海洋安全保障情報旬報 2020年7月1日-7月10日

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7月2日「米沿岸警備隊のための予算と計画の必要性―米専門家論説」(The Hill.com, July 2, 2020)

 7月2日付の米政治専門紙The Hill電子版は、米シンクタンクHudson InstituteのCenter for American Seapower のSeth Cropseyによる“Cutting Coast Guard Funds Threatens Our Security, at Home and in the Pacific”と題する論説を掲載し、米国が中国の脅威に対抗するためには、米沿岸警備隊の能力が重要になるとして要旨以下のように述べている。
(1) 米国は、国力のあらゆる手段の統合を必要とする一連の脅威に直面している。これは、「統合作戦」を遥かに超えるものである。大戦略レベルでは、あらゆる不測の事態や課題に対応する体制を構築するために、米国はその戦争目的と平時の姿勢を結びつけなくてはならない。
(2) その中でも真っ先に挙げられるのが、中国である。北京の台頭は、米国がこれまで直面してきた歴史的な脅威とは異なる軍事的な課題をもたらす。中国は、ユーラシア大陸の資源と人口、そして、複数の主要港湾がある海岸線へのアクセスを有している。従順な西側列強によって促進されたその経済成長は、特定の状況下で米国に挑む、又は地域の同盟国を圧倒することが可能な外洋海軍を創設することを可能にした。核兵器に頼らずに中国を打ち負かすことのできる軍事力と同盟のネットワークを構築することは米国の最大の戦略的急務である。しかし、これらの措置は中国を抑止し、そして必要に応じて中国を打ち負かす意図のものである。理想的なのは、米国とその同盟国が中国の指導者たちに対して、どのような状況でも、エスカレートすれば彼らの敗北で終わることを示すことである。目を見張るような、そして切実に必要とされている国防予算の増額がない限り、米軍だけでは、中国を抑止したり打ち負かしたりするには不十分である。
(3) 米国の同盟国は西太平洋の「グレーゾーン」の対立において重要な役割を果たしている。ロシアやイランと同様に、中国の挑発行為の多くは、あからさまな紛争の入り口の手前で起こっている。この「グレーゾーン」においては代理者(proxy)、準軍事組織及び物理的破壊を伴わない手段(non-kinetic tools)が、政治的、法的及び戦略的状況を形成するために用いられている。中国の海警総隊は東シナ海や南シナ海の競争者の多くを凌駕している。2015年以来、1万2千トン級の海警船を2隻配備しているが、これは米国最大のアーレイ・バーク級駆逐艦よりも約23%も大きいトン数の排水量である。その他の標準的な海警船でさえ、ベトナム、フィリピン及び台湾の沿岸警備隊のほとんどの巡視船を上回っており、標準的な海警船はベトナム、フィリピン及び台湾海軍の水上艦部隊の多くを上回っている。
(4) 米沿岸警備隊は政治的・法的な二重の役割を担っているため、まさに米海軍の水上部隊と同盟国のカウンターパートとの間の橋渡しの役割を果たすという、独特な立場にある。グレーゾーンの課題に対処するためのその関与はまた、各海事機関がその特有の技能の不足を補うための海事機関の間の協力を促す有効なものである。沿岸警備隊の巡視船は、米国で二年毎に行われるRIMPAC演習に参加し、海軍艦艇や航空機と一緒に訓練を行い、米国の打撃群及び戦闘群の統合的な一部として活動し、大西洋と太平洋で対麻薬作戦を実施している。2019年3月には、米沿岸警備隊巡視船バーソルフが台湾海峡を通過したこともあった。2019年を通して、2隻の米沿岸警備隊のバーソルフ級大型巡視船(同級巡視船は計画段階ではNational Security Cutterと呼称され、Maritime Security Cutterとも呼ばれる(抄訳者注;本訳ではバーソルフ級大型巡視船と記す)がアジア太平洋に配備され、継続的にこの区域を受け持つことと同盟国への関与を可能にした。中国の侵害がエスカレートし、無人の航空機や船艇が普及するにつれ、米沿岸警備隊の価値は高まるばかりである。すでに米沿岸警備隊はバーソルフ級大型巡視船で情報活動、監視及び偵察を目的とした小型の長耐久無人航空機(UAV)の試験を行っている。米海軍は様々な無人航空機を採用する予定だが、米国の同盟国には、無人戦闘機(UCAV)や、より近代的な中高度長耐久(MALE)及び高高度長耐久(HALE)無人航空機を多数導入するための資金が不足している。しかし、我々の同盟国は米沿岸警備隊の巡視船が試験している小型のUAVを購入することが可能であり、それは沿岸警備隊の相互運用性をさらに高めることができる。
(5) しかし、十分な船艇がない沿岸警備隊では海上法執行や捜索救助などの標準的な沿岸警備の職務は元より、これらの重要な任務を達成することはできない。現状では、沿岸警備隊の航続距離の長い巡視船は、太平洋にある10隻からたった6隻に削減された。もし議会が12番目のバーソルフ級大型巡視船に資金を提供しなければ、西太平洋における沿岸警備隊の任務の土台を壊し、米国の安全保障を弱体化させることになる。さらに言えば、米国の政策立案者たちは、沿岸警備隊、軍及び国防総省の中で沿岸警備隊の戦略的役割を考慮しなければならない。2004年以降、米沿岸警備隊は、「船隊混合分析」(Fleet Mix Analysis)と呼ばれる船隊計画を作成していない。2008年と2012年にこの文書を改訂した際にも、その船隊は任務の5分の3しか満すことができないとの結論に達している。
(6) 新たな脅威に対応するために、どの機関の任務や装備も変更しなければならず、米沿岸警備隊も同様である。特にアジア太平洋において、大国間競争の要求を満たすことができる新しい艦隊を形作る、海軍の30年計画を潜在的な手本として、妥協しない戦力の見直しが必要である。
記事参照:Cutting Coast Guard Funds Threatens Our Security, at Home and in the Pacific

7月3日「弾道ミサイル搭載原子力潜水艦vs非核兵器としての対潜能力、そして戦略的安定性の模索―豪専門家論説」(The Strategist, 3 Jul 2020)

