海洋安全保障情報旬報 2020年8月11日-8月20日

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8月11日「南シナ海におけるこれ以上の緊張の高まりを望まない米中両国―香港英字紙報道」(South China Morning Post, August 11, 2020)

 8月11日付の香港日刊英字紙South China Morning Postは、“South China Sea: Chinese military told not to fire first shot in stand-off with US forces”と題する記事を掲載し、南シナ海をめぐる米中関係悪化を背景に米中両国、特に中国がこれ以上の緊張の高まりを抑制するために自制的な方針を採用していることについて要旨以下のように報じている。
(1) ここ最近南シナ海をめぐって米中間の緊張が非常に高まっている。米国は先月2個空母打撃群を中国近海に派遣し、他方中国も海軍演習や飛行作戦を台湾や南シナ海周辺で繰り返している。また米中両国はお互いに強気な言葉の応酬を繰り広げている。
(2) 他方で米中両国はそれ以上緊張が高まり、偶発的事件などによってその危機が制御不能になることを恐れてもいる。たとえば中国の軍部はそのパイロットらに対し最初の一撃を放ってはならないと強く命じており、また米国側から打診された米国防長官と中国国防部長との電話会談に、当初は拒絶したものの、応じることとなった。中国政府はさまざまな経路を通じて、中国側が最初に発砲することはないと米国側に伝えてもいる。
(3) 中国軍に近いある情報源は、海南島事件が起きた2001年とは状況が違うと述べた。それは米国の偵察機と中国人民解放軍(以下、PLAと言う)の軍用機が衝突し、前者のパイロットが中国側に身柄を拘束され、後者のパイロットが死亡したという事件である。その時は両国間の緊張が高まりつつも最終的には米パイロットは解放された。しかしその情報源が言うにはそれ以降PLAは多くの対抗手段を開発してきたのであり、もしそうしたアクシデントが起きたとき、同じように平和裏に解決するとは限らない。
(4) 米中両国は、こうしたアクシデントに対応するための協定を確立させてきたが、それは常に最新の状況に合わせて更新されるべきである。1998年には海洋協議協定を締結し、また2014年には海上および軍事的遭遇に関する行動規範について合意している。しかし最近の急激な米中関係の悪化は、そうした協定の更新を必要とするものであろう。Mike Pompeo国務長官は中国への「関与政策」は失敗だったと強調し、他方で習近平国家出席は安全保障に関する「不確定・不安定要素」の脅威が非常に高まっていると述べている。
(5) しかし中国の態度はやや軟化を見せており、それは中国がこれ以上の緊張のエスカレートを望んでいないことを示唆している。たとえば王毅外交部長は新華社通信とのインタビューで南シナ海について述べたとき、いわゆる「九段線」に言及することなく、南シナ海が「国際政治のための闘争の舞台」となるべきではないと述べていた。とはいえ王毅は米国の態度が中立的ではないと非難することも忘れてはいない。
記事参照:South China Sea: Chinese military told not to fire first shot in stand-off with US forces

8月11日「日越、南シナ海情勢に対応し巡視艇供与に署名-日英字紙報道」(The Japan Times, August 11, 2020)

 8月11日付の日英字紙The Japan Timesは、“Japan and Vietnam ink first maritime patrol ship deal as South China Sea row heats up”と題する記事を掲載し、日本は巡視艇6隻をベトナムに供与する合意に署名したが、その背景には南シナ海における中国の攻撃的な行動に対する沿岸国だけでなく国際社会にとっての懸念、尖閣諸島をめぐる日本への直接の影響があるとして、要旨以下のように報じている。
(1) 北京が南シナ海での主張を強めてきているので、日本はベトナムの海洋における法執行能力強化のためベトナムに巡視艇6隻、366億円(3億4,500万ドル)の供与に合意、署名した。ワシントンが戦略的航路の大部分に対する北京の主張は「完全に違法」としていること、沖合の資源の支配をめぐってベトナムや他の権利主張国を「いじめている」ことに関して米国が対中姿勢を硬化してきているため、この交渉は成立した。国際協力機構(以下、JICAと言う)によれば、7月28日に同機構はハノイで合意に署名した。外務当局者によれば、日本はベトナムに対し漁船を供与したことはあるが、東京がハノイに対し巡視艇を供与するのは初めてであり、6隻は日本で建造された新造艇である。「計画はベトナム沿岸警備隊に船艇を調達する資金を提供し、海上救難と海上法執行の改善を支援することであり、航行の自由を強化することになろう」とJICAは声明で述べている。計画は、南シナ海で力を誇示する北京へのベールに包まれた対抗策である「自由で開かれたインド太平洋の実現」に貢献するだろうと声明は述べている。
(2) 南シナ海を取り巻く問題は、南シナ海に主要なシーレーンを抱える日本だけの懸念ではなく、その問題はインド太平洋地域の平和と安定に直接関係しているとみる国際社会にとっても懸念である。「中国を含む関係国は緊張を高める一方的な行動を控え、法の支配の原則に基づいて行動することが求められている」と7月公表の防衛白書で防衛省は述べている。南シナ海における中国の行動はまた、中国が尖閣諸島に対する日本の支配を崩す試みを加速しているため、日本にとって直接的な影響がある。「中国は、尖閣諸島周辺において力を 背景とした一方的な現状変更の試みを執拗に継続 しており、強く懸念される状況となっている」と防衛白書は指摘している。
記事参照:Japan and Vietnam ink first maritime patrol ship deal as South China Sea row heats up

8月12日「情報活動と学会が直面するリスク-シンガポール専門家論説」(RSIS Commentary, 12August 2020)

