年にかけて、潜水艦を初めてインド洋に展開させたことを明らかにした。この展開は、表面上はアデン湾における海賊対処活動の支援とされているが、得難い運用経験を取得する上で有益である。報告書は、北京が今後10年以内に、補給、軽微な修理及び乗組員の休養を支援するために、インド洋沿岸域に「幾つかのアクセス拠点を確立する」と大胆に予測している。

Q:報告書は、少なからぬ紙数を南シナ海と東シナ海における中国の動向分析に割いている。この1年、中国は南シナ海におい埋め立て活動を強化してきた。中国の狙いは何か。埋め立て活動が当該地域における戦略的力学をどのように変えるか。

A:中国の外交部報道官は3月9日、南沙諸島における建設は「必要な軍事防衛所要を満たす」ための一環として進められていると語った。更に、外交部報道官は5月8日、「中国の建設活動の規模は大国としての責任と義務に見合ったものである」と述べた。北京は、埋め立て岩礁に駐留する要員のためのより良い居住施設、後方支援や準軍隊や海軍艦船のための港湾、民間機及び軍用機のための滑走路、そして南シナ海のほとんどを監視できるレーダー網を建設しているように思われる。近隣諸国全ての巡視船を合計したよりも多い隻数の海警局の巡視船と、世界で唯一の海上民兵の船舶とを保有していることと併せ、埋め立て活動によって、中国は急速に、軍事力のプレゼンスと能力の面で、南シナ海の近隣諸国とは全く異なった存在になりつつある。北京は、戦争を求めているわけではないが、近隣の小国に自国の条件で2国間紛争の解決を強要するために、圧倒的な力を活用することを望んでいる。より広い視点で見れば、東アジアにおける地域的な優越を再び回復することを夢見ているようである。中国の指導者は、明らかに国際的な規範は北京の「核心」利益に従属すべきであると信じている。

Q:米海軍艦艇は定常的に南シナ海を航行している。航行中に中国海軍から挑戦を受ける可能性があるか、その場合どのような展開が予想されるか。

A:北京は、国際海空域における中国海軍の行動はそのような脅威を及ぼすものでは全くないと主張している。しかし、その行動は、主張とは矛盾したもので、不確実性への懸念が高まっている。中国の意に反する行動に対抗する中国の措置は、多くの場合、中国が不明確な線引きでその大部分に対する管轄権を主張する南シナ海において、米国の公船や海軍艦艇、軍用機との間で何度も危険な遭遇を引き起こしてきた。中国は長年に亘って、自国のEEZと主張する海域において、「軍事的」と見なす、偵察、調査及びその他の活動を規制する権利を有する、と主張してきた。この中国の主張は、圧倒的多数の国が受け入れている国際法やその慣行に反するものである。中国は2013年11月、東シナ海に防空識別圏 (ADIZ) を設定した。外国航空機が命令に従わない場合、中国は、詳細不明な「防御的緊急措置」をとると脅しているが、ADIZは命令を発したり、その命令を執行したりする権限を与えるものではない。このことは、中国が12カイリの領空を超えて国際空域を管轄する「権利」を保持していると考えていることを示唆している。2014年8月に中国のJ-11戦闘機が国際空域を通常任務でゆっくりと飛行していた米海軍のP-8哨戒機に30フィート以内に接近し妨害した。もし中国が南沙諸島の滑走路を南シナ海のADIZを支援するために使用するようになれば、このような危険な遭遇の増加が懸念される。アメリカと他の多くの国は、国際システムが効果的に機能するためには、航海の自由の維持が死活的であると考えている。

Q:報告書は、中国の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦 (SSBN) の増大する能力と長距離の哨戒の開始に言及している。そのことはアメリカにとってどの程度問題なのか。

A:国防省はいずれ哨戒活動が開始されると予測していたが、最初の哨戒任務は間もなく開始されると思われる。しかし、SSBNの運用には極めて正確に機能する制度が必要で、中国は、原子力推進システムやSSBNの被探知を困難にする雑音低減技術を習得していないようである。これらの習得は長期間にわたるプロジェクトである。対照的に中国の地上配備の第2砲兵は、既にかなりの大陸間弾道ミサイル (ICBM) 戦力を配備しており、また世界に先駆けて準戦略弾道ミサイル部隊も配備している。第2砲兵の最新の核及び通常弾道ミサイルシステムは移動式であり、精緻な弾道ミサイル防衛システムにある程度対抗できる。加えて、中国は、多くの先進的な巡航ミサイルを地上基地や潜水艦、水上戦闘艦艇、航空機に搭載している。従って、中国は、遠隔の海域に隠密理に展開できるSSBNを保有する前から、大規模な核及び通常抑止戦力を動員することができる。

Q:戦力構成から見て、近代化された中国海軍は、太平洋において現在の米太平洋艦隊と比較してどのようなものか。能力的にどの程度のスピードで追い上げてきているのか。

A:これはリンゴとミカンを比べるようなものである。米海軍と中国海軍は、非常に異なった任務を遂行するよう構成されている。最も基本的なことは、米海軍は、核抑止力を提供し、グローバルコモンズの安全を保障し、そして沿岸域への戦力投射において他軍種を支援する任務を与えられている。一方、中国海軍は依然、「近海」(黄海、東シナ海、南シナ海)―北京にとって未解決の島嶼領有権や海洋管轄権を巡る係争海域―と、その直近の近接路における通常戦闘を重視している。この戦闘は、地上配備のミサイルと航空機によって支援されている。人民解放軍は依然、軍種間協同と戦力投射の面で大きな制約に悩まされている。しかしながら、この優先海域においては、動員可能な多くの能力を持っており、それを運用する多くの方法も持っている。確かに、中国は、インド洋やそれ以遠に海軍部隊を派遣しており、これらの海域において平時の作戦任務を遂行する能力を大きく強化している。しかしながら、この平時の能力を、他の主要な軍事力との戦闘遂行能力に変換していくには前途遼遠である。そのためには、海軍戦力の構成や機能がより一層、米海軍に近いものにならなければならない。例え部分的にでもそうした方向を目指すとすれば、中国は、相当の期間、膨大な資源と努力を傾注しなければならないであろう。