 7月3日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategist はThe Australian National University Coral Bell School of Asia Pacific AffairsのThe Department of International Relations研究員Benjamin Zalaの“Nuclear submarines, non-nuclear weapons and the search for strategic stability”と題する論説を掲載し、ここでZalaは戦略的非核兵器の技術が飛躍的に進歩してきているため、これまで戦略的安定性を支えてきた核保有国は相手の核に対して脆弱であるという相互脆弱性の考えが後退してきているとした上、特に対潜兵器技術の飛躍的進歩は第2撃力の柱である弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の残存性への信頼を低下させ、戦略的安定性を揺るがしかねず、進歩する対潜兵器への対抗策が戦略的安定性を維持する上で重要であるとして要旨以下のように述べている。
(1) 将来、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(以下、SSBNと言う)の配備を決定することは、より広範に核の危険を管理するための主要な枠組と構想の結果である。最近、新たに出された文献は、少なくとも主要大国がその国益に対する核の脅威を軽減する方策における変化を指摘している。この思考の変化は戦略的非核兵器へのより大きな依存を含むと要約することができる。戦略的非核兵器とは、核兵器を使用しないで実際に目標を破壊する手段と破壊しない手段を使用して敵の核兵器を危険にさらし、核兵器を保有する敵対勢力間の戦略的安定性の基盤となる相互脆弱性への責任を低減するために使用できる兵器とそれを作動させるシステムを指す。戦略的非核兵器は、弾道ミサイル防衛、通常型精密誘導ミサイル、対衛星兵器、対潜兵器が含まれる。戦略的非核兵器を運用するための艦艇、航空機等とサイバー要素、人工知能、量子技術のようなシステムの進歩とが融合したとき、原則として戦略的非核兵器は敵の核能力を損なうために使用でき、抑止と安定の問題に重大な含意を伴うことになる。
(2) 懲罰の脅威に基づく抑止への伝統的な取り組みは今日、拒否による抑止を基礎とする政策と競り合っている。相互脆弱性の条件下における理性的な計算に基づく安定を維持することはより難しくなっているようである。在来型兵器による対兵力打撃の可能性は、より高性能な兵器を保有する敵に直面した国家が「核兵器を使用するか、失うか」という論法を含む将来のシナリオをより一層可能性のあるものにしている。伝統的な核抑止の関係に対する最近の問題は、海上配備型核兵器を展開する誘因には二重の、しかし逆説的な効果がある。通常、ミサイル・サイロ、航空基地、衛星、指揮統制通信施設は対兵力攻撃に対し一層脆弱になってきており、国家がその核戦力の構成を多様化する誘因が増大している。特に、SSBNは依然として第2撃力として最も安全なであり、戦略的非核兵器のさらなる拡散が意味することは、結果としてより多くの核兵器が海洋に配備されることのようである。他方、戦略的非核兵器の1つで重要な技術は対潜兵器そのものであり、多くの研究者がこの領域における進歩が考えられてきたSSBNの非脆弱性を覆すか否かに注目している。新しい対潜能力が戦略的安定に及ぼす効果に対する懸念は、少なくともある部分で将来への予測に基づいている
(3) 戦略的非核兵器とそれに連接する相互脆弱性を基礎とする安定的な抑止についての考え方の変化は続いていくので政策立案者と研究者は何が世界における核の秩序の安定性を決定する新たな要因となるのかを注視する必要があるだろう。対抗策の開発は対潜兵器の技術的に画期的な進歩がもたらす核秩序を不安定化する効果を局限する重要な役割を果たすことになろう。対抗策の役割は他の領域では既に明らかになっている。対潜兵器への対抗策は実際に目標を破壊する効果にのみ依存する必要はない。SSBNから放射される信号が小さいより静粛なSSBNと欺瞞装置の新しい技術の双方を開発することは危機に際し国家が保有する少なくとも一部のSSBNは探知されず、失われないということを意味するからである。SSBNの破壊を目的とする対潜兵器の開発と対潜兵器の進歩(の効果)を局限することを目的とした対抗策は、今後数年間は売り言葉に買い言葉の関係になるだろう。これは新しい現象ではない。探知技法、信号処理などの急速な進歩は、対潜能力の飛躍的向上をもたらし、対抗策は新しく、かつより重要性を増すと考えなければならない。
(4) 対潜兵器の技術的に画期的な進歩に直面し、SSBNに対する信頼性向上を目的としたSSBN防護手段は新しい技術そのものにだけ依存できそうにない。「聖域」戦略や「散兵」的護衛部隊の随伴の双方がSSBNの生存性に対する自信を再獲得するために必要かもしれない。安定性は最も重要な目標と見なされる必要があり、核保有国間の「安全保障のジレンマの感受性」と呼ばれるものの程度が求められるだろう。安全保障のジレンマの感受性を進展させる指導者は、Nicholas Wheelerが言う「敵は攻撃的意図ではなく、恐怖と安全ではない状況と自身の行動等がその恐怖に貢献しているとの認識から行動している」との考えを受け入れる意思を示している。たとえば、中国の量子コンピューター技術が画期的な進歩を遂げ、SSBNの通信技術に応用されると米中の戦略的関係は良い方向に発展するだろう。北京が自身の第2撃力の自信を持てば持つほど、米中間の危機が不注意によって事態が拡大しそうでなくなる。
(5) 一国が単独で採る方策を越えて、海洋への核配備の関係を含めた敵対勢力間の安定を復元することを目的とした長期にわたる限定的な多国間努力を交渉し、構築することは可能かもしれない。歴史は信頼醸成措置が核の危険を低減する公式の軍備管理の方策として重要な役割を果たすことができることを示しており、低次のものであっても対話への道筋を模索することが今日、最も優先されるべきことであることを意味している。短期的には、戦略非核兵器の特徴を伸ばし、相互脆弱性に依拠した抑止戦略の放棄は国家がより多くのSSBNを配備することを助長し続けるだろう。同時に、SSBN部隊は対潜兵器領域での技術上の画期的な進歩から既に配備されているSSBNを一層確実に防護する圧力を強めるだろう。対潜能力の制限は、核兵器の関係に安定を浸透させるために使用されてきたミサイル防衛のような防御技術の制限や核兵器の交渉に基づく制限といったより伝統的な手段の代替となる必要があるかもしれない。
記事参照:Nuclear submarines, non-nuclear weapons and the search for strategic stability

7月3日「中国が抱えるインド洋進出のジレンマ―印中国問題専門家論説」(South Asia Analysis Group, 3-July-2020)

 7月3日付で、印シンクタンクSouth Asia Analysis Groupのウェブサイトは、Chinese Centre for China Studies研究員Balasubramanian C. の“China’s Indian Ocean Dilemma”と題する論説を掲載し、ここでBalasubramanian C. は、近年インド洋に影響力拡大を模索している中国について、それが決して容易なことではないこと、それに対してインドが何をなすべきかについて要旨以下のとおり述べている。
(1) 2019年12月、中国科学院の調査船「実験1 号」が印海軍の許可なしにインドの排他的経済水域内で調査活動を行っているのが発見された。警告を受けた後すぐに「実験1号」は引き上げたが、これは中国の海洋における野心の増大を端的に現している。中国は「海洋科学外交」を通じてその野心を着々と増大させており、それは南シナ海で効果をあげてきた。その視線がインド洋にも向けられるようになったのである。この出来事はインドが海洋科学研究および国家の包括的な行動能力を強化する必要性を痛感させた。
(2) 中国のインド洋への野心は、そこへのアクセスのしづらさによってバランスがとられている。中国が抱えるインド洋に最も近い基地は、海南島にある楡林海軍基地と海南島潜水艦基地である。ここからインド洋へアクセスするために中国はマラッカ海峡かスンダ海峡、ロンボク海峡のどれかを航過する必要がある。最短はマラッカ海峡であるが、その通行において沿岸諸国の海洋情報収集ユニットの探知に晒されるというデメリットがある。水深が比較的浅いことも欠点のひとつである。それが中国の言う「マラッカのジレンマ」である。そのジレンマを回避するためにしばしばスンダ海峡が利用されてきたが、潜水艦は海上を航行しなければならず、マラッカの欠点を完全に補うものではないのだ。そしてロンボク海峡ルートは距離が長い。
(3) もうひとつ、重要ではあるがあまり注目されてこなかった航路にオンバイ海峡がある。それはオーストラリアにより近く、ティモール島とアロール島の間に位置している。少し前に印豪両首脳によるオンライン首脳会談が実施され、両国の関係が「包括的戦略パートナーシップ」へと格上げされ、相互兵站支援協定を含む9つの合意が達成された。それによって両国の軍事演習や相互の基地利用などが進められるであろう。
(4) 楡林基地からオンバイ海峡を通行しインド洋へと到達するには、およそ9000kmの距離を航行する必要があり、それは人民解放軍海軍(以下、PLANと言う)の小型艦艇や潜水艦にとっては再補給が必要となる距離である。これまでこの海峡を通行してきたのはPLANの原子力潜水艦であった。
(5) 上で挙げた4つのルートを通ってインド洋に入ると、今度はその艦艇は印海軍の哨戒範囲内に位置することになる。2018年にインド洋海洋情報統合センターが設置されたことによって、インドの海洋状況把握能力は拡大した。それは中国の「真珠の数珠つなぎ」戦略の範囲を包含するところまで情報収集の範囲を拡大させている。つまりPLANが攻撃的姿勢を見せたのであれば、印海軍はその「数珠つなぎ」を断ち切ることができる。ただし、印海軍は、水中状況把握能力を高める必要がある。
(6) 印海軍は中国の海洋シルクロード構想に注意を払いつつ、その海洋外交を展開してきた。インドは周辺諸国の難民保護に積極的に動いており、またCOVID-19の危機下において、人道支援・災害救援活動のひとつとして、世界中に医薬品を供給している。そうした活動を通じて、インドは、中国のインド洋における援助外交に対抗して、インド洋におけるリーダーシップを形成しつつある。それによって「自由で公正で開かれたインド洋」が維持されるであろう。
(7) インドは今後、2つの戦略的要因を考慮に入れて行動しなければならない。第一に、地域の不安定さがインドの経済成長の軌道を阻害するものであってはならないということである。第二に、中国の影響力拡大の動きをインドは常に計算に入れるべきだということだ。最近惹起したインド北部国境での衝突に目を奪われ、インド洋への関心を失わないことが寛容である。COVID-19後の世界において、インド外交と印海軍は重要な役割を担うことになろう。
記事参照:China’s Indian Ocean Dilemma

