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第38回 2022/03/30

プーチン・ロシアとは一線を

諏訪 一幸 (静岡県立大学国際関係学部教授)

 2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻。日々刻々伝わるウクライナの惨状に心が痛む。ロシアが生物兵器や化学兵器、戦術核兵器を使用する可能性が指摘される中、国際社会にはロシア最大の友好国である中国が仲介役を買って出ることを期待する声がある。しかし、中国に動く気配は見られない。

1.北京の理想と現実

 「共に未来へ」のオリンピック・ビジョンと「雪氷上での喜びの出会い」というパラリンピック・ビジョン。そして、張芸謀氏の壮大な演出と中国選手団の大活躍。これらは既に、人々の脳裏から消し去られてしまった感がある。その最大かつ唯一の原因は、中国がロシアによるウクライナ侵攻を支持しているからだ。
 中国は、ロシアの暴挙への対応を誤った。
 その出発点は、北京冬季オリンピック開幕式当日の2月4日に行われた中露首脳会談とそれを受けて出された中ロ共同声明にある。新疆での人権侵害などを理由に米国などが行った「外交ボイコット」の暗雲を晴らすべく、習近平国家主席には、プーチン大統領との蜜月ぶりをうたいあげ、自らの権威を高めたいという思惑があったに違いない。共同声明に、「双方はNATOのさらなる(東方)拡大に反対する」、「両国の友好に終点はなく、協力に不可侵の聖域はない」との文言を織り込むことで[1]、中国は米国がリードするNATOとロシアの対立関係においてロシア側に立つ姿勢を鮮明にしたのである。
 しかし、こうした政策判断が自ら取りうる選択の幅を狭めてしまうことになる。その後、ウクライナ侵攻が起こったことで、自称「責任ある大国」としての役割を全く発揮できないばかりか、それが実体を伴わない美辞麗句に過ぎないことを、中国は図らずも明らかにしてしまったのである。2013年12月、「中国側は、ウクライナが核兵器の使用を伴う侵略に遭う、或いはこうした脅威の下にあるとき、同国に相応の安全保障を提供することを約束する」とした共同声明に署名したのは習近平氏本人である[2]。友好国であるはずのウクライナを中国は見殺しにしている。これが現実なのである。
 オリンピック開幕式で観客席に座るプーチン氏の姿が映し出されたとき、筆者は多少の違和感を覚えた。組織的なドーピングを理由に、国家(ロシア連邦)としての参加が認められなかった代表団(ロシアオリンピック委員会)のブースに、ひとりぽつねんと座るプーチン氏。さぞかし屈辱的だったに違いない。今振り返れば、あのようなアレンジを受け入れたのは、ウクライナ侵攻にあたり、中国の支持を得るための取引、すなわち譲歩だったのかも知れない。

2.明らかになった中国の本音

 筆者が判断ミスだったとする今回の中国外交の背景には、2018年以来深刻化する米中対立の中で、中国が自らのポジションを高めようとするあまり、ロシアとの共闘関係を重視し過ぎたことがある。自国第一主義を掲げるトランプが大統領だった時、中国は彼のオウンゴールによって得点をあげることもあったが、その予測不可能性への対応で疲弊した[3]。さらに、続くバイデン政権は、専制主義との対決、同盟国や友好国との関係強化を掲げ、外交と経済安全保障の焦点をインド太平洋地域に据えた。その結果、中国はいわば正面対立を強いられている。今年後半に控える党大会を前に、弱腰姿勢を見せられない習近平氏にとって、米国に屈しない強い姿勢を示すことは致し方ない選択だったのかもしれない。
 既存の国際秩序が破壊されつつあるという極限的状況の下、中国外交には譲ることのできない二つのボトムライン――いわゆる核心的利益――が存在することが明らかになった。
 第一に、トランプ外交に劣らぬ自国第一主義である。この点は、王毅外相の二度にわたる発言から見て取れる。3月1日、王毅氏はクレイバ・ウクライナ外相と電話会談しているが、王氏は、「ウクライナ在住中国人の安全確保に関する中国側の立場を重点的に表明し、ウクライナ側が相応の国際的責任を果たすよう強く求めた[4]」。その背景としては、自国民退避に向けた在ウクライナ中国大使館の動きが緩慢だったため、中国政府に対する彼らの不満の高まりを抑える必要があったことが指摘されている[5]。仮にそうだとしても、ロシアによるいわれなき侵攻に喘ぐ国家に対する発言とは思えない、配慮に欠けたものである。こうした発言をアピールする中国の報道政策にも大いに問題があると言わざるを得ない。また、王外相は14日のアルバレス・スペイン外相との電話会談でも、「中国は危機の当事者ではないので、制裁が中国に影響を及ぼすことは希望せず、また、中国側には自らの正当かつ合法的な権益を守る権利がある」と言い放ったのである[6]。
 第二に、台湾問題への第三者の介入は断固阻止するとの姿勢である。3月1日、バイデン政権が、米軍制服組トップを務めたマレン元米統合参謀本部議長ら超党派の代表団を台湾に派遣したことが中国側をいたく刺激したという側面もあろう。ロシアの侵略行為をやめさせる糸口が示されるのか、世界が注目していた三回に及ぶ米中ハイレベル接触(3月5日の米中外相電話会談、14日の米中高官会談、そして18日の米中首脳テレビ電話会談)での中国側の最大の関心事は、残念ながら最近の米台関係にくぎを刺すことにあった。習近平氏によると、「目下、中米関係は、米前政権がつくりだした困難から脱せていないばかりか、逆に益々多くの挑戦に直面している。特に、米国の一部の人々は、『台湾独立』勢力に誤った信号を発しているが、これは非常に危険である。台湾問題を正しく処理できないと、両国関係は取り返しがつかないほどの影響を被ることになる。(中略)米国側は中国側の戦略的意図を見誤ってはならない」のである[7]。

