海洋安全保障情報旬報 2022年1月11日-1月20日

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1月11日「ウクライナでの緊張は北極圏に影響を与えるかもしれない―ノルウェー紙報道」(High North News, January 11, 2022)

 1月11日付のノルウェー国立NORD UniversityのHIGH NORTH CENTERが発行するHIGH NORTH NEWSの電子版は“Ukraine Tension between NATO and Russia may Affect the Arctic, Researchers Say”と題する記事を掲載し、ロシアがウクライナを攻撃したならば北極圏の安全保障状況にも影響を与えるであろうが、今回はロシア側が侵略しようとしているのであり、ロシアは譲歩するべきであるとして要旨以下のように報じている。
(1) Norwegian Institute of Foreign Affairs(NUPI)上席研究員Julie Wilhelmsenは、Norwegian Defense University CollegeのInstitute for Defense Studies研究員Karen-Anna Eggenの主張を繰り返している。Wilhelmsenはウクライナに関する新たな危機は、北極圏にもその影響が波及するかもしれないと主張している。その影響の内容は、危機が拡大するかどうかにかかっている。ロシアはウクライナ国境付近に約10万人の兵士と重装備の部隊を集結させており、ロシア大統領Vladimir Putinは、NATOに対しロシアと国境を接するすべての国から軍隊を撤退させ、ウクライナに対するすべての軍事支援を停止せよという新たな要求を提示した。2022年1月10日の週に西側とロシアの間で行われる会合は非常に重要である。2022年1月10日、ロシアと米国の代表者が対話のために会談し、1月12日にはロシア当局者はNATO・ロシア会議でNATO加盟国当局者と会談する。
(2) WilhelmsenはHigh North Newsに「結果が事態の沈静化に合意できずロシアとNATO間の緊張が高まるならば、緊張は北極圏に波及するだろう」と語っている。Wilhelmsenは「その後、我々は2014年のウクライナでの戦争後に見てきたものをさらに多く見ることになろう。すべての仮定に反して、緊張はウクライナから北極圏に広がり、北極圏における新しい演習様式と激しい軍事的対立の原因となる」と付け加えている。Eggenも、2014年のウクライナに対するロシアの軍事行動が欧州の安全保障状況全般と北極圏における緊張の段階に悪影響を及ぼしたと強調して、「バレンツ評議会や北極評議会などほとんどの対話の形式は継続されているものの、この地域には軍事活動増加とロシアと同盟国との間で激しい言葉の応酬という形で安全保障上の対立が明らかに存在する」と述べている。さらにEggenは「ウクライナへのロシアの大規模な軍事的攻勢が、双方の北極圏での軍事活動増加につながることは容易に想像できる。それは北極圏での双方の脅威認識を変えるであろう。ノルウェーにとって、もしロシアのウクライナへの攻撃が起こったならば、国境の外で展開される安全保障上の状況に照らして、ノルウェーとロシアの間に比較的良好な関係を維持することが最も要求されるだろう。追加の注目点として、北極圏は重要な地政学的位置にあり、ロシアがウクライナと黒海地域で行うことに細心の注意を払うべきである。それは北極圏におけるロシア軍の行動様式を示すかもしれないからである」と付け加えている。
(3) Wilhelmsenは「ロシアは妥協しない態度を採っている。ロシアがNATOから提供されるものは自分の利益と要求に全く合わないと信じるならば、我々はロシア側の北極圏でのかなり積極的な軍事的行動を見続けることになるのは間違いない。それには、たとえば航空交通への妨害が含まれる」と述べ、ウクライナ国境付近への侵攻部隊の配備は(ウクライナの)NATO加盟の可能性についてだけではなく、NATOの軍事的基幹施設と軍事基地がかなりロシア国境に接近することによるものであると説明した。数週間前にロシアが提示した要求は、このようにウクライナだけでなくロシアの軍事基幹施設に関わるものであった。Wilhelmsenは「一方で、たとえば、お互いを信頼し、双方の国境から少し撤退することによって緊張度の低い地帯を作るなど、事態を拡大しない措置についてなんとか実際に合意できれば、北極圏でもそれを採用することができるであろう」と述べた。
(4) そのようなことで安全保障政策分野における対話の改善への道は開けるのであろうか?Wilhelmsenは、「解決には必ずしも対話ではなく、互いの安全保障上の利益を認識し、自らの軍事的立場を柔軟にすることを厭わないことが必要である。交渉のテーブルで緊張を緩和する必要があり、これを達成するために何かをすることに同意したならば、それはたとえば、同盟国が北極圏でどのように行動するかに影響するかもしれない。それは、まず何よりも北極圏の行動様式を設定する米国に当てはまる」と答えている。Wilhelmsen「そうは言っても私はあまり楽観的ではない。NATO事務総長Jens Stoltenbergの一連の発言は、NATOがロシアの要求に関して与えるものは何もないということを強調している。しかし、Stoltenbergは実際にはロシアと交渉することは可能であると現実に述べ、ノルウェー首相の時に自分はそうしてきたと指摘している。それにもかかわらず、NATOの全般的な立場は、独立した国家がNATOに加入したり、自国の防衛の方向性を決める際に、ロシアは口をはさむ権利をいささかも持っていなかったりということである。今回の場合、ロシアは侵略者であり、譲歩することが理にかなっている。NATO諸国が、ロシアの法的に正当な安全保障上の利益がNATOの活動によって脅かされていると認めることは本当にない」と語っている。
記事参照:Ukraine Tension between NATO and Russia may Affect the Arctic, Researchers Say

1月13日「インドネシア、南シナ海問題の議論の場を提唱:その含意とは―シンガポール・南シナ海問題専門家論説」(Fulcrum, January 13, 2022)

 1月13日付のシンガポールのシンクタンクThe ISEAS -Yusof Ishak Instituteが発行するウエブサイトFulcrumは、同シンクタンク上席研究員Ian Storeyの“Indonesia’s South China Sea Confab: When Chin-wagging Counts”と題する論説を掲載し、そこでStoreyはインドネシアが東南アジア諸国の海上法執行機関トップによる会合を提案したことが、南シナ海論争においてどのような意味を持つかについて、要旨以下のように述べている。
(1) 2021年12月、インドネシアの報道によれば、Bakamlaとして知られる同国の海上法執行機関のトップAan Kurniaが、東南アジア諸国の法執行機関トップを招いて会合を開く計画であるという。南シナ海における中国の攻勢が強まるなか、こうした会合の開催がどのような意味を持つのか。おそらく、それが開催されたとしても中国が行動を抑制することはなさそうである、しかし、インドネシアが南シナ海問題に関してASEANを牽引する意図があることを示すことはできよう。こうした会合の開催はこれまでも何度か計画されてきているが、うまくいかなかった。今回はある程度の効果を持つかもしれない。
(2) Aanが招待した国々は、ブルネイ、マレーシア、フィリピン、シンガポール、ベトナムである。その中で、マレーシアとフィリピン、ベトナムは南沙諸島において中国との間で領有権争いを繰り広げている。ブルネイは、自国の排他的経済水域(以下、EEZと言う)内に位置する2つの地物の領有権を公式に主張しているわけではないが、中国が主張する9段線は同国の近くを通り、その不安を煽っている。インドネシア自身も、そのEEZと九段線が重なっている。シンガポールは南シナ海論争における権利主張国ではないが、海上貿易のハブとして、南シナ海の平和と安定に強い関心を持っている。
(3) しかし同じような試みは、たとえば2014年にもなされたが、微妙な結果に終わっている。南シナ海において東南アジア諸国は同じような難題に直面しているのに、なぜ協力や調整が困難なのか。その理由は主に3つある。1つ目の理由は、中国とだけでなく東南アジア諸国の間でも領土的主張が重なるところがあり、論争が未解決だからである。たとえば南沙諸島に関してベトナムは、マレーシアやフィリピンが領有するすべての環礁などの領有権を主張している。
(4) 2つ目の理由は、東南アジアの国々それぞれが南シナ海論争に対して異なる取り組みで臨んでいることである。ベトナムは中国に対して基本的に強硬路線を維持し、フィリピンの方針は一貫していない。マレーシアは論争を大きく取り沙汰せず、ブルネイもこの問題については基本的に沈黙を維持している。3つ目の理由は、こうした会合の開催が中国の怒りを惹起する可能性があることである。中国は、中国対東南アジア諸国という構図をとるのではなく、2国間交渉による問題解決を望んでいる。
(5) 2014年にはうまくいかなかったものが、今回はうまくいくのだろうか。当時と今で異なるところがあるとすれば、中国からの圧力が極めて大きくなっていること、そしてさらに重要なことに、インドネシアが南シナ海論争において積極的な役割を果たす意図があるように思われることである。これまでインドネシアは中国との論争を、違法漁業をめぐる論争として狭く捉えてきた。
(6) こうした変化はあるが、Aanの提案にはまだいくつかの問題が残されている。第1に、どこの国が彼の招待に応じるのかである。シンガポールは権利主張国ではないから参加しないかもしれないし、ブルネイも二の足を踏むかもしれない。第2に、会合が開かれたとして何を議論するのか。一致結束して中国に立ち向かうという姿勢は、中国からの激しい反応を引き起こすだろう。情報共有などに関する議論は可能かもしれない。
(7) どこも招待に応じなければ、それは中国の外交的勝利になるであろう。他方、会合が実現したとしても、中国が南シナ海の攻勢を弱める可能性は低い。しかしながら、中国はインドネシアが南シナ海論争において主導的役割を果たす意図を持つようになったことを注視する必要がある。それこそが、この提案自体が持つ望ましい影響である。
記事参照:Indonesia’s South China Sea Confab: When Chin-wagging Counts