7月5日「米中軍事対立の次の発火点はバシー海峡-香港紙報道」(South China Morning Post, 5 Jul, 2020)

 7月5日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は“Operation Bashi Channel: the next flashpoint in the China-US military rivalry”と題する記事を掲載し、米中両軍の最近の動きから両国の対立の次の発火点はバシー海峡になるとして要旨以下のように報じている
(1) 連続13日、米国は軍用機を南シナ海に向かう前に台湾のすぐ南のバシー海峡を哨戒のため飛行させた。6月、戦闘機、爆撃機を含む数十機の中国軍用機が台湾防空識別圏の南西側に接近し、南シナ海に向け、バシー海峡上空を飛行した。激しくなる戦略的敵対関係の中でバシー海峡周辺を発火点にするものは、台湾を取り巻く海上交通の激しいこの海域において米中両国がサーベルをガチャガチャと鳴らしていることである。
(2) 北京大学の南海戦略態勢感知計画によれば、米国は大型偵察機6機と2機の空中給油機を6月30日の任務に充当し、29日深夜、バシー海峡近くの海域で任務を開始した。報じられたところでは、米軍機は人民解放軍海軍の潜水艦の信号を捕捉するためバシー海峡の捜索を実施していた。航空機はフィリピン海での演習のためバシー海峡に入る米空母打撃軍が向かう海域にあった。米空母ドナルド・レーガンとニミッツおよび他の4隻の艦艇は南シナ海に続いてフィリピン海で大規模な演習を実施中である。3隻目の空母セオドア・ルーズベルトは、報じられるところではその海域に所在していた。
(3) それらの作戦が開始された6月28日、中国共産党の英字紙China Dailyは初の国産空母「山東」で離発着艦訓練を行うJ-15戦闘機の画像をオンラインで公開した。人民解放軍の台湾周辺地域のおけるごく最近の行動の足跡はあるが、人民解放軍の航空機が6月に飛行したことに加えて、防衛省は人民解放軍の潜水艦が多分バシー海峡を経由して南シナ海に向け日本近海を潜航したまま航行したと報じた。これは、海上自衛隊および米海軍の対潜能力を瀬踏みしたのではないかと防衛省筋は述べている。「この動きは、封じ込め作戦能力を演練すると同時に潜水艦を捜索、追尾するために一連の艦艇航空機を派出するよう米国を駆り立てた」と台湾軍と提携しているシンクタンクThe Institute for National Defence and Security Research研究員蘇紫雲は言う。後日、ミサイル駆逐艦を含む人民解放軍の艦艇3隻が日本の海域を航過したと報じられた。人民解放軍はまた最近、西沙諸島近海で5日間の訓練を実施した。
(4) 軍事専門家は、米中両国は該地域において例になく強力な部隊の誇示を行っていたが、軍事力の示し方は異なっていると言う。米国は、兵力投射と国益増進の手段として永続的な海外での軍事力の展開を実施する「前方配備」の維持であるのに対し、人民解放軍は陸海空領域を敵対勢力が占拠したり、横切るのを阻止する戦略である「領域拒否」の力を示そうとしていると台湾淡江大学国際事務務与戦略研究所教授黃介正は言う。黃介正は、「米中両国は、戦略的対立が拡大したのでなければ激化したので、該地域におけるそれぞれの部隊の展開を強化している。・・・米国は必要であれば強力な海空軍部隊を輪番に展開するか、展開を維持するだろう。・・・しかし、もし米国がこのような展開を定常的に長期にわたって実施すれば大きな問題だろう。・・・公の声明や立法措置を含む『戦略的意思疎通』の形態として使用するメッセージの送る直接のチャンネルがないまま、米中は軍の作戦に訴えている。・・・また、この地域で紛争が起こった場合に備え、この地域に習熟しておこうとしているのかもしれない」と言う。
(5) 「北京を怒らせた米国との緊密な関係を維持する蔡英文総統の政策に言及し、2つの超大国に挟まれ、蔡英文政権は本土から挑発的と見なされるいかなる行動も控えるべきである。・・・蔡英文政権は姿勢を低くし、板挟みをかわし現役部隊、予備役部隊の訓練をより不屈で現実的なものにしなければならない」と黃介正は言う。
記事参照:Operation Bashi Channel: the next flashpoint in the China-US military rivalry

7月6日「中国の振る舞いが東南アジア諸国にヘッジ戦略を放棄させる可能性―豪専門家論説」(The Strategist, 6 Jul 2020)

 7月6日付の豪シンクタンクAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、同シンクタンクのsenior analyst であるHuong Le Thuとresearch intern であるAlexandra Pascoeによる“This is no time to take eyes off the South China Sea”と題する論説を掲載し、両名は中国の南シナ海での攻撃的な振る舞いが、東南アジア諸国を団結させ、米国へと接近させているとして、要旨以下のように述べている。
(1) 最近の南シナ海の進展は、中国がこの大きく戦略的に極めて重要な海域で、他国の主張を覆そうとする動きをさらに明白にし、長期化する可能性があることを示唆している。 そして、北京は、南沙諸島、西沙諸島及び東沙諸島の上空に防空識別圏(ADIZ)を宣言することを計画しているという懸念が高まっている。中国はまた、南シナ海に2つの新しい行政区を一方的に宣言しており、それは人工島に多くの人員と資源を投入すること、追加のインフラを構築すること、この区域でその軍事的プレゼンスを強化すること、そして、紛争海域のコントロールを恒久的に形式化することを切望していることを示している。
(2) 最近の北京は、南シナ海での活動を強化しており、東南アジアの近隣諸国の間で不安が高まっている。
a. 4月上旬、西沙諸島付近でベトナム漁船が中国の海警船に衝突され、沈没した。これはベトナムが3月下旬に、国連へ中国の「九段線の主張」に抗議する外交文書を送った後に起こった。それ以来ベトナムが、2016年にフィリピンが行ったように、国際的な法的措置を追求するのではないかとの憶測が流れている。
b. フィリピンもまた、中国軍の軍艦が比海軍の艦艇を標的として武器を準備した際、南シナ海での中国の増々大胆になる行動にさらされた。マニラは北京との関係をより緊密にしているように見えるが、その主権を守るための準備をしているという兆候がある。比外務省は、ベトナムを支持する声明を発表し、ベトナム船の沈没について「深い懸念」を表明した。フィリピンが、米国との「訪問米軍に関する地位協定」(Visiting Forces Agreement)からの離脱を撤回し、南シナ海での石油・ガス調査を再開することを決定したことは、東南アジアの決意のさらなる前向きな兆しである。
c. マレーシアは、中国の調査船がその排他的経済水域に入った後、中国と数カ月に及ぶ膠着状態に陥った。しかし、南シナ海問題については目立たないアプローチを好む伝統に沿って、マレーシアの反応は比較的落ち着いたものだった。
d. インドネシアは、権利を主張する国家ではなく、この問題については普段から沈黙を守ってきたが、最近、南シナ海に関する北京の立場に反論する外交書簡を国連に送った。同書簡は、中国の主張は国連海洋法条約の下では通用しないと言明し、係争海域における「歴史的権利」に対する北京の主張を却下した、2016年の常設仲裁裁判所の裁定に言及した。この対応は、中国の度重なる領海侵犯に直面したインドネシアの決意と、自国の海洋境界線を守ることに対して真剣に取り組む姿勢を示した。
(3) 普段は腰の低いASEANが、最近の首脳会談では、指導者たちが、「武力行使の脅威に頼ることなく」紛争を解決することの重要性を強調し、国連海洋法条約の重要性を再確認する共同声明を発表した。南シナ海の支配を確立するために中国が強化している取り組みは、北京にとって逆効果であることを証明する可能性がある。明らかに攻撃的な姿勢への転換は、すでに米国との緊張を高め、地域における誤算とエスカレートのリスクを高めている。中国の東南アジア近隣諸国との関係も、ダメージを受けることになる。中国の攻撃的な行動は、一部の国を米国やこの地域の他の民主的同盟国に近づけており、これまで追求してきたヘッジ戦略を放棄して、あからさまに対応するように促すかもしれない。
(4) 実際、南シナ海での中国の行動の激化と、北京の侵攻に対する地域諸国の防衛意欲の高まりは、東南アジア諸国が団結して毅然とした態度で行動するという動機を与えるだろう。
記事参照:This is no time to take eyes off the South China Sea