 8月12日付のシンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウエブサイトRSIS Commentaryは、シンガポールNanyang Technological UniversityのThe Public Policy and Global Affairs Programme准教授Dylan M.H LohとNanyang Technological UniversityのS. Rajaratnam School of International Studies准教授Benjamin Hoの“Intelligence Operations: Risks Faced by Academia”と題する論説を掲載し、ここで両名はシンガポールからの博士課程留米院生の情報収集事案、宋新寧在ブリュッセル前孔子学院院長のスパイ活動事案を事例に中国が、在外中国人、中国系市民、特に大学等学術機関の研究者に働きかけ、情報収集に努めており、研究者は学術的、研究上の誠実さを守る必要があり、国家、特に小国は断固とした姿勢と外部勢力、特に大国を動揺させず、恥を欠かせないこととの均衡を取りつつ配慮と注意をしていく必要があるとして要旨以下のように述べている。
(1) シンガポールの博士課程院生Dickson Yeo Jun Weiが中国政府のために情報収集を行ったという最近の事例は、学術調査における潜在的なリスクに関して懸念を引き起こしている。特に研究者が悪意ある目的のために交際を求められつつある場合にそうである。このことはまた大国間の対立を乗り越えようとしている小国にとって重要な問題を提起している。確かに、大学やシンクタンクは純粋に学術的な象牙の塔で運営されているわけではない。そして研究者が外国の情報機関から観察されていたり使役されていたりしても全く不思議ではない。
(2) 事実、中国は近年、漢民族との交流を求めることで一層の政治的な影響力を海外に伸張する努力をしており、中国系が多くを占める国としてシンガポールはいつも北京の関心を誘ってきた。なぜそうなのか?学術的、あるいは政治的な仲間内でよく繰り返される表現は、その民族的構成からシンガポールは中国をより良く理解できる国であり、中国と西側の有益な代弁者を果たす国と北京から見られている。シンガポールの高等教育機関は現在、世界の大学の中でトップクラスに位置づけられている。シンガポールの高等教育機関は、中国内外からの出席者が参加する中国内外で行われる研究会、会議に招かれた中国について研究する学者、研究者を魅了している。さらに、中国のシンクタンク、研究者、政策決定者との専門的つながりを築く必要性は研究過程において煩わしい規則が実際的ではないことを意味している。また、ほとんどの学術研究者はどのような場合でも国家の秘密に関与していないので、彼らが外国人とその見解を共有したり、研究作業を実施したりすることは主たる懸念ではない。
(3) しかし、研究者にとっては広範な国内、国際的な義務が周知されており、彼らの研究が情報分析にとって価値があるものであることを認識しておく必要がある。全ての国はその国家目的のために有用な情報を収集していることはよく知られている。2019年、宋新寧はブリュッセルの孔子学院院長という地位を利用して、北京の代わりにスパイ活動を行ったとして非難された。現在進行している米国にある中国研究者の告発は、中国という国家が園より広い地政学的目標のため西側および近隣諸国の大学を目標にしていることを示唆している。国際的な協調という価値に加え、自然科学であれ、社会科学であれ、本来公開という特質を持ち、学術研究が利用可能であることを考えれば、中国情報部門が海外の高等教育機関の研究者を取り込むことは難しいことではない。
(4) Dickson Yeo Jun Weiの事例は、小国がどのように米中対立が拡大する中に取り込まれていくかを警告的に思い出させている。21世紀のグローバリゼーション、連結性、多国間貿易システムによって大国間の対立をうまく乗り切ることはますます難しくなってきている。ヒューストンの中国総領事館閉鎖は格好の事例である。在成都米総領事館閉鎖という中国の報復は悪化する米中関係を象徴している。事実、米中が有意義な協調をしている領域や分野を考えることは難しい。対立する両国が「我々とともにあるか、我々に対立するか」というものの考え方を適用する傾向がより懸念される。これを背景に、この誤った選択肢を拒否するため、同じ考えを持つ国々がともに話し合い、絶えず繰り返し話し合うことが重要である。小国は国際的な仲介を失っていない。米中対立は仲介を廃止、破棄し、大国に対する政府による談話を発表することの危険を示している。地域的に緊張が高まれば、同じ考えを持つ国々は協調を深化させ、ASEANやASEANが中核となっているARF、EASといった多国間枠組の組織に一層の投資をしなければならない。
(5) 今回の事件は、中国がその政治目的のため戦略的に都合の良いように多くの旅行者、企業人、学生、華僑に対し影響力を行使することができるかを思い起こさせる。事実、全てのASEAN加盟国は異なる数の中国系市民を抱えている。2016年の米大統領選挙に見るように、人が外国の影響を受けやすいかを議論する際に民族性を使用することは誤っているとは言え、外国勢力はその目的に合致すれば、他国の国内政治に介入することに罪の意識にさいなまされることはない。シンガポールのような小国にとって、影響力を及ぼそうとする試みに断固とした姿勢と関与してくる外国勢力を動揺させず、恥を欠かせないで影響力の道具としてシンガポールを使用することの間で均衡を見出すことが鍵となる。今後も、学術機関とその研究者達は情報の標的にされ続けるだろう。彼らが最先端の研究を続ける限り、学術的、研究上の誠実さを守る必要がある。問題は、どのようにして関係する利害者を予知し、知見の産出と科学の進歩に貢献するかである。このような問題を管理する上で説明することが可能で、透明性があり、規則に基づいていることが侵害に対する最良の安全策であろう。同時に、外部勢力はその目的のための政治的影響力を得るために学会員を取り込み、強制しようとするだろう。シンガポールおよびその市民のように外部と密接な関係を有する小国は、良いにつけ悪いにつけ配慮と注意を持って歩まなければならない。
記事参照:Intelligence Operations: Risks Faced by Academia

8月13日「イージス・アショア導入中止に際して日本が考えるべき3つの問題―米政治学者論説」(Nikkei Asian Review.com, August 13, 2020)