3.内向き思考と台湾統一

 上で指摘した二つの点は、近年の中国「外」交に顕著な「内」向き思考を示している。内向きの傾向――中国共産党的には「人民のために服務する」――は外交分野に限定されるものではない。例えば、メディア部門に目を向けると、中国政府(国務院)直属の中央テレビ局の総合ニュースや共産党の中央機関紙である人民日報で、海外での出来事がトップニュースとして報じられたことは、筆者が知る限り皆無である。
 こうした文脈において、筆者が危惧するのが中国の対台湾政策である。中国外交に通底するのは徹底した現実主義であるが、こと台湾問題絡みとなるとそこから外れ、感情論やドグマに支配される傾向が強いからだ。「如何に困難な状況にあろうとも、台湾は必ずや統一しなければならない」。
 この土壌の上に、絶対的多数の国民の豊かさと国内の「安定」維持を実現した中国共産党の一党支配という「優れた統治体制」への自信が根を下ろす。さらに、米中対立やコロナ禍に起因するデカップリングの動きを受けた「国内大循環」重視という一種の自力更生的発展戦略が採用される[8]。情報化や人工知能化を進めることで、「2027年の軍創設100年にはその奮闘目標実現を確保する」という[9]。「奮闘目標」が一体何を意味するのか詳らかでないが、これは、台湾統一によって「中華民族の偉大な復興」を果たすことを意味するのではないのか。習近平氏は今秋、恐らく総書記として三選されるであろう。その任期が終了するこの年に、一切の合理性を排除し、台湾統一、あるいはそれにつながる道筋をつけることが習近平氏にとってのレゾンデ-トルなのかもしれないと、筆者は危惧している。仮にそうであるなら、氏はウクライナの将来を、そして、ロシアの侵攻に対する欧米諸国の対応とその有効性を、台湾統一の観点から注意深く見守っているのではないのか。
 賛成141、反対5、棄権35。これは、ロシアに「軍の即時かつ無条件の撤退」などを求める国連緊急特別会合での決議案採択結果(3月2日)であるが、中国はこの時、棄権した。この数字が示すのは、良識ある国家の存在こそが、中国外交が好んで用いる概念である「時代の主流」なのであり、これらの国々は国の大小、体制の如何にかかわらず、一致してプーチン氏にノーを突き付けているという現実なのである。
 この緊急特別会合開催に関し、台湾絡みで象徴的なことがあった。それは、決議案が米国とアルバニアによって共同提出されたということだ。周知のとおり、1971年の国連総会で、中国(中華人民共和国)の加盟と台湾(中華民国)の追放を求める決議案を提出したのが、他ならぬアルバニアであり、それに抗ったのが米国だった。あれから半世紀を経て、かつては敵同士だった両国が共同してロシアに反対の声をあげたのである。中国はそのロシアを事実上支えている。この皮肉な現実を中国はどう受け止めているのだろうか。