7月7日「中国は『インド太平洋』概念を共通利益促進の基盤と見るべきだ―印元外交官論説」(The Indian Express, July 7, 2020)

 7月7日付で、印日刊英字紙The Indian Express電子版は、前外務次官で元駐中国インド大使のVijay Gokhaleによる“China sees Indo-Pacific idea in terms of balance of power, not for advancing common interests”と題する論説を掲載し、ここでGokhaleは中国に対し「インド太平洋」という概念を敵対的に捉えるのではなく、共通の利益を促進するための枠組みとして捉えるべきだとして要旨以下のように述べている。
(1) わが国の北側国境で軍事衝突が起きたが、他方でインドはそれ以外の場所、すなわちインド洋での潜在的対立の可能性に目を向けるべきである。2018年6月、シンガポールで開催されたアジア安全保障会議で印首相はインド太平洋のビジョンを提示した。その核心にあるのは「包括性、公開性、ASEANの中心性と連帯」であり、それは限定的なメンバーの戦略やクラブではなく「どこか特定の国を狙い撃ちにしたものではない」と首相はインド太平洋を定義した。
(2) 中国はインド洋の沿岸国ではなく、歴史的に見て海軍力のプレゼンスを維持した時期はほとんどない。インド洋に中国がまったく関わらなかったわけではないが、貿易に関してもアラブやインド、ペルシャの商人たちによって行われてきた時期が長い。しかし現在、インド洋のシーレーンは中国経済と安全保障にとって決定的に重要な意味を持っている。
(3) そうした状況において中国がインド太平洋の概念を積極的に受け入れてもよかったはずであるが、これまで中国はむしろそれを軽視してきた。彼らにしてみればそれは「海の泡」のように早晩消え去るものであり、アメリカが主導する中国の台頭に対する封じ込めに他ならないもののようだ。
(4) 中華人民共和国が成立して以降、その視線が世界の向こう側に拡大していくにつれて、中国はたとえば「マラッカのジレンマ」のような敵対国による海洋における封じ込めの脅威を強く意識するようになった。そこで中国は、マラッカ海峡をコントロールするだけでなく、その向こう側の大洋(つまりインド洋)を支配するという戦略を構想するに至った。そのために中国は海軍を増強し、海外基地の確保にすら動いていった。2012年までに中国はそうした準備を整えたようである。2013年10月にはジャカルタで「21世紀の海洋シルクロード」という構想が発表されている。それは貿易や金融に焦点を当てていたが、明らかに二重の目的を持つものであった。
(5) 中国海洋研究所に所属する3人の研究者が「インド洋における戦略シナリオと中国海軍力の拡大」という論文で、中国が抱える問題点を指摘した。第一に中国は沿岸諸国ではなく、第二に重要な海峡の通行の妨害が容易であり、第三に米印協調の可能性である。彼らはそれを克服するための手段を以下のように提示した。第一に、港湾建設場所の注意深い選定であり、ジブチやグワダル、ハンバントタ、シットウェ、セイシェルなどが候補地として挙げられた。第二に、軍事色を消して慎重に行動すること、第三に最初は協調の姿勢を見せつつ、米印を刺激しないことである。中国はこれまで明らかにこうした方向に沿って動いてきた。
(6) 公式的には、一帯一路政策の軍事的、戦略的意図は否定されているが、上海交通大学のある学者は、これまで中国が建設してきた港湾施設が将来的に軍事力の投射を支援するものであることを認めている。ジブチの基地がその典型例である。また中国の「民間」船が定期的にインド洋沿岸諸国の排他的経済水域内で調査活動を行っている。2020年1月には、中国人民解放軍海軍はロシアおよびイランと合同海軍演習を実施するに至った。
(7) 確かに、インド太平洋という考え方は、これまで中国が進めてきた計画と対立する側面がある。それは包括的で、開かれた議論を通じて展開するものだからである。しかし中国はそれが大国同士の戦略的衝突を惹起するものとして徹底的に批判している。これは明らかに、自分たちがインド洋を支配せんとする計画から目を背けさせるためのプロパガンダである。中国はなお勢力均衡の観点からこの問題を捉えている。そうではなくて、中国はインド太平洋という概念を諸国間の共通利益を促進するための装置と見なすべきなのだ。
記事参照:China sees Indo-Pacific idea in terms of balance of power, not for advancing common interests

7月9日「豪州新防衛戦略の妥当性―豪防衛問題専門家論評」(East Asia Forum, July 9, 2020)

 7月9日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物East Asia ForumはAustralian National UniversityのStrategic and Defence Studies Centre名誉教授Hugh Whiteの“Australia’s new defence geography”と題する論評を掲載し、ここで Whiteは最近発表されたオーストラリアの新防衛戦略・部隊構成レビューに言及し、オーストラリアの新しい防衛戦略の概要とその妥当性について要旨以下のとおり述べている。
(1) 豪政府は新たに防衛戦略・部隊構成レビュー(以下、防衛レビューと言う)を発表し、オーストラリアの戦略的優先順位に関する地理的範囲の再定義を行った。2016年の防衛白書では、ローカル・リージョナル・グローバルな作戦行動の展開とコミットメントに焦点を当てていたが、防衛レビューは「近隣地域(immediate neighborhood)」の重要性を強調している点において、表面上は大幅な防衛戦略の転換であるように思われる。
(2) オーストラリアにとって地域的な優先順位をどう定義するかは、優先する軍事力や部隊を決定する際の重要な要素であり、概して言えば本土周辺に焦点を当てるべきとする地域主義者と、オーストラリアの防衛をより幅広く考えるべきだとする人びとの間で政治的綱引きがなされていた。そのなかで1970年代から2016年より前までは概ね地域主義者たちが主導権を握っていた。しかし今回「近隣地域」に焦点を当てていることは、地域主義に回帰したように思われる。
(3) しかし、それは表面的なものにすぎない。防衛レビューは、「近隣地域」を南太平洋から北上してインド洋北東部や東南アジア本土および周辺海域を含むものと定義しているのである。これは以前の地域主義者による考え方とは大きく異なるものである。伝統的な地域主義者の考えでは近隣地域とはあくまでオーストラリア本土周辺であり、そここそが本質的に重要であった。そして本土を直接攻撃から防衛するために、周辺海域で作戦行動を行い得る海上戦力が優先されてきたのである。しかし、いまやそうした見方はされていない。豪軍部にとってラオスの防衛とオーストラリア本土防衛の優先順位は同程度である。
(4) この変化は、オーストラリアがその防衛をどう達成するかいう方法における変化を反映したものでもある。1970年代以降、オーストラリアは自助防衛を目標とし、可能な限り他の同盟国に依存しないことを目指してきた。しかし、それは2016年防衛白書では薄められ、そして今回の防衛レビューで完全に姿を消した。これは1950年代、60年代の「前方防衛戦略(forward defense)」という考え方にオーストラリアが回帰したことを意味している。
(5) しかし、前方防衛戦略が捨て去られ、自助を追求できたのは、直近の大国であるインドネシアの軍事的脅威が相対的に小さいからこそ可能なものであったのかもしれない。今日、中国という巨大な脅威がその先に控えているなか、それからオーストラリアを自分自身だけの力で防衛できるとは、もはや考えられていないのである。
(6) そうした新しい戦略的環境において、前方防衛戦略への回帰は歓迎すべきなのだろうか。3つの問題を考慮すべきであろう。第一に、幅広く定義された「近隣地域」においてオーストラリアとともに戦ってくれる同盟国を見つけられるのかどうかである。たしかに中国の脅威はきわめて大きいものであり、東南アジアやインドなどはそれに直面している。だからといってそれらの国々が必ずしもオーストラリアと同じ利害を有しているわけではない。また防衛レビューは地域防衛における米国との共闘を前提としているが、米国のコミットメントも確実なものではないだろう。第二に、仮にオーストラリアから遠く離れたところで危機が出来したとき、本当にオーストラリアはその戦闘に参加すべきなのだろうか。ベトナム戦争の記憶はそうした行動に対する制約となりうる。第三に、アジアにおける戦争においてオーストラリアが効果的な軍事的貢献をなしうるのかどうか。防衛レビューを読む限り、その裏付けはないように見える。
(7) 以上のことから、現段階で前方防衛戦略への回帰はあまり得策でないように思われる。この戦略は今後、周辺海域における海上拒否能力よりも戦力投射部隊への投資を要求するであろう。しかし、中国の軍事的プレゼンスが拡大しつつあるなか、オーストラリア周辺の海上拒否能力を削減することは現実的ではない。われわれが現在取り組まねばならないのはそうした問題であり、防衛レビューはそれについてほとんど何も語っていないのである。
記事参照:Australia’s new defence geography

