海洋安全保障情報旬報 2020年5月1日-5月10日

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5月4日「再び高まる南シナ海の緊張と軍事衝突の可能性―マレーシア戦略研究専門家論説」(RSIS Commentary, May 4, 2020)

 5月4日付のシンガポールのThe S. Rajaratnam School of International Studies(RSIS)のウエブサイトRSIS Commentaries はNational Defence University of Malaysia戦略研究教官のB・A・Hamzahによる“Tensions Rising, Again: South China Sea Disputes 2.0?”と題する論説を掲載し、ここでHamzahは、ここ最近の南シナ海における緊張の高まりがTrump米大統領により国内的な不満の目をそらせるために利用されることで軍事衝突につながる可能性があるとして要旨以下のように述べている。
(1) 南シナ海における中国の行動は鳴りを潜めていたが、最近になって緊張が高まっている。その緊張の高まりは中国の積極的な攻勢によるものである。それは、南シナ海において中国と主権をめぐって争っているベトナムやフィリピン、マレーシアだけでなく、インドネシアと中国との間でも海軍同士の小競り合いに発展する可能性を秘めている。
(2) 中国はベトナムやフィリピン、マレーシア周辺で活動する漁船団の護衛のために、武装した海警船を派遣してきた。2019年7月、100隻を超える漁船団が南沙諸島で二番目に大きなパグアサ島近辺で操業し、フィリピンは警戒を強めたがDuterte大統領はその問題を重要視しないという立場をとった。2020年の初めにはインドネシアの排他的経済水域にあるナツナ諸島近辺に侵入した中国漁船団の動きに対し、インドネシア政府は正式に抗議したのち軍艦と戦闘機を派遣した。中国漁船団が撤退したことで問題は沈静化したが、以来インドネシアはナツナ諸島近辺の軍事プレゼンスを強化してきた。
(3) マレーシアの排他的経済水域内のルコニア礁でも、中国調査船とマレーシア船のにらみ合いが3ヶ月ほど続いてきたが、そのなかで4月18日、ベトナムやフィリピン領海で活動していた中国の調査船「海洋地質 8」が、マレーシア国有企業Petronasが契約する掘削船「ウエストカペラ」を追跡していたことが明らかになった。その後、中国の海警船7隻が同じ海域から離れ、緊張が緩和したように見えたが、メディアの論調は厳しいものである。
(4) 他方、中国と近い関係を構築しているHishammuddin Hussein外相もまた、Duterte同様その問題を重く受け止めないことを決めたようだ。彼は1982年の国連海洋法条約に基づいて「平和的に」問題が解決されることを求め、その海域におけるプレゼンス強化は、緊張の高まりや誤算の可能性を高めることになると主張した。
(5) それに対し前外相Anifah Amanは強硬な対応をMuhyiddin Yassin首相に求めている。Anifahは首相への書簡で2012年に中国海警がPetronasによる調査を妨害したことを想起させ、中国に正式に抗議するよう求めた。さらに彼は在職中から主張してきた、マレーシア政府の海洋部門を専門に扱う行政機関の再編成を再び提案した。
(6) マレーシア海域に中国船が姿を現すことは特に新しいことではなく、それが中国とマレーシアの関係を悪化させてはいない。中国との関係悪化は経済的に中国に大きく依存しているマレーシアにとっては望ましいものではないからだ。他方、米国はこのたびの中国の動きに神経を尖らせており、「ウエストカペラ」が操業している海域に米海軍ミサイル巡洋艦を派遣した。こうした米国の動きは、Trump大統領がCOVID-19感染拡大による国内の不満から目をそらし、大統領選での再選を狙うための戦術という見方もある。南シナ海における中国の活動は米国にとって確かに非難しうるものでありTrump大統領にとって支持率拡大のために同海域は格好の場所なのだ。
(7) 2017年以降、中国は南沙諸島を積極的に軍事化してきた。中国はこれら軍事基地の施設を防衛目的のためのものだとしている。米国は、そこへの攻撃が中国との全面戦争を惹起しないだろうという計算の元で、それら軍事施設への攻撃を実施する可能性もある。それに対して中国が反撃する可能性も当然ある。最近の緊張の高まりが小規模ながら海軍同士の軍事衝突になるかもしれないことを我々は理解しなければならない。
記事参照:Tensions Rising, Again: South China Sea Disputes 2.0?

5月4日「米海軍艦艇のマレーシア沖への派遣とその抑止効果―IISS専門家論説」(Foreign Policy.com, May 4, 2020)