Q:報告書について、他に指摘すべき点があるか。

A:経済的、政治的な問題で苦境に陥っている欧州統合と、強固な財政基盤を欠くロシアの国防計画から見て、中国軍は、全体として米軍に次ぐ世界第2位に地位に移行しつつある。今後何年かの内に、北京は、真に大国の軍隊と言える、益々高価になりつつある質と量を兼ね備えた軍隊という面で、アメリカと肩を並べるほとんど唯一の存在になろう。中国は、アジアにおいて最も多くの海軍戦闘艦艇と外洋型の海警局巡視船を保有し、またアジアで最大の、そして世界では第3位の空軍を保有している。中国空軍は、先進的な長射程地対空ミサイルを装備した世界最大の空軍の1つである。北京は2030年までに、世界で第2位の空母保有国になるかもしれない。これまでは量が質を補ってきたが、今や北京は、質の改善にも力を入れている。報告書は、「中国は全ての国防産業分野で目覚ましい進展を遂げており、一部の分野ではロシアやEUなどの主要な兵器メーカーに比肩できる」と指摘している。無人機のような十分に確立されていないシステムについても、中国は、極めて急速にトップレベルに近づきつつある。例えば、報告書は、「中国は2014年から2023年の間、約100億5,000万ドルの費用で4万1,800以上の地上配備と海上配備の無人システムを製造することを計画しているとする、推測が一部にある」と述べている。しかし、中国は、アメリカとの全体的な軍事力のギャップを完全には埋め切れないと見られる。グローバルな軍事的影響力という面では、その格差は依然、大きいままであろう。国内の安定が中国共産党にとって依然、主要な関心事であり、従って共産党は、国内の治安部隊に膨大な資源を投入している。近海において「核心」利益は依然、北京が満足する形での解決に至っておらず、近海では近隣諸国が益々中国の圧力に対抗するようになってきている。一方で、30年に亘って軍事力近代化への資金投入を可能にしてきた中国経済も、緩やかな成長ペースに減速してきている。こうしたことは全て、中国が米軍のようなグローバルな戦力態勢を目指しているとする議論に、水を差す現象である。

記事参照:
Q. and A.: Andrew S. Erickson on China’s Military Goals and Capabilities

5月12日「比パラワン島の基地建設、資金難で難航」(Philstar.com, Reuters, AFP, May 13, 2015)

南沙諸島でフィリピンが占拠するPag-Asa島を訪問したフィリピン軍のGregorio Pio Catapang Jr参謀総長は5月12日、南沙諸島まで約180キロの距離にあるパラワン島における海軍基地建設はフィリピン軍の最優先課題だが、資金面で難航している、と同行記者団に語った。同参謀総長によれば、パラワン島中部の南シナ海に面した、Oyster Bayに海軍基地を建設する計画で、現在、アクセス道路を建設中で、また給水施設や燃料補給施設の改修が行われているが、基地施設は資金難のため建設開始に至ってない。海軍施設の当初建設費用は8億ペソを要し、最終的には更に50億ペソを要すると見込まれ、資金の目途が付き次第、本格的に建設に着手するという。フィリピン軍は、基地が完成すれば、アメリカから購入した、2隻の旧米沿岸警備隊巡視船を配備する計画である。また、同参謀総長は、基地が出来れば、アメリカ、日本そしてベトナムの海軍艦艇の寄港が認められる、と語った。

記事参照:
Phlippinesto build naval base near Spratlys

5月12日「中国の日米同盟に対する見方と地域安全保障に対する中国の狙い―米専門家論説」(The National Interest, Blog, May 12, 2015)

米シンクタンク、戦略国際問題研究所 (CSIS) のシニア・アドバイザー、Bonnie S. Glaserは、CSISのインターンであるBrittney Farrarと共に 5月12日付の米誌、The National Interest(電子版)のブログに、“Through Beijing’s Eyes: How China Sees the U.S.-Japan Alliance”と題する長文の論説を寄稿し、日米同盟に対する中国内の様々な見方と地域安全保障に対する中国の狙いについて、要旨以下のように論じている。

(1) 日米安保条約締結から55年となる2015年4月28日、日米両国は、平和維持活動から情報収集活動にまで及ぶ、より統合された軍事行動と共同作戦を可能にするための「日米防衛協力のための指針」の改訂に合意した。中国の観点からすれば、ガイドラインの改訂は、「過去の日本による海外侵略に直接的な影響を受けた全ての国にとって懸念」である。かつては、中国にとって、日米同盟は日本の地域覇権に向けた野望を抑制する機能としての価値があったが、現在では脅威と見なされている。日米同盟は、その耐久性と戦略的目的を巡って、中国国内で長い間活発な議論の対象となってきた。この議論は、日米同盟に対する2つの異なる見方、即ち、① 日本は秘めた動機の隠れ蓑として日米同盟を利用している、② アメリカは中国を封じ込める障壁として日米同盟として利用している、との見方に類別される。双方の議論において、中国の分析者は、日米同盟内において何が日米両国の行動の動機となっているかについては意見が異なっているが、「日米同盟は常に持ちつ持たれつの関係であった」とする点では一致している。