7月9日「日豪は地域の回復と協調の支えとなるべき―豪日豪関係専門家論説」(East Asia Forum, July 9, 2020)

 7月9日付のAustralian National UniversityのCrawford School of Public Policy のデジタル出版物East Asia Forumは、Australian National UniversityのAustralia-Japan Research Centreのセンター長Shiro Armstrongの“Australia and Japan as anchors to regional recovery and cooperation”と題する記事を掲載し、そこでShiro ArmstrongはCOVID-19後の世界において日豪が果たすべき役割について要旨以下のとおり述べている。
(1) 日本とオーストラリアはCOVID-19危機の対応における世界のフロントランナーである。もしこの両国がうまく第二波を抑え込むことができたならば、グローバルな経済回復を主導する立場になるであろう。7月9日に実施された安倍晋三首相とScott Morrison首相のオンライン首脳会談は日豪関係をより良いものにし、COVID-19後の世界における国際貢献の決意を世界に知らせる重要な機会となる。
(2) 今日の日豪関係はアジアにおける地域の繁栄と公開性にとっての支えとして評価されている。しかしその関係が常に良好であったわけではない。それは第二次世界大戦および戦後最悪の関係から、経済的な互恵性や人的交流によって徐々に改善されてきたのである。この度の首脳会談の議題のひとつは安全保障問題であり、日豪の安全保障協力もますます進んでいくであろう。
(3) 日本はオーストラリアにとって第二位の貿易相手国である。外国直接投資に関しても第二位の位置を占めており、経済的にきわめて重要な国だ。オーストラリアもまた日本にとって重要な国である。オーストラリアは日本に鉄鉱石など天然資源の3分の2を、そしてエネルギーの4分の1ほどを供給している。エネルギー源について石油からガスへのシフトを進めているなか、日本にとってのオーストラリアの戦略的重要性は中東よりも大きなものになっている。水素エネルギーにおける両国の協力も急速に進められている。
(4) 米中対立という国際環境において日本とオーストラリアが共有する利害は大きい。両国はともに、ルールに基づく秩序を維持し、アメリカを多国間協調の枠組みにとどめさせ、さらに地域におけるCOVID-19からの回復を支援しつつ、中国の台頭に対処しなければならない。
(5) しかし、それは必ずしも中国の台頭に対して常に敵対的行動をとることを意味しない。むしろ日豪のパートナーシップは、中国が多国間協調枠組や安全保障を強化しようというのであれば、それを歓迎するような地域形成を目指すべきであろう。そのうえで、アメリカを単独行動主義に走らせることなく、アジアの安定にアメリカがコミットし続けるようなアメリカにとっても利害のある地域形成を目指すべきであろう。
(6) 経済協力は平和の配当をもたらす。しかしCOVID-19後の世界において、それは決して容易なことではない。日豪が進めるべきは、COVID-19からの回復を促進し、地域的秩序の再構築を助けることである。具体的には食料や医療、防護装備、エネルギー等に関する市場や供給を常に開き続けるということである。11月までに東アジア地域包括経済パートナーシップを締結し、そこにインドを巻き込むことも重要であろう。COVID-19によって極端に制約された人的交流を再拡大することも重要である。
(7) アジアの最も脆弱な国々は日本やオーストラリアのような先進経済国の支援を大いに必要としている。日豪のような国々がイニシアチブをとり、そこにインドやインドネシアなどの国々を巻き込み、さらに中国やアメリカを多国間協調の枠組に引き込むよう行動していくことが望ましい。世界は重大な危機に直面しているが、それは日本やオーストラリアが積極的な影響力を行使するチャンスでもある。
記事参照:Australia and Japan as anchors to regional recovery and cooperation

7月9日「ロシアの新SSBN、北極圏の海軍基地に到着―ノルウェーオンライン紙記者報道」(Arctic Today, July 9, 2020)

 7月9日付の環北極メディア協力組織ARCTIC TODAYのウエブサイトは、ノルウェーオンライン紙The Independent Barents Observer記者Atle Staalesenの“A Russian Arctic naval base welcomes a new ballistic missile submarine”と題する記事を掲載し、Staalesen記者はロシアのボレイA級SSBN1番艦が北方艦隊編入後初めてその母基地に到着したとして要旨以下のように報じている。
(1) ロ北方艦隊に正式に編入されて3週間後、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(以下、SSBNと言う)ニャズ・ウラジミールがムルマンスク州にある母基地ガジェーボに到着した。岸壁では北方艦隊司令官Aleksandr Moiseev、ムルマンスク州知事Andrey Chibisらが出迎えた。「我が国の防衛力は強固な防護の下にあり、・・・極めて近代的な水中巡洋艦は疑いもなく世界の安全を強化し、この兵器が決して使用されないことを切望する」とChibis知事は式典で述べている。潜水艦は他に類を見ないような装備と最も近代的な兵器を搭載しており、乗組員はできる限り速やかに戦闘任務を開始するとMoiseev司令官は説明した。
(2) 同艦の配備は大幅に遅れていた。ニャズ・ウラジミールはボレイ級SSBNの改良型であるボレイA級SSBNの1番艦で、北方艦隊にはボレイ級SSBN1番艦のユーリ・ドルゴルキーが配備されている。ガジェーボ基地はムルマンスク北方約50Kmにあり、ボレイ級SSBNやヤーセン級原子力潜水艦のほとんどを収容できるよう開発されている。
記事参照:A Russian Arctic naval base welcomes a new ballistic missile submarine

7月10 日「太平洋戦域における米国の軍事施設等の強化状況―印専門家論説」(Vivekananda International Foundation, July 10, 2020)