1月13日「中国空母『遼寧』の写真が示す『行動制限』―香港紙報道」(South China Morning Post, January 13, 2022)

 1月13日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“US Navy says its photo of Chinese aircraft carrier showed PLA’s ‘restrictions’”と題する記事を掲載し、米海軍ミサイル駆逐艦「マスティン」が中国海軍空母「遼寧」に接近した際に撮影した写真について、要旨以下のように報じている。
(1) 米海軍の司令官が、2021年に係争中の南シナ海で接近遭遇した際に、米ミサイル駆逐艦「マスティン」から撮影された中国空母「遼寧」の写真について初めて語った。US Naval Surface Force司令官Roy Kitchener中将は、「マスティン」が2021年4月に「遼寧」を追尾した際に写真撮影を行い、中国の空母が「行動制限」(operating restrictions)を受けていることを認めたと述べている。米ビジネス専門ウエブサイトビジネス・インサイダーによると、米海軍の乗組員たちは「ある時点で、中国のすべての護衛艦がある程度減速したことに気づいた」、なぜなら「空母の周囲にいる護衛艦艇には、何らかの行動制限があったからである」と、Kitchener中将1月11日に行われた米Surface Navy Association(海軍水上艦協会)の年次会議で語っている。「『マスティン』にはそのような(制限が)なかった。彼らは引き続き近接し、最良の占位位置を見つけ、かなりの時間、並走して写真を撮影し、他のことをしたりしていた。それは大胆さと水兵が訓練されていることを示すものだ」とKitchenerは述べている。
(2) 高雄にある台湾海軍士官学校の元教官である呂禮詩は、「遼寧」は複雑な訓練に忙しく、米軍将校に写真を撮らせることになったのかもしれないと述べている。ある写真には、「マスティン」の艦長と副長が並んで、数km離れた「遼寧」を眺めているのが写っていた。「公海での予期せぬ遭遇で、軍艦が並走した監視のためにこれほどの近接した距離で航行することはよくあることである。しかし、艦長と副長が一緒にいるというのは珍しく、『遼寧』
は運用上の制約から『マスティン』に写真を撮る時間をかなり与えたことが分かる」と呂は語っている。
(3) 元中国軍教官の宋忠平は、米艦艇に対する行動指針はより柔軟であるのに対し、中国軍は行動作業計画に固執していると述べている。公開された写真について、北京を拠点とする軍事専門家周晨鳴は、この写真は米国人が台頭する中国を憂慮していることを示していると指摘した。シンガポールのS. Rajaratnam School of International Studiesの研究員であるCollin Kohは、今回の遭遇は、中国側と米国側の双方が「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(Code for Unplanned Encounters at Sea)」を遵守していることを示すものだと述べている。
記事参照:US Navy says its photo of Chinese aircraft carrier showed PLA’s ‘restrictions’

1月14日「『南シナ海における中国の海洋主張は違法』、米国務省報告書―米専門家論説」(The Diplomat, January 14, 2019)

 1月14日付のデジタル誌The Diplomatは、同誌編集長Shannon Tiezziの “US State Department Study Dismisses China’s ‘Unlawful Maritime Claims’ in South China Sea”と題する論説を掲載し、Shannon Tiezziは1月13日にUS Department of Stateが公表した、南シナ海における中国の海洋主張の違法性を指摘した報告書*について、要旨以下のように述べている。
(1) 南シナ海における中国の海洋主張に関するUS Department of Stateの報告書は今回が2回目で、2014年12月の前回の報告書**では、中国の「9段線」を法的根拠なしと結論づけた。今回の報告書では、「中国は、違法な歴史的権利主張を含め、南シナ海の大部分に対して違法な海洋主張を展開している」と結論づけている。US Department of Stateは記者発表で、「最新の調査報告書の公表に当たって、米国は、国連海洋法条約(以下、UNCLOSと言う)に反映された国際法に基づく海洋主張に従い、2016年7月12日の南シナ海仲裁裁判所の裁定を遵守し、そして南シナ海での違法かつ威嚇的な活動を中止するよう、改めて中国に要求する」と述べている。
(2) この報告書は、中国の南シナ海における主張と行動に対するマニラの提訴項目のほとんどが認められた2016年の仲裁裁判所の裁定に多くを負っている。中国は、仲裁への参加を拒否し、裁定を全面的に却下した。しかしながら注目すべきは、中国政府が裁定を受けて、裁判所が却下した「歴史的権利」と言うあいまいな主張だけに頼るのではなく、UNCLOSで使用される用語を駆使して南シナ海における自らの主張を再構築したことである。中国は、依然として南シナ海に対する「歴史的権利」主張を続けているが、同時により普遍的な用語を用いてその海洋主張を肉付けしている。中国は「歴史的権利」が何を意味するのかについて明確にしていないが、ある専門家によれば、中国政府は「歴史的権利」の主張をUNCLOSで規定された概念を限界まで拡大解釈した後、悪名高い「9段線」で囲まれた海域の残りの部分に対して権利を主張する方法と見なしている。「9段線」主張は、UNCLOSが発効する50年も前の1940年代半ばに起源を持つもので、当然ながらUNCLOSで定められた法的根拠を反映しているものではないが、中国政府は自国の領土の公式地図で「9段線」を使用し続けている。
(3) この報告書は、南シナ海における中国の主張を①本質的に如何なる権利主張もできない海洋自然地形(features)に対する主権主張、②島嶼周辺及び島嶼群間の権利主張に当たって直線基線を適用、③(中国のような大陸国家が支配する島嶼群ではない)群島国にのみ適用される海洋領域(及びそれに関連する権利と権原)の主張、④国際法では認められていない概念である「歴史的権利」に対する主張の4つに類別して、論じている。
(4) 米国は、南シナ海における島嶼群に対する中国の領有権主張に関しては、歴史的に中立的な立場を採ってきた。今回の報告書でも、この立場は変わっていないが、「高潮時に海面下に沈む南シナ海の100以上の海洋自然地形」に対する中国の領有権主張には疑問を呈している。UNCLOSは、海面下にある海洋自然地形と、「低潮時には海面上にあるが、高潮時には水没する」低潮高地は独自の領海を生成しないことを明記している。このことは、フィリピンによる仲裁裁判所への提訴における大きな論点であった。当該海洋自然地形の一部はフィリピンのEEZ内に所在する。これらの海洋自然地形が独自の権原を主張できないとすれば、これらに対する主権主張は無意味であり、フィリピンのEEZが優先されるであろう。報告書は「米国は、(UNCLOSの)島の定義を満たさない海洋自然地形に対する主権主張を拒否してきた」と述べている。
(5) 「直線基線」はUNCLOSに明確に定義されている。しかし、中国は本質的に、自らの定義する島嶼群周辺に主権の円を描き、権利を主張している。その島嶼群の多くは島ではなく、部分的にあるいは完全に海面下に没しているものである。内海、領海、接続水域、及びEEZに対する中国の主張は、これらの直線基線と、完全に海面下にある、あるいは部分的に水没した海洋自然地形に対する中国の主権主張との整合性次第である。もし直線基線が国際法の下で無効であれば、西沙諸島と南沙諸島における海洋自然地形の間の「内水」に対する中国の主張も無効である。また、中国も、そして他のいずれの南シナ海における領有権主張国も、完全に海面下にある海洋自然地形や低潮高地に対する権限を有しないとすれば、これらの海洋自然地形は、領海、接続水域あるいはEEZを生成するために使用することはできない。
(6) 当然ながら、中国はUS Department of Stateの報告書を拒否した。中国外交部報道官は1月13日の会見で、米国自身がUNCLOSに加盟していないことを指摘した上で、米国が「UNCLOSを恣意的に解釈し、利己的利益から二重基準を採用している」と非難する一方で、中国は「厳格で責任ある方法でUNCLOSを真摯に遵守している」と主張した。そして報道官は、皮肉なことにUNCLOSによって認められない中国の海洋主張に話題を転じ、南シナ海における中国の領土は「内水、領海、接続水域、EEZそして大陸棚」を有していると宣言したが、これらの海洋主張がUNCLOSによってどのように認められているのかについて詳細な説明を避けた。報道官はまた、「中国は、南シナ海で歴史的権利を享受している」と繰り返し主張し、「南シナ海における我々の主権と関連する諸権利と利益は、長い歴史の中で確立されてきている」、これらの歴史的主張は「国連憲章、UNCLOS及びその他の国際法に従ったものである」と述べながらも、中国の歴史的使用に根ざした権利主張の一貫した論理構成は、UNCLOSに規定されたものの上にあいまいな権利を主張できると、北京が考えていることを示唆している。
記事参照:US State Department Study Dismisses China’s ‘Unlawful Maritime Claims’ in South China Sea
備考*:Limits in the Seas No. 150 - People’s Republic of China: Maritime Claims in the South China Sea
備考**:Limits in the Seas No.143 - People’s Republic of China: Maritime Claims in the South China Sea