(2) 日米同盟に対する中国人専門家の見解は、幾つかのグループに分けることができる。

a.第1のグループは、日本自身が自らの防衛政策のドライバーであると強調するが、一方で、日本の防衛政策の見直しの背後にある動機となる要因に関しては意見が分かれている。最も一般的な説明は、東京は恐怖心によって動機づけられているというものである。中国社会科学院日本研究所の高洪所長は、日本が「中国の台頭を受け入れることと、歴史を正視することができなかった故に引き起こされた真の不安感に苛まされている」と説明する。解放軍報に掲載された中国軍事科学院の袁楊の説明によれば、日本では日本を防衛する日米同盟への信頼感が低下しており、そのため日本は「自主防衛にあこがれている」という。国際問題専門家の思楚は、「中国脅威論」は日本がアメリカから離れて自主防衛能力を強化するための、軍事力増強の言い訳に使われていると主張している。中国の専門家の間では、日本のイデオロギー的、文化的な基盤が日本固有の軍国主義を生むのかどうかについては、見解が分かれている。Global Timesの記事で中央社会主義学院のWang Zhanyang教授は、「かつての軍国主義を支配的イデオロギーとした社会的基盤はなくなった」と見、日本には平和主義が深く根付いてきたと述べている。しかしながら、他の専門家は、軍国主義を指向する日本の性向は日本民族固有ものと見なす。こうした専門家は、日本が安倍政権下で右傾化し、過去の侵略行為を否定し、地域の安定にとって脅威になりつつあり、従って「全ての東アジア諸国は警戒すべきである」と警告する。

b.第2のグループは、日本が軍事的に「普通の国」になろうとしていることに対して、アメリカが傍観者か、あるいはその支持者となるどうかを、注視している。これらの専門家のほとんどは、アメリカはアジアに対する再均衡化戦略―彼らのほとんどは中国封じ込めを偽装するものと見なしている―の一環として、日本に対して、中国に対抗する攻撃的な軍事力と政策をとるよう慫慂する、と見ている。中国現代国際関係研究院の任卫东副研究員は、「アメリカのアジアに対する再均衡化戦略の過程で、日米関係の新たな動向に見られる危険性は、中国封じ込めという目標を達成するために、アメリカが日本の右傾化傾向を黙認していることである」と述べている。こうした見方をする専門家は、集団的自衛権行使の容認や、ガイドラインの改訂などを通じて、アメリカは、中国と対抗させるために日本の束縛を「解き放った」と主張する。

c.少数意見として、アメリカは日本の再軍備を危惧しており、中国だけでなく日本自体も封じ込めようとしている、という見方もある。前出のWang Zhangyangは、「アメリカは、自国領土を攻撃した唯一の国(日本)に対する警戒を決して怠ることはない」と述べている。彼や他の同調者たちは、アメリカは同盟を口実に日本を中国と対抗するよう促すことで、実際には日中双方が相互に牽制し合うように仕向ける、両睨みの封じ込め戦略を遂行している、と考えている。彼らは、日米同盟における軋轢の証拠として、日本の兵器級プルトニウムの貯蔵に対するアメリカの調査をしばしば取り上げている。

(3) 習近平政権下では、北京の日米同盟に対する反対姿勢は、声高で明確なものである。習近平主席は2014年5月、アジア信頼醸成措置会議 (CICA) における基調演説で、中国が主導するこの地域の安全保障アーキテクチャにアメリカの同盟関係は必要がないとした上で、「第三国を対象とした軍事同盟は、この地域のコモンセキュリティには役に立たない」と述べた。更に彼は、「アジアの安全保障問題は、アジア諸国自身によって解決されるべきだ」とし、アメリカの同盟は不適切であるし、アメリカ自身もアジア地域の安全保障問題に首を突っ込むべきではない、と主張した。これまでのところ、ガイドラインの改訂に対する中国当局の反応は穏やかなものである。中国外交部報道官は4月30日、「日米同盟は冷戦時代に形成された2国間同盟である。アメリカと日本は、第三国の国益と、アジア太平洋地域の平和と安定が日米同盟によって損なわれないようにする責任を負っている」と述べた。

(4) 安倍首相の訪米を経て、中国は、少なくとも安倍政権が続く間は、日米同盟を強固で中国の圧力に屈しないものと見なすであろう。しかしながら、こうした評価にもかかわらず、中国は依然として、この地域のアメリカの同盟網を廃棄させようとする努力を恐らく諦めることはないであろう。当面、中国は、中国の影響力を受け入れやすいと見なす、アジア地域におけるアメリカの影響力を削ぐことに注力するであろう。この試みは既に、韓国への「終末段階高々度地域防衛 (THAAD) システム」の配備に対する中国からの圧力に窺われる。また、北京は、ワシントンとキャンベラとの友好関係を弱めるため、オーストラリアに対して経済的インセンティブを利用することを模索している。一方で、中国人は現実的で、また辛抱強い。彼らは、中国が自らに有利な新たな安全保障アーキテクチャを以て、アメリカの同盟関係に取って代わることはできないことも理解している。しかしながら、中国は簡単には諦めないであろう。習近平主席は、自分の任期中にこの最終目標に向かって可能な限り前進していくことを望んでいよう。

記事参照:
Through Beijing’s Eyes: How China Sees the U.S.-Japan Alliance
抄訳者注:本稿の原典には、本稿で紹介した中国専門家の論考について、注としてURLが示されている(ほとんどが中国語)。関心のある向きは参照されたし。

5月12日「南シナ海における中国の暴走―フィリピン人専門家論評」(The National Interest, May 12, 2015)

フィリピンのDe La Salle University のRichard Javad Heydarian准教授は、米誌、The National Interest(電子版)の5月12日付のブログに、“China’s Mad Dash for the South China Sea”と題する長文の論説を寄稿し、中国の最近の南シナ海における行動に対して、フィリピン人の視点から興味深い論旨を展開している。