 7月10日付の印シンクタンクVivekananda International Foundationのウエブサイトは、同シンクタンク顧問Dr Vijay Sakhujaの“US Augments Military Bases, Revitalizes Lilly Pads and Pushes for Visiting Forces Agreements in the Pacific Ocean”と題する論説を掲載し、Vijay Sakhujaは太平洋戦域における米国の軍事施設等の強化状況について要旨以下のように述べている。
(1) 米陸軍第4歩兵旅団戦闘チーム(空挺部隊)の350名の空挺隊員は7月1日、「緊急展開即応演習」(Emergency Deployment Readiness Exercise:以下、 EDREと言う)のために、アラスカ州のエルメンドルフ・リチャードソン統合基地からC-17輸送機による長距離飛行の後、グアム島に降下、展開して、「真の世界的任務の遂行能力」をテストするとともに、「インド太平洋軍管轄戦域内のどの地域へも短時間の通告で」展開し得ることを実証した。EDRE は最近数週間、西太平洋戦域で実施された米軍による数多くの演習の1つであった。これらの演習は米国の侮り難い能力を誇示するとともに、何よりも域内の安全保障問題を意のままにしようとする中国のあらゆる試みに抗して「自由で開かれたインド太平洋」を維持し、北京による台湾に対する威嚇行為を阻止し、さらには南シナ海の西沙諸島と南沙諸島の領有権を中国と争う関係諸国に対して再保証するという、米国のコミットメントの明確な証である。これに対して、中国も空海軍による軍事演習を行った。米中両国とも、直接的な意思伝達チャンネルがないことから、それぞれの軍事演習を「戦略的コミュニケーション」手段として利用している。
(2) 米国防総省東アジア担当次官補代理によれば、「国防戦略」はインド太平洋を最優先戦域としているが、現在のところ予算がそれに伴っていない。それでも、米国は、西太平洋とオセアニアでその軍事施設を強化しつつある。
a. グアムでは、海兵隊のCamp Blazisが整備されつつある。アンダーセン空軍基地に近接する広大な区画が整地され、1,000人以上の海兵隊員を収容する建屋が建設され、ローテーション展開する数千人の海兵隊員を支援することになろう。2025年初めには、沖縄から約5,000人の海兵隊員がCamp Blazisに再配置される。米国はまた、Phil Davidsonインド太平洋軍司令官が提唱する、「グアムを中心とする防衛リング」を構築する計画を公表している。同司令官は、「グアムにおける360度全周の抗堪性のある統合防空能力」に対する財政支援を求めるとともに、この地域における中国のあらゆる軍事行動を抑止するという明確な狙いから、「将来の脅威を考えれば、米国の戦いはグアムから始まる、即ちグアムは、戦力を発進させる拠点であるだけでなく、グアム防衛のために戦わなければならない場所でもある」と強調した。
b. ハワイでは、2021年度国防授権法に、極超音速弾道ミサイル追跡スペースセンサー、終末高高度防衛(THAAD)ミサイル8個中隊分の装備、ハワイ設置の本土防衛レーダー、及びSM-3IIA迎撃ミサイルの追加配備を含むミサイル防衛優先資金が計上されている。
c. ハワイと日本の中間当たりに位置するウェーク環礁でも、軍の施設が再整備されつつある。軍当局者によれば、「ウェーク環礁は、給油を含む軍事活動にとって地理的に常に重要な位置にあった。最近の同環礁への再投資の目的は、軍事活動の強化ではなく、老朽化した施設の更新のためである。」同環礁は、太平洋を越えて米大陸を目標とする中国や北朝鮮の最新の弾道ミサイルに対処する「重層的なミサイル防衛システム」の一環を担う、戦略的に重要な役割を果たしている。同環礁には強力なレーダーが設置されており、2019年に、米国は、クワゼリン島から発射されたICBMを、ウェーク環礁のレーダーと太平洋の別の場所に設置されたレーダーで追跡し、カリフォルニアの地上配備迎撃ミサイルによって破壊することに成功し、その有効性を実証した。
d. ウェーク環礁以外にも、グアム周辺のテニアン島やパガン島などの多くの島嶼が「柔軟な前方作戦拠点」(“flexible forward operating bases”)あるいは‘Lilly Pad’(少人数の兵員、質実な居住施設、事前備蓄の弾薬、補給品を有する、小規模で隠蔽されたアクセス困難な施設)として、太平洋における米軍の活動を支援している。テニアン島の滑走路は改修され、KC-130給油輸送機が利用することになるが、多くのジェット戦闘機は利用できない。米国はまた、北マリアナ諸島自治連邦区当局との間で、パガン島を代用飛行場として使用する協定を求めている。この協定によって、米空軍は、グアムのアンダーセン空軍基地が損傷を受けるか、あるいは使用不能になった場合に備えて、バックアップとなる飛行場を建設することになろう。
e. 太平洋で米軍の戦闘能力を強化するもう1つの手段が「訪問米軍地位協定」(Visiting Forces Agreement:以下、 VFAと言う)である。1988年の米比間のVFAが維持継続されることになったので、米軍の航空機や艦船がクラーク空軍基地やスービック海軍基地などのフィリピン国内の軍事施設に再びアクセスできるようになるかもしれない。増強される中国の海洋パワーに対抗する、多様な海洋作戦による制海を主眼とする新たな米海軍戦略にとって、フィリピンは好都合な位置にある。トマホーク巡航ミサイルなどの高精度ミサイルを装備した海兵隊の小部隊は米海軍の制海作戦を支援できるし、また実現しつつある無人航行体からなる「幽霊艦隊」は中国の「接近阻止/領域拒否」(A2/AD)に対処することになろう。
f. オーストラリアでは、2012年以来、延べ6,800人以上の米海兵隊員がオーストラリア国防軍との合同訓練のためにダーウィンに展開してきた。2019年7月までに、2,500人からなる海兵部隊が最初のローテーション展開部隊としてダーウィンに到着した。オーストラリア領ココス諸島は、オーストラリアとその同盟諸国にとって重要な戦略拠点であり、また多くの米軍機にとって潜在的な中継地となり得る。
g. ベトナムは、米軍にとって魅力的なアクセス拠点であり、基地候補地でもある。専門家によれば、ハノイは、1998年の最初の国防白書に記述された「長年に亘る3つの『ノー』(軍事同盟への不参加、外国軍基地不認可、国際関係における武力不行使)防衛政策」を理由に、基地使用を申し出ることはないと見る。とは言え、2019年の白書には、3つの「ノー」防衛政策の変更を検討する可能性を示唆する、気になる記述も見られる。
h. 2021年度国防授権法は、グアムでの戦闘機訓練を認める2019年12月6日のシンガポールとの了解覚書に言及し、国防長官に対して将来的な協定への格上げを検討するよう慫慂している。
(3) 以上の事実は、米国が太平洋地域における軍事インフラを構築する真剣な努力を示すものである。また、米国は、多くの域内諸国、特に中国の活動に懸念を抱く東南アジア諸国との間で、VFAや類似の協定を締結しようとするであろう。さらに、米国は、南シナ海への関与を促すためにインドとの間で締結した3つの基本協定―「軍事物資交換協定」(Logistics Exchange Memorandum of Agreement: LEMOA)、「通信互換性保護協定」(Communications Compatibility and Security Agreement: COMCASA)、「(地理空間情報の)基本的交換協力協定」(Basic Exchange and Cooperation Agreement: BECA)と類似の協定を締結するよう、他のパートナー諸国に求める可能性もある。
記事参照:US Augments Military Bases, Revitalizes Lilly Pads and Pushes for Visiting Forces Agreements in the Pacific Ocean

7月10日「海戦法規における海底ケーブルの取り扱い-米国際法学者論説」(Lawfare, Blog, July 10, 2020)