 8月13日付のNikkei Asian Review電子版は、米シンクタンクRAND Corporationの政治学者Jeffrey W. Hornungの“Three questions Japan must answer as it seeks missile strike options”と題する論説を掲載し、ここでHornungは、日本がイージス・アショア導入の中止を決定し、それに引き続く抑止能力獲得に関する議論において検討すべき3つの問題について要旨以下のとおり述べている。
(1) 今年6月、日本はイージス・アショア弾道ミサイル防衛システム導入の中止を決定した。それに続き日本では自衛能力だけでなく攻撃能力を含めたこれから先の抑止能力に関する議論が行なわれている。Donald Trump大統領就任以前から進められてきた計画の中止は、日米同盟のあり方に大きな衝撃をもたらすものである。日本政府は攻撃能力の獲得について検討する際、以下の3つの問題について議論するべきであろう。
(2) 第一にコストである。日本がイージス・アショア導入中止を決定した理由のひとつは、それがもともと42億ドルという巨費がかかるうえに、迎撃ミサイルから落下するブースターを安全に落下させるための措置にさらなる投資が必要だというものである。それでは、それに代わるミサイルなどの攻撃システムのほうが割安なのかと言うと、決してそうではない。ミサイルを敵目標に命中させるためには標的の発見や追跡などのためのインフラが必要になるからである。効果的な攻撃能力の獲得は日本の予算を強く圧迫するであろう。
(3) 第二に、消極的防衛手段の強度の問題である。敵基地攻撃能力などを含む積極的防衛手段に対し、消極的防衛手段とは、敵の攻撃の効果を最小化するための手段である。これはたとえば自衛隊基地や港湾、飛行場の強化や、レーダーや通信ネットワークに関して予備システムや移動式システムを導入することによる弾力性の向上などによって達成される。こうした手段はきわめて重要であるが、しかしこれまで日本政府内では積極的防衛手段の議論に傾いているように思われる。
(4) 第三に、イージス・アショア導入中止の決定が今後の日米同盟のあり方に与えうる影響である。日米同盟の関係はしばしば盾と鉾の関係と描写されてきた。つまり日本は日本自身と在日米軍を守る盾としての役割を果たし、アメリカは日本の外部を攻撃するための鉾としての役割を果たすというものである。そうした役割分担は同盟結成以来、若干の修正を加えられつつも、概ね維持されてきた。しかしこの度の決定に続き、日本が攻撃能力の増強を模索するということになれば、それは日米関係を根本的に変容させるだろうし地域のバランス・オブ・パワーにも多大な影響を及ぼすであろう。
(5) 日本が最終的に進むべき道は日本が決めることである。そのうえで、上記3つの問題について幅広く議論することで、日本政府が抑止能力の取得とそれによる影響がどのようなものであるかを真剣に検討していることを内外に示す必要があろう。
記事参照:Three questions Japan must answer as it seeks missile strike options

8月14 日「タイ深南部の反乱勢力による海洋利用―米専門家論説」(The Diplomat.com, August 14, 2020)

 8月14日付のデジタル誌The Diplomatは米シンクタンクOne Earth Futureのプログラムの1つStable Seaでインド太平洋地域の海洋安全保障問題を調査するMichael van Ginkの“Thailand’s Deep South Insurgencies: Exploiting the Maritime Domain”と題する論説を掲載し、ここでGinkはタイ深南部における武装反乱勢力の海洋利用の状況と、その遮断の重要性について要旨以下のように述べている。
(1) タイの反乱勢力は、麻薬の密輸と小火器の輸送に海上交通路を利用し、活動資金と武器弾薬を手に入れているようである。タイは法執行活動を強化するために資源を投入しているが、海洋状況把握(以下、MDAと言う)における能力不足のためにアンダマン海とタイ湾の沿岸水域を隠密裏に通航するチャンスを反乱勢力に与えることになっている。タイの反乱勢力は簡易爆発装置を使用するが、こうした装置の入手量の如何が活動レベルを規制する。米シンクタンクStable Seasの調査報告によればMDA能力の不足は陸上での反乱活動に資金と補給を提供し、反乱勢力の能力を大幅に強化する。タイ政府は、タイ周辺海域における海洋安全保障を改めて重視することで、暴力的な非国家行動主体への資源の流れを止めることができる。
(2) タイ深南部の分離主義グループは幾つかの民族解放運動組織に分けられるが、これら組織間の結束が見られないことから、タイ中央政府との長期に亘る和平交渉が難航している。これらの組織は、中央政府との和解に達するまで、主として以下の3つの方法で、海洋利用の利点を活用し続けて行くであろう。3つの方法とは、武器の輸送、麻薬の密輸、そして過激活動家の移動である。
a.タイ深南部で長年続く反乱活動は、小火器と軽火器(以下、SALWと言う)の強力な非合法取引市場を生み出した。大部分のSALW の供給源はカンボジアにあると見られ、陸上と海上経由でタイなどに輸送される。これらのSALWはカンボジア内戦当時のものか、中国からカンボジア経由で密輸されるものである。武器密輸は隣接するマレーシア経由で東南アジアの武装反乱グループにも余剰の武器を流している。タイの法執行機関によれば、タイからマレーシアへの SALW の密輸にはしばしば漁船に見せかけた船が使われている。また、タイの漁船はマレーシア石油のタイへの密輸入にも利用され、タイ反乱勢力の不法収入に貢献している。  
b.タイの麻薬取り締まり当局のデータによれば、麻薬関連摘発件数は、タイの他の地域に比較して一貫して深南部3省の方が多い。前出Stable Seasの調査報告によれば、麻薬は、主としてタイ、ラオスとミャンマー3国の国境地帯にある「黄金の三角地帯」の生産センターから東南アジア各地に流れる。幾つかの海上ルートの存在は多数の地上ルートとともに、国境警備を回避する能力に長けた長年に亘る反乱勢力の経験から、彼らが密輸業者の警護とガイド役を果たすことによって彼らの資金源となっている。
c.MDA能力の不足は外国の過激派分子を通じて、タイの反乱勢力を国際的なイスラム運動に結びつける役割を果たす。南部の主としてイスラム教徒の反乱によるこの地域の不安定な状況から、マレーシア、インドネシアそしてフィリピンにおける武装勢力への関与を目論む外国のイスラム過激派にとって、この地域は狙い目となっている。マレーシア、インドネシアそしてフィリピンの群島地域と接するタイの海洋国境と、タイ湾とアンダマン海を経由する頻繁な通商ルートの存在によって、タイは他の東南アジア諸国に侵入するための魅力的な中継地点となっている。タイ・マレーシア国境地域おける不法移民なども、よく知られた事実である。マレーシアとタイの過激派グループの結び付きによって、逃亡者は避難所を求めてマレーシアからタイの国境地帯を自由に越境できる。抜け穴だらけの海洋国境と多様な移動手段は、タイ政府の法執行活動を極めて困難なものにしている。
(3) では、タイ中央政府はどのように対応しているか。タイは、国内反乱勢力への外国からの資源流入を断ち切る重要性を認識し、海洋安全保障状況を改善する幾つかの措置を導入した。タイは非伝統的脅威に対処する海洋能力を強化するために、例えばより多くの沿岸域哨戒艇を調達してきた。更に、The Thai Maritime Enforcement Command Center(タイ海洋法施行コマンドセンター)は最近再編され、各機関の管轄権の重複問題を緩和するとともに、海洋安全保障脅威に対処するための資源活用を合理化した。こうした努力にもかかわらず、非伝統的な海洋脅威により効果的に対処する専門技能を持った沿岸警備隊がないことと、不十分なMDA能力のために、反乱勢力は依然、海洋利用が可能である。また、海洋における反乱勢力の活動を断ち切る政府の努力は、コロナ対策資金のために、2020年国防予算が約5億5,700万ドル削減されたことによっても妨げられた。反乱勢力の海洋利用によってタイ深南部の反乱活動は長引く可能性がある。タイの海洋法執行機関がその利用可能資産を再評価することによって、地域の安定性を強化することができる。反乱勢力の根拠地だけではなく、資源供給ルートにも目標を定めた協調的対応努力によって、反乱活動の継続に不可欠の資源の流入を徐々に規制することができよう。
記事参照:Thailand’s Deep South Insurgencies: Exploiting the Maritime Domain