(1) 中国が、数十年に及ぶ鄧小平の韜光養晦政策を捨て、もはやその爪牙を隠すことも、時期を待つこともなく、新しい高圧的な行動の時代に入ったことは疑いない。中国は、南シナ海全域の支配を目指す方向に、ゆっくりとだが、着実に移行しつつある。当然の成り行きとして、フィリピンなどの近隣諸国はパニックに襲われ、巨大な隣国との厳しく、見込みのない海洋紛争に巻き込まれることになった。

(2) 中国外交部は、中国の国家機構の中で「穏健な声」を代表していると見られていたが、自国に隣接する海域における中国の高圧的な行動を正当化するに当たって、益々率直かつ明快に発言するようになった。外交部報道官は、これまで何カ月も否定してきた南シナ海の防空識別圏 (ADIZ) について、「中国は、隣接した海域にADIZを設定する権利がある。この件に関する決定は、航空の安全が脅かされているか、またそれがどの程度かによって、判断される」と宣言した。皮肉にもこの発言によって中国が南シナ海でADIZを設定するという予測を広まり、その後、外交部報道官は、「個々の国々(例えば、フィリピン)は、中国のADIZについて大げさに騒いでいる。中国は、可能ならば南シナ海にADIZの設定を望んでいるのであり、騒いでいるのは明らかに下心があるからだろう」と非難するに至った。要するに、中国は、「固有で議論の余地のない主権」を行使する地域においてADIZを設定する権利があり、従って近隣諸国はそれについて沈黙を守るべきだということになる。南シナ海での中国の大規模な埋め立て活動について、以前にASEANに対して発言を慎むよう要請した時も、中国外交部は同じように高圧的で独善的な姿勢を示した。民主主義社会では、一般的に透明性は良いことと見なされる。しかし、南シナ海紛争に関する限り、中国の益々強まる率直な物言いぶりは、必ずしも良い事とは見なされない。とはいえ、中国の戦略的な傲慢さは、近隣諸国をして「海洋有志連合 (a “maritime coalition of the willing”)」の形成に走らせていることも事実である。東南アジア諸国は、中国との経済関係を全面的に受け入れる一方で、この地域における地政学的な平衡を維持するアンカーとしてのアメリカに熱い視線を向けるという、これまで以上に両睨みの姿勢をとりつつある。

(4) 驚くべきことに、中国は、埋め立て活動について、「我々(中国人)自身の島、そして我々自身の海」で行われており、「正当な行為」と説明し、従ってこの論理の行き着くところは、中国は完全に「合法的で、正当と認められる」方法で埋め立て活動を実施しており、「関係当事国が中国の活動について平静を保つよう望む」という論法になる。この論法は、2015年初めの中国外交部報道官の好戦的な発言、即ち、「我々は単に我々自身の敷地内に施設を建設しているのであり、他からの非難を受け入れるつもりはない」、何故なら、北京は「中国の『9段線』の内側では、あらゆる合法的で正当な活動を実施する権利を保有しているからである」との発言にも窺われる。興味深いことに、だが近隣諸国にとって驚愕すべきことに、中国は、この埋め立て活動に伴う、「国際的な責任と義務」にも言及した。中国は、この埋め立て活動について、「海洋における捜索救難、自然災害対処、海洋科学調査、気象観察、環境保護、航行の安全、漁業支援、及び他の分野」に資する、国際公共財を提供するため、と主張しているのである。要するに、中国は、緊張高まる係争海域全体に触手を伸ばすような軍民複合施設を建設することで、国際社会に貢献をしているというのである。中国は、「条件が整えば」、捜索救難や気象観測のために、係争海域におけるこれら施設の利用をアメリカに申し出たと伝えられる。中国海軍の呉勝利司令員は、これらの施設が航行の自由を妨げるどころか、逆に「気象観測や海洋捜索救難などの南シナ海における公共任務遂能力を改善し、以て公海における海洋の安全維持のための国際的な義務を果たすことになる」と主張した。中国は、その活動を正当化するために西側の目を意識した宣伝戦を展開するとともに、他の領有権主張国による当該各国の占拠島嶼に対する補給や補強能力を徐々に制約することで、近隣諸国が係争海域における施設建設を事実上黙認せざるを得ないように仕向けているのである。

(5) 中国は、未だ南シナ海にADIZを設定していないが、最終的にはADIZ設定を正式に宣言するには至らないかもしれない。中国は、かつてない規模の南シナ海全域における軍と準軍隊による哨戒活動に支えられた、係争岩礁や環礁における滑走路と駐留部隊のネットワークを形成しつつあることから、既にADIZの骨格を構築しているといえる。また、中国が南沙諸島全域に及ぶ排他的領域を確立しつつある徴候もある。中国は、少なくとも6回、この海域でのフィリピン空軍機と海軍機による哨戒活動の中止を強要した。また2013年以降、中国海警局の巡視船は、Second Thomas Shoal(仁愛礁)に駐留する小規模のフィリピン軍分遣隊に対する補給ラインを遮断しようとしてきた。南沙諸島において、ベトナムはおよそ21の島嶼・岩礁・環礁を占拠し、次いでフィリピンが8カ所を占拠している。フィリピンは、南沙諸島で2番目に大きい自然に形成された島嶼、Thitu Island (Pagasa Island) を何十年も亘って占有してきた(注:最大の島嶼は台湾占拠の太平島)。この島嶼には、小さなフィリピン人コミュニティと滑走路がある。マニラは2014年に、中国が多分南海艦隊を使ってこの島の強奪することを計画していたという報道に驚かされた。現在、もし中国が南沙諸島における排他的領域を拡大し、より厳格に管制することを決心すれば、その時には、フィリピンは、長期に亘って、Thitu Islandの住民に補給したり、施設の改修をしたりすることができるかどうか懸念される。オバマ政権は、南シナ海における衝突でフィリピン救援に赴くかどうかについて言葉を濁しているが、フィリピンの艦船と軍人が直接攻撃されれば、米比相互防衛条約 (MDT) は発動される可能性がある。しかしながら、中国は、MDTの発動を避けるために、如何なる事態の拡大もグレーゾーンに留めることに最善を尽くすと見られることから、直接的な武力衝突を誘発することなくフィリピンの補給ラインを遮断しようとする中国の試みに対して、ワシントンがどのような対応にでるかは明らかでない。もちろん、中国の計算されたエスカレーションが制御不能にまで拡大する可能性は除外できない。軍隊としての専門知識を備えていない漁民の海上民兵に頼ることによって、中国の海洋戦略は、誤った方向に進む可能性がある。南シナ海における中国の建設活動、哨戒活動そして軍の行動はそれぞれに弾みがついた状況にあり、これらを減速させるか、あるいは別の方向に向かわせるには、習近平政権による強力な政治力が要求されよう。もし傲慢な部下が彼ら自身の個人的及び組織的な利益のために、より危険な考えを押し進めようとすれば、中国は、指導者の意向に反して部下が自己の利益を優先するという、古典的な「プリンシパル・エージェント問題 (“principal-agent problem”)」に直面することになろう。

