海洋安全保障情報旬報 2022年3月1日-3月10日

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3月1日「EUが南シナ海で推進する海洋安全保障のための“Facebook”―香港紙報道」(South China Morning Post, March 1, 2022)

 3月1日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版、は、“South China Sea: EU offers encrypted tool to fight maritime security threats in Indo-Pacific”と題する記事を掲載し、EUが現在南シナ海で推進するIndo-Pacific Regional Information Sharing(IORIS)は、「非常に安全な Facebook」のようなもので、加盟国の海軍と沿岸警備隊が通信し、調整することを可能にするとして、要旨以下のように述べている。
(1) EUは、加盟国の海軍と沿岸警備隊が、リアルタイムで通信できるウェブベースの情報配信の基盤へのアクセスを提供することにより、インド太平洋における海洋安全保障の影響力を強化しようとしている。フィリピン海軍司令官のCaesar Valencia少将は、マニラで開かれたフォーラムで、Indo-Pacific Regional Information Sharing (以下、IORISと言う)プラットフォームの試行が現在フィリピンで行われており、災害救助の合同演習の運営に使用されていると述べている。
(2) Valencia海軍少将は、IORISプラットフォームは使用する国々が「互いの目と耳」として機能することを可能にし、「この地域の平和と安定の維持に貢献する」と述べ、超音速対艦巡航ミサイルを配備する際には特に重要であると述べている。フィリピン政府は1月、インドに3億7500万ドル相当のブラモスミサイルを発注した。このミサイルは、ロシアと共同開発されたもので、最大音速の3倍で進み、射程は290kmある。Valenciaは、このミサイルは「この国の抑止力に大きく貢献する」と述べ、IORISの使用をそれに加えることによって「目の前にある広大な海と無数の安全保障上の脅威を考慮して、我々が、海洋監視を強化し、その能力を最大限に発揮することを可能にする」と述べた。
(3) IORISは、EUの重要航路での情報共有・分析を目指すCritical Maritime Routes Indian Ocean(以下、CRIMARIOと言う)計画の一環として開発された。2015年から19年までの最初の具体化では、インド洋の重要な海上交通路に焦点を当て、2020年には東南アジアにまで拡大された。CRIMARIOの主担当者Martin Inglottは、2月28日のフォーラムで、この情報配信の基盤は「非常に、非常に安全なFacebook」のように機能し、起動するために特定のハードウェアやソフトウェアを必要とせず、IORISのライフタイム・ライセンスの費用は、12万ユーロ(13万4,300米ドル)であり、1度加盟すれば、加盟国の海軍や沿岸警備隊は、個々のプロフィールを作成することができ、また他の加盟組織と一緒になって、特定の事件の監視に焦点を当てた「共同体」作ることができると述べている。IORISは、電子メールや電話を使うのではなく、IORISプラットフォーム内で、通信、データ交換、航海用海図での航空機や船舶の座標を描写するといったことが可能である。IORISプラットフォームは、「全てが一体化されている」「そして、エンド・ツー・エンドで暗号化されている(第三者によるアクセスを防ぐ通信プロセス)ので安全である」と彼は述べている。IORISは、人身売買、麻薬密輸、環境被害、違法・無報告・無規制(IUU)漁業などの脅威と戦い、「組織間、機関間、地域間の協力を通じて、インド太平洋の海洋安全保障と安全を強化する」ことを目的としているとInglottは語っている。
(4) その漁船団による南シナ海での違法・無規制な活動を非難されている中国は、IORISの加盟国ではない。しかし、Inglottは情報共有プラットフォームもCRIMARIOプロジェクトも特定の国に狙いを定めたものではなく、「善意ある大望を念頭に置いた、極めて中立的で公平なもの」であると強調している。EUはIORIS使用へ中国を招くことを検討するかとの質問に対して、彼は、「現時点では、CRIMARIOプログラムを明確にする枠組みは、行動描写(description of action)と呼ばれている。そして、行動描写では中国を協力から除外している」と答えている。
記事参照:South China Sea: EU offers encrypted tool to fight maritime security threats in Indo-Pacific

3月1日「ウクライナ戦争と深く関わるモントルー条約―米専門家論説」(The Conversation, March 1, 2022)

 3月1日付のオーストラリアニュースサイトThe Conversationは、米George Mason UniversityのJimmy and Rosalynn Carter School for Peace and Conflict Resolution学部長Alpaslan Ozerdem の“What the Montreux Convention is, and what it means for the Ukraine war”と題する論説を掲載し、ウクライナ戦争の情勢と深く関係しているモントルー条約の内容について、要旨以下のように述べている。
(1) ウクライナ戦争の状況は今のところ深刻だが、1936年に締結されたある国際協定が、これ以上の悪化を防いでいる。モントルー条約(Montreux Convention Regarding the Regime of the Straits)は、主要なロシア海軍の拠点がある黒海と地中海域を結ぶ水路をトルコが統制することを認めている。この条約は、民間船と軍用船のダーダネルス海峡とボスポラス海峡の通行を制限するものである。これらの海峡は、マルマラ海を挟んで黒海と地中海を結ぶ海上交通路となっている。
(2) 今、ウクライナにおける紛争でモントルー条約が重要な役割を担っている。ウクライナはトルコに、ロシア艦艇に対して海峡を閉鎖するよう要請しており、この地域の平和維持におけるトルコの役割が浮き彫りになっている。トルコ政府は2022年2月28日、これに同意した。しかし、2月上旬にロシアの艦艇数隻が黒海に入った。するとトルコは、ロシアがそれらを母港に帰投させると主張すれば、ロシアの艦艇が黒海に入ることを妨げないと述べている。
(3) モントルー条約では、どの船舶が戦時中に黒海に入ることができるかを、4つの主要な要素で規定している。
a. トルコは、戦時中の交戦国、またはトルコ自身が戦争の当事国であるか、他国からの侵略の脅威にさらされている場合、軍艦に対して海峡を閉鎖することができる。
b. トルコは、トルコと交戦している国に属する商船に対して海峡を閉鎖することができる。
c. 黒海に海岸線を持つ国(ルーマニア、ブルガリア、ジョージア、ロシア、ウクライナ)は、海峡を通過する軍艦を派遣する意図を8日前にトルコに通知しなければならない。その他の国、つまり黒海に面していない国は、トルコに15日前に通知しなければならない。黒海沿岸国のみが、その潜水艦が黒海外で建造又は購入された場合、事前に通知すれば、海峡にそれを通過させることができる。
d. 通過できる軍艦は9隻に限られ、単独及び集団での大きさにも制限がある。1万5千トンを超える船団は、一団となってはならない。
(4) 1952年からNATOに加盟しているトルコは、ロシアを刺激しないようにしながらも、西側諸国との関係を強化したいと考えている。その重要な海峡の統制は、その均衡をとる行動を試すことになるかもしれない。
記事参照:What the Montreux Convention is, and what it means for the Ukraine war

3月2日「インド太平洋諸国はウクライナに何を見るか―日国際関係論教授論説」(PacNet, Pacific Forum, CSIS, March 2, 2022)