8月14日「エクアドル海軍は常に外国漁船群の不法操業と戦っている―米国専門家論説」(Center for International Maritime Security, August 14, 2020)

 8月14日付の米シンクタンクCenter for International Maritime Securityのウエブサイトは、国際安全保障と地政学の研究者であるWilder Alejandro Sánchezの“The Ecuadorian Navy’s Constant Struggle Against IUU Fishing?” と題する論説を掲載し、ここでSánchez はラテンアメリカ沿岸とカリブ海は沿岸国の取り締まりのための艦艇と航空機が少ないため中国漁船群などの不法操業が起きやすい場所となっているとして要旨以下のように述べている。
(1) 約340隻もの外国漁船が現在エクアドルの排他的経済水域(以下、EEZと言う)に近い国際海域を航行している。違法・無報告・無規制漁業(以下、IUU漁業と言う)は、ラテンアメリカの国々の海軍にとって絶え間ない課題である。大規模漁業を行う外国漁船の繰り返しの出現は、すでに問題のある状況をさらに悪化させている。エクアドル当局によると、約340隻の外国漁船がエクアドルのEEZとガラパゴス諸島の間の国際海域を通って航行している。Oswaldo Jarrin国防相は、エクアドル政府はペルーから南から北へ移動した漁船群を1ヶ月以上追跡していると述べた。2020年8月7日現在、エクアドル海軍はコルベット「マナビ」(CM-12)と沿岸巡視船「サン・クリストバル」(LG-30)を配備し漁船群を監視した。さらに海軍の航空機で監視を実施した。複数の船舶が中国から来ていると特定されたため、一部のメディアは「中国漁船」と呼んでいる。
(2) IUU漁業に関しては、著者がCIMSECの他の解説で議論しているように、ラテンアメリカにとって「レベル」の問題である。最初のレベルは漁船旗国の領海内のIUU漁業、次にある国に登録された漁船が他国の海域で活動する不法操業、そして最後に地域外の漁船団による不法操業である。したがって、エクアドルに近い大規模な外国漁船群が世界的な問題となっているとき、それはこの地域で起こっている唯一の事件ではない。実際、ウルグアイ国防省は南太平洋に目を向けている。約 19隻のブラジル漁船が領海内で無断操業しているという報告もある。ウルグアイとブラジルの当局はこの問題について議論している。19隻の船は340隻ほど破壊的ではないが問題は依然として重要である。各国政府、国防省、海軍はIUU漁業に対処するための戦略を定期的に説明している。当然のことながら、国防省と武装警察機関の間でより大きな協力が行われている。例えば、チリ、コロンビア、エクアドル、ペルーを加盟国とするThe Permanent Commission for the South Pacific(南太平洋常任委員会)は2020年8月5日、この地域における国際艦隊のプレゼンスと乱獲の危険性に対処するためにより大きな協力と情報交換を求める宣言を発表した。さらに、米国国家安全保障会議はエクアドルのLenin Moreno大統領への支持をツイートし、「米国は大統領や友人やパートナーとともに経済的環境的主権に向けられたいかなる侵略にも立ち向かっている」と述べた。海軍間のパートナーシップについても同様である。また、不審船舶を見つけ監視しているエクアドル政府が行っている母港を特定するための衛星などの技術への依存度も高まっている。言い換えれば、各国の海軍や他の機関が前向きな発表をしており、成功した例が多くある。しかし、悲しいかな、問題は引き続き起こっている。
(3) 不法操業漁船対処にはより多くの船が必要である。1つの明白な問題はラテンアメリカとカリブ海各国海軍がこの犯罪に対抗するために展開できる船舶と支援航空機の数が足りないというである。各国の船舶は日常的なパトロールに加えて、捜索救助活動、沿岸地域への支援活動、不法操業・麻薬密売・密輸との闘いなど海上で無数の作業を毎日に行っている。艦船はまた、修理や改修をするためにドッグに入る必要があり、長期間にわたって任務ができなくなることもある。ラテンアメリカの海軍は不法操業と戦うため利用できる新しい機器を手に入れようとしている。フランスから購入したアルゼンチンの最新の沿岸巡視船「ブシャール」 (P-51)は、2020年5月にすでに領海で中国の漁船を停止することに成功している。同様に、ペルーは最近、海上犯罪との闘いに非常に役立つ2隻の国産沿岸巡視船「リオ・トゥンベス」と「リオ・ロクンバ」の運用を開始した。2020年7月下旬にエクアドル海軍は新しい支援船を契約した。2017年にエクアドルは中国の大規模な漁船群の一部をガラパゴス諸島の許可なしに運航していたとして拘束した。漁船の船内を検査したところ、当局は絶滅危惧種のサメを含む約300トンの魚類を発見した。2019年、長い法的手続きの後、エクアドルの司法当局は漁船は永久に没収されたと判断し、最終的に海軍に移管した。
(4) 各国の海軍は多くの成功を収めている。しかし、不法操業に従事するこれらの漁船群の膨大な数は各国の海軍を小さく感じさせる。例えば、19隻のブラジルの巡視船は340隻の漁船群ほど大きくはないが、老朽化した艦隊で知られるウルグアイ海軍にとっては挑戦的と言えるほどの大きさである。現在でも、エクアドルの領海の近くで外国漁船が活動している。海洋生物の多様さと海軍艦艇と航空機の限られた数のため、ラテンアメリカ沿岸とカリブ海は不法操業が起きやすい場所であり続けている。
記事参照:The Ecuadorian Navy’s Constant Struggle Against IUU Fishing?