 5月4日付の米ニュース誌Foiegn Policyのウエブサイトは、英シンクタンクInternational Institute for Strategic Studies(IISS)のAsia office上席研究員Dr. Euan Grahamの “U.S. Naval Standoff With China Fails to Reassure Regional Allies”と題する論説を掲載し、ここでGrahamはマレーシア沖での中国調査船の活動に対する米海軍艦艇派遣は、南シナ海における中国の冒険主義的な行為に対してワシントンが依然後ろ盾になっていることを動揺する東南アジア諸国に対して再保証する米海軍による強固な対応であったが、不幸にも域内のほとんどの国はそうは見ていないようであるとして要旨以下のように論じている。
(1) 4月20日から数日間、F-35戦闘機とヘリコプターを搭載し、海兵隊員が乗艦している強襲揚陸艦「アメリカ」は、随伴のミサイル駆逐艦「ヒル」、「バリー」とともに、中国の調査船「海洋地質八号」及び随伴の海警船と多くは海上民兵と思われる漁船が展開する海域に近接した海域を哨戒した。その後、2隻の中国海軍駆逐艦と1隻のフリゲートがこの現場海域に現れた。中国の高度に調整された各種艦船の主たる目標は、マレーシア国営石油会社Petronasがチャーターした掘削船「ウエストカペラ」であった。この掘削船はマレーシアのサラワク州沖合200カイリのEEZ外縁周辺海域で2019年後半から稼働中であった。明らかに北京の狙いは、マレーシアの掘削活動を脅かし、混乱させることでマレーシアと他の東南アジア沿岸国に対して中国との資源の共同開発の受入れを強要することにあった。中国は南シナ海に対する管轄権を主張する如何なる国際法上の根拠も有していないにも関わらず、北京は繰り返しこうした海上部隊を派遣し、しかもその派遣海域を着実に南方海域に延伸してきた。マレーシアは、沿岸警備隊に加えて海軍にも負担をかけ、可能な限りの艦船を派遣した。他方、ベトナムはマレーシアとの間に海洋境界問題を抱えてはいるが、ハノイもクアラルンプールと同様に中国の威圧戦術に苦しめられているもの同士として、やや躊躇いながらもこの海域に艦船を派遣した。中国の海上部隊は、マレーシアとブルネイ沖海域に向かう途次、ベトナムの EEZ を通航していた。
(2) 中国艦船に近接した海域に強力な米海軍戦闘艦隊が展開したことは、既に緊張が高まっていた状況に更なるエスカレーションをもたらした。海洋における対峙の最後に、豪海軍フリゲート「パラマッタ」が、掘削船「ウエストカペラ」の周辺海域における米海軍部隊との共同演習に参加した。当時、空母不在の西太平洋海域における強襲揚陸艦「アメリカ」の哨戒行動は、東南アジアの隣国を威嚇している現場で中国海軍艦船に睨みを利かせる米海軍第7艦隊の対応能力の大胆なデモンストレーションであった。
(3) しかし、米豪両国に支援されたマレーシアの感情は複雑であった。同国のHussein 外相はその声明で、南シナ海における利益と権限を守るマレーシアの誓約を確認した。Hussein 外相は、マレーシアを米中から等距離に置こうと努めてきた。同外相は声明で、「国際法が航行の自由を保証している」ことを認めた上で、南シナ海における艦船のプレゼンスが「結果的に域内の平和、安全そして安定に影響を及ぼす誤算を招来しかねない、緊張激化の要因になり得る」と強調した。こうした声明がワシントンで歓迎されるはずがない。数日の内に、強襲艦「アメリカ」は随伴艦とともに、また豪フリゲートも現場海域から離脱した。中国の軍艦も同時に退去した。4月25日に、米海軍の小型だが高速の沿海域戦闘艦1隻がシンガポールから出航して、掘削船「ウエストカペラ」周辺海域を航行したが、長くは留まらなかった。
(4) しかし、マレーシアにとって、これで事件は終わったわけではない。中国の調査船「海洋地質8号」は依然4隻の海警船に護衛されて、マレーシアのEEZ内で活動中である。海軍を含めマレーシアの一部では、南シナ海における中国のさらなる侵出に対するヘッジとして米国との緊密な防衛・安全保障関係を望んでいるし、また、Mahathir首相の唐突な辞任によって反西側姿勢の外交政策が変わる可能性も出てきた。しかし、今回の事案はそうした方向への追い風にはならなかった。マレーシア人は中国艦船の更なる増強をもたらすとともに、事態をマレーシア単独では手に負えないレベルにまでエスカレートさせることになった、米海軍艦艇が予告なしに無断で派遣されたことをマレーシアは快く思っていない。もし(米海軍派遣の)目的がマレーシアEEZ内における中国の調査活動の継続を阻止することにあったとすれば、それは失敗したと見られる。このことはまた、米国が一度その決意を現場で誇示するならば、東南アジア諸国が反中国連合に結集するであろうとの、Trump政権の楽観的な想定に疑問を提起する。パンデミック只中の中国の強引な外交は世界中の多くの国を急速に中国から遠ざけているかもしれないが、大部分の東南アジア諸国の指導層は、北京の経済圏から手を引くことがないであろう。彼らはあまりにも深く取り込まれているからである。掘削船「ウエストカペラ」の現在の掘削活動が完了すれば、マレーシアは中国の条件下で沖合エネルギー資源の共同開発を受け入れようとするかもしれない。
(5) 公平を期すために言えば、米海軍が掘削船「ウエストカペラ」周辺海域に艦艇を派遣しなかったとすれば、その場合の理由は、ワシントンの態度というよりも、基本的な算術計算で説明できるかもしれない。米海軍は300隻に満たない艦艇数で世界的なプレゼンスを維持している。インド太平洋の広大な海域を担当する第7艦隊にとって、担当海域が遠海域に及ぶことに加えて、中国海軍の艦艇数が世界最大であるという事実から、プレゼンスの維持は極めて厳しいものである。米海軍の潜水艦部隊は西太平洋で積極的に活動しているが、地域安全保障への可視的な米国のコミットメントを望む同盟国とパートナー諸国にとって、潜水艦のプレゼンスは再保証の効果をほとんど持ち得ない。米海軍にとって南シナ海で活動することは、最も近い基地が日本とグアムにあること、さらに沿海域戦闘艦の兵站、指揮及び停泊施設がシンガポールにあることから特に困難である。一方、中国は、南沙諸島の人工島基地を強化しており、南シナ海の最南端海域への海軍部隊と海上民兵戦力を大規模かつ迅速に展開させる能力を有している。
(6) 南シナ海における抗争は持久戦である。対ゲリラ戦のように、持久力を必要とするとともに、「間接アプローチ」によって成果が得られる。したがって、軍事力のプレゼンス維持は火力より重要である。例えば、今回の「アメリカ」両用即応群は力の誇示にはなるが、このような一時的で迅速な力の誇示は東南アジアの領有権主張国を狙いとする中国の抑圧戦略に対抗するには、ほとんど効果が見込めない。一方、沿海域戦闘艦は、より機敏で、かつ抑制されたエスカレーション手段としての、今回のような沿海域におけるプレゼンスを誇示するためには、大型の軍艦よりも適切なプラットフォームであり得た。南シナ海で必要とされる、機敏さ、抑止能力そして自艦防衛能力をバランス良く備えた理想的な水上戦闘艦艇は、恐らくフリゲートであろう。米海軍はイタリアのフリゲート設計を取り入れた、将来型フリゲートを建造する計画だが、その就役は2026年まで待たなければならない。
(7) 以上のような事情から、責任は再び東南アジアの肩に掛かってくる。もしマレーシア、ブルネイ、フィリピンそしてベトナムといった、中国の抑圧の目標になっている国々が、米海軍に対して単なる一時的な力の誇示を超えた形での南シナ海におけるプレゼンスの維持を真剣に望むなら、これら諸国は集団で、既にシンガポールが受け入れているように(抄訳者注:沿海域戦闘艦1隻のチャンギ基地への配備受入)、交代方式による米軍ホスト国の受入方法を検討する必要がある。これに加えて、南シナ海に直接的な利害関係を有する東南アジア諸国は、意見の相違を棚上げして、最終的に協調行動をとる用意がなければならない。掘削船「ウエストカペラ」を巡る事案から得られる最も重要な教訓は、中国がここで止めることはないであろう、と言うことである。
記事参照:U.S. Naval Standoff With China Fails to Reassure Regional Allies