(6) 一方、ワシントンは、自らの同盟国がアメリカの条約上のコミットメントの信憑性を試すために、中国の好戦的態度を抑制するに当たってわずかにより冒険的な行動にでるかもしれないことから、既存の大国と台頭する大国との不可避的な戦争(この場合、米中戦争)、いわゆる「トゥキディデスの罠 (“Thucydides trap”)」の可能性を懸念している。しかしながら、アジアにおけるアメリカの戦略的な首座(の地位)が危機に瀕しているのであり、南シナ海における(軍事的な)航行の自由は、中国がこの海域を完全に支配すれば、あるいはこの地域で武力衝突が生起すれば、大幅に阻害されることになろう。それでも、中国の近隣諸国は、自衛能力を強化する努力を強めている。ワシントンと東京は、防衛協力のガイドラインを改定することで、東シナ海で中国を牽制するとともに、特に日本が合同の空中哨戒活動を検討しているように、南シナ海での中国の挑発的行動に対抗する努力を支援している。フィリピンやベトナムにとって、日本は、特に重要な戦略的パートナーとなってきており、日本との関係は、この地域に対するアメリカのコミットメントに欠けていると見られるものを補完することができるであろう。日本は今や、「普通の国」になりつつあり、そしてこの地域の公共財と安全に対する重要な貢献者ともなりつつある。日本は最近、フィリピンとの合同沿岸警備隊演習を実施しており、またフィリピンとベトナムの沿岸国2カ国は、南シナ海で初めての合同海軍演習を実施することになっている。全体として、南シナ海における抗争は中国が優勢であることは明らかだが、同時にそのことが、その周辺に、海洋権益の防衛を決意し、アジアの古来の大国への臣従を拒否する、対中同盟の形成を促してきたのである。

記事参照:
China’s Mad Dash for the South China Sea

5月13日「米海軍沿岸戦闘艦、初の南沙諸島周辺海域哨戒活動完了」(U.S. Navy News Service, May 13, 2015)

米海軍沿岸戦闘艦、USS Fort Worth (LCS 3) は5月13日、1週間に亘る南沙諸島周辺海域での海空域における哨戒活動を終え、フィリピンのスービック海軍基地に再補給のため寄港した。USS Fort Worthはこれまで何度も南シナ海を通航しているが、南沙諸島周辺海域での哨戒活動は今回が初めてであった。第7駆逐戦隊 (DESRON 7) 司令のFred Kacher大佐は、「インド・アジア太平洋地域に米海軍の最新で最も強力な海軍プラットフォームを配備するという、再均衡化戦略の一環として、LCSは現在、東南アジア海域で常続的なプレゼンスを維持している。今後数年間で4隻のLCSがこの地域に配備されるが、USS Fort Worthが南シナ海で実施したような哨戒活動は、新たな日常的な任務となろう。東南アジア海域への複数のLCSの配備は、この地域の高まる重要性とそこにおける持続的なプレゼンスの必要性を表象するものである」と指摘した。

USS Fort Worthは、インド・アジア太平洋地域に今後数年間で最大4隻のLCSを配備する計画の一環として、第7艦隊に配備された2隻目のLCSである。3隻目と4隻目のLCSは2016年に配備されれば、常時2隻の作戦運用が可能になる。USS Fort Worthはまた、”3-2-1″ 人員配置構想に基づく最初のLCSである。この構想は、3個のクルーがローテーションによって2隻のLCSに配備され、その内1隻が運用配置につくというもので、これによって、LCSは、ローテーション配備によってクルーを疲労させることなく、米海軍艦艇の通常の展開期間の2倍に当たる、16カ月間の長期展開が可能になる。今後のこの地域に配備されるLCSではこの構想が採用され、これによって、インド・アジア太平洋地域における米海軍のプレゼンスが強化されることになろう。

記事参照:
Fort Worth Completes South China Sea Patrol

5月13日「南シナ海紛争、『9段線』主張の明確化が鍵」(RSIS Commentaries, May 13, 2015)

インドネシアのThe Foundation for the Centre for Chinese Studies会長、René L Pattiradjawaneは、シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) の5月13日付のRSIS Commentariesに、“South China Sea Disputes: Sovereignty and Indonesian Foreign Policy”と題する論説を寄稿し、南シナ海紛争の解決のためには、北京と台湾が共にASEANと話し合い、「9段線」主張を明確化することが鍵となるとして、要旨以下のように述べている。

