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オーシャンニュースレター

第94号(2004.07.05発行)

第94号(2004.07.05 発行)

体験学習で心の森を育む -三つの森を創る「森は海の恋人」運動-

牡蠣の森を慕う会代表◆畠山重篤

平成元年に始まった「森は海の恋人植樹祭」によって、これまでに50種3万本の広葉樹が気仙沼湾に注ぐ大川上流の山に植えられた。しかしながら、私たちの活動は陸の森と海の森をつくることだけを目的としているのではなく、もっとも大切なことは心の森を育てることであると考えている。体験学習教室を通して子どもたちの心の森を育てる活動についてご紹介したい。

プロローグ

今年も3月初め、気仙沼湾に注ぐ大川上流の山に大漁旗が風に翻っていた。その下では、ねじり鉢巻き姿の海の男達が慣れない手つきで、ブナ、ナラなどの苗木を黙黙と植えていた。

森は海の恋人植樹祭は、毎年6月第一日曜日に行われている。今までに50種3万本の広葉樹が植えられた。

赤潮にまみれた海を、もう一度青い海にしたいと平成元年から始められている、「森は海の恋人植樹祭」の変わらぬ風景である。今まで植えられた50種3万本の苗木はすくすくと育ち、こんもりとした森になろうとしている。

だが、木を植え始めて気が付いたことは、いくら森が大きく膨らんでも、川の流域に住んでいる人々の心に、自然を大切にする意識が芽生えなければ、海はきれいにならないということである。そこで始めたのが、流域の学校の子どもたちを海に招き、沿岸域の海の生物はなぜ育つのかを教える体験学習教室である。子どもたちは素直に反応し、個々の生活を見直すことを始めた。

それは、まさに人の心に木を植えることだったのである。「森は海の恋人」運動は、三つの森をつくる意味があったと実感している。陸上の森、人間の心の森、海の森である。その中でもっとも重要なのは心の森である。体験学習は、6千人の子どもたちの心に森を育んできた。

楽しく、美味しい体験学習

ゴールデンウィークが過ぎると教室が落ちつくのだろうか、わが養殖場に体験学習の子どもたちがやってくる。入江の奥から川が注ぐリアス式海岸は、「森は海の恋人」運動の意義を教えるのに絶好のフィールドであることに気が付き、十数年前から続けているボランティア活動だ。森の腐葉土を通過してきた地下水や河川水の中に、海の生物生産のベースとなる植物プランクトンを育む養分が多く含まれていることから、沿岸域の海にとって森林がいかに重要な存在であるかをまず教える。

また、森がいかに立派に育っても、川の流域に暮らす人間の意識が変わらなければ海がよくならないことから、「人間とは何か」という極めて根源的な問題にも踏み込むことになってしまった。この活動は、小中学校の教科書にも登場しているので、世に広く知られることになったが、教育関係者の理解は、理系の問題として捉えている傾向が強いようである。

だが、河口の海から上流の森まで自分の足で歩いてみると、これは人間そのものの問題であることを心底から考えさせられることになる。理系・文系織り混ぜながら、さまざまな工夫を懲らして子どもたちに接しなければならないことを痛感させられるばかりだ。

だが、楽しく、美味しく、がわが家のモットーでもある。

リアス式海岸とは

体験学習の出発は、まず地理の勉強からだ。湾を一望できる小高い丘に連れて行き、リアス式海岸の説明をする。三陸海岸では、あらゆることにリアスという名が付いている。リアスどんぶり、リアスブルーライン、リアスハイウェー、リアス未来の会(議員の後援会)、リアスアーク美術館などリアスのオンパレードである。

ところが学校教育で、この地理的特性をちゃんと教えていないのだ。鋸のようなギザギザの海岸。私の記憶もそんなものだった。海岸線が複雑に入り組んでいるので、外海から波が入らず、そのため筏を浮かべられる。だから牡蠣の養殖が盛んだ。熱心な先生でもこの程度の説明なのである。「リアス」という言葉がスペイン語であることも知られていない。リアスは、リオ(川)からの派生語で、潮入り川、という意味であること。小氷河期の終了の2万年くらい前まで、両極の氷が大きく発達し、今の海の水深150メートル程まで海が退いていたこと。縄文海進で、元々川が削った谷に海が進入してきたこと。だから必ず、湾の奥から川が流入していること。そこまで説明すると、子どもたちは納得した顔になり、まったく意味の違うことに、リアスの名が付いていることを知るのである。

餌はどうするのか

地形の意味を教えた上で、牡蠣と帆立貝の養殖作業を体験させる。牡蠣の種苗は帆立貝の殻に付着しているので、それをロープの間に挟ませるのだ。生まれて一年の帆立貝は7cmほどに育っている。一個一個にドリルで穴が開けられており、これをロープに結んであるテグスを通して結ぶ作業(耳つり)をさせる。帆立貝はパクパク口を開閉させていて時々指を挟む。

「貝に指を挟まれた。目に塩水をかけられた」。初めての経験に子どもたちは興奮気味である。

植物プランクトンを採取するために子どもたちと海へ。植物プランクトンがなぜ汽水域で多く発生するのか、なぜ漁師が山に木を植えているのか、好奇心旺盛な子どもたちは瞬時に理解する。

作業を終えると、それらをカゴに入れ船に乗せ、いよいよ海に出る。船が走り出すと水面が近いので手を海に入れさせる。心ゆくまで手で海を掴まえさせるのだ。

養殖筏に到着すると、さっき仕事をしたロープを静かに海に下げさせる。キヌバリ、タナゴなどの小魚があっという間に集まってくるので歓声が上がる。元気のいい男の子が「質問があります」と手を挙げる。

「牡蠣や帆立貝の餌はどうするんですか」。

願ってもない質問である。農家の子どもたちだけに、両親が稲や野菜を育てているのを見ているのだ。手伝いもしている。作物には肥料、家畜には飼料が要る。

「牡蠣や帆立貝は海に下げてさえおけば、ひとりで大きくなります」。

そんな説明に納得がいくはずがない。子どもたちの猜疑心は深まるばかりだ。

「漁師さんはドロボウみたいですね」。

思わず吹き出しそうになるのだが、子どもたちの眼差しは真剣そのものだ。

そこで、プランクトンネットを取り外し海に沈めると、ゆっくり子どもたちに引き上げさせる。きれいな海なのだが、下方に取り付けてあるガラスの容器に、なにやら茶色の液体が溜まっている。目を近づけた子どもが、「なんか動いている。海の中ってこんなに小さな生き物がいるんですか」。好奇の眼差しが爛々と輝いている。植物プランクトンがなぜ汽水域で多く発生するのか、なぜ漁師が山に木を植えているのか、瞬時にして子どもたちは察知するのだ。

仲間に手伝ってもらい船上で子どもたちに牡蠣とホタテを存分に振る舞い、美味しい体験もすることになる。最後に、さっき採取したプランクトンをコップに移し、一口ずつ飲ませる。「人間が水と一緒に流したものを最初に身体に取り込むのは植物プランクトンだからね」。神妙な子どもたちの顔が印象的である。(了)

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