5月6日「危機に乗じる中国、南シナ海における新行政区設置――豪専門家論説」(Asia Maritime Transparency Initiative, CSIS, May 6, 2020)

 5月6日付のCSISのウェブサイトAsia Maritime Transparency Initiative は、Australian Strategic Policy Instituteの防衛・戦略プログラム上級分析員Huong Le Thunの“Fishing While the Water is Muddy: China’s newly announced administrative districts in the South China Sea”と題する論説を掲載し、そこでHuong Le Thuは、中国が南シナ海に新行政区を設置したことに言及し、その意味と周辺諸国の対応、および中国が今後とるべき道について要旨以下のように述べている。
(1) 5月18日、中国の民政部は南シナ海に2つの新しい行政区を設立したと発表した。西沙諸島を管轄する西沙区と南沙諸島を管轄する南沙区である。それら2つの諸島はベトナムもその主権を主張している場所である。中国の目的はそれら周辺海域における行政的管理をより効果的にするというものであり、それによってさらなるインフラ建設の促進と軍事的プレゼンスの強化を意図しているのであろう。越政府はこの動きに正式に抗議した。
(2) 2020年、ベトナムはASEAN議長国と国連安保理の非常任理事国を兼任しており、また2021年の共産党大会の準備中であるが、この1年はそのベトナムにとって特に厳しい年になりそうだ。ベトナムと中国の間の緊張関係がはりつめたものになっている。中国はこれまで、ASEANの議長国に関しては議長国になる前年に威圧的な態度を取り、議長国である間にはその態度を和らげてきた。しかし2020年に関しては明らかにそうではない。
(3) 2020年4月初め、中国海警船がベトナム漁船を西沙諸島周辺で沈めるということがあった。ベトナムは正式に抗議した。また中国調査船「海洋地質8号」がベトナムとマレーシアが権利を主張する大陸棚の調査を行ってきた。そのうえで、中国は越政府の対応が攻撃的なものであるとして批判を強めてきている。他方、あまり見られないことだが、フィリピンがASEANの連帯を主張してベトナムの行動を支持している。ベトナムは中国に対する対応や最近のCOVID-19感染拡大の抑制が今のところうまくいっているとして、国際的に称賛をされており、COVID-19をめぐる危機後の世界を見据えて行動できているように思われる。
(4) 中国は昨今の国際的な危機的状況においても周辺への攻勢の手を緩めず、南シナ海や台湾、香港への圧力を強めている。むしろ中国はこの危機に乗じて、軍事演習の実施や南沙諸島でのインフラ整備などを進め、台湾周辺に空母「遼寧」を派遣するなど、軍事的プレゼンスを拡大してきた。さらに、上述したように中国はベトナムやマレーシアの領海に調査船「海洋地質8号」を送り込んだが、マレーシアに関しては、今年3月に政権交代が実現した後に政権が安定していない隙をついたものであるに違いない。
(5) これら中国の積極的行動は、COVID-19をめぐるさまざまな悪影響を跳ね返すために国内に向け「勝利」を提供しようとするものかもしれない。しかしその一方、このたびの南シナ海における新行政区の設置は、それとは違う、より長期的影響を持つものであり、この決定によって中国は南シナ海の支配を公式化しようとしているのである。国際社会が新行政区の設置を承認するとは思えないが、中国にとって積極的な反対がなければそれで十分なのであろう。
(6) ベトナムとフィリピンは中国の決定に対して公式に非難声明を発した。この両国にとって事態の展開は非常に厳しいものであるが、ウイルス危機があるとしても、その後を見据えてこの地理戦略的展開においてしっかりと発言権を持つことはきわめて重要なことだ。
(7) 中国も、国内の不満をそらすためにこの危機を利用しようとしているが、それがさらに国際的信用の低下を招いていることを理解するべきだろう。中国はすでに2016年の仲裁裁判所裁定を無視しているが、このたびの諸々の行動も、中国が地域的な論争の解決をASEANとの交渉や合意、調整によって目指す意図がないことを示しているのである。これは現在交渉中の「南シナ海行動規範」の精神に反するものである。
(8) 実際に中国の行動は、ベトナムの強い憤りを生んでいる。ベトナムはこれまで中国との対立について、二国間関係の安定のために法的行動に訴えることはほとんどなかった。しかしここにきてそうした方針は変わりつつある。このまま隣国との対立を深めれば、地域的リーダーとしての中国の立場は大きく損なわれるであろう。中国は今回のウイルス危機に乗じて威圧的行動を進めることを厳に戒めるべきだ。
記事参照:Fishing While the Water is Muddy: China’s newly announced administrative districts in the South China Sea

5月7日「中東の安全保障に中国はなぜコミットしないのか―米中国専門家論説」(The Diplomat, May 07, 2020)