 3月2日付の米シンクタンクPacific Forum, CSISの週刊デジタル誌PacNet は、国際基督教大学上級准教授Stephen Nagyの“What the Indo-Pacific sees in Ukraine”と題する論説を掲載し、そこでNagyはロシアによるウクライナ侵攻を受けて、それがインド太平洋諸国にとってどのような意味を持つかについて、要旨以下のように述べている。
(1) インド太平洋の各国は、ロシアによるウクライナ侵攻を注視している。その国々にとって、ウクライナ侵攻は中国が台湾の強制的な再統一を試みる際に用いると考えられる戦術に対する教訓を提示している。インド太平洋において、ロシア的な中国による侵攻が起きる可能性がある場所は多く存在する。東シナ海では日本が中国による攻勢に直面し、台湾海峡は軍事的侵攻の危機が高く、南シナ海ではフィリピンが中国のグレーゾーン戦術にさらされている。
(2) ロシアの侵攻によって3つの問題が浮上した。第1に、米国による安全保障の誓約に関するものである。アフガニスタンからの撤退がすでにそうした懸念をもたらしていた。そして、もし東シナ海や南シナ海、あるいは台湾海峡において今回のような軍事侵攻が起きた場合、地域の安全保障機構を根底から崩壊させ、重要な海上交通路が中国の手に落ちてしまうのではないかと心配されているのである。
(3) 第2に、軍事侵攻に対する米国や国際社会の反応が注目されている。この点については、まずEUが集団的な対応をしたことが評価されるべきであろう。また米国はロシアの軍事侵攻に対してNATOに連帯を呼びかけた。そして、ロシアの経済、金融システムなどに多大な影響を及ぼす金融制裁と厳格な輸出規制を実施した。ここで問題なのは、これがどれだけ継続するのか、またロシアのさらなる膨張を防ぐための抑止力の強化が目指されるのか、そしてそれらがどれほどの効果を持つのかということである。
(4) 抑止力の強化は、中国の攻勢を押し返すためにインド太平洋諸国にとって重要な論点である。たとえば日本にとって海上自衛隊の強化が、尖閣諸島における中国の何らかの試みを退けるために必要な事柄である。いずれにしても、ウクライナ侵攻に対して不十分な対応しかできず、ロシアの攻勢を止めることができなければ、中国はそこから誤った結論を導き出すことになるだろう。インド太平洋の国々が願うことは、米国がウクライナ防衛に力を入れ過ぎることによってインド太平洋から目を逸らさないでいてくれることである。それに加えて、米国やその同盟国がインド太平洋においても抑止力を増強する必要があるという教訓を導き出して欲しいとインド太平洋の国々は願っている。
(5) 第3の問題は、インド太平洋からウクライナへ資源が移動することである。Biden政権はウクライナ紛争に軍事的に直接関与しないことを決意している。他方で、NATOと米国は、ポーランドやハンガリーなど、ロシアの侵攻や意図的に創出される難民問題に対して脆弱な国々に対する支援を行うであろう。このとき、インド太平洋にはどのような支援、投資が行われるだろうか。1つには、米国のインド太平洋経済枠組みがある。それは地域における中国の主導権に対抗するだけでなく、地域を統合するための新たな枠組みを提供するためのものである。
(6) 今後どのような展開が期待できるだろうか。インド太平洋諸国の多くは米国の動きを注視しているが、日本など米国の反応を待つことのない国もあるだろう。彼らは抑止力強化のための2国間ないし多国間構想を開始するかもしれない。そして、既存の日米豪印戦略対話(QUAD)+αという枠組みが構築され、ただ自国の安全保障だけでなく地域の問題に対処できるような枠組みが作り上げられるかもしれない。また、AUKUSに基づく抑止力の強化が地域内で加速する可能性がある。台湾海峡や南シナ海、東シナ海における有事に備えた戦略を準備することにもなるだろう。日本はその最前線にいるといってよい。最近になって、日本にとって台湾有事は日本の有事だと理解されている。
(7) インド太平洋諸国は今後、ロシアの成功と失敗に加え、米国とその同盟国の成功と失敗を目にすることになるだろう。中国は、米国とNATOの連帯に亀裂を入れ、東アジアにおける地政学的目標を追求するためのテコを求めるであろう。彼らはまた、Biden政権とその政権の制裁への誓約における弱みを見出そうとするであろう。ロシアのSWIFTからの排除などの制裁は、米国にも影響を与えずにはおかないものである。その結果、中国は今後デジタル通貨を採用し、一帯一路構想のネットワーク全体に展開させ、自国を将来の制裁から免れさせようとするかもしれない。また、インド太平洋諸国にとって、米国やEUがエネルギー不足と価格上昇にどう対応するかも重要なことだ。
(8) ロシアのウクライナ侵攻は、インド太平洋諸国にとって炭坑のカナリアである。ロシアの攻勢に対して効果的な対応を集団的に採ることは、インド太平洋における米国の同盟国や提携国の信頼を得るために重要な意味を持つであろう。
記事参照:What the Indo-Pacific sees in Ukraine

3月2日「オーストラリア、インド洋北東部との関係強化へ―オーストラリア専門家論説」(The Interpreter, March 2, 2022)

 3月2日に付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreterは、Australian National University のNational Security Collegeで南アジア、インド洋における戦略問題専門家 David Brewsterの“Australia begins to step it up in the northeast Indian Ocean”と題する論説を掲載し、David Brewsterはオーストラリアがインドとの関係構築に集中したため、等閑視されてきたインド洋北東部の諸国との関係を強化し始めたとして、要旨以下のように述べている。
(1) バングラデシュ、スリランカ、モルディブは参画に熱心であり、オーストラリアのインド太平洋戦略の溝を埋めるのに助けになるだろう。
オーストラリアはインドとの関係構築に集中してきたため、他の重要なインド洋国家を相対的に等閑視してきた。これがオーストラリアのインド太平洋戦略に欠落を生じさせてきた。
(2) 2月、Marise Payne外相はインド洋北東方面へのオーストラリアの多くの新しい構想は当該方面へのオーストラリアの関与を強化する方向へ向かうものであると述べている。それはまだ「インド洋方面の強化(Indian Ocean Step-up)」ではないが、少なくとも正しい方向への動きである。
(3) 国防戦略アップデート2020年版は、北東インド洋方面を東南アジア、太平洋とともにオーストラリアに隣接する地域で、オーストラリアを取り巻く3つの優先されるべき地域として認識している。バングラデシュ、スリランカ、モルディブはオーストラリアとの関係強化に熱心である。これら3ヵ国にとって、オーストラリアは他の関係との釣り合いをとり、彼らの能力の、特に海上安全保障の構築を支援してくれる好適な提携国である。オーストラリアは安定し、繁栄し、よく統治された海洋空間を持つ地域に強い関心を持っている。また、地域において増大する中国の存在がオーストラリアとの関係強化を求めている
(4) Payne外相の発表には、モルディブへの大使館開設、インド洋北東部での海洋安全保障、貿易、連接に対して3,650万ドルを支出する新しい構想が含まれている。構想には、海上運輸、災害復旧、情報共有における地域の協調を改善する資金も含まれる。
他の構想は、ビジネス領域での関係強化に焦点を当てており、それには以下の資金供与が含まれる。
・バングラデシュにおける政府機関、緊急機関を含むデジタル領域での機会
・双方向基幹施設投資を促進する豪印基幹施設フォーラムに匹敵する機構をベンガル湾に創設することで基幹施設への投資を促進する
・オーストラリアの鉱業用機材、技術、点検修理の企業がインド及びバングラデシュの市場の利用を改善
・オーストラリア、インド、バングラデシュ間のLNGサプライチェーン関係の構築。
(5) オーストラリアは、スリランカと実務上の良好な関係を長きにわたって維持している。特に国境管理、国境を越えた犯罪の分野である。スリランカ当局による執行対策とオーストラリアの宣伝活動によってスリランカからの密輸を大幅に阻止すると同時に、国境管理と海洋における哨戒は両国関係の重要な焦点であった。
2021年、オーストラリアはスリランカに対し船舶監視システム約4,200セット、無線追尾システムを同国漁船団の追跡を維持するために供与した。また、ドローン5機を哨戒能力向上のためスリランカ警察に寄贈した。また、オーストラリアは最近、スリランカからオーストラリアへ密航しないようにとのメッセージを込めた短編映画を作成するスリランカ映画会社のために「ゼロ・チャンス」運動に出資している。(「ゼロ・チャンス」とはオーストラリア政府が、同国国境を厳しく監視しており、違法入国を試みても成功する機会はゼロであることを周知しようとする活動を指す。:訳者注)オーストラリアはまた、500万ドルを拠出し、スリランカの Border Risk Assessment Centre (以下、BRACと言う)設立を支援した。これは、違法行動を発見し、対応するために情報、システム、資源、リアルタイムデータを共有し、国境管理に責任を有する11の組織を支援する新たな戦略の一部である。BRAC設立は国境管理におけるオーストラリアの知見を示す機会でもある。
(6) 1,600万以上の人口を有し、景気に沸く経済のバングラデシュは地域において重きを成しつつあり、オーストラリアにとって経済機会の主要な源となるだろう。2021年9月、オーストラリアとバングラデシュは「貿易及び投資に関する枠組み合意(Trade and Investment Framework Arrangement)」に署名した。これは、経済関係を活性化し、貿易及び投資障壁を引き下げる方策を見出す基盤となるものである。安全保障領域での連携強化にも関心が高まりつつある。オーストラリアの防衛顧問がダッカに配員されており、オーストラリアとバングラデシュ間の安全保障上の関係強化へ可能性のある多くの構想を開く助けになるだろう。
(7) オーストラリアは、モルディブとの関係強化に既に動いている。これにはコロンボ駐在の防衛顧問の信認も含まれている。Australian Federal Policeは既にモルディブ当局と麻薬尾帯暴力的過激主義を含む各種問題について密接に動いている。マレでのオーストラリア大使館開設はこの地域におけるオーストラリアの外交的取り組みの仕上げであった。マレでの仕上げは、最近の英国公館の開設、米大使館開設計画につながっている。
(8) ベンガル湾地域における2国間関係は、地域の多国間集団であるBay of Bengal Initiative for Multi-Sectoral Technical and Economic Cooperation(ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアチブ:BIMSTEC)によって補完されている。とりわけ、オーストラリアは地域に対する誓約の一部を示すためBIMSTECにオブザーバーとして席を与えられることを望んでいる。これら全ての構想は、4ヵ国安全保障対話の提携国が地域における安全保障の関係強化に向けて同様の動きを示している。英国もインド太平洋へ傾斜していく一部としてベンガル湾諸国への関心を高めている。これには、バングラデシュ、スリランカにおける人権侵害と言う微妙な問題の処理が含まれることがある。これら構想は小さな足跡かもしれない。しかし、これらはオーストラリアのインド太平洋戦略にある重要な欠落を埋める方向への動きを示すものである。
記事参照:Australia begins to step it up in the northeast Indian Ocean