 7月10日付の豪Lawfare InstituteのBlogは、The U.S. Naval War College国際海洋法教授James Kraskaの“Submarine Cables in the Law of Naval Warfare”と題する論説を掲載し、ここでKraskaは海底ケーブルの保護については平時の条約である程度は担保されているものの、慣習法から構成される武力紛争法においても考え方を整理する必要があるとして要旨以下のように述べている。
(1) 世界経済にとって代替の効かない重要なテクノロジーであるインターネットは総延長約750,000マイルにも及ぶ海底ケーブルのネットワークに依存している。世界的に張り巡らされた海底通信システムへの相互依存は、1本のケーブルの断線が遠隔地のインターネットアクセスにも連鎖的な影響を与える可能性があるということを意味している。平時においてもこの基盤となる重要な設備を保護するためのルールは一新される必要があるが、武力紛争時における守るべき規則の確立の必要性はより大きい。いくつかの条約の規定は弱いものながら事故や犯罪行為から海底ケーブルを保護しているが海戦法規の規定はより時代遅れである。海戦法規は条約ではなく慣習国際法に基づくものであるため、海底ケーブルが海戦法規でどのように取り扱われるか不確実なのである。
(2) インターネットは毎日10兆ドルの国際金融取引を促進しており、海底ケーブルはこの世界的基盤設備の要であり、そのことは中国の通信コングロマリットであるHuawei Marineとの協力を巡る西側諸国の議論に象徴されている。中ロ両国はいずれも海底ケーブルを戦略的資産と見なしており、将来の紛争においてはそれらを利用し、あるいは破壊したりすることを念頭に置いている。たとえば、ロ海洋観測艦ヤンタルはケーブル切断装置と深海潜水艇を装備しており、西側海軍に常に監視されている。
(3) 1884年の海底電信線保護万国連合条約は今日にも通ずる先進的でバランスの取れた取り組みを定めており、同条約は1958年の大陸棚に関する条約や1982年の国連海洋法条約(以下、UNCLOSと言う)によって補足されている。海底電信線保護万国連合条約第2条は意図的に、あるいは過失による電気通信の中断をもたらす海底ケーブル損傷を犯罪としており、第4条ではケーブルの所有者及び事業者が損傷を補償することとされている一方、第7条ではケーブルの切断を防止するために錨や漁網を失った場合にそのことが証明されれば、ケーブル所有者から賠償を受けることができるとも規定されている。
(4) 1958年の大陸棚に関する条約は、沿岸国が海底資源に対する主権を認めている。この権利は資源へのアクセス能力などに係らず沿岸国に帰属する。このような沿岸国の権利に関する認識は慣習国際法として結実した1945年のTruman宣言における米国の主張を成文化したものであり、同条約第4条は沿岸国が大陸棚への海底ケーブルまたはパイプライン敷設、保守を妨げないことを保証している。公海上の海底ケーブル敷設は自由であり、条約第2条(4)は沿岸国などの他の国家の権利に「合理的な配慮」を払いつつ、すべての国家にその権利を認めている。海底ケーブルの敷設はUNCLOS第112条にも反映されており、全ての国家は同第113条に基づきケーブルへの故意または過失による損傷に対処するために必要な法律または規制を整備する必要がある。そしてUNCLOS第114条と第115条は1884年の条約に由来し、その責任と補償について規定している。
(5) このように平時であっても海底ケーブルシステムは非常に脆弱である。The International Cable Protection Committee(国際ケーブル保護委員会:海底ケーブルの97%を占める業界グループ)は大陸棚での海底ケーブルの修理を妨げる沿岸国の遅れやインドやインドネシアなどが課しれ法外なコストを報告している。中国にも海底ケーブルを切断する漁船に対する法執行の記録がある。
(6) 海底電信線保護万国連合条約第10条は海底ケーブルが破損した疑いがある場合、軍艦その他の政府船舶が海底ケーブルを破損した船舶の国籍を確認する権利を有すると規定しているが、これはUNCLOS第92条に明記された旗国主義の概念から逸脱している。しかし、大陸棚に関する条約第30条では有効な国際合意の継続が表明されているため、現在も同条が有効であると考えることもできる。したがって、切断あるいは損傷したケーブルの調査のために沿岸国が船舶に近接し立入検査できるという規定は、海底電信線保護万国連合条約、大陸棚に関する条約の締約国、あるいは慣習的な国際法の下で、より広く適用される可能性もある。
(7) そして、武力紛争に適用される規則はより不確実である。1907年のハーグ規則は「絶対的に必要」な場合を除き、占領地域と中立地域をつなぐ海底ケーブルの押収または破壊を禁止しており、紛争終結後には切断されたケーブルを復元して補償を行う義務もある。しかし、この例外規定は実質的にこの規則を無効にするものであるのみならず、外洋でのケーブル破壊について触れていないという問題もある。とは言え国家実行は明らかであり、敵領土内の2カ所の地点、または2つの敵国を接続するケーブルが切断される事例がある(*米Naval War College, the Stockton Center for International Law, International Law Studies第50巻95ページ参照)。
(8) 海底電信線保護万国連合条約第15条は海底ケーブルに関する規則は武力紛争中の交戦国の「行動の自由に影響を与えない」と規定している。このことは海上武力紛争に適用される慣習法に影響力のあるサンレモ・マニュアルの規則37で解釈されており、紛争当事者は中立国にサービスを提供する海底ケーブルとパイプラインの損傷を回避する必要があるとされている。また、1913年の海戦法規オックスフォード・マニュアル第54条は中立国と敵国をつなぐ中立海域でケーブルを切断することを禁止しており、このようなケーブルは敵対国が効果的な封鎖を実施している場合のみ、公海上で切断することが認められている。しかし、オックスフォード・マニュアルでも海底ケーブルの占拠や破壊は「絶対的な必要性」がない限り行われないと警告されています。この規則は、ケーブル所有者の国籍に係わらず、また、個人であろうと法人であろうと差別なく適用される。
(9) しかし、オックスフォード、サンレモ、オスロの各マニュアルに記載されている規則にどれほどの効力があり、各国家の理解を反映しているのかは不明である。すなわち、当該規定の内容は曖昧ということである。海上武力紛争における他の慣習法の規定でも、こうした行為が認められるか否か疑わしい。国際法の実務家や学者はサンレモ・マニュアルの継続的な改訂過程を通じてその明確化を提案するかもしれないが、いずれにせよ海底ケーブルに関する国家の権利と義務をより明確に定義するという課題は極めて困難である。それまでの間、国家は、海上武力紛争中に国際海底ケーブルを破壊するという計画が、当該国の国内法とその想像力によって制限されることを期待するよりほかないだろう。
備考*Robert W. Tucker, ‘The LAW OF WAR AND NEUTRALITY AT SEA’, International Law Studies Vol. 50, p.95, Stockton Center for International Law at U.S. Naval War College, United States Government Printing Office, Washington, 1957. 
https://digital-commons.usnwc.edu/ils/vol50/iss1/16/ (Access on 5 August 2020)
記事参照:Submarine Cables in the Law of Naval Warfare

7月10日「車輪のハブとスポークのような中国の多国間主義―米印専門家論説」(The Diplomat.com, July 10, 2020)

 7月10日付のデジタル誌The Diplomatは米シンクタンクThe National Bureau of Asian Researchの非常勤研究員Deep PalとCarnegie Indiaのthe security studies programに参画するSuchet Vir Singhの“Multilateralism With Chinese Characteristics: 一帯一路構想nging in the Hub-and-Spoke”と題する論説を掲載し、ここで両名は中国が多国間ではなく二国間の協定を多く結ぶことによって世界的な支配を強化しているとして要旨以下のように述べている。
(1) 中国は国境地域を占領し、現状を否定することによって、世界的な支配を達成したいと考えている。インドと世界各国はそのことをはっきりと認識しなくてはならない。Modi印首相は、2020年6月19日に「インドは、中国人をインドの領土に入らせたことないし、インドの基地が中国人に占領されたこともない」と述べた。その直後、中国外交部長はラダック東部のガルワン渓谷での事件に関連して、中国側の声明を発表した。中国はModi首相の発言を否定し、インド側が国境を越え、実効線(LAC)の現状を変更しようとしたと非難した。 翌日に印首相官邸から再度説明があったが、中国の悪名高い「狼戦士外交」(wolf-warrior diplomacy)の迅速な対応により、ガルワン渓谷での衝突に関する話を作ってしまった。しかし、インドとの現状変更は中国にとってはるかに大きく野心的な目標の一部にすぎない。領土の野心を超えて、中国は国家が相互作用する方法をコントロールしようと考えている。中国にそのような機会を提供する最新の例は、The World Health Organization(世界保健機関:以下、WHOと言う)からの米国の撤退である。中国はこれを国際秩序の重視し、多国間協定を再設計するという野心を果たす機会と考えている。それはまた、現在米国が承認している「自由主義の規則に基づく秩序」を中国に利益をもたらすモデルに置き換えることを意味する。
(2) 中国は世界的な支配の中心となる手段として「ハブとスポークのモデル」を推進している。皮肉なことにこのモデルを第二次世界大戦後に最初に使用したのは米国である。中国はすでにこのモデルをバルカン諸国、中欧、東欧、アジアの一部で一帯一路構想の一環として採用している。一帯一路構想は中国から始まるので他の国はスポークとして機能し、中国は世界につながるハブとなる。このやり方の欠点は、スポークがハブに常に依存しておりスポーク間の相互の要求を満たすことができない点である。これは実質的に中国のみに利益をもたらすシステムとなっている。資金調達はシルクロード基金、中国開発銀行、アジアインフラ投資銀行など中国が支配する機関を通じて行われる。したがって、ハブとスポークのモデルは初めから中国の影響力を高めるものとなっている。
(3) COVID-19感染拡大の期間中に行われた中国のグローバルな健康外交である健康シルクロード(以下、HSRと言う)は、この「ハブとスポークのモデル」の枠組みを適用した最新の例である。中国は実質的にWHOの仕事を引き継ぎ、120か国以上に医療機器、専門家のアドバイス、関連サービスを提供している。 HSRは一帯一路構想と同じ構造、資金調達のモデル、実施要領で行われている。中国をハブとし、残りの国をスポークとしている。一帯一路構想のパートナーとして、バングラデシュ、ネパール、パキスタン、スリランカは中国から利益を得る立場にある。中国はすでに医療機器、医師からの専門家のアドバイス、さらにはパキスタンに仮設の病院を建設するなどのインフラ支援を提供している。やがてこれは生物学、医学、さらには遠隔医療における協力にまで及ぶ可能性がある。新しい分野での中国への依存度が高まると、これらの国に独自の課題が発生する。他の一帯一路構想と同様に、HSRを採用する国は時間の経過とともに、公衆衛生の分野を中国に決定的に依存するようになる。さらに、「ハブとスポークのモデル」に多国間の制度的枠組みが存在しないことで、これらの国が相互に利益をもたらすことができなくなる。一つの大国だけへの緊密な連携を回避する政策は、南アジアの小さな国が得意とするものである。しかし、それは今より困難になる。インドは、ウイルスに対する作用に相乗効果をもたらすために近隣諸国との協力を、コロナ感染拡大防止を超えて継続し、できれば他の分野に拡大することが必要である。同時に、日印アジアアフリカ成長回廊やインド独自のインド太平洋海洋イニシアチブで行われているプロジェクトなども復活させる必要がある。オーストラリアを招待して、日本、インド、米国との海軍演習に参加させるなどの動きは、互いの軍事基地を使用するための防衛協定への署名とともにインドの選択肢を増やす。
(4) これらが機能しない場合、インドはハブとなっている中国へのスポークの1つになる可能性がある。そのようなシナリオでは中国は影響力を強め、より好戦的になるかもしれない。ガルワン渓谷のような小競り合いや低烈度紛争での法令違反は、さらに頻繁に起こるであろう。また、米国が世界的な影響力の縮小という政策を覆すかどうかが大きく関係してくる。しかし、先駆者としての優位性を持つ中国は、南アジア及びそれ以外の国々に対して「ハブ」としての地位をしっかりと築こうとしている。
記事参照:Multilateralism With Chinese Characteristics: 一帯一路構想nging in the Hub-and-Spoke