1月14日「インド太平洋における気候変動と地政学的海洋ガバナンス―インド専門家論説」(Observer Research Foundation , January 14, 2022)

 1月14日付のインドのシンクタンクObserver Research Foundationのウエブサイトは、International Solar Alliance(太陽に関する国際的同盟)のエネルギー・気候資金の専門家Mohua Mukherjeeの” Climate change and geostrategic ocean governance in the Indo-Pacific”と題する論説を掲載し、ここでMukherjeeはインド太平洋における紛争への備えは、気候変動に配慮した方法で行われるべきであり、インドはこれに挑戦する外交的指導者となりうるとして、要旨以下のように述べている。
(1) インド太平洋地域での紛争に備える軍の指導者達は、それが通常の戦争だけでなく、気候変動との戦いでもあることを認識すべきである。この2つの戦いに勝つためには、全く異なる専門知識を持つ関係者と学際的な連携や協力をする必要があり、加えて独自外交と国内政治の手腕が重要である。そして、インドはインド太平洋諸国の中で、これを調整し、外交的指導者の役割を果たす候補に適している。
(2) 地球温暖化との戦いは、インド太平洋地域でも始まっている。この地域は頻繁に激しい気象現象に襲われ、数多くの死者を出し、2021年だけでも、アジア太平洋地域で5,700万人以上が気候災害の影響を受けている。多くの被災者にとって、生計、住まい、貯蓄、食料品、財産などが、まさに通常の戦争で空から爆弾を落とされたかのように、瞬く間に破壊されてしまう。この地域で軍事作戦のための準備は、気候変動との戦いを認識することなしには、進めることも成功させることもできない。なぜなら、以下の3つの国際的合意は有効で、インド太平洋地域の内外で尊重されるからである。
a. 2015年9月末、国連は17の持続可能な開発目標(以下、SDGsと言う)の実施を宣言した。そのうちSDGs14は持続可能な開発のために海洋、海洋資源を保全し、持続的に利用することであり、我々は海洋の酸性化を食い止め、分解できないプラスチックや石油・化学物質・汚染・騒音などで海洋環境を悪化させないことを誓った。
b. 同年12月15日、パリで開催されたCOP21で、将来の世代の生存を確保するために、我々は閾値となる温度制限に合意し、温室効果ガス排出による地球への激しい攻撃と自然資本の略奪を止めることを、国家決定拠出金(NDC)の中で約束した。
c. 2021年11月にグラスゴーで開催されたCOP26において我々は、広大な海洋地域の保護、海洋酸性化と海面上昇を防ぐための具体的な行動、プラスチック汚染の排除、サンゴ礁の保護、マングローブ生態系の管理によるブルーエコノミーを約束した。
(3) インド太平洋での潜在的な軍事行動への準備が、気候変動に対処する公約を台無しにしてしまう危険性は高い。海軍の軍艦は騒音がひどく、汚染性の高い重油を使用している。これは海洋に悪影響を及ぼす。軍事訓練、実弾射撃、空母搭載航空機の飛行、潜水艦の演習、さらには非武装の巡視船などは、二酸化炭素排出量を増大させる。また、小島嶼開発途上国やあらゆる海洋生物にとっても悲惨なことになる。我々は、この問題に目をつぶるのではなく、必要な専門家と資金を投入して、積極的に対処することを誓うべきである。
(4) 紛争への備えを気候変動に配慮した方法で行うのは、人類史上初めてのことである。繰り返し激しい気候災害や水没の脅威の矢面に立たされているインド太平洋諸国にとっても、これは究極的に利益となる。1国の安全保障上の利益のためにSDGsや地球温暖化対策のためのCOPの公約を危うくすることは許されない。すべての主要国の軍部や外務省の高官は、この責任から逃げ、戦闘計画において気候変動に配慮することは、自分たちの権限の範囲外であり、前例がないと主張するだろう。
(5) このような状況下では、1つまたは複数の国が強力な指導力を発揮して、挑戦する必要がある。これまでの歴史的慣習に反して、海戦の準備段階で海洋生態系の被害を最小限にすべきことを指摘し、前もって危険性を軽減する戦略が必要である。これには、十分な意思疎通、協力、組織的な調整、必要な説明責任が必要である。最終的には、成果を評価するための証拠を収集し、透明性と信頼性を高めるために権限を与えられたグループで共有することも必要となる。これらは大変な作業であるが、インドは指導者となる有力な候補であり、模範となることもできる。そのためには、科学者やエコロジスト、軍事専門家などで構成されるタスクフォースを設立する必要がある。それができれば、インドは他のインド太平洋諸国に参加を呼びかけることができる。
(6) Modi首相は、2020年11月4日に開催された東アジア首脳会談で、「インド太平洋が、航行や上空飛行の自由、持続可能な開発、生態系や海洋環境の保護、開放的で自由かつ公正で相互に利益をもたらす貿易・投資システムがすべての人に保証される空間であるべきことは、私たち全員が同意し、利益をもたらすもの」と述べた。インド政府には、組織の壁を壊して部門間で調整するという長年の伝統はない。しかし、温室効果ガスの排出量差し引きゼロを目指すには、これまでの習慣を変えなければならない。意思疎通、意識向上、能力向上、協力、監視、データ収集など、あらゆる分野でたゆまぬ努力が求められる。
記事参照:Climate change and geostrategic ocean governance in the Indo-Pacific

1月14日「もう1つの太平洋の勢力、ロシア-英米豪加専門家論説」(9dashline, January 14, 2022)