3月2日「トルコ、海軍艦艇のボスポラス海峡通航を認めよとのロシアの要求を拒否―日経済紙報道」(NIKKEI Asia, March 2, 2022)

 3月2日付の日経英文メディアNIKKEI Asia電子版は“Turkey rejects Russia's request for navy ships to pass Bosporus”と題する記事を掲載し、トルコのErdogan大統領は2022年2月28日ウクライナでの戦闘の「拡大を止める」ため、Montreux条約に基づき、黒海沿岸国か非沿岸国かを問わず、各国にボスポラス海峡とダーダネルス海峡を通過して黒海に軍艦を送らないように警告し、これをウクライナも米国も歓迎したが、Montreux条約に記されているトルコの権限については不明確のところもあるとして要旨以下のように述べている。
(1) トルコは、2022年2月28日月曜日、Erdogan大統領がウクライナでの戦闘について、「エスカレーションを止める」という1936年のMontreux条約締結時の合意を思い起こさせた後に、各国にボスポラス海峡とダーダネルス海峡を通過して黒海に軍艦を送らないように警告した。海峡制度の関する条約、通称Montreux条約は、平時と戦時の両方でボスポラス海峡とダーダネルス海峡を通る船舶の通航を規制している。トルコが「戦争(a war)」と呼んでいるロシアのウクライナ侵攻に直面して、Cavusoglu外務大臣は海峡についてトルコ政府の立場を明確にした。外相は「我々は、黒海の沿岸国であろうとなかろうと、すべての国へ、両海峡に海軍艦艇を通航させないよう警告した」と記者団に語り、沿岸国及び非沿岸国に言及した。外相は「これまでのところ通航や通航の要請はなかった。ロシアは、トルコが必要なときに、Montreux条約を実行するかどうか尋ねた。我々はロシアに条約を完全に履行すると伝えた」と述べた。
(2) トルコの動きは、ロシアが既に黒海に相当な艦隊を保有しており、ウクライナに対して明らかな優位を保っているので、ウクライナでの戦争に大きな影響を与えるとは考えられていない。トルコの大手シンクタンクである経済外交政策研究センター(EDAM)の安全保障・防衛研究プログラムのディレクターであるCan Kasapogluは、日経アジアに「ロシアがクリミアを占領した後、ウクライナは海軍能力の60%を失ったので、ロシアはすでに黒海で優位に立っている。したがって、トルコが海峡を封鎖しても、現在の状況に劇的な影響はない。ロシアはウクライナに対して絶対的な支配力を持っている」と語った。米国務省のNed Price報道官は、トルコの動きを歓迎し、Blinken国務長官は、トルコによるMontreux条約の継続的な実行とこの問題に関するトルコ外相の最近のコメントに感謝の意を表明した。Blinken国務長官はまた、ウクライナの防衛と主権と領土保全に対するトルコの強力な支援に感謝した。トルコ外相のコメントは、トルコがこれまでのところロシアや他の締約国によって異議を唱えられていないように見える方法で条約を解釈することを選択したことを示している。トルコ外相は「トルコは交戦国でなければ、海軍艦艇の交戦国への通過を拒否する権利がある。もし、ロシアの海軍艦艇が黒海の母港に帰還するなら、その航行を妨げることはできない」と述べた。
(3) 黒海と地中海の間の重要な水路の運航を規制するMontreux条約は、トルコ、ソビエト連邦、英国、フランス、日本、ブルガリアなどの国々によって署名された。平時においては、軍艦はトルコへの事前の外交通告により海峡を自由に通航できる。2022年2月27日日曜日、トルコ外相はインタビューで、ロシアのウクライナ侵攻を「戦争(a war)」と呼んだ。それは、この動きへの道を開いた修辞的な変化であった。外相はインタビューでこの動きをほのめかし、軍と法律の専門家との協議の後、トルコはロシアによる現在の攻撃が「戦争状態(a state of war)」に相当すると判断したと述べた。ウクライナのVolodymyr Zelenskyy大統領は、2月26日土曜日のツイートで、トルコのErdogan大統領と電話で話した後、「通航の禁止(ban on passage)」に言及し、幅広い憶測を引き起こした。Zelenskyy大統領は「友人であるトルコのErdogan大統領とトルコ国民の強い支持に感謝する。ロシア軍艦の黒海への通航禁止と、ウクライナに対する重要な軍事的・人道的支援は、今日極めて重要である。ウクライナ国民は、そのことを決して忘れないだろう」と書き込んだ。
(4) カーネギー国際平和基金のヨーロッパ・プログラムのシニア・フェローであるAlper Coskunは、日経アジアに対しMontreux条約はトルコに戦争中の国の艦艇の海峡通航を拒否する権利を与えているが、他の黒海沿岸諸国(ブルガリア、ジョージア、ルーマニア、ロシア、ウクライナ)の権利も保護されていると語った。トルコ外務省の国際安全保障問題局長も務めたCoskunは「黒海沿岸の艦隊の一部である海軍艦艇は、トルコが立ち入りを拒否し始めたときにトルコ海峡の外にいたとしても、自国の基地に戻ることが許されている。理論的に言えば、もしロシアがウクライナと戦争状態にあり、ロシアの黒海艦隊の特定の艦艇が地中海にいたとしても、ロシアは依然として海峡を通って彼らを連れ戻すことができるだろう」と述べた。Coskunはトルコ外務省でトルコ海峡航行の問題を担当した際、ロシアが手続きの面において書類上で条約に違反した事例を見たことがないと述べた。Coskunは「通過に関するロシアの通知は、当時は常に書類によって行われていたが、私はそれがまだ同じであると確信している」と述べた。Montreux条約は、ロシアがジョージアに侵攻した2008年にも国際的な議題の上位にあがっていた。米国とNATOの加盟国は、黒海に多くの海軍艦艇が停泊することを望んでいたがトルコは条約を厳格に実施し、米海軍の病院船でさえ、そのトン数が条約の規制を上回っていたため、停泊を許可しなかった。米国は、総数、総トン数及び海上での滞在期間に関して、条約の規則の範囲内で、一定数の軍艦を黒海に派遣することになった。
(5) ウクライナにおけるロシアの戦争のため、トルコは見通しのきかない状態となっている。それは、トルコ政府と欧米同盟諸国との関係が悪化した時、トルコがロシアとの危険な友好関係を発展させた時、ウクライナと強い絆を築こうとしている時に起きる。トルコがNATOの航空機とミサイルを撃墜するために設計されたロシアのS-400ミサイル防衛システムを購入した後に、米国政府はトルコの防衛産業に経済制裁を課した。そのため、トルコは、エンジンのノウハウを持つ旧ソ連共和国であるウクライナを武器の代替供給源として利用した。トルコはまた武器を搭載した無人機を提供し海軍のためにコルベット艦を建設することで、ウクライナの防衛を支援している。
(6) Montreux条約は、「平時(in peacetime)」、「戦時(at war)」または「差し迫った戦争の危険に晒されているとき(threatened with imminent danger of war)」という段階に従って、トルコに異なるレベルの権限を与えている。専門家たちは、トルコ語の条約解釈に頭を悩ませたままであった。トルコの元外交官でEDAMのディレクターであるSinan Ulgenはツイッターに「これは法的にどういう意味なのか?説明できる人ならば誰でも聞いてみたい」と書いている。
記事参照:Turkey rejects Russia's request for navy ships to pass Bosporus