8月14日「中国軍が南沙諸島に戦闘機を配備しない理由―シンガポール専門家論説」(The Diplomat.com, August 14, 2020)

 8月14日付のデジタル誌The DiplomatはシンガポールのシンクタンクISEAS-Yusof Ishak Institute上級研究員Ian Storeyの“Why Doesn’t China Deploy Fighter Jets to the Spratly Islands?”と題する論説を掲載し、ここでStoreyは中国軍が南シナ海の南沙諸島に戦闘機を配備しない理由について要旨以下のように述べている。
(1) 8月4日、中国紙の環球時報は人民解放軍空軍(以下、PLAAFと言う)のSU-30MKK戦闘機が南シナ海上空で10時間のパトロールを行い、同空軍のそれ以前の記録である8.5時間を更新したと報じた。この報告では10時間の飛行に成功したのはSU-30の1機だけであることが示唆されているが、ネット上の動画によると5~6機の戦闘機が任務に関与していたことが判明した。この戦闘機は中国南部の空軍基地から発進、IL-78空中給油機により2回給油された。この任務は、南シナ海での海洋紛争をめぐる米国と中国の間の緊張が高まっている時期に行われた。
(2) このビデオは中国の成長する戦力投射能力を示すために作られたが、ある専門家は、これは、うっかりPLAAFの弱点を明らかにしてしまった可能性があると指摘した。それは、これらのSU-30MKK戦闘機が、軽武装か非武装のいずれかであり、IL-78を2機使用すれば、空軍の大型空中給油機の3分の2を使い切ったであろうこと、すなわち、南シナ海をめぐる紛争において、PLAAFは多数の航空機を戦闘空間に送り込み、それを維持することができないことを示唆している。環球時報は戦闘機が南シナ海の「最も離れた島々や岩礁」へ派遣されたとしか伝えていないが、映像には南沙諸島のスビ礁上空を航空機が飛行している様子が明らかに映っている。南沙諸島にある中国の7つの人工島の1つであるスビ礁は、全長3300mの滑走路を有している。ファイアリー・クロス礁とミスチーフ礁にも長い滑走路がある。
(3) この任務は、重要な疑問を投げかけている。なぜ、SU-30MKKはスビ礁に着陸して補給を受けなかったのか?当然ながら、人工島の主な目的の1つは中国が領土権と管轄権を主張するために南沙諸島上空に防空識別圏(ADIZ)を設ける可能性も含めて、南シナ海への航空戦力の投射を可能にすることではないだろうか?
(4) しかし我々の知る限り、今までPLAAFの戦闘機がミスチーフ礁、スビ礁又はファイアリー・クロス礁に着陸したことは一度もない。中国の戦闘機が、3つの人工島のいずれにも今まで着陸していないと仮定してみよう。7つの地勢を埋め立て、それらの上に燃料や弾薬庫、格納庫、レーダー及び通信設備などの軍事インフラを構築するために莫大な費用がかかることを考えると、なぜPLAAFは人工島に戦闘機を飛ばさなかったのだろうか?
(5) 理由は3つ考えられる。
a. 1番目は政治的なものである。それは、中国は戦闘機を人工島に配備することで、東南アジアの権利主張国との緊張を高めたくないということである。しかし、過去数カ月間、中国はその主張を強化し、ベトナム、マレーシア、ブルネイ及びフィリピンのEEZに調査船や中国海警船を挑発的に送り込んできたことを考えると、これはありそうもない。
b. 2番目は、航空機の整備上の問題である。戦闘機を海上で運用する場合、海水のしぶきに含まれる塩分や高湿度による金属腐食が問題となる。米空母は常にこの問題に対処しているが、中国は人工島に大きな格納庫を建設しており、その中には空調設備が整っているものもあるだろう。さらに、数日の間ファイアリー・クロス礁、スビ礁又はミスチーフ礁に配備しても、PLAAFの戦闘機の傷みはそれほど大きくない。真水ですぐに洗い流すことができる。
c. 3 番目に考えられる理由については、もしそれが本当ならば、中国の防衛計画担当者にとってより深刻な問題を引き起こすことになる。スビ礁の埋め立て作業は、2014 年初頭に開始されたが、浚渫が完了する前にも滑走路や支援施設の建設がすでに始まっていた。スビ礁の滑走路は、2016年半ばに完成した。この業界の慣行では通常、建設工事を開始する前に数カ月あるいは数年をかけて埋め立て地を固めるようにすることが一般的であり、さもなければ地盤沈下を引き起こす。さらに人工島の構造的完全性に対する疑問は、汚職の問題が考慮される場合には増幅する。習近平国家主席の反賄賂キャンペーンにもかかわらず中国では軍産複合体を含む腐敗が依然として蔓延している。建築業界の腐敗は手抜き工事や粗悪な工事につながる。
(6) もし3つの環礁にある滑走路が沈んだり、ひび割れたりしていても衛星画像からは容易には分からないだろう。航空機は、3月と4月にファイアリー・クロス礁に着陸した、特に軍用輸送機や海上哨戒機のような、より低速のターボプロップ機なら、それらを使用することが可能だろう。しかし、高速の戦闘機のためには滑走路の表面の完全性をより高める必要がある。イメージを重視し、リスクを嫌う中国軍は自国の戦闘機の1機が3つの礁のうちの1つに離着陸した際に巻き込まれる不運な事故に伴う、広報活動の混乱を避けたいのだろう。中国の人工島にある滑走路や関連施設に構造的な問題が実際にあるとすれば、PLAAFにとってそれらの戦略的有用性や南シナ海のADIZを強制するという北京が抱いている可能性がある野心に対して疑問を投げかけることになる。
記事参照:Why Doesn’t China Deploy Fighter Jets to the Spratly Islands?