(1) 5年の任期の間にインドネシアを海洋国家に仕立て上げたいという、ウィドド大統領の野心は、国内だけでなく、地域的にも多難な課題である。インドネシアを「グローバル海洋枢軸 (Global Maritime Axis)」とするウィドド大統領のビジョンは、アジア太平洋における米中両大国の影響力を巡る抗争の中で、厳しい地政学的環境に直面している。ウィドド大統領のビジョンは、急速に悪化しつつある南シナ海の領有権紛争を巡る課題に如何に対処するのか。ウィドド政権下のインドネシアで、それが可能か。インドネシア国家情報庁 (The Indonesian State Intelligence Agency: BIN) が2014年12月に公刊した大部の報告書書、“Toward 2014-2019: Strengthening Indonesia amidst a Changing World”* の中で、BINは、東南アジアにおけるインドネシアの戦略的な位置が新たな機会をもたらしていると展望している。そしてこの機会を捉えるために、インドネシアは、地域の安定を促進する安全保障取り決めを実現するために、イニシアチブを発揮することが求められるとしている。

(2) ウィドド大統領の外交政策においては、南シナ海問題は重要な課題ではないように思われる。大統領は、彼のポピュリスト的な姿勢から、国内の優先課題に取り組み、広い国​​民の支持を得る新しいリーダーとしてのイメージを確立しようとしている。しかしながら、大統領は、身近な諸問題のみに関心を持つ都市部の支持者層と同様に、ナイーブなリーダーである。例えば、インドネシア海域で違法操業を行った外国漁船を燃やす、彼の攻撃的な密漁取り締まりなどが、その好例である。この政策は、2国間関係や地域的な結び付きを損なう危険があり、インドネシアが流動的な地域環境に対応できていない証左である。The Centre for Chinese Studiesが2014年9月に実施した世論調査では、インドネシアの15都市の1,096人に対して、南シナ海における重複する領有権主張を巡る問題について質問した。この問題を理解していた回答者は、わずか12%であった。インドネシアの都市人口の大多数は、南シナ海における緊張や、これが紛争に繋がる可能性があることを理解していない。このような状況から、ウィドド大統領が南シナ海紛争に対する調停者となる可能性は希薄である。ウィドド大統領の海洋外交が、航行の自由と安全を確保するために、南シナ海における複雑な諸問題に如何に対処していくかは、未だ明確ではない。大統領と外相は、地域的あるいは多国間の海洋問題に関して、インドネシアの外交方針を示すビジョンを提示していない。

(3) ASEANは、新たな地域安全保障機構の構築を目指してきた。新たな地域安全保障機構は、南シナ海問題のような緊張を緩和していくために、地域全体を覆う枠組として必要である。中国は現在、重複する潜在的な紛争要因を抱える東南アジアを、新たな海洋外交の時代に導くことを狙いとした、「21世紀海洋シルクロード」構想を提案している。この海洋外交には、幾つかの注目すべき特徴がある。

a.第1に、これは、新たな大国としての中国の台頭を支える、新しい実行可能な経済、貿易、政治的なモデルを創出するための努力である。これまでのところ、BRICSやThe Conference on Interaction and Confidence Building Measures in Asia (CICA) といった、多国間プラットフォームを創る北京の努力は、冷戦の遺産である既存の多国間メカニズムに対抗できるに十分な程、強力にはなっていない。

b.第2に、中国は、その膨大な保有外貨を用いてインフラ整備が不十分なアジアの小国に対する財政支援を通じて、これら諸国の支持を得ようとしている。中国は、インフラ整備協力を通じてASEANの分裂を促すため、巨額の資本を活用しようとしている。この分割と支配の戦略の成果は、南シナ海問題に対するASEANの不一致に見て取れる。

c.第3に、南シナ海における紛争は、国際法の規範や価値観に従い、問題の根源を理解することを通じて、解決することができる。南シナ海における重複する領有権主張の根源には、中国の「9段線」主張がある。「9段線」主張は本来、中国国民党政府の「11段線」に由来するものだが、北京も台湾政府も、南シナ海全域に対する主権を主張しているのではなく、紛争海域にある島嶼や岩礁に対する主権のみを主張している。

(4) 南シナ海における紛争は、「9段線」主張を明確にするために、中国と台湾が共に出席し、ASEANと話し合うことで、初めて解決することができる。中国が曖昧な「9段線」主張を明確にすることは、南シナ海を巡る紛争の根本的な解決に寄与することになろう。このことはまた、共通の繁栄を求めて協力するという、この地域の伝統を強化することにもなろう。

記事参照:
South China Sea Disputes: Sovereignty and Indonesian Foreign Policy
備考*:This book is available at following URL;
http://www.academia.edu/9734880/TOWARD_2014-2019_STRENGTHENING_INDONESIA_IN_A_CHANGING_WORLD

5月15日「マレーシア籍船、積荷油抜き取り事案」(ReCAAP ISC Incident Report, May 15, 2015)

ReCAAP ISC Incident Reportによれば、マレーシア籍船精製品タンカー、MT Oriental Glory (2,223GT) は5月15日0600頃、マレーシア東岸からサラワク州のTanjung Manisに向け航行中の南シナ海で、6隻の漁船に取り囲まれた。30人余の強盗に乗り込まれ、別の海域にまで移動させられ、積荷の燃料油、2,500 mtが抜き取られた。2015年における7件目の抜き取り事案となった。

記事参照:
ReCAAP ISC Incident Report, May 15, 2015

5月16日「『中立から関与』へ変化の兆し、アメリカの南シナ海政策―米専門家論評」(The National Interest, May 16, 2015)

米シンクタンク、The Foreign Policy Research InstituteのFelix K. Chang上席研究員は、米誌、The National Interest(電子版)の5月16日付のブログに、“Is America about to Get Tough in the South China Sea?”と題する論説を寄稿し、アメリカは南シナ海政策に変化の兆しが見られるとして、要旨以下のように述べている。