3月4日「英国の海洋安全保障の概念―英専門家論説」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, March 4, 2022)

 3月4日付の米シンクタンクCSISのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは、英University of Bristol社会学・政治学・国際学部の海上組織犯罪研究の研究員Scott Edwardsの” THE UNITED KINGDOM’S CONCEPTUALIZATION OF MARITIME SECURITY“と題する論説を掲載し、ここでEdwardsは英国の海洋安全保障国家戦略(NSMS)2014年版では、海賊や様々な違法行為など、多くの脅威を認識し、政府全体で対応することが求められ、その後定義の拡大から環境保護が求められて、海洋安全保障のガバナンスはまとまりつつあるとして、論旨以下のように述べている。
(1) 英国が2014年に発表した「海洋安全保障国家戦略(National Strategy for Maritime Security)」(以下、NSMSと言う)では、海洋安全保障を「英国の繁栄、安全、抗堪性を強化・拡大し、安定した世界の形成を助けるために、海洋領域における危険性と機会を積極的に管理し、国内外において英国の国益を増進・保護すること」と定義している。英国は現在、このNSMSの改定を進めており、2022年後半までに終わる予定であるが、その中で英国が海洋安全保障をどのように概念化しているかという点では変わることはない。
(2) NSMSは、英国にとっての海洋領域の重要性を強調し、この領域が相互に関連して、国境を越えた広範な問題を構成しているという英国の理解を説くものである。この文書では、海洋領域の理解を深めること、海洋領域に影響を与えること、海洋安全保障上の懸念を防止すること、英国の利益を守ること、必要な時に対応すること、という5つの中核的な目標が詳しく説明されている。そして、これらの目標を達成するために必要な政府全体の対応に焦点を合わせ、特に世界貿易と英国海外領土に焦点を当て、世界規模での展望で述べられている。
(3) 2019年、NSMSの改定を主導する英Department for Transport(運輸省)は「2050年の海洋(Maritime 2050):未来への航海(Navigating the Future)」を発表した。この338ページに及ぶ文書は、英国の広範な海事展望の中に海洋安全保障を位置づけ、抗堪性、特に「妨害や混乱から解放された事業継続性の提供」との関連で論じている。さらに、海洋安全保障は陸上とは異なる新たな課題をもたらし、常に進化しているという認識を持っている。また、この変化しやすい領域への対応を維持するために、海洋安全保障を産業界とより密接に連携させるとしている。
(4) これらは、2021年の「安全保障・防衛・開発・外交政策の統合的見直し(The Integrated Review of Security, Defence, Development and Foreign Policy)」(以下、2021IRと言う)において、より広い戦略的文脈に位置付けられている。海洋安全保障という言葉への明確な言及は少ないものの、英国が世界的な影響力を行使するための重要な分野、特にインド太平洋の現状に関して、その概念を論じ、統合と協調の必要性を強調している。さらに、海洋安全保障に関する作業を環境や貿易に関する作業と組み合わせる必要性を表明している。防衛に重点を置いたものは、国家による力の投射など、海洋安全保障の伝統的な要素について述べられている。
(5) 海洋安全保障に関する考え方は、英Ministry of Defence(国防省)の2017年「国家造船戦略(National Shipbuilding Strategy):英国における海軍造船の将来(The Future of Naval Shipbuilding in the UK)」(NSbS)、2017年の「英国の海洋力(UK Maritime Power)」及び、下院国防委員会の2021年「我々はより大きな海軍を必要とする(We’re Going to Need a Bigger Navy)」から得ることができる。これらは、英国海軍の海洋安全保障上の役割について述べ、戦争遂行、防衛関与、海洋安全保障の区分が詳述されている。さらに、英国海軍の伝統的な戦争遂行の役割に主な焦点が当てられ、海軍の治安維持の役割と国家の繁栄の保護に関連して、海洋安全保障が述べられている。
(6) NSMSによれば、環境保護、船員の安全、漁業管理、漁業以外の資源管理、テロ対策、法執行、海軍の作戦、抑止力、これらはいずれも英国による海洋安全保障の要素とみなされる。2014年にNSMSが発表された時、主な優先事項は「テロ、戦争、犯罪、海賊、国際規範の変化の結果としての重要な海上貿易路の混乱、サイバー攻撃を含む英国の海上基幹施設または船舶への攻撃、海上での違法物品の輸送、人の密輸と人身売買」とされた。
(7) すべての政府文書がこの考え方に完全に沿っているわけではない。たとえば、Ministry of Defenceが作成した文書では、海洋安全保障は海上戦闘などの軍事行動とは異なるものとしている。英国では、航行の自由のような海軍の作戦が海洋安全保障と密接に関連している一方で、抑止力は曖昧なものとなっている。NSMSは、世界の海上交通の要所における危険性の低減や違法行為の抑止という文脈で抑止を論じているが、Ministry of Defenceは、抑止力を海洋安全保障から切り離し、主に戦争遂行上の役割に関連して論じている。
(8) 漁業保護部隊(The Fishery Protection Squadron)は、英国海軍で最も古い水上部隊であり、漁業管理がいかに英国の海洋安全保障の課題として長く取り上げられてきたかがわかる。英国がEUから離脱し、国内の漁業管理が新たに求められるようになったことで、英国の海洋安全保障の議論においては、この問題が重要視されるようになった。そして政府の発刊したいくつかの文書では、漁業管理、環境保護、海上保安の関連性が高まっていると言及している。乱獲は、他の形態の海上犯罪を悪化させ、海の抗堪性を脅かす経済的脅威である。気候変動もまた、海洋安全保障の一部であると認識されており、特に、悪天候が、犯罪活動を助長する状況を作り出す可能性が指摘されている。
(9) 海底基幹施設の保護も戦略的に注目されている要素である。2021IRは、海底データケーブルに依存するサイバーセキュリティと英国のデジタル経済を非常に重要視している。実際には、敵対勢力によるケーブルネットワークへの潜在的な攻撃を抑止、検出、妨害するために多くのことが行われている。したがって、まだその戦略で強く取り上げられていないものの、英国の海洋安全保障の重要な一部になってきている。
(10) 英国の海洋安全保障の考え方は、この20年間で大きく変化している。伝統的に英国は、海洋安全保障を主に海軍の問題と考え、海運と漁業の保護に重点を置いてきた。しかし、9.11以降、海運と港湾地域に対する非国家勢力の脅威が顕著になり始めた。たとえば2008年、英Department for Transportは海上保安の目的を「保安上の脅威を検知・抑止し、船舶や港湾施設に影響を及ぼす保安事故に対して予防措置を講じ、乗客、乗組員、船舶とその貨物、港湾施設、港湾地域で働き生活する人々を被害から保護する」と述べている。
(11) 2014年のNSMSの定義は、英国の考え方が大きく進化したことを示している。海賊や様々な違法行為など、これまで以上に多くの脅威を認識し、政府全体で対応することが求められるようになった。最近の英国の文書では、その後、定義が拡大され、海洋安全保障と環境破壊を暗に結びつけ、生物多様性と海洋の回復力を確保するための環境保護が求められている。この流れは今後も続くと思われ、環境保護は更新されたNSMSで大きく取り上げられることになる。これは海底ケーブルの保護についても同じである。その結果、英国の定義は、海軍に焦点を当てた比較的狭いものから、多数の問題や関係者を巻き込んだものへと徐々に変化している。
(12) 英国の海上安全保障に対する理解の継続的な変化は、海洋安全保障部門のガバナンスのあり方と関連している。英国には法執行機関である沿岸警備隊がなく、22の異なる機関や部局の協力に頼っている。EUからの離脱に加え、海洋領域の変化に伴うガバナンス再編成の必要性から、2020年にJoint Maritime Security Centre(統合海上保安センター)が創設された。これは、関連機関の調整を任務とする組織として、National Maritime Information Centre(国家海洋情報センター)とJoint Maritime Operations Coordination Centre(統合海上作戦調整センター)を組み込んだものである。このように、英国の海洋安全保障のガバナンスはまとまりつつあるが、革新的であり続ける。それぞれ異なる優先順位を持つこれらの機関や部局の意見が、海洋安全保障の柔軟で交渉力のある理解に繋がっている。このことは、現在、英国のさまざまな省庁から集まった50人以上の専門家のグループによって作成されているNSMSの草案にも反映されている。
記事参照:THE UNITED KINGDOM’S CONCEPTUALIZATION OF MARITIME SECURITY