8月17日「RIMPACからの台湾排除が意味するもの―香港英字紙報道」(South China Morning Post, August 17, 2020)

 8月17日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は“Taiwan excluded from RIMPAC war games as US avoiding crossing Beijing’s red line”と題する記事を掲載し、今年開催された環太平洋合同演習(以下、RIMPACと言う)に米国が台湾を招待しなかったのは米中関係をこれ以上悪化させまいとする米国の慎重姿勢を示唆しているとして要旨以下のように報じている。 
(1) 8月17日にハワイのホノルルでRIMPACが開始された。これは世界最大の多国間共同海軍演習で、米国が主導し、2年に1度開催され、2週間にわたって実施される。今年の参加国は米国以外では韓国、カナダ、オーストラリア、日本、フィリピン、シンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、フランスである。2年前の参加国は25カ国だったが、今年はCOVID-19の影響で半数以上が不参加である。
(2) 台湾はかねてよりその演習へのオブザーバーとしての参加を希望してきた。しかし米国は、ここ最近中国との関係が悪化し、対照的に台湾との距離が縮まっているように見えるにも関わらず今回台湾を招待することはなかった。
(3) 台湾を招待しないという決定の背景には中台関係の悪化と米中関係の悪化がある。それゆえに米中台の3者は、その関係のさらなる悪化を招きかねない行動を自制しているのである。たとえば親中国派の台湾メディアChina Timesの報道によれば、台湾空軍はそのパイロットに対し、台湾領空を侵犯するような航空機への対応における誤射ないし最初の攻撃をこちらが放つことを厳に戒める命令を発したという。米国もあくまで現状維持を望み、中国も最初の一撃を打たないという方針を維持しているのである。
(4) 台湾は最近の状況を背景にして、むしろRIMPACへの参加に期待を持ってきた。2020年7月、米国上院で国防権限法が通過したが、それは台湾の同演習への参加を求め、台湾を軍事占領しようという中国の動きを妨げるよう訴えるものであった。また米国は8月半ばに保健福祉長官Alex Azarを台湾に派遣した。米国が1979年に台湾との外交関係を中国に移して以降、省庁長官クラスの台湾訪問は初めてのことである。これは、蔡英文総統が述べたように米台関係がかつてないほど親密であることを示唆するものであった。
(5) しかし米国はRIMPACに台湾を招待しなかった。野党国民党に立場の近いシンクタンクNational Policy Foundationの国家安全保障部門の部長である林郁方によれば、その米国の決定は理解可能である。政府高官の台湾訪問は確かに両国関係のかつてない接近を反映しているが、それはあくまで米中関係の悪化を背景としている。そのうえで米国は、上述したように根本的には現状維持を望んでおり、それを壊しかねない線を超えるつもりはないだろうと彼は言う。林によれば、Donald Trump大統領は中国との全面戦争は米国の利益にならないと考えている。南京大学国際関係論教授の朱峰も同様に、米国が台湾をRIMPACに参加させなかったことは、それが潜在的に軍事紛争につながりかねないと国防総省が考えているということだと主張した。
(6) 台湾のRIMPAC参加問題は米中間の外交交渉における米国側のカードのひとつであり、米国はそれを切るのにきわめて慎重だ。次回はありえるかもしれないが、さらなる緊張の悪化をもたらしうる行動を米国が採る可能性は低い。
記事参照:Taiwan excluded from RIMPAC war games as US avoiding crossing Beijing’s red line

 

8月19日「米空軍がB-2爆撃機をディエゴ・ガルシアに配備―米軍事情報サイト報道」(The War Zone.com, August 19, 2020)

 8月19日付の米交通関連サイトThe Driveの軍事関連ニュース・サイトThe War Zoneは、“Trio Of B-2 Stealth Bombers Deployed To The Island Of Diego Garcia As Seen From Space”と題する報道記事を掲載し、インド洋のディエゴ・ガルシア島に米空軍B-2爆撃機が配備されたとして、その後の動向について要旨以下のように報じている。
(1) 2020年8月11日、米空軍は3機のステルス爆撃機B-2を母基地のミズーリ州のホワイトマン空軍基地から地球の裏側のインド洋に位置する離島の在外基地ディエゴ・ガルシア島へ送り込んだ。この事前予告なしの配備は米空軍の新しい予測不可能な爆撃機配備戦略の一環であり、アジアにおける対中緊張が頂点に達している時に行われた。
(2) 丸一日をかけて、これらの爆撃機が複数回の空中給油により直行でディエゴ・ガルシアに到着して以来、既に何度かの出撃を行っている。Pacific Air Forces(以下、PACAFと言う)によると、2020年8月18日、ディエゴ・ガルシアにある3機のB-2のうち2機はインド洋へ進出し、「相互運用性のための統合戦術訓練を実施した」という。一般的に「統合」での活動は米軍の他の軍隊も参加するものを指し、「相互運用性」に焦点を当てた訓練は、多くの場合、同盟国やパートナー国が含まれる。米空軍は、この飛行のために米軍又はその他の軍がこれらの爆撃機に合流したかどうかは述べなかった。米太平洋空軍は、このB-2の訓練任務はダイエス空軍基地から長駆日本へと往復飛行する2機のB-1爆撃機が参加した別の長距離訓練飛行と同時に実施されたと述べている。これらの爆撃機は、実際には日本に着陸することはなかったが、復路ではグアムのアンダーセン空軍基地に短期間配備された後、サウスダコタ州のエルズワース空軍基地に引き返すさらに2機のB-1と合流した。
(3) B-2爆撃機3機が2020年8月11日にディエゴ・ガルシアに進出したことによって、爆撃機の任務部隊はハワイ州のヒッカム空軍基地に別のB-2爆撃機の3機が進出した2019年1月以来はじめて、広いインド太平洋地域のどこにでもB-2爆撃機を実際に展開することになった。この最新のB-2の配備は、中国軍による似たような動きに対応して太平洋全域での米軍活動が大幅に増加している中でのものであり、北京にメッセージを送り、この地域における米国の同盟国とパートナー諸国を安心させるためのより大きな取り組みの一環であることは明らかである。
(4) これらの最新のインド洋での出撃に加えて、ディエゴ・ガルシアの任務部隊から単独のB-2が8月14日に豪北部と往復飛行を行っていた。豪北部には、豪空軍デラミア射爆場があり、当該爆撃機は同射爆場に向かったものと思われるが、実弾か模擬弾かを問わず何か兵器を投下したかどうかは不明である。
(5) B-2の配備スケジュールは明らかにされていないものの、同機は当分の間、ディエゴ・ガルシアを拠点にする可能性があり、これらの世界的な展開及び次第に強まる遠征の所要を考えれば、今後はほとんどインド太平洋のどこにでも現れる可能性がある。何よりも、B-2によるディエゴ・ガルシアの使用はこの軍事施設が米国にとっていかに戦略的な位置にあり、重要であるかを再認識させるものである。
記事参照:Trio Of B-2 Stealth Bombers Deployed To The Island Of Diego Garcia As Seen From Space