 5月7日付のデジタル誌The Diplomatは、米国の対中コンサルティング企業China Channel Ltd.会長Bonnie Girardの“China and Gulf Security: Conspicuous By Its Absence”と題する論説を掲載し、そこでGirardは、ペルシャ湾ホルムズ海峡において現在実施されている国際的な哨戒活動に中国が参加しない理由について要旨以下のように述べている。
(1) 現在、ペルシャ湾やホルムズ海峡では、米国やフランスがそれぞれ主導する哨戒活動が行われている。中国はそれへの参加の可能性を一旦は考慮したが、結局取り下げた。中国は中東の原油に大きく依存しているが、なぜその航路防衛に参加しなかったのか。自分だけはその海域における不安定化は関係ないという自信があるのかもしれない。同海域における海賊行為などについて、2019年5月以降イランがその主犯と見られているが、中国はイランとの経済的コミットメントの強化によって、石油タンカーへの(おそらくイランによる)攻撃を回避しようとしているのではないか。中国はイランの石油・ガス部門に4000億ドルの投資を行うと言われている。
(2) ペルシャ湾からホルムズ海峡を通って中東から輸送される原油量は、一日1,360万バレルにのぼるが、そのうち350万バレルが中国向けと言われている。そしてまた、その350万バレルは中国が一日に輸入する原油量910万バレルの約38%を占める。中国は原油使用の約75%を海外に頼っており、中東の石油の比重はきわめて大きいということだ。
(3) それを考慮すればペルシャ湾やホルムズ海峡の安全のため哨戒活動に参加することは中国にとって利益になるはずである。上述したようにイランが中国船籍を標的にしないのだとしても、その海域が不安定であれば偶発的事件が起こりうるためである。
(4) 現在多国間協力による哨戒活動は2種類ある。ひとつめはフランスが主導するEUの活動で、2020年2月から活動を開始した。その連合は「ホルムズ海峡におけるヨーロッパ海上把握(以下、EMASoHと言う)」と名付けられた。UAEを本拠地としてアゲーノール作戦を展開している。2つ目の連合は米国主導の作戦で、その連合が展開する作戦はセンチネル作戦と呼ばれる。双方とも海洋の安全保障をその公式の目的としている。EMASoHの構成国は米国主導の作戦行動に参加することに慎重であった。なぜなら、そうすることによって2015年に調印されたイランとの核合意の実効性が弱まることを恐れたためである。また、中東の原油に大きく依存する日本や韓国も独自の哨戒活動を展開している。
(5) この米国主導の連合に中国が参加を考慮したのが2019年の夏のことであり、それは世界を驚かせた。しかし、冒頭で述べたように中国は参加をしないことにした。それはイランによる攻撃を恐れていないからかもしれないが、他にも理由があるように思われる。
(6) 第1に、むしろ中国はイランとの関係の維持にあまり自信がない可能性がある。2016年に25年間におよぶ包括的戦略パートナーシップ協定が結ばれたにもかかわらず、中国とイランの間の貿易量は下り坂である。同戦略的パートナーシップ協定は、10年以内にお互いの貿易額を年6000億ドルまで高めるとしたが、ここのところ中国からイランへの輸出量は月額10億ドル程度で安定している。第2に、冒頭で述べた4,000億ドルにのぼるとされる契約が事実ではない可能性である。イラン政府高官やビジネスリーダーのなかに、その存在を認める者はいない。
(7) このように中国・イランの関係は不安定である。そのようなときに、イランの行動を信用していないと示唆するような活動、すなわちペルシャ湾周辺の哨戒活動に従事することは、むしろ中国に不利益をもたらすかもしれない。実際にアフリカ東岸のジブチに基地を持つ中国には、そうした活動を行う能力がある。にもかかわらずそれをしないということは、中国がどちらかの肩入れをしていると思われることを回避することに利益を見出しているということだろう。この地域以外での中国の行動について検証するとき、ペルシャ湾周辺における中国の態度は参考となるであろう。
記事参照:China and Gulf Security: Conspicuous By Its Absence

5月7日「北極圏に関する中国以外のアジアの関係国の検討(パート1:インド)―ロ専門家論説」(Eurasia Daily Monitor, Jamestown Foundation, May 7, 2020)

 5月7日付の米シンクタンクJamestown Foundationのデジタル誌Eurasia Daily Monitorは、 同所研究員でInternational Center for Policy Studies (Kyiv)専門家のSergy Sukhankin博士の“Looking Beyond China: Asian Actors in the Russian Arctic”と題する論説を掲載し、ここでSukhankinは北極圏に関して中国以外のアジアの関係国としてインドを取り上げ、インドはロシアとの石油・天然ガスの開発計画に積極的に関与しているとして要旨以下のように述べている。
(1) 北極圏でロシアとのパートナーシップを模索している北極圏以外の国の中では、中国が圧倒的に目立つ国になっている。しかし、他の新たな有力な国としてインドと日本にも注目すべきである。2020年1月14日、ロシアのSergei Lavrov外相はインドとロシアが北極圏の石油及び天然ガスの開発計画における協力を強化していると述べた。この情報は、インドの石油相Dharmendra Pradhanによって確認された。これらの声明に続いて、ロシアの国有石油巨大会社Rosneftは、インドがロシアの極北から年間200万トンの原油を調達することを想定した協定をインドと締結した。Hindustan Petroleum社やBharat Petroleum社などの他のインドのエネルギー企業もRosneftとの契約を交渉中であると報告されている。2020年2月5日、ニューデリーでPradhan石油相はRosneftのCEOであるIgor Sechinと交渉した後、さらにインド企業がボストーク石油プロジェクトに参加すると発表した。 2024年に操業を開始予定のボストーク石油は地域の15の新しい産業都市、2つの空港、港湾の開発に貢献し、少なくとも10万人の新しい雇用を創出する点でロシアの北極圏発展に極めて重要である。このプロジェクトの戦略的利点は、北極海航路に地理的に近いことである。ロシアの東西の海運輸送回廊(継続的に開発中)は、北極海沿岸を包み込み、数十年にわたるロシアの経済成長の原動力となることが期待されている。
(2) ボストーク石油へのインドの関与は、2つの重要な側面によって動機付けられている。まず、地理的に離れているにも関わらずインドは北極圏で重要な影響力のある国になりつつあることである。 2007年から2008年の間に、インドは北極圏で最初の科学調査を行い、その後Svalbard諸島にHimadri基地を設立した。インドは2013年5月12日に北極評議会でオブザーバーの地位を確保することに成功した。このことをインド政府は「北極の勝利」として祝った。2015年、モスクワを訪問中に、インドのNarendra Modi首相は北極評議会におけるインドの存在の戦略的重要性を指摘し、「北極圏におけるインドとロシアの関係の協力の可能性」を確認した。インドは北極圏ではない国家であり、したがって直接的にこの地域の問題に参加することはできないが、地域的なプレゼンスを作ることに戦略的な関心があるためインドはロシアと緊密に協力しようとしている。ボストーク石油への関与は、この取り組みを強調しているようである。第2に、北極圏へのインドの関心は、当初は科学的な方面に限られていたが、最近では地理的、経済的な特徴を徐々に獲得していることである。この傾向は、エネルギー供給業者の多様化を通じインドのエネルギー安全保障を達成するというModi首相の戦略的目標と不可分の関係にある。北極圏の豊富な資源を持つロシアは、このインドのエネルギー戦略の主要な要素の1つと見なされている。 ONGCを含むインドの企業と印ロ両国の政治的指導者たちが石油と天然ガスの開発計画に関する協力を通じて北極地域でのパートナーシップの強化に関する一連の合意覚書に署名した。それはインドの戦略が具体的な形を獲得したことを意味する。2019年9月4〜6日にウラジオストクで開催された第5回東方経済フォーラム(EEF)は、ロシア側がインドに北極プロジェクトへの参加を具体的に「招待」したという重要な里程標になった。フォーラムの数日前には、インドのPradhan石油相はインドがロシアとの「エネルギーの橋」の確立に興味を持っていると述べていた。
(3) ロシアから輸入される3つの主要なタイプのエネルギー資源を前提とする計画は次のとおりである。
a. 石油。ОNGC、Oil India、Indian Oil Corporation、Bharat Petroresourcesなどのインド企業によって管理されている。
b. 液化天然ガス。インドでの消費量が指数関数的に増加している。ちなみに、インドの学者たちは、インドがLNGの消費と輸入の体系を最適化するために、中国とドイツのロシアとの協力状況を研究すべきであると主張している。
c. 石炭。インドにとって戦略的に重要な商品である。その輸入は、Tata、SAIL、NMDC、Jindalなどのインド企業によって管理されている。
ただし、この非常に有望な状況は、今後の北極圏におけるロシアとインドの協力に影響を与える可能性のあるいくつかの要因によって補完される必要がある。1つ目の要因は、北極圏の「国際化」のデリケートな問題である。ロシアは、北極圏は「北極圏の国のために」残るべきだと主張しているが、インドは北極圏を国際公共財の一部と見なしている。この主張はロシアにとって国益に対する戦略的脅威である。2つ目の要因は、「中国という要因」である。インドは中国のこの地域への進出を戦略的脅威と見なしている。地政学的な予想に加えて、中国の活動拡大により北極圏がさらに汚染され、地球規模の影響により気候変動の悪影響が加速する可能性がありインドにも悪影響を及ぼすと予想される。さらに北極圏の非核化と非武装化を支持するインドは北極圏北部での軍事的関与を増大させる中国の潜在的な試みに深刻な懸念を抱いている。インドは北極海航路の開発に不安を感じている。北極海航路の開発は、東洋と西洋の間の輸送動脈としてのインド洋の役割を劇的に減少させ、同時にインドと中国の間の力のバランスを再構築しなければならなくなる可能性をはらんでいる。十分な輸送量を備えた通年の北極海航路は、戦略的に重要な資源と原材料を運ぶインド洋とマラッカ海峡を通過する中国との間の船舶をブロックするというインドの能力を減少させる。最後の要因は、ロシアが支援する北極圏プロジェクトへの関与にもかかわらず、インドは北極圏の生態学的及び気候変動に関する懸念により、ロシアの一方的な姿勢を共有していないことである。さらに、新しい長期的な現実であると思われる石油の安値は、インドを高価な北極圏の石油または天然ガス開発計画への投資についてより慎重にさせている。
記事参照;Looking Beyond China: Asian Actors in the Russian Arctic (Part One)