(1) この40年間における東アジアの海洋紛争に対するアメリカの対応は、1970年12月31日深夜に起草された、ほとんど知られていない電報に起因するところが大きい。12月31日の夜、複数の中国の巡視船が、東シナ海の係争海域において、アメリカの石油探査船、Gulftrex を追尾していた。ワシントンでは、国務・国防両省の担当者が対応を協議した。当時、アメリカは南ベトナムに軍事介入しており、また一部の当局者は「プエブロ号事件」(1968年1月にアメリカの情報収集艦が北朝鮮に拿捕された事件)の二の舞になることを恐れた。結局、長い論議の末、該船を保護するために軍事力を行使しないことに決定し、その旨の電報が米太平洋軍司令部に送信された。この決定の根底には、アメリカがこの地域の海洋紛争に対して中立を維持するという前提があった。その後数十年間、この前提は、南シナ海を含む、この地域の海洋紛争に対する、アメリカの不介入政策を形作ってきた。アメリカは、海洋紛争における一方の側に与するのではなく、紛争当事国に対して紛争の平和的解決を慫慂するというものである。

(2) アメリカは5月12日、この政策を変更しようとしたように見えた。国防省当局者によれば、カーター国防長官は、南シナ海における航行の自由を保障するため、幾つかの選択肢を検討するよう要請した。これには、南シナ海で中国が占拠する島嶼や岩礁の12カイリ以内に米軍艦艇と航空機を送り込むことも含まれていた。これには先例がある。1980年代に、リビアがシドラ湾の領有権を主張し、またペルシャ湾でイランが国際航行を妨げた時、アメリカはシドラ湾とペルシャ湾に海軍艦艇と航空機を展開させた。南沙諸島近海におけるアメリカの軍事プレゼンスの誇示は、この地域の同盟国とパートナー諸国を力づけるであろう。では、何故、このような大きな政策転換が必要になったのか。もちろん、その答えは、1つには中国の台頭にあるが、もう1つはオバマ政権の外交姿勢にある。エジプト、シリア、クリミアそしてウクライナ東部など、ほぼすべての危機に対して、オバマ政権は、自らとアメリカの国益に確信を持っていないようであった。その政策は、混乱し、揺れ動いていると見られた。このことが、北京を含む多くのアジアの指導者に、アメリカのコミットメントとその決意に疑念を持たせることになった。

(3) こうした状況から、中国は、自らの目的を実現するために、断片的に表明されるアメリカの不快感を、無視できると考えた。アメリカの域内諸国との軍事関係の緩やかな強化や、米比間の防衛協力強化協定の調印も、中国を抑制することにはならなかった。2014年12月になって、米国務省は、中国の海洋における領有権主張の根拠を疑問視する報告書書*を発表することで、初めて南シナ海紛争に口を挟んだ。しかし、中国は、アメリカの疑念に耳を傾けるより、むしろ南沙諸島での埋め立て活動を加速させることで応えた。中国は、南沙諸島でほぼ2,000エーカーに及ぶ新しい土地を造成し、初めての滑走路を作った。北京は明らかに、オバマ政権の真剣さを疑っている。アジアに対する再均衡化戦略に関する論議は盛んであったが、オバマ政権は、この地域に対するアメリカのコミットメントに信憑性を持たせるような努力をほとんどしてこなかった。これまで、アメリカは、この地域における軍事力の適切な増強を図るよりも、むしろアジア太平洋地域全体の中で軍事力を再配備することに努力してきた。米比間の防衛協力の強化は実現したが、南シナ海におけるフィリピンの領有権主張が米比条約の保護対象外であることも明らかになった。中国は、これをもう1つの誤った信号とみなしたかもしれない。

(4) 今やアメリカは、南シナ海における中国の行動に対応せざるを得ないという、困った立場に立たされている。しかし現在、アメリカは、未だアジアにおける再均衡化の途上にある。南沙諸島近海を哨戒でき、あるいは迅速な危機対応ができるのは、シンガポールを拠点とする、沿岸戦闘艦、USS Fort Worth だけである。同艦は、5月中旬、南沙諸島近海で初めての哨戒活動を実施した。ワシントンは、南シナ海でより強い態度を取ることに決めたのかもしれない。北京がアメリカにより真剣に向き合うことが期待されるが、もし中国がアメリカの決意を試そうとする場合に備えて、ワシントンは、水平線の向こうに軍事力を展開させる用意をしておいた方が良い。

記事参照:
Is America about to Get Tough in the South China Sea?
備考*:CHINA MARITIME CLAIMS IN THE SOUTH CHINA SEA, Office of Ocean and Polar Affairs, Bureau of Oceans and International Environmental and Scientific Affairs, U.S. Department of State, December 5, 2014,

5月19日「タイ政府、カラ運河建設報道を否定」(Ship and Bunker.com, May 20, 2015)

タイ政府副首相のWattanayagorn上級顧問は5月19日、中国との間でクラ地峡に運河を開削することに合意したとの報道を否定した。中国外交部報道官も、この報道を否定した。中国メディアは5月18日、タイ・中国両政府は広州で、カラ地峡に運河を開削する了解覚書に調印した、と報じた。この報道によれば、カラ地峡に全長102キロの運河が見積経費280億ドルで開削され、完成には10年を見込んでいるという。タイ政府筋は、国家安全保障上の理由から、タイ政府は運河開削に同意することはあり得ないし、運河計画自体もいずれ具体化するということもない、と強調した。

記事参照:
Thailand and China Deny Deal on Building Kra Canal to Bypass Singapore
Map: Isthmus of Kra and the Strait of Malacca