3月4日「欧州連合(EU)の海洋安全保障の概念―仏独専門家論説」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, March 4, 2022)

 3月4日付の米シンクタンクCSISのウエブサイトAsia Maritime Transparency Initiativeは、フランス Institut de Recherche Stratégique de l'Ecole Militaire(英語表記:Institute for Strategic Research at Military School:IRSEM)の上席研究員兼フランスInstitut de Relations Internationale et Strategiques(国際戦略研究所:IRIS)研究員Marianne Péron-Doise退役海軍中佐とGerman Institute for Global and Area Studies(GIGA)研究員Christian Wirth博士の” THE EUROPEAN UNION’S CONCEPTUALIZATION OF MARITIME SECURITY“と題する論説を掲載し、ここで両氏は8年が経過したEU海洋安全保障戦略EUMSSは、時代遅れであることが問題視され、海洋空間への自由で開かれた利用に対する脅威に対応するため、EUは海軍の展開を適切に調整する仕組みを確立すべきことを認識しているとして、要旨以下のように述べている。
(1) EUの公式な海洋安全保障の定義は、2014年6月に全加盟国の代表であるEU理事会が全会一致で採択した「EU海洋安全保障戦略(European Union Maritime Security Strategy)」(以下、EUMSSと言う)に盛り込まれ、「海洋安全保障は、国際法と国内法が施行され、航行の自由が保証され、市民、基幹施設、輸送、環境及び海洋資源が保護される世界の海洋領域の状態」とされている。EUMSS採択直前に発行された2014年3月の欧州議会と理事会への共同発表「開かれた安全なグローバル海洋領域のために(For an open and secure global maritime domain):EUの海洋戦略の要素(elements of a European Union maritime strategy)」は、なぜEUが海洋安全保障戦略を持つ必要があるかを説明している。この発表では、欧州の海上貿易への依存と、その繁栄に漁業と養殖が重要と強調している。また、2010年に遡り、欧州の海洋安全保障上の利益に関する議論や、2013年からのEUとその加盟国にとっての変化する地政学的課題に関する包括的な研究にも言及している。
(2) 2009年に改訂された「EU統合海洋政策(EU Integrated Maritime Policy)」(以下、IMPと言う)は、EUとその加盟国の能力と競争力を強化するための包括的な政策を補完するもので、「海上安全、海上警備、航行の自由の確保」という項目が設けられている。 航行の自由と安全をEUにとって最も重要な利益として強調することは、「海は欧州の生命線である」というIMPの2007年版における主張の帰結である。航行の自由と安全に関する箇所では、海賊と武装強盗の脅威に対する懸念が言及されている。これらは非常に深刻であったため、EUは2008年にソマリア沖とアフリカの角付近の海賊対策としてEUソマリア海軍部隊(EUNAVFOR)による作戦を開始した。
(3) EUMSSは、海賊対策のために開発されたIMPのプロセスと手段を基礎とし、EUの共通安全保障・防衛政策およびEUの外交・安全保障政策に関する世界戦略を上手く連携させることを目的としている。それは、世界の海洋領域におけるEUとその加盟国の戦略的利益を明らかにすることで機能する。つまり、EUMSSは、EUの海洋安全保障の内部と外部の両面を包摂し、海洋関連政策に関わるすべての関係者が共通の目的と努力を育むことを目的とした政治的・戦略的枠組みを提供するものである。さらに、軍民間の横断的な協力関係を改善することによって、これを達成しようとするものである。そのため、新たな制度を設けることはなく、権限や責任を再配分するものでもない。その主な機能は、原則と目的、海洋安全保障上の利益、これらの利益に対する海洋安全保障上の危険性と脅威を明確にし、主要な実行分野を定義することである。
(4) 他のEU戦略と同様、EUMSSは該当する実行計画を通じて実施されている。最初の計画は2014年12月に発出され、改訂版は2018年6月に出された。それは、国際協力、海上多国間主義、海上での法の支配を促進することを目的としている。環境保護、船員の安全、漁業管理、漁業以外の資源管理、テロ対策、法執行、海軍の活動、抑止力、これらすべての要素は欧州の海洋安全保障の概念の一部であり、非常に包括的で、文民・軍事両方の性質を持ち、広範囲にわたる。海洋分野における欧州の制度は、特に複雑である。ある程度までは、抑止力、海軍活動といった伝統的安全保障と環境保護、漁業管理、ブルーエコノミーなどの非伝統的安全保障という古典的な区分に対応している。そして、漁業管理、環境保護、海洋資源を含むブルーエコノミーに重点を置いたIMPは、軍事的な視点と釣り合いを採っている。
(5) 15年ほど前から、EUでは伝統的な海上安全保障と非伝統的な海上安全保障の区分が急速に失われている。2007年に発表されたIMPでは、海上安全、海上警備、航行の自由を相互に関連付けることで、この再認識を進めている。海を守りながら経済や社会全体を持続的に発展させることを前提とした海洋産業、ブルーエコノミーの考え方が広まるにつれ、経済的な回復力と環境への配慮も、より広く概念化された海上安全保障の要素として取り入れられるようになった。2014年のEUMSSと2018年の実行計画には、海賊対策活動あるいは地中海の国境管理に関わる多様な海上活動や警察活動で得られた経験も取り入れられている。そして、国連、NATO、African Union(アフリカ連合)、さらに最近ではASEANとの相乗効果を追求することで、国際協力を重視している。内部的にEUは、各国およびEUレベルの海上監視システムの相互運用性と相互接続性を強化してきた。
(6) 8年が経過したEUMSSは、時代遅れであることが問題視されている。特に、インド太平洋における協力のためのEU戦略といくつかの矛盾を示すようになり、新しい欧州防衛ドクトリンの基礎を形成する「戦略方針( Strategic Compass)」発出時にさらなる矛盾が予想される。EUMSSは、海洋領域に関連する脅威と危険性の認識の一般的な上昇を跡付けるものでもある。これらのうち最も重要なものは、海洋空間の自由で開かれた利用に対する脅威であり、地中海と南シナ海における海洋の領土化である。ギニア湾やシンガポール海峡などにおける海賊行為や武装強盗、スエズ、マラッカ、ホルムズ、バブ・エル・マンデブといった戦略的海峡における地政学的緊張も、欧州の対応を正当化するものである。これらの課題に対応するためEUは、存在感を高め、海軍の展開を適切に調整する仕組みを確立すべきことを認識している。
記事参照:THE EUROPEAN UNION’S CONCEPTUALIZATION OF MARITIME SECURITY