5月8日「バレンツ海における米海軍の新たな動き―ノルウェー紙報道」(The Barents Observer.com, May 8, 2020)

 5月8日付のノルウェーのオンライン紙The Barents Observerは、“American flags in the Barents Sea is “the new normal,” says defence analyst”と題する記事を掲載し、最近の米海軍のバレンツ海での動向について要旨以下のように報じている。
(1) 米国と英国の海軍水上艦艇部隊は、ロシアの北方艦隊が普段訓練を行う海域であるバレンツ海に5日間、その海域で行動した後、5月8日の夕方に同海域を離れた。この航海は、米水上艦が北方海域を航行することによって新しい時代を告げることとなった。これは1980年代に米国国旗を掲げた軍艦がバレンツ海を航行して以降初めてのことである。十中八九、彼らは戻ってくるだろう。
(2) ノルウェーの国防アナリストのPer Erik Solliは「我々は、米海軍がより定期的に北方海域を航行することを見ることになるだろう。これは新しい常態である」と述べている。彼は、今何が起こっているのかについて2つの主な理由があると説明している。「地球規模で人類が共有する資産(である海洋)において航行の自由の原則を示すことは米海軍の主要な任務であり、バレンツ海は主として国際水域である」とSolliは述べた。第2に、より長射程で優れた性能を備えたロシアの新しい巡航ミサイルと弾道ミサイルのため、地球規模の紛争に事態が発展した場合にNATO軍がより北方でロ北方艦隊に挑むことがどれほど必要となるかが重要であると彼は強調している。3月下旬、米シンクタンクRAND Corporationがノルウェー国防省のために行った研究ではクラブ巡航ミサイルや他の近代的な巡航ミサイルを装備したロシアの水上艦や潜水艦が一旦、ベアギャップを越えて展開されると北大西洋でのNATOの活動に対してどれほど脅威を増すかについて要点を説明している。ベアギャップは、ノールカップ(抄訳者注:ノルウェー北部マーゲロイ島にある岬)からビュルネイ島(抄訳者注:ノルウェー本土とスヴァールバル諸島との中間にあるノルウェー領の島)を経由してノルウェー北極圏のスピッツベルゲン島南端まで、比較的浅いバレンツ海と深いノルウェー海の間に引かれた線である。ロシアの軍艦と潜水艦は、過去2年間にノルウェー海のヌールラン沖で数回訓練を行ってきた。冷戦時代でさえ、ソ連北方艦隊はノールカップの西で実弾射撃演習を行っておらず、ほとんどはバレンツ海の東側海域にとどまっていた。聖域防衛を確実にすることにより、ロシアは北大西洋最北部に侵入するNATO軍に対する領域拒否によって脅すことが可能であり、それによって、北方艦隊の弾道ミサイル潜水艦が信頼できる核抑止力となる。
(3) 「北極圏は重要な地域であり、我々の海軍はバレンツ海を含むその地域において、その複雑な環境で、商業の安全を確保し、航行の自由を示すために活動している。英国との我々の軍事活動は、北極海とすべてのヨーロッパの海域にわたる航行の自由に対するNATO同盟の強み、柔軟性及び取り組みを実証している」と米在欧海軍兼米在アフリカ海軍司令官James G. Foggo III大将は語った。この水上戦闘群の活動は、水兵たちが特有で困難な環境において持続的な北極での活動への即応性を示す機会を提供した。ロシアの北方艦隊は、バレンツ海での航行について米海軍から情報提供を受け、NATO海軍を監視していたが、事件は起きなかった。
(4) Per Erik Solliは、この5月の米海軍の航海を、過去3年間で行われた北方海域への他の航海の自然な継続と見ている。Solliはバレンツ海と太平洋北極圏の間の北極海航路に沿って航行する米海軍艦艇を見る可能性は低いと語った。「米国では1年前に、米沿岸警備隊の砕氷船と海軍水上艦艇が一緒に北極海、おそらく北極海航路をも航行することについて米海軍内で協議があった」と彼は述べている。しかし、Solliが言及しているように、米国の専門家たちはいくつかの懸念を表明した。米艦船に問題が発生した場合、米国人がロシア人に救助支援を要請する必要があるが、「それで米国人は著しく面目を失い、ロシアのマスコミと情報サービス産業にこれまでにない価値のあるスクープを与えるだろう」と。
(5) 一方で米国人はバレンツ海の氷のない海域を航行することに専念している。「バレンツ海におけるこれらの北極での軍事活動は、あらゆる海洋環境ですべての任務を遂行する我々の乗組員の能力を実証している」と米ミサイル駆逐艦「ポーター」艦長で水上戦闘群の指揮官であるCraig Trent中佐は述べた。「ヨーロッパとアフリカを取り巻く海域での我々の安定した訓練、運用及びプレゼンスは、我々の艦船が互いに円滑に連携し、我々の同盟国が海洋安全保障を提供するための準備である」と彼は付け加えた。
記事参照:American flags in the Barents Sea is “the new normal,” says defence analyst