 1月14日付の欧州を基盤とするインド太平洋関連インターネットメディア 9dashlineは、英King’s Collegeの戦争学講師Natasha Kuhrt、元カナダ国防大臣政策担当補佐官でUS Military AcademyのModern War Institute非常勤研究員Joe Varner、オーストラリアのAustrian Institute for Europe and International Security所長Velina Tchakarova及びカナダのUniversity of Toronto博士課程Thomas Bruceによる“2022: RUSSIA THE OTHER PACIFIC POWER”と題する論説を掲載し、ここで4氏はなぜインド太平洋がロシアにとって関与と競争を追求するうえで危険性の低い空間を提供しているように見えるのか、そしてこのことが米国と中国を超えた地域の動向について何を語っているのかを問うべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) ロシアは、中国との協定があることから、中国のレンズを通して太平洋地域を見る傾向がある。ロシアは以前、日本や韓国との関係を多様化することで、戦略的な自立性を維持しようとしていたが、日本との和解は領土問題が条件となっており、中国の経済的な台頭により和解の魅力は薄れている。
(2) インドとの関係は有望であるが、インドがインド太平洋戦略の要としての役割を担っていることに、ロシアはしばしば疑念を持ち、敵対することがあった。インドの非同盟の姿勢は、インド政府が中国を封じ込めていると見られることを嫌うことを意味し、代わりにASEANや東アジアサミットの影響力を強調しようとしている。これは、米国の覇権に対する対抗策として、ロシアにとって魅力的なことである。
(3) 中ロの軍事協力の中で大きな盛り上がりを見せているのが、2016年から実施している海軍の共同演習である。さらに2020年12月、ロシアは紛争中の千島列島にS-300ミサイル防衛システムを配備した。これらは挑発的に見えるが、ロシアのPacific Fleetは依然としてシー・ディナイアルに重点を置いている。
(4) 2019年以降、ロシアと中国は毎年、爆撃機による共同哨戒を行っており、日本及び韓国政府の双方から抗議を受けている。これは中国の領土問題に対してロシアが公言している中立の姿勢に反しているようにも見えるが、ロシアの危険性は低い。なぜなら、米国はこの地域に対する明確な戦略を打ち出していないし、さらにベトナムやフィリピンとの関係を軽視しているからである。ロシア政府はこの2つの国と、特にエネルギーと武器の輸出で良好な関係を維持しており、ロシアの貿易に占めるこの地域の割合は、EU諸国との貿易に比べて増加している。ロシアはこの地域の主要な関係国ではないが、ロシアの人権を軽視する姿勢を考えると、中国に手を差し伸べる可能性があり、ロシアと中国が2つの戦域で協力すると、米国の経済的・政治的圧力の効力は弱まる。
(5) 第2次世界大戦後、ロシアは忘れられた太平洋の大国であり、一部の例外を除いて陰に隠れていた。しかし、ロシアには、その気になればインド太平洋全域に力を投射する能力がある。注目を集めているのは、攻撃的な中国と、それに対抗する米国であって、多くの人にとって、ロシアはバルト海や中欧におけるNATOの利益を脅かすヨーロッパの大国と考えられている。しかし、2021年のインド太平洋におけるロシアの動きを見てみると、それとは異なることがわかる。
(6) ロシアと中国は戦略的な提携国であり、この関係は米国とその同盟国、特に太平洋における米国の利益の要である日本に対する直接的な挑戦である。この地域における米国の軍事同盟を崩壊させようと、中国と協力して、あるいは単独で、圧力をかけるのがロシア政府である。Zapad 2021と呼ばれる軍事演習の一環として、中国が主催する中ロ共同陸軍演習が2021年8月に初めて行われた。同年10月には、ロシア海軍と中国海軍が日本の本州沖で共同演習を行い、それぞれ5隻の艦艇が参加して対抗戦を行った。2021年11月下旬には、核搭載可能なTu-95およびH-6爆撃機による3回目のロシア・中国共同の東シナ海戦略航空哨戒が行われた。さらに12月、ロシアは第2次世界大戦末期に日本から奪った千島列島の軍事化を進め、松輪島(Island of Matua)に対艦ミサイル「バスチオン」を配備した。海岸から500km離れた目標を攻撃することができるミサイルの配備は、日本を困惑させた。ロシアと中国にとって、2021年は戦略的関係の画期的な年であり、日本への威嚇を目的とした陸海空の共同演習が行われた。2022年以降も、日本を共通の標的として、同じことが繰り返されるであろう。
(7) ロシアは、世界の関心がユーラシア、南アジア及びインド太平洋地域に移っていると見ている。ロシア政府は、インド太平洋地域における地政学的陣営の出現に激しく反対しており、現在ウクライナに対する立場と台湾に対する中国政府の立場を調整することで、米国に対抗する2つのシナリオを作成している。ロシアのインド太平洋への関与は、いくつかの可能な手段で行われるだろう。
(8) 現在、ロシア政府はアフリカにおける軍事的存在感を拡大しており、マダガスカル、モザンビーク、スーダンなど複数のアフリカ諸国に軍事基地を建設しようとしている。これは、ロシアがインド洋へ直接の接近路を獲得し、長期的にインド太平洋で力を誇示するための1つの手段である。さらに、ロシア政府と中国政府の関係が深まっているにもかかわらず、インドはロシアの戦略的かつ伝統的に信頼できる提携国であり続けている。実際、ロシア政府は中国と最良の関係を築くと同時に、インドとの長年にわたる戦略的な提携関係を強固なものにすることができた。
(9) 外交的にロシアは、インド太平洋における中国の立場を支持しており、米英豪安全保障条約(AUKUS)や米印豪日4カ国安全保障対話(QUAD)などの地政学的陣営に公然と反対している。ロシア政府は、インド太平洋においてロシアがより積極的な役割を果たすことを求めるインドの提案にも前向きである。インド政府とロシア政府は、南アジアと中央アジアにおいて、中国の一帯一路構想に代わる接続性を構築するという地政学的な利益を共有している。そのため、インドとヨーロッパ、中央アジア、ロシアを結ぶ複合輸送ルートとして、国際南北輸送回廊を推進している。
(10) 現在ロシアが、インド太平洋地域の大国間の競争において重要な役割を果たしていないとしても、将来の地政学的構造においては不可欠な国となる可能性がある。ロシアは、中国とインドの双方にとって、地政学的に大きな可能性を秘めた重要な関係国であり続けている。2020年の中国とインドの間の国境紛争におけるロシア政府の行動は、どちらかの側に付くのではなく、調停者となることを明確に示した。ロシアは両国に武器を供給することに強い関心を持っているが、将来、この両国間に緊張が生じた場合には、それは放棄されるであろう。
(11) ウクライナでの紛争の可能性や、ロシアがインド太平洋で重要な関係国になるための物質的な力が不足していることを考慮すると、2022年にロシアの活動がどのような影響を与えるかを推測することは無意味かもしれない。東南アジアへの武器販売が減少しているロシアは、ミャンマーの危機に対処するための努力が必要であり、ASEAN諸国にとっては、この地域における中国の物量の多さとの釣り合いを取りたいと考える魅力的な国であり続けるだろう。
(12) インド太平洋は、東南アジア諸国及びQUADの主要国であるインド、日本などとの関係を通じて、ロシアが依然として大国として行動し、認識される機会を与えている。このことは、ロシアがヨーロッパでの影響力の限界と中央アジアでの不確実性に直面し、中国が経済と安全保障面での存在感を拡大していることから、今後重要になっていく。なぜインド太平洋がロシアにとって関与と競争を追求するための危険性の低い空間を提供しているように見えるのか、そしてこのことが米国と中国を超えた地域の動向について何を語っているのかを問うべきである。
記事参照:2022: RUSSIA THE OTHER PACIFIC POWER

1月14日「全体論的な視点を持った海洋ガバナンス構築の必要性―インド海洋安全保障専門家論説」(Observer Research Foundation, January 14, 2022)

 1月14日付のインドのシンクタンクObserver Research Foundationのウエブサイトは、同シンクタンク準研究員Pratnashree Basuの“Reaching beyond silos: Linking maritime governance with maritime security”と題する論説を掲載し、そこでBasuは持続可能な海洋資源の活用に関して、全体論的な展望を持つ国家横断的な海洋ガバナンスの確立が必要不可欠であるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 地球の約70%は海に覆われており、人類にとって食料やエネルギーを提供し続けている。他方、海は人間活動の影響を受け続けており、特に違法・無報告・無規制漁業(以下、IUU漁業と言う)や種の破壊、汚染、船舶の衝突や資源掘削などの海洋空間特有の脅威に対処するための、海洋ガバナンスに力を入れる必要性がある。
(2) 海洋資源の持続可能な活用は、地球の海を気候変動や人間活動の活発化による悪影響から守るための前提条件である。海は、沿岸共同体の生活にとって必須の資源を提供する一方で、上述したIUU漁業など、数多くの非伝統的な安全保障上の脅威を生み出してもいる。つまり海洋安全保障とは、単なる地政学的な問題だけではなく、人間活動によって引き起こされる社会経済的影響に関連する領域を含む問題である。海洋ガバナンス確立の問題は、こうした海洋安全保障特有の側面と結びつけて考察される必要がある。
(3) 海は国際公共財であり、それに関連する問題への対処には、思慮深く協調的な国際的努力を必要とする。国連が提唱するSustainable Development Goals(持続可能な開発目標:SDGs)の中で、SDG 14は「持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する」ことを目標とするものであり、したがって海洋ガバナンスの問題と直接関連する。SDG 14には、持続可能な漁業、環境システムの保護と回復、海洋汚染の減少など10項目の目標とそれに関連する10の指標が設定されている。
(4) 個々の国々が海洋安全保障のための方策を採用することは、海洋ガバナンスと直接関連するものである。各国の努力の先に、さまざまな提携を通じて、発展的な協力と海洋資源の持続可能な活用を推し進めることを支援することができる。それはさらにブルーエコノミーの発展ともつながっていく。したがって、諸国は海洋安全保障の改善に関する努力の一環として、ブルーエコノミー発展のための投資を進めるべきである。何よりも重要なことは、それぞれの国が海洋安全保障の方策を欠いたり、不適切な方策を採用したりすることが、あらゆる国や人々に影響を与えるのだと認識することであろう。
(5) SDG 14の達成にとって決定的に重要なのはInternational Maritime Organization(国際海事機関:以下、IMOと言う))の活動である。なぜならIMOは、SDG 14の達成にとって重要な意味を持つ国際的航行の安全や海洋汚染の予防などについて責任を持っているからである。IMOの活動はまた、海の自然保護のために、船舶から水中に発せられる騒音の減少や、船舶からの有害な水やゴミの排出の禁止、船舶と海洋生物の衝突の回避といった問題にも関わっている。全SDGsの実現のうちの実に38%が海の持続可能性に関わる問題であり、したがってSDG 14の達成はきわめて重要な意味を持つ。
(6) 海洋ガバナンスに限らず、あらゆる国際的な協力にとっての課題は、法執行に関する問題である。このことが、国家の司法権を超えた海洋ガバナンス構築を困難にしている。また、適切な科学的手法や部門横断的取り組みの欠如が、全体論的な問題の対処を困難にしてしまっている。そのため、海洋安全保障を改善するための取り組みは、海洋ガバナンスの強化という長期的なものではなく、短期的な手法に留まってしまうのである。国連海洋法条約や、IMOによって採られるさまざまな構想も、全体論的な展望を欠いたままであれば、その実行については限界がある。
記事参照:Reaching beyond silos: Linking maritime governance with maritime security