3月6日「インドへの防衛技術供与に関心を強めるフランス―インドメディア報道」(EurAsian Times, March 6, 2022)

 3月6日付のインドのニュースサイトEurAsian Times は、“France Looks To Equip Indian Navy With Cutting-Edge Submarines, Heavyweight Torpedoes But Russian Action Delays The Plan”と題する記事を掲載し、ウクライナ紛争を受けてインドが防衛エキスポを中止したことに言及しつつ、フランスとインドの防衛関係が強まりつつあることについて、要旨以下のように報じている。
(1) インドMinistry of Defenceは、ウクライナ紛争を受けて2022年3月半ばに開催される予定だった防衛エキスポの延期を発表した。それはインド国内および外国の防衛産業が自社製品を売り込む機会になるはずであった。たとえばフランスのNaval Groupは潜水艦などの兵器や最先端技術を展示することが期待されていた。
(2) 同社は長い間インドへの戦略的関与を進め、インドの「メイク・イン・インディア」政策への支援を強調してきた。2008年に同社は子会社としてNaval Group Indiaを設立し、「メイク・イン・インディア」政策と連動して多くの成功をもたらしてきたと同社の執行役員は自賛する。
(3) 近年、Naval Groupはインド海軍の計画における突出した候補者であった。今回のエキスポでは、インド海軍が将来運用するために優れた推進システム、F21魚雷、最先端テクノロジーを備えた将来潜水艦の最良のものを展示する予定であった。なかでも同社はF21魚雷を目玉商品として売り込んできた。それは、他の同じクラスの魚雷にはない優れた性能を備えた初の重魚雷であり、それ単体で複雑な作戦を遂行する能力を持つものである。同社はインド海軍が採用しているスコルペヌ級潜水艦にこの魚雷を搭載する作業も請け負うとしている。
(4) Naval Groupはまた、SMX 31Eという最新の潜水艦コンセプトを展示する予定でもあった。それは最先端のデジタル技術を導入して、作戦効率と運用の多用途性を高め、かつ生物を観察、分析することから得られた知見を応用した技術で艦体を被覆することによってより高い隠密性を獲得しており、長期間の任務に耐え得るものだという。その潜水艦はまた従来型の10倍の範囲を監視することができ、分散配備された海中情報網によって他部隊と連絡を最大限にするため高性能AI技術を搭載していると同社は主張する。
(5) また今回のエキスポでは、バラクーダ級の新世代の高速攻撃型原子力潜水艦(SSN)の模型も展示される予定であった。フランスはこの潜水艦をインド海軍のために提供すると見られている。インド海軍には「プロジェクト75アルファ」と呼ばれる原潜調達計画があるが、2021年12月にFlorence Parly軍事相がデリーを訪問した際にバラクーダ級潜水艦を提案したと言われている。
(6) インドとの潜水艦契約は、2021年に締結された米英豪防衛協定(AUKUS)以降重要な意味を持つようになった。この協定の結果、フランスはオーストラリアとの潜水艦契約を失ったのである。パリは強く反発し、新たなインド太平洋戦略を計画する際に「戦略的パートナー」からオーストラリアを外したと報じられたほどである。フランスは自国をインド太平洋の行為者とみなしており、インドへの技術供与はフランスが同地域において信頼できる提携国あるという見方を強めることになるだろう。
記事参照:France Looks To Equip Indian Navy With Cutting-Edge Submarines, Heavyweight Torpedoes But Russian Action Delays The Plan

3月9日「ウクライナ紛争におけるインドのジレンマ―オーストラリア専門家論説」(The Interpreter, March 9, 2022)

 3月9日付のオーストラリアのシンクタンクLowy InstituteのウエブサイトThe Interpreter は、同Institute研究員Teesta Prakashの“China is key to understanding India’s dilemma over Ukraine”と題する論説を掲載し、そこでPrakashはウクライナ紛争に際してインドが西側諸国と対応を軌を一にしていないのはロシアとインドの伝統的な防衛関係のためであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) インドは中国に対抗するためにロシアとの軍事的な紐帯を必要としており、日米豪印4ヵ国安全保障対話(以下、QUADと言う)の他の参加国もそのことを理解している。ウクライナ問題に関してインドは国連での評決の場で棄権を続け、ロシアへの経済制裁も実施してないが、それに対してQUADの国々はインドを公に非難しないように気をつけている。Scott Morrisonオーストラリア首相は、ロシアとの関係はそれぞれ異なるものであり、「それを尊重したい」と述べている。
(2) インドの軍事装備の86%がロシア製であり、領土問題を抱える中国との対決において、ロシアとの軍事的紐帯は極めて重要な意味を持つ。Morrisonが示したような理解を西側諸国、特に米国も珍しいほどの自制心を持って示してきた。2018年にインドはロシアとS-400ミサイル防衛システムに関する50億ドル相当の契約を結んだ。Trump政権は米国の法律に基づきインドに制裁を科すかもしれないと警告したが、Biden政権はまだ決定を下していないし、おそらく制裁が科されることはないだろう。米国にとってインドは重要な安全保障上の提携国になっているためである。
(3) インドの状況に対する他の参加国の深い理解は、QUADがこれまでにないほど成熟していることの表れである。また、ロ中共同声明において「協力に『禁じられた』分野はない」と明言されたことは、インドのジレンマを深め、インドがウクライナ問題でロシアを批判することをより躊躇させたであろう。ロ中関係の強化が、インドとロシアの関係にどう影響を与えるかを見極める必要があるためである。
(4) ウクライナ紛争に際して、緊急のQUADの会合が開かれたが、インドがその方針を変え、ロシアを非難することを決断するかどうかは、インドの防衛分野での提携を多様化させるためにどれだけ参加国が支援を提供できるかにかかっている。
記事参照:China is key to understanding India’s dilemma over Ukraine

3月9日「中国、ウクライナ危機の陰で南シナ海における活動を強化―フィリピン専門家論説」(Asia Times, March 9, 2022)