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) No Need to Worry About a Potential South China Sea ADIZ
http://www.scspi.org/en/dtfx/1594038414
South China Sea Strategic Situation Probing Initiative (SCSPI), July 6, 2020
Dr. CAO Qun, joined China Institute of International Studies (CIIS) in 2012 and currently an Associate Senior Editor of China International Studies
Bao Yinan, an associate professor at School of International Law, East China University of Political Science and Law
7月2日、中国国際問題研究所のAssociate Research FellowであるCAO Qunと中国華東政法大学のBao Yinan准教授は、中国のシンクタンク南海戦略態勢感知計画のウェブサイトに" No Need to Worry About a Potential South China Sea ADIZ "と題する論説を発表した。ここで両名は冒頭、最近、国際社会の関心は中国が南シナ海に防空識別圏 (以下、ADIZと言う) を設定する可能性に注がれており、香港、台湾、および欧米の一部のメディアは中国のADIZは「近隣諸国に対する脅威」であるとして非難しているとし、この点に関して、中国には南シナ海に防空識別圏を設定する権利があり、その時期や具体的内容を報告する義務はないし、重要なのは中国政府が南シナ海のADIZを近いうちに発表しようとしているという証拠が全くないことであると指摘している。その上で両名は、「事実の尊重」を前提に、外国のメディアや学者、官僚は、自由に中国の南シナ海政策を分析し、解釈し、結論を出すことができるが、中国の有識者や市民の目からすれば「中国以外のすべての国が防空識別圏を設定することが許されている」のに「中国が設定したいかなる防空識別圏も脅威である」というダブルスタンダードな認識は偏見にしか見えないと主張している。

(2) The Indo-Pacific Contest: It Could be Time for Fresh Ideas on Allied Security Cooperation
https://pacforum.org/publication/pacnet-40-the-indo-pacific-contest-it-could-be-time-for-fresh-ideas-on-allied-security-cooperation
PacNet Commentary, Pacific Forum, CSIS, JULY 7, 2020
By John Blaxland, Professor of International Security and Intelligence Studies at the Australian National University
Jennifer D.P. Moroney, a senior political scientist at the nonprofit, nonpartisan RAND Corporation
7月7日、Australian National Universityの教授であるJohn Blaxlandと米シンクタンクRAND Corporationのsenior political scientistであるJennifer D.P. Moroneyは、米シンクタンクPacific Forum, CSISの週刊デジタル誌PacNetに、“The Indo-Pacific Contest: It Could be Time for Fresh Ideas on Allied Security Cooperation”と題する論説を寄稿した。ここで両名は、①太平洋と東南アジアにおいて米国とオーストラリアは、中国によるソフトパワーの行使に対処しなくてはならない、②オーストラリアの政策立案者たちは、太平洋への多面的な再関与戦略を含む「太平洋ステップ・アップ」プログラムを開始し、その防衛政策のための追加的な資源を提供する「次の手」を練り上げた、③COVID-19のパンデミックは、地域のパートナー国との連携をより協調的に行う方法を再考する機会を提供している、④米インド太平洋軍と豪Headquarters Joint Operations Commandとって、ソフトパワー構想を支援するための長期的な計画が課題となっている、⑤その他に米豪が協力可能なものとして、
a. 共同で負担される資源による複合的かつ慎重な計画を実行する。
b. オーストラリアの太平洋ステップ・アップ、そして太平洋のためのグランド・コンパクト(grand compact:壮大な協定)に米国が協力する。
c. この地域での戦略的なセミナーや机上演習などの、協力的なインターネット上の取り組み(virtual initiative)を組み合わせる。
d. パートナー国へ合同で顧問チームを派遣する。
e. パンデミックによる混乱を考慮して、軍事演習“Pacific Pathway”や“Indo-Pacific Endeavour”の枠組みの下で、能力構築のための訓練や演習を強化する。
f. 米インド太平洋軍と豪統合作戦本部が主導的な計画立案者となり接点を効率化する。
そして、⑥次回の豪米閣僚会議ではこれらの調整が検討されるべきである、といった主張を行っている。

(3)Hidden Harbors: China’s State-backed Shipping Industry
https://csis-website-prod.s3.amazonaws.com/s3fs-public/publication/207008_Blanchette_Hidden%20Harbors_Brief_WEB%20FINAL.pdf
CSIS Brief, CSIS, July 8, 2020
Jude Blanchette, the Freeman Chair in China Studies at the Center for Strategic and International Studies (CSIS) in Washington, D.C.
Jonathan E. Hillman, a senior fellow with the CSIS Economics Program and director of the Reconnecting Asia Project
Maesea McCalpin, associate director of the CSIS Reconnecting Asia Project
Mingda Qiu, a research associate with the CSIS Freeman Chair
7月8日、米Center for Strategic and International Studies(CSIS)のJude Blanchette、Jonathan E. Hillman、Maesea McCalpin、およびMingda Qiuは、同シンクタンクのウェブサイトに、" Hidden Harbors: China’s State-backed Shipping Industry "と題する論説を発表した。ここ彼らは中国情勢の学際的研究の成果として、以下の点を挙げている。
a. 中国企業は、規模と範囲において、これまでになく複雑で不透明な公式および非公式な国家支援システムを背景に、海洋サプライチェーン全体においてますます支配的になっている。
b. CSISの分析によると、中国の海運・造船業界に対する政府の支援総額は、2010年から2018年の間で実に約1,320億ドルに達した。これには、国営銀行からの融資(1,270億ドル)と国家からの直接補助金(50億ドル)が含まれている。他方、この数値には、入手可能なデータの制約と中国の政治システムの不透明さゆえ、非上場企業への直接補助金、間接補助金、国家支援による資金調達、借入金利の優遇、その他中国の国家資本主義システムによる非市場的な利点は含まれていない。
c. ほとんどの既存の分析は、より伝統的なタイプの国家支援、特に直接補助金に焦点を当てているが、今回の研究は、中国が、中国の国家資本主義システムに対する伝統的な理解をほとんど時代遅れにしてしまうほど、金融ツールをさらに進化させてきたことを明らかにした。ただし、戦略的に重要な産業における、中国企業を台頭させるために取り組まれる中国政府の進化しつつある戦略を理解するには、今後の研究が必要である。