5月8日「中国のSSBN部隊の将来―豪専門家論説」(The Strategist, 8 May 2020)

 5月8日付のAustralian Strategic Policy InstituteのウエブサイトThe Strategistは、豪Macquarie University研究員Adam Niの“The future of China’s nuclear-powered ballistic missile submarine force”と題する論説を掲載し、Adam Niは、中国はSSBN計画着手から約60年かけて「信頼できる海洋配備の核抑止力」となるSSBN部隊を手に入れたが、依然様々な問題を抱えており、中でも中国が常続的な海洋における抑止(CASD)を将来採用するのか、その場合、国内的には指揮統制システムをはじめ核体制の転換が必要であり、対外的には核の先制不使用からの離脱や核の均衡の変更といった脅威認識あるいは懸念を助長することになるとして要旨以下のように述べている。
(1) 中国は、最初の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(以下、SSBNと言う)計画を立ち上げてからほぼ60年経って、近年、ついに運用可能な水中核戦力を手に入れた。晋級SSBNの開発により中国の海洋配備の核戦力の進化は新たな段階に入った。米国防総省の中国の軍事力に関する議会報告2018年版によれば、この最近の開発は「中国初の信頼できる海洋配備の核抑止」を構成する。しかし、中国の最新の海洋配備核部隊の有用性は地理的、運用上および技術的要素から深刻な問題に直面している。しかし、もし中国がより大きな、より非脆弱なSSBN部隊を展開させ、これが常続的な海洋における抑止(以下、CASDと言う)と結合すれば、インド太平洋の戦略的安定性にどのよう影響を及ぼすのか?
(2) 中国SSBN部隊、潜水艦発射弾道ミサイル(以下、SLBMと言う)開発およびその支援能力とシステムは、北京の核に対する不安に突き動かされ、人民解放軍の資源利用によって可能になり2000年以降急速に発展してきた。全ての指標から、より大規模で残存性の高いSSBN部隊は人民解放軍海軍の優先順位表の上位にある。2020年代中期から後期以降、Type094(晋級)SSBNとType096SSBNで編成される部隊を運用することになろう。
(3) 中国のSSBN部隊の将来は中国の脅威認識に大きくかかっている。脅威認識の一方の端では北京は地上配備の核戦力を補完する小規模なSSBN部隊で核抑止の信頼性を維持するのに十分であると考えるかもしれない。他方、中国は支援インフラとシステムを有する相当程度のSSBN部隊を建設し、認識する地上配備の核戦力の脆弱性に対応しようとするかもしれない。今ひとつの決定要因は中国が常時1隻ないしそれ以上のSSBNを展開するCASD能力を追求するか否かである。運用上の制約から中国は近い将来においてそのような態勢にはなりそうにない。たとえ、人民解放軍海軍が運用上可能であっても、北京が核の体制をCASDのような重大な転換をする用意ができているか極めて疑問である。CASDにSSBNが正確に何隻必要かは、SSBN部隊に対する人民解放軍海軍の後方支援の効率性や中国の原子炉炉心の技術仕様など様々な要素にかかっている。しかし北京の狙いが少なくとも2、3隻のSSBNを常に展開するCASDを達成することであれば、中国のSSBN部隊は12隻程度の拡張をする必要があるだろう。
(4) より広範な核の近代化に一部としてSSBN部隊の成長は中国の核戦略およびアジア戦略的安定性にとって多くの含意を有している。何よりもまず、中国のSSBN部隊はこれまでのいかなる時よりも中国の核戦略と体制にとって重要になってきたことである。陸上配備核ミサイルにのみ依存していた体制から多様化し、SLBMは米本土を目標にすることができる中国の弾道ミサイルの全数の約半分を占めるまでに成長してきた。中国は3本柱建設に向けた道を並行して進めているので、相対的に重要なことはSSBN部隊の規模と残存性を並行して成長させることのようである。
(5) 中国のSSBN部隊の重要性が増してきていることを考えるとSSBNをどのように展開するかを決定することは広範な戦略的含意を含んでいる。たとえば、北京がCASDの採用を決定すれば、中国の核体制に重要な転換を引き起こす。現在、核の権限は中央軍事委員会に極度に集約されている。核弾頭はミサイルとは分離して貯蔵されており、加えて、地上配備の各部隊は平時には高い警戒態勢を維持していない。CASDでは、SSBNは洋上で核兵器を搭載したままであり、北京は(核の)権限をどの程度艦長に委任するかといった指揮統制状の重大な疑問を解決しなければならない。そのような体制の転換はとの国々から核兵器の先制使用を自制するという北京の政策から離脱する証拠と理解されるだろう。
(6) 中期的に見れば、人民解放軍海軍は南シナ海、東シナ海、黄海を含む中国本土近傍の選択された「聖域」にSSBNを配備することに大きく重点を置いた戦略を採用し続けるだろう。しかし、長期的には中国のSSBNは太平洋での外洋哨戒の実施にますます積極的になるだろう。外洋展開の優位性を考えれば、人民解放軍海軍は効果的な抑止任務の能力と経験、特に太平洋におけるそれらを発展させ続けるだろう。戦略的安定性にとって重要なリスクは、北京が防衛的と自己認識している建設が米国や他の国々から関係する戦略核部隊の均衡を中国の望む形に変更しようとする挑戦的な努力と解されるだろう。北京が近い将来にCASDの採用を急げば、特にそのようになるだろう。
記事参照:The future of China’s nuclear-powered ballistic missile submarine force