 3月9日付の香港のデジタル紙Asia Timesは、Polytechnic University of the Philippinesの地政学教員で南シナ海専門家Richard J. Heydarianの “All eyes on Ukraine, China flexes in South China Sea”と題する論説を掲載し、世界の耳目がロシアのウクライナ侵略に向けられている状況下で、中国が南シナ海で活動を強化しているとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシアのウクライナ侵略が続く中、北京は3月初め、国防支出を対前年比7.1%増の2,290億米ドルとすることを発表した。2021年の対前年比は6.8%増であった。この中国の公式国防支出は米国に次ぐ数字だが、中国の実際の国防支出はもっと大きく、一部では近年6,000億ドルに達していると推定されている。北京はまた、隣接海域でもより高圧的な姿勢を採っており、王毅外相は「南シナ海行動規範(COC)」を巡るASEANとの長期に及ぶ交渉への「外部からの干渉」に対して東南アジア諸国に警告している。さらに、中国政府はベトナムの古都フエからわずか60海里、110kmに位置するトンキン湾で、3月4日から15日までほぼ2週間に及ぶ軍事演習を発表した。中国の海南省海上安全局は、3月4日に航行警報を発し、ベトナムのEEZと重複する海域への船舶の入域を一方的に禁止した。ハノイは直ちに抗議し、中国に対して「ベトナムのEEZと大陸棚を尊重し、状況を複雑にする如何なる行為も停止し、繰り返さないよう」求めた。この間、中国がこの海域の希少資源に対する領有権を主張し、支配するための明快な方法として、南シナ海全域で、そして近隣諸国のEEZにまで侵入して、多くの諸国が違法と見る深海底探査活動を強化してきている。
(2) ロシアの計画的なウクライナ侵略の状況下で、モスクワのアジアで最も重要の同盟国、中国による潜在的な挑発行為に対して、インド太平洋全域で深刻な懸念が高まっている。中国指導部による度重なる軍事侵攻の威嚇に脅かされてきた台湾は、厳戒態勢を敷いている。最近の脅迫行為として、中国空軍のJ-11戦闘機が台湾の防空識別圏(ADIZ)に侵入した。中台の緊張が高まる中、米国から複数の高官代表団が台湾を訪問した。ロシアのウクライナ侵略開始からわずか数日後、米ミサイル駆逐艦「ラルフ・ジョンソン」は台湾海峡を通航した。米Biden政権は、中国海軍の隣接海域における威嚇的行動を制約するために、域内の紛争海域への米海軍艦艇の展開を強化してきており、2021年には米海軍空母打撃群の南シナ海への入域は10回に及び、2020年の6回、2019年の5回をそれぞれ大幅に上回った。US Department of Defenseは2021年11月、中国が355隻の軍艦を持つ世界最大の海軍部隊を有していると警告する報告書を発表した。同報告書によれば、中国海軍は今後4年以内に最大420隻、そして2030年までに460隻に拡大すると見込まれている。これに対して、米海軍のGilday作戦部長は、新たに発表されるBiden政権の国防戦略に基づく任務遂行のためには、米海軍は今後数年間で12隻の空母を中核とする500隻以上の艦艇に拡充される必要があると指摘している。
(3) 米国は台湾に対する防衛の誓約を強化しているが、他の域内諸国は中国の威嚇的行為の前に脆弱である。大国と防衛上の同盟関係にないベトナムは、明らかに現在進行中の事態に苦慮している。冷戦終結以来、ベトナム憲法は、「3つのノー」、即ち「軍事同盟」、「他国と敵対する国との同盟」そして「ベトナム国内における外国軍基地」の3つの受入拒否を義務付けている。一方で、ベトナムは過去10年間、防衛能力を強化するためにロシアからの武器輸入に大きく依存してきたし、またロシアのエネルギー企業は南シナ海における海洋石油・ガス資源開発でハノイを支援してきた。しかし、ロシアが世界で最も厳しい制裁を受けている現状では、ベトナムはこの伝統的な提携国との強固な2国間関係を維持するために苦慮することになるかもしれない。ベトナムは将来、ロシアから軍の装備品を購入した場合、米国から制裁を受ける可能性に直面している。
(4) 過去2年間、中国は、南シナ海全域で軍事的及び準軍事的展開を急速に拡大してきた。南沙諸島のウィットサン礁を巡るフィリピンとの対決など記録的な数の中国の海上民兵船が域内諸国に嫌がらせをしている。中国の海警船はまた、マレーシアのサラワク沖でのマレーシアのエネルギー探査活動を妨害してきた。同様に懸念されるのは、中国が他の南シナ海領有権主張国のEEZ内でも深海底探査を拡大していることである。米シンクタンクCenter for Strategic and International Studies(戦略国際問題研究センター)のAsia Maritime Transparency Initiativeは3月1日のリポートで、「中国は、南シナ海で目立たない調査を多数実施している。2020年と2021年の中国の調査に関する船舶自動識別システム(AIS)のデータは、中国の調査活動が南シナ海全域に及び、近隣諸国のEEZ内でも定期的に実施されていることを示している。海洋科学研究や石油・ガス探査に関する無許可の調査は、国際法上違法である。純粋に軍事研究のためのものは合法であるが、EEZ内の外国の軍事調査に対する中国自身の反対声明に反する行為である」と指摘している。
(5) この間、中国は、長期にわたって行き詰まっているCOC交渉の促進に向けて積極性を装ってきた。中国の王毅外相は3月7日の記者会見で、「COC協議を進めることは中国とASEAN諸国の共通の利益であり、また南シナ海が平和と協力の海になることを確実にするための鍵となるものであるが故に、中国は常にCOC実現の見通しに自信を持っている」と述べた上で、「一部の域外国は、COCが実現せず、南シナ海紛争が解決されることを望んでいない」とCOC交渉の行き詰まりの責任を域外国、即ち米国に押しつけている。そしてASEAN諸国に対して、「共同で外部の干渉と破壊活動に抵抗する」よう求め、この地域における自国の主張を正当化した。さらに、王外相は「我々は、ASEANを中国外交の優先事項とし、ASEAN中心の地域協力機構を強固に守り、非核地帯としての東南アジアの地位を守り」、「地域の紛争課題を仲介し、地域内の分断や分裂に反対するためのASEANの活動を支持する」と述べ、米国などの域外大国からの支援やそれらとの同盟を求めないよう地域諸国に警告した。
記事参照:All eyes on Ukraine, China flexes in South China Sea

3月10日「U.S. Indo-Pacific Command前司令官の警告から1年経って―米海軍問題専門家論説」(The Heritage Foundation, March 10, 2022)