1月14日「南シナ海に迫る環境破壊―米専門家論説」(The Diplomat, January 14, 2022)

 1月14日付のデジタル誌The Diplomatは、米シンクタンクCenter for Strategic and International StudiesのSoutheast Asia Program上席研究員Murray Hiebertの“The Looming Environmental Catastrophe in the South China Sea”と題する論説を掲載し、Murray Hiebertは海洋及び領土をめぐる紛争の陰で南シナ海と東シナ海に大規模な環境破壊が迫っており、中国を含む関係国すべてが技術革新、データ共有、科学的共創からなる新しい時代を認識し、海洋環境について国際協調するべきであるとして、要旨以下のように述べている。
(1) 海洋及び領土をめぐる紛争によって、海面下で進行している深刻な海洋被害が覆い隠されている。過去10年間の南シナ海に関する話題の多くは、中国とベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイとの間の国家主義的な領土紛争と争いのある海域での航行の自由をめぐる米中間の地政学的争いに関するものであった。海面下で起こっていること、すなわち、乱獲、サンゴ礁破壊、気候変動、プラスチック汚染、海洋の酸性化は、豊かな漁場、天然ガスと石油の潜在的な埋蔵量、交通量の多い海上交通路を脅かすだけでなく、海の生存可能性を脅かし、長期的に悪影響を与える可能性がある。全ての海に面する国による長年の乱獲は、ますます豊かになり代替のタンパク源を求める人々にとって食料安全保障に脅威を及ぼし、何千人という漁師の生活を危機に陥れている。魚にとって避難所や食料を見つける場所となり、船には嵐を避ける場所となる複雑に入り組んだサンゴ礁の繋がりは、近年、異常なほど荒廃している。気候変動による温暖化によって海水温度は上昇し、南シナ海の一部の魚種の生息域をさらに北へ押し上げている。
(2) ジャーナリストのJames Bortonは、新著『南シナ海からの報告、共通の基盤に向けて』の中で「環境への犯罪が未解決のままにされているのが、まさにこの他に例を見ない天然の海洋の実験場であり、深海の夢への入り口である南シナ海である」と述べている。Bortonは、本書によって「もはや無視することのできない海洋生物の多様性を守ることと漁業の持続可能性に関する意識が高まる」ことを願っている。本書は、ジャーナリストの報告、漁師が経験してきたこと、特にベトナム沖での経験に関するインタビュー、収集されたデータ、Bortonが近年参加してきた南シナ海会議からの引用によって構成されている。第1章には、長年にわたる漁獲量の減少と中国の法執行船による妨害を経験した漁師たちの説得力のある一連の描写がある。Bortonは新型コロナウイルス感染拡大の初期である2020年4月に、中国海警船に故意に衝突され、沈没しそうになったところをなんとか生き延びた漁船の船長Tran Hong Thoとその乗組員の悲惨な経験を記載している。第2章では鋼鉄で船の舷側を覆った数千隻の中国トロール漁船が、漁のために海底を削り取り、サンゴ礁を傷つけ、フィリピンとベトナムの漁船に故意に衝突し、時には沈めてしまうという実態について述べている。すべての国による違法・無報告・無規制漁業は、約115,000種類の魚類に対する脅威である。Bortonは漁獲率が過去20年間で70%低下したと見積もっている。Bortonは中国を含む南シナ海を取り巻く国々の科学者、外交官、漁師、専門家、一般市民が、海の脆弱な生態系を保護することを目的とした、集団的な対話政策を行うために信頼醸成に取り組むという科学的な外交が必要であるとの訴えを結論としている。
(3) カナダUniversity of British Columbia と香港慈善財団ADM Capital Foundationの科学者が行った2021年11月の研究によると、乱獲を止め、気候変動の影響を遅らせるために今後10年間のうちに措置を講じなければ、南シナ海の漁業資源は消滅のおそれに直面するだろう。研究チームは、2100年までの南シナ海と東シナ海の乱獲と気候変動の影響をモデル化した。著者は「消滅もしくは存続、東シナ海と南シナ海の漁業の未来」という報告書の中で、現在、南シナ海と東シナ海の年間漁業価値は1,000億ドルであり、数百万人の人々に食料と生活を提供していると述べている。研究者のいくつかの気候変動シナリオによると、サメ類やハタ類のような人気のある魚介類は、その数が現在量のほんの一部にまで急落し、消滅を余儀なくされる可能性がある。南シナ海ではいくつかの人気のある品種は生物現存量(バイオマス)が90%減少し、漁師の年間収益が2100年までに115億ドル、減少する可能性がある。この研究では、温室化に影響のあるガスの排出が抑制され、漁獲量全体が半分に削減されるという最も望ましいシナリオにおいても、漁獲量は22%削減すると結論づけられている。研究者たちは「我々のシナリオモデルによると、現在の漁業ビジネスと消費慣行の結果として、アジアの食料安全保障、生物多様性、経済安定が脅かされ、海洋が危機のスパイラルに陥るという構図が明らかになる。我々が継続的に何もしなければ、経済的、社会的、生態学的危険を招くであろう。消滅か存続かが問われている」と警告している。
(4) 海洋生物の自然生息地であり魚の幼生が成熟していく際に生息する500種以上のサンゴ礁は、近年、気候変動、海水温上昇、中国による貝類の大規模採取、中国の領有権主張のための島々の浚渫により、南シナ海で急速に破壊されている。University of Miamiの海洋生物学者John McManusは、約100平方マイルのサンゴ礁が貝類採取と中国の新しい島々の建設によって損傷または破壊されたと推定している。海洋は、大気中に放出される人間が作った二酸化炭素の約3分の1を吸収する重要な炭素吸収源(carbon sink)として機能する。気候変動に関する政府間パネルによると、気候変動は海水温度の上昇、海水の酸性化、魚に必要な酸素の減少を引き起こす。研究者は、このような海の劣化により、海の魚の種類の数は60%近く減ると推定している。
(5) Bortonは著書の中で、南シナ海とその海洋生物多様性は、紛争国間の環境についての協力と科学に基づく措置の適用によってのみ救うことができると熱心に訴えている。Bortonは「気候の大惨事(climate catastrophe)」を避けるために、紛争中の関係国に「技術革新、データ共有、科学的共創(innovation, data-sharing, and scientific co-creation)」の新しい時代を受け入れる」よう求めている。例として、Bortonは、McManusや他の海洋科学者が持続できない漁業、サンゴ礁破壊、プラスチック汚染を含む海洋汚染、海水温上昇から海の生物多様性を救うために、国際的な海洋平和公園を作るという呼びかけを引用している。Bortonは「これを作るためには科学者や市民モニターによるデータの収集、海洋観測技術の開発、関連情報の自由な利用の拡大が必要であると述べている。また、関係各国は政治上の立場を越えて、この海域の海洋科学者間の協力を強化し、紛争中の環礁や埋め立てられた人工島について自由に科学的な調査を行えるようにする必要がある。かつては肥沃だった漁場で生態学の大惨事が繰り広げられている」と警告している。Bortonは「環境問題に取り組む合意がなければ南シナ海は『暗い未来』に向かう。伝統的な外交軍事戦術が米中間の外交上の争いの最新の場面で完全に使い果たされているわけではないが、おそらく今が、国家中心主義的な海洋紛争において、主権を主張する様々な国々を和解させるための最適な手段として科学が出現することに適した時期である」と述べている。
記事参照:The Looming Environmental Catastrophe in the South China Sea