5月9日「インド太平洋での米国と中国が物語の競い合い―印専門家論説」(South Asia Analysis Group, May 9, 2020)

 5月9日、印シンクタンクSouth Asia Analysis Groupのウエブサイトは、同シンクタンクの研究員Subash Kapilaの“United States And China’s Competing Narratives in Indo-Pacific Region”と題する論説を掲載し、ここでKapilaはインド太平洋地域で米国と中国が物語を競い合うため、21 世紀の大部分は政治的及び軍事的動乱を目の当たりにするとして要旨以下のように述べている。
(1) 米国と中国は、1949 年 10 月に中国が共産主義の巨大な単一国家として登場して以来、以前のアジア太平洋地域において物語を競い合ってきた。2020 年半ばにおける米国と中国の競合する物語は、現在拡大しているインド太平洋地域において、激しい議論を引き起こす対立的な輪郭を想定している。特に注目すべきは、インド太平洋に関する米国の物語は、2020 年半ばには、中国が「ハードパワー」戦略に転換した結果として、その南シナ海での軍事的冒険主義に起因してアジア諸国において高まった「深刻な戦略的不信感」に中国が苦しんでいることから多くのアジア諸国政府を米国が展開する物語の視点に引き寄せている。
(2) 中国は、西太平洋をその海洋の裏庭として認識しており、米軍の前方展開に対し、日本、韓国及びフィリピン(今はそうではない)を米軍が中国に対する軍事介入を可能にする踏み台として認識している。南シナ海を横断する西太平洋のシーレーンは中国のエネルギー需要と商業のライフラインでもある。経済的な側面に加えて、西太平洋は中国にとって超大国であろうとして米国と渡り合う挑戦者として当然の支配圏であると認識されている。中国は意欲的な超大国として、西太平洋から米軍が退場するよう駆り立てることを強く望んでおり、それは、中国の政治的地位や海洋からの利益を強化、拡大するために西太平洋に妨害されずに自由に出入りできるままにすることを意味する。米国と中国がそれぞれの戦略的物語を追求することで、以前のアジア太平洋地域は縮小し、今では拡大したインド太平洋地域が米国と中国の対立と紛争の様々な状態にある。
(3) 中国が米国を武力紛争に巻き込もうとする傾向は朝鮮戦争からベトナム戦争と拡大してきており台湾海峡における、あるいは韓国と日本に対する軍事的瀬戸際政策に散見される。米国は対照的にNixon大統領とHenry Kissinger国務長官の誤った認識の下で、近年まで続く対中国宥和政策を始め、その後数十年間の中国に対する「リスク回避」(Risk Aversion)政策が続いた。その結果、中国は何十年にもわたって、東アジア、東南アジア及び南アジアでの押し付けがましい政治的・軍事的戦略によって、その大戦略を推進するために奮起していた。この結果、アジアの安全保障と安定の保証人としての米国のイメージがアジア全体で傷ついてしまった。上記のようなことを感じながらも、米国は「リスク回避」戦略の圧力で身動きが取れず、米国の中国政策の定式化は、「関与」(Engagement)から「コンゲージメント(封じ込めと関与を組み合わせたもの)」(Congagement)まで、そして、現在の2020年半ばには「対決を辞さない争い」(Confrontational Conflict)という一線を越えるものまで、その中国政策について様々な段階を経験した。
(4) 21 世紀の大部分は、政治的及び軍事的動乱を目の当たりにする運命のようだ。なぜならば、中国に関して、その国家安全保障上の利益が米国のそのような利益と戦略的に一致する主要なアジアの大国からの敵対的な孤立に直面する中国を2020年半ばに目撃することになる地域で、米国と中国が物語を競い合うからである。
記事参照:United States And China’s Competing Narratives in Indo-Pacific Region

5月9日「米国がCOVID-19の痛手の中で南シナ海を混乱させる理由―中国専門家論説」(South China Morning Post, 9 May, 2020)

 5月9日付の香港日刊英字紙South China Morning Post電子版は、中国南海研究院院長中国東南亜南海研究中心の理事会主席を兼務する呉士存の “Why the US continues to stir up the South China Sea despite the COVID-19 body blow”と題する論説を掲載し、ここで呉士存は中国が米国の活発な軍事行動に対抗しつつ南シナ海での領域主権と海洋権益を守る力を維持すべきであると主張して要旨以下のように述べている。
(1) COVID-19は、少なくとも150の米軍基地と4隻の米空母で感染が判明し、米軍の戦闘能力と展開に深刻な影響を与えている。それにもかかわらず、米国は執拗に西太平洋での覇権を求めて南シナ海で活動し混乱の波紋を広げている。2020年に入って、米国は南シナ海で航行、演習、偵察、「航行の自由」作戦の4タイプの軍事活動を続け、加えて南シナ海沿岸諸国との共同訓練などを通じた軍事外交を展開している。COVID-19の感染で痛手を被っている中、なぜ米軍は南シナ海での活動を強化しているのであろうか。Trump政権は2017年の「国家安全保障戦略」で中国を「戦略的競争相手」として位置づけ、それに続く「インド太平洋戦略報告」において両国間の安全保障面での対立における南シナ海の重要性を指摘している。米国は、南シナ海を西太平洋の覇権に不可欠なものとして捉えており、そのことこそが中国の南シナ海における主権、安全保障、開発などすべてを危険に陥れている。海は、国家安全保障上の自然の盾として機能するだけでなく、戦略的な海上交通路を提供するものでもある。南シナ海における米中競争は戦略的なものであると同時に構造的なものでもある。中国は米国がパンデミックの最中で南シナ海における中国との競争を緩めると考えるほど甘くはない。中国はウイルスの流行の中でも米国の行動に冷静に対処している。
(2) 今後、米軍は南シナ海でどのように行動するであろうか?象徴的活動としての「航行の自由」作戦は3か月に2回程度の割合で実施していくだろう。「航行の自由」作戦は、空母が動けなくとも少数の艦艇で実施できる。地域の同盟国との共同訓練やその他の軍事活動は中止するか延期していくだろう。フィリピンとのバリカタン演習を中止し、隔年で実施している環太平洋演習(リムパック)も予定どおり実施できるか疑問である。米インド太平洋軍では稼働空母が不足しているが南シナ海で行動するだけの水上艦は十分に維持している。日本、シンガポールあるいはグアムに駐留する艦船でプレゼンスを維持していくだろう。その上で米国は台湾海峡および南シナ海で中国の活動を抑止する作戦を強化するだろう。
(3) コロナウイルスは依然として世界に拡散している。国際政治、経済関係、グローバルガバナンスに大きな影響を与え、米中関係には負の影響を及ぼしている。米中の両国間では、貿易、科学、技術、産業・サプライチェーンなどにおいてディカップリングが進んでいる。米国では大統領選挙が近づくにつれ中国問題が誇大に取り上げられる傾向がある。南シナ海での軍事行動を強化することによって中国に厳しく対応していることを示し、国内では選挙区に迎合し、国際的には同盟国との関係を強化しようとする。他方、米国に迎合する国が南シナ海で独善的な行動を取っている。これらの負の連鎖がこれまで安定し、改善してきた南シナ海の状況に乱気流をもたらしている。南シナ海は中国だけのものではなく沿岸国のすべてが共有するものである。南シナ海は、ASEAN諸国と中国が共に未来を共有する海洋共同体を構築するための基盤である。米軍の軍事的な挑発に対抗して中国は南シナ海における領土主権と海洋権益を守るための力を強化する必要がある。加えて、中国は南シナ海諸島の民間機能を拡大すべきである。その方針の一環として、最近、三沙市の下に行政区として西沙区と南沙区が新たに設立された。さらに中国政府は、海上での軍事作戦の変化に適合し得るように海上部隊を統合すべきである。その一方で、中国は他の南シナ海諸国との海洋協力を促進し、コンセンサスを構築して「南シナ海行動規範」の策定交渉を加速させる必要がある。
記事参照:Why the US continues to stir up the South China Sea despite the COVID-19 body blow