4.悩める中国と日本の役割

 中国のロシア支持姿勢は、米中首脳テレビ電話会談によっても変化しなかった。また、3月23日、国連安保理は、ロシア提出の人道状況関連決議案を採決にかけたが、ロシア以外に賛成したのは中国だけだった。こうした姿勢を貫けば、やがて、批判の矛先は中国に向かうだろう。ロシア支持を基調とした外交を続けることで、ポスト・ウクライナ危機の時代において、あわよくば欧米の影響力低下によって漁夫の利を得ようとしているのであるのなら、それは大きな間違いである。短期的には勝利を収めることができても――その過程で、さらに多くのウクライナ市民が命を落とすという悲劇は避けられまい――、長期的にみると、無差別殺人をためらわないプーチン氏のロシアは、必ずや崩壊すると思われるからだ。中国は歴史の大きな流れを読み違えてはならない。
 しかし、一方で、中国がロシア一辺倒かと言うと、必ずしもそうではない。欧米批判はするが、ウクライナ批判は避ける。ロシアを含む「関係各国」に自制を呼びかける。さらには、「現在の状況は目にしたくない」として、緊急人道援助物資を提供する。
 我々は、中国外交に根付く柔軟性や臨機応変性も知っている。日本としては、単に中国を批判、或いは危惧を表明するだけでなく、中国を国際社会の主流の側に引き入れるよう努力を重ねる必要がある。柔軟性を発揮できるような道筋をつける必要がある。習近平氏は、「相互に尊重し合い、公平かつ正義を有する、協力とウインウインの新型国際関係」の構築という目標を掲げている[10]。だが筆者には、それがプーチン・ロシアとの協力によって実現できるとは到底思えないのだ。中国の責任ある立場にある人々には、この問題提起を是非虚心坦懐に受け止めて欲しい。
 加えて、我々にとって心強いのは、理性的で、独立思考が可能な中国人知識人らの存在である。
 南京大学の孫江教授ら6名の歴史学者が「ロシアのウクライナ侵攻と我々の態度」という一文を発表した[11]。孫教授らは、「ロシアが如何に理由をあげ、言い訳をしても、武力での主権国家侵攻は国連憲章を基礎とする国際関係の準則の蹂躙であり、現有の国際安全保障システムを破壊するものだ」として、ロシアが「不義の戦争」を始めたと断じる。そして、「我々は、国家を守ろうとするウクライナ人民の行動を断固支持する」とともに、「ロシア政府とプーチン大統領が戦争を止め、協議で争いを解決する」よう強く呼びかけている。
 また、国務院参事室公共政策研究センター副理事長の胡偉教授は「ロシア・ウクライナ戦争のありうべき結果と中国の選択」と題する文章を公表した。同教授は、「今回の軍事行動は取り返しのつかない誤り」であることから、「既定の枠組みにとらわれていれば、中国は一層孤立する」として、「プーチン氏との関係断絶と中立的立場の放棄は、国際社会における中国の良好なイメージ構築に利益をもたらし、様々な努力を通じることで、米国と西側諸国との関係を緩和できる」としている[12]。
 いずれの主張も、発表後間もなく、中国国内のSNSから削除された。現在の中国の政治体制に鑑みれば、こうした人々と固く連帯し、その輪を広げることは、困難かつ長期にわたる課題ではあるが、日中両国にとってかけがえのない財産となるはずだ。
 国交正常化から今年で50年。日中両国は様々な問題を抱えつつも、関係強化に努めてきた。新型コロナ問題発生以降、中国は、「具体的行動で関係を正常な道に戻す」よう、日本側に求めている。であるならば、相手の主張を逆手に取るという意味でも、日本が動くのはまさに今この時なのではないのか。「国際社会が反対しているのはロシアと言うよりも、むしろプーチンに対してなのである。一定の妥協をするようロシア側に粘り強く働きかけて欲しい。そして、あなた方も目指している正義を有する新たな国際秩序を我々と共に構築しよう」と説くことで、中国を引き寄せる。こうした発想と行動が我々に強く求められているのだと思う。その意味でも、日本政府には日中外相会談の早期開催を求めたい。

(2022年3月29日脱稿)

1 「中華人民共和国和俄羅斯連邦関於新時代国際関係和全球可持続発展的聯合声明」『人民日報』2022年2月5日。

2 「中華人民共和国和烏克蘭関於進一歩深化戦略伙伴関係的聯合声明」[http://politics.people.com.cn/n/2013/1205/c70731-23759398.html] 2022年3月20日最終アクセス。

3 拙稿「『内』憂外患の中国 ― 香港騒乱と米中摩擦 ―」[https://www.spf.org/spf-china-observer/document-detail022.html]

4 「王毅應約同烏克蘭外長庫列巴通電話」『人民日報』2022年3月2日。

5 「中国人退避に遅れ 自国に不信感」『朝日新聞』2022年3月3日。

6 「王毅同西班牙外交大臣阿璽瓦雷斯通電話」[https://www.fmprc.gov.cn/web/wjbzhd/202203/t20220315_10651724.shtml] 2022年3月18日最終アクセス。

7 「習近平同美国総統拝登視頻通話」『人民日報』2022年3月19日。

8 「中共中央関於制定国民経済和社会発展第十四個五年規画和二〇三五年遠景目標的建議」[https://www.12371.cn/2020/11/03/ARTI1604398127413120.shtml] 2021年6月18日最終アクセス。

9 「中国共産党第十九届中央委員会第五次全体会議公報」[https://www.12371.cn/2020/10/29/ARTI1603964233795881.shtml] 2022年1月30日最終アクセス。

10 習近平「決勝全面建成小康社会 奪取新時代中国特色社会主義偉大勝利-在中国共産党第十九次全国代表大会上的報告」[https://www.12371.cn/2017/10/27/ARTI1509103656574313.shtml] 2022年3月22日最終アクセス。

11 孫江他「俄羅斯対烏克蘭的入侵与我們的態度」[https://www.rfa.org/cantonese/news/letter-02282022070823.html] 2022年3月23日最終アクセス。

12 胡偉「俄烏戦争的可能結果与中国抉択」[https://www.upmedia.mg/news_info.php?Type=2&SerialNo=139782] 2022年3月23日最終アクセス。

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