1月17日「中国のシンクタンクが指摘する地政学的危険―香港紙報道」(South China Morning Post, January 17, 2022)

 1月17日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“From the South China Sea to the Indian border – a Chinese think tank weighs in on China’s geopolitical risks in 2022”と題する記事を掲載し、中国のシンクタンクが指摘する2022年に起こる可能性のある中国にとっての安全保障上の危険について、要旨以下のように報じている。
(1) 中国の清華大学戦略与安全研究中心(以下、CISSと言う)は、2022年の中国の対外的な安全保障上の危険を予測し、中国の国境と周辺海域における脅威が最も重要であると述べている。
(2) CISSは、「フィリピンの新指導者が就任後に南シナ海への政策を大幅に変更し、両国間の係争海域で緊急事態をもたらす」という可能性を挙げている。フィリピンは、6年間の任期中に北京との友好関係を模索したRodrigo Duterteに代わる新大統領を選出する投票を行う予定である。2013年、フィリピン政府はハーグのPermanent Court of Arbitration(常設仲裁裁判所)にこの紛争に関する裁定を申請し、2016年にこの裁判所は中国の主権の主張には法的根拠がないと判断した。Duterteはこの裁定を推し進めなかった。これは、大統領選の主要候補の一人であるFerdinand Marcos Jnrが支持する取り組みである。しかし、もう一人の大統領候補であるLeni Robredo副大統領は、フィリピン海域における中国の存在を、同国が第2次世界大戦以後に直面した「最も深刻な外的な脅威」であると述べている。
(3) CISSの報告書はまた、2022年に中国とインドが国境で対立する危険を警告しているが、両者は対立から一歩引いて、2020年に激しい衝突があった西部区域の安定を維持することに合意している。また、1月上旬の会談によれば、相互に受け入れ可能な解決策を得るための取り組みを継続することでも合意している。
(4) CISSによると、多くの専門家たちが4月に行われるフランスの選挙を懸念しているという。「極右のMarine Le Pen候補が当選すれば、ヨーロッパの政治的安定に影響を与え、フランスの中国政策や中国とEUの関係も変化させるもしれない」とCISSは述べている。極右政党「National Rally(国民連合)」のLe Penは、インド太平洋で自己主張を強める中国に対し、フランスは立ち向かうべきだと発言している。
(5) CISSが指摘するその他の危険は、中国周辺の海域や空域における米中間の事故や緊急事態で、たとえば2001年の航空機衝突事故と同じようなことが考えられると言う。「たとえば、米軍が台湾海峡の海域や空域での飛行頻度を増やし、中国軍と米軍の間で事故が起こるかもしれない」とCISSは述べている。
(6) また、一帯一路構想の経路上の国々の政変が、特にアフリカ、中東及び南アジアでテロにつながる可能性があると警告している。中国は、アフガニスタンからテロリズム、分離主義、過激派が波及し、中国と近隣諸国の安全を脅かす可能性があることを注意する必要がある。
(7) その他の脅威としては、中国が関与する国際経済及び貿易紛争の激化、北東アジアにおける国際関係の変化――特に日中関係、サイバーセキュリティ、世界的感染拡大が引き起こす連鎖反応、世界の主要な経済圏における金融危機などが挙げられている。
記事参照:From the South China Sea to the Indian border – a Chinese think tank weighs in on China’s geopolitical risks in 2022

1月18日「2022年の米中台関係はどう展開するか―米・米中関係専門家論説」(China US Focus, January 18, 2022)

 1月18日付の香港のChina-United States Exchange FoundationのウエブサイトChina US Focusは、米シンクタンクHudson Institute上席研究員Richard Weitzの“China-US-Taiwan Scenarios in 2022”と題する論説を掲載し、そこでWeitzは2022年に米中台関係をめぐって起こりうるシナリオをいくつか提起し、それぞれのシナリオにおいて中国がどのような意図を持っているかについて、要旨以下のように述べている。
(1) 2022年、台湾危機に関して、大規模な紛争から部分的な和解まで、さまざまな筋書きが考えられる。その展開如何が米中関係に重大な影響を与えるだろう。以下では考えられる筋書きについて検討していきたい。
(2)まず、中国が台湾全土を占領するために軍事力を行使する可能性が、広く議論されてきた筋書きの1つである。その目的は台湾を徹底的に叩きのめすことで、同島の主要政策に関する中国の統制を確保することにある。最近、中国人民解放軍は台湾周辺の海と空での行動を活発化させている。また習近平は、台湾の再統一という、前任者の誰もが達成しえなかったことを成し遂げた偉大な指導者として名を残したいという野心を持っている。こうした筋書きでは、中国は海空軍を動員し、台湾近くへと移動させるだろうが、それを可能な限り隠密裡に実施するはずである。そして攻撃に際して、米国や提携国が台湾に対する十分な支援を行う前に、速やかな勝利を達成しようとするであろう。
(3) もう1つの可能性のある筋書きは限定的な戦争である。この場合の中国政府の目的は、台湾の占領というよりは、インド太平洋における米国主導の同盟網を破壊することである。この同盟網は、アジアにおいて米国が中国に対して有する優位であると認識されている。同盟網の破壊は、台湾が支配する中国大陸周辺のいくつかの島々を占領することで達成されるだろう。すなわち、そうすることによって、日本やオーストラリアなどが自国の防衛に対する米国の意図と能力について信頼を喪失するのである。そうなれば韓国やインドなどの周辺諸国は中国に対抗するよりも宥和しようとするであろう。
(4) 第3の筋書きは、実際に軍事力を行使するのではなく、その危険性を操作すること、たとえば中国が戦争の危機を意図的に高めることで、台湾や米国などから譲歩を獲得するというものである。こうした事例では中国は多くの要求を提示してくるであろう。その中のいくつかには、相手の受け入れを期待して期限を設定するかもしれない。中国の要求としては、たとえば米国の台湾への武器売却の制限や、台湾をWHOなどに加入させようという動きの停止などが考えられる。それに対して中国側からの妥協、たとえば台湾海峡における哨戒活動の沈静化などの提案もなされるかもしれない。この筋書きでは、米国と台湾の引き離し、あるいは米国とその同盟国や提携国との引き離しが目的となる。
(5) 第3の筋書きにおいて、中国は軍事力の行使を切迫したものと見えるようにするための動きをするだろう。それは、第2の筋書きとは異なり、国際的関心を引くために公然とした動きになるはずだ。たとえば大規模な軍の増強、核警戒段階の引き上げ、種々のミサイル実験の実施などである。そうすることによって中国は、米国やその同盟国および提携諸国に、中国に対抗することの費用対効果の再計算を促そうとしているのである。
(6) 最後に、より穏当かつ楽観的な筋書きがある。中国は、台湾への軍事侵攻が世界的、かつ地域的な課題に対処するための協調を阻害するものとして理解し、台湾との間で軍事衝突回避のための信頼構築手段をとっていく可能性がある。たとえば台湾周辺での軍事行動における事前通知などさまざまな2国間の対話であり、さらにそうした対話には米国や日本など第三者の参加の可能性も開かれているかもしれない。この事例は、台湾海峡だけでなく気候変動や中央アジアの安定、朝鮮半島の非核化などの課題に対処するための望ましい米中関係の構築につながるだろう。
記事参照:China-US-Taiwan Scenarios in 2022

1月18日「コールド・レスポンス2022:ここ40年で最大規模のノルウェー主導の軍事演習の実施―ノルウェー紙報道」(High North News, January 18, 2022)