2020年8月「中国人の目から見た米空母『セオドア・ルーズベルト』の集団感染事案-米海大専門家論説」(U.S. Naval Institute Proceedings, August 2020)

 2020年8月のU.S. Naval Institute Proceedingsのウエブサイトは米The Naval War Collegeの James R. Holmesの“The Crozier Affair through Chinese Eyes”と題する論説を掲載し、ここでHolmesは先般の米空母「セオドア・ルーズベルト」のCoid-19集団感染事案(抄訳者注:標題のCrozierは同事案で解任された同艦の艦長名)などを中国の軍関係者がどのように見ているかという問題について要旨以下のように述べている。
(1) 中国人民解放軍は米空母「セオドア・ルーズベルト」において発生したCoid-19の感染事案に関する米海軍の調査報告書をどのように解釈するであろうか。彼らは同報告書を綿密に調査し、この問題から学んだことを応用するだろう。彼らが本事案をどのように解釈するかを推定することは、将来的な米海軍との競争を勝ち抜くため彼らが従来からの慣行をどのように変更できるかを垣間見る機会となるかもしれない。
(2) 第一に、この集団感染事案は近年目立ち始めている米海軍の能力と施設装備のちぐはぐな印象を再確認することになるかもしれない。中国の分析者は各種スキャンダル、衝突等の事故、新造艦における技術的問題などに悩まされ、混乱した米海軍の姿を見ることができる。最近では強襲揚陸艦「ボノム・リシャール」がサンディエゴで停泊中に4日間にわたる火災に見舞われ、全損として廃艦となる可能性もある事案が生じているが、主力艦が本国港湾に停泊中に火災で被害を受ける光景は、中国の米国ウォッチャーの間でこうした中傷的な見方を再確認することになるだろう。危険はそのような印象の中に潜在している。ワシントンが北京による台湾攻撃を抑止したいのなら中国共産党(以下、CCPと言う)の指導者に米国の軍事能力を信じさせる必要があり、米国はそのための能力を担保しておく必要がある。CCPの指導者がワシントンの能力を無視できないと判断すれば、台湾攻撃は抑止されるであろうが、人民解放軍司令員やその政治委員が米海軍及びパートナー諸国の軍事的能力を疑うようになれば、北京が抑止される可能性は低下するだろう。
(3) 開放的な社会が閉鎖的な社会と対峙する場合には捻じれた力学が成立する。戦略家のEdward Luttwakは1974年の著書“The Political Uses of Sea Power”で政治システムの違いが海軍間のバランスの印象を歪める可能性があると指摘している。米国を含む開放的な社会では軍隊に係る問題が公然と批難されるが、中国のような閉鎖社会では失敗を隠すために十分な時間が費やされる。さもなければ権威主義的な支配者層は権力を失い、時には命さえ失うことを恐れるからである。ライバルが彼らの失敗を隠している間、一方はその問題を公にするため、客観的事実がどうあれ前者が海上では優勢に見えるのである。もっともそうした開放性には長所も短所もあり、Luttwakは軍隊に関する活発な議論は実際には良いことだと主張している。批評と説明責任は時間とともに軍隊をより良くするということである。一方で軍隊の評判が傷つけられる結果、その能力を低下させる可能性もあるという点ではもちろん悪いことである。このため米海軍の指導者は同盟国が米国に対する信頼を失ったり、米軍が人民解放軍を抑止出来なくなったりする可能性があるといった想定に陥らないようイメージを一新する必要があるだろう。
(4) 第2に、「セオドア・ルーズベルト」の事案は太平洋における米軍の指揮系統が非常に細分化されていることを人民解放軍の将校達に再認識させたに相違ない。集団感染が発生した際、指揮系統は同艦から日本、パールハーバー、ワシントンDCまで跨っており、事案の評価も部署によって異なった。これに対応する行動はこうした複雑な状況下での調整の困難性を証明しており、戦時には更なる困難も生ずるものと予想される。そして人民解放軍はこの点では有利であるのかもしれない。人民解放軍は米国とその同盟国に対する「システム破壊戦」を目標としている。すなわち、米国がネットワークでの戦争を展開しようとする場合、人民解放軍はそれらのネットワークを解体しようとするだろう。人民解放軍は本事案で明らかになった米海軍における指揮系統の継ぎ目を突こうとする可能性があり、そのことは米国の海上作戦遂行のための結束を損なうことになりかねない。
(4) そして第3に、中国の米国ウォッチャーは「セオドア・ルーズベルト」艦長が問題の契機となったメモランダムで用いられた表現に注目するかもしれない。「乗員は死ぬ必要はない」と艦長は上級司令部に申し述べたが、これは米国が「平時」の立場にあり軍隊生活の危険について過度に懸念しているようにも見えるという点において、中国にとってはシグナルと解されるかもしれない。人民解放軍の創設者である毛沢東は、北京に戦争の方法を刻み込み、「平和の状態」が存在することを否定した。「政治とは流血を伴わぬ戦争である」としてCarl von Clausewitzの古典的定義をアレンジし「戦争とは流血を伴う政治である」と述べており、 毛沢東主義者たちは、実際に流血が起きているか否かに係りなく、常に戦争状態にあるものと考えているのである。人民解放軍は平時の考え方に安住している米国よりも戦時に近い考え方を有しているので、それが米軍に対する心理的優位であると結論するかもしれない。中国の指揮官達は南シナ海、台湾海峡、東シナ海などにおける将来的なグレーゾーン作戦に際し、米国人が強迫の下で屈するであろうという彼らの心理的な利点に基づき、さらに積極的なアプローチをとる可能性もある。
(5) 最後に、「セオドア・ルーズベルト」の問題で情報通信技術が果たした役割は人民解放軍の眼から逃れることはできなかったという点も重要である。同艦艦長は機密情報を一般のメールで送信し、San Francisco Chronicle紙に漏洩して報道されたことが確認されている。また、同艦医療スタッフは公に発表することが憚られる内容の文書を独自に作成し、多数の受信者に配布しているが、これもまた通信の安全性に関する海軍の規則上も問題である。さらに中国の観測者にとって注目に値するのはソーシャルメディアの果たす役割である。報告書は艦長が検疫のため乗員をグアムに送り始めた時、乗組員がソーシャルメディアで不満を述べたことに驚いた様子が記されているが、この投稿以降、艦長による危機対応は明らかに異なるものとなっている。中国はこのような点についても機会を見出すかもしれない。人民解放軍は、中国を支持し外国の意見を変えさせようとする努力の一環として、365日24時間体制で「3つの戦争」を行っているとされており、そのうち2つはメディア戦と心理戦である。人民解放軍はソーシャルメディアを利用して艦船乗員や航空隊に侵入し、米海軍の内部からの問題を引き起こそうとする可能性もある。
(6) 「セオドア・ルーズベルト」におけるCOVID-19集団感染と「ボノム・リシャール」の火災事案は、中国の米海軍の脆弱性を知らしめた可能性もあるが、今こそ先見の明を発揮し我々の脆弱性を補強すべき時である。
記事参照:The Crozier Affair through Chinese Eyes