5月20日「米第7艦隊、アジア太平洋地域における海軍協力促進」(RealClearDefense.com, May 20, 2015)

シンガポールのS.ラジャラトナム国際関係学院 (RSIS) のJustin Goldman准研究員は、5月20日付のWeb誌、Real Clear Defenseに、“A Tactical Look at Asia-Pacific Naval Partnerships”と題する論説を寄稿し、米海軍第7艦隊とアジア太平洋地域の国々の海軍との交流は増え続けているとして、要旨以下のように述べている。

(1) 米海軍最大の艦隊、第7艦隊に配属されている人員とプラットフォームは、互恵的協力の新たな機会を見出すために、地域のパートナーや同盟国と頻繁に交流している。5月上旬に、第7艦隊旗艦、USS Blue Ridge (LCC 19) がシンガポールに寄港した際にも、米海軍の担当者がシンガポール海軍のカウンターパートと危機対処や海洋状況認識 (MDA) の強化に向けての情報の共有について話し合った。また、14回目を迎える年次演習、SEACAT (Southeast Asia Cooperation and Training) 演習や、西太平洋海軍シンポジウム (Western Pacific Naval Symposium: WPNS) への積極的な参加を通じて、多国間でも行われている。第7艦隊の地域安全保障協力担当官、Ronald Oswald大佐は、「歴史的に、アメリカの軍事演習はほとんど2国間で行われてきたが、多国間演習の機会を求めており、2016年には新たなパートナーに、以前からの2国間演習を開放することを予定している」と語っている。

(2) 隔年で行われる西太平洋海軍シンポジウム (WPNS) は、2014年4月に中国海軍主催で中国の青島で開催されたが、そこでは参加21カ国の海軍が、「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準 (The Code for Unplanned Encounters at Sea: CUES)」に署名した。CUESは法的拘束力を持たないが、安全手順について標準化されたプロトコルは、洋上で不慮の遭遇があった場合に、海軍艦船が従う基本的な意思疎通や操船に関する指示について取り決めている。USS Blue Ridgeは2014年8月に青島に訪れ、中国海軍北海艦隊との海軍同士の関係構築に取り組むなど、WPNSのフォローアップを実施している。Oswald大佐は、「この1年間、CUESは、海上で艦船が遭遇した時、言語が障害になることもあるが、誤解や事故を避ける標準化された手段になってきた」と語った。米海軍沿岸戦闘艦、USS Fort Worth (LCS 3) は2月に、中国海軍フリゲート、「衡水」(FFG 572) との間で、CUESを演練した。シンガポールを拠点とする同艦は、韓国との演習の帰途、ベトナムのダナンに寄港し、ベトナム海軍との間でもCUESを演練した。2014年の青島での取り組みを推し進めるために、フィリピン海軍は4月、WPNS 2015ワークショップを主催した。ワークショップでは、CUESの効果的な履行に関する情報共有のための場を設けるため、CUESのワーキンググループを創設する提案が話し合われた。WPNSのワークショップは、継続して新しいアイデアのための議論の場を提供しており、いずれ各国海軍のトップ同士の議論の場に引き上げられる可能性があり、早ければ2016年のインドネシアでのWPNSで実現するかもしれない。 WPNSワークショップがマニラで開催される前、USS Blue Ridgeは、中国の湛江市に寄港した。湛江では、第7艦隊のVADM Robert Thomas司令官が中国海軍南海艦隊司令員と会談した。USS Blue Ridgeの友好訪問は、3年サイクルで行われており、2016年には寧波の東海艦隊司令部への訪問が計画されており、中国の3カ所の艦隊司令部を全て訪問することになる。米中両国海軍高官による会談では、捜索救難活動や、人道支援や災害救助活動など共通の関心事が話し合われた。こうした会談の目的の1つは、双方の艦船が洋上で遭遇した場合の行動手順の標準化にある。こうした取り組みは、4月に改訂版が公表された、A Cooperative Strategy for 21st Century Seapower: Forward, Engaged, Ready(「21世紀の海軍力のための協力戦略」)の指針を反映したもので、各国海軍とMDAを共有することによってパートナーシップを強化しようとするものである。4月下旬、日本との間で、新しい「日米防衛協力のための指針 (Guidelines for Japan-U.S. Defense Cooperation)」が発表された。指針によれば、日米両国は、「引き続き、同盟との相互運用性の強化並びに共通の戦術、技術及び手順の構築に寄与するため、訓練・演習においてパートナーと協力する機会を追求する」としている。数十年間に亘って東南アジアにおける能力構築支援を行ってきた地域のパートナーとして、日本の地域的への関与の強化は、大いに歓迎された。

(3) 全体として、第7艦隊は、訓練や域内における活動への関与など、その活動の増大が求められている。これには、多面的な米中2国間関係構築への貢献も含まれている。前出のOswald大佐は、「第7艦隊としての我々の関心は、中国のカウンターパートと洋上で遭遇した場合、プロとしての手順を踏んで対処することを確実にすることにあり、これは上手くいきつつある」と語った。中国との軍隊同士の関係の在り方については、質量両面において今後とも論議されて行くであろう。国防省が5月8日に公表した年次報告書、Annual Report to Congress: Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2015は、「アメリカは、中国との軍同士の関係の基盤をより強固なものにするに従って、中国の軍事戦略、ドクトリン及び軍事力整備の発展状況について継続的に監視を続けるとともに、中国に対して、その軍近代化プログラムについて透明性を高めるよう慫慂していかなければならない」と指摘している。

記事参照:
A Tactical Look at Asia-Pacific Naval Partnerships

編集責任者:秋元一峰
編集・抄訳:上野英詞
抄訳:飯田俊明・倉持一・黄洗姫・関根大助・山内敏秀・吉川祐子