 1月18日付のノルウェー国立NORD UniversityのHIGH NORTH CENTERが発行するHIGH NORTH NEWSの電子版は、ジャーナリストAstri Edvardsenの“Cold Response 2022: 35,000 Soldiers from 26 Countries in Northern Military Exercise”と題する記事を掲載し、今年3月に開催されるノルウェー主導の軍事演習コールド・レスポンスが、これまでで最大規模になる見通しであるとして、要旨以下のように報じている。
(1) コールド・レスポンス(Cold Response:以下、CRと言う)とは、ノルウェー主導の冬季演習で、NATOおよび提携する国々とともに隔年で開催されるものだ。2022年は3月半ばから4月頭にかけて実施され、NATO加盟国30ヵ国のうち23ヵ国に加えてフィンランド、スウェーデンが参加を表明しており、これまでで最大規模となる見通しだ。ノルウェー統合作戦司令部報道官Preben Aursandによれば、演習の大部分はノルウェー北部で実施され、南部での活動は、部隊の移動や兵站の前の訓練になるとのことである。
(2) 2022年のCRは40年前に実施された規模に匹敵する。前回2020年に実施されたCRは、10ヵ国から1万6,000人が参加したが、その倍程度の規模になる。ただし、2018年に実施され、ノルウェーが主催国となったNATOのトライデント・ジャンクチャー演習の規模ほどではない。トライデント・ジャンクチャー演習は1980年代以降、ノルウェー領域で実施された演習としては最大規模のものであった。
(3) CRはNATOの枠組みにおいて行われるが、その規模は参加国の関心の高さに応じるものである。演習の効果については連携が重要であり、参加国が増えるほどその効果は高まる。また、CRは2月末に始まるNATOの即応部隊によるブリリアント・ジャンプという演習と直接のつながりを持つものである。
(4) Aursand報道官によれば、演習に参加する部隊や人員の大部分が英米からの参加だという。英空母「プリンス・オブ・ウェールズ」と米空母「ハリー・トルーマン」の参加が予定されている。ただし後者については、現在、ウクライナ情勢と関連して、NATOとして周辺地域に対し安全を保障するため地中海東部を行動中であり、情勢如何によってはCRへの参加が見送られる可能性もある。
(5) 2022年のCRに対する関心は高いが、参加する国や人員の数はまだ決まっておらず、3月半ばの開始まで流動的である。COVID-19の感染拡大やその対応もその要因の1つである。特にノルウェー当局は世界的感染拡大を深刻に捉えており、参加する国々に対して、参加者すべてのワクチン接種(あるいは、数ヵ月以内の感染)を要求している。こうしたことが最終的な参加人員数に影響を与えるであろう。
(6) ノルウェー軍は北極圏における気候に対応するため、同盟国の人員に講習を受けたり、資格を取得したりすることを勧めてきた。これにより、もし何らかの危機的状況が生じた時でも同盟軍の受け入れを容易にすることができ、それがノルウェーの総合的な防衛に関する考え方である。2022年のCRは、陸海空部隊の統合的な行動の訓練に焦点を当てるものであり、特にこれまでの訓練に比べて海と空の防衛に力点を置くという。
(7) 現時点で、1万4,000人の陸上部隊、1万3,000人の海上部隊、そして8,000人の航空関係者が参加する予定である。ノルウェーはこの演習について既に通知し、ロシアを含む欧州安全保障協力機構の全加盟国に、オブザーバーの参加を招待した。
記事参照:Cold Response 2022: 35,000 Soldiers from 26 Countries in Northern Military Exercise

1月18日「南シナ海;米軍の動きは台湾への新たな近接法を示唆―香港紙報道」(South China Morning Post, January 18, 2022)

 1月18日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、“South China Sea: US Navy moves suggest new approach in likely Taiwan flashpoint”と題する記事を掲載し、米海軍は南シナ海への進出に当たって、2021年以降、従来から航過してきたバシー海峡だけでなく、フィリピン群島内の海峡を抜けることで、人民解放軍のレーダーによる被探知を開始し、作戦上、戦略上の柔軟性を向上させているとして、要旨以下のように報じている。
(1) 最新の分析によると、米海軍空母打撃群は2021年以来、南シナ海における航行を増加させているだけでなく、その航路、訓練様式を複雑化し、予測を難しくしてきている。防衛問題の専門家は、(米海軍の行動の)変化は人民解放軍による台湾攻撃、南シナ海での領域紛争など地域における不測の事態に直面する空母打撃群によって考えられた新しい対応策である。
(2) 「カール・ビンソン」空母打撃群は、対立の続く南沙諸島周辺海域で「エセックス」両用戦即応群との5日間の訓練を1月15日に終了した。北京大学の南海戦略態勢感知計画によれば2021年よりも2週間早い米海軍の訓練開始であった。「米軍は2021年、南シナ海において訓練規模、実施回とシナリオの面で展開を劇的に増強してきている。米空母打撃群は2021年に10回南シナ海に進入してきているが、2020年は6回、2019年には5回であり、その訓練内容もより複雑になり予測が不可能になってきている」と南海戦略態勢感知計画執行主任胡波は14日に国営中央電視台に述べている。
(3) 過去、米艦艇は南シナ海へ進出するに当たってはバシー海峡を使用してきた。しかし、2021年以降、米艦艇の使用航路、行動期間が多様化してきていると胡波は付け加えている。航行記録、衛星画像は、米空母打撃群がフィリピンのパラワン州沖のバラバク海峡のようなフィリピン群島内の狭隘な航路や他の海域を航過しようとしたことを示していると中央電視台の報告は述べている。米海軍によれば、1月11日に「カール・ビンソン」空母打撃群がバラバク海峡を通峡し、南シナ海に進出したものである。
(4) 台湾沖及び南シナ海における外国の軍事的介入阻止を目的とする人民解放軍の接近阻止戦略に対する新たな対抗策を米空母打撃群は検証しているようであると元台湾海軍軍官学校教官呂禮詩は言う。「米海軍はミスチーフ礁、スビ礁、ファイアリー・クロス礁にあるOTHレーダー(水平線以遠の目標を探知できるレーダー:訳者注)からの探知回避を試みていると考える。米海軍は南シナ海に近接するためにフィリピンの地理的地物を活用し、人民解放軍の予想しないところに突然に出現する。OTHレーダーは群島の中から近接する目標を監視するのに限界があるからである」と呂禮詩は言い、島嶼群の間を航過する近接方法は、米艦艇乗組員の地文航法の技量向上を必要とすると指摘する。
(5) シンガポールのS. Rajaratnam School of International Studies研究員Collin Kohは、新しい動きと航路の選択を米海軍が実施する動的戦力運用( dynamic force employment concept)概念を踏まえたものであると言う。「従来からの航路だけを使用する代わりにあまり知られていない代替航路を使用することは、米艦艇の機動方向について予測することを難しくするだろう。これによって平時、緊急時の作戦上、戦略上の柔軟性が増大する。緊急時には台湾海峡事態が含まれることは間違いない」と呂禮詩は述べている。
記事参照:South China Sea: US Navy moves suggest new approach in likely Taiwan flashpoint

1月19日「米国、SSGNの地中海展開を公表。ロシアに米国の意図発信―米軍事関連誌報道」(The War Zone, January 19, 2022)