【補遺】

旬報で抄訳紹介しなかった主な論調、シンクタンク報告書
(1) Getting the Pacific Deterrence Initiative Right
https://thediplomat.com/2020/05/getting-the-pacific-deterrence-initiative-right/
The Diplomat, May 02, 2020
By Benjamin Rimland, a research associate in the at the Center for Strategic and International Studies
Patrick Buchan, director of the U.S. Alliances Project and fellow of Indo-Pacific Security at the Center for Strategic and International Studies
5月2日、米シンクタンクCenter for Strategic and International Studies(CSIS)のAlliances and American Leadership Program研究員Benjamin Rimlandと、同じくCSISのdirector of the U.S. Alliances Project のIndo-Pacific Security研究員Patrick Buchanは、デジタル誌The Diplomatに“Getting the Pacific Deterrence Initiative Right”と題する論説を寄稿した。ここでRimlandとBuchanは、①COVID-19パンデミックのおかげでコンセンサスを得た「太平洋抑止構想」(Pacific Deterrence Initiative:以下、 PDIと言う)と呼ばれる資金調達とハードウェアの注入は、今後何十年にもわたって米国の太平洋のプレゼンスのための基礎を築くことになる、②もう1つの劇的な変化として米国が中距離核戦力全廃条約(以下、INFと言う)から離脱し、米国が数十年ぶりに地上発射の弾道ミサイルと巡航ミサイルを配備できるようになる、③PDIとINFからの撤退は米国とその同盟国に「拒否による抑止」と「懲罰による抑止」という2つの選択肢を提示する、④どちらのコースも同盟国との交渉は困難なものになる可能性があるが、PDI を正しく行うためには、米国の同盟国にとって受け入れられるかどうかが重要である、⑤拒否的なドクトリンによって抑止を正式化するPDI がもたらす資源の活用は、はるかに安定化をもたらし、外交的にも現実的な選択肢となる、⑥懲罰的PDIの外交は米国の同盟国が忌み嫌う「文明の衝突」により合致するものであるが、拒否の場合はPDIがゼロサム外交を生み出さないことが保証される、などと論じている。
 
(2) The United States Forgot Its Strategy for Winning Cold Wars
https://foreignpolicy.com/2020/05/05/offshore-balancing-cold-war-china-us-grand-strategy/?utm
Foreign Policy.com, May 5, 2020
Stephen M. Walt, the Robert and Renée Belfer professor of international relations at Harvard University
5月5日、米Harvard UniversityのStephen M. Walt教授は米ニュース誌Foreign  Policyのウエブサイトに、" The United States Forgot Its Strategy for Winning Cold Wars "と題する論説を発表した。ここでWaltは、冒頭で「ソビエト連邦を打倒するために構築された計画は、今日、中国に対抗するために機能させることができる」と切り出し、1950年代の冷戦期に議論された「封じ込め」と「オフショアバランス」の両戦略を考察し、当時捨象されてしまった後者の重要性を再検討している。そしてWaltは、将来の米国の政策の指針となる戦略オプションを決定するにはまず第1に、さまざまな選択肢を適切に理解することが必要であることを強調した上で、「オフショアバランス」を正確に理解すれば、それが米国の外交政策の成功の大部分の基盤を提供したことが明らかになるし、同戦略からの逸脱が米国の最大の失策の根底にあることが理解されるだろうと主張している。
 
(3) How China Sees the World And how we should see China
https://www.theatlantic.com/magazine/archive/2020/05/mcmaster-china-strategy/609088/
The Atlantic.com, May 2020 Issue
H. R. McMaster, a retired United States Army lieutenant general, a former White House national security adviser
5月、Trump政権で国家安全保障顧問を担当した米陸軍退役中将H. R. McMasterは、米月刊誌The Atrantic電子版に" How China Sees the World And how we should see China "と題する論説を発表した。その中でMcMasterは、鄧小平が全盛期を迎えていた1970年代後半以降、米国の対中関係アプローチを支配していたのは、国際的な政治・経済秩序に歓迎をもって受け入れられた後、中国はその規則に従って行動し、市場を開放し、経済を民営化するという仮定であったが、しかし、これらの仮定は間違っていたことが明らかになったと述べた上で、中国の影響力拡大の動きは、南シナ海における人工島の軍事化や台湾周辺および東シナ海における軍事力の展開に顕著であるものの、中国共産党の軍事戦略と経済戦略が一体化していることが、米国やその他の国にとって特に危険であると指摘している。そしてMcMasterは「アグレッシブに戦えば、自信が持てる」という中国の行動は、従属国家になりたくない国々の反発を煽っているし、内部的には統制の強化も反発を呼び起こしていることを背景に、繰り返される中国政府高官たちの虚勢は、中国が「この世にある全てのものの主権者である」という考えを国内に呼び起こすことを意図しているのかもしれないが、この世の多くの人々はそれに同意しないし、同意してはならないと強調している。