 3月10日付の米シンクタンクThe Heritage Foundationのウエブサイトは、同財団の上席研究員で海戦の専門家であるBrent Sadlerの“One Year After Indo-Pacific Command’s Prediction About Taiwan, Where Do We Stand?”と題する論説を掲載し、そこでSadlerはちょうど1年前、中国による台湾侵攻の可能性が近づいているという警告がなされたにもかかわらず、現在米国が十分に備えができておらず、より短期的な観点から準備を進めるべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 2021年3月9日、U.S. Indo-Pacific Command司令官(当時)のPhilip Davidsonは、中国による台湾支配に関して、多くの人々が考えるよりも危険が近づいていると警告した。彼は6年以内に中国が台湾に向けて動き出すと主張した。しかし、台湾防衛において重要な役割を果たす部隊の司令官であったこの人物の警告は、概ね軽視されてきた。当時、議会では国防費を最大1割削減すべきだという議論もあったほどである。
(2) 米政府内では、アメリカの経済的な重みだけで中国とロシアの侵略を抑止可能だと考えられてきたが、ロシアによるウクライナ侵攻はその妥当性を否定した。ここしばらくの間、中国とロシアは西側の制裁を耐えるために協力してきたというのが事実であり、中国は米国の制裁戦略を注視し、その戦略から自分たちをどう守るかについて検討しているところだろう。もう1つの悩ましい事実は、米国の軍事力と経済力が冷戦期に比べて相対的に弱まっていることである。大国間対立が再開した今、米国はその力をうまく操作して対立相手を抑止しなければならない。
(3) 米国にとって必要なことは、特に中国を抑止するための現実的で一貫した、包括的な戦略を立案することである。この点について米国防長官は「統合抑止」という概念を打ち出した。それが何を意味するにせよ、軍事力への十分な投資もなしに成功する抑止戦略などない。特にこれは、近年急速に軍事力の増強と近代化を進めている中国に対処するうえで当てはまることである。中国による台湾侵攻が間近かもしれないこと、そして、艦艇の建造や産業の成長のためには数年間かかることを考慮すれば、必要なことは今行動することだ。
(4) 具体的に必要なことは何か。第1に現実的な投資であり、2025年までに必要なレベルにまで軍事力を増強することである。米海軍トップのMike Gildayは最近、2040年までに艦艇を295隻から500隻に増強すべきだと主張したが、これでは増強の速度が足りない。第2に、艦船を建造し、中国との長期戦に際して艦船の造修に必要な産業基盤の育成である。今日の米国は海運に関しては大部分を外国の商船と人員に依存しているためである。第3に、艦隊の訓練・演習が必要であろう。艦艇や兵器を揃えるだけでは不十分であり、人的資源への投資は決定的に重要である。戦時経済を維持し、軍事力強化のために国土の抗堪性を強固にすることは、中国に戦争を勝たせないために、あるいは戦争そのものを予防するために最も確実な方法である。
記事参照:One Year After Indo-Pacific Command’s Prediction About Taiwan, Where Do We Stand?

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1)Pitfalls in Deterring a Taiwan Strait Conflict: “Unpreparable War”
https://nipp.org/wp-content/uploads/2022/03/IS-516-1.pdf
The National Institute for Public Policy’s Information Series, Issue No. 516, March 1, 2022
By Sugio Takahashi, Head of the Defense Policy Division of the Policy Studies Department at Japan’s National Institute for Defense Studies
 2022年3月1日、防衛研究所政策研究部防衛政策研究室長高橋杉雄は、米シンクタンクThe National Institute for Public Policy’sに" Pitfalls in Deterring a Taiwan Strait Conflict: “Unpreparable War” "と題する論説を寄稿した。その中で高橋は、冷戦の終結により全面的な核戦争への恐怖は激減した一方で、中東やアフリカでは今なお紛争が続いているが、こうした地域に比べ、冷戦終結後の30年間、東アジアは比較的平和で安定した生活を享受してきたものの、中国の台湾における極めて積極的な行動と「大国間競争」の時代の再来を反映して、台湾海峡の状況に対する懸念が高まっており、台湾海峡での抑止が失敗した場合、米国とその同盟国は台湾を守るために戦争に参加することになるかもしれないというシナリオが現実味を帯びてきており、米国とその同盟国は軍事的均衡の定量的な評価に加えて、大規模な戦争を戦うことに伴う政治的ないし制度的な課題を今のうちから考慮、検討する必要があると指摘している。

(2)Apply the lessons from Ukraine in the Taiwan Strait
https://www.defensenews.com/opinion/commentary/2022/03/08/nine-lessons-from-ukraine-to-apply-in-the-taiwan-strait/
Defense News, March 9, 2022
By Retired U.S. Navy Rear Adm. Mark Montgomery, a senior fellow at the Foundation for Defense of Democracies
Bradley Bowman, senior director of the Center on Military and Political Power at FDD
 3月9日、米海軍退役少将で米シンクタンクFoundation for Defense of Democracies(FDD)の上級研究員であるMark Montgomeryと同シンクタンクのCenter on Military and Political Powerの専務理事であるBradley Bowmanは、米国防関連誌Defense Newsのウエブサイトに、“Apply the lessons from Ukraine in the Taiwan Strait”と題する論説を寄稿した。その中で、①中国共産党は、Putinのウクライナ侵攻を手本にし、台湾を征服するために、入念に戦力を整えようとしているが、このような事態を防ぐには、米政府がウクライナの惨状から教訓を得ることが必要である。②米国は同盟国と協力して、第1列島線内の中国軍の侵略に対する米国主導の抑止力を強化しなければならず、米軍が対応する前に、台湾が中国の動きを遅らせ、混乱させることを可能にし、そして、米軍が台湾海峡付近に即座に到着し、中国の戦力を迅速に消耗させることを可能にする必要がある。③そのための9つの提言として、長距離対艦ミサイルの能力を拡大する、攻撃型潜水艦を優先させる、グアムの防空・ミサイル防衛を強化する、E-7早期警戒管制機を確保する、台湾へ安全保障支援の資金を提供する、台湾への武器の引き渡しを優先させる、米台合同演習計画を開始する、米台合同のサイバー能力を構築する、同盟国や提携国をこの取り組みに迎え入れる、などを提起している。④これら9つの投資は、中国の台湾に対する侵略を抑止するのに役立つが、抑止が失敗した場合、米軍と台湾軍は中国による攻撃を打ち負かすためのより良い準備をすることができる。⑤米国は、ウクライナの武装化と支援において、あまりにも行動が遅かったので、台湾で同じ過ちを犯してはならないといった主張を述べている。

(3)Report of VIF Strategic Discussions on the Ukraine Conflict
https://www.vifindia.org/article/2022/march/10/report-of-vif-strategic-discussions-on-the-ukraine-conflict
Vivekananda International Foundation (VIF), March 10, 2022
By Avantika Menon, Research Assistant, VIF
 2022年3月10日、インドのシンクタンクVivekananda International Foundation (VIF) のAvantika Menon研究助手は、同シンクタンクのウエブサイトに" Report of VIF Strategic Discussions on the Ukraine Conflict "と題する報告書を寄稿した。その中でMenonは、2022年2月24日未明、Putinロシア大統領はウクライナのドンバス地方で特別な「軍事作戦」を行うと発表し、実際に大量の戦車と戦闘部隊がロシア、クリミア、ベラルーシからウクライナの数地区に侵攻すると同時に、戦闘機が主要都市を空爆したと話題を切り出し、こうした緊急事態を背景にVIFは「ウクライナ危機」をテーマに2部構成の討議を開催したと述べ、そこでの成果として、①今回のロシアの行動には安全保障上の目的だけでなく文化的歴史的な背景があると考えられるが、現時点では、特にロシアの軍事侵攻の主目的を確認することは困難である、②インドは米ロ両国と密接な関係にあり、どのような立場を選択しても悪影響を受けることが間違いないため、インド政府は自国の利益を定義し、自国の力を高めることに集中すべきである、③中ロ両国は同盟関係にはないが戦略的パートナーシップで結ばれており、今回のウクライナ情勢を背景にその結びつきは強まることが予想されるが、地政学的には今日現在、ロシアの安全保障環境は急速に悪化しており、中国はこれを最大限に利用する態勢をとっている、④次の大統領選挙に向けBiden米大統領はロシアに対して強い態度を示さなければならないが、米国内では今回の問題に関してウクライナへの関与に積極的ではない空気があるのと、米国はロシアの侵攻を技術的に阻止できなかったので、その信頼性も失われており、米国は苦しい状況にある、⑤今回のロシアによるウクライナ侵攻によって、過去の遺物と考えられてきたNATOをはじめとする軍事同盟などが再評価されることになり、今後小規模な国ではどこの軍事同盟や大国と手を組むかという議論が活発化するだろうが、まずは、インドは侵攻の終結に向けてロシアと話し合うべきであるなどと報告している。