 1月19日付の米軍事関連誌The War Zoneのウエブサイトは、“US navy sends a message by publicizing guided missile submarine Mediterranean presence”と題する記事を掲載し、US 6th FleetがSSGN「ジョージア」の地中海展開を公表したことを取り上げ、米海軍が潜水艦の行動に関して公表することは極めて稀であるとした上で、国際関係が緊張した場合には、米国の同盟国に対する誓約を再保証し、敵対勢力には核の第2撃力を含む強大な打撃力を誇示することで事態の拡大阻止を図るため、潜水艦の行動を限定的範囲で公表しているとして、要旨以下のように報じている。
(1) US 6th Fleet は、巡航ミサイル搭載原子力潜水艦(以下、SSGNと言う)「ジョージア」の所在について異例の公表を行った。「ジョージア」の正確な場所は明らかにされていないが、キプロス島リマソールの近くに一時的に停泊していた。米海軍は「ジョージア」の展開を公表することで同盟国、ロシア双方に米国は自身の危険を犯すことなく、遠隔地に到達し、これを攻撃できる兵力の展開能力を有しているとの合図を送ろうとしたようである。US Naval Forces Europe-Africa/ US 6th Fleet は、マリのLieutenant General Evangelos Florakis海軍基地で訓練と補給を行ったことが知られており、海軍基地はリマソールからわずか16マイルしか離れていない。「ジョージア」のキプロス訪問は、「ハリー・トルーマン」空母打撃群の地中海展開と軌を一にする。匿名の当局者は、「ハリー・トルーマン」空母打撃群の地中海展開が地域の安全保障に対する米国の誓約をヨーロッパの同盟国に再保証するために決定されたとUSNI Newsに語っている。
(2) 米海軍がSSGNの展開を公表するのは今回が初めてではない。しかし、極めて稀なことである。2017年、米朝関係が緊張した時にはSSGN「ミシガン」が韓国に寄港し、2019年にはSSGN「フロリダ」が地中海におけるロシア任務部隊の行動に対応して地中海に展開した。また、「ジョージア」は2020年12月に米国とイランとの緊張が高まる中、水上艦部隊ともにホルムズ海峡を通航している。潜水艦の他の艦級でも同様のことが起こっている。攻撃型原子力潜水艦(以下、SSNと言う)「シーウルフ」は画像だけの発表ではあったが、ロシアのNorthern Fleetに合図を送るためノルウェー近傍で行動し、バージニア級SSN「ニューメキシコ」は地中海で海軍特殊戦部隊SEALの訓練の画像が公開されている。2021年6月には弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(以下、SSBNと言う)「アラスカ」と「オハイオ」がジブラルタルに異例の寄港を行い、米国の地域における能力とNATOへの誓約を誇示している。つい最近には、SSBN「ネバダ」のグアム寄港が公表され、インド太平洋に対する米国の誓約を示し、中ロに如何なる時でも米国が使用できる強大な第2撃力を思い起こさせることを意味している。
(3) SSGNは特殊戦任務センター、任務計画空間、追加のセンサーと通信システムが付与され、敵に探知されることなく、より浅い海域においても行動できるようその他の改造がなされている。SSBNからSSGNへの変更では極秘裏の情報収集を可能にすることが重視されている。24基の弾道ミサイル発射筒のうち22基はトマホーク巡航ミサイル7発を格納するようになっており、2基はロックアウト・チャンバーと呼ばれる特殊戦部隊SEALsの出入り筒である。2基のドライ・デッキ、シェルターはSSGNの上甲板に設置でき、ロックアウト・チャンバーと連接され、SEALsの隊員がシェルターを出入りし、潜水員輸送小型潜水艇( swimmer delivery vehicle:SEAL delivery vehicleとも呼ばれ、その場合はSEAL輸送小型潜水艇と訳される:訳者注)の発進、回収が行われる。SSGNは、その隠密性と長期滞洋力から敵にいつ、どこででも行動していると考えさせていると2019年に当時のUS Submarine Force司令官John Richardson中将(階級、当時)は述べ、「SSGNに搭載されているセンサー類は、艦長が情報要素や情報をその場で収集、司令官に送達し、原位置で対応することを可能にしている。これらを対地攻撃ミサイル、特殊戦部隊、魚雷などの卓越した攻撃能力と組み合わせたとき、敵がしっかりと対処せざるを得なくする多くの選択肢を持つことができる」と言う。
(4) 何にもまして、見えない領域を行動する潜水艦の能力は搭載する154発の巡航ミサイルと相まって、敵を恐れさせるものである。搭載する各巡航ミサイルは1,000海里を目標に向けて飛翔し、SSGNに大規模打ち放し攻撃能力を与えている。SSGNを中心に半径1,000海里の円を描けば、円内に存在する目標は攻撃される危険がある。このことは、地中海東部を行動中のSSGNはクリミア、ウクライナ、ロシアの目標を容易に攻撃することができることを意味する。そして、このことは海軍がメディアにSSGNの行動をあまり公表しない理由の全てのようである。
記事参照:US navy sends a message by publicizing guided missile submarine Mediterranean presence

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Vietnam And Philippines Hedging Against China And US Interests In The South China Sea – Analysis
https://www.eurasiareview.com/16012022-vietnam-and-philippines-hedging-against-china-and-us-interests-in-the-south-china-sea-analysis/
Eurasia Review, January 16, 2022
By Nabel Akram, Master of Philosophy in Political Science
 2022年1月16日、政治学を専門とするNabel Akramは米シンクタンクEurasia Reviewに" Vietnam And Philippines Hedging Against China And US Interests In The South China Sea – Analysis "と題する論説を寄稿した。その中でAkramは、中国が南シナ海の西沙諸島や南沙諸島で展開している領有権主張について歴史的経緯を元に解説した上で、中国の覇権主義的意図は、台湾を自国の一部とし、南シナ海や尖閣諸島(中国名・釣魚島)を含めた東シナ海を自国の主権下に置くことにあり、さらに中国は米国を西半球に押し戻したいと考えていると指摘している。そしてAkramは、米軍は現在、日本、韓国、フィリピンに展開し、さらに戦略的な要所であるマラッカ海峡近くのシンガポール近海には、4隻の沿海域戦闘艦を配備しているが、米国とオーストラリアは、パースに多数の米海軍部隊を配備する計画を協議しており、パースにも海軍基地を設置したいと考えているなどと指摘し、米国が軍事的に中国に対抗している状況を解説している。

(2) Tokyo, Beijing, and New Tensions Over Taiwan 
https://www.fpri.org/article/2022/01/tokyo-beijing-and-new-tensions-over-taiwan/
Foreign Policy Research Institute, January 19, 2022
By June Teufel Dreyer, a Senior Fellow in the Asia Program at the Foreign Policy Research Institute, is Professor of Political Science at the University of Miami.
 1月19日、University of Miamiの教授で米シンクタンクForeign Policy Research Instituteの上席研究員であるJune Teufel Dreyerは、同シンクタンクのウエブサイトに、“Tokyo, Beijing, and New Tensions Over Taiwan”と題する記事を投稿した。その中で、①日中間の問題である台湾は、2021年秋の日本の選挙において、その重要性を増した。②平和と安全の重要性に関する中国高官の発言は、中国が台湾に対して武力を行使した場合に日本がどのように対応するかという仮定の話になっている。③首相になる前の岸田文雄は選挙の際、「必要な高い基準を満たすことができれば」台湾のCPTPPへの参加を支持する意向を表明している。④12月、安倍晋三元首相は、中国による台湾への攻撃は日本にとって非常事態であり、東京が軍事力を行使する条件を満たす可能性があると警告した。⑤岸信夫防衛大臣は、就任後初の外遊先のベトナムで、力づくで現状を変えようとする中国を批判し、台湾の重要な役割を強調した。⑥台湾と日本は、文化的なレベルでも関係を強化している。⑦米国のあるアナリストは、台湾問題の国際化はCPTPPでの指導力に代表される日本の役割の増大につれ、日本が台湾の主権を支持するための隠れ蓑になったと見ている。⑧日中関係の緩和要因としては、親中派の林芳正が外相で起用されたこと、東京は北京の「一つの中国」政策には注意を払い続けていること、そして、2019年に台湾の軍高官が中国軍機の情報を定期的に交換することを提案したが日本が拒絶したことがある。⑨日中間の貿易関係は引き続き堅調である。⑩日本政府と中国政府は、9月30日に国交樹立50周年を祝う機会を歓迎した。⑪予期せぬ事態の拡大がない限り、この地域の展望は管理された敵対関係の継続となる可能性が高い。といった主張を述べている。

(3) Nuclear-powered submarines for Australia: what are the options?
https://www.aspistrategist.org.au/nuclear-powered-submarines-for-australia-what-are-the-options/
The Strategist, January 20, 2022
By Pete Sandeman is the main writer and editor of the UK site Navy Lookout
 2022年1月20日、英海軍関連オンライン運動Navy Outlook編集者であるPete Sandemanは、Australian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistに" Nuclear-powered submarines for Australia: what are the options? "と題する論説を寄稿した。その中でSandemanは、米国、英国、オーストラリアが関与するAUKUSの政治的および戦略的影響は、引き続き反響を呼んでいるが、オーストラリアがどのように原子力潜水艦(SSN)を取得するかの詳細は、しばしば見落とされてきたが、実際には、AUKUS発足までの長い道のりには、技術的、産業的、財政的に困難な課題が存在してきたが、他方、SSNが必要だというオーストラリア海軍の結論は完全に理にかなっているものであり、実際、中国のSSNは現在欧米のSSNと同等の性能ではないかもしれないが、水上艦隊の進歩は、今後10年間で質と数において急速に成長する可能性が高いことを示していると指摘している。その上でSandemanは、オーストラリアが今後順調にSSNを取得しその効果を発揮できるかどうかには不透明な部分があるとし、その要因として、①米国はこれまで英国にのみ原子力技術を輸出してきたが、オーストラリアにも同様の輸出を行うよう法律を改正しなければならないこと、②現実問題として、オーストラリアが戦略的効果を発揮するのに十分なだけのSSNを持つのは2040年代になるだろうが、その時の地政学的な状況は現在とは大きく異なっている可能性があり、具体的には、中国の軍事力とその影響力の拡大は、他の国が追い付くことを待つことはないと考えられること、③オーストラリア国民は、政治的誓約を必要とするAUKUSという巨大計画に何十年間も賛同し続けなければならず、かつ、財政的対価を負担するために莫大な予算を提供しなければならないこと、を挙げている。