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) How Good Order At Sea Is Central To Winning Strategic Competition
http://cimsec.org/how-good-order-at-sea-is-central-to-winning-strategic-competition/45247
Center for International Maritime Security, August 12, 2020
Dr. Joshua Tallis, a research scientist at the Center for Naval Analyses and an adjunct professor at the George Washington University 
8月12日、米The Center for Naval AnalysesのResearch ScientistであるJoshua Tallisは、米シンクタンクCenter for International Maritime Security (CIMSEC)のウエブサイトに" How Good Order At Sea Is Central To Winning Strategic Competition "と題する論説を発表した。ここでTallisは、今日、米海軍や米海兵隊は自己の役割が米国の国家戦略にどれだけ貢献しているのかの説明責任を迫られており、米海軍が大国間競争にどのように適応しなければならないかについての政策的な含意は、日常の活動が国家戦略とどのように交差するかという概念から始まるべきであるが、これは米海軍と米海兵隊の作戦上の優先事項の核心部分を再考することを意味すると指摘した上で、今求められているのは、戦略的な競争の時代における勝利の明確な理論を明らかにし、かつ、競争と国際秩序を支える小さな課題との関係を認識し、そして、米国の安全と繁栄の基盤となる秩序を強化する政策と運用の優先順位付けを行うことであると結論づけている。

(2) Democracy’s Squad: INDIA’S Change of Heart and The Future of The Quad
https://warontherocks.com/2020/08/democracys-squad-indias-change-of-heart-and-the-future-of-the-quad/
War on The Rocks.com, August 13, 2020
Jeff M. Smith, a research fellow at the Heritage Foundation in Washington
8月13日、米シンクタンクThe Heritage Foundationの研究員であるJeff M. Smithは、米University of Texasのデジタル出版物War on the Rockに" Democracy’s Squad: INDIA’S Change of Heart and The Future of The Quad "と題する論説を発表した。ここでSmithは日米豪印4カ国安全保障対話(以下、QUADと言う)を取り上げ、2007年5月と9月の海軍合同演習などを含む第1回のQUADは発足から約1年間という短命に終わったが、これは、2008年初頭、胡錦濤政権下の中国は依然としてより穏健な「隠れみの(hide and bide)」戦略を採用しており、QUADを構成する4つの民主主義国家が中国の性質とその深刻さ、中国の行動に対する適切な対応についてコンセンサスに欠けていたという、まさにタイミングの問題であったと指摘している。そしてSmithは、その後のQUADの動向を検証した上で、今後は新たにQUADの枠組みに参加したいと考える国が登場してくるだろうが、QUADの核心はソ連時代の封じ込め政策ではなく中国の冒険主義と現状を覆そうとする努力を抑止する効果を持ち得る、十分な兵力と高度な能力を持ち、そして一致団結した民主主義国家の姿を示すことであるとし、団結心が高まれば高まるほど、中国がQUAD諸国を挑発したり、打ちのめしたりするにはコストがかかることになるのだから、QUADの目標は戦わずして勝つことにあると主張している。

(3) Trouble on China’s Periphery: The Stability-Instability Paradox
https://thediplomat.com/2020/08/trouble-on-chinas-periphery-the-stability-instability-paradox/
The Diplomat.com, August 18, 2020
David Skidmore, a professor in the Department of Political Science at Drake University in Des Moines, Iowa, the U.S. 
8月18日、米国のDrake Universityの教授David Skidmoreはデジタル誌The Diplomatに“Trouble on China’s Periphery: The Stability-Instability Paradox”と題する論説を寄稿した。ここでSkidmoreは、①今日の中国のナショナリズムは安定性と不安定性のパラドックスとなっている、②中国におけるナショナリズムは国家建設者たちの強い支配願望を促進するためのやり方によって国家を定義するという形で生じた、③中国共産党は生活水準の向上とともに愛国心を重視することで、主流となる中国人の間で一党独裁国家の正統性を獲得することに成功し、中国の政治制度に対する国民の信頼度は高い、④しかし、このようなやり方は中国の周辺地域には適用できなかった、⑤台湾と香港の人々が自由民主主義的な価値観を受け入れるようになるにつれ中国人としてのアイデンティティに疑問を抱くようになり、中国共産党は香港では「一国二制度」を放棄し、台湾には圧力を強めた、⑥少数民族が過半数を占める場合には地方自治を認めたが現実は全く異なっており、疎外感を感じているチベットや新疆の少数民族に対して徹底的な漢民族との同化を推進した、⑦単一の中国のアイデンティティへの同化を無理強いすることが北京の切望する安定と統一をもたらすかどうかは疑問であり、漢民族の多くから支持と安定をもたらしてきたこのナショナリズムは中国の周辺地域で不安定さを生んでいる、といった